<フェイト> このままじゃ駄目だって、わかってる。 私も、記憶を戻して、この世界から抜け出さないとって、わかっているんだけど……「ほら、フェイト! 右! 左! 正面!」「ふ、は、と、えい!」 暢気にモグラ叩きしてます。 うう、結構難しい。 なのはと訓練してるときのほうが、まだ楽……あう、また逃がした。「……56点……いや、まあ、初めてだっけ?」「あ、あんまりやらない……から……」 ゲームセンターに付き合うことはあったけど、なのはとアリサの独壇場だったから。 ダンスゲームや音楽ゲームはすずかと―――の領域だったし……? 誰だっけ、今の顔……「……おーし、俺がお手本を……? どした?」 ……せつなの腕を引っ張って、ダンスゲームの前に。「……えっと、これ、やろ?」「む、ダンレボ……最近やってないが、まあいいだろ。んじゃ、ステージ乗れよ、二人プレイな?」 コインを入れ、曲を選択。 私はせつなの右に。「まあ、最初は簡単に……よっと!」 曲が始まる。 ……せつな、一度もミスしない。 私のパート……三度ミス。せつなの番に。「……! ……ふ、ほ!」 ……うん、真剣な表情。そして……楽しそう。「? フェイト? お前のパート来てるぞ?」「え? わわ!」 あわわ。うう、ぜんぜん踏めなかった…… 私のミスの分、せつながカバー。なんとか一曲終わった。「……よし、フェイト、降りて見てろ? 面白いことしてやる」『フェイト、見てて? 面白いことしてあげる』 !? 今、あの子と被った。 あの子は……誰?「さって……できるかなっと!」 あ、凄い。 一人で二人プレイ。右へ左へ……手まで使って。 凄い、ミスがぜんぜんない。 ……綺麗。「よ、はぁ! って、ち、の、この! せ、は! よいしょ! と、フィニッシュ!」 ……パーフェクト……じゃ、ないんだ。 それでも、ミスが十二個。 ……でも、凄くきれいだった。「どうだった?」『どうだった?』 !? まただ。また被った。 ……せつなと同じ表情の、女の子の顔…… 誰なんだろう……「……うん、綺麗だった」「……凄いとか通り越して綺麗かよ……いや、嬉しいけど」 あ、せつな照れてる。 ……可愛い。「あ、ほれ。ガンシューやろうぜ、ガンシュー」 拳銃で的を撃つゲーム。なのはが得意なんだけど…… いいや、今は、せつなと一緒だから。「……うん!」 目一杯遊ぼう。 <アリサ>「ああ! そこは先に回復アイテムとらないと! あ、フェイト、ちゃんとリロードしなさ、こら、せつな! 引っ付きすぎよ!」『アリサちゃ~ん? ちゃんと見張ってて~?』 ちゃんと見てるわよ! しかし、見てれば見てるほど……ただのデートじゃない! くぅ……あたしとは、こんなイベントなかったのにぃ~。 く、悔しくなんかないんだからね!『アリサちゃん、ツンデレモードやね』「ツンデレ言うな!」 まったく……そういえば。「なのは? 本当にその、あんたとフェイトがアニメになってた動画見たのね?」『え? う、うん。その、フェイトちゃんと決闘してる動画と……その……』『え、エッチな画像だね……? せ、せつなさん、そ、その、お、男の人だし……』 ま、まあ、それは、仕方ないわよ。 ともかく、あたしたちが、せつなの……刹那の世界では、アニメーションのキャラクターだって事実は本当だったってこと。 ……せつな、それを元に、私たちの前を歩いて、私たちの問題を解決して行っていたんだ。 その、恩恵を最も多く受けたのが、フェイトと、はやて。 詳しく聞くと、フェイトは第一期……その中で、なのはと出会い、戦い合い、最後には、母親とアリシアを失ってしまう。 はやては第二期、シグナムさんたちがなのはやフェイトを襲い、戦い、闇の書を完成させてしまい、その暴走する闇の書を、なのはやフェイト、アースラのクロノや、暴走から抜け出したはやてと守護騎士で、全力攻撃で破壊。……最後に、リインフォースさんが闇の書と共に消えてしまう。 両方とも、悲しい別れが待っている話。 それでも、最後には、みんな笑って、暮らしているお話。 ……せつなは、その悲しい別れを、自分の知識と裏技で回避してしまった。 プレシアさんとアリシアを救い、フェイトの家族を助け、闇の書を修復し、はやての家族を助け…… 本当なら、あたしたち……あたしとすずかは、その話の日常の象徴として、描かれるだけのサブキャラだったそうだ。 けど、あたしたちが管理局に入ったのも、せつなが居たから。 せつなは……あたしたちの世界からしたら、イレギュラー。居なかった存在。 でも、せつなはあたしの記憶に、ちゃんと居る。 ……もしかしたら、なのはが見れなかった『ストライカーズ』は、第三期……つまり、まだ起こっていない未来の話? だから、見れなかった? ……そして、これまでのせつなの行動は、全部その未来への布石? ……せつなは、一期と二期、あまり見ていなかったそうだ。 そして、せつなのパソコンのDドライブにあった『ストライカーズ』は全部で二十六話。 未来はすべて見ているって事? ……この世界から抜け出したら、しっかり話し合わないといけないわね。 ……そ、その、エッチなファイルの事も! あたしの画像もあったそうじゃない! 「あ、アーム1。ターゲットが外に出るわ。……そろそろお昼の時間ね?」 手をつないでゲームセンターから出る二人を、追いかける…… て、フェイトくっつきすぎ! 離れなさいよ、ばかぁ! <せつな> さっきから、なんか見られてるなぁ~。なんか殺気も混じってるけど。 まあ、「? どうしたの? せつな?」「いや? フェイトは美人だなと」「は、恥ずかしいよ……せつなの意地悪」 こんな美人と一緒に歩いてたら、そら見られるわな。 春物セーターとミニスカート。さっきのダンレボこれでやってたんだよな。 く、ゲームに夢中で鑑賞し忘れ……いや、待て、俺。 煩悩退散。渇! さて、そろそろ昼だな。「どこで飯食うかな……」「……えっと、いつもどおりに、ここじゃ……駄目?」 指差す先には……翠屋。 いつもここなのか、俺。 しかも、昨日の件があるからより辛いが……他の店も知らないし、まあ、いいか。 「いらっしゃいませ~……て、せつな君。フェイトちゃんも一緒か~」 ……えっと、たしか、月村姉か? ここのウェイトレスなんかやってたのか。「じゃあ、二名様ご案内~。好きな席座って~?」 知り合いにぞんざいなのはテンプレなのか? 窓に面したテーブルに向かい合って座る。 ……さて、今日のランチは……「……水だ」 ……出たな、凶暴兄貴。「……なのはとは一緒じゃないのか?」「今日は違うな。……今度は客に斬りかかる気か?」 昨日の件があるのでちょっと警戒&険悪モード。 ……フェイトが心配そうな顔してるので、直ぐに止めるが。「ふん。昨日は悪かった。……今日の食事代は奢りにしておいてやる」 ラッキー。 納得のいかない謝り方だが、奢りは大好きだ。 思わず高いものを注文してしまいそうになるが……「じゃあ、カルボナーラ、ランチセット、デザートにシュークリーム、食後のコーヒー付きで」「えっと、同じものをお願いします」「……了解した……次は負けん」 最後、何ボソッと言ってやがる。また襲い掛かられんのか俺? ……次が来る前に、ここ抜け出してやる。「……せつな。喧嘩は駄目だよ?」「向こうが襲い掛かってくるんだよ……俺のせいじゃないやい」 魔力強化しても互角以上に競り合えるって本当に化け物だな。 実に恐ろしきはシスコンなり……「でも、魔法まで使って……クロノに見つかったら、また始末書書かされるよ?」「かと言って使わなかったら俺が切られ……え?」 始末書って、あーた?「……それ、ひょっとして……外の俺?」「……多分、そうだと思う」 あれま。 いつの間に記憶戻ってたのさ?「でも、まだ、その……せつなの……せつなが女の子って事を、思い出せないんだ……」 あ、なるほど。 外の俺とここの俺がごっちゃになってるのか? ……案外簡単に思い出せそうだな。「お待たせしました~カルボナーラセットだよ~?」 食事を持ってきたのは美由希さん。 てか、入れ代わり立ち代わりなんなんだあんたら。 よく見たら、ウェイトレスとウェイターと店長とパティシエみんなちらちらこっち見てるし…… おいおい。仕事しろ。「それで? せつな君はうちのなのはとフェイトちゃん、どっちが本命なの?」 それが聞きたかったんかい! ……両方外の俺のじゃ、ちきしょー! でも下手なこと言ってフェイト泣かせたくないし、シスコンに斬られてもかなわんから。「俺に構ってないで、自分の恋人探したらどうですか~? 高町家のコッペパン候補」「売れ残ったりしないもん~! せつな君の意地悪~!」 撃退成功。 俺をからかおうとは、一万年と二千年はええ。 八千年後に出直しなってな?「? コッペパン、美味しいよね?」「……えっと、フェイトは心が綺麗だねぇ……どうか、そのまま成長してくれると、お兄さん大喜びだよ?」 皮肉が通じないどころか、そういう直球な台詞…… 本当に、外の俺は幸せ者だな…… <はやて> ……さて。「二人は翠屋で楽しくランチ~。あたしらは外で虚しくハンバーガー~。……この扱いの差は何やろ?」「作者の好感度の差でしょ? フェイト萌らしいし」「えっと、そういうネタは危険だと思うな……」「うううううう、羨ましいの……せつなさんとデートー……」 なのはちゃん、本当に記憶もどっとるん? あんま変わってないような……「なのははいいじゃない、添い寝も、きききききキスもしてもらったんだから。あ、あたしキスだけだし」「私もキスだけ……いいな~? なのはちゃん」「ちなみにあたしは添い寝だけや……三人ともええな~?」「しゅ、集中攻撃は止めてよ……」 みんなそこそこにせっちゃんに依存しとるからな。 今だけせっちゃん男の人やから、まるで彼氏に飢えとる女学生そのまんまの会話やね。 それより。「ほんまにせっちゃん、フェイトちゃんの記憶戻す気あるんかいな?」「フェイトの大切なことよね? えっと……管理局に入った動機は……」「せつなちゃんと一緒に居たいから……隣を、歩きたいからだって言ってたと思うよ?」 ……じゃあ、今の状況そのままやん。 ほんなら、今、記憶もどっとる?「……えっと、先月、皆と仕事した後なんだけど……」 なのはちゃん?「あんたが誘拐されかかったってやつ?」「それの前に、せつなちゃんとお話したの。フェイトちゃんと一緒に」 ああ、そうなんか。 道理でなのはちゃん、ATデバイス見てもなんも反応せんかったと思えば。 「そのときに、フェイトちゃん言ってた。自分は、せつなちゃんにいろいろしてもらってばかりだから、何かお返ししたいって。私もだけど」 ……そうやんな。私も、せっちゃんにお世話になりっぱなしや。 何も返せてない。 ……むしろ、迷惑かけそうになったし……ツヴァイの件でかけてもたし。「……あたしは、早い時期にせつなの計画に乗れたから、ATの件でフォローに回れたけどなぁ……」「私も、せつなちゃんのお陰で、計画に乗れたから……でも、そんなにお返しできてないかなぁ……」 皆、せっちゃんのお世話になっとる。 けど、せっちゃん自身は、それを笑って気にしとらへん。 それが当然だとでも言わんばかりや。「……もしかして、フェイトちゃんの大切なことは、そこらへんにあるんかも知れへんな……」 期限まで、あと一日と半分。 もう、時間も迫ってきとる。 ……頼むで、せっちゃん。あんまり、あたしらを待たさんといて……? <フェイト> 食事を終えて店の外へ。 相変わらず、シュークリームを食べてるときは、幸せそうな顔をする。 そのことを指摘したら。「いや、お前には負ける」 と、返されてしまった。 ……し、しっかり見られてたんだね。恥ずかしい…… この後は商店街へ。 海鳴の町を、のんびりと歩く。 ……おかしいね? いつも歩いている道なのに、いつも、隣に、せつなが居たのに…… 今日は、いつもと違うみたい。「……あ、ほら、あの服。お前に似合いそうだな?」 指差した先には……あ、あう。「う、ウェディングドレス……せ、せつな?」「ふむ、貸衣装屋だったか。……写真撮影ありとか、どこの文化祭かと……」 そ、そういう出し物もあるよね…… ? あ、あれ? なんかせつなの顔…… あの顔は知ってる。 悪戯を思いついたときの顔だ。「えっと、せつな? つ、次見にい「よし、入るぞ~?」え、えええ!?」 私の腕を掴んで、強引に店に入る。 ま、まさか、あのウェディングドレス着せられるの!? そ、それは嬉しいけど、その。「いらっしゃいませ」「えっと、表のウェディングドレス、この子に着せてあげてもらえます? 後、写真撮影と」 ほ、本気だ~~~!! 女の店員さんに、まったく躊躇しないで言い切った。「……じゃあ、彼氏さんはタキシードですね? ご用意いたします」 た、タキシード!? え、それって、もしかして……「……ほむ。元の体に戻ったら、着られないし……いや男装はオーケーか? まあいいや。フェイト、ふぁいとー」 店員さんに腕を掴まれ、連れて行かれる。 うう、店員さんまで強引だぁ。 待つこと数分。持ってきてくれたドレスはフリーサイズらしく、ちょっとした調整で誰でも着られるらしい。 普通はオーダーメイドだもんね? もしくは貸衣装だって母さんが言ってた。 ……母さんも着たのかな? 「でも、お客さんスタイルいいですから、着せ甲斐がありますよ」 えっと、そ、そうなのかな? せつな、そこのところ、あまり褒めてくれないし……「ああいう人は、照れているだけです。大丈夫、自信を持ってください」 照れているだけ……か。 ……着替え終わって、鏡を見せてもらう。 ……黒い服ばかり着てたから、白なんて似合わないと思ったけど…… その、本当にこれが私なんだろうか?「とても、お綺麗ですよ? さあ、花婿様のところに行きましょうか?」 は、花婿? そ、それって、もしかして…… 店の奥の撮影スペースに、彼はいた。「……思ったとおり、よく似合ってる」 真っ白なタキシード。せつなのバリアジャケットと同じ色…… 髪も整えたせつなが、私に微笑みかけてくれた。 ……たとえ、ままごとのような遊びでも、本当に、迎えに来てくれたみたいで……「せつな……私……」「綺麗だよ。フェイト……」 どうしよう……凄く、嬉しい……「じゃあ、こっち向いてくださーい……」 あふれた涙を、せつなが優しくふき取ってくれる。 ……これが、本当に、結婚式だったらいいのに……「ほら、フェイト。写真とって貰おう」「はい、せつな……」 このまま、時が止まれば、いいのに。 <すずか> ……あ、出て来た……?「フェイトちゃん……泣いてる?」 えっと、貸衣装屋で泣くようなことあるんですか? ……嬉し泣き?「い、一体、あいつどんな格好させたのよ! ま、まさか……泣きそうになるほどエロチックなやつ!?」「あかーん!! それはあかんで! フェイトちゃん素でエロエロなんやから、そんな格好したら……ホテルまでお持ち帰り確定や!」「そ、その前に入り口で止められそうな……でもなんか、フェイトちゃん嬉しそう……」 なのはちゃんの言うとおり、とても嬉しそうに笑ってる。 あ、せつなさんも、凄くやさしい顔してる…… ……悲しい目じゃ、なくなってる……「む、むう……あ、あいつ、あんな顔もできるんじゃない……ちょ、ちょっとかっこいいかも」「はぁううううう、あたしの前ではあんな顔……あ、布団の中で見たわ」「はやてちゃん? ちょぉぉぉぉぉぉぉぉっと頭冷やそっか? 私使った事ない術式あるから、練習台になる?」「ごめんなさい」 外で土下座は止めてーーー! みんな変な目で見てるから!「あ、移動するわよ? 尾行尾行!」 そ、そうだね。追いかけないと…… 尾行して一時間後……あ、あれ? ちょっと人込みに混ざった瞬間に、二人を見失った。「……く、手分けして探すわよ! 私右! なのはは左! はやては前! すずか! あんたはこの周辺を探して! 見つけたら全員に報告!」「「「了解!」」」「ゴー!!」 ……え、えっと。アリサちゃん、こういう時張り切るなぁ…… 魔法の力が強かったら、アリサちゃんも武装隊合いそうだね? ……まあ、でも。「……行ったか。まだまだ甘いな、あいつら」「え、えっと、せつな? その……」「……やっぱり、直ぐ近くにいましたね?」 もう少し、周りを見るべきかな? 直ぐ近くで、魔力反応が出てたから、幻術を使ったんだね?「うぉぁ! すずかさん!? ……お、俺の幻術がばれただとお!?」「……せつなさん。デート、楽しんでるみたいだね?」 私の言葉にあわてるせつなさん……デートしてる自覚はあるんですね?「す、すずか……その……」「……フェイトちゃん、今、幸せ?」 この世界の幸せは、偽りの物だと言うのに。 それでも、彼女は幸せを享受したいというのか?「……わからない。嬉しいこと、多すぎて、でも、これが、夢だって、わかってるのに……」 ……せっかくの笑顔を、私が壊してしまう。 その事実に、傷つく、けど。 私は、こんな偽りの世界で、笑うのは、嫌だから。「でも、ここは……この世界は」「はい、そこまで」 ? せつなさん?「まあ、もう少し待とうや。……今日が終わるまで、まだ数時間残ってる。魔法が解けるまで、まだ時間はあるぜ?」「……私たちは、随分待たされてるんですよ?」「わかってる。……けど、ま、奴さん、もう諦めムードだしな」 奴さん? 「と、言うわけなんで、見逃してくれると、嬉しい」 ぽんぽんと頭を撫でて、顔を上げたら……逃げられました。 遠ざかっていく二人の背中……あ、追いかけないと……あ。「ば、バインド!?」 ……や、やられた…… もう、酷い人です。ベルカ式だから、はやてちゃんを呼んだ方が早いですね……「もう……ちゃんと、フェイトちゃんをお願いしますね?」 フェイトちゃんも、大切なお友達なんですから。 <せつな> 四人を撒いて、公園へ。 ……都市部の、中央公園。店仕舞いし始めているたい焼き屋から、つぶ餡とこし餡を二個ずつ。 お茶缶を購入して、噴水前のベンチに移動、二人して、腰を下ろす。「ほい。二匹ずつな?」 缶とたい焼きを渡す。「ありがとう……あ、おいしい」 どらどら……? げ!?「あ、あのおっさん、またカスタード入れやがった……」 これで通算六回目だぞ……? 何でこんなくだらない記憶はあるんかね?「? カスタードって美味しいの?」「凄く、甘い。……あ」 ひ、人の手のものをパクって……か、間接き……ええい、どこの純情少女か俺は!「……私、結構好きかも。交換しよ?」「あ、ああ……い、言わないと気づかないな、こいつ……」「?」 おいしそうにハムハム食ってる。おのれ。 俺だけが恥ずかしいとか…… ……まあ、いいけど。「今日は、楽しかった?」 時間は既に夕刻。夕日で、真っ赤に染まった空が、酷く、感傷的。 「……うん。楽しかった。……ごめんね? 結局、何も思い出せなくて」 せつな。俺じゃなくて、五年間付き合ってきた、友人のせつなだけが、彼女の中から消失してる。 そのぽっかり開いた穴に、無理矢理俺を入れてるようだ。 ……ちゃんと、塞がる筈がないのに。「違うって、わかってる。せつなと、思い出せないそのせつなは、違うってわかってる……」 俺も、わかってる。 この世界は、ただの夢だ。 夢が覚めれば、きっと、俺も、元の女の子に戻るはずだ。 ……自覚ないけど。「でも……私は、せつなも失いたくないよ……貴方も、失いたくない……」 ……一時の夢。 その場に、借り出された、男の姿の俺。 ……そうだな。俺も、できれば、この姿を、失いたくない。 俺が女の子だって、信じたくない。 でも。「フェイト。写真、持ってるよな?」「……うん。持ってる……」 偽りの、ままごとの、結婚写真。 この世界に、生きた、証。「じゃあ、大丈夫。俺は、そこにもいる。……それに、元に戻るだけさ。俺が消えるわけじゃない。……だろ?」「……うん、そうだね……せつなは、ここにも、いるんだね……?」 偽りの新郎、本物の新婦。 しかし、その写真の二人は、幸せそうに笑って。「ああ……俺は、幸せだよ。お前みたいな、綺麗な嫁をもらえた。……なに、傍にいてもらえるだけで、外の俺も、頑張れるからさ」 外の、女の子の俺と。「一緒に歩こう。長い人生を」「うん、傍にいるよ。貴方とも、せつなとも」 ずっと、一緒に。――――― フェイト・テスタロッサ、封印解放 ――――― さって。時間かな?「……せつなは、ずっと、私たちと一緒だよね?」「……ああ、外で、また」 意識が、落ちる。薄れていく、自分の存在。「せつな!」 ああ、大丈夫。迎えが来ただけだから。 そんな泣きそうな顔するな、フェイト。 ……最後の、試練が、来ただけ。 終わらせて、修学旅行に行くんだ。 ……昔も、似たようなこと思ったっけ? あの時は確か、温泉だったな。 周りの気配が、全て消えていく。 フェイトも声も、もう届かない。 白い、闇が、広がる。「はぁい? 最終試練へようこそ。我が主候補様?」