14「Reason Seeker」****** ブリーフィングルーム。 いまだ朝日の登り切らぬ時刻、何時もは朝礼などに使われている部屋に12人の少女が集っていた。「10分前に、監視所からの報告がありました。 敵、グリッド東114地区に進入。 高度18000付近をブリタニアに向けて侵攻中」 どうやら今週は想定通りのようね。 そう続けたミーナの表情は、緊張の中にも安堵が見て取れる。 七日に一回という極めて周期的なネウロイの侵攻が、2、3月前から乱れ始めていて。 誰もが何かの前兆ではないのかと漠然とした不安を抱える中、”いつも通り”の敵の動きを見て安堵している自分。 敵など本当なら来てくれない方が喜ばしいはずなのに、何とも皮肉な事だ、と部隊司令としての彼女は思考した。 そのまま視線を隣に向ける。 ついこの前まではトゥルーデが立っていた位置。 今そこには、白い軍服を着て扶桑刀を鞘に入れたまま床に突き立てている美緒がいた。 トゥルーデには悪いが、やはり美緒の方が安心感がある。 同じくミーナに視線を向けた美緒に頷き返してから、言葉を続けた。「今回はフォーメーションを少し変えます。 坂本少佐、今回の編成を」「了解した。 今回はバルクホルンとエーリカが前衛。 シャーリーとルッキーニが後衛。 ペリーヌが私の直衛に就け」「残りの人は私と一緒に基地で待機です」 了解の声が9人分響く。 エイラに支えられたサーニャは既に夢の中に旅立っていた。 夜間哨戒、それも単独での飛行は肉体以上に精神と魔力を消耗させる。 それが解っていたし、何時もの事だったから誰も気にはとめなかった。 何時も通りに、戦うために部隊が動き出す。 美緒を筆頭とする出撃組に着いていくようにミーナと芳佳。 一拍遅れて、やや顔をうつむかせて着いていくリネット。「あーあ、わたし達は基地待機か。 とりあえずサーニャを部屋まで送ってくかな」 そして、そう呟いて立ち上がったエイラは、少し違和感を感じて、すぐにその原因を悟った。 ヴィルヘルミナが、一人だけ席を立たずに眉間に少ししわを寄せて東の空を眺めている。 ああ、そうか、そういえばこいつの居る出撃前のブリーフィングは初めてだったか、と呟いて。「行かないのか、見送り」 そう問いかけた。 出撃前の僚友を見送るのは何ら不思議な事ではない。 現に居残り組の内、三名は出撃組と一緒に格納庫へと向かった。 エイラも、サーニャが起きていたら見送りへと行っている。 もちろん、サーニャと共に、だが。 エイラにとってはサーニャを一人でこのまま放置していく事の方がかわいそうに思えたからの残留であり。 みんなもエイラがサーニャの世話役のような立ち位置に居る事を知っているのだった。 ヴィルヘルミナは、ん、と一つ唸ってからいつもの調子で応える。「……あっちは……大丈夫」「大丈夫って……そりゃあ、かなり安定した布陣だけどさ」 戦闘指揮官としてミーナ以上の経験と采配力を持ち、その上で個人の戦闘力も高い美緒。 部隊が誇るスーパーエース二人を前衛に。 実力は有るがスタンドプレーの多いペリーヌの心情を知ってか知らずか、美緒自身の直衛に就けることで押さえ。 オールラウンダーの二人を後衛に置く事で、どんな相手にでも合わせる事が出来る布陣であった。「信頼してるんだな、あいつ等の事」 エーリカとトゥルーデの二人はヴィルヘルミナの過去の戦友で。 過去の記憶が失われていると言っても、覚えている事もいくらか有ると話していた事を思い出したエイラは、その態度を信頼の表れと解釈した。 一拍の間をおいて、頷きを返すヴィルヘルミナ。 寄せていた眉根はいつもの無表情に戻っていたが「ん、どうかしたのか?」「……?」 その無表情が、いつもより緊張していたような気がして。 何か、予感のようなものを感じて。 気付けばエイラはそう問いかけていた。 問うてから、馬鹿な質問だったと思う。 だが、間違っているとは思わなかった。 未来予知の魔法を持つウィッチとして、自分の勘には絶対の信頼を置いていたから。 感覚は依然として何かを訴えていたが、それが何かがわからず、とりあえず理性に主導権をゆだねたままにして。 戦いに出るときも緊張するが、待つ方は待つ方で緊張するものだと言うことを、今更ながらに思い出して。 不思議げな声を返すヴィルヘルミナに、何でもないと伝え、頭を軽く撫でた。 上官、しかも年上相手にやることでは無いが、普段は兎も角、ヴィルヘルミナの容姿やふとした所作はそれを意識させない物であったし。 む、と言う小さな唸りを上げながら、何時もの無表情が小さく困ったように変化し。 その頬が微かに染まるのが可愛らしくて。 エイラは最初に撫でた時以来、どうもヴィルヘルミナの頭を撫でてしまうのだった。 エイラ自身の中では、髪の毛のさわり心地が気持ちいいし、等という言い訳をしている。「サーニャ……良いの?」 5秒も撫でては居なかったろう。 だが、ヴィルヘルミナにそう問われて、エイラは正気を取り戻す。「ああ、そだな。 じゃ、わたしはサーニャ送ってくから。 ヴィルヘルミナは先に待機室行ってろよ」「送り……狼……」「な、なにいってんだ! 部屋に置いてくるだけだかんな!」 急に挙動不審になり、見る者が見れば送り狼というより酔っぱらいかもしれないと思うような妙な動作で。 サーニャに肩を貸しながら退室するエイラの背中に、お返し、というヴィルヘルミナの小さな呟きが聞こえていたかどうか。****** 待機室のソファーに背を預けながら、時計を眺める。 時刻は朝6時ちょっと過ぎ……か。 夜討ち朝駆けは兵法の基本とはいえ、ネウロイがそれを意識して行っているとは到底思えない、が。 どうもアニメでも、みんなに聞いた話でもネウロイが戦術とか戦略とか意識してやってる雰囲気じゃないんだよなぁ…… 結局の所、質と量に物を言わせた蹂躙戦メインというか。 でも、迂回戦術とか陽動戦術もまれに行うらしいし……どうなってんだろ。 特に今回はその滅多にない陽動戦術である。 数に圧倒的な余裕が有る勢力が陽動を効果的に運用しだしたらもう手がつけられないように思う……ネウロイがそれに気づいてないのか、意図して行ってないのか…… この辺は考えても埒があかないことだ、が。 まず思う事は、編成から外された、と言う事だろう。 どういう判断でオレが外されたのかは解らないが。 まぁ、ここ三日ろくにストライカー履いてなかったからなぁ。 病み上がりの人はメインから外す的な判断だろうか。 それともミーナさんのMe262の試用もだだ延ばしになってるから、未だ編成に悩んでいるのか。 予備戦力を少しでも残しておきたいという判断か……どれかだろう。 安心するやら、不安になるやら。 このままだと、オレは本命の迎撃にかり出される事になるのか。 好都合と言えば、好都合なんだがな。 今日がタイムリミットだと解っていて、回答も見出せず一晩寝てみれば、諦めもつく。 結局の所、能動的に動くには情報が少なすぎて、受動的に動くしか選択肢がないのだ。 オレという要素が、このストライクウィッチーズという物語を変えてしまうというのなら。 オレ次第で、その歪みを修正する事だって可能なはずだ。 引っかかる物はあるが、なんとか、するしかない。 少なくとも、あと一ヶ月くらい、この居心地の良い場所を守るためには、そうするしかないのだろう。 まぁ、それにしても、だ。「……はぁ」「ん? どうした?」 ため息を吐けば、隣に座っているエイラが反応してくれる。 隣に女の子が座ってる状況なんて、こっち来るまで大学の講義以来だったから、まぁ、悪くないといえばそうだし。 うん、良いんだけどね、良いんだけどね……さっきから何やってんのさ君。「ん? ああ、ヴィルヘルミナの髪ってふわふわしてるくせに結構素直だからな……ほら、サイドで三つ編み」「……む」 ……ああ、畜生、人が良い感じにシリアスに浸ってるのに、人の髪で何やってんですかこの子は。 しかもなんかすんごい良い笑顔だし……くそっ、可愛いし! 緩い雰囲気に流される。 その空気を厭と思わせない辺りが憎らしいやら愛しいやらすでに慣れて染まってしまったというか。 ああもう……ほら、ミーナさんもにこにこしてないで。 椅子座ってくつろいでないで! え、結構似合ってる? いやいやいやいや、髪形なんてそんな事はどうでもいいんです! きちんと毎日、丁寧に洗ってるけど、結構鬱陶しいだけだから、これ。 切ったらエーリカ辺りが微妙な面しそうだから切ってないだけで、本当は切りたいです。 五分刈りくらいに。 いやまぁとにかく、戦闘待機中ですよ! 敵来ますよ!「サーニャも結ってやりたいんだけどな……サーニャはヴィルヘルミナより髪短いし」「そうね……サーニャさんも、もうちょっと伸ばせばお洒落の幅も広がると思うんだけど」 とかミーナさんものたまうし。 いや、確かにサーニャの髪の長さで結ったり纏めたりしたらチョンマゲ尻尾とかそんな感じになりそうだけどさ。 あれはあれでかわいいと思うよ? 小奇麗にまとまってるっていうか、そんな感じで。 どっちかつーとバレッタとかピンとかでアクセント付けるとか? ……女の子の服飾はよくわからん。「まぁ、そんな緊張してんなよ。 大丈夫だって」「……敵……来る、よ」「そんな時のために私たちが残ってんだろー?」 迎撃に出てる奴らが抜かれない限り私たちの役目はないから、と続けるエイラ。 いやいや……陽動だよ、陽動。 オレたち現在進行形で釣られてるのですよ。 言っても信じて貰えないだろうから言わないけど。 それに、実働戦力二人……オレが居るから三人ですか。 数えてもらえるほど実力があるとは到底思えませんが。 ぶっちゃけ、三機……えーと、航空強化一個分隊で落とせる物なのかな、海越えてくるようなネウロイって。 一応、オレと美緒さんで一機落としてる訳だが、かなり後先考えない戦い方だったしな。 通常時、ウィッチ六人で出撃するって言うのはつまり、その程度で当たる事が大型ネウロイには必要ってことだろう。 結局の所、芳佳とリネットが機能してない今、緊急時の時間稼ぎ用の予備戦力扱いだよな……だから、この後焦る訳で。 今この場にいないリネットと、彼女を説得しているはずの芳佳が居なかったらこの基地がかなりの被害を受けていただろう事は想像に難くないのだ。 かなりギリギリの綱渡り。 原作どおりに推移してくれなければ、困ったことになりかねない。 囮に釣られた部隊が出撃してから約20分。 エイラに結って貰った三つ編みを弄りながら考える。 予想通りなら、そろそろ。 今更ながら、流れが変わって、この後の奇襲が無しになって欲しいなんて事を未だに期待しながら。 古めかしい、しかしこの時代なら割と新しい型であろうスピーカーがノイズを立てた事で、オレはその期待を破棄した。「来た」 オレがそう呟くのと、ミーナさんの側の電話が鳴り響くのと、基地全体に空襲警報が鳴り響くのは、ほぼ同時だった。 受話器をひったくるミーナさん。 眉根を寄せるエイラ。 警報の中、不快感を隠そうともしないミーナさんの舌打ちが耳に届く。 彼女が受話器を置いて、此方に向き直る。 止める指示を出したのだろう、すぐに警報も止んだ。 司令官の、戦う人の目でミーナが此方を向く。「……敵よ。 坂本少佐達からも連絡があったわ。 どうやら先だって捕捉したネウロイは囮だったようね」「うぇ、陽動かよー……ヴィルヘルミナが変な事言ったからだぞ」「違う……」 いや、オレが悪いのかよ。 それは全力で否定させて貰う。「先行隊も反転して基地に向かってるけど……間に合いそうもないわね。 ……サーニャさんはどう、出られそう?」「無理だな。 夜間哨戒で魔力を使い切ってる」 出した方が足手まといだな。 そう続けながら、指でばってんを作るエイラ。 続いて此方に視線を向けてくるミーナさん。 言葉はなくても言いたいことはわかる。 頷いて応える。 微妙なブランクがあるけど飛べば何とかなるだろう。 今回はリネット大活躍のはずだしな。「そう。 ……じゃあ、三人で出ましょう」「仕方ないな。 ほら、行くぞ」 エイラが席を立とうとした瞬間、此方に駆けてくる足音が響く。 解放されている待機室の入り口に、人影が立つ。 芳佳だ。 警報を聞いてすぐに走ってきたのだろう、息が軽く上がっている。「私も行きます!」 分かり切っていた台詞だ。 強い意志を秘めた言葉。 ミーナさんが出撃は許せないと芳佳を諭す。 予定調和の展開。 だけど、なんだよこのしっくりとしない感じは。 その答えを自分で見つける前に、ミーナさんの言葉が答えとして届いた。 「……わかりました。 90秒で支度なさい」「はい!」 応える返事も、駆けていく足音も一つ分、芳佳の物だけだ。 それが示す事実を理解した瞬間、背筋に冷たい物が走った。 リネットが来てない……?****** 赤絨毯の敷かれた廊下を走る。 時間がない、リネットを呼んで来なきゃいけない。 今回のネウロイはリネットに落として貰わないと、原作通りの流れになってくれない。 ここで自信を付けて貰わなければ、彼女はもしかしたら遠くない未来に部隊から外されてしまうかもしれなくて。 それは困る。 詳しい詳細は覚えていないが、此処以外でもリネットが重要なファクターを占める展開もあったはずだ。 間違いなくそれは不味い展開で。 大団円から遠ざかる事がほぼ確定で。 エイラとミーナさんには、Me262は起動に時間が必要だからと言う理由で慌てて待機部屋から飛び出して、リネットの部屋の前まで走り抜けた。 訓練で走った距離よりも遙かに短い距離だが、焦りの所為か息が上がる。 汗をかく。 目の前には閉じられたままの木製の扉。 手を当てて、部屋の中に問いかける。 耳を澄ませる。「……リネット」 微かな衣擦れの音。 中にまだリネットが居ることを確認してから、もう一度問いかけた。「……リネット」「なん、ですか」 扉越しに、声。 よし、返事してくれたか。 ……いざ声に出すと、自分の伝えたいことが半分も伝わらないのはよくわかっている。 だから、口の中で、心の中でよく考えてから、伝える。「……別の、敵が……基地に……向かっている。 ミーナは、三人で……ん、四人で、迎撃に、出る……って言った」「四人……サーニャさんが?」「……芳佳」 息を呑む音が聞こえる。 驚くのも当たり前だ。 訓練を開始してまだ一週間も経っていない芳佳が、実戦に出るといい、それをミーナが許可したのだ。 少しでも頭の回る奴が聞けば、どれだけ切羽詰まった状況かを理解するか、無謀な指揮官だと思うか。 あるいはミーナが芳佳を使い物になると判断したと思うだろう――依然として、出撃命令の降りないリネットよりも。「……それだけ、人が……足りないんだ」「……私に何をしろって言うんですか……私なんて、何をやっても上手くできなくて……足手まといで。 私なんかより、宮藤さんのほうがよっぽど上手にネウロイと戦えます、きっと」「違う……本当に、人が……足りない」 ああもう、この子は……! いいからうじうじしてないで、出て来いよ。 芳佳の才能に嫉妬したり凹んだりするのは後でいいんだからさ……!「役立たずの私なんかが出撃したって、皆さんに迷惑かけるだけで……。 ……ううん、違うんです」 ……ん?「私、怖いんです、怖くてダメなんです。 みんなを守れたらって、誰かの力になれれば、ッて思って、ウィッチーズに志願しましたけど、戦うのが怖くて」 もう厭なんです、という言葉に嗚咽が混じっていく。「上手くいかなくって、迷惑かけてばっかりで、何時か取り返しのつかないことをしちゃうんじゃないかって、怖くて……!」 扉越しに、すすり泣く声が聞こえる。 ……女の泣き声ってのは、どうしてこう胸に来るんだろうな。 それが子供の物ならなおさらで。 焦っていた意識が急速に醒めていく。 それと同時に、自分の愚かしいまでの間違いに、ようやく気付いた。 オレはいったい、何を、やってんだ。「怖く……ないんですか」 絞り出すような声が、扉の向こう側から聞こえてくる。「ヴィルヘルミナさんは……怖く、ないんですかっ」「怖い」 即答できる。 その問いには即答できるね。 ああ、そうさ。 死ぬのも痛いのも怖いね。 出来れば死ぬまで一生お付き合いしたくない類で有ることは間違いない。 なんせ、痛みも、感覚ももはや思い出せないけれど。 たしかに、この世界に来たときオレは死に掛けていて。 思い出せないというのに、それが圧倒的な恐怖だったことだけを体が覚えている。 だけど、な。 ……何とか原作通りにハッピーエンドを目指す? 違う、違うんだよ。 大間違いだよ。 救いようのない阿呆だ、オレは。 何故オレは此処にいる? なんでオレはストライクウィッチーズに居たかったんだ? 保身だとか都合が良いとか、余計な事考えてんじゃねえよ。 ……逃げんなよ、もう。 だって、もっと大事なことがあるだろう。 オレが此処にいるのは、我慢できなかったからだろうが。 アニメの登場人物じゃない、現実に此処でこうやって生きてる、まだ人に甘えてて良い年齢のガキどもが無茶して戦ってんのに。 何も出来ない事が。 何もしないで居る事が。 オレの戦う理由なんて、戦いたい理由なんてそれで十分すぎる。 別に世界を救おうとか、そんな大それた事オレには無理だ。 オレの手の届かないところで起こる事はしょうがない、どうしようもないし、実際の所どうでもいい。 そう言うのはもっと余裕があって、もっと才覚があって、もっと優しい奴の気にすることだ。 だけど、手が届くなら。 オレにだってどうにか出来るなら。 命を賭ける価値があるだろう。 女のために、子供のために戦う。 それが男って物だし、年長者の務めって物のはずだ。 まだまだ30年も生きてない若造でも、それでも、自分より10も幼い子供たちが戦うよりは万倍マシだ。 性別も、世界も、名前すら変わってしまったこの命、どうせ拾ったようなモノ。 痛みも傷も死も怖いが、オレの命くらい賭けてやろうじゃないか。 あるいは、命をチップにこの先オレの我が侭を通して、誰一人として悲しませずに終わらせることが。 オレがこの世界で生きていくための試練なのかも知れない。「……怖い」「だったら、どうして」「自分が……何も、しないでいて……隣にいる、誰かが……居なくなる、方が、もっと、怖いから」 それが女子供で、その上独りぼっちのオレを気にかけてくれる。 そんな相手だったら、なおさらだ。 その中にはリネットも入っている訳で。 そんな相手を、ただ原作通りに進めたいからと言うしょうもない理由だけで、鉄火場に引っ張り出そうとか。 まったく、オレは何をトチ狂ってるんだ。 目の前に居たらぶん殴ってやりたい……あとで自分殴っておこう。 別に、リネットがこの後この基地から、舞台から居なくなろうがどうなろうが、安全に過ごしてくれるならそれはそれで良い。 怖いとか厭だとか、プレッシャーに押しつぶされそうになってまで、戦場近くにいるよりはよっぽどマシなはずだ。「……すまん、リネット」「え?」「……無理を、させたかも、しれない……から。 オレ……いってくる」 今は時間がないから、それだけ伝える。 意地でも全員無事に帰ってきたあとで、しっかりと詫びる事に決めて。 踵を返したオレの背中に、ドアを開く音が聞こえた。「ま、待ってください」 振り向けば、ドアから半身を出してリネットがオレを呼び止めていた。 目尻が赤く腫れていて、目は軽く充血していて。 まだ涙の後が小さく残っていて。「宮藤さんは……なんて言ったんですか」 そんなことを聞いてきた。 思い出す。 あー、どうだったかな。 アニメとちっと違った気がするんだけどな……「……『やれます、守るためなら』」 この台詞を言った直後、オレは世界を呪い、猛烈に後悔し、そして背筋が震えた。 この子に、こんな目をさせる世界を呪い。 この子に、こんな目をさせた事を後悔し。 言葉を聞きいて、リネットが目を閉じ、再び開いたその目。 一瞬で、此処まで覚悟を決められるのかと思った。「わたしも、やります。 怖いけど……やってみせます!」 「……いいん、だな」 リネットが即座に頷くのを見て、覚悟を決めている相手に我ながら馬鹿な問いかけだったと思いながら。 オレはリネットを伴って格納庫へと――戦いの場へと走り出した。******『敵の進路予測は、基地へ向けて一直線……間違いなくこっちが本命ね』『滅多に陽動とかしてこないから見事に釣られたなー』『海面すれすれを航行して居たため、レーダー網に引っかからなかったらしいわ。 哨戒艇が発見してくれなかったらもっと事態は切迫していたかもね』『ま、ギリギリだったけど伏兵は奇襲前に見つけちゃえば楽勝だかんな。 何時も通りペロっと食っちゃおう』 ミーナとエイラがオレの下前方を飛びながらそんな会話をしている。 口調は軽いが、発言とは裏腹に割と事態が切迫しているのは解っているのだ。 初陣の芳佳や、今までの成果の著しくないリネットを気遣っての言葉だろう。『リネット、宮藤の事ちゃんと見ててやれよ』『はいっ!』 エイラの言葉に、元気よく返事を返すリネットの声が、インカム越しに聞こえてきた。 あの後、格納庫でMe262の懸架台に上ったところで、残りの三人もやってきたのだ。 オレの準備が滞ってたのと、リネットが居たことにミーナさんが眉を微かにひそめたが。 リネットの決意を聞いたのと、おそらくは時間が無かったのとで、全員出撃と相成ったのである。 ……怒られなくてよかった。 あとリネットが空気読める子でよかった。 現在、オレ達はずいぶんと変則的な編隊で予想戦域へと向かっている。 ミーナとエイラが前衛、芳佳とリネットがバックアップ。 オレは離陸直後、魔法全開で上昇して高度500mほどを飛ぶ彼女達の、さらに上空3000mほどで彼女達に追従していた。 かなり鋭い方錐系、ピラミッド型。 魔力で視覚が強化されてなかったら皆を見失ってしまいそうだが。 オレのMe262がある程度高度が有った方が性能を発揮しやすいのと、戦端を開いた際に降下加速度を利用するための、急場しのぎの陣形だった。 本来ならオレは新人後衛の護衛か、エイラと共に部隊司令であるミーナの直衛につくべきなのだろう。 んー、多分この場合、新人達に近接戦闘はさせたくないだろうから、ミーナの指揮下でケッテだな。 名目上はリネットが遠距離支援、芳佳がその護衛とかそんな感じ。『わたしと、エイラさんが先行するから、二人は此処でバックアップをお願い』『はい!』 『はい!』 後下方の二人が速度を緩める。 記憶通りの展開で、ほっとするぜ。 ん、ちょっと待てよ、新人コンビがバックアップ、ベテランが前衛……オレは?『バッツ中尉は、優速を生かして右上側から迂回。 私たちが足止めを行うから、横撃をお願い』「……了解」 横撃……先行誘引とか足止めじゃなくて打撃力として使うつもりか。 迂回してもMe262の速度なら十分間に合うと踏んでの判断だろう。 現在の情報だと、その選択肢しかないな……エイラとミーナの火力はMG42で、オレはMk108。 オレが最大火力であるMk108を確実に叩き込める状況を作り出すのが前衛二人の役目って所だろう。 ……上手く行くといいけどな。 今回の敵は、たしか高速型だったはずだし。『位置関係は使い魔にナビゲートさせて。 此方からも逐次連絡を飛ばすわ』「……ッ」『どうかしたの?』「使い……魔……」 いや、使い魔……だと……? 不味い、不味すぎる。 相変わらずオレは使い魔の声だか意志は聞こえない。 これはオレの意識がヴィルヘルミナのそれで無いのと関係有るのか無いのか解らないが。 バルクホルンに貰ったコンパスは相変わらず首に引っ掛けてるが、たかが方位磁針だ。 前回みたいに派手で、なおかつ方角がハッキリとわかっている戦域に向かうなら兎も角、今回は役に立たないだろう。『……使い魔がどうかしたの?』「……」『何もないようね。 それでは、作戦開始!』 何か手がないか考えている間に、時間は過ぎていく。 ちっ……時間がないんだぞ、迷うな、オレ。 広い空で、ナビゲーション無しに離脱後合流なんてのは無茶なんてレベルじゃないのは解ってる。 なんだかんだ言って、本来のシナリオ通り事態が推移していってくれている、なんて事じゃ安心は出来ない。 バッグの中から双眼鏡を取りだして、首にかけておく。 あとは、ミーナとエイラの二人が遠方から見えるほど派手な戦闘を行ってくれるのを期待するだけだ。 MG42の曳光弾が見えてくれればなんとかなるはず。 身体を反らし、迂回機動を取る。 先行していくミーナとエイラを見失わない様、その方向をじっと見つめながら。******「エイラさん、十二時、下方、来るわ!」「ああ、見えた」 先行して約5分。 それを先に発見したのは魔法によって周囲を走査していたミーナだった。 海上、約十メートルという極低空を飛翔する円筒状の黒い物体。 ネウロイである。 指示もなく、魔力によって強化されたMG42が火を噴く。 先に撃ったのはミーナで、間髪入れずにエイラも射撃を開始した。 毎分千発以上という驚異的な連射力が文字通りの弾雨となって上方からネウロイに降り注ぐはずであった、が。 エイラが眉をひそめる。 「速い……!」 当たらない。 距離が離れているとはいえ、エイラもミーナも射撃の腕は水準以上だ。 相対速度もあり、何時もなら何発かは当たっているはずなのに、一発たりとて当たっている様子がない。 左右に機体を不規則に振り、回避運動を取っているのは解るが、何よりも顕著だったのはその速度だ。 「今までより圧倒的に速い……一撃離脱じゃ無理ね」 海を越えてくるようなネウロイは、大抵が大型で航続距離を重視していると思われるような個体ばかりで、足は遅かった、が。 眼下を此方に向かいつつある個体は中型から小型と言ったサイズであり。 明らかに速度を重視している。 奇襲、強襲を迅速に行うための速度――あるいは、海を嫌うネウロイが渡洋時間を限りなく小さな物とするために選んだ道かも知れないと、ミーナは分析する。「バッツ中尉、すぐに此方に合流の軌道を取って。 敵速が速すぎる。」 この速度に抗するには、迂回中のヴィルヘルミナが最も適しているだろうと判断し、そう指示を告げた。 小さく了解の意が選ってきたことを確認すると、一瞬に満たない時間を思案に費やし、ヴィルヘルミナが合流するまでに取るべき方策をエイラに伝える。「多少危険を伴うけれど、速度を合わせるしか無い様ね」「ん!」 エイラの頷きとサムズアップを合図に、二人は雲を引いて急降下を始めた。 高度が速度に変換され、それは縮まる彼我の距離という視覚的な情報で表れる。 ネウロイとすれ違うか否か、と言ったところで二人は身体を傾け急激な方向転換。 まるでヘアピンのように鋭いカーブながら、速度はほとんど落ちておらず。 観客がいればその技量に拍手を送っていただろうが、生憎と二人の周囲にはネウロイ以外の観客は存在しなかった。 ネウロイと、ウィッチ二人。 相対速度がほぼゼロとなる。 一拍の間。 迎撃のビームがが飛んでこないのを頭ではなく身体が理解した瞬間、二人は引き金を引いた。 限界速度ぎりぎりを保ちながら、不規則機動中の相手を銃撃する。 ほとんど経験のない状況に、二人の銃弾はことごとくが空を切った。「……エイラさん、そっち!」「了解!」 ミーナの合図。 経験と勘と、あるいは魔法を使用してその意図を理解したエイラが、左方向へと水平移動していく。 指示を出した本人はそれとは逆の方向へと。 二人の距離が適度に開いたところで射撃を再開した。 二点からの射撃。 十字砲火は、極めて回避が困難であり。 そして、ついにMG42の7.92mm弾頭がネウロイの発光する尾部、おそらくは推進力を生み出している器官に連続して着弾した。 着弾した部位から煙が上がる。 例えネウロイといえども、推進機関が損傷すればその速度は落ちるはずであり、このまま戦闘を有利に推移させることが出来そうだ、と二人が思ったのもつかの間。「……ッ、分離、したっ!?」 エイラが驚きの声を上げる。 その言葉通り、ネウロイはダメージを受けた機体後部を切り離していた。 それはまるでトカゲの尻尾切り、あるいは重たい増糟を切り捨てる様に似て。 推進力を失い、二人に急接近してくる巨大な黒い塊。 本体と分離して力を失ったせいか、輪郭を白く輝かせながら海面をバウンドして迫るそれを回避した二人が見たのは。 自分たちには到底追いつけそうもない加速と速度で遠ざかっていくネウロイだった。「加速した!」「くっ、速すぎる……不味いわね」 ネウロイの進行方向には、今だ未熟な芳佳とリネットが居る。 ミーナの魔法は此方に接近しつつあるヴィルヘルミナを捉えてはいたが、今少し時間がかかりそうで。「リーネさん、宮藤さん、敵がそちらに向かっているわ。 ……貴女達だけが頼りなの。 お願い」 結局、あの二人を戦わせることになるのかと、眉をひそめた。****** ミーナさんから、合流しろとの命令が届く。 ああ、くそ、案の定見失っちまったよ! 砂粒以下の人間サイズの物体を、数キロ離れてどうやって捕捉すれば良いんだよ! 瞬きしたら普通に何処にいるか解らなくなるんだもん! 大陸側の地形と、太陽の位置。 大まかな位置は解るが、どっちの方向に飛んでいけば良いのか全然解らん。 不味い、これは不味い。 期待していた曳光弾の光も見えない。 夜だったら良かったのだろうが、今は昼間。 あるいは海面の反射に紛れて見えないのかも知れない。 機体はしていなかったが、ネウロイがビームの一発でも撃ってくれればすぐに解ると思うんだが、世の中そんな都合良くできてはいない。 双眼鏡を目に当てる。 おそらくは此方の方じゃないだろうか、という方向に視線を向けてみるが、とてもじゃないが見える範囲が狭すぎてわからない。 そんなこんなで焦っていると、さらに悪い情報がエイラの声で届けられた。『……ッ、分離、したっ!?』 もうロケット二段目かよ、マジかよ……! あるいはこのMe262の速度ならあの速度に追いつけるかも知れないが、くそ、場所が解らないんじゃどうしようもない! 双眼鏡から目を離す。 どうしろ、どうしたらいい、考えろ。「く……ウロイは……みんなは、どっち……」 焦りの所為か、思考が口をついて出る。 ネウロイは基地に向かっている。 基地の方向なら解る。 その中間地点当たりを目指す……か? ネウロイの後ろに着くならそれで良し、もしくは前に出れるならそれはそれで良い。 身体を捻らせ、基地の方に進路を取る。 方角を確認しようと、懐からコンパスを取り出してみて。 違和感を感じた。「……?」 あれ、針が……北を指してない? 太陽の位置と、現在時刻を確認する。 やはり、方位磁針の赤く塗られた先端は、北を指していなかった。 貰ってから一週間大事に使ってたつもりだったが、いきなり馬鹿になったか? いや、そんなはずはない。 別に磁気を帯びた物に近づいた記憶もないし。 ん、待てよ。 方位磁針が指す方向。 それは、もしかしたら。「……ミーナ、達の……方向?」 くるり、と。 肯定する様に、方位磁針が時計回りに一回転した。 うぉ、なんだこれ。 心霊現象とか魔法とかそう言った類の物? そんな便利なお化けとか幽霊とか――いるじゃないか。 使い魔。 聞いた話によれば、動物だとか、それらの姿をした精霊とか妖精とか、そういったモノ達。 ヴィルヘルミナさんの使い魔が、オレと意志の疎通の出来ない使い魔が、コンパスを通じて手助けをしてくれている……?「……使い、魔」 また、時計回りに一回転。 そして、再び針は同じ方向を指す。 確信する。 こいつは使い魔で、オレを助けようとしてくれていることを。 ……助けてくれるんだな。 例え、オレがお前の本当の魔女じゃなくても。 そのことを知らないのかもしれないし、騙してるようで気が引けるが、今はその助力に感謝する! コンパスの方向を確認して、その方向へと軟降下、高度を加速度へと両替しながら、魔力を思いっきりストライカーユニットに注ぎ込む。 頼むから、間に合ってくれ! ****** 機関銃とはまた違った、大口径の銃器の発砲音が響く。 海の彼方へと、光を帯びて飛んでいく弾丸は、しかしそのまま虚空へと消え去っていった。 弾丸の先に居るはずのネウロイは依然として健在で。「……だめ、全然当てられない!」 照準をのぞき込みながらリネットは焦りの声を上げる。 後がない。 先ほど告げられたミーナの言葉がその焦躁を加速する。 もはや逃げる気はない。 ただ、望んだ結果が、自分の実力が決意に付いていかない事に焦る。 その焦りを慰撫するように、芳佳が声をかけた。「大丈夫、訓練であんなに上手だったんだから」「わたし、飛ぶのに精一杯で射撃を魔法でコントロールできないんです」 そうなのだ。 それでも、何時もの大型で低速目標相手なら、何とかなったかも知れない。 今回は的も小さければ、速度も速い。 相性が悪い。 結局、自分はこの程度なのか。 リネットが慣れ親しんだ諦めの思考は否定しても容易に彼女の中に染み込んできて。 しかし続く芳佳の言葉によって容易に打ち消される。「じゃあ、私が支えてあげる。 だったら、撃つのに集中できるでしょ?」「え? あ、あの……」 戸惑うリネットの視線の先。 芳佳は身体を沈め、リネットの真下に回り込んでいた。 そのまま上昇する。 余りにも突飛なその発想にあっけにとられている間に、芳佳はリネットの股の間に収まっていた。 いわゆる、肩車の体勢。 内股に芳佳の髪の毛が触れて、少しのくすぐったさをリネットは感じる。「どう? これで安定する?」「ぇ、あ、はい……」 リネットはおそるおそる体重を預ける。 ホバリングするために浮力を生み出していたストライカーユニットが回転数を緩めていった。 その制御に回していた意識と魔力が開放され、余裕が出てくる。 ベストとは言えないが、この状況ではこれ以上は望めない。 そんなコンディション。 愛用のボーイズ対戦車ライフルに魔力を通し、ただ魔力をこめるわけではなく、自分の本来の魔法を使っての射撃が出来ることを確認して。 心の中の誰かが、いける、と喜びの声を上げた。 風を――風向きを、風力を読む。 敵の速度を、動きのパターンを読もうとして。 照準の向こう、 不規則に上下左右に動きながら、それでもl此方にまっすぐ向かってくる黒い姿を睨み付ける。 狙いが付けにくい。 弾丸がネウロイの位置にたどり着いたその時に、ネウロイが何処にいるか予想がつかない。 どうすればいいか、とふと思考した瞬間、彼女の脳裏に閃くものがあった。 予想が付けられない理由は、単純に敵が取りうる選択肢が多いからで。 ならば、その選択肢を少なくするか、選択を誘導してやればいいのではないか、と。 ハッキリとそう、言葉で思いついた訳ではなかったが、リネットが思いついたそれは長じれば予測射撃と呼ばれる物であった。 相手の避ける先を予測して、そこを撃つ。 リネットのボーイズ対戦車ライフルは装弾数五発で、無駄弾は撃てない。 だから。「宮藤さん、私と一緒に撃って!」「うん、わかった!」 頼もしい返事が芳佳から返ってくる。 何の根拠もなさそうな自信なのに、今は、それが自分を支えてくれていることを心強く感じて。 リネットの視界の先。 ネウロイが、自分の望んだ回避行動を取ってくれる、取らざるを得ないだろう、その位置に来た瞬間。 目を見開く。「今です!」 言い終わる前に、芳佳の機関銃と、それにコンマ数秒も遅れず、リネットのライフルが光を放った。 魔力を帯びた弾丸は光の軌跡を空中に残し、彼方へと飛翔していき―― しかし。 「――外した!?」 今日何度目かの、しかし最も絶望に近い、悲鳴じみた声が上がる。 放たれた弾丸は、確かにネウロイが芳佳の弾丸を避けたその先へと飛んでいた。 しかし。 ほんの少しだけ、実際にはたった数十センチの差で、ネウロイには命中して居らず。 依然としてネウロイは飛んでいた。 第二撃を放とうにも、銃撃を警戒したのか、ネウロイの回避運動が先ほどよりも激しくなっている。 萎えた心が身体を被い、構えた銃口が下がろうとした次の瞬間。 魔力で強化された目が、上空からネウロイの背後に回り込む小さな影を捉えた。 ミーナやエイラですら追いつけないネウロイに追従する存在。 ヴィルヘルミナだ。****** くそ、空気抵抗が重い! 追いつけねぇ! 低空で相当速度出してる所為で、ウィッチなんて人間サイズの物体でもかなりの空気抵抗を受ける。 流線型じゃないのがきつすぎる。 クソ、この胸邪魔だ! 気を緩めれば身体が大気に揺さぶられる。 かといってシールドを張ればそっちに魔力を持って行かれて速度が落ちそうになる。 身体が大気に揺さぶられれば、それだけで加速が悪くなる。 高度を両替して得た加速は、水平飛行を続ける内に使い果たしてしまった。 彼我の相対速度はほぼゼロ。 もっと近づけないと、近づかないと、有効な射撃は出来ないって言うのに……! あと少しで追いつきそうなのに……! リネットが狙撃を外した。 芳佳の助けを借りてなお、だ。 此処に来て予想と期待を裏切られて。 ここでオレがどうにかしなければ、このままじゃ詰みだ。 打つ手無し……なわけないだろう! 諦められるか! ロジカルに考えろよ、オレ! 速度か安定性かのシーソーゲーム、必要なのはシーソーの板というルールをぶち割る何かだ。 もっと魔力が有れば、オレがシールドの安定を上手く行えれば、なんて思うが。 無い袖は振れない。 訓練すればシールドと加速を両方行えるかも知れないが、今この瞬間に出来る手段じゃなければ意味がない。 魔力――そう、魔力だ。 加速するのに魔力を使う。 シールドを張るのに魔力を使う。 攻撃を行うのに魔力を使う。 必要なのはこれだけだ。 じゃあ、必要ないのは? ……オーケ、怖がったり躊躇ったりするな。 懐からコンパスを引っ張り出し、告げる。 この声を、使い魔が聞いてくれていると信じて。「……保護……魔法、切って」 コンパスの針が揺れる。 再考を促すように、否定を表すように、大きく左右に。 解ってる。 ウィッチが、生身の人間が航空機の速度で飛んで、重火器を軽々と振るい、そのリコイルを受けてなお常態を保っていられる最大の理由。 それはウィッチが、ストライカーユニットが恒常的に展開する増強・保護魔法のお陰だ。 それを切ればどうなるか。 ああ、解ってるさ。 此処は低空で海面近くで、幸いにも上空のような殺人的な低気温はない。 問題は風圧だが、空気抵抗を軽減するためにシールドを張るためこれも――希望的観測に過ぎないが、なんとかなる。 いいや、なんとかする。 してみせる! 「……それしか……ない」 オレの思いが通じてくれたのかどうか。 コンパスの針が一瞬躊躇うように振れて、くるりと一回転。 それを了解の合図と見る。 少しでも軽くなるために、MG42のストラップを外して捨てる。 ついでにバッグも捨てた。 必要なのは、胸に抱えるMk108のみ。 そして、オレが前方にシールドを張った直後。 「――ぐ、ぎ!」 瞬間、全身をバラバラにしそうな圧力がかかった。 一瞬視界が歪み、意識を持って行かれそうになるのを、Mk108を抱きしめて堪える。 普段は無視できる、角張ったパーツが服越しに肌を刺激し、その痛みが意識をつなぎ止めてくれた。 クソ、風避けにシールド張ってこれかよ……! 髪が後ろに引っ張られる。 どろどろとした空気を押しのけていく感覚。 風圧で閉じてしまいそうになる瞼に、辛うじて前が見えるだけの隙間を空けて。 だが、それでも。 速度は落ちない。 加速する。 ネウロイとの距離が縮まる。 その姿が徐々に徐々に大きくなっていく。 水平線の向こうには、ウィッチーズ基地。 その手前には、小さすぎて見えないがきっと芳佳とリネットが居る。 ネウロイの上を取る。 ロケット弾みたいな、ミサイルみたいな形状をしたネウロイの姿がよく見えた。 おうおう、盛大に身体を左右に振っちゃってまぁ……必死だな。 よう、ネウロイ、なんて挨拶を投げたくなるが、そんな余裕は心身時間全てに置いて存在しない。 胸に抱えたMk108を引っ張り出し、ストックを右肩に当てて。 衝撃で狙いが付けられないが、そんなのは良い。 オレが望むのはそんな事じゃない。「リネット――」『はいっ』「――撃てッ!」 リネットからの答えを確認する前に、引き金を引く。 直後、右肩を吹っ飛ばそうとするほどの衝撃がMk108から伝わった。 ああ、くそ、痛ェとかそういう感覚すっ飛ばして一発目で感触無くなるとかな……! 防護魔法がどれだけウィッチを助けてくれているか、この瞬間に厭と言うほど理解する。 余りの衝撃に、腕がくっついてるか――まだ、きちんと腕の形をしてくれているか心配になる。 30mmの機関砲を人が防御策も無しに撃てばこうなるのは至極当然の道理。 だけどな。 男が女守るために命張ってんだ! 道理なんてモンはその辺にすっこんでろ! 衝撃の所為か、左目が霞む。 悲鳴を上げそうになる反射神経を、奥歯を砕く勢いで噛みしめて押し殺す。 だが、撃てている。 保持できている。 オレは未だ生きている。 戦える。 その事実だけが今この瞬間は必要で。 添えた左手に力を込めて、増強魔法の力も借りて暴れる機関砲を無理矢理押さえつける。 腕一本吹っ飛んだ位じゃ人間簡単には死なない! 大丈夫だ! 毎分100発の速度で放たれる薄殻榴弾。 それはネウロイからかなり逸れながらも、しかしオレの望んだ通りの方向へと着弾してくれる。 海面に吹き上がる水柱。 さあ、ここでお前は終わりだ。 やってやれ、リネット!******『リネット』 ヴィルヘルミナさんが私の名を呼ぶ。 その声音は、何時も通りの淡々とした口調で。 だからこそ、彼女が何も諦めてはいない事を私に教えてくれる。 やっぱりダメだった、と諦めかけていた心が震える。 視線を一瞬下に飛ばす。 そこには、私を肩車してくれている宮藤さん。 私を支えてくれている、まだこれが初陣の、自分とそう変わらない年の女の子。 自分と同じように、戦うことが怖いけれど、じっとしている方がもっと怖かった、と言った子。 ――怖い。 ヴィルヘルミナさんの言っていたことを思い出す。 隣にいる誰かを失うことが怖い。 その意味がよくわかる。 宮藤さんが支えてくれている。 宮藤さんが一緒に戦ってくれている。 彼女の体温を、息遣いを感じる。 私の射撃が外れて、動揺しているのが解る。 今この瞬間、私が戦う事を諦めたなら。 私の背後にある故郷を。 部隊皆の思い出がある基地を。 そして、何よりも。 宮藤さんを――仲間を、友達になってくれるかも知れない人を失うかもしれないのが、怖い。 だから、私は。 「はいっ」『――撃てッ!』「リーネさんっ!」「宮藤さん、もう一度! おねがい!」「わかった!」 宮藤さんにお願いしながら、撃ちきった弾倉を交換。 間髪入れずに照準と照星を合わせる。 瞳に魔力が通り、先ほどよりも大きく、近くへと迫ってくるネウロイの姿がはっきりと見えた。 黒と赤の異形であり、恐怖の対象。 古来よりの人類の大敵。 私の故郷を蹂躙しようと、此方に向かってくる暴力。 だけれど、貴方なんかよりも、宮藤さんを失う事の方が、ずっと逃げた先に待っている物の方が何倍も怖いんだから! 照準の先、ネウロイの左右に大きな水柱が連続して何本も上がる。 ヴィルヘルミナさんの射撃だ。 援護射撃――射撃が上手くないヴィルヘルミナさん。 下手に狙ってネウロイに回避機動をとらせて動きを不規則化させるよりも、動きを押さえてくれてる……? それはつまり、私を信じてくれているという事で。 ……見える。 ヴィルヘルミナさんの射撃で出来た水柱の回廊の中、回避の選択肢を狭められて。 私の初弾と宮藤さんの銃撃を避けたネウロイが、動く先が! これなら!「今です!」 宮藤さんが返事をして、機関銃の引き金を引き、その発射音が響き渡ったはずだが、もう私には何も聞こえない。 ただ、意志は魔力を銃身に注ぎ、相手の未来位置を予測するだけの装置となる。 風向き、風力、ネウロイの早さ。 全てはさっきと一緒。 引き金を引き、ハンドルを起こし、引き、廃莢され、ハンドルを押すと同時に再装填、最後にハンドルを倒してチャンバーをロック。 意識するよりも素早く、今までの経験の中で最もスムーズに一連の動作が行われて。 意志がなければ動かないはずの身体は、厭になるほど繰り返した訓練の動きを正確にトレースしてくれていて。 何時だったか、ヴィルヘルミナさんが言っていた台詞を思い出す。 使われない道具はない。 ただ、それが使われるときまで決して手入れを欠かしてはならない。 そして今この瞬間こそが、私という道具を、この力を使うべき瞬間だと信じる。 だから――「――当たれ!」****** 機動こそ空を飛ぶ者の最大の武器である 左右には吹き上がる水柱、そして続けざまに上方から飛来する高威力の弾丸。 下には青く黒い海面。 ただ高速を持って敵を突破する事を求めた身体を持つ”それ”は行動の選択肢が突如として限界まで削減された事を知った。 右にも左にも避け続ける事は出来ない――水柱を抜ける事、すなわち水に触れる事は”それ”に取って忌避すべきことであったし。 海面も、水であるという事実以上に相対速度のお陰で、接触しようものなら自身の耐久度を大きく上回る衝撃を受ける事は間違いなかった。 上しかない。 それは、頭上に陣取る邪魔なウィッチを己の質量でもって押しのけ、空という広大な空間を利用できる位置への移動であり。 ”それ”にとって許された唯一の選択肢だった。 機動こそ空を飛ぶ者の最大の武器である。 三次元空間における、取りうる選択肢の豊富さ。 それは本来ならば極めて予測の難しい事象である。 人類の物理常識を覆すことが可能な”それ”にとっても、大いなる武器であったのだ。 たとえ、元々が前進速度に特化した存在である”それ”にとっても、いや、むしろビームの一本も撃てない”それ”にとっては。 自由に動ける空間こそが、最も失ってはならない物。 武器を失った者が、何時までも戦場を走っていられる道理は無い。 前方から再び飛来する弾丸。 それを、軽く浮き上がって回避した、直後。 上昇軌道を取るために機首を軽く上げたその時、機体後部を青白い魔力を曳光する弾丸が貫いた。 推進力を生み出していた器官が魔力による阻害を受ける。 いかな高速飛行に適した身体でも、低下した推進力では空気抵抗を切り裂ききれず。 腹を見せる事で増大した抵抗が”それ”を徐々に上へと押し上げていく。 望んだ結果が、望まぬ過程によってたぐり寄せられていく。 あらゆる生物にとって無防備な腹。 それが、狩人の放った必殺の弾丸に晒されていく。 弱点を見せた獣にとどめを刺すがごとく。 まるで下から切り上げるかのように、光り輝く弾丸が次々と着弾、容赦なく貫いていった。 ”それ”が悲鳴を上げる暇もあればこそ。 その中の一発が、”それ”が最も守るべき物、コアを掠め飛ぶ。 極限まで強化された大口径の弾丸と纏う魔力は、コアを守るはずの甲殻を易々と食いちぎり。 ただ掠め飛ぶというそれだけでコアに致命的な亀裂を走らせ、制御が不確かになった機体に走る衝撃がトドメとなり砕け散った。 ****** 目の前で、リネットに撃ち貫かれたネウロイが急減速し、オレに迫る。 さながらそれは壁だ。 危なッ!? Mk108の質量を増大させ抱え込み、ストライカーを思いっきり前に振って急減速と急上昇。 機関砲が押しつけられ、身体をぶん回したので、足や胸に激痛を覚悟したが、痛みはいつまで経ってもやってこない。 ……ああ、使い魔が保護魔法を復帰してくれたのか。 ありがたい。 しかし、なんとか賭に勝ったな……ほっとする。 オレの弾頭は榴弾で、口径もありリネットのライフルよりも単純な威力は高いだろう。 だが、此処で必要だったのは必中であり必殺。 榴弾という特性上、衝撃力とかは強いが、とてもじゃないが外殻を打ち抜いてコアまでダメージが通るとは思えない。 一応、多分これ普通の航空機相手には一発当たっただけで致命的な威力なんだろうけど、相手が大型ネウロイじゃ仕方ないよな。 連続して当てれば何とかなるんだろうが……あの状況じゃ狙いも付けられないしな。 ネウロイの横移動が激しくて、当てられないという事態すら起こりうる。 リネットがオレの意図を汲んでくれたから良かった物のあまりにも……いや、いいか。 今は、大団円に一歩近づいたと思えば、それでいい。 終わりよければ全て良し。 腕一本くらいどうってこと無いだろう。 ……まぁ、ぶっちゃけ、腕がどうなってるか見るのが怖いです。 Mk108を減速のため抱えたときも、左腕しか動かなかったし。 血は流れてないっぽいから折れた骨が肉を突き破ってる、とかいうスプラッタな状態では無いだろうけれども。『やった! やったよリネットさん!』『私……出来たんだ!』 喜ぶリネットと芳佳の声が聞こえてくる。 だが、その声に何かねぎらいの言葉を返してやろうと思うよりも早く。『――二人とも、避けなさい!』 ミーナさんの声がインカム越しに響き渡った。 な!? 未だ生きて……いや、ネウロイの身体が白く崩壊するのは見た。 撃墜は確実だ。 じゃあ、なにが? 視線を向ければ、依然として慣性でかっとんで行くネウロイの残骸。 それは、白く輝き砕けながらも――やべぇ、二人に近すぎる! 一回撃ち損じてるから本来よりあいつらに近すぎたのか!? Mk108を構えようとして、出来ない。 重量のあるこの機関砲じゃ、片手じゃ射撃体勢に持ってけない。 まずい、不味すぎる……!『――!』「リネット……!」 インカム越しに響くリネットの悲鳴。 巻き起こる水煙。 ああ、畜生! 此処まで来て油断したオレが馬鹿だってのかよ……! 『宮藤さん、リーネさん!』『ミーナ、大丈夫だ。 見ろ』 焦って二人に問いかけるミーナを、エイラが遮る。 収まっていく水煙の中、青い輝きを見せるのは、巨大な魔法陣。 扶桑系の文様……芳佳のシールドか! その向こうに人影が見える事を確認して、今度こそ本当に気が抜けた。 大きくため息を吐く。 本当に……よかった。『うわぁ……やたらでっかいシールドだな』『あれが、宮藤さんの力……』 はい、そうですよ、ミーナさんとエイラ。 あのアホみたいな出力を叩き出すのが芳佳さんです。 空戦ウィッチの魔力の出力なんて、ほとんどシールドの強度くらいにしか影響しなさそうだけどな。 それにしても、崩壊中とはいえ結構な質量を残してそうなアレを受け止めるとは……脱帽だよ、本当に。 耳には、芳佳とリネットが友情の証にちゃんづけで呼び合う事を約束して、じゃれ合っている声が聞こえる。 先ほどまでの緊迫した状況とのギャップを余りにも感じさせるその会話が、気が抜けるやら安心するやらで。 ミーナさんから帰還命令が出るまで、オレはぼーっと二人の方を眺めていた。------ 今回は実験的に一人称多め・かつフォーマットを変更してお送りしております。 これならどうだろうか。 読み辛さ、解りづらさに関して何かご意見頂けたらと。 ミーナさんが芳佳さん単体での随伴を許可したのはあれだ、余計な口論して時間食うよりは、基地上空哨戒とかいう名目で後ろ置いておいた方が良いと思ったため。 その後、リネット合流で本来通りの展開に。 ネウロイに引き離されるまでは、芳佳とリネットに何かさせる気全くなさそうだったし。 高速戦闘! ばんじゃーい! Me262と直線レースで勝負なんざ10年早いんだよバーヤバーヤ! Me262に勝ちたかったらV2持って来いってんだ! kdは曲がれない止まらない戦闘機、Me262が大好きです。 突っ込み来る前に答えておく。 Mk108は30mmという口径にもかかわらず、毎分650発という(当時としては)頭おかしいんじゃないかというくらいの連射速度を誇ります、が。 さすがにその連射速度じゃウィッチでも無理だろー、と思いまして。 単射/低速/高速のセレクター式にしてるって事にしておいてください。 技術的にはこの時代でも無理はない……はず。 ダメだったら魔法的な何かと言うことで。 あと、(・×・)ムリダナ。 エイラー、オレだー! (サーニャと)結婚してくれー! エイラはサーニャの嫁ー!!(可逆)