20 「Scarcaress」****** 小さなチェストと、備え付けのテーブルとベッドしか無い、閑散とした空間。 ヴィルヘルミナの部屋を、閉じられたカーテンの隙間から微かに漏れる月光だけが照らしている。 そんな中、ベッドの直ぐ側に置かれた椅子にもたれかかり、眠っている人物を見守る影があった。 薄暗闇の中、黒と見分けが付かない焦げ茶色の髪色を持った少女、トゥルーデ。 小さな戸音。 先ほどまで一緒にいてくれたミーナが帰ってきたのか、と。 トゥルーデが振り返れば、かすかに開いたドアから見慣れた金髪が覗いていた。 エーリカだ。「今、大丈夫?」「ああ……よく寝ている」 トゥルーデの小さな返答に、ほとんど音を立てず部屋の中に滑り込む事でエーリカは応えた。 凹凸の少ない身体はこういうときに役に立つのだ。 そんな愚にも付かない思考を浮かべて直ぐ消して。 そのままベッドに歩み寄り、ヴィルヘルミナの顔を覗き込む。 月明かりに照らされてなお青白く見える、血の気の失せた顔。 若干苦しそうにも見えるそれを見るエーリカの表情は。 「……ぷふっ」 楽しそうだった。 吹き出していた。「何がおかしいんだ、ハルトマン」「いや、ミーナや宮藤に聞いたトゥルーデの取り乱しっぷりを思い出しちゃって」「仕方ないだろう、私を庇って負傷したまま戦っていたのだと思っていたんだから!」 頬を赤らめて反論するトゥルーデに、エーリカは声が大きい、と楽しげに注意する。 慌てて口を噤んだトゥルーデは、ヴィルヘルミナが目を覚ましていないことに安堵。 大きく深いため息をついて、顔を片手で覆った。「まさか……月のモノだとは思わなかった」「そうかな、最近ヴィルヘルミナちょっとイライラしてたじゃない? それにしきりにお腹に手をあててたし……近いのかなー、って思ってたけど」「そんなの……解るか、ばか者」 口ではそう言うが、トゥルーデは内心自分の身勝手さに呆れていた。 ヴィルヘルミナの様子の変化に気づかなかったこともそうだが。 そんな相手にすら気を使われ、負担をかけてしまったということに。 生理――そう、ヴィルヘルミナの出血は、いわゆる経血だった。 バルクホルンをネウロイのビームから守ろうと体当たりを行い、しかし適わず爆発で弾き飛ばされて。 そのショックで生理が始まったのだろう、という診断だった。 ヴィルヘルミナ自身が生理だったことに気付いていたかどうかは解らない。 そもそも、自身の生理の事を覚えていたかどうかすらも定かではない。 仮に知っていたとしても、具体的な出血部分が特定できるような余裕はあるまい。 服越し、しかも戦闘中という状況なのだ。 戦闘のショックや緊張で初潮を迎えてしまうウィッチも、それなりの数が居ると聞く。 負傷してしまったと思い込むのは彼女達にありがちな誤解であるらしい。 末端部なら兎も角、内臓の集中する部位の負傷は生死に関わる。 仮に、生理のことを知らず、気付いても居なかったのだったら。 下腹部――全ての生き物にとっての急所からの出所不明な出血は、大きな恐怖だったに違いない。「まぁ、トゥルーデは何時も軽いからね」「そう言うお前だってそうだろうが、ハルトマン」 規則正しいと言える生活をしてないのに、なんとも羨ましい体質だな。 そう毒づくトゥルーデに、よく寝て健康を維持してますから、とエーリカが答えた。 溜息の返事。 それを最後に、沈黙が部屋に満ちる。 三人の呼吸の音だけが部屋に流れて。 その均衡に耐えきれなかった様に、トゥルーデが言葉を紡ぐ。「……フラウ、お前にも厭な思いをさせたな」「何言っちゃってんのさ、トゥルーデ。 別に私は気にしてないよ。 何よりトゥルーデが真っ当に怒られるなんて珍しいシーン、滅多に見れるモンじゃなかったしね」「……」 黙り込むトゥルーデの横顔を見て、エーリカも溜息を吐いた。「悪いと思ってんなら、泣きながら怒ってくれたミーナと、助けてくれた芳佳とヴィルヘルミナにお礼言いなよ」「ああ……そうだな。 ありがとう、フラウ」 私じゃなくて、と言いながらヴィルヘルミナを指さすエーリカに。 まぁ、照れるなよと。 トゥルーデは笑いかけた。 それを受けたエーリカが憮然としながらも、安心した表情を浮かべて。 「……ぅ」 ヴィルヘルミナの声とごそりという音を聞いて、二人は口を噤む。 寝台に寝かされていたヴィルヘルミナの目が微かに開かれた。 焦点の合わない目はしばらく宙を彷徨っていたが、やがて直ぐ側のトゥルーデを捉える。「すまない、起こしたか?」 トゥルーデが問いかける。 その声は細く、しかし優しくて。 対するヴィルヘルミナは、眠りと覚醒の中間の声で、彼女の名を呼んだ。「バルク……ホルン?」「ああ」「私も居るよー」「エー、リカ……?」 ただ、声に反応しただけなのだろう。 ヴィルヘルミナが、ぼんやりとした視線をエーリカにゆっくりと一瞬だけ向けて、直ぐにトゥルーデに戻すのを見て。 エーリカは拍子抜けしたように、元々入っていなかった肩の力を更に抜いた。 シーツがゆっくりと持ち上がる。 ヴィルヘルミナが手を伸ばす。 その先にはトゥルーデ。 弱々しく伸ばされた手を、彼女は優しく握り止めた。「バルクホルン……生きて、る……」「……ああ、生きているぞ。 お前と、宮藤のお陰だ」 その言葉を聞いたヴィルヘルミナが、安堵するように大きく息を吐いて。 空いている左手でその顔を覆った。 嗚咽と、それに続く言葉が指の隙間から漏れ出て行く。「……やだ」「……ヴィルヘルミナ?」「もう……こんな、辛いの……やだ」 涙で震える、本音の弱気の言葉。 それは、以前のヴィルヘルミナを知るトゥルーデも、エーリカも聞いたことのない物で。 だから、エーリカはトゥルーデの肩を叩いて促す。 親友の促しに、どういう事かと躊躇って。 彼女は思い出す――妹のクリスがこうやって泣き出したとき、自分は何をしてやれたのかを。 迷いと逡巡は一瞬だ。 即座に行動に移す。 トゥルーデは片膝をつき、ベッドへと身を乗り出して。 ヴィルヘルミナの頭を優しく撫で、抱き寄せた。「ぅ……ぁあ……ぁ」 そのままトゥルーデにしがみつくヴィルヘルミナの嗚咽が大きくなり、言葉は意味のない物へと砕けて。 それは、彼女が泣き疲れて眠るまで続いた。****** 夢を見ている。 若いということは未熟ということで。 未熟だった頃、自分がどれだけ周りの人に助けられ、守られていたか解らなくて。 いたずらに暴力と危険の中へ彼女と共に飛び込んでいった日々。 今まで得た上辺だけのどんな友よりも、彼女は自分のことを理解してくれて。 だから、年下だった彼女が死んだときに。 誓った訳でもない。 決断した訳でもない。 もし、似たような事に出くわしたら。 今度こそ、その場でオレが出来ることをしようと。 だた、そう思った。****** シーツが引っ張られる感触、そしてベッドから何か重いものが落ちる音で、夢がかき消された。 目が覚める。 部屋は薄暗く、カーテンの隙間から見える空もやはり薄暗い。 ああ……なんだ、まだ全然早いじゃないか……もう一眠りできるな。 そう思って寝返りを打って。「ん……目が覚めたか?」 眼前に、すごく優しい表情のバルクホルンの顔があった。 ……あれ、なんだこの状況? 夢か? ドリームなのか? ああ、そうだ、夢に違いない。 まったく、欲求不満が過ぎるぜ、オレ……バルクホルンとベッドインな夢とかねーよ。 どうせなら美緒さんとかミーナとかシャーリーだろ、常識的に考えて。 しかも展開的に事後だな。 頼むから最中の夢見せてよね、童貞なんだからさ……「どうした、まだ眠いか?」 まだ時間はあるぞ、とこれまでに無いほど穏やかな声音で言うバルクホルン。 こんな声で喋る人だったっけか? 最近聞いてなかった気がする。 あー、やっぱりこれは夢だ……うん。 おやすみなさい。 目を閉じて、深呼吸。 少し残っているシーツをたぐり寄せて、その質感に安堵する。 よかった、バルクホルンがとんでもない怪我をした気がするけれど。 夢でも元気なんだ、きっと目が覚めても元気な姿でいてくれるに違いない。 衣擦れの音。 暖かい指先が軽く髪を梳いていく感触が気持ちいい――って。 この感触、おかしいな。 リアルすぎるだろう。 夢じゃ無くない? 目を開ければ、やはりそこにはバルクホルンが居て。 オレの頭へと手を伸ばしていて。「バルク……ホルン」「何だ?」「……生きて?」「どういう意味だそれは……ああ、生きているぞ」 二度目の問いだが……あの時は寝ぼけていたのか。 そう言うバルクホルンは、確かに両足がきちんと付いていそうだった。 ああ、うん、よかった。 血がドバドバ出て怖いのを我慢した甲斐があったってものだ。 生きてて元気そうで……って、おい。 やっぱりこれ現実だよ。 一体何事!?「何で……此処に」「本当に覚えてないのか? お前が離してくれなかったんじゃないか」 困らせてくれるなよ、とまったく困ってないような表情で言うバルクホルン。 離してくれなかったて……いや、艶っぽい事はなかった筈、だよな? 酒飲んだ記憶もないし。 オレ、記憶飛ぶ前に吐いちゃうタイプだし。 第一、バルクホルンは裸じゃない、ちゃんとシャツ着てる。 オレもパジャマ着てるし変にはだけてない……うん、大丈夫だよな? 落ち着いて思い出そう。 えーと、確かネウロイと戦って、バルクホルンが結局負傷して、オレも腹から出血して…… ああ、なんか、思い出して、来た。 ……うわああああ! 恥ずかしッ!「…………ッ」「その様子だと、本当に忘れていたらしいな……自分の、月のモノのこと」 呆れた様子のバルクホルンに、小さく頷き返す。 仕方ないじゃないか、男なんだぞオレ……ずっと生きてきて初めての衝撃だったんだ。 月のモノ――生理。 だんだんと意識がはっきりしてきたら、今も腹が少し痛かったり、軽い頭痛の様なものはあるが昨日ほどじゃない。 戦闘終了後にそのことに気づいたら貧血かなんかで意識は遠のいちゃうし…… 頭はクラクラするわ吐き気はするわ、腹は痛いわ…… 思い出しただけで憂鬱になってくる。 外からの痛みには多少強い自信はあるが、ああいう内側からの苦痛には耐えがたい。 意識も定かじゃなかったし、恥も外聞も無くバルクホルンにしがみ付いて泣きじゃくった……と思う。 あんなに辛いものだとは思わなかった……これから毎月あるのかよ。 ああ、でも……生理、か。 オレ、今、女、なんだよな。 昨日目を覚ました瞬間、それを理解させられた。 心底男に戻りたいと思った。 何もかもが嫌になった。 意地とか信念とか本当にどうでもよくなった。 切羽詰った状況だと、人間の本性が見えてくるといったのは誰だったか。 弱いな……オレ。 「思い出したか?」「……ん」「何を思ってるのかは解らんが……大丈夫だ」 忘れていたなら、お前にとって、初めてだったんだろう。 そう聞いてくるバルクホルンに再び小さく頷きを返す。 ヴィルヘルミナさんにとってはどうだか知らないが、確かに、オレにとっては初体験だ。 というか男なら誰だってそうなんだが。「気が抜けて、緊張が解けて……弱い部分が出てくるのは誰だってあることだ。 私だってそうだ……だから、私には何のことかは解らないが、お前が本当に嫌だと思うなら」 私は止めはしない。 バルクホルンはそう言った。 ……苦しいのは嫌だ。 辛いのも嫌だ。 あの苦痛は思い出しただけで憂鬱になる。 ぶっちゃけ逃げ出したい。 男に戻れるなら戻りたい。 だけど、これは逃れられることじゃない。 弱音を吐こうが、何をしようが絶対に追いかけてくるものだ。 たとえオレの本性が弱かろうと逃げたがろうと、なんとかやり過ごしていくしかない……よな。 ポジティブに、ロジカルに考えようぜ、オレ。 よく考えれば一月にたった数日だろ? よゆーよゆー! 多分余裕だって! 男の子は見栄張って何ぼさ! そうやって内心テンション上げてると。 彼女の手がオレの頭に伸びて、抵抗する間もなく頭を軽く抱き寄せられる。 白いシャツ越しに、バルクホルンの体温。 暖かい。「すまん……な」「…………」「お前にも、みんなにも、心配をかけて。 ミーナに……宮藤にも怒られたよ。 特にお前には、酷いことも言ったな」「あれは……オレ、も、悪かった……」 すまない。 軽く抱かれているため、そう言って来るバルクホルンの表情は見えなかった。 いや、あれは言われても仕方ない。 生理だかなんだか知らんがイラついてただけで自制効かないとか駄目すぎるし。 受動的にだが騙してるのが事実だしな……まぁお互い気が立ってたってことで手打ちにしようぜ?「それで、だな……その」「……?」「うう、いざ言うとなると……」 言いよどむ声が気になって、上を見上げる。 かすかに頬を染めて、なぜか目線を逸らしているバルクホルンが居た。「バルクホルン?」「そう、それだ」 え、バルクホルンがどうかしたんですか?「……お前、隊のみんなをどう呼んでる?」 んー? どう呼んでるかって……まぁ、アニメ見たときの印象が一番強いんだが。「エイラ……サーニャ……ペリーヌ……シャーリー……ミーナ……エーリカ……芳佳……リネット……ルッキーニ……美……坂本少佐」「いや、美緒少佐でもかまわん」「……美緒少佐、バルクホルン」 うん、おかしいところ無いよね? 何突然変な事聞いてんだこのお姉ちゃんは、と思っていると。「その……私も名前で呼ばないか?」 すごく恥ずかしそうな顔で。 そんな、かわいらしい事をのたもうた。 ……え? えぇぇぇぇ!? お姉ちゃんそんなキャラだっけ!?「ルッキーニだって……ラストネーム……」「フランチェスカよりルッキーニという感じだろう、あれは」 こいつが何を言ってるか訳解らんが、言いたい事はなんとなく解る。 ……なんかこういうの最近多いな。 「……別に、以前のお前が私の事を名前で呼んでいたから、という訳じゃない。 だが、近しい友人だと……そう思っている相手に、隔意を持たれているような呼び方をされるのはその、少し……辛いんだ」 うがー、なんだこの可愛い生き物は! 抱き寄せたまま至近距離でもじもじするな! オレの中のお姉ちゃんイメージが侵食されていくではないか! ベッドの上だぞ、襲うぞ!? いや、落ち着けオレ。 ビークール、ビークール。 よし、別に名前で呼ぶことは別にかまわない……う、今更変えるのはやはりこっ恥ずかしい……が。「……条件が……ある」「何だ?」「オレも……名前で……呼べ」 部隊の中でバッツって呼ぶのあんたとペリーヌだけなんですよ! いや、ミーナさんも時々そう呼ぶけど任務中だけっぽいし。 ペリーヌもラストネームで呼ぶけど、ペリーヌも階級付だからそんなに気にならないし。 バッツバッツって呼ばれてると「バツ! ×!」ってなんか駄目出しされてるように聞こえて微妙な気分になるんです!「ああ、そんな事か……以前のお前と違う、と自分に言い聞かせようとして……そう思ってたんだがな」 バルクホルンは抱き寄せていたオレから離れて、咳払いを一つ。 神妙な顔つきで、でも頬はすこし赤いままで。「ヴィルヘルミナ」「……ん」 実にいい表情で、そう、オレの名を呼んだ。 だから、オレも応えてあげないといけないな。 しかし、ゲルトルートか。 なんか呼びづらいよな。 ……やっぱあっちで呼ぶしかないか。「……トゥルー、デ」「……ああ」 二人で顔を見合わせて、視線を逸らし合う。 ああ、糞、なんか照れ臭いなー! 何処の学生だよオレ達は! オレなんかもうすぐ三十路だよ? バル……トゥルーデも、そんなに照れるくらいなら名前の呼び方なんて変えさせるなよ! うう……恥ずかしすぎるな。「……そういえば、何故……一緒に、寝てる?」 とりあえず、照れ隠しにそんな質問を投げかけてみる。 既出の話題の気もするが、今は話しさえ逸らせればもうなんでもいい。 トゥルーデもやはりこそばゆかったのだろう、気を逸らせる話題に乗ってきた。「だから言っただろう。 お前が離してくれなかったので、今晩はここで過ごそうと思ってたんだが…… エーリカの奴がどうせだから一緒に寝ようと言い出してな」 またあいつかよ! いや、今回は良い仕事をした……のか? いやいや、あいつのことだから別に何も考えずにやってるに違いない。 そういえばそのエーリカの気配が無いな?「撤退戦の頃、皆で寄り合って寝たのを思い出して……まぁ、悪くなかったな」「エーリカ……は?」「……後ろを見ろ」 軽く首を動かして、視線をそちらのほうに向けると。 ベッドに引っかかるように突き出された、生足が一本。 ああ、オレを起こしたなんか落ちる音ってコイツか…… すらりと伸びた、白くて綺麗な足。 でも、エーリカだと思うと艶っぽさのかけらも感じねー。「こいつはこれでも目を覚まさないのだから……呆れて物も言えんな」「……大物」「はは、違いない」 トゥルーデが小さく笑う。「なぁ、ヴィルヘルミナ」「……?」「ありがとう」 彼女の笑い顔は、本当に久しぶりに見た気がして。 オレも多分、笑えていたと思う。****** 戦闘があった翌日とはいえ、基地は何時もどおりに目覚め、活動を始める。 この朝、食堂に食事をとりに来た者は、その光景を見て誰もが多かれ少なかれ安堵した。 最近食の細かったトゥルーデが、何事も無かったかのように皿に盛られた料理を胃へと運んでいる様子。 昨日意識を失って帰還したヴィルヘルミナが、のろのろとオートミールを食べている様子。 尤も、後者は戦闘の翌日、お馴染みの光景になりかけていたのだが。 仲の良い者、それなりの者。 それぞれが朝の挨拶を交わして。 カウンターの芳佳とリネットから朝食のメニューを受け取っていく。 ペリーヌがその内容に文句をつけたり、ルッキーニがお代わりを叫んだりする中。「ん、ヴィルヘルミナ。 すまないが塩を取ってくれないか」「あら」 「おや」 「へぇ」 「ふぅん」 テーブルについて食事を取るトゥルーデの何気ない一言に、四人の少女が反応した。 順に、ミーナ、シャーリー、エイラ、エーリカだ。 ミーナは何時もどおりの優しい微笑で、残りの三人は何か面白いものを見つけたような表情。「何だお前達……ミーナまで」「ううん、なんでもないのよ、トゥルーデ」 そうそう、とにやけながらミーナに同意する三人を見て、おかしな奴らだ、と呟くトゥルーデ。 その目の前に、ヴィルヘルミナの小さな手につままれた塩の小瓶が差し出される。「……はい、……トゥルーデ」「あらあら」 「おやおや」 「……へぇ~」 「ほう」「ああ、ありがとう……って、お前達、言いたいことがあるならはっきり言え」 相変わらず何か含んだような物言いに、不快感を隠さずに言うバルクホルン。 塩を受け取って、スクランブルエッグに振りかけた。 シャーリーはテーブルに肘をついて顎に手をあてながら、その様子を眺めて。 ソーセージを突き刺したままのフォークをバルクホルンに向けた。 マナーの悪さにペリーヌが何かを言いかけたが、それよりも早くシャーリーは笑みを隠そうともせずに言葉を放つ。「いや、随分と仲がよくなったなぁ、って思ってさ」「?……別におかしな事じゃないだろう、リベリアン。 お前に詮索されるようなことじゃない」「そりゃごもっとも」 それきり、何も言わないシャーリー。 フォークに刺したソーセージを一口で頬張る。 相変わらず何か楽しげな表情に疑問を感じたが。 水が合わないだけの相手であり、このような事は日常茶飯事だ。 そう結論付けて、トゥルーデは食事に戻ることにした。 二人がそんなやり取りをしている対岸では、エイラがオートミールを啜るヴィルヘルミナに話しかけている。「なあなあ、ヴィルヘルミナ、私の事もイッルって呼んでくれよ」「……無理」「えー、バルクホルンは良いのに?」 にこやかに語りかけるエイラの言葉を、スプーンの動きを止めずに一刀両断する。 その態度に不満げな声を返すと、そこでようやくヴィルヘルミナはエイラの方に向き直り。「イッルは……呼び、辛い……」 そう言った。 相変わらず抑揚もなく、表情も変化しない一言。 それでも何かを読み取ったのか、エイラは仕方ないな、と肩を落とす。 そのまま食事に戻るエイラを、しかしヴィルヘルミナは数秒間見つめて。 それから、ぼそりと言った。「エイラは……エイラ、が……良い」 「――ん、そっか」 満足したように頷いて、エイラは食事を再開。 それに習うようにヴィルヘルミナも再びスプーンを器に沈めた。 食器の音や咀嚼の音、少しの会話が朝の食卓に満ちていく。 ――それっきり、何事もなく朝食の時間は過ぎていくと、誰もが思っていた。 「そういえばさ、ヴィルヘルミナ」 エーリカがヴィルヘルミナに語りかけたときも、単に話を振っただけだったのだろう。 しかし、確かにそれは惨事の始まりの言葉だったのだ。「トゥルーデの呼び方変えたよね?」 頷きを返すヴィルヘルミナ。 それを見て、トゥルーデが仕方ないとばかりに溜息をつく。「お前もかハルトマン……別に呼び方くらい変わったって良いだろう。 知らない仲では無いだろうし……少し話し合っただけだ」「ふーん……ねぇ、ヴィルヘルミナ。 ちょっとトゥルーデのこと呼んでみてよ」 お前は何がしたいんだ、と呆れるトゥルーデに。 いや、ちょっと昔を思い出して、と。 エーリカは小声で答えた。 当のヴィルヘルミナは、何かを考えるように動きを止めて。 数秒。 頷いて、口を開いた。「トゥルーデ……」「ほら、別におかしいところなど――」「……お姉ちゃん」「「「「お姉ちゃん!?」」」」 ヴィルヘルミナの言葉に、食堂が沸いた。「な、ヴィルヘルミナ、貴様は一体何を言ってるんだ!」 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり叫ぶトゥルーデに対し。 我関せずとばかりにオートミールを口に運ぶ作業を続けるヴィルヘルミナ。 その様子は先ほどの発言が夢だったかのような錯覚さえ起こさせる、が。 吐いた言葉は戻らない。 そう、戻らないのだ。「トゥルーデおねーちゃーん」「バルクホルンおねーさーん」「おねーちゃん!」「お前達、ふざけるのもいい加減にしろ!」 笑いながらからかうシャーリー、エイラ、ルッキーニ。「ええと、その……流石にそう呼ばせるのはどうかと思うわよ、トゥルーデ」「ミーナ、頼むから悪ノリしないでくれ!」 随分と明るくなった友人に笑顔を向けるミーナ。「え、何ですかこの騒ぎ……」「あ、宮藤、リネットー、ごにょごにょ」「こら、ハルトマン、貴様何を吹き込んでる!」 食堂で作業をしていた芳佳とリネットが何事かと飛び出してくる。 その二人に、エーリカが何事かをささやいて。「さあ、宮藤、リーネ、どーぞっ!」「えーと、その……バルクホルン……お姉ちゃん?」「バルクホルン……姉さん、で良いんでしょうか」 訳のわからぬままエーリカに促されてそう言う二人を見て、トゥルーデがの動きが一瞬止まる。 が、すぐに再起動した。 般若の形相でエーリカを睨み付ける。「ハルトマーンッ!」「きゃー、おねーちゃんが怒ったー♪」 楽しそうに笑いながら、気炎を吐くトゥルーデに追いかけられるエーリカ。 その様子を見るペリーヌは、怒りを通り越した呆れの表情を浮かべた。「まったく、食事の席を何だと思ってらっしゃるんですか、皆さんは」「はっはっは、まぁたまには良いじゃないか、ペリーヌ」「う、坂本少佐がそう仰せられるなら……」「ふむ、しかし……姉か。 私には兄と弟しか居ないからな……妹が欲しいと思った時期もあった」「え……じゃあ、あのその、……わ、わたしくしでよろしければ……ぉ、お姉様?」「ん? 何か言ったかペリーヌ?」「いいいいいいいえ、何でもございませんわっ!」「はっはっは、おかしな奴だ」 豪快に笑う美緒の隣で、真っ赤になっているペリーヌ。 内心、美緒のことをお姉様と呼ぶのも悪くは無いかも、と思っていた。 大騒ぎになった朝食。 その日一日、「トゥルーデお姉ちゃん」が部隊の中で流行するのだが。 それもまた、楽しい日々の思い出。------エピソード3、クローズ。初潮は TS物の 醍醐味だー! 生理重い女の人はほんと頑張ってると思います。知り合いの会社人曰く「働く女の根性とやる気の見せ所。 こちとら遊びでやってんじゃないんだよ」だそうです。格好いい! 濡れる!名前フラグ回収。 このSS書き始めてからずっと書きたかった物の一つがやっと書けたよ。名前を呼び合ったその瞬間からお友達だそうです。 なのはさんが言ってたから間違いじゃない!なんか最終回っぽくなってしまったけどまだまだ続く、はずだ!っていうかサーニャ居ないし。以下、入れたかったけどラストの部分が思いのほか上手く纏まって、蛇足だと思って切り取った部分:******朝、昼と相変わらずオートミールだったオレ。ふざけんな、血が足りねえよ、肉くれよ!と言った感じの台詞を朝食後に言ったら、昼食には大盛りの茹でほうれん草が付いた。なんかオレに恨みでもあんのかリネット……いや、ほうれん草好きだけどさ。流石に缶詰から出して煮なおして、クタクタになった奴を大盛りは遠慮したい。すんごい水っぽくて全然美味くねぇー。そして夕食。 「……芳佳、これ……」目の前の皿に盛られているものを指差し、問う。これが意味するところはオレも日本人だから解らんでもないが……まさか、本当にそうなのか?この世界でもそうだというのか?薄い小豆色に色づいた、そのまま小豆入りのご飯。米は何時もの物と若干違い、粘りけが強そうに見える。「あの、お赤飯って言って……扶桑だと、その……お、おめでたい日に食べるのっ」芳佳は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにそう言った。あーあー……お赤飯、お赤飯ね、はいはいおめでたい日ね……やっぱりそうなのか!?「えと、坂本さんが、出してやれって……お、おめでと、ヴィルヘルミナちゃん!」……さかもっさぁぁぁぁぁん! 余計な事をしやがって、あンたって人はーッ!確かに正しい気遣いですが全ッ然嬉しくねぇー!しかも芳佳とオレで相互羞恥プレイ強要とか最悪の上司だよあんたはッ!――食べたよ、ああ、食べたさ!久しぶりのもち米と小豆はとんでもなく美味しかったさ!******なお、kdは別にお赤飯前の子にしか反応しない変態ではありません。 ……本当だよ?