夕方に差し掛かり、あたりが茜色に染まりだすころ。 卓球の汗を流す為、もう一度温泉へ。 「……ふぅ」 湯船につかり、思いっきり溶けてみる。 みんなはいろいろと遊びに行ったり、シャワーだけで済まして出たり…… 俺に付き合ってくれてるのは、隣で一緒に溶けてるシグナムぐらいだ。「……せつなさん?」「ありゃ? リンディさん」 リンディさんが湯船に入ってきた。 私の隣に座って、こちらを見てる。「さっきは白熱してたわね?」「……まあ、せっかく遊ぶんですし、楽しんだもの勝ちってことで……」 まさかセクハラ合戦に発展しようとは思わなかったが。「……あのね、せつなさん。朝の話なんだけど……」「……シグナムたちに、手出しさせませんよ~?」「いえ、そっちじゃなくて……あなたが、前世の記憶を持ってるって……」 ……そっちか。「はい、持ってます。……むしろ、それが私の全てになります」「……どういうことかしら?」 ……まあ、話してみるか。「私……俺は、二十歳まで生きた男性です。親を早くに亡くし、姉と妹と三人兄妹で暮らしてました」「……そう」「高校出て、大学はいかずに、バイトで家庭の金入れてました。妹が高校生で、姉はOL。……親がいないだけで、後はどこにでもある普通の家族だったんです」 それなりに、退屈だったけども、幸せな毎日。「でも、崩れるのは一瞬。……俺がバイトに行ってる間に、強盗が押し入ったみたいでしてね。家には姉と妹……結果は、二人とも、陵辱の上絞殺……とても、酷いものでした。同じ人間なのに、どうしてここまで残酷なことができるのかって……」 リンディさんが息を呑むのがわかる。 ……話を続ける。「俺が帰ってきたとき、丁度、ことが全て終わった後でね? ……犯人二人が、出て行く準備をしてたところだったんです。一人は下半身丸出して、一人は手に入れた金をカバンに押し込んでて……その二人の後ろに、見えたんです。横たわる二人の体と……目を見開いて、光をなくして、こっちを見ている、妹の、顔が」「もういい! もうやめて!」 ……リンディさんの叫び声で、我に返った。 ……俺自身、そのときの情景を思い出し、泣いているのに気付いた。「……続き、聞きます?」「……ええ、ごめんなさい。取り乱して……」「少し、真に迫りすぎました、ごめんなさい。……そんな光景見た後だから、俺が取った行動は、一つだけ。犯人二人を殴り殺しました」 こっちを見据えるリンディさん。 無理もない。 たとえ前世の話だろうとも、小さな少女の口から、殺したって言葉が出れば、誰でも驚く。「怒声と一緒に殴りかかって、一人を打ち倒し、もう一人の下半身丸出しのほうの股間を蹴り上げ、その間に、打ち倒したほうに椅子を叩き付け……しばらく殴り続けてそいつが動かなくなったのを確認して、もう一人のほうへ。砕けた椅子でさらに殴り倒し、その顔面を砕き……気がついたら、二人とも死んでいました。……一応、奥の部屋の姉と妹を調べ、二人が死んでるのを確認して……ふらふらと、外へ。しばらく歩いて……気がついたら、トラックに跳ねられ、道路に叩きつけられ、自分が死ぬのを、ただただじっと、感じてました……」 一気に話し終え、ため息をつく。 ここまで詳しく話したのは初めてだ。 はやてやなのはたちには、ここまで詳しく話せない。 ……多分、俺の顔も、酷いものになっていると思うから。「これが、俺の死ぬまでの話。……私は、四歳のころ、その最後を、思い出してしまった」「!?」「……その時には、漠然と自分が男の人の生まれ変わりだって気付いてただけだったんです。見たことのない景色、知らないけれど、優しい女の人、覚えたはずのない技術……でも、周りは、信じてくれなかった。なんとか信じるに足る証拠を挙げようと、思い出して、思い出して……それを見てしまった。四歳の、少女が。……ただ思い出すだけなら、理解ができずに、怖い夢で済んでたかもしれない。けど、そのときの俺の感情、俺の感覚、俺の知識、全てを思い出してしまった。そして、理解した。……その時から、私は、人に、触れるのが、怖くなり……口を紡ぎ、感情を殺し、心を閉ざしました」 これが、永遠せつなに纏わる、心的外傷後ストレス障害の顛末。 後はただ、ただ、生きているだけの4年間。 動く、お人形……「……その四年の間に、俺の意識が再構築されて、この四月、俺が再起動した。……驚きましたよ。目覚めたら、女の子の身体になってるし、身長縮んでるし、最初、この身体に憑依したのかと思いました……いろんな事を思い出して、いろんな人と話して、ようやく、自分が転生して、女の子になったんだって、気づいて……結局、男性意識と女性意識が混同する、きわめて不安定、だけど、絶妙のバランスで安定している人格になりました」 これが、今の私。 誰にも否定できない、今の永遠せつな。「……もし、その四年間の間に、誰かいたら……誰か側にいたら、変わっていた?」「さあ? 終わってしまったことはそう簡単には変えられない。事実は事実として受け止めるだけ。もしもなんて、ありえない。……そんなことを言い出したら、きりがない」 もしも、あの時、早くバイトが終わっていたら、もしも、犯人を殺さず、捕まえるだけにしていたら、もしも、周りの人の誰でもいいから、信じてくれていたら、もしも……誰かが、私の側にいてくれたら。 そんなもしもは、ありえない。「だから、私は決めたんです。今を、精一杯、生きようと。そして、幸せをこの手に掴む! そのための障害はぶち壊す! 誰が私の幸せを邪魔するのなら……殺してでも排除する。誰にも邪魔させない。私は今、幸せなんだ!」「……せつなさん……」 その姿は、他人にはどう写るのか。 愚か? 滑稽? 道化? そう見えるのなら見るがいい。私は、今を生きている。 その邪魔をするのなら、容赦はしない。「……まあ、そういうことだ。私は、私たち夜天の守護騎士は、主とは別に、この少女の守護に付く。……管理局が私たちを捕まえるというのなら、全滅を覚悟するのだな」「……シグナム。私はそこまでお願いしてないんだけど……」「水臭いことをいうな。お前もベルカの騎士。ならば、その仲間を助ける為なら、我らの力、いつでも貸そう」 むぅ。相変わらずかっこいいことを……「……せつなさん。闇の書は、もう、ないのね?」「ええ、ありません」「……後で、その詳細を教えて? ……はやてさんが、夜天の書を所持できるように、上層部に働きかけてみる。……私も、あなたに幸せになって欲しいから……」 ……リンディさん……やっぱり、この人はお人よしだ。「……本当は、放って置いて欲しいんですけどね……」「そうも行かないわ。もし、他の部隊が彼女たちの事を知ったら……多分、問答無用で捕まえにかかると思うし」「む、それは困る……とにかく、それはこの旅行が終わった後ですね。……旅行中は、休むことにしてますから……」「それは、賛同するわ」「それがいい。……お前は、年齢以上に働きすぎだ」 そうかなぁ? ……いや、八歳児のやることじゃないと解ってるけどね? 夜、夕食時、みんなで食事です。 流石、温泉宿の食事は豪華。 私はどうしてもここまで本格的にできません。 家庭料理オンリーですので。「あたしかてここまでできんで? こういうのはプロにまかすんが一番や」「餅は餅屋ってね?」 ……うん、お肉美味しい。「フェイト、これ美味しいよ~」「うん。……あ、アリシア、それは鍋に入れないと苦いよ?」「え? うん。……えへへ。ミッドではこんな食事なかったから、楽しいね、お母さん!」「ええ、そうね……せつなに、本当に感謝しないと……」「? せつなさん、プレシアさんたちに、何かしたの?」 ……そこは突っ込まないでいただきたい。 まあ、言うとしたら。「親子喧嘩の仲裁ですか。……後は……まあそんなところです」「……そう。あなたがそう言うんなら、そうなんでしょうね」 そうそう。 ……セーフ?「ほら、リンディさん。お肉煮えてますよ? 今が食べ時ですから」「あ、ありがとう。……やっぱり、娘もいいわね~」 うう、そんな嬉しそうにせんでください。「……一緒に住んでくれとは言いませんけど、もう少し頻繁に会いに来てくれたら、今度は私の料理食べさせてあげますよ」「本当に!? 楽しみにしてるわ♪」 ……そこ、アリサ! ニヤニヤすんじゃない!「ふふん。せつなのツンデレ」 く! 本家にツンデレ言われた!「にゃははは。せつなちゃんツンデレ~」「なのはまで!?」「諦めや。せっちゃんが大人限定でツンデレやってばればれや」 な、それは違うぞ!?「わ、私がツンデレなのは、リンディさんぐらいで……」「あら? 私、最初は殴られたんだけど?」 そこで口出しするなプレシアさん!「あ、プレシアさんもですか? 私も今朝に……」「ああ、あの子、どうも大人をわからせるためには、まず実力行使に及ぶから……」「そこまで過激じゃない! 変な誤解を広めないでプレシアさん!」「あらあら。暴力は駄目よ? せつなちゃん」 暴力じゃないもん! 修正だもん!「うう~。暴力娘じゃないのに……」「……ツンデレと暴力娘とエロス娘と……せっちゃん称号増えまくりやな」 うっさい。 食事が終わって腹ごなしに散歩することに。 相手は何故かシグナム。 「……つーか、仲良いな私ら」「そうだな。……シルビアも、気がついたら私と一緒にいた」 むぅ、私ってば、シルビアと同じ思考形態してるのかな? 「じゃあ、もう少し進んだら、一戦お願いできる?」「承知……せつな」 と、ここでよく知る反応。 ジュエルシードだ。「他の子が気付く前に終わらせる。シグナム」「解った。レヴァンティン」『Gefängnis der Magie』 ベルカ式の封鎖結界。 反応は……山の森の中!「パラディン、セットアップ!」【get set】「レヴァンティン、騎士甲冑を」『ya hole』 飛行魔法で森の上空へ。 ……対象は……いた! て、あれぇ!?「だぁぁぁぁぁぁ!! なんでクマぁぁぁぁぁ!!」「た、助けてぇぇぇぇぇ!!」 現地住民!? じゃなくて、確かあの金髪は……「昼の覗き魔……」「……助けないほうがいいか?」 そうしたいのは山々だけど。「そうも言ってられない。【ブリューナク】スタンバイ!」【stand by brionac set up】 槍を構え、突撃準備。「波状攻撃で一気に沈める! 先に行くぜ!」「承知!」 カートリッジ一発消費。猛る魔力を推進剤にして、夜を駆ける!「はぁぁぁ!【天昇一穿】!」【impact Charge】 魔力を槍の穂先に集中。目標に突撃して……駆け抜ける! 腹に大穴を開け、後詰めのシグナムの一撃。「『紫電一閃』!」 剣閃一蹴。……クマに取り付いたジュエルシードが姿を現し、クマはとりあえず無傷。 杖を取り出し、ジュエルシードを封印。……十四個目。「あ、あんたたち、一体……」「ま、魔法少女……」 側で震えてるメガネの少年と、金髪の男を一瞥だけして、「……覗きは犯罪だぞ? 今度覗いてたら……さっきのを股間にぶち当ててやる」 と、口端をゆがめて言ってやった。 抱きついておびえだす二人を尻目に、シグナムと空へ飛ぶ。「……放って置いていいのか?」「あいつら、あんな山奥から風呂場覗こうとしてやがった……二人の頭に掛かってたの、スターライトスコープだぞ?」「……それは知らんが、覗きなら放って置いていいな」 天罰覿面ってね? で、さっきの歩道に戻る途中。「せつなちゃ~ん!」「せつな!」「せっちゃ~ん!」 あれま。 なのはにフェイト、はやてまで。「ああ、ご苦労様。終わったよ?」「……うう、せつなちゃん、無理しないって言ったのに!」「そうだよせつな。こういう時は、頼って欲しい」「せっちゃんは絶対働きすぎや! シグナムも、何で止めてくれへんの!?」「あ、いえ、その……すみません、主」 たはは……心配かけちまった。「ごめん。最初に気付いたから。飛び出しちゃった。……ありがとう、心配してくれて」「もう……絶対に、次は頼ってね? せつなちゃん一人で頑張ってるわけじゃないんだから」「そうだよ。私も、せつなのために頑張りたいんだから」「せやせや。……せっちゃん一人の身体やないんやで?」 あ、あう。 ひょっとして……「俺、尻にしかれてるのか?」「……ノーコメントだ」 やれやれ…… 宿に帰ってそろそろ就寝の時間。 そんな折、すずかに呼び出された。 ……どうも、私一人らしい。「ごめんね? 急に呼び出して」「いや、いいよ。……なに?」 誰も来ない静かな岩場。河の流れる音だけしかしない。 夜風が涼しい。「なのはちゃんたちには話して、せつなちゃんだけ話せなかったんだ……うまく、都合付かなくて」「うん」 とすると、やはり月村の秘密かな?「……あのね。私の家……『夜の一族』って言って、吸血鬼の一族なんだ」 ……ああ、確かそんな感じだった。 「人より、運動神経や腕力が強くてね? ……代わりに、血の鉄分が不足しがちな……遺伝子異常なんだって」「うん……」「私、この間から、人の血を……飲み始めたの」「うん」「……なのはちゃんたちに、迷惑かけちゃうかもしれないから、思い切って話したの」「うん」「なのはちゃんもアリサちゃんも、フェイトちゃんもはやてちゃんも、気にしないって言ってくれた。……それで、せつなちゃんにも、言おうと思ったの」「……うん」 一通り話し終えたのか、すずかはひどく、思いつめた顔で。「せつなちゃんは、私と、友達でいてくれますか?」「うん」「迷惑なら、そう……え?」 あ、驚いてる驚いてる。「酷いな、すずか。私がそんな薄情に見える?」「え、でも……私、吸血鬼なんだよ?」「うん。私、魔法使いだよ?」「……でも、私、人を傷つける……力があるよ?」「なら私は、人を簡単に殺せる、力がある。……すずかは、私と友達じゃいや?」「いやじゃないよ! ……せつなちゃん、私とお友達で……いいの?」 何を今更。「うん。すずかとなら……いいよ?」「せつなちゃん……ありがとう」 そう満面の笑みのすずかが、とてもキレイで……「すずか……」「あ……せつな……ちゃん……」 頬に手を当てる。 夜風に当たっても、頬は熱を帯び、とってもあったかい。 腰に手を回し、すずかを抱き寄せる。「……すずか、きれいだ……」「せつなちゃん……」 そしてそのまま、その可愛らしい唇に……「て、こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 アリサの怒声を聞きながら、吹っ飛ばされる私がいました。 ど、ドロップキックだとお!?「すずかを、怪しい道に引きずり込むなぁ!」「あ、アリサちゃん……」 ちぃ、惜しい。 もう少しで落とせたのに。 ……じゃなくて。「にゃははは……残念だったね、せつなちゃん」「せつな、その……私でよかったら」「フェイトちゃん、ちょお、自重しよな? せっちゃん本気で落としに掛かるから」 何だ、皆来てたのか。「アリサ。やきもちか?」「だ・れ・が、やきもちやくかぁぁぁぁ!!」「え? 違ったの?」「すずかぁぁぁぁぁぁ!!」 あっはっは。 やあ、やっぱりアリサは可愛いなぁ。「せつなちゃん。女の子どうしじゃ、恋人になれないよ?」「心は男だから問題ない」「あるわ! ……せっちゃん、もうちょっと自重しようや? 流石に百合はあかんで百合は」 ……そこまで言うか。「むぅ……だが、すずかやアリサ、なのはやフェイトやはやてが男にチョメチョメされるぐらいなら……」「いや、まだまだ先の話だから、そんなの」「世の中には今ぐらいの女の子がいいって言う変態さんもいるんだぞ!?」「おお、流石現役の変態さんや。言うことが違う」 がふぅ!? 何、そのクリティカルダメージ。 すっごく傷ついたんだけど!?「さ、話も終わったし、帰るわよ~?」「「「「は~い」」」」 ……私は無視か、そうですか…… 心の傷を塞ぎ、皆の後を追う……前に。「お騒がせしてすみませんでした」「いや、気にするな」 こんな岩場の隅っこで、気配消して静かに夜釣りしていた男性にお礼を言う。 私たちが来る前からいたようで、わざわざ私たちに遠慮して気配を消してくれたようだ。「……釣れますか?」「そこそこにな。……君は、俺に気付いていたな。どこかの部隊の出か?」「いえ。ですけど、騎士ですから」「……そうか。そろそろ戻ったほうがいい。……後、昼は同僚が世話をかけた。謝罪する」 ……金髪覗き男の同僚だったか……「今、森の中彷徨ってると思います。後で回収をお願いしますね?」「了解した」 さて、戻るとしますか。 男の人に再度礼をし、旅館に戻る道を歩き出した。 ……あの人も軍人かな。 そんなこんなで、一日目が終了した。*長かったので三つに分割投稿です。 本作はご都合主義&えぐい策略なしでお届けしています。