25「The Bounds」******「くっそお、ルッキーニ、あの時此処をどうしたんだっけ?!」「うぇぇ、んなこと言われても覚えてないよぉ……」「いいから思い出すんだ! 嗚呼もう、こんな事だったら一回きりのお遊びだって思わずちゃんと記録取って置くんだった!」 格納庫に入って真っ先に目の当たりにしたのは、懸架台の傍。 真新しいP-51を前に騒ぎ立てているシャーリーとルッキーニの姿だった。 今日は余り大変な作業をするつもりは無いのか、二人とも普段着である。 倉庫から、”ある物”をえっちらおっちらと担いできたオレ。 朝食のオートミールが胃の中で揺れるのを無視しながら。 軽くなったとはいえ質量の一切変わらないそれに身体を振り回されないようにしながら。 さて、どうしたモノかと思い考える。 ……まぁ真っ先に思い出したのが、朝食にきっちりオートミールを作っていたリネットのことだったが。 あのね、戦闘後にオレが食べる専用食なんかじゃないから! 病人食じゃなかったらオレ食べたくないから! いや、考えるのはそんなことではない。 思考の道筋をただす。 さて、結局シャーリーのストライカー、P-51は奇跡的に回収できた魔道エンジン以外、全損扱いとなった。 というか、本当に全損である。 流石に空中分解してしまっては、もうどうしようもないのだろう。 幸い、普通に予備機が有ったので、今日は一日新しい機体の調整と慣らしに当てるつもりの様だった。 予備機があっという間に出てくる辺り、アメリカ……というか、リベリオンは大国なんだなぁ、と思い知る。「よし、ルッキーニ。 一度ひっくり返して、組み立ててみるんだ!」「え゛、ちょっと、シャーリー凄い事言ってない?」「もうこうするしか思いつかないんだ……お前の感性に賭けるしかないんだよ」 ……絶対に、軽い調整と慣らしなんていう大人しい物じゃない気がするんですが。 テンパってるなぁ、シャーリー。 そんな彼女達の後ろに近づいて。 わざと音がするように、肩に担いでいたものを下ろした。 存外に大きな音が経って、二人が振り向いて。 同時に口を開いた。「ヴィルヘルミナ?」「……ん」「何それ?」 軽く手を上げて返事すると、目聡いルッキーニがオレが脇に下ろしたものに興味を示した。 先ほどから担いでいた”それ”。 ホームセンター等で見かける事もあった、個人用発電機の親玉みたいな機械。 昨日、備品倉庫でほこりを被っていたのを見つけたのだ。 まさか、と思って美緒さんに聞いてみると、それはオレがな前から連想したとおりの代物で。 イグニション・サポーターとか、リストに書いてあったそれのことを説明する前に、シャーリーが口を開いた。「魔道エンジンの補機じゃないか……そんな古いものどうしたんだ?」「補機?」「ああ、機械式のエンジンもそうなんだけど、古い型の魔道エンジンは始動させるのに酷く手間が要るんだよ。 エンジンって言うのは、始動させるときが一番非効率で、力がいるからな。 機械式のエンジンは手回しで良かったんだけど、魔道エンジンは魔法力で駆動させるから。 こういう補機で、別の魔女の魔法力を増幅させて始動させるんだ。 ……って、ヴィルヘルミナ、まさか」 ルッキーニの疑問の声に、得意分野とばかりに説明しながら。 それが何を意味するか、シャーリーは悟ったようだった。 うむ。 そのとおりだシャーリーさんよ……コレを使えば、上手く行けば君でもMe262が使えるかもです。 静かにうなずきを返す。 シャーリーの顔がぱぁ、っと明るくなった。 「やったぁ!」「? シャーリー?」「ルッキーニ、こいつがあれば、あたしはヴィルヘルミナのストライカーが使えるんだよ!」「え、本当!? よかったねシャーリー!」「……でも」 二人して喜びを全身で表現するのを遮って、言わなければならないことを言う。 この様子だと問題ないのかもしれないけれど。 一つだけ確認しなきゃいけない事がある。「……余計な、お節介……?」「どういうことだ?」「……シャーリー、P-51で……頑張って、来た。 本当に……Me262……良いの」 つまり。 自身の愛機で、今まで苦楽を共にしてきた機種ではなく、こんなぽっと出の奴で良いのか、という事だ。 何だかんだ言って、多くの時間を共に過ごしてきたのだろう。 例え予備機になっても、機体やエンジンの特性が大幅に変わるわけでもない。 特に心臓部ともいえる魔道エンジンは、海水に浸っていたのをオーバーホールしたら戻ってくる予定なのだから。 音速を超えることが出来る、という確証は当然ながら無い。 まぁ、行けるだろうとは思うけれど。 それを聞いて、一瞬きょとんとした表情になったものの。 シャーリーしばらく考えてから、小さく息を吐いた。「――本当は、わかってる。 昨日のあれは、奇跡の中の奇跡みたいな物だってことは」「シャーリー……」「…………」 ふ、と。 今まで見たことの無い、寂しそうな表情のシャーリー。 不安げに彼女の服の裾を握るルッキーニの頭を、軽く撫でてから、言葉を続ける。「……確かに、こいつに――P-51に愛着もある。 でも、薄情かもしれないけど、あたしにとっては音速を超えることが目的なんだ。 あたしが、まぐれなんかじゃなくって、きちんと音速を超えてやることが、踏み台にして来た、色んなものに対する手向けだと思う。 だから、こいつに縛られてる訳にも行かないさ。 何より、こいつには空を飛ぶ楽しさをたっぷりと教えてもらったからね。 もし、前みたいにこいつをぶっ壊さなきゃ音速が超えられない、っていうのならそれは多分、間違った方法なんじゃないかと思うんだ」 そう語って、今度は真新しいストライカーの、傷一つ無い表面を本当に愛おしそうに撫でて。 目を瞑って、冷たいはずの金属の暖かさを感じているようだった。 気が済んだのか、しばらくしてから目を開けて。 そのときには、もう彼女は何時ものシャーリーだ。「ま、もちろんこいつで音速を超えるのは諦めないけどね。 当面、こいつがMe262以外では最速な訳なんだからな」 それに、と。 今度は照れたような、困ったような表情を見せて。「ヴィルヘルミナにも随分と心労をかけちゃった見たいだしさ」「…………んぐ」「坂本少佐とかエイラとかから聞いたよ。 色々と」 ……エイラァァァッ! というかエイラだけじゃなくて美緒さんもかい! 女の子口軽すぎ! びっくるするほど軽すぎ! 結局のところ女の子は皆噂とかそういうの大好きなのかっ! こう言うのって普通本人に言わないよね? そうだよね!?「そんなもの探し出してくる程度には、心配してくれたんだよな? ありがと」「……原因、オレ……だったから」「ああ、あんな物しょっちゅうだよ。 ま、今回は宮藤に随分と助けられたけどな」 ああ……それは、本当にそう思う。 あの夜盗み聞きしていたのは、多分エイラから伝わっているかも知れないけど。 芳佳の期待に応えられる様に、頑張らんといかなんなぁ……全くあの娘さんは。 何だかんだ言って、影響力が大きいと見える。「さてと、じゃあ、早速やってみるかい?」「……ん。 まずは……コネクタ、の位置……探す」「って、其処からか」 張り切って居た所に、オレの台詞で肩を落とすシャーリー。 だって仕方ないじゃないか! 昨日の今日ので、確認してる暇無かったんだよ! いや、有るには有るはずなんだ。 無かったらまたがっかりさせちゃうからな。 説明書には、オレのMe262A-1a/U4には入出力用のポートが付いてる、って書いてあったし。 それは確認したんだよ。 ただ、どの辺についてるかまでは判らない辺りがオレの読解力の限界だったわけだが……「ねぇねぇ、アタシは?」 シャーリーの様子で、真面目な話が終わったのを悟ったのか、じっと黙っていたルッキーニが問いかける。 ルッキーニも結構空気読む子だよな。 言動よりよっぽど聡い子なんだろう、多分。 ……買いかぶりすぎかもしれないけど。「じゃあ、記録取り頼むよ。 あっ、そうだった、中佐呼んできて!」「はーいっ」 シャーリーの指示を受けて、元気に飛び出していく。 それを二人で見送ってから、補助発動機、そしてオレのMe262へと視線を移して。 さて、漸く約束を果たせるな。 ひと踏ん張りするとしましょうか。****** 背中に、ヴィルヘルミナの体温を感じながら。 シャーリーは空を飛んでいた。 旧式の補機とはいえ、少しの改造で現行のストライカーに合わせることに成功。 本来ならコネクターの規格が合わなかったのだが。 そこは設備の充実した格納庫という環境と、機械弄りの得意なシャーリーの手腕によって一時間ほどで解決された。 その結果、資質の足りないシャーリーでも、なんとかMe262を起動することに成功していたのだが。 問題はそこで発生した。 魔法力の消費が想定よりも高いのだ。 シャーリー本人は、無理やり動かしてるんだから仕方が無い、と笑ったが、余り無視できるような問題でもない。 滑走、離陸、上昇、そして高度を取って再加速。 その後、基地まで帰還。 その全行程を行うには消耗が激しすぎる。 途中でフレームアウトさせる可能性も有るとなると、過度の消耗は楽観できない。 ただ、幸いな事にシャーリーは、カールスラントの四人よりもはるかに上手くエンジンの制御を行って見せた。 じゃじゃ馬な、あるいは神経質な機械の扱いには私も使い魔も慣れてる。 驚くミーナに、そう、彼女は笑いかけた。 その後、少しの協議の結果として、ヴィルヘルミナが予備機を使ってシャーリーを上空まで輸送。 高度が適当なところに達した時点で、シャーリーを離すということになった。 エンジンは常にフルスロットルなので、消耗を全く抑えることは不可能なのだが。 姿勢制御をはじめとした、余計な事に意識や魔法力を裂かなくても良い分、多少なりとも楽だったのである。 シャーリーと言う重量物を抱えながらも、ヴィルヘルミナの上昇速度は安定したものだった。 彼女の魔法、重量操作のお陰である。 快適な上昇の中、シャーリーはMe262を履いて始めて判ったことを聞いた。「それにしても、ヴィルヘルミナ。 何時もこんな疲れるユニット履いてるのか?」「……ん。 そう、かな?」「本当に、魔法力の適正が高いんだな……それに、コレに慣れたら普通のユニットに戻した時に驚くぞ」「…………ん」 シャーリーの明るい茶色の髪の毛に顔を煽られながら、ヴィルヘルミナの眉が少しだけ動いた。 尤も、当然シャーリーには見ることが出来なかったのだが。 シャーリーも、自分を支えて飛んでいるウィッチが口数が異様に少ないのは判っているので、特に気には留めなかった。 しばらく、無言が続く。 ただし、それは表面的なものだ。 シャーリーは始終、これから得られるであろう体験に想いを馳せ、その顔はにやけていた。 ヴィルヘルミナの方も、シャーリーを落とさないように腹に回している手がずれ、胸のほうに寄る度に眉をかすかに動かしている。 やがて、二人が必要十分だろう、と想定していた高度に辿り着く。 ヴィルヘルミナが懐からコンパスを取り出し、眺め、また仕舞いこんだ。 「シャーリー……高度、6000メートル」「了解。 ルッキーニ、準備はいいか?」『うん、いーよっ!』 インカムから聞こえてくる元気な声に、笑みを深くしつつ。 じゃあ、ちょっと行ってくる。 そう、シャーリーが呟いて、ヴィルヘルミナの腕を叩いたのが、合図。 ヴィルヘルミナの腕が離される。 シャーリーは少しだけ降下して、そのまま水平飛行に移った。 茶色の制服が遠ざかっていく。 調子を確かめるように、上下左右に動いた後、高度を取戻して、大きく円弧を描いてターン。 そして、再加速。 ****** 1944年、八月上旬。 グレートブリテン島東部沿岸地域に、音の壁が破られる轟きが確かに、そして高らかに鳴り響いた。 ****** 人類史上、初めて音速を突破した人物。 それは、元リベリオン陸軍所属の機械化航空歩兵、シャーロット・イェーガー女史であるとされている。 1947年10月12日、イェーガー女史はベール社の開発した実験用ストライカーユニット『X-1』を着用。 高度一万メートルの上空において、ストライカーユニットの出力のみで音速を突破した。 これは同年の12月に本紙が取りあげ、1948年の8月、軍の公式発表によって確認された事実である。 公式記録として、マッハ1.06を。 彼女の魔法技術である『加速』を使用した際には、マッハ1.37にまで到達した。 公式ではこれが世界初となっているが。 これが発表された際に幾つかの異論が持ち上がったのだ。 これまでにも、イェーガー女史と同じく加速の魔法を扱う魔女達が、音速を突破したのしないの、という話は多く叫ばれている。 多くは証言に矛盾があったりするなどの眉唾物か、全くといっていいほど証拠の残っていないものなのだが。 その中でも信憑性の高い二つ。 一つは、1945年4月。 佳境となったカールスラント解放戦線において、Me262戦闘脚を着用するハンナ・ミュッケ曹長が急降下中に遭遇した体験。 当時最高速を誇っていたMe262の臨界速度域において、魔法を併用した急降下を敢行したところ、彼女は『奇妙な音と振動』を経験している。 彼女は当初、これが何なのか全く知らなかったのだが。 証言と照らし合わせると確かに彼女は音速を突破した可能性が高いとされた。 もうひとつは、イェーガー女史が音速を超える約二週間前。 同じ型のストライカーユニットを使用したテストパイロット、ジェーン・ウェルチが、軟下降中に音速を突破したというものである。 こちらは記録も残っており、ほぼ確実なものとされている。 ただし、水平飛行で音速を突破した、というのであれば、イェーガー女史の記録が始めてである。(結局のところ、落下距離という助走距離さえ稼げれば、重力による際限ない速度の水増しは可能である。 もちろん、飛行脚や、魔女の耐久力を度外視すれば、であるが) それでも主張を続ける前述の二名にイェーガー女史が伝えた言葉が、また騒動の火種となったのであるが。 曰く。「非公式のことまで持ち出すなら、あたしは1944年8月の時点で少なくとも二回は突破してたんだけど? 勿論、水平飛行でね」 この発言は非常に挑戦的なものであったが、本社の取材陣が調べてみたところ、証言は予想以上に数多く得られた。 一回目は戦闘中の出来事であり、観測者が居ないこともあってイェーガー女史もその正当性は主張しなかった。 問題は二回目である。 前述のとおり、証言者や状況証拠が膨大な数に上ったのだった。 当時、大尉はブリタニア東岸地域の防衛任務を任された統合戦闘航空団に所属していたのだが。 基地の構成員のほとんどが、その日のことを覚えているという。「ああ、あの日は忘れもしないよ。 あのお嬢ちゃんがスピードに首っ丈、ってのは有名だったからね。 何時ものことだと思ってたんだが。 あの日は、嬢ちゃんのファン共が目をひん剥いて空を見上げて叫んだんだよ。 『速い! ありゃマスタングじゃねえぞ!』ってな。 それを聞いて外に出てみりゃ、確かにエンジン音が違う。 ありゃジェットだったね。 で、双眼鏡借りて見上げてみれば嬢ちゃんが基地の真上を通り過ぎたところでよ。 その瞬間、嬢ちゃんが雲の傘を突き破って、それからまたしばらく後に、ドーン! ってね。 しばらく耳が痛くて何も聞こえなくなったよ」 また、取材に応じてくれた、当時同基地に所属していたエーリカ・ハルトマン元空軍大尉はこう語った。「ああ、あれは凄かったね。 何が凄かった、ってシャーリー、あ、イェーガーの事ね。 あの日はお休みでずっと寝てたんだけど、いきなり凄い音と共に窓が吹っ飛ぶ音がしてさあ! もう、部屋の中がぐっちゃぐちゃ! ネウロイの攻撃かと驚いて外に飛び出してみたら、サーニャは寝ぼけておろおろしてるし。 廊下の窓は予想通り割れてたし。 他にも、色々面白いことはあったんだけど、話すと皆に怒られちゃうから」 なお、彼女の部屋の窓が割れた訳ではないのに部屋の中が混沌とした状況だったことについては、ノーコメントを貫き通されてしまった。 兎も角、東岸部でもこの爆音は良く聞かれており、当日は警察に電話が殺到したという。 また、最寄の街のガラス屋に、大量の窓ガラスの発注が同基地からあったという記録が残っていた。 さらには、当時の新聞をかき集めてみると、確かにこの事をかいたと思われる記事をいくつも見つけることが出来た。 飛翔体が音速を突破する際には衝撃波が発生することが確認されている。 ベール社の研究員からの情報によれば、高度5000m程度でこの衝撃波が発生した場合。 このエネルギーが破壊力を保ったまま地上まで到達する可能性は非常に高いという。 また、このことを最初に言い出したのは当のイェーガー女史だというのだ。 その為、研究チームは周囲数十キロに人家の無い、カリフォルニア州のマロック乾湖を試験場として選んだという。 そのほかにも、音速突破時の衝撃波に備えてシールドの強度設定を上げようとした研究陣に対して、こうも言ったらしいのだ。「実際のところそんなに強い衝撃は来ない。 シールドにそんなに容量は裂かなくて良い」 これが全て真実ならば、正しく彼女は音速を突破し、さらにそれを冷静に分析できる状況にあったといえるだろう。 水平飛行であった、というのは本人の証言でしかないが、二回突破した、というのもあながち嘘ではなさそうである。 たとえ水平飛行でなかったとしても、確かに1944年八月以前に音速を突破した、という確度の高い証言が出てこないのも確かである。 戦時中、ジェットストライカーを実用化していたのはカールスラント空軍のみであった。 当時の第501戦闘航空団には前述のハルトマン女史を含めて四名のカールスラント・ウィッチが所属していたことがわかっているが。 編成や装備に関しての情報は未だ公開されていない部分も多く、一刻も早い情報開示が待たれるところである。 ――1948年10月某日版、ニューヤーク・デイリーの記事より抜粋――******「きっみのなかに~あったしをずっと~」 黙々と箒を握る手を動かすオレ。 それを受ける、大きなちりとりを持ったシャーリー。 ふと、手を止めて。 眼前に広がる光景に軽くめまいを覚えた。 夕日の射す廊下、今だ沢山残る、砕け散った無数のガラス片。 高度5~6000メートルでシャーリーが音速を突破した結果、出来上がった惨事であった。 ……っていうか、何? 衝撃波って減衰せずにこんなに伝播するのか。 5キロ離れててこれだぞ5キロ。 びっくりだよ。 ゲームの中でF-22とか使うと結構簡単に突破したりするからそう大したこと無いと思ってたけど、そんな事は微塵も無かった! 市街の上空で加速減速ガンガン繰り返したけど、あれって下の人に凄い迷惑なんだな。 基地に人的被害が無いらしいというのを聞いてどれだけ安堵したか。「ふんふふん、ふふんふん~」 音速突破の暴風に危うく失火墜落しかけたオレと、思う存分壁の向こう側を楽しんだシャーリーを待っていたのは。 滑走路に、満面の笑みで仁王立ちしていたミーナさんだった。 凄い良い笑顔でオレとシャーリーにアイアンクローしながら、数ヶ月の減俸とシャーリーのMe262の着用の当面の禁止。 そして砕け散ったガラスの掃除を申し付けるミーナさんの顔がトラウマの如く脳裏に浮かんでは消えて。 ああ、何処かの漫画で、笑顔って言うのは元々攻撃的な表情だって言ってたのは本当なんだなぁ、などと現実逃避する。 まぁ、シャーリーが飛んでった方向の窓が八割方死んだミーナさんも現実逃避したかっただろうけど。 許可を出した以上、責任の大部分は上司であるミーナさんに降りかかるわけで……大変だぁ。「笑いながら、ふんふんふふん~」 そんなオレの憂鬱を助長するのが、昨日にもまして満足そうなシャーリーの笑顔だろう。 さっきから歌とか歌っちゃってるし。 怒られた直後はしょんぼりしてたけど。 掃除してる間に今度はきちんと味わった感覚を反芻して楽しみだしたのか、テンション右肩上がりです。 うん、出来ればもうちょっと反省の色を浮かべながら掃除しようぜ。 これ一応罰掃除なんだし。 心なし、肌の張り艶も普段よりいい気がする。 いや、判らんでもないけどね、同じスピード大好きっ子としては。 今は随分よくなったけど、バイクぶん回してた頃は、思い出すのも怖いやら恥ずかしいやらなとんでもない事して楽しんでたし。 現在のオレとしては自分のしでかしたことに未だにドキドキしている小市民っぷりなのだが。「…………」「……ん? ああ、悪いね。 あたしもまさかこんなになるとは思わなかったんだ」 黙りこくって見つめていると、漸く苦笑いしながら反応してくれた。「オレ……も、予想……無理、だった」「まあ、あたしが世界で初めて音速を超えたんだ。 判らないことが起こるのも、多分、仕方ないよな」 うむ……情状酌量の余地は十分あると思います。 でも、最後にミーナさんが気の毒そうに言っていた言葉が少し気になる。 それは。「……記録、公式に……ならない、かも……って」 それは、つまり、国家間のしがらみとか、そういうのなんだろう。 普通に、カールスラントの最新鋭機でリベリオンの人間が偉業を成し遂げてしまった、っていうのがいけないのかもしれない。 いい線まで行くとは思ってたみたいだけれど、まさか本当に音速を突破できるとは思ってなかった節もあるし。 でも、シャーリーは全く気にした様子も無く。「ああ、良いんだ。 確認したいことは、みんな判ったから。 それに、ここまで騒ぎが大きくなっちゃったら公式とか非公式とかほとんど関係ないだろ?」 にやり、と笑う。 まぁ……確かにね。 少なくとも沢山の基地要員と、地上で観測してた美緒さんとペリーヌ、ルッキーニを始めとした仲間達が見てるわけだし。 もしかしたら、最寄の街まで音が鳴り響いてるかもしれないし。 ミーナさんが言っていた通り、たとえ今は公表されなくても月日が経てば、あるいは人々の噂の仲でこの事実は知られていくだろう。 何より、自分は音速を超えれる! っていう自信がたっぷりと身についたんじゃないかと思うね。 まぐれのセッティングなんかではなく、きちんとした設備さえあれば、何とかできるって。 また少し、会話が途切れる。 オレが喋るの苦手なのもあるし、掃除をさっさと終わらせないといけないのもある。 ……なんとなく、学生だった頃のことを思い出すなぁ、なんて思っていると、シャーリーが唐突に口を開いた。「ああ、そういやさ、ビリー」「……ビ、リー?」 その聞き慣れない名前。 目線をこちらに向けて、明らかにオレに語りかけているシャーリーさん。 ということは、オレのことなのだが……ビリー、って、オレ男ってバレたですか?! 心臓が跳ね上がる。 いや、所作は兎も角外ッ面はまるっきり女の子なんですけど、うぇぇ!?「そ。 お前さんの名前、結構長いじゃないか。 リベリオン風の愛称だよ。 ビリー、ってね」「……男、の……名前」「ああ、リベリオンじゃ珍しくないよ。 ジョーとか、ビリーとか。 第一愛称ってそんなもんじゃないか?」 そう、にこやかに説明する、リベリオン生まれの少女。 ああ、なるほどね…… 日本語で言う”あっちゃん”とか、”しょーちゃん”とかそういう感じなのか? ああいうのだったら男女両方に使えるしな。 日本的感性からすると、男の名前にしか聞こえないんだが、ビリー。「カールスラント風にするとミナとかミーナなんだけど。 ほら、中佐がいるだろ? かといって、ブリタニア風やガリア風にウィルマ、って言うのもちょっとな……」 何か問題があるのか、と聞くと。 ブリタニアの有名なウィッチの名前なんだそうな。 どんな人なのか聞いたら、シャーリーには珍しく凄い勢いであさっての方向を見出したので、諦めることにした。 今度、リネット辺りに聞いてみるとするか……と思ってたら、リネットにだけは聞くなよ、と釘を刺された。 うーん、気になる。 ただ、その様子から明らかに良い方に有名では無さそうなので、それと同じ愛称を頂かないで済むのはそれでいい。「んー、駄目か?」 箒を握り締めて考え込んでいると、シャーリーがそんな風に聞いてきた。 ビリーか。 うん、まぁ、悪くないんじゃないかね? 男っぽい響きなのが良い。 いっそのこと皆してビリーって呼んでくれれば、オレも自分が男だって忘れないで済むかもしれない。 それに、愛称って言うのがなんだか、一歩親密になれた気がしてこそばゆいな。 トゥルーデとの会話を少し思い出して。 こういう風に、誰かと仲良くなっていくのも久しぶりの気がする。「……良い、よ」「そっか。 はは、じゃあそろそろ夕食の時間だし、さっさと終わらせるか」 何時もの、飄々とした態度で返事をするシャーリー。 でも、夕日の色を反射するその瞳が何時もより何処か親しげな気がしたのは、半分くらいは自惚れなんだろうって判っているけれど。 それでも、まぁ、なんだ。「さっき……何、言おうと?」「あぁ、お腹減ったなぁ、ってさ! ビリーもそうだろ?」「……ん」 本当に悪くない。 こういうのは。 ------ Ep4、クローズ。 ようやく説教臭い話三部作が漸く終わりを告げる…… 私生活で何やかや有ったとはいえ、終わらせるのに随分時間かかったなぁ。 ペース落ちてるのを自覚すると自分のふがいなさに結構クるものがあります。 更新した後の一日で獲得したPVや感想が以前と比べて減ってたりするともう(略) しかし、ここで物語的には折り返し地点となります。 後半分! なんかこのペースだと、第二期始まっちゃいそうだなぁオイ。 そして愛称(リベリオン風)。 ビリー、ジョー等は普通に男女両用だったりします。 補助発動機のネタは、フミカネ氏の画集における初期スケッチと。 Me262のエンジン、Jumo004Bには始動補助用にバイク用のエンジンが付いていたという所から。 「ウィルマ」が気になる人は、フミカネ氏のHPに行って、その説明文をよく読んでくると良いと思うよ。 次回予告。芳佳「うっへっへ……お嬢ちゃん、カマトトぶってんじゃねえよ……さあ、おじちゃんといい事しような?」ヴィル「これが……魔女……こんなのが、魔女なら……オレは人間だ……人間で、たくさんだ!」エイラ「待て! 私とサーニャも混ぜて、4P希望!」サーニャ「自重しろシュールストレミング。 シベリアに送り込むぞ」芳佳「おっぱいが並盛の奴等は黙ってろ! ならば、海賊らしく……頂いていく!」 ついに白昼の元に晒される、ヴィルヘルミナの肢体! 覚醒したおっぱい魔人芳佳の魔手が、地球全土に襲い掛かる! そして、ついにあの人の家族がその姿を現す……! Episode5「Over the Rainbow」に、チャンネル・セェーット! カオス。 最初の芳佳の台詞書いた時点でありえないテンションの高さになったまま書いたらこうなった。 自分で書いておいて何ですが、コレはねぇーよ。 びっくりするほど感性が古すぎてアチョー入る。