「やったああああ!」
平穏違いない店内のカウンター席で、悲鳴にも似た叫びが上がった。
喫茶店のマスターとしては、どうしたんですか? と声でもかけるべきだろう。しかしそれは相手がまともなお客さんだった時の話である。
「ねえユウちゃん見た!? 読んだ!?」
「がつがつきますね、リアさん」
「だって落ち着いてられないもん! 私! 3巻に出てるのよ!」
リアさんはカウンターをばしばしと叩きながら、少女のように満面の笑みを浮かべている。むっふー! と鼻息まで荒い。
「それは、まあ、よかったですね」
「うん!」
「それで、何ページくらい出たんですか?」
訊くと、リアさんはぴたりと動きを止め、そっと顔を逸らした。ヘタクソな口笛なんて吹きながら、誤魔化すように髪をかき上げた。
「……いい? ユウちゃん。出たことが大事なの。何ページとか、何行とか、そういう細かいところにこだわっちゃだめなの」
「それで、何行出たんですか?」
「…………にぎょう」
……。
僕はそっとグラスを棚に戻す作業に取り掛かり、聞かなかったことにした。
「でもでもでも! セリフだよ! セリフあったんだよ! すごいでしょ!?」
「それはすごいですね」
「しかも最後の方の一番大事なとこで!」
「やっぱり重要ですからね」
「それはもう美人で優しくて可愛いお姉さんって感じの描写が!」
「あったんですか?」
「……なかったけども」
ないのかよ。
「でも登場しただけでもすごいよ!? これを足掛かりにして、次は短編まるまるひとつを……」
リアさんは体を乗り出し、きらきらした瞳で僕を見ている。
リアさんが短編になるのかどうかは分からないが、希望を抱くことは大事だろう。僕もそれを否定することはしない。
と、ドアベルが鳴る。胸元を開き、体のスタイルがよく分かるシックなワンピースを着た女性が入ってくる。
「セリィさん、お久しぶりですね」
「……そうね。なんだか数年ぶりにあった気分だわ」
眉を歪める彼女は学園の教師で、リアさんの親友でもある。
リアさんは口に指をあてて、にんまりとした目でセリィさんを見た。
「あっ、未だ未登場のセリィじゃない。急に出てきて大丈夫? みんなもう忘れてるんじゃない? 自己紹介する?」
「……っ」
ギリィ、と、セリィさんが歯を噛みしめる音が聞こえた。
「……いいえ、大丈夫よ。リアより人気、あるから」
「それは聞き捨てならないんですけどー! どこ調べ!? アンケートでもとったの!?」
「聞かなくても分かるわよ。女としての魅力の問題だから」
と、セリィさんはちらりと僕に流し目を送った。なにをどうすれば出来るのか分からないが、その目にはぞくっとするほどの色気があって、僕は目を逸らした。
「あっ、ちょっと! そういうの禁止だからね! うちのユウちゃんにそういう有害な目を向けないでくれる!?」
「あら。色気のない女は嫉妬するしかないから大変ね」
「はあ!? それくらい!? 私にもできますしぃ!?」
と立ち上がり、リアさんは真っすぐに僕を見つめた。
「……ど、どう?」
「……どうと言われても」
ただのリアさんである。少し幼げな顔が可愛らしい。
横ではセリィさんがお腹を抱えて笑っている。
「ほんと飽きない子なんだから……って違うわよ、こんなコメディをやりに来たんじゃないの」
セリィさんが咳払いをして空気を正し、腕を組んで僕を睨んだ。
「私の出番はいつなの?」
「……出たいんですか?」
「当たり前でしょ。欲しいわよ、挿絵。私の魅力を世間に知らしめるのにちょうどいいわ」
「あ、私も挿絵欲しい! もっとセリフも欲しい!」
「あんたはもう充分でしょ。2行でいいじゃない。ぷっ」
「なに笑ってるの!? 1文字も出てない人に笑われたくないんですけどー!?」
「私はこれから出るのよ。今まで温存されてたってわけ」
「へーんだっ! 負け惜しみにしか聞こえませんー」
「……言うようになったじゃない。どっちがより魅力的か分からせてあげるわ」
二人はいつものように言い合いを始めて、僕は完全に蚊帳の外だ。喧嘩するほど仲が良いってやつなのだろうが、できれば店の外でやってほしい。
僕は気にしないようにしてグラスを片づけていく。
「ねえユウちゃんはどっちが出た方が良いと思う!?」
「正直に言って良いのよ。リアなんかに遠慮しないで」
「どのみち僕は出ずっぱりなんで、どっちでも……あ」
思わず言ってしまった。そっと振り返ると、二人の美女が笑顔で僕を見つめている。なのになぜだろう。寒気が止まらない。
「ユウちゃん、ちょっとお姉さんたちとお話しよっか?」
おわり
―――――――――――――――――――
そんなこんなで5月19日に第3巻が発売となりました。
もっと早く更新すべきだったがすまない……サボっていた……。
メイド服が目印のイセコー3巻、みなさん是非買ってくれよな!
たぶんそろそろ打ち切りライン見えてきたって感じです(マジトーン)
マニアック路線だから致し方なしか……っ! それでも俺は、書き続ける……っ!
▼
>書店の新刊コーナーで3巻に気付きました
>ロリ先生が告知という名の小話回を出さないのは忙しいのかな?
まあ……あの………やろうとは思っていたんですが……ついうっかりサボって……へへへ。
>三巻はすごく重要な話になりましたね。
>ちょっとまだうまく言葉がまとまってくれませんが、とても面白かったです。四巻も楽しみに待ってます。全裸で。
ありがとうございます! 楽しんでいただけてなによりです。お巡りさん呼んでおきますね!
>真ヒロインであるゴル爺の出番が少ないのですが。あとロリっ子がいなかったので本当に風見鶏さんの作品が不安になりました。
今まで内緒にしていたが、風見鶏さんはあと二回変身を残している……この意味がわかるな……?
長文感想もありがとうございました!嬉しみ。
>リアさん良かったね、出番あったよ! セリフ1個で名前も出ないけどね!
気付いてくれる人がいてよかったねリアさん!
>10年くらい前に読んだのに今でもたまに読み返してるロリ
めっちゃ嬉しいことロリ。ありがロリ。
> ……題名見た時よりも、作者様のお名前で即座に思い出せる小説っていうのもなかなか存在しないように思います。ええ、平積みの二巻を見つけて、作者名でスマホを検索しました。
>……よーし次は目指せアニメ化ッスね! ゆるい世界観でまったり生活とかそこそこ需要もありそうだしイケルイケル!
読者様方の愛を感じますわ!!!
アニメ化……コミカライズ……うっ、頭が……。
>そして開店してから2年たってるという情報が出てたから3巻出るならティセの出番期待してもいいんですかね?
ここだけの話だが、もし4巻が出るなら……いやこれ以上はやめておこう。
>つまりユイの登場を楽しみにしています。
ここだけの話だが、もし4巻が出るなら……いやこれ以上はやめておこう。
>カクヨムで更新されたのを知っても読むのは理想郷で。感想返しまでが本文だもんな!
いつものスタイル。つまりここが実家ですよ。
いつも感想ありがとうございます! ちゃんと全部読んでますよ! 理想郷民に買い支えられてる感半端ないぜ!
今後ともぜひよろしくお願いしますね……!
まずは目指せ4巻……出ると良いな……。