七月。 とうとうこの時期がやってきた。 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、なのはと笑い合い、すずかと微笑み合い、アリサを弄り、フェイトで遊び、はやてのリハビリを手伝い…… 季節は夏。夏といえば! 「夏休み・突・入!」 通信簿なんて忘れたね! と言っても宿題が多いのはこの世界でも同じらしい。 今回は無駄に頭がいいので、夏休み初日でドリル系は全て終了させた。 読書感想文はパラディンに知恵を借り、なんとか仕上げた。 アサガオの観察日記は成長促進魔法で二日かけて終わらせた。 自由研究は先日ソースケさんに送ってもらった、ミリメシ(軍用レーション。ミリタリーフード)各国版の検証でお茶を濁した。私的にはフランス軍のがお気に入り。 自由工作は腋巫女サーセン箱を作成。賽銭を入れるとさまざまなキャラが飛び出しお礼を言う無駄に凝った仕組み。五百円玉で出るEXキャラとか本当に無駄に凝ってしまった。 夏休み四日目までで宿題全てを終わらせ、残るは誤魔化しの効かないラジオ体操だけ! さぁ、遊ぶぞ! ……で、まずはテスタロッサ家のフェイトちゃんちに突入。「……な、夏風邪?」「ごほ、ご、ごめんね? せっかく遊びに、ごほ、来てくれたのに……げほ」 どうも、この暑さで参ってしまったところで、クーラー導入。汗も拭かずに涼んでいて……そのまま風邪引いてしまったと。 「……フェイト? 『夏風邪は馬鹿が引く』って言葉知ってる?」「ううううううう。せつなが意地悪だ」 当たり前ですこのたわけ。「フェイトお姉ちゃん貧弱~」「アリシア、あまり責めてはいけない。文明の利器に頼った末路だよ……アリシアは、クーラーの当たりすぎには気をつけようね?」「うん!」「ううううううう。せつなが苛める……」 ううん。泣いてるフェイトもプリティ。 「まあ、ゆっくり休んで、元気になったら遊ぼう。どうせ、あと一ヶ月はあるんだし」「うん。ごめんね……」「いいからいいから。……それとも、私にうつす? 風邪って人にうつすと早く治るって言うけど?」「それは駄目! げほげほ」 それは新しい語尾か何かか? あまり萌えないぞ?「ごほ。せつなが苦しむのは、見たくないよ、げほ」「その台詞、そっくりそのまま返すよ……そうだね……」 フェイトのマスクを下にずらす。 ……目元とか真っ赤になってなんか凄く、えろいです。「粘膜感染とか、すぐにうつりそうだよね~?」「あ、駄目だよ……」 ぷっくりとした唇にロックお~ん。 いただきま~す。「ん~~~「何をやっているのかしら?」……えっと、フェイトの苦しみを分けてもらおうかと……」「ふぅ~~~~~ん?」 ギリギリとロボットのように首を後ろに回すと…… ……夜叉(プレシアママ)がいました。 ……ぺい! ……がちゃん。 ……えっと、いきなり外に放り出されて玄関閉められました。 なんか、悪戯して怒られた子猫の気分。 ちょっと泣けてきたのは秘密だ。 気を取り直して高町家のなのはちゃんちへ。 フェイトの家から近いので、歩いてすぐ。 インターホン鳴らして、な~の~は~? あ~そ~び~ま~しょ~?「……せつなか? 今、なのはは留守だぞ?」 出て来たのは恭也さん。 最近指導してもらっているせいか、とうとう呼び捨てになりました。 て、なのは留守? どこかに遊びに行ったとか?「何でも、時空管理局の本局に行くと言っていたな。ユーノの手伝いをするとかなんとか……」 なにそれ聞いてませんよ? てか、ユーノのやつ何フラグ立てようとしてますか私の恋人に! やはり淫獣か!「まあ、あいつには後で詳しく話を聞くとして……せつな」「はい?」「……なのはに聞いたんだが、お前、女色の気があるらしいな?」 ……それはなんですか? 男色の反対語ですか? 「なのはには、普通の恋愛をしてもらいたいと思っている。……まあ、相手はもちろん俺より強い男でないと認めないが……」 それって普通にいませんよね!? て、いいますか、何で私に殺気ビシバシ当ててますか!?「女色だけは許せん。なのはの道を誤らせないためにも、少し、話をしないか?」「え!? 話だけですよね!? なのは的お話し合いじゃないですよね!?」「ああ、安心しろ。……高町家的お話し合いだ!」 それってよく美由希さんが喰らってる、御神流地獄の特訓フルコース!? り、離脱……て、神速使って回り込まれた!? やはりあんたも魔王の一族か!「さあ、指導の時間と行こう。何、ついでにその歪んだ人格も叩きなおしてやる」「いいいいいいやあああああああ!!」 ちーん。 ……じ、地獄を見たんだぜ? なんとかかんとか抜け出して、バニングス家のアリサちゃんちへ。 あ、アリサ~。ヘルプミ~。「…………あれ?」 インターホン押しても、誰も出てこない。 ……あれ?「おーい、アリサさーん?」『はい、バニングスです。アリサお嬢様は現在、旦那様と一緒にスイスに避暑旅行中です』 スピーカーから聞こえる声は、運転手の鮫島さん。 ……あのブルジョワ、避暑だとお?「……い、いつごろ戻られますか?」『さて、旦那様も気まぐれな方ですので。八月には戻ってこられるかと』 七月中は戻らないってことかい? ……うぬれ。「仕方ない、すずかの家に……」『すずかお嬢様もアリサお嬢様についていきましたから、多分行ってもいないと思います』 追い討ち!? おのれアリサ、俺の愛人を~~~! すずかの微笑がしばらく見られないなんて……「あ、ありがとうございました……」『ご期待に添えられず、申し訳ありません』 最後まで礼儀正しく接してくれた鮫島さん。 あんた執事を目指せばいいと思うよ。 運転手で満足してないでさ。 アリサとすずかまでいないとは。 オノレ夏休み、俺の癒しを返せ。 こうなると、残る癒しははやてだけ……はやてで癒されるって滅多にないけど。 やってきましたのは八神家のはやてちゃんち。何度訪問してもでかい家だが、実はグレアムさん守護騎士が住むことも考えて用意したとしか思えない。 実はいい人? それすらも計算のうち? まあ、もうどうでもいいけど。「は~や~……ザッフィー?」 庭にザフィーラ絶賛昼寝中。もちろん犬……じゃなかった狼モード。「む、せつなか。主はいないぞ?」「……どこ行ったの。リハビリ?」「いや、聖王教会から依頼でな。シグナムたちと教会騎士たちの指導だ。……一応、報酬も出るから、収入の一環としてな」 ……ま、マジかい……て、ことは?「ザフィーラ……だけ?」「うむ。留守番だ」 ザッフィー……不憫な。「そうでもない。……来たな」 ?「ありゃ? せつなじゃないか。どうしたの?」 あれ? アルフ? ……しかも狼モードだし。「いや、アルフこそどうしたの? ご主人様寝込んでるのに」「フェイトにはちゃんと許しを得て来てるよ。これからザフィーラにご飯作ってもらうから」 ……はいぃ!? ザフィーラがめしぃ!?「うむ。主に教えてもらってな。おもに肉料理を教えてもらった。……まあ、喜んで食べてもらうのは、嬉しいことだと知ってな」「ザフィーラ結構上手いんだよ? そうだ、せつなも……あれ? どこ行くの?」 ふふ。ザフィーラ頑張れ。 空気の読める小学生は退散するさ。「……すまん」「いいさ、頑張れ、ザフィーラ。応援するよ、同じベルカの騎士として」「感謝する」 ……なんか、本編ユーノの気持ちがちょっとわかった気がする。 Stsユーノって、こんな気持ちだったんだろうなぁ…… ふふ、私一人かあ。 寂しいなぁ。 ……と、言うことで翠屋に。 仕方ない。桃子さんのシュークリームで至福の時を過ごそう……とか思ってたらさ。「……売り……切れ?」「えっと、ごめんね? 午前中に全部売れちゃって、しかも今日店長お休みで……」 なんですと? ちなみに、話してくれているのはバイトの人。 よく見たら美由希さんもいねぇ。「何でも、士郎さんとちょっと仕入れしてくるとかなんとか」 それってふつーにデートじゃないか!? じゃあ、今日は桃子さん製スイーツ系全滅!?「えっと、パフェならできるけど……だ、駄目?」「……士郎さんのコーヒーがないと、パフェは駄目なんです……また来ます……」「え、えっと、ご、ごめんね?」 ……なに? 今日は厄日か? 公園に一人。 たまたま出ていたたい焼き屋でたい焼き買って一人で食う。 ……こしあんが甘い。あ、尻尾まで餡入ってない。 もう一個食べる。げ、カスタード混じってやがるあのおっちゃん。 さらに一個食べる。……何だよこのカレーチーズって……恭也さんの好物じゃん。 うう、ホントに泣けてきた。 たまに平穏だと思ったらなんだよいったい。 くそう。あ、本当に涙が……「……大丈夫か?」 む、誰かに声かけられた。 ちょっとハスキーな声だが、女性っぽい。 見上げてみると……あれれ?「どこか、痛いところでもあるのか? 病院に行くか?」 ……なんで? 何でこの人がいるの? ……い、いや、もしかしたら、他人の空似ってことも…… ほ、ほら! アイパッチつけてないし! て、まだゼスト隊全滅イベント起きてないから、つけてないのは当然か?「あ、いえ、その。す、すみません。大丈夫です」「そうか? ……いや、こちらこそすまんな。泣いていたのが気になってな」 ……服装こそ普通……普通か? 普通にゴスロリだけど本当に普通か? いや、それはいいとしても、私の隣に座った女の子は、とてもとても…… ナンバーズの五番にしか見えない。「……何か、悲しいことでもあったか?」「い、いえ。親しいお友達が、軒並み遊べない状況で……今日はちょっと、いろいろついてなくて」 おまけに、戦闘機人(未確定)っぽい人に出会ったら、本気でついてないぞ。 えっと、どうしよう? パラディンに頼んでバイタルチェック? ……いや、戦闘機人は比較的新しい部門だ。 違和感は感知できても、断言はできないだろう。 ……でも、このお姉さん普通に私を心配してくれてるし……本当は別人?「あ、私、永遠せつなといいます。お姉さんは?」 ここはなのは的に自己紹介から!「私は……チンクだ。そう呼んでくれ」 確定キターーーーーーー!! 偽名使う気ゼロかよ!? いや、使っても意味ないのかここじゃ。「せつな……と、呼んでもいいのか?」「え? あ、はい。どうしました?」「ああ、その、一つ尋ねたいのだが……」 な、なんだ? ひょっとして、私が魔導師だってばれたか!? もしかして、私狙い!? やっぱ今日はついてねえ!「その……この住所を探しているのだが……迷ってしまってな?」 ……いきなり、萌えた。 ちょっと照れながら言って来るのがキュート。 そうですか、迷いましたか。 何気に広いからね、この街。「えっと……? あれ? これって……」 受け取ったメモには。 テスタロッサ家の住所。 ……プレシアさんと戦闘機人? あ。「……プレシアさんに用事……ですか」「知り合いか?」「お友達のお母さんですから。……後、師匠でもありますし」 ミッド式のね。 まいったなぁ~。 生命操作関連の繋がりかよ。迷惑な。「……なるほど。君も魔導師か?」「まあ、そんなところです。……その、違法研究のお誘いですか?」「……そうなる」 苦虫を噛み潰したように、顔をゆがめるチンクさん。 ……彼女自身、何か思うところもあるのだろうけど。「多分断わられるとは思いますよ? もう、プレシアさんには、必要のないことでしょうし」「それでも、会わないといけないんだ。……案内してもらえないか?」 ……ヤダとか言ったら、実力行使とかしてきそうだし。 ここは連れて行ってみようか。「いいですけど、家で暴れるようなことはしないでくださいね? ……今、お友達が風邪で寝込んでますので」「……わかった。約束しよう。暴れにきたわけではないしな」 案外話せる人で助かりました。 後は、プレシアさんに期待するしかない……か。 マンションの入り口で待つこと数十分。 若干気落ちしたチンクさんが中から出てきた。「……待っていたのか?」「はい。……どうでした?」 首を横に振る。交渉失敗のようだ。「そうですか。……まあ、せっかく管理局の目も誤魔化せましたし、やっと彼女の願いもかないましたし。……これ以上、危険な橋を渡る必要はないでしょう」「……まあ、そうだろうな……ドクターも、断わられたらそれでいいと言っていたし、これ以上は干渉しないさ」 よかった。 これで、もうテスタロッサ家に迷惑な事態は降りかからないだろう。 やっと、彼女たちに平穏が訪れるわけだ。「仕方がない。もう一つの任務を済ませるとしよう」 ……もう一つ?「永遠せつな。……ドクターが、君と面会したいと言っている。……ついて来て貰えるか?」 ……今日は、本当に厄日だなぁ。 今更ながらに運命を呪った八歳の夏の日でした。 ……さて、チンクさんに連れられて、やって来たのは……なんか『秘密基地』っぽい所。 先日の海上要塞思い出した。 ……しかし、涙腺脆いな私。 また涙が……「……その、すまない。あまりその……泣かないでほしい」「あ、すみません。涙腺脆いもので。……悲しいこと、思い出しただけですから」「そうか……感受性が豊かなのだな」 そういう問題か?「これからドクターにあってもらうが、その前に、デバイスを預かっておく。……拒否しないでもらいたい」 まあ、それは当然か。「……分かりました。帰るときには返してください」「……すまない。素直な対応、感謝する」 パラディンをチンクに渡す。 ……後でまた会おう、相棒。「こっちだ」 彼女が示したドアの先に、……白衣を着た、ロンゲの兄さん一人。 ……隣のお姉さんが一番なんだろうなぁ。「……お帰りチンク。プレシア女史の協力は得られたかい?」 ……むう、あまり嫌悪感を感じない声。 少なくとも、先日のマッドよりか大分マシだ。「いえ、断わられました。……どうも、完全に隠居する構えのようです」「そうか……それは残念。まあ、彼女が残した研究は、私が引き継ぐとしよう」 是非そうしてくれ。 でないと……エリオ君が生まれない。「それで……その子が『聖王の剣』かい?」 ……また変な単語が出たぞ? せいおうのつるぎ? 器じゃなく?「はい。永遠せつな。古代ベルカ式術者。騎士の称号を先日受け取った、近年最年少の騎士です」「……ふむ。はじめまして、せつな君。私はジェイル・スカリエッティ。……チンクの製作者で、生命研究を主としている科学者だ。……そうだね。ドクターとでも呼んでくれたまえ」 ……ちょっと芝居がかった台詞回しだけど、あのマッドよりは気分悪くない。 下手したら、友達になれそう? ……どうかなぁ?「永遠せつなです。はじめまして、ドクター」「ふむ。なかなか礼儀のできた子だ。……さて、君に来てもらったのは他でもない。ウーノ。あれを」 隣のウーノさんが無言で差し出したアタッシュケース。 それを開けるドクターの手には……赤く輝くこぶし大の宝石。 ……レリック?「これは、レリックと呼ばれるロストロギアだ。純魔導エネルギーが封入された、極めて高度な遺産だよ。……そして、これは、その中でも、聖王の血筋が使える、レリックコアの一つだ」 ……ああ、ヴィヴィオに埋め込まれたのと同じってことか。 ……あれ? でも、ちょっと待て。「あの、一ついいですか?」「なんだい?」「私、聖王の血筋とまったく関係ないんですけど……」 うん、関係なかったって、検査で……いやまて。 そう言えば、ヴィヴィオの元になった遺伝子って、どこから持ってきてた? 確か、確か……聖王遺物からだよな? 二番が司祭をたらしこんで……そうだ。 じゃあ、あの場所に、二番がいてもおかしくないんだ。 ……で、私が聖王の血族の疑いが出て……血液検査をして……「いや、君は聖王の血族だよ。君の血液を私の作品がすり替えてくれてね。……君から、聖王の血族『銀の剣』の遺伝子が検出されたよ」 そういう伏線かよ!? しかも、銀の剣!? そんなの知らねぇって! それにだな?「まってください! 魔力検査はどうなんです!? 確か、聖王の血族なら、虹色の魔力光が普通じゃ……」「ああ、それも嘘の結果を教会に流したそうだよ。……詳しく調べると、君の魔力光の根元はちゃんと虹色のようだ」 マジ? ……なんてこった。 じゃあ、母方のほうに聖王の血が流れてたってこと? それで、私は先祖がえり? ……マジで?「……やはりショックかな? 自分が、そんな出自だと聞かされて」「うん。すごく。……えっと、ちょっとだけ、落ち着いていい?」「ああ、いいとも。ウーノ。お茶を入れてあげなさい。紅茶はいかがかな?」「お願いします。睡眠薬は入れないでくださいね?」 入れないよと笑いながらドクター。 ……さて、情報整理だ。 つまり、聖王教会で検査した聖王の血族の疑いは、実はアウトだったわけだ。 私は聖王家の出の『銀の剣』と呼ばれる一族。 魔力光の色が元になっているのかな? 後、魔力光の根元……芯の部分は虹色と。 銀の光で虹色が見えなくなっているだけで、ちゃんと虹色ではあるみたいだな。 「どうぞ?」「あ、ありがとうございます」 ウーノさんから紅茶を手渡される。 赤い紅茶を見ながら、自分の顔を見る。 ……あ、これもあった。「ドクター? 聖王家の人間は、オッドアイ……ヘテロクロミアになるんじゃ?」「……確かに、聖者の証として瞳の色が違うことはあるそうだが、それは一部の王族だけらしいね。全員がそうだったわけではないようだよ?」 そうか。 なら、血液から遺伝子が出たことでもう決定なのだろう。 ……さて、じゃあ、一番の疑問。 『銀の剣』についてだな。 チンクさんは……あ、いないし。「ドクター。チンクさんを呼んでほしい。彼女に、パラディン渡してあるから」「君のデバイスだね? ……わかった。僕も、聞いてもいいかい?」「お願いします。情報が欲しい」 あいつなら基本なんでもありだ。 絶対知ってる。確信できる。「失礼します。ドクター、持って来ました」「ああ、彼女に渡してあげてくれ」「……その、暴れないでくれよ?」「大丈夫です。……さて? パラディン? 『銀の剣』は知ってる?」 知らないとか言うなよ?【おや。どこでそれを?】 やっぱり知ってやがった!「……解説、してくれる?」【な、何か怖いですけど、分かりました。……『銀の剣』は聖王家から派生した分家の一つで、主に聖王本家の剣となり、第一線で戦う騎士の一族です。一族揃って剣状のデバイスを用い、その魔力光が虹を伴う銀色だったことから、その名前がつきました。……かく言う私、シルビアも『銀の剣』の出です。もしかしたら、マスターもその血を受け継いで、私と似たような姿になったのかも知れませ……マスター? 何で震えてるんです?】 そういう大切なことは早く言えと。 しかも、これで確定しちゃったじゃないか!「あのね? 私、聖王家の『銀の剣』を継いでいるんだって。今、ドクターから知らされたよ?」【……マジですか?】「うん。マジ」【……子孫よ!】 ど「やかましいわぼけぇぇぇぇぇぇ!!」【みぁぁぁぁぁぁぁ!!】 ピッチャー第一球投げました! おおっと、これはビーンボール! バッターの顔にジャストミート!「「ドクター!?」」「……い、痛いね、これは」 その割には余裕だな! 飛んでった先から高速で戻ってくる白い本。 シュールだ。【い、いきなり何しやがりますか!】「うるさい! そういう大事なことは、もっと早く言えよ! てかすぐに気付けぇぇぇぇ!!」【仕方ないでしょう! 私の血族が滅んでから、既に五百年は経ってるんですよ!? 聖王教会調べで! それなのにその血族がいるだなんて、信じられますか!?】「じゃあ何で俺の身体にその血が流れてんだよ!」【私に聞かないでください! ……あ、もしかして】「心当たりあんのか!?」【……そう言えば、千年ほど前に駆け落ちして一族の系譜から抹消された当主候補が一人いましたね。確か、ミッドチルダ軍の女性と恋愛して、丁度戦争中だったから結婚が許されず、そのまま駆け落ちしたそうですが……あ、私が最後の眠りにつく二年前ですから、比較的新しい情報ですね】「あんだよそのご都合主義ぃぃぃぃぃ!!」 じゃあその末裔が俺だってのかよ!? 訳わかんねぇ!? 畜生、道理でなんか嫌な予感すると思ったら!?「やっぱり今日は厄日だぁぁぁぁぁぁ」「……な、なんだか知らんが……すまん」 うううううううう。 恨んでやる呪ってやる祟ってやるぅぅぅ! 主に俺の神に!【……まあ、そういう日もありますよ】「お前が言うな!」「まあ落ち着きたまえ」「お前も言うな!」「……すまん」「お前……チンクさんはいいか」「チンクはいいのかね?」 当たり前だ。 せっかくの可愛い人を怒鳴る気にはならない。 「……よし、チンクさんで少し癒されることにするから。しばらく話しかけんなよドクター?」「お、おい。癒されるとか、何をするつもりだ!?」 あ、なんか警戒してる。「もちろん。抱きつく」 その警戒を抜いて真正面から。 ……むう、ちょっと体温低い。「こら、離さんか!」「いや。しばらくこうしてる」「お、お前、何か性格変わってないか?」 ふふふふ。 今は男性意識が主ですから。 体温は低いけど、身長がフェイトサイズだから丁度いい。 フェイト、なのは達より少し高めだからね。「こ、こら、顔を擦り付けるな!」「ふふ~。チンクさんいい匂い~」「変態か貴様!」 匂いフェチではありませんが、そうやって嫌がる姿がプリチー。 さって、もっとセクハラを……あれ?「……大丈夫か? チンク?」 あれれ? なんか持ち上げられてますよ? 強制的にはがされて、その行動をした人を見ると…… あ、三番さん。 片手で持ち上げるってずいぶん腕力ありますね?「……むう、なんかネコになった気分」「ずいぶんといやらしいネコだな」 まあ、女の子大好きですから。 ……まあ、少しは癒されたから、もういいか。「トーレ……助かった。……せつな。落ち着いたか?」「ええ。ごめんね? ちょっと暴走した。……トーレさん? もうなにもしないから下ろしてください」「……いいだろう」 普通に下ろしてもらって、宙に浮かんでたパラディンを回収。 再びチンクさんに預ける。 今のごたごたの間に用意したと思われる椅子に座り、入れなおされた紅茶を一口。 ……よし、じゃあ、次だ。「それで? 私に何の御用ですか?」「普通に続けるのか……」 今までの事はなかった方向で一つ。「……いやいや、面白い子だねぇ。気に入ったよ」「褒め言葉として受け取りますね?」 気に入られてもね。「それで、君にちょっと実験に参加してもらいたいんだ。……このレリックコア、君の身体に、埋め込ませてもらってもいいかな?」 凄く、直球ストレートど真ん中! 普通そんなふうに聞くか? 「……パラディン? あれ私に埋め込んで、何か効果ある?」 試すより、まず聞いたほうが先だ。この場合。【……えっと、聖王家のレリックコアですよね? 意味ありませんね。むしろ、害にしかなりませんよ? ……『銀の剣』の血族は聖王家ではありますが、大分本筋からは離れてますからね。パワーダウンどころか、そのまま死んでしまう可能性もあります】「だ、そうなので却下です」 流石に死ぬ可能性があることは勘弁。「……まあ、結果がわかっているなら、やらないよ。……案外つまらない結果になったね」 つまらないとか言うな。 不満そうな顔するな。 こっちは死にたくないわい。【我々『銀の剣』は、レリックコアに頼らない魔法を研鑽してきました。ですから、レリック関連は我々の血族には毒にしかならないんです。お解りください、ドクター】「なら仕方ないねぇ。……しかし、先祖の人格の入ったデバイスを使うことになった気分はどうだい?」「まあ、最高ではないが最悪でもないですね。……そっか。本気で一族の業を継承することになったんだ」 それなんて北斗神拳? 別に一子相伝じゃないけど。「じゃあ、他に何かありますか? ……犯罪的な行為意外で」「……何か、手伝ってくれるのかい?」 うーん、どうしよう。「報酬次第って所です。後、私の身の回りの安全と」「……それはどういうことだい?」「……私、お友達がたくさんいるんです。その中でも、特に仲の良い子が五人います」「それはいいことだね」「ですけど、最近物騒で、皆が危ない状況になったら大変。特に、誰かに狙われたら……そう思うと、心配で」「……友達思いだね?」「だから、私、決めてるんです。もし、そのお友達に牙を向ける、もしくはそれに準ずる行動を起こした犯人は」「……どう、するの、かな?」「殺します」 ……静寂が流れる。 刺すような殺気。それよりひときわ強い殺気が、その場に流れる。 ……チンクさんとトーレさんが構えるのが解る。「……君がこの状況で、僕を殺せると?」「別に、今殺すわけじゃないですし、ただ、そうなったらのお話です。……それで、ドクターは、私を脅して協力させるなんて下衆な事しませんよね?」 作った笑みを浮かべる私。 ……実際。一度それを行った身としては、一人殺すのも二人殺すのも同じだ。「……せつな。お前は、人を殺したことが」「ありますよ? ねえ? パラディン」【……ええ。もともと私は、そのために作られたものですし】 もともと戦争の道具の一つだ。デバイスは。 今の使い方が歪であって、本来は人殺しの道具の一つ。 ……あの将軍の言い分は、間違っていない。「……わかった。君の周りの人間に危害は加えない。これでいいかい?」「ええ。ありがとうドクター。話の解る人で、私は嬉しいですよ?」 ……ちょっと口調が変だった。 緊張したのか? 俺が? ……まあ、そんなこともある。「じゃあ、また、何かあったら君に頼むとしよう。……犯罪行為以外で」「ええ、そのときはお願いします。……ドクターには、好感が持てる」「おや? てっきり嫌われたかと」 嫌いって言った覚えはないけど。「だって、ドクターは作品……娘たちに慕われているようですから。ドクターも、彼女たちを道具として……あ、これはまだ解りませんけど、ただの道具としては見てないですから」「……せつな」「……はは。そうだね。僕は、彼女たちを愛しいと思っているよ。僕の作品だから……娘だからね」 その台詞が嘘ではないことを祈っておこう。「私は、父親がいません。ですから、父親のいる彼女たちが、とても羨ましい。……ドクターは、彼女たちのいい父親であってくださいね?」「努力しよう。……チンク。せつな君を送ってあげなさい。……また会おう」「ええ、また。……チンクさん。おねがいします」 手を上げて、また会う約束を。 今度は、もう少し有意義な話し合いをしたいものだ。 ……今回も有意義と言えば有意義だったけど。 で、チンクさんと出合った公園で彼女と別れ、帰り道。【そう言えば、マスターの血液。ドクターが持ったまんまなんですよね?】「……あ」 変な事に使わなければいいが…… もちろん、その予感はばっちり的中した。うぬれドクター……