12 「制服と羽ばたき」***Side Witches***「それで、どうしましょうか?」 黒髪の女性、坂本美緒は目の前に佇む親友からの言葉の意味を考える。 その内容は二つ。 ひとつはヴィルヘルミナの運用に関して。 もうひとつは美緒が連れてきた少女、宮藤芳佳についてだ。 ふむ、と手をあごに当てて考える。 まず思いつくのは宮藤に関してだが、こちらは既に美緒の中では結論の出ていることだ。 相談の優先順位は低い。「ヴィルヘルミナに関してだが、やはり当初の打ち合わせどおりしばらくは単騎での高速遊撃戦力として……どうしたミーナ」「ふふ……いえ、少し彼女のことを思い出しちゃって」 よって、ヴィルヘルミナの事から済ませようと思ったのだが。 その言葉はミーナの笑いによって遮られた。 訝しげな視線を向ける美緒に、ミーナは思い出し笑いをこらえて応える。 彼女――すなわち先ほどまでこの執務室に居たヴィルヘルミナだ。 「ああ、随分と無愛想で、何か急いでるのか話をさっさと切り上げたそうだったが……」「あれはきっと浮かれてるのよ。 うれしいのね」「……あれで? うーむ……」「制服とはいえ、新しい服をもらってあんなに浮かれるなんて……可愛いじゃない」 私には随分と淡々としているように見えたんだが、とぼやく美緒に、すぐに解るようになるわよ、とミーナは言った。「まぁ、私はあいつとまだ半日も過ごしてないからな……わからないのも道理か」「無感動に見えるけれど……あれで案外動きのある子よ?」 ふむ、そうかもしれんな、と呟いて、美緒は先日の戦闘の事を思い出す。 人間、窮地に陥ると本性が現れるという話は良く聞くが。 あの無鉄砲な性格がヴィルヘルミナの本当の顔なのか、それとも。「記憶を幾分か失っているんだろう……そういった差異は仕方のない事なのかもしれんな」「そうね、それが危険な方向に向かなければ良いんだけど……その心配も薄くなってきたようだし」「そうだな、多少気になるところはあるが今のところは些事だろう。 で、ヤツの配置に関してだが」 ごめんなさいね、話の腰を折って、というミーナに気にするなと答えてから、美緒は改めて切り出す。「まぁ、ヤツの話を聞く限り、当初の予定通り高速遊撃戦力、もしくは独立打撃力としてフォーメーションに組み込むのが妥当だろう。 バルクホルンやハルトマンの訓練状況……Me262、だったか? はどうなんだ」「ほとんど手付かずね。 ネウロイの来襲があったのと、ヴィルヘルミナさんの怪我の所為で私の試用も遅れているし……」「単独飛行による練習や、別のヤツとの組んでの練習は?」「正直、既存機と速度が違いすぎて、組み合わせても緊急時の対処に疑問が残るから…… エーリカかトゥルーデがもう少し慣れてくれれば一人や二人で練習させても良いんだけれど」「ふむ……そちらは結局、ヴィルヘルミナ次第か」「そうね」 暫く、執務室に思案の沈黙が満ちた。 時計の音が数十回響いた後、ミーナの声が発せられる。「……彼女にとって『はじめて』の戦いで、私が一番危惧していたことは起こらなかったし……暫くは彼女はロッテを組まずに飛んで貰うしかないわね」「そうだな。 周囲に仲間が居ればヴィルヘルミナもあんな事をしないだろうし……正直足並みが違いすぎて、どうしたものか。 巡航速度ですら我々の常識を塗り替える速度だが……行軍時に速度を落とせない訳じゃないだろう?」「ええ。 少し難しいみたいだけれど……練習次第で何とかなりそう、って言ってたでしょう?」 美緒は再びふむ、と唸ってヴィルヘルミナの発言を思い返し。 低速に関して質問した時に、しばらくの間と共に、難しいが、やって見せる、と言っていたのはそう言う事だったのか、とようやく理解した。 不明瞭どころの話ではない。 言葉遣いに関してはサーニャやルッキーニよりも手強い相手になりそうだ、とため息を吐いた。「彼女の怪我もあるし、様子を見ましょうか……ああ、そういえば、腕を吊っていなかったけれど……あれは宮藤さんが?」 尋ねるミーナに、ああ、と美緒は誇るように頷く。「アイツの魔力はたいしたものだよ……もっとも魔力が強すぎてコントロールできていない節があるがな」「そう……大丈夫かしら」「大丈夫なようにして見せるさ。 やる気もあるし、度胸もある」「午後からの教練、頑張ってね」「任せておけ。 二週間で物にしてみせるさ。 まだ実際に飛んだことは無いが、初めてでストライカーユニットを起動させ、見事な離陸用魔法陣も展開させたんだ。 間違いなく才能があるよ、宮藤には」「貴女がそんなに入れ込むなんて、珍しいわね」「ん……そうか?」「ええ。 美緒ったら凄く楽しそうなんだもの」 机に肘をつき、組んだ指に顎を乗せてミーナは微笑む。 美緒はそれを受けて困ったように耳の裏をかいてから、何かを堪えるように目を閉じた。「……そう見えるなら、きっと、それは私が後ろめたいと思っているからさ」「……美緒?」「あいつの父親の……宮藤博士の墓の前でな。 大泣きされたよ。 焚き付けたのも此処に連れてきたのも打算にまみれてはいて、覚悟はしていたが……」「覚悟は出来ても……辛い物は辛いわ」「……すまんなミーナ、我が侭に付き合わせてしまって。 だが、宮藤には、どんなウィッチにも負けない素質がある。 責任は全て私が持つし、お前にも絶対に損はさせないさ」「貴女の我が侭に付き合うのも、いつもの事よ。 今更この程度の事で改めて言われても、ね」 そうか、とだけ美緒は言い。 数瞬の後、閉じていた隻眼を開いた。 「はは、そうか……ん、弱音を吐いたな、すまなかった」「まったく……美緒、私は貴女の上官で、この部隊で唯一弱みを見せても構わない相手なのよ?」「私の方がお前より年上なんだがな……」「あら、じゃあお互い弱みを見せ合えておあいこじゃない」「それもそうだな」 不敵に笑う美緒の表情に影はなく。「宮藤さんの事……まかせるわよ」「ああ」 そのミーナの言葉に、力強く頷きかえした。***Side Wilhelmina*** 勢い込んで浮かれながら服を着てみたものの。 なんというか、その、露出度が高い訳でもない、というか非常に低いのですが。 頼んで裾の長い型の、さらにワンサイズ大きい奴を頼んだので、ぱんつ丸出しにならない上に。 エーリカから最早分捕ったも同然のサイハイソックス履いてるので、見た目には両手と顔しか出てない。 が、その、なんというか…… 恥ずかしいのである。 いや、こんなパンモロの世界で今更何を……っというのは大いに思う。 そろそろこの世界に来て二週間以上経つのだ。 日常の常識など、慣れてなきゃおかしい……と言う感もある。 だが、今までは病院のスモックに上着だったり、バルクホルンのお古だったりしたのである。 病院着は普通のスモックだったし。 バルクホルンのお古……裾が燕尾服っぽい制服にカッターシャツの組み合わせも大概だったが。 あれはバルクホルンという、同じ格好をした人間が身近に居たから違和感が薄れていたのだろう。 ペアルック的な恥ずかしさはあったけどね。 しかし、今のオレの格好は、まぁ、此処ではオレオンリーの格好なのである。 ぶっちゃけると、今のオレはコスプレしてる感覚だよ! まぁ、おかしいと言えばぱんつ……じゃない、ズボンか。 あれも制服の一部らしく、何着か付いて来た。 が、そのうちの一つには閉口したね。 一つだけ黒塗りの豪華な箱に入ったぱんつがあるから何かと思ったら……騎士鉄十字章柄のぱんつだった。 リッターアイゼンクロイツって書いてあるから間違いない。 いや、オレの私室の机には、ヴィルヘルミナさんが受賞したらしい騎士鉄十字章が入ってるけどさ……パンツとセットなのかよ。 カールスラント皇帝マジ自重しろ。 この分だとイギリスのガーター勲章とかマジ物のガーターベルトだったりしないだろうな。 ああ、とにかく何か気になる……服の前合わせの部分とか、かなり上のほうまで入ってるサイドスリットとかがとっても気になる! 正直28歳のおっさん予備軍には厳しい物があります。 冬季用コートとか上から羽織ろうかと思ったくらいだ。 しかしこれに慣れんといかんのです……現実は厳しい。 厳しすぎて涙がチョチョ切れるね。 とりあえず、誰かに会わないかおっかなびっくり廊下を歩いて。 現在バルクホルンの私室の前に居ます。 幸いな事に、誰にも会いませんでした。 というか廊下を少し歩くだけだしな。 まぁ、ミーナさんの命令かどうだか知りませんが、ウィッチーズ居住区画にはほとんど人が来ないようです。 何故バルクホルンの部屋の前にいるかというと。 服返さないといけないしね……あ、やべ、洗濯するべきだったか。 うーん、まぁいいや。 これは半日しか着てないし。 しわにもなってないし。 ノックする。 木を叩く軽い音が無人の廊下に響いて、それだけだ。 返事が返ってこないのに安堵して、畳んだ服を入れた袋をドアノブに引っ掛けて。 ミッションコンプリーツ! と一人悦に入っていたら。「……ヴィルヘルミナか?」「……ッ」 ゆゆゆゆ油断大敵でした! 背後から声、お姉ちゃんです! ゆっくりと振り向けば、そこには怪訝そうな顔をしたバルクホルン。 なんというか、何時もと同じ視線のはずなのに、恥ずかしい……恥ずかしいんだよ……ッ! 青灰色の制服の裾を握りしめて。 隠れる場所もないのになんとか投影面積を減らそうと、身を縮めてしまう。 ……冷静に想像すると、多分このモーション、男の時にやったらすんごいキモいんだろうなー。「……気持ち悪い動きを止めろ。 何か用か?」 あ、今の外見でも普通にキモいらしいです。 凹む。 凹みついでに、なんか胸の動悸も凹んだというか醒めた。「制服……来たから、服……返す」「ああ、そういえば……わざわざ持って来てくれたのか」「ん……礼を、言う……」「ああ、別に構わん」 そう言って、バルクホルンはオレから袋を受け取って、部屋に入っていった。 ……あれ? なんか淡泊だなー。 倦怠期か? もうすぐ昼食だし、シフト表だとあいつは午前中は広報任務だけだったし…… 此処にいるって事は広報は終わったんだろうし。 うーん、実は人前に出るのが苦手とか……それとも生理か?「あっ、ヴィルヘルミナー!」「……エーリカ」 エーリカ、なんか淡泊なバルクホルンの後にそうやって笑顔でやってこられると、まぁ和みはするんだが。 廊下走るなよ……転ぶぞ。 中央部は赤絨毯敷いてあるとはいえ、その下はコンクリートか石ッぽいからな……堅いぞ痛いぞ。「おっ、新しい制服? 結構似合ってるね!」「……ありがと」「それよりも聞いてよ……いやー、大勢の前で敬礼してると肩凝っちゃってさー」 勲章とかよりも、もっと機材の補給とか休暇とか欲しいよねー、とかなんとかしゃべり始めるエーリカ。 ああもう……話振ったならちょっとは続けようよ。 お前は女子高生か。 いや、女子高生だったな、年齢的には…… ……しかし、うん、テンションの差はあれ、バルクホルンも普通だったら似たような社交辞令くらい言うよな?「……仕事……お疲れ」「写真に撮られるのは結構気持ちいいんだけどさ、やっぱもっとこう、堅苦しくないのが良いよね」「……そう、かな」「絶対そうだよ。 でさ、ヴィルヘルミナ……」「――二人とも。 そう言うのは余所でやれ」 ドアノブを捻る音と、ドアを開く音が連続して。 部屋から顔を覗かせたバルクホルンは、それだけ言って、ため息一つ。 ドアを閉じた。 エーリカと顔を見合わせる。 ……なんかピリピリして余裕ねえなぁ、バルクホルン。「ちょっと場所、移そっか」「……ん」////// と言う訳で、やってきましたテラス。 あー、今日も微妙に良い天気だわー。 雲が7割に青3割って感じである。 そりゃーイギリス沿岸部だから快晴は滅多にないよねー。 日本人の感覚だけど、夏だっていうのに結構肌寒いしね。 ほかのカールスラント勢とか美緒さんとかルッキーニとか足寒くないんだろうか。 特にルッキーニとかぱんつにシャツ一丁に見えるんだが。 備え付けのカフェ・テーブルに二人でかけて、一心地付く。 コーヒーとか飲みたいところだけど、もうすぐ昼ご飯だしな……我慢するか。「でさ、その制服、ちょっと裾長すぎない?」「そうでも……ない」 両手を上に振り上げて、伸びをしながらエーリカが言ってくる。 いや、これくらい、膝くらいまで裾長くないとぱんつ見えちゃうじゃん! この辺がオレが譲れる最低ラインです。 本音言うと今からでもジーパンとかスラックス履きたいです。 早いところタイツとか欲しいです。 そして、それっきり沈黙がオレたち二人の間に降りる。 いや、ごめんね、口下手で……会話続けられなくてごめんね! とも思うが。 解ってるんだよ……うん。 出したい共通の話題は有るんだけど、お互い何となくそれから目を逸らしたい感じ。 嫌な事だから目をそらしたいんだけど、此処に来たのはそれを話すためだろうって事くらいは解るさ。 あーくそ、気まずいなぁ……!「……バルクホルン」「うん」「……バルクホルン……生理?」「ぷっ……あはは、違うよ。 トゥルーデの生理はもうちょっと先だし」 っていうかバルクホルンの生理周期知ってんのかよお前。 え、あれ、そういえばオレの生理ってどうなってんだろうな……? あ、くそ、なんか深く考えると不味い気もする! 今は! 今はバルクホルンの事を考えるんだ!「クリス……って覚えてる?」「……バルクホルン……の、妹……だった、か?」「覚えてるんだ?」「……名前、だけ」 「そっか……」 そして、少しづつ語り出すエーリカ。 曰く、バルクホルンの妹が、ネウロイの破片を浴びて昏睡状態に陥って、今もロンドンの病院で入院中らしい。 そして、妹を守れなかったことが彼女の大きな心の傷になっていると言うことも。 あー、なんか思い出してきた。 なんだっけ、確か宮藤の雰囲気が妹さんに似てるとかそう言う話だったよね? 雰囲気と自己紹介だけであの感じか……共同生活が続くと劇中みたいな状態になる訳だ。 脆いのか傷が深いのか……両方、かな。 「ヴィルヘルミナが来て、ちょっとは元気になったかと思ったんだけど……ね。 悪いんだけど、少しフォローしてあげてくれないかな」「……ん」 言われんでもあの程度じゃあ腹も立たんですよ、命の恩人ですから。 まぁ、あの調子でテンション下がってくのを見せられるのはきつい物があるけど……オレが何か言ってもなぁ。 何とかしたいのは山々なんだが、オレが何か言って聞くようならミーナさん辺りがとっくの昔に何とかしてるだろうし。 多分今のオレがなんか言っても、バルクホルンに余計な負担かけるだけだろうしな…… それに、仮に聞いてくれたとしても。 オレの知っている筋書きを違える事になってしまうかも知れないのだ。 何も解らないこの世界で。 このウィッチーズの傍に居るというのは、アニメの流れを知っているオレにとって、かなり都合の良い拠り所だ。 最低限知っている流れから逸脱するのが、怖い。 芳佳が飛ばなかった、ウィッチーズに来なかったかも知れなかった。 それはつまり、彼女が居た事で助かったウィッチーズの子達が最悪、死んでしまうかも知れないという事で。 その可能性が有った事を自覚しただけで、積極的に動く意欲が、萎える。「とりあえず……昼食、行く」「ん、そうだね」 エーリカと連れだってテラスを出て行く。 ……オレに出来るのは、バルクホルンに負担をかけないように、なるべく自立して行動する、くらいだろうか。 この部隊に来てからバルクホルンやミーナさんにはホント世話になってるから。 とりあえず早いところ、無難に戦えるだけの実力を見につけんと。 オレにだって、この世界に来て削れる一方だが、プライドという物があるし。 さしあたっては、午後の坂本教室に参加する事か。 一応、オレは未だ怪我人扱いで、今日のシフトに名前入ってなかったはずだしね。 芳佳さんの様子も少しは気になるし。 さて、そうと決まればさくっとご飯食べるとしますか!////// 魔道エンジンが唸る音が、格納庫に木霊する。 滑走路で、離陸用魔法陣を展開させながら戦闘脚の回転数を猛烈に上げている芳佳さん。 自身も戦闘脚を付けて、鞘に入った刀を振り上げて叫ぶ美緒さん。「準備は良いか! 宮藤ィ!」「はいッ!!」 何だこの熱血絶叫系師弟。 食後、当初の予定通り芳佳とリーネの訓練に自主参加しようと格納庫に来たら。 いきなり宮藤さんがストライカーユニット履いてました。 あれー、なんで? 初日は基礎体力訓練とか射撃訓練とかじゃなかったっけ? お前達の仕事はなんだー! ネウロイDie! ネウロイKill! キル・ゼム・オール! デストロイ・ゼム・オール! とかそんな感じの掛け声しながらの。 ……激しく間違ってるような気がするな。 とりあえずその辺に突っ立ってたリネットさんに近づき、聞いてみる。「……リネット?」「ひゃっ!?」 あ、ビクってされた。 まだ怖がられてるといか、苦手意識もたれてますか……そろそろ慣れてくれんかなぁ。 あんまそう言う反応されるとオレとしてもかなり切ないんだが。「何が……どうなって?」「え、えっと……その、坂本少佐が、宮藤さんにストライカーユニットを装着させて…… いきなりは無理だって思うんですけど……こんな物は気の持ちようでなんとでもなるって少佐が」 わっはっは、宮藤! 気合いだ気合い! と豪快に笑う美緒さんの姿が容易に想像できる。 なんつー精神論だよ。 っていうか海軍のはずだよな美緒さん。 その思考はむしろ陸軍に近いと思うのですが美緒さん。 まぁ、オレもいきなり履いて飛んだんだけどね。 自慢じゃないが身体の動かし方とか飛行機の飛び方とか知ってたし、高速に慣れてたからなんとかなったんじゃないかと今じゃ思う。 一生分の運をあそこで使い果たした気がしてならないが、実戦に出て生きて帰って来れたしなぁ…… で、芳佳さんだが。 原作で、知識もない、訓練もしてない子がいきなり飛ぶとか凄いよね。 凄いというかまさしく天与の才としか言いようがない。 しかし、それでもいきなりストライカー履かせるとか……スパルタというか狂気の沙汰だろ。 ……エーリカ、お前の事だぞ。 美緒さんだけじゃないぞ。「ペリーヌ……は?」 なんか訓練手伝うとか言ってたはずだけど、と思いペリーヌのことを聞いてみる。。 抑止力にはならんだろうが、諌言くらいは……しないんだろうなぁ。 なんか嬉々として芳佳が失敗するのを期待しそうだ。 リネットは、ちょっと考えるようなしぐさをしてから。「ペリーヌさんは、今別の仕事中のはずですけど……」 あ、そうだっけか。 正直自分のシフトしか覚えてないしな……特に此処最近は病欠扱いだったからそんな大したことしてなかったし。「……リネット、は?」「五分くらいで済ますから準備運動して待っているように……って」「行きますっ!」 リネットとオレは、その声に反応するように芳佳さんのほうを見る。 掛け声と共に魔法陣が解放され、弾丸のような速度で飛び出していく魔女。 あー、そっか……初速稼ぐのには、魔法陣解放して速度に変えた方が良いのか……? だけど、聞いた話によると、あの魔法陣、加速効果以外にも滑走を容易にする効果が有るみたいだし…… こういうきちんと整地された場所なら別に良いの……か? そうなのかもしれん。 滑走路の長さは約500メートルで。 その半分をあっという間に走り抜ける。「飛べぇ! 宮藤ィ!」 美緒さんの声に呼応するように、じわり、と芳佳さんの身体が宙に浮く。 お、ついに行きますか? ***Side Witches***「飛んでぇぇぇぇッッッ!」 芳佳が滑走路を走る。 零式艦上戦闘脚は、要求される魔力適正も低く、挙動も素直で非常に扱いやすいストライカーユニットだ。 強度や最高速度、高々度での魔道エンジンの出力低下などの短所もあるが初飛行は1939年であり。 最初期のストライカーユニットの一つで有る事を鑑みれば、それらはむしろ使用されている技術の古さであろう。 それでも旋回性能や航続性能で新鋭機種に引けを取らない名機である事は、実際に使用している美緒がよく知っていた。 零式は初心者ウィッチにも扱いやすい。 しかし、それでも。 空を飛ぶというのは言うほど易しい事ではない。 ミーナには二週間でなんとかしてみせる、と言ったものの、実際はそんなに甘くないだろうと美緒は思っていた。 いきなりストライカーユニットを履かせて、飛んでみろ、と言ったのも多少の思惑有っての事である。 飛べればそれで良し。 宮藤博士の娘である彼女だ、きっと戦闘脚を使いこなせるだけの才能があるだろう、という根拠の無い期待もあったし。 飛行適正の証明にもなるし、伸び悩んでいるリネットに対する発破になってくれるだろうという期待もある。 飛べなければ、それはそれで芳佳の努力を喚起する材料になるだろう。 基礎訓練と共にしっかりと飛び方を教え込んでいけば良いだけだ。 その場合、二週間という己に課した期日は芳佳の努力に大きく依存する事になるだろうが、美緒は彼女の決意を信じている。 そんな事を思いながら、美緒は自身の零式のエンジンの回転を上げた。 もしもの事態の時に咄嗟に動けるようにである。 滑走路の周りは海で、別に突っ込んでもそれほど危険な事はないのだが。 いろいろな思いを胸に、美緒は見据える。 この世界に、そして戦う魔女達に多くの救いをもたらした、宮藤博士の一人娘を。 そして、その身体が地面から離れていくのを見て、笑みを零した。////// そして、同じ滑走路に、美緒と同じく様々な思いを秘めた瞳で芳佳を見つめる少女が居た。 自身の声が、鳴り響くエンジン音によってかき消されて自身にすら聞こえなかったとしても。 喉が震えた感触が、自分は発声したのだとリネットに告げる。 初めてストライカーユニットを履き、そして空を飛ぶ。 たったそれだけのことがどれほど難しいかを、リネットは嫌と言うほど知っていた。 自分が初めて、それも複座練習機で空を飛んだ時の事など恥ずかしくて思い出したくもない。 訓練校を卒業し、実戦を何度か経た今でさえ、空を飛ぶだけで精一杯で。 射撃と飛行の魔法制御を同時に行うなど、自分には不可能とすら思えた。 自分の故郷を守りたいと軍に志願し、501統合戦闘航空団に配属されて。 周囲には各国のトップエース達が集まる中で、目立った戦果もないまま時が過ぎていくのは、彼女の劣等感を必要以上に煽っていた。 リネットは、歪で、しかし確かな速度と軌跡で空高く舞い上がる少女を見上げる。 悔しいと思う。 妬ましいと思う。 そんな感情を抱く自分が浅ましいと思う。 そしてそれ以上に、自分の平凡さ、才覚の無さが嫌になる。 そんな自分が本当に此処にいて良いのか。 自分よりもふさわしい魔女が他にいるのではないか。 常日頃から胸にしまい込んでいた不安が表ににじみ出てきそうになったところで。 リネットは、ようやく隣に立つ、自分よりも小さな年上の少女の事を思い出し、そちらの方を見た。「……」「――、」 ヴィルヘルミナは、ストライカーユニットをいきなり履いて飛んだという輝かしい才能の片鱗を見せている芳佳ではなく、リネットを見ていた。 睨むでもなく、哀れむでもなく、ただ、リネット自身を凝視している。 その無表情な視線に、自分の暗い感情すべてが見透かされているような気がして、逃げるように視線を下へとむけた。 雄大さを感じさせる空の青が消え、滑走路の暗い灰色が入れ替わりで視界を支配する。 その色が、リネットの心に染み込んでいく。 美緒が芳佳に何かを言っているが、エンジン音の所為か何を言っているかまでは解らない。 目を伏せ、腹にため込んだ物が少しでも軽くなるよう、ため息を吐きながら。 自分なんかには、彼女たちウィッチが舞い踊る空の青よりもこんな暗い色の方がお似合いなのかも知れない。 リネットは、そんな事を思っていた。 ------美緒さんならこういう事思っててもおかしくないはず。因みにヴィルヘルミナの制服はみんな大好……き……? フリーガーブルゼ。裾丈膝まで伸ばして、代わりに後ろ(尻尾用)と左右に腰までスリット入れた感じで一つどうか。