初出 2012/04/07 以後修正
─第31話─
拳闘大会。はっじまっるよー。
──────
さて。無事『四次元ポケット』を取り戻した俺。
そして、新オスティア総督に恩(?)を売った結果。ネギ達の賞金も無事取り消された事をここに報告しよう。
まあ、エヴァの賞金がメガロメセンブリア元老院の捏造によるものだったのだから、その手下とされた彼女達の賞金もすぐ取り消されてしかるべきなのだから当然だろう。
結果、隠れて進む必要のなくなったネギパーティーと、おおっぴらに連絡も取れるようになり、かつ連絡のつかなかったクーとマンガ少女のパルを回収してきた朝倉君一行と合流。
刹那&明日菜組と木乃香&楓組は途中合流し、自力でこちらまで移動して合流。
残った本屋ちゃんは元々賞金首でもなく、他の子も解除されたので、お仲間パーティーと共に、無事祭りのある新オスティアの方へと向っている(仲間パーティーが送ってくれるというので、迎えには行かない)
祭りの方は、大暴露大会などがあり、メガロメセンブリアが大揺れに揺れたが、総督様の尽力により、通常通りの開催となっているので、問題はない。
あの暴露大会の大混乱を外から見ている分には混乱していないように収めているんだから、あの総督様すげぇや。
そして、メイドさん達は、100万ドラクマを支払って無事開放されました。
超が奴隷ながらしっかり稼いでいでくれたお金プラス、『ポケット』の中で眠っていた貯金で。
貯金は、すごかった。こっち来る前に預けておいた『フエール銀行』が火を噴いて、魔法世界の通貨、キャッシュで一兆ドラクマくらいが、マジで溢れました……
『フエール銀行』
銀行の形をした道具。
これに現金を預けると、1時間に1割(複利)で利子がつく。計算上では10円を1週間預けるだけで約9千万円になる。
定期預金だとさらに利子が高く、1ヶ月定期は利息1時間2割、1年だと5割。ただしこの定期預金は中途解約が不可能。なので、金を下ろすには満期になるのを待たなければならない。
銀行強盗を防ぐため、フエール銀行を壊そうとした者を電撃で撃退する機能も内蔵しているので、ここに強盗に入るのはおススメできない。
預けるだけでなく金を借りる事も可能だが、利子は1時間2割とかなりお高い。その上返済しないと利子として1時間ごとに身の周りの物がどんどん消えてしまうのでお借り入れは計画的に。
予定より、三週間くらい長く預けてたからなぁ……
これで無事全員……
「しくしくしく……」
……あ、すまんカモ。
「いいんだいいんだ、俺っちなんて……」
大丈夫。ちゃんと思い出して回収しただろ?
「拾ってくれたの朝倉の姉さんですがね!」
「悪かったって」
「お詫びとして、ネギの姉さんとパクティオをー!」
「却下」
「しょぼーん」
なんて事があったりしたけど、ひとまずオスティア終戦記念祭のはじまる新オスティアまでやってきました。
祭りも近づき、活気づいてる都です。
そうそう、『四次元ポケット』が戻った俺だけど、ゲートの方はまだ直していない。
ひとまずどこからも要請はないし(当たり前だけど)、ゲートを直してしまうと、フェイト達が計画を断念して地にもぐってしまう可能性があるから。
あいつらを倒しても、その意思を継いだ次代のあいつらがいたなんてなったら洒落にならない。
ここまできたら、あいつらの計画をちゃんと頓挫させておかないと、気分も悪いからね。
そして、ネギ達もフェイト達との決着は手伝いたいと言ってきた。
ここまで関わってしまったのだから、いまさら帰れとも言えないし、ラカンが「ここまで来ちまったらしかたねぇ」と、過去の因縁。『赤き翼』とフェイトの所属する『完全なる世界』の関わりを自主映画として見せてくれたおかげで、もう帰れと言っても帰らないだろう。
ちなみに映画は、性別が一部入れ替わっていただけで、内容は俺の知っているラカンの映画そのままだったわさ。
今本屋ちゃんが欠けているけど、合流したらまた見せてくれるって。
だもんで、明日菜君とかも「ここまで関わったんだから、最後までいるわよ!」って息巻いてた。
やる気になった彼女達に、俺とエヴァは顔を見合わせて、ため息つくしかなかったわけさ。
「でも、頼りにはしてるよ。今度俺がああなったら、止めてくれ」
「はい!」
俺の言葉に、ネギが自信を持って答えてくれたのが、印象的でした。
──────
「……ネギ、あんたなにかかわった?」
「え? まだ一ヶ月たってないのに、そんなかわりませんよ」
これは、合流した時の、ネギと明日菜の会話。
「ううん。なんか、より安定した感じがする。無茶、しなかったでしょうね?」
「はい。大丈夫です。皆さんに心配をかけるような無茶はしていません。新しい呪文はいくつか手にいれましたけど!」
拳を強く、ぎゅっと握った。
「ホント!? 凄いじゃない」
「……あ、でもですね」
「なによ?」
「これ、明日菜さんの能力と、ものすごく相性悪いんです。たぶん、仲間はずれになっちゃいます」
「なにそれー!?」
「ですから、その時は、僕を守ってくださいね。逆に言えば、アスナさんは、自由に動けますから」
ネギは、そう明日菜に微笑んだ。
「……ふふ、当たり前じゃない。私はアンタの、一番のパートナーなんだから!」
ソレを見た明日菜は、嬉しそうに笑っていた。
ちなみに、ネギの得た呪文の一つは、闇の魔法と同じように、体に呪文を装備すると、今は記憶にとどめておいてくれればいい。
──────
そして祭りの前日。
本屋ちゃんことノドカちゃんパーティーご一行が到着し、お別れして彼女が合流。
ここにネギパーティーが全員集合したのだった。
「さて、と。全員そろったところで」
豪華で小さめの宿を一つ貸切り、その一室に皆が集ったところで、俺がちょっと音頭をとらせてもらった。
説明する事は二つ。
一つは、敵の狙いが俺の力。『ポケット』かもしれない事。
いざとなったら、再び封印する可能性がある事を伝える。
二つ目は、明日菜君が狙われるかもしれないという事。
「へ? 私?」
突然名前を挙げられた彼女は、びっくりするしかない。
黄昏の姫御子という事情を知っているエヴァ、ラカン。それに、ネギも聞いていたのか、複雑な顔をしていた。
ラカンの映画では姫御子の事はぼかされていたため、他の子はなぜかわからないだろうけど。
「敵が元々の計画を実行しようとすれば、その時必要になるのは、君のレアスキルなんだよ。だから、君も狙われる可能性が少なからずある」
20年前と同じ事をやるなら、完全魔法無効化を持つ彼女が必要なのだそうだ。実際原作でも誘拐されているし。
「まあ、確率で言うなら、9対1くらいだがな」
エヴァが補足してくる。
「ま、そりゃそうよねー。あっちに比べたら、私のなんてたいした事ないし」
「ねーちゃんのスキルも激レア中のレアやけどな。にーちゃんの方はレアっちゅーか、別次元やけど」
まあ『俺』。は凄くないけどな。
「……へこむからやめてよぉ」
「ほめてるんやでー」
「そうやでアスナー。褒められとるんよー」
「全然そうは聞こえないわ!」
コタローに木乃香にきーっと声を上げる。
「ねーちゃんが怒ったー」
「アスナおこったー」
追いかけっこ、はじまる。
「当然、賞金が取り消されたからと言っても、まだ知らない人間もいるし、他の危険もあるから、この祭り中はまだまだ注意を怠らないようにね」
そんな女の子を尻目に、俺は残った子達に注意を促した。
「はーい」
女の子達が素直に答えてくれた。
「それでは、門限を守り、残りは自由時間。ラカンの映画、ノドカ君に見せるなり好きにしなさい。では、解散!」
ぱんぱんと手を叩き、この堅苦しい注意事項は終わった。
かぽーん。
「あー、いい湯だ……」
一息ついて、宿の大浴場に俺は一人で入っていた。
当然男湯である。今日はこの宿お金の力で貸切なので、いるのは俺一人だ。
念のため小さいが警備が行き届いて、風呂が豪華なところを見繕って借りたのだ。
警備は刹那君とかの案で、風呂は俺の意見。
そして新オスティアの名物は、旧オスティアの遺跡だけではなく、温泉でもあるというのだ!
そう、温泉!
温泉。風呂。温泉ですよ風呂ですよ。お風呂大好きな俺としてはもう、ほおっては置けないでしょう!
この宿の温泉の特色は乳白色のにごり湯。
まったく透明度の無い真っ白の湯。
透き通った温泉も悪くないが、こういうのも風情があってすばらしい……
なので、貸切!
温泉につかりまくり!
最高だねぇ……
やはり命の洗濯といわれているのは、魔法世界でもかわらないらしい……
「うあー」
また一息ついて、風呂のふちにだらーっと両腕と首をあずける。
もう言葉とも声ともつかないなにかが、俺の喉から漏れた。
ひとまず、少女達には祭りの前に浮かれた空気を少しくらいは吹き飛ばす事出来たかな……
まだなにがあるかわからないけど、祭りを楽しみたいのもわかるけど、一応注意は必要だからな~。
まあ、でも、祭りの間くらいは、気を抜きたいよね……
俺も今だらけまくりだし……
あー。癒されるー。
目の上にタオルを乗せ、だらーっとする。
「……まるで、引率の先生だったな」
俺の隣から、そんな声が響いた。
「そんなこたねぇよ。むしろそれなら、お前顧問だろ……」
「私は名誉顧問だからお飾りさ」
「……いやいや、おかしいよ。なんかおかしいよ」
うん。おかしいよ?
タオルが乗り、瞑っていた目を開……こうとしたが、やめた。
「というか、一番おかしいのは、ここ、男湯って事だよ。なにかおかしいよねエヴァンジェリンさん?」
そう。いつの間にか隣にいたすげー聞き覚えのある声。
同じ湯船にいる気配のするのは、エヴァンジェリンその人だ。
「ん? なにもおかしくないが?」
なんか凄く当然のようにいたから、思わず普通に会話してたけど、やっぱおかしいよね。
「おかしいって。なんでお前男の子のお風呂入ってきてんの?」
「あっちは小娘ばかりで騒がしい」
「あー」
あっちも女の子入浴中なのね。
恋に恋するお年頃の女の子ばっかりでもありますしね。
そりゃぁ、色々聞かれるでしょうね。映画でナギの過去見たばかりだし、俺世界にエヴァの事俺の嫁発信もしたし。
……全然女の子達の声が聞こえないのは、壁の質がいいからだと思おう。
「お前のおかげでゆっくり風呂にも入っていられん。だから、来た」
「いやいやそれおかしい。なにかおかしい。だからってなに勝手に入ってきてんだよ。ここ男湯だぞ。男湯。女人禁制」
大体部屋に風呂、シャワーついてるだろ。小さい宿だから豪華な湯船は大浴場だけだけど。
「お前しか居ないのだから、問題ないだろう。安心しろ。ちゃんとタオルは巻いていない」
「巻いてろよ! 思わず安心して目を開こうとしちまったじゃねぇか!」
タオルを目の上に乗せて完全防備していなかったら見てたぞ今!
「なんだ。見ないのか? 今がチャンスだぞ? 大サービスだぞ?」
「そのチャンスは結婚式するまで我慢なの。見たいけど見たら襲っちゃうから我慢なの。てかホント襲っちゃうぞ」
「ふっ、残念だが、お前が私を襲うなど、ありえんな」
きっぱり断言してきやがったよ。
「そんな勇気はないってか?」
「いや、お前なら必ず最高の初夜を与えてくれると確信しているからだ」
「ぶー!」
「どうした? いきなり噴出して」
くそっ、にやにやしやがって。
俺の事を信頼しているから平気だなんて言いやがって。お前にそんな事言われるとは思わなかった。襲ってきたら返り討ちだって言われるかと思ったのに。
これじゃ襲えねぇじゃねえか。いや、襲わないけど。
「ふふ、ゆっくり入っていられる風呂が恋人と一緒というのも、ある意味おかしな話でもあるがな」
「ああ。男湯に関してはもう無視なんだ……」
確かに、俺は手を出す気ないからな。我慢するからな。一番安全安心だよな。
「どうだ? 元気は出たか?」
「ああ。みなぎってはきた」
まぁ、乳白色のにごり湯だから、どーなってんのか見てもわかんねーだろうがな!
なにが、どこがとは聞くな!
「そうか。ならば……」
ざばぁと、立ち上がる音がした。
「私の髪でも、洗ってもらおうか」
「……なんですと?」
「だから、私の髪を洗わせてやると言っているんだ。光栄だろう?」
「ああ。確かに光栄だ。だが、俺は女の子の髪を洗うなんて、はじめてだぞ?」
「ならなおの事いいだろう。お前のはじめて、私もすべてもらうつもりだからな」
「二人風呂はすでに初めて他の人にとられちゃったけどねー」
魔法世界来る前に学園長と……
「それに関しては私も似たようなものだ。まぁ、こちらは子供の頃、家族と。だがな」
「そういう意味になると俺もかなり前に卒業してるけどな」
「つまりは問題ない。アレはノーカウントと考えれば私がはじめてだ」
第23話参照で。
「そーいうもんか?」
「そういうものだ。だから、髪を洗え」
「だから。のつながりがよくわかりませんお嬢様」
「さもなくば、私がお前を襲う」
「もっと意味がわからなくなったぁ!」
「さあ。私の髪を洗うか、私に襲われるか。どちらがいい?」
「お、お前、なんつー選択を……」
俺がどっちを選ぶかわかりきっているからってよ。
このまま風呂出て行っちまってもいいんだぞ! 行かないけど!
「しょうがないな。んじゃあお嬢様。髪の方を洗わせていただきます」
「うむ。最大の愛をそそげ」
「当然」
そんなわけで、エヴァを先にシャワーの前へ座らせて、そこから俺がそっちへ向かう事に。
一応、タオルは腰に。
やり方を聞きながら、エヴァの髪を洗う。
「お前の髪、綺麗だよな」
「当たり前だ」
わしゃわしゃ。
透き通るような白い肌。水をはじくこの艶やかな髪。
「肌も綺麗だ」
「当然だ」
しゃかしゃか。
首から肩。そして背中へと流れる少女の曲線。
「……」
凹凸のない少女の体に興味はないはずなのに、エヴァンジェリンという女の体と認識するだけで、なぜかとても肉感的に見えた……
ごくり。
思わず、喉が鳴った。
「……ふっ、欲情したか?」
「……ノーコメント。それ以上そこに踏みこんできたなら俺は舌を噛み切ってやる。いいな。言うな。お願いな」
「そ、そこまで必死にお願いされたのなら仕方がないな。追求はしないでやる」
「そりゃもう必死だ」
なので髪を洗う事に再集中。
集中集中。
「流しますよー」
「ああ」
わしゃわしゃしゃ。
「さらに洗いますよー」
「……」
わっしゃわ。
「かゆいところはありませんかー?」
「……ない」
なでなで。
「……」
「……」
じゃぼんぼん。
「……」
「……んぅ」
あわあわ。
「……」
「……んっ」
洗うと、時々変な声が上がるの。
「気持ちいいですかー?」
「あぁ」
「そっかー」
「っ! い、いや、そんな事ないぞ。違う。もっと、もっと丁寧にやれ!」
「はーい」
そっか。気持ちよかったか。頭洗われるの。
思わず本音が出るほどに。
「ふふ」
「ちっ……」
でもこれ以上は追求しない。
喉が鳴った件を蒸し返されたりしたらたまったもんじゃないから。
綺麗に洗い終えて……
「さてお嬢様。これでよろしいですか?」
「うむ。ご苦労だった」
「んじゃあ俺、湯船に戻るわー」
きびすを返そうとする……
が。
「まぁ、待て。折角だ。今度は私がお前の背中を流してやろう」
「……マジ?」
思わず、足が止まる。
「魅力的だろう?」
「うん。魅力的過ぎる。無理。ダメ絶対」
「ふふ、どうした?」
俺の背中でまた意地悪そうな顔しているのが思い浮かぶ。
「どうしたじゃありません。俺の理性の限界に挑戦するな」
「私は信じているからな」
「その信頼、今つらい! とってもつらいよ!」
つーか俺の事いじって楽しんでいるだろう!
「わかっているじゃないか」
心読まれた。
「だからダメ! 俺お前が来る前にもう体は洗ってるから! 俺の我慢の為に我慢しなさい!」
振り切って、俺は湯船へ!
ざぶーん。
「まったくもったいない事をしたぞ。今なら背中に当ててやったものを」
また隣に、エヴァが当然のように入ってきた。
で、伝説の当ててんのよやろうとしていたのかぁ!
それはもった……いやいやいや!
「……いや、それはやったらアカンて。俺の理性の限界超えるって」
再び、目隠しタオルで風呂のへりに頭をのせる。
隣にほんのり上気した肌の恋人がいるってだけでやヴぁいのに。
湯が透明でなくて本当に良かった……
「だろうな」
あっはっはと楽しそうに笑われた。
「くっそー。これだから二人きりは……」
「ふふ」
見物客がいねぇと大胆になりやがってぇ!
完全に主導権を握られてしまった。
あとで覚えとけよ! そのうち二人きりの時でもあわあわさせてやるんだから!
「……ひとまずよ」
「なんだ?」
「こ……」
言おうと思った事を口にしかけ、止める。
その前に、確認しておいた方がいい事があったのを思い出したのだ。
エヴァが来たという事は、他にも人がくる可能性があると。
「今、周りに誰かいるか? 俺とお前以外に」
「……いないぞ」
俺の言葉に、エヴァの声のトーンもかわる。
俺の雰囲気を感じ取ってくれたんだろう。真面目な話をするって。
「そっか」
「私にまで確認させて、なにを言いたい?」
「ああ。この数日なにもなかったら、大会で大盛り上がりする時、フェイトの方に奇襲しかけようと思ってさ」
俺の記憶が正しければ、拳闘大会決勝前に、一度フェイトが明日菜君をさらいにくる。
計画を変更や頓挫していないのであれば。だが。
これでなにもないのなら、俺の知る原作知識はもう当てにならない。
ならば、もうこちらから打って出た方が早いと思う。
幸い、『どこでもドア』はものすごいアバウトな使い方でも可能だ。
『フェイトのとこ』でその人の居る場所へ行けるはず。
しずかちゃんのところへ行こうとして、お風呂にピンポイントで出現するのび太のごとく!
「あの子達は、ラカンに警備でもしてもらえばそこそこに安全だしさ」
「……そうか」
「ネギ達を信頼していないわけじゃないけど、いざって時、俺を手にかける可能性があるの、お前だけがいいじゃん?」
「……馬鹿な事を言うな」
エヴァの声のトーンが、また下がる。
「馬鹿な事じゃないさ。お前にだけ、頼める事だ……」
正直、そんな事させたくはない。
俺だって死にたくないし、エヴァンジェリンと一緒に生きていたい。
だが、俺があの心の『闇』に負ける可能性だって十分にありえる。
そうなったら、この『道具』を使ってなんだって出来る。太陽系すら作れるシロモノが入っているんだ。世界を無に返そうとしたというあの一味には渡せない。
今度、万が一そうなって、封印する暇がないのなら……
「……な?」
「……一応、頭には入れておいてやる。実行してやるかはわからんぞ」
「頭に入っていれば十分さ。お前なら、しっかりやってくれるよ」
「……」
凄く身勝手な事を言っているのはわかっている。
俺も、命をかけて世界を守るとか、そんな自己犠牲をするつもりはさらさらない。
でも、俺の持っている力は、世界の命運を、簡単に左右出来る力だから……
「当然俺だって、負ける気はないからな。万が一。億が一の可能性の時だ。だから、そんな……」
悲しそうな声を……と言おうとしたその時。
「いや、嬉しいのさ」
俺の予想を超えた言葉が、返ってきた。
「え?」
「これほどお前に頼られるという事が。弱気な台詞を、言ってもらえるという事が、とても嬉しい。お前は、なんだかんだ言って、最後の最後まで、強がりを通すからな」
俺の隣で、微笑んだ雰囲気を感じた。
この時俺が、目を開いていたら、隣で一筋のうれし涙を流すエヴァンジェリンを見れただろう……
「そんなお前が、私だけに弱音を吐いてくれた。私を支えに選んでくれた。私は、お前の支えになっている。これほど嬉しい事は、ないぞ?」
その声は、とてもとても、嬉しそうで、優しい声だった。
「だから、お前がどれほど深い闇にとらわれようと、今度は私が助けに行く。闇の中から、お前を救い出してみせよう。なぜなら私は、あなたの伴侶だから……世界で一番、あなたを愛しているから……」
「……」
思わず、俺、動き止った。
「?」
小首をかしげたのが分かる。
「……あぁ、ダメだ。風呂、出る」
声のトーンをおさえ、問答無用で、腰にタオルを巻いて湯船から脱出する。
「ど、どうしてだ?」
「これ以上お前と一緒に居ると、お前をもっと好きになる。お前を、マジで求める。だから、逃げる」
正直、さっきの言葉の時、顔を見ていたら、多分やばかった。
理性の鎖引きちぎってた。今ですらやばい。
『あなた』とかやべぇだろ。破壊力ありすぎだろ。
今、俺の嫁を直視出来ない。見たら、確実に終わる。この物語。発禁的な意味で。第2部完!
ふらふらと、脱衣所へ移動する。
その扉を開けたところで……
「……お前、俺の最高の伴侶だと思うよ。お前がいれば、俺は無敵だ。俺の事、好きになってくれて、ありがとな。だが覚えとけよ。解禁したら、たぶんすげーぞ」
そう、扉に手をかけたまま、振り返らず言う。
「……そちらこそ、私の事をこれほど愛してくれて、感謝の言葉もないぞ。だが、その時は、私の方こそお前を骨抜きにしてくれる」
すぱっと笑顔(多分)で切り替えしてきやがった。
はっ、他人には聞かせられねぇ会話だこれ。
からからからと扉を閉め。俺は、着替えて部屋に戻った。
その日は、そのままベッドに倒れて、頭を抱えて悶えてから、朝まで熟睡コースだった。残念な事に、夢も見なかった。
でも、すげぇ幸せだった。
──────
一方、男湯に残されたエヴァンジェリン。
「くうぅぅぅ」
彼女は一人、嬉しさのあまり悶えていた。
今まで頼られた事はあったが、本気で弱音を吐いてくれた事はなかった。
力を失った時、不安になったのはあった。
だが、あの時は力を失った無力さからだ。
私の足手まといになるという事からだ。
今回は、違う。
いつも強気で、堂々として、一人でなんでも解決してきた男が見せてくれた、弱さ。
彼が、私にそんな姿を見せてくれた。これほど嬉しい事はない。
そしてなにより、私と居れば無敵だとまで言ってくれた。
私は、彼の支えになれた。
はじめてづくしの今回の一件で、最大のはじめて。
それはもう、嬉しさのあまり、悶えもする。
「しかもこれ以上いると私を求めるって。きゃ~!」
それは確かにまずい。嬉しいがまずいぞー!
思い出したらもう悶えるしかない。
「……なにやってんだお前?」
そこになぜか入ってきたラカンが、そんなエヴァンジェリンを見て、あきれたようにつぶやいた。
手にはなぜか、タオルとヒノキの桶。
「なっ!? 貴様なぜここに入ってきた。ここは男湯だぞ!」
「お前だって同じじゃねぇか。唯一の男が部屋に戻ったの見えたからな。今ならここ、貸切の貸切だろ?」
「……ああ、そうだな。その通りだ。私も同じだ」
「広いからって泳いでんじゃねえよ」
けらけらと笑いながら、体を洗うために蛇口の前へと向い、座る。
「ふん」
なにか勘違いしたようだが、下手な詮索をされるよりはマシだとエヴァンジェリンは考え、それ以上の言い訳はしなかった。
わしゃわしゃと泡を立て、ラカンが体を洗いはじめる。
「……つーかさ」
泡だらけのラカンが、口を開く。
「なんだ?」
「お前、甘くなったなよな」
「いきなりなにを言い出す。そんなわけあるか」
「いや、精神的にじゃなくて、なんつーか、物理的に。お前等見てると口から砂糖が出そうだ」
「……見ていたのか!?」
「え?」
ラカンの手が思わず止まる。
「……」
エヴァンジェリンは見られてもいないのに思わず視線をそらした。
「ははぁ。風呂でもヤってたのかよ」
「まだやってない!」
「……」
「……」
沈黙が訪れる。
(自爆したっ……!)
思わずがくりと肩を落とすエヴァだった。
人が居なければ湯船で膝を突いていただろう。
「ははっ、なんだよ。まだキスしかしてねぇってか?」
あの処刑事件の夜、テラスでちゅーしているのをラカンはとーぜん隠れて見ていた。
「ふん。あいつと私が、それでいいと考えているのだからそれでいいんだよ」
平静を取り戻し、言い返す。
「なんでぇ、おあずけか?」
「あいつが言い出した事だ。結婚まで手を出さないとな。我々は身持ちが固いんだよ」
そして、自分も、望んでその日を待っている。
「なのに一緒に風呂入ってんのか。わけわかんねぇな」
HAHAHAHAHAと笑いながら、ラカンは体を洗っている。
「二人でソファに座ってテレビを見るのと同じ事だ。それに、ここでは二人きりになる機会が限られているからな」
さっきはちょっと気分が盛り上がりすぎたが、まあそれは二人だけの秘密だ。
「あー」
今も隣の風呂で大騒ぎをしているだろう思春期真っ只中の嬢ちゃん達の存在を思い出し、ラカンは思わず苦笑した。
あの年頃の女の子に色恋は最高の推進活性剤だから。
にしてもここ、隣の音まったく響いてこないな。いい風呂だ。
そういやあいつがここ選んだんだっけか。と思い出し、ラカンは少し感心する。
まあ、隣の声が聞こえるというのも、一つの風情ではあるが。
「お前、やっぱかわったよ」
「人間になったからな」
エヴァは、その言葉にうなずき、その手で風呂の水をすくいあげる。
乳白色の液体が、エヴァンジェリンの玉のような素肌を滑り降りた。
「そーいう意味じゃねぇが、まぁ。マジで人間になってんだもんな。ホントとんでもねぇや」
体を洗い終わり、そうしているエヴァの前に現れたラカンが、それを見てにっかりと笑う。
「その上ナギのかけた登校地獄まで解いて、挙句には世界相手に無罪放免を実現させた……」
600年の闇を背負ったその所業を理解しながらも、それでもその人を愛すると言い、さらには一度殺されるも、その愛しい人の声で蘇り、助けにまで現れた。
「……トンでもねぇな。言ってて頭痛がしてくるぜ」
思わずラカンもこめかみを押さえた。
どれをとってもありえねぇの連続。それを一人の女の為に全て実現させ、彼女の背負っていたその闇を、その業を、全て背負って消し去った男……
「お前が惚れこむわけだ」
「やらんぞ」
エヴァンジェリンがにやりと笑う。
「馬に蹴られて死にたかねーよ」
やれやれと肩をすくめる。
(まあ、その実力の方には興味があるけどな)
ラカンが知るのは、分裂して力を失っていた時の状態のみ。本当の実力がどれほどかは、まだ計りかねていた。
ラカンは湯船にその身を沈める。
「かー、やっぱオスティアの温泉はいいな」
思わず声が漏れた。
「もう少し静かに入れんのか貴様は……」
エヴァにため息をつかれたが、ラカンは気にしない。
「……」
言われて黙ったラカンが、エヴァンジェリンを見る。
「……なんだ?」
「お前、綺麗になったな」
「アルと同じような事を言うな」
「マジか」
「ああ。マジだ」
学園祭の時、アルことアルビレオ・イマ。クウネル・サンダースにも言われた。
「かー。俺ももうトシだな。ははは」
「笑うところなのかそれ?」
「……いや、なんつーかな。幸せか?」
「ああ。今は幸せだ」
「そーか。なら、いいんじゃね?」
「いいとはなんだ。お前がなにを決めているというのだ」
「はは、まったくその通りだな」
けらけらと笑うラカン。
ああ。俺が心配するような事じゃねぇや。
あいつの中に、なにが居ようと、外からなにがあろうと、お前等二人なら、どーにでもなるさ。
むしろ、そいつらが哀れになるな。
この二人を敵にした挙句、あの砂糖を吐きたくなるような光景を見せ付けられるんだから。
ラカンは思わず、当面の敵である『完全なる世界』の残党。フェイト・アーウェルンクスに少しだけ同情した。
ま、そっちよりも問題は、あのゲートを破壊させたってヤツの方か……
──────
次の日。
オスティア終戦記念祭がはじまった。
すでに腕試しの側面が強くなった拳闘大会の予選もネギ達は無事通過し、午後はオフとして、祭りを出歩く。
その前に、フェイト・アーウェルンクスが単身、姿を現した。
彼に言われたとおり、警戒し、集団行動をしていた彼女達の前に。
だが、そこには、大人は一人も居ない状況だった。
少女達だけでアトラクションを楽しみ、合流するため移動していたその時。
その、合流するまでの少しの隙。
そこを狙われたのだろう。
「フェイト……!」
ネギが、目の前に一人で現れた少年の名を呼ぶ。
楓と刹那が、明日菜の周囲に立ち、クーとコタローがその他戦闘力のない子達の近くへ立った。
「ひさしぶりだね。ネギ君。京都以来、ずいぶんと強くなったみたいだ」
ゲートポートでは結局顔をあわせて会話をしていない。ゆえに、ネギとの因縁は、京都以来だった。
その時から見れば、その強さが段違いなのは確かである。
「安心しなよ。そんなに警戒をしなくても、こんなところで暴れたりはしない。いまや僕達の方が追われる身だからね」
そう。ネギ達の賞金が消えたかわりに、フェイト達『完全なる世界』の残党が逆に指名手配される事態に陥っている。
だが、その彼等が、この喧騒の中で周囲の人達を盾に暴れない限らない。
ゆえに、その言葉を信じて警戒を解くような事はなかった。
しかし、ネギ達も無理をする必要はない。超と茶々丸の手によって、この事態はすぐにエヴァンジェリンとラカンへ知らされるだろう。
そうすれば、彼がやってくる。
どれほど喧騒があろうと、その気になれば言葉一つでフェイトをとめられる彼が現れれば、いかに周囲を人質にしようと関係はなかった。
「そう。時間がないからね。早速用件に入らせてもらうよ」
当然フェイトもそれは理解している。これは、誘いだ。わかっていて乗った。一応足止めの者を使わしたが、足止めになるかどうかもわからない。
ゆえに、一定の距離を保ったまま、フェイトは口を開いた。
「彼が復活した今、僕の計画が破綻する事が目に見えてきた。このままでは、遠からず僕達は壊滅する」
「わかってんじゃないの。なら諦めて降伏しなさい!」
明日菜が降伏を勧める。
「だから、彼を打ち倒すために、力を貸してくれないか?」
だがフェイトはその言葉を無視して話を進めた。
衝撃の言葉を持って。
「っ!?」
ネギにも一瞬動揺が走る。
「こ、このっ……!」
「あ、明日菜さん!」
思わず飛び出しそうになるが、それを刹那が止める。自分達が暴れてどうするのだ。
「君の成長は、目を見張るものがある。かつての大戦で我が主を倒した英雄の娘。それならば、同じ存在である彼をも打ち倒す事が出来るかもしれない。そう。僕は君に、期待をしているんだ」
「なに馬鹿な事言ってんのよ! 大体アンタ、あの体操ったヤツの仲間なんでしょ!」
むきーっとハリセンを振り上げ、暴れようとするのは、刹那に抱きつかれとめられている明日菜。
ちなみに今ハリセンなのは精神的に激高しすぎているから。あと本能的にこの場で刃を出すのはマズイとわかっているから。
ネギも同じ事を思った。あの人の体は、彼等の『主』が宿りえる、ヨリシロのはずだ。
それなのに、なぜ彼を倒すと言う。
「そうだよ。あの時のアレは、僕の主だ」
そのフェイトの言葉に、再びその場に衝撃が走りぬけた。
「っ!? なら、なぜ……!?」
ネギも、動揺は隠せない。
ラカンに聞いた話では、彼等はその主に忠実なコマのような存在だったはずじゃ?
「なぜ、というには、多くの説明を要するけど、簡単に表現出来る言葉はある。凄く、チープな言葉だよ。一言で言い表すのなら、『気に入らない』だからね」
それは、あまりにもシンプルな理由だった。
「彼の力は強大だ。僕が進めてきた計画を一瞬にして無意味にする。しかも、僕達より軽快に、それを実行するだろう」
「計画? 君の目的とは、なんなの、フェイト?」
ネギの問い。それにフェイトは、あっさりと答えた。
「……この世界の救済だよ」
「救、済……?」
これもネギ達には衝撃だった。
しばらく前にラカンが言ったのは、この世界を消滅させる気だったとか、世界征服だったんじゃね? とかいう話だったし、自主制作映画の中では世界を無へ帰そうとしていた。
なので、まさかその逆の言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「本来ならば、そこにいる彼女の力を使い、膨大な魔力を使用して行う儀式がある」
刹那に押さえこまれたままの明日菜を見る。
「わ、わたしぃ……?」
やっぱりホントに私なの? という声。昨日9対1でないって言ったじゃないのといった非難の声でもある。
黄昏の姫御子。明日菜の力である完全魔法無効化能力。それを触媒とした、この世界の消去。
そこからの理想の世界への移行。それが、フェイト達の目的。
「だが、そのような事をしなくとも、彼の力ならば、この世界を救えるだろう」
この、滅びゆく魔法世界そのものすら救う事が出来るだろう。
「いい事じゃない。手間かからないなら」
明日菜が素直に言う。
周囲の者も、それに同意する。
「だから、気に入らない。あとから現れ、全てを覆す。まるで、デウス・エクス・マキナだ」
「でうすえくすまきな?」
当然わからないのは神楽坂明日菜。
「『機械仕掛けの神』という意味です。古代演劇で、都合よくハッピーエンドにする存在、もしくはその展開をさして使われた言葉です」
注釈をいれてくれたのは元祖オデコ、ユエ。
「へー。別にいいじゃない。ねえ?」
「はい」
その明日菜の言葉に関しては、刹那も同意する。
「だからネギ君。僕に力を貸して、彼を倒すのを手伝って欲しい」
「なんでそーなんのよ! さっきから意味がわかんないわよ!」
「あああ明日菜さん! 落ち着いて。落ち着いてー!」
またむがーっと暴れようとする明日菜を、刹那が必死に止める。
だが、気持ちはわからなくもない。
「つまるところ、折角まかされたプロジェクトが、よりよい方法が見つかったからっていきなり潰されるのが気にいらねーって事か?」
千雨が、思わず思っていた事を言ってしまった。
「そうとも言えるかもしれないね。実際にやめろとはまだ言われていないけど」
あっさりと肯定する。
「……おいおい」
ただのガキの言い分じゃねーのか? とか思うが、それは口に出さない。怖くなってきたから。
「理由は他にもあるよ。アレが、僕の主だとは思えないという事もある」
「? どゆことネ?」
今度は素直なクーが素直に聞き返す。
「確かにアレは、僕の主だ。あのゲートで彼の中に現れたのは、主以外にはない。それは確実だ。だが、ナニカ違うのさ」
「なにそれ? またわけのわからない事を!」
「そうアル!」
(……いや、その感覚って、オメーラが一番得意とするとこじゃねーのか?)
なんて千雨は思わず思った。
「その根拠は?」
その感覚とは一番縁遠いネギが聞いた。
「ただの、勘さ」
そう。明日菜やクーが一番得意とする分野……
「君が勘なんて言葉を使うとは思わなかったよ」
ネギも、素直にその事を伝える。
「そうだね。自分でも意外に思うよ」
「でも、そんな話を聞いて、僕がイエスと言うと思った?」
「どうだろうね。でも、感じているんだろう? いつか必ず、彼と相対しなくてはいけない日が来ると……」
「「っ!」」
それは、その場にいた全員が、つかれた図星だった……
ありえない事ではない。
だから、みんな力をつけてきた。
次は、あのような無力な事はないように……
だが……
「そこまでわかっているのなら、なおイエスとは言わないとわかっているはずだよ? そんな事は、ないんだから」
ネギが、断言した。
ネギは、あの人なら、次は負けないと思っていた。
これは、勘ではなく確信。
エヴァンジェリンが隣にいる限り、その次など起きないという、確信。
「そうかい。なら残念だね」
交渉は決裂。ならば、この場に用はない。
と、フェイトは、くるりときびすを返す。
「でもフェイト!」
ネギが呼び止める。
「……なんだい?」
だが、その足は止まらない。
ゆっくりと、ネギ達から遠ざかっていく。
「君は、その計画が終わったら、なにをするんだい?」
それは、潰えても、成功に終わっても。どちらにしても。だ。
「……さあ? 僕はね、主への目的意識、忠誠心が設定されていない。だから、こんな行動も出来る。でも、それがなくなったら……なにをするかなんて、考えていないよ」
あるのは、その計画を達成するという目的だけ。その先の事など、コマである自分は考えてもいない……
ただ、その言葉を発したフェイトの、その表情は、彼女達からは、見えなかった……
「そう。なら……」
この場にいた誰もが、想像だにしなかった事を、ネギは、言った。
「……僕と一緒に、『立派な魔法使い』を目指さないかい?」
場に、新しい衝撃が、走り抜けた。
思わず、フェイトの足も、止まる。
「ぷっ……」
思わず笑ったのは、超。
天才の彼女の予想すら超える、一言だった。
かつて自分も同じような事は言われた事がある。まさかそれと同じ事を、同じく敵対するフェイトにも向って言うとは思ってもいなかったからだ。
今までの事を考えれば、無謀極まりない。
だが、それは、思わずなにかを期待させてしまう一言だった。
「君が意地になるのは、それしか目的を知らないからだ。世界の救済をしたいのなら、もっと別の方法もある。人を助ける仕事もある。本当に世界を救うために動いていたのなら、あの人と戦う必要もないよ」
すっと、手を差し出す。
「そして、目的が一緒なら、僕達は手をとりあえるはずだよ」
さらに、そう、つけくわえた。
笑顔を持って。
振り返った白い髪をした少年は、驚いたように、ネギを見た。
そして、小さく笑う。
どこか、楽しそうに。
どこか、寂しそうに。
「……残念だけど、僕はまだ計画を変更するつもりはない。君と手を取り合う事もない。僕の計画を潰えさせたいのなら、僕を倒す以外にない」
「……ほんっとに、意地になってんのね」
その計画とはつまり、自分を利用するわけなので、人事ではない明日菜が、嫌味をこめて言う。
「なんとでも言うがいいさ。これが、僕の意思だ」
そして、フェイトの体から、プレッシャーが放たれる。
交渉決裂による退散から、この場で黄昏の姫御子を奪う事に変更したのだ。
少女達も、臨戦態勢を取ろうとする。
「……なかなかおもしれぇ事になってんな」
「っ!」
次の瞬間。フェイトの背後に、ラカンが立っていた。
「話は聞いたぜ」
フェイトは心の中で舌打ちをした。
足止めに向わせた彼女達は、退けられてしまったようだ……
ラカンならば、先日入手した切り札『世界の鍵』を使用すれば、なんとかなるかもしれない。
だが、次に現れるエヴァンジェリンカップルという、この魔法世界の者ではない存在に、それは効かない。
ここで使用しても、手の内をさらすのみ。
計画の破綻を早めるだけだ。
はっきりと言って、先にラカンが来たというのは、詰んだと言ってもいい。
しかし、これまたフェイトに予想外がふってきた。
「主に逆らう理由が、気にいらねぇからか。いいな。気に入った! よし、俺はこっちにつくぜ!」
にやりと笑って、右親指で自分を指差し、フェイトの肩に、ぽんと手を置いた。
「なにほざいてんだあんたはー!」
「なに言ってんのよあんたー!」
つっこみ担当千雨明日菜ーずが思いっきりつっこんだ。
だが、そのつっこみを持ってしてもそれは止められる事はなかった。
「俺はよ、こいつと組んで、拳闘大会に出る。勝った方の言う事を聞くって事にしようや。お前もアイツと出て、この大会を、世界を賭けた戦いにしようぜ」
にやりと、そして豪快に。
凄く楽しそうに。
伝説の拳闘士は、無茶苦茶な事を言い出した。
──────
……どうしてこうなった。
俺は、うつろな目で、その場に立っている。
オスティア終戦記念祭六日目。
拳闘大会ナギ・スプリンフィールド杯決勝戦。
大闘技場が模擬合戦開催形態に変形し、中央アリーナ部分の直径は300メートル。12万人もの観客を収容出来るように変化した巨大闘技場。
はるか天高くにそびえ立つ、つわものどもの祭典会場。
そのファイナルステージの大舞台に、俺は、決勝トーナメント決勝進出者として、その場に立っていた……
「どうしてこうなった……」
もう一度、この世界的謎について、天に問うてみた。
だが、答えは返ってこない。
回想。
あの日、ラカンが勝手にフェイトと組んで拳闘大会に出るとか言い出した。
マスターランクのつっこみを持つ明日菜&千雨ちゃんのつっこみを見事にスルーし、到着した俺とエヴァに向って、さらに挑発をする。
そしたら。
「いいんじゃないか? お前の強さ、そこの自信過剰な女に見せつけてやれ」
とエヴァンジェリンまで賛成しやがった。
「アホかお前がやれ」
「私の強さはヤツも知っている。お前の強さを知らしめるというのに、それでは意味がないだろう? ヤツも一度、お前にコテンパンにやられてしまえばいい」
ふふっといたずらっぽく笑った。
俺をラカンに自慢したいって事ですかー!?
まーた買いかぶりやがって……
さらになぜかネギ達は乗り気で。
勝てば協力が得られますよ。とか。
そうすれば、敵の内情が聞きだせます。とか。
その計画が中止に出来れば平和になります。とか
メリットを色々並べてくる少女達もいた。
そのあたりはね。『道具』を使えば問答無用で聞き出せたりするから。戦う必要ないから!
そりゃあ、フェイトをこの地に完全に拘束出来るのは大きいし、勝てばネギの仲間になる可能性もあったりするのなら、願ったりだ。
ついでに、俺に牙を向いているという事は、俺の中のアレに対しても敵対するって事だ。
なら、仲間に出来る可能性にかけた方がまだいいって事でもある。
というか俺の戦いが見たいって奴等が多いだけなんだろうけどな!
麻帆良祭の時結局戦わなかったから!
今は、俺と互角に戦える(と思われる)相手がいるから!
だから、そんな期待した目でみんな、俺を見つめてこないで……
「つーか、コタローどうすんのさ」
コタローなんてネギが修行している間ずっと予選がんばってたのに、本戦は俺と交代とか、不憫すぎるだろうが!
「に、にーちゃんが俺のかわり。それってつまり、にーちゃんが、俺! 俺のためににーちゃん! さ、最高や!」
「最高なの!?」
むしろ大喜びされました。なんでや……
んで、俺出場の件は、コタローの代理って事になって(ネギの代理をトサカがしてたみたいに)、決勝トーナメントなのに、そこいらの細かいルールや手続きなんかはラカンの伝説の拳闘士権限で全部無視されたの……
というかいつの間にか世界の命運を賭ける羽目になってたので、逃げるに逃げられなくなったのよさ。
ラカンにいたっては、当初予定していたはずのカゲタロウの試合にフェイトと乱入する形で、カゲタロウごと相手をぶっ倒して強引に参戦する形にしやがったのよ。
いいのかアレ? 元々あの人と参戦する気だったんだろ? まあ、いいんだろうけど。
どこまでフリーダムなんだあのおじょーちゃん。
てか実はラカンこの大会の出資者の一人とかいう噂聞いたけど、マジ?
ちなみに、一度は正体を隠してジャスティス仮面再びをやろうとしたのだが、プロフィールとか全部主催者側に流されてて、仮面をかぶっているのにスクリーンには正体バレバレという、最悪の覆面ヒーロー正体暴露状態になったりした。
アレは、マジで、恥ずかしい……
俺、この姿で出るって、正体秘密って言ったのに……!!
俺の黒歴史に、また輝かしい栄光が、一ページ。
誰か、俺を、殺してくれ……
フェイトの気配を感じた。
やっぱ死にたかねぇや!
『さあついにやってきました拳闘大会決勝戦! 最初に姿を現したのは、皆様の記憶にも新しい、先日あの大暴露大会のキャストとしても存在し、その混乱の責任をとり王位継承権を辞退した稀代の元王子! さらにはあの偽エヴァンジェリンの婚約者であると高らかに宣言した、話題の存在だー!」
アナウンサーが、ノリノリで俺の選手入場をアナウンスする。
わあぁぁぁぁぁぁぁ!!
歓声があがる。
話題性たっぷりだからって、そんなに俺の事を説明するなー!
せっかくクルト総督を前面に出して注目から逃げていたというのに! これで再注目じゃないか!
しかもニセナギことネギと一緒に出場してるから、偽エヴァンジェリンとニセナギとの三角関係とか面白おかしく報道される始末……!
俺だけ、俺だけ変装した姿じゃないなんて、理不尽なっ! りふじんなっ!
俺は、静かに暮らしたかったのに……
がっくりと、膝を突いた。
「おいおい。何回やるんだよ。もう決勝だぞ」
試合で紹介されるたび、こうして同じ事を毎回やってます。
おめぇが参加させたからだよ! バラしたからだよ!!
『そして、おなじみ伝説の拳闘士ー!』
わあぁぁぁぁぁぁぁ!
わあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
その顔がフィールドに現れたとたん、大歓声が上がった。
俺の耳にはもう、その紹介すら聞こえない。
さすがにすごい人気だ。
『噂によると、この元王子と戦うためにこの拳闘大会に参加したとかいう話もありますね』
『私としては、そうではなく、あ、今入場してきたナギ選手の正体を確かめにきた説を押しますね』
歓声がやっと途切れ、聞こえてきたアナウンスが語るように、次に入場するのは、俺のパートナー。ナギ。
ぎりぎりまで修行していたみたいで、下手すると遅刻で俺一人で戦う事に? とか思ったけど、なんとか間に合ってくれた。よかったよかった。
うわああぁぁぁぁぁぁあぁ!
ワアァァァァァァァァ!!!
こちらも、大変な歓声にございます。
『次に姿を見せたのは、今拳闘界でもっとも話題の新人! それは伝説の生まれ変わりか、はたまたただの偽物か! 謎が謎を呼びながらも、ついにここまでやってきた! それは伝説対伝説なのか、それともただの消化試合なのか!! その疑問は、今日、この場で解き明かされます!!』
アナウンサーも大絶叫。
ノリノリですね。
『いやー、突然コジロー選手と交代した元王子と伝説の生まれ変わり。話題性たっぷりのこの二人ですが、これまでの戦闘は、ナギ選手一人で圧勝。王子の側の戦闘力はこの決勝戦までまったくの未知数! 今回こそその強さを拝ませてもらえますかね?』
『当然見せなければ勝ち目はないでしょう。なにせ相手はあの伝説の拳闘士ラカン! いくらナギ選手が強かろうと、一人では到底勝ち目はありません!』
まぁ、ネギが一人で戦ってたのは、修行って意味もあったんだけどね。
決して俺がサボっていたわけじゃないんだよ? 俺が本気ならホントに瞬殺なんだからね。うそないよ。
『さて。未知数という言葉が出たところで、もう一方の未知数が姿を現しました!』
その言葉と共に現れるのは、青年の姿のフェイト。今賞金首だから、この姿なのだそうだ(ネギもナギなので今15歳くらいの姿だよ)
『あのラカン選手が連れてきた、謎謎謎。すべてが謎の白髪の若者! その名前すら非公表と、我々アナウンサー泣かせの存在!』
『その上こちらも戦闘はすべてラカン選手任せ。おかげでこちらもその実力は未知数! しかし、ラカン選手のパートナーという事は、それ相応に期待されます!』
そしてあっちはなぜかプロフィール非公開! 差別だ! さべつだー!
いや、公開しちゃだめなのわかるけどさ!
あのおじょーちゃん俺を本気にさせるためワザとやってんだろ。疑いようないだろこれ。
『ついにそろったこの四名! これよりはじまる一戦は、伝説となるのか! はたまた、若者の夢と消えるのか! あとは皆様、ゴングを待つのみです!!』
アナウンサーの絶叫と共に、一度舞台は静まり返る。
フェイトはネギの前に立ち、ラカンは俺の前に立った。
「正直、こんな茶番につきあう必要はないけれど、あの『千の刃』が力を貸してくれるというんだ。僕としてはこの最大のチャンスを逃す手はないね」
戦力増強の上、逃げ場もなく殺してしまっても罪にはならない場を用意してくれたのだ。罪などフェイトは気にしていないが、逃げ場がなく、ラカンが味方になるというのは無視出来ない。
「させないよフェイト。これで僕が勝ったら、諦めてもらえるね?」
「敗者は勝者に従う。そうだろう?」
「うん。わかりやすいね」
ネギはフェイトに微笑んだ。
「……だが僕は、君の成長は認めているが、今はまだ、僕のレベルには達していないと判断している」
フェイトは、ラカンからネギがなにを習得したのかは聞かされていない。それじゃ面白くねぇだろ。と、情報は出してもらえなかったからだ。
なにより、決勝に至るまでの、ラカンの知らない数日で、成長もとげているだろうから。
得られた情報は今までの試合からのみ。それを踏まえても、自分を超えるにはいたっていないと判断していた。
「……」
「だから、君を戦闘不能にし、二対一で彼を殺す。それを、君は防げるかい?」
「……出来るよ。僕は、君に勝つ」
相対する二人は、ゆっくりと構えをとる。
一方フェイトの最大のチャンス発言のあと。俺は……
「まったくだよ。あほ」
ラカンに恨みの言葉を飛ばしていた。
「はっ、いいじゃねぇか。祭りを楽しめよ」
「俺は見ている方が好きなんだよ。もしくは主催者側。傍観者。裏方」
「残念お前は参加者だ。かっこいいとこ見せてやれや」
くいっと、観客席にいる少女達を。むしろエヴァを親指で差す。
「だから喧嘩は嫌いだって言ったのになぁ……」
「はっ、喧嘩じゃねぇさ」
ぐっと、ラカンが拳を握る。
「バトルだ!」
うんうん。まあ、言いたい事はわかる。
喧嘩と拳闘は違うって事よね。わかるけど、そーいう意味じゃないのよね。
でもま、戦いたくない。なんてのは今さらだ。
ここまできたら、こっちも覚悟を決めて、行きましょうかね。
相応の『準備』もしてきた事はしてきたし……
そして、戦いのゴングが、打ち鳴らされた!!
フェイトとネギが、構えを取る。
一方俺とラカンは、ネギ達から離れるように、二人で歩き出す。
『おおーとこれはー!』
『示し合わせたように、一対一の形をとったー!』
相対するネギとフェイトの間に、空気の緊張が生まれる。
ゆっくりと二人はその間合いを詰め。
その間合いが重なった瞬間。
引き絞った弓のつるがはじけるようにして。
二人の戦いが、はじまった……!!
歩く背後から、ネギとフェイトの激しい戦いの音が響いてくるのが聞こえた。
すげぇなぁ。なんであんなふうに戦えるんだ? 人間じゃねーだろ。
石と雷と風。それとぶつかりあうような音に、大歓声。
ド派手な戦いをしているようだね。
一方の俺達は、のんびりと、最初にいた位置より、100メートル近くをゆっくり歩いて移動した。
この短い時間に、あっちではどれだけの激闘が繰り広げられるのやら。
「さて、こんなもんでいーか?」
ラカンが足を止め、俺の方を見る。
「まあ、いいんじゃね? 俺はどこでも平気だし」
「余裕だなお前。なんだ? まさか女は殴れねぇなんて言わねえよな?」
「正直言いたいけど、大丈夫。あんたなら心は痛まない」
「ちょっと待て、引っかかる言い方だぞソレ」
「ちっとも待たない。全力でぶん殴る」
俺は、右拳を握った。
「いぃだろう、俺も全力でぶん殴る」
ラカンも同じく、右拳を握った。
「OKOK。んじゃあ、最初っから一撃必殺で決めようぜ。ちまちました打ち合いや腹の探りあいなんて無意味なように」
「おいおい、お客を楽しませるエンターテイメント性皆無かよ」
「俺は先日たっぷり楽しませたばっかりだからさ。今度は圧倒的強さ、秒殺ショーをお見せしようかと」
にぃっと笑う。
「ほぉ。言うじゃねぇか」
ぴきぴきと、挑発が効いている。
まぁ、頭ン中は冷静なんだろうけど、この人。
「あんたが強いのは誰もがわかってんだ。それ以上に強いってのをアピールするには、そんなあんたを楽勝。秒殺。無傷。このくらい必要だろ?」
指を一本ずつ立て、三つアピール。
「だからよ……」
相手に一撃を出させるため、再び拳を握り、両手を一度胸の前でクロスさせ、気合をいれ、力を解放する。
ドゥン!
俺の内側から、力の本流が、流れ出た。
前にも一度使った、『能力カセット』、ラカンその人の力だ。
それを、再び魅せるのに使う。
「っ! こいつは……」
さすがに気づくか。自分と同じ力。
「こいつであんたと俺は、まったく互角だ。だが、俺はここに、俺の力を加える事が出来る」
「アルみてえな事しやがって……」
(いや、さらに足せるって、ホントならアル以上かよ)
さらにラカンの脳裏には、あの闇の魔法で生まれたスーツの存在が思い浮かぶ。マジかもしれないという懸念が当然生まれる。
自分+闇の魔法+α。……オイオイマジかよ。だ。
「……後悔しないよう、全力できな。チャンスはこの一回きりだぜ? 次の拳では、あんたをはり倒してる」
くいっと手を引いた。
これで、チャンスが本当にこの一回しかない事がわかるだろう。
なんせ俺の持つのは、あんた自身の力だ。あんたが一番よく知っている。
あんたを倒すのに、小技でチマチマやりあっても、無意味。
相手も、ソレに気づいたようだ。
「いいねぇ。この格上と戦う感覚。久しぶりだぜ!」
ラカンの雰囲気が、変わる。
ざわっ……
闘技場の外へと漏れた俺とラカンの気あたりで、観客全体が震える。
圧倒的なプレッシャーに、こちらへの歓声そのものが、消えた。
『な、なんというパフォーマンス! いきなりです。いきなり一撃必殺の打ち合いー! 打ち合いを所望しましたー!』
『なんと……これは、ただの馬鹿なのか、それとも大馬鹿なのか! 見逃すわけには、いきませんな……!』
『一方の謎の青年VSナギ選手も、とんでもない事になっています! 石柱が生えています! ものすごい数の針を召喚しました! って、発動前にナギ選手くぐりぬけて殴った!? 早い。早いというか、ナギ選手雷になってませんか!?』
『なってますね。しかし、その雷の圧倒的速度を、全方位に砂の壁を置く事で防いでいます。どちらも上級魔術師も真っ青の魔法ですよ! 目が追いつきません!!』
どっちに注目すればいいのか混乱する観客なんか知った事はなく。
俺達は、目の前の相手に集中する。
この拳闘大会で、はじめてラカンが構えをとった。
『ラ、ラカン選手構えたああぁぁぁぁ!』
「おもしれぇ! いっちばん力が残っている状態で、いっちばんの一撃をくらわしてやる! その余裕、後悔しろよ!」
先手必勝!
右手に、力が集まる!!
「さいだいぃぃ!」
集まった力を、拳にこめる。
その力に、闘技場そのものが、揺れる。
「す、凄いアル」
「な、なんと……!」
「これは……」
ソレを見た、クー、楓、刹那が、思わず声を上げる。
その場から見るラカンの周囲は、力によりその像が歪んでさえ見えた……
「ラカン!」
気を最高に高め、万全の状態で放たれる、一撃。
一切の遊びも手心もない、ラカン最大の一撃!
「インパクトォォォ!!」
その光が、俺の元へと放たれた。
その一撃は、全てを破壊する、エネルギーの奔流。
ソレを見ていた者すべてが、驚愕する。
その一撃の強大さだけではない。
受けた方の予想外な行動に、全員が目玉を飛び出さんばかりに驚かされたからだ。
それは……
俺は、それを、なにもする事なく、受け止めた。
いや、受け止めるという表現は正しくない。
正確に言うと、その攻撃は、ただポケットに両の手を入れ、直立する俺の腹に……
……直撃した。
「なっ!?」
撃ったラカンですら、その光景に目を疑う。
「にーちゃん!?」
「なんと!」
観客席にいる、彼をよく知るものですら、その目を疑う光景であった。
「……」
しかしその中で、たった一人だけは、冷静にそれを見つめ、にやりと笑った。
彼に絶対の信頼を置く一人を除いて、観客全員が、その光景に目を疑った。
圧倒的な挑発をみせた彼が、防御も回避もせず、あろうことかポケットに手まで入れ、そのまま無防備に、その攻撃を受けたのだ。
予想外の事態は、さらに続く。
なんとその一撃は、爆発も、破裂も、衝撃波も起こさず、全ての威力が、彼の体に、吸いこまれたのだ……
それは、そのエネルギーを吸収したわけではない。
ダメージを散らしたわけでもない。
彼は、なんの傷も負わず、その一撃を、ただ受け止めていたのだ。
「な、なにがおきたんや……?」
コタローが思わず声を漏らす。
「ごはっ……」
闘技場の中で、動きがあった……
腹を押さえ、血を吐き、膝をついたのは、その一撃を放った、ラカンだった。
「なっ……、なにが、起きやがった……」
思わず、うめく。
ええええええー!?
観客もただ驚くしか出来ない。
理解不能である。
「いやはや、あんた、自分の攻撃の2倍のダメージをくらって、それだけなのかよ」
そして俺も、そのタフさに驚いた。
「っ!? なん、だと?」
「種明かしをしてあげよう。そうだな。名前は、宇宙忍法。倍返し。なんて言ったトコかな。あんたは、俺の防御をつきやぶれなかった」
ポケットから両手を出し、手を広げる。タネも仕掛けもございます。
にんにん。
『ば、倍返しー!? ソレはつまり、防いだだけでなく、いつの間にかダメージを二倍にして返したというのかー!!!』
俺の声を拾った解説席の人が高らかに叫ぶ。
うえええぇぇぇぇぇぇ!?
観客席はもう驚きの坩堝だ。
当然。宇宙忍法なんかじゃない。
『道具』を使わせてもらった。
『痛み倍返しミラー』
これを持つ者が受けたダメージは、そのまま倍にして相手に返すという道具。
その上、このミラーを持つ者は、無傷で。そう。無傷で!!
ただし、このミラーを持って相手を傷つけると、今度はそのダメージを自分が受ける事になるというデメリットが存在する。
つまり、これがあれば、実質ダメージは受けない!
ポケットに手を入れた時、こいつを握っておいたってわけさ。
ゆえに挑発したわけさ。
流石のラカンも、自分と同等の力を持ったヤツが、攻撃反射をするなんて思ってもいなかったようだ。
「それじゃ、今度はこっちの番だ」
あの一撃で倒れなかった場合。そのための、保険もちゃんと用意しておいた。
というか、今回はカウンター系最強の布陣を敷いておいた。
のちに、周囲の者は、俺の背中に、一対の翼が見えたと語った。
俺の頭の上。
その翼の中心に、光が集まる。
シロートにすら、その時集まった力の光がはっきり見えたのだという。
集まった力の奔流で、俺の体が少しだけ浮かび上がる。
その背に光る力はまるで、彼の背中に生えた翼のようであり、光の中に舞い降りた、天の使いのようにも見えたのだという。
正確には、肩につけられた『道具』が、ラカンの技を真似た余波によってそう見えただけなのだけど。
ミラーはとっくに手元にないので、『道具』で透明にして装着していた、その『道具』の発動を待つ。
『お返しハンド』
両肩につける、機械の腕。これをつけていると、その人が受けた事を、この道具が3倍にして返す。
12000のパワーで殴られたのなら、36000のパワーで殴り返すのだ。はっきり言って洒落にならない。
ただし、受けた恩も3倍にして返すので、使いどころを間違えると大変な事になる。
つまり、このカウンター系最強布陣は、こっちは無傷で、相手に2倍ダメージを返して、さらに3倍の威力の攻撃で追い討ちするのだ!
「っうぅぅぅ!?」
ラカンの目が、驚愕に染まった。
観客席にいた者達も、驚きを隠せない。
先ほどラカンが放った一撃の、3倍はある力が、そこに集まっているのがわかったからだ。
「マジで受けろよ。ま、死んでも安心しな。生き返らせる事、出来るから」
ラカンを見て、俺は真面目に言う。今、『能力カセット』のおかげで、ラカンの力を使える俺だからわかる。これは、洒落にならない。
だが、ここはあえて、最後は笑顔。
「やっ、べぇ」
マジになったラカンが、防御の体制をとる。
だが、それは無駄だった。
「いくぜ。三倍ラカンインパクト」
翼が、光を放った。
次の瞬間、闘技場の障壁を突きぬけ、その壁も突きぬけ、選手控え室はおろか、闘技場の外壁をこえ、新オスティアの中心にある広場へと、ラカンは吹っ飛んでいった……
広場のど真ん中。その床に大の字に突き刺さるラカン。
幸い、この闘技場は、通常より高い場所にあり、上から下への打ち下ろしだったため、人的被害は出なかった。
しんっ……
「……」
闘技場が、静まり返っている音が聞こえる。
「えーっと、ちょっとやりすぎちゃった」
てへっと俺はカメラに向って笑った。
大歓声が、俺の鼓膜に突き刺さった。
『あ、圧倒的いぃぃぃ! 元王子、圧倒的イィィィ! 圧倒的過ぎるうぅぅぅぅ!』
『か、カウントが入りました! というかラカン選手、どこまで吹っ飛んでいっちゃったんでしょう! これ場外とかありませんよね!?』
『ありません。というか、ありえません! だってあの障壁、連合艦の艦載砲すら防ぐものですよ。その先には緊急障壁まであるんです。人間が破れるはずないんです!』
『破れましたねー』
『ましたねー。あ、今情報が入ってきました! ラカン選手、新オスティア広場まで飛ばされたそうです! 映像、出ます!』
闘技場に設置してあるモニターには、大の字でぶっ倒れるラカンの姿があった。
ピクリとも動かないが、一応胸は上下しているので、生きてはいるようだ。
「1、ゼロ! KOー!!」
カウントが0になった。
大歓声が、俺をつつむ。
「にーちゃん勝ったでー!」
「す、すごい……本当に、すごいです……」
「忍術まで使えるのでござるか……」
「アイヤー。また遠くなったアルなぁ」
「ふん。当然の結果だ」
一人大満足のエヴァンジェリンは、当然だとふんぞり返った。
(だが、やはりあいつは、敵に対して容赦がないな……)
攻撃直前の笑みを見て、本当にそう思う。敵に回せば、再戦を挑むのが馬鹿らしくなるくらいの差で、叩き潰してくるのだ。自身にも覚えがある。あれは、本当に怖い。怖かった。
ただ、挑んだのはラカン自身なのだから、同情はしない。
これで少しは、あいつも大人しくなるだろう。
「だが、問題は、むこうだ」
気を取り直し、視線を、もう一方の戦いへと向ける。
『だがまだ試合はおわらなーい! 残った謎の青年が倒れない限り、この試合はまだ決着しなーい!』
アナウンサーの声と共に、視線は残ったもう一方の戦いへと動く。
──────
歓声のボルテージが高まる中。
一方ネギとフェイトの戦いも、佳境を迎えようとしていた。
時は少し巻き戻る。
天より大量に舞い落ちる冥府の石柱を、ネギは千の雷をその体に纏い、かわし、上空にいるフェイトへと接近。一撃を与える。
だが、拳を捕まれ、同じように拳を振るったフェイトの拳をネギもつかみ、そのまま力比べとなった。
その背後に響く、闘技場を揺るがす一撃。
三倍ラカンインパクトにより、闘技場に穴が開いた音だった。
あまりの事に、力比べのまま、二人はそこを見る。
そこに無傷で立ち、埃を払うのは、ネギの相棒。
それはまさに、楽勝。秒殺。無傷の三拍子だった。
つまり、倒されたのは……
「す、すごい……」
「あの『千の刃』を、雑魚あつかい、か」
「これで君の勝ち目はもうないね」
にっとネギが笑う。
「……だからといって、僕が降伏すると思うかい?」
「思わないよ。それに、君は、僕が倒す!」
ばっと、二人が離れ、距離をとる。
「君が、僕を? 足止めではなく?」
「うん。だから、これで、決めるよ」
ネギが、ぐっと拳を握った。
それは、彼がラカンを挑発した流れに、少し似ていた。
「……いいだろう。僕もここで君を倒せなければ、そのまま二対一だ。彼が援軍に来れば、君の存在は無意味だけど」
「知ってる。だから、ここで決めるんだ」
「いいよ。相手になってあげよう」
フェイトが、拳を握った。
「うんじゃあ、行くよ」
そう言ったあと、ネギは手でメガホンを作って。
「みなさーん! 僕と彼、好きな方の応援をお願いしまーす!」
と、高らかに叫んだ。
そして、両手を挙げ、拍手を促す。
「……」
あまりの事に、フェイトも一瞬ずるっと肩を落とした。
『おーっと、こちらもなにか仕掛けるようだー! では私は、ナギ選手をー!』
『あ、なら私は青年の方をー! せーいねん!』
『ナーギ!』
アナウンサー。ノリノリである。
「ナーギ! ナーギ! ナーギ! ナーギ!」
「青、年! 青年! 青年! 青年!」
フェイトの方は名前が公表されていないので、青年とコールが響いた。
ネギの手拍子に合わせ、ナギコールと青年コールが生まれる。
二人の背に、応援が降り注ぐ。
「……どういうつもりだい?」
「ふふ、これが、僕の切り札さ」
ぐっと両手をクロスさせ、思い切り開く。
それは、彼がラカンに挑発のため見せた動きに似ていたが、最後ネギの手が平手だったのが違う。
「っ!?」
フェイトのその反応も、ラカンに似ていた。
だが、ラカンが感じた力とは、明らかに違う。
それは、外からネギへ、流れる力を感じたからだ。
通常ならば、その力は、その人の内から外へとあふれ出す。
それとは逆の事が、ネギには起きていたからだ。
闘技場に存在する、人々の力が、ネギを応援する言葉と共に、そのネギへと集まってゆくからだ。
「な、なんだ、これは……」
フェイトは、このような魔法、知らない……
ネギが『闇の魔法』を捨て、みずから手に入れた、ネギの魔法。
それは、『闇の魔法』と同じく、体に魔法を装備する技法である。
ただし、大きく違う点が一つ。闇の魔法は体にその魔法を『取り込み』、力を得るが、これは、体に『纏う』。彼の使うスーツのように、一体となるのではなく、体に着込み、その力を格段にアップさせるのである。
これならば、体や魂を餌に、闇に侵される事はない。
ただし、リスクが少ない分、その制御難易度は、『闇の魔法』を軽く上回るが、彼女にとっては、そのような問題、些細な事であった。
消耗については、のちに理由を説明する。
この点だけを見れば、これは『闇の魔法』の改良に見える。
だが、この魔法の本質は、『闇の魔法』とはほぼ逆である。
『闇の魔法』が敵の気弾、呪文に拘らず敵の力を我が物とする事を究極とするなら、この『ネギの魔法』は、その間逆。
すなわち、味方の気、魔力に拘らず、味方の力を我がモノとする。
その魔法は、味方として応援する人達の力を一つにまとめ、それを自分の力にするのだ。
『闇の魔法』は、魂を削り、己が身体に魔法を宿らせ、力を使う。
その真髄は、すべてを飲みこむ力。
だがこれは、他者から力を借り、他者の力に包まれ、それを自分の中で調和させ、力を使う。
その真髄は、全てを包みこむ力。
人と人とを繋ぐ力。
それは、仲間の力を、一つにする魔法!!
気も、魔法も一つにあわせ、強大な敵への一撃を、協力する人すべてで放つための技。
仲間と力をあわせる、そのための、力。
これが、机の上で新たなる魔法理論と魔法技術を開発する事を独壇場とする天才が作り上げた、新しい魔法。
これが、ネギの見つけた、ネギの道。
仲間の力を最大に引き出して、自分の力も最大に引き出し共に戦うスタイルに、その力を一点にまとめる魔法。
エヴァンジェリンの教えによって産まれたスタイルに、自分で歩み見つけた道の到達点。
なにより、消耗の高い魔法装備への消費も、周囲の力を借りる事によって軽減させている。これもまた、『闇の魔法』とは違う点である!
高めた力を一つにまとめ、仲間全員と共に戦うための呪文。
それが、『ネギの魔法』
我々にとてもわかりやすく表現してしまえば、ソレは『元気玉』である。
それを、身に纏い、攻撃する!!
仲間がいればいるほど、味方が多ければ多いほど、その威力は無限に上がってゆく! 無限に、強くなってゆく!
気も、魔力も、なにもかもを、自身の力へと変えて!
フェイトは、びりびりと、その威圧を感じた。
ネギに力が集まってゆく。
それはまるで、この場にいる人達全ての力が、彼女に集まっているかのようだった。
その全てが、自分の相手であるかのようだった……!
「いけー! ネ……ナギー!」
一瞬言い間違えそうになったコタローが観客席から叫ぶ。
「ネギー!」
「ネギくーん!」
(ネギ先生!!)
「いくネー!」
こっそり。声援に紛れ、小さくネギの本名で応援する。
明日菜が、木乃香が、刹那が、クーが。
楓が、朝倉が、さよが、のどかが、夕映が、パルが、千雨が、超が、茶々丸が。
その応援が、ネギの力へとかわる!
「がんばー」
おまけで闘技場内にいる黒髪の少年も応援する。
「ふふ、まさか、こうくるとはな……」
その光景を見たエヴァも、弟子の成長に、どこか感慨深そうであった……
自身の生み出した魔法を継ぐのではなく、超えていった、その弟子の姿に……
たった一人の力ではフェイトに勝てないだろう。
だが、今のネギには、自分だけではなく、この場で応援してくれる観客全てが、自身の力なのだ!
先ほどの彼が放った一撃が、ラカンの強さ、12000の3倍の威力。36000だとしよう。
今回この魔法の範囲はアリーナ全体。
このアリーナの最大収容人数は12万人!
当然、この試合の観客数は、満員!
その半分がネギを応援していれば、ネギの味方は6万人!
その力。一人たった1しかないとしても、その威力はなんと、6万の戦闘力に匹敵する!
ラカンの5倍の力に匹敵する!!
その力が、自分の目の前に集まった事を、フェイトは感じていた!
「僕は、あの人みたいに万能じゃないから、これで、死なないでおくれよ……」
拳を握り、構えたネギが、フェイトへと告げる。
──無茶を言う!
正直に出た感想が、それである。
ネギの体が、自分にせまりくる。
全ての力を、防御に回す。
これの恐ろしいところは、その一撃は、全て他人の力!
放ったところで、自身は制御と放出以外の消費はない!
これを耐えるだけでは、話にならない……!!
だが、耐えなくては、死んでしまうっ!
消し飛んでしまう!
闘技場の大地を持ち上げ、壁とする。
だが、それはガラスでも割るかのように打ち砕かれた。
「あっ、あ、あああぁあぁぁぁぁぁ!」
喉から声にならない一声を上げ、フェイトは壁を作り上げる。
最強の障壁を展開する。
砕かれる。
展開する。
砕かれる。
展開。
砕く。
展!
砕!
次々と盾が砕かれ、その拳での一撃は、フェイトの元へと向ってくる。
体に纏う。それはつまり、その威力全てが、ロスなく自分の体へ叩きこまれるというのか……!
障壁が全て失われた。
とっさに、そのせまり来た拳を、両の手で挟み、止める。
「あああああああああ!」
ネギが、吼えた。
両の手がはじかれ、そのままその拳が、フェイトの顔面へと叩きこまれた……!!
光。
爆音。
衝撃。
壁。
障壁。
貫通。
闘技場の障壁を突き破り、壁も突き破った。さらに、その威力は闘技場全ての壁を抜け。これまた、新オスティア広場へと突き刺さる。
しかし、フェイトの体は、闘技場の壁に大の字で突き刺さった状態で存在していた。
ネギが、死なない程度に、その威力を背後に逃がしたのだ。
ゆえに、その背後がとんでもない被害になっているが、彼の体は、無事だ。
ただ、不幸だったのは、突き抜けた先に、ラカンが転がっていた事。
あまった余波は、ちゅどーんと彼女の体をもう一回吹っ飛ばした……
壁にめりこみ、フェイトはそのまま、活動を停止させた……
観客も、アナウンサーさえも、その光景を見て、言葉を発せず動きと止めていた。
カウントがはじまる。
永劫とも思える20カウントが進む。
「3!」
明日菜と木乃香が抱き合う。
「2!」
コタローが、フェンスを飛び越える準備をする。
「1!」
皆がガッツポーズをとる!
ぴくり。フェイトがその身を、振るわせ、壁を抜け出した!
しーん。
すべてが、とまる。
唯一響くのは、フェイトが抜け出した事により、崩れ落ちる壁の音。
その前に立つのは、フェイトを打ち抜いた、ネギ。
ふらつく体で、フェイトが、ネギを見た。
ネギも、フェイトを見て、ゆっくりと、微笑んだ。
「……まだやる?」
「……いや、僕の負けだ……もう、指一本動かす事も、出来ない」
だから、君の勝ちだ……
そのままフェイトが力尽き、ネギは倒れるフェイトを抱きとめた。
そう、フェイトの口から告げられると、闘技場は歓声の渦に包まれた。
「KO! 勝者、ナギ選手!!」
その言葉と共に、最大の歓声が、闘技場全てを包んだ。
「……」
薄れ行く意識の中でフェイトは、ぼんやりと思った。
彼女が使ったのは、会場から集めた応援の力。
彼女の力になりたいと願った者達の、ほんの少しの力。
さらに、万一周囲に人がいないとしても、『自然』が彼女に味方すれば……
つまり、その気になれば、どこまでも戦えるという事だ。
彼女に、力を貸すものがいる限り……
彼女に味方がいる限り……
人と人とが繋がり、大きな力となる……
僕のような存在には、決してマネできない技だった……
完敗だ……
しかも彼女は、自身の力を残して、だ……
なのに、なぜだろう。どこか、すがすがしい……
数日、あのラカンと共に居たせいか、自分にもわからない変化があったのだろうか……?
もちっと楽しめなどとも言われたが、それとは、違う気がする……
その時彼は、自分に手をさしのべた、ネギの姿を思い出した。
ただのコマでしかない自分に、差し伸べられたあの手を……
その少女の、笑顔を……
(……ああ、そういう、事なのか)
変化は、その時から、はじまっていたのか……
フェイトは、どこか晴れやかな気持ちで、そのまま意識を失った。
「優勝! 優……は、ナギ…手と……選手!」
アナウンサーの言葉すら、その歓声にかき消されるほどの大音量。
圧倒的な、盛り上がりであった。
こうして、オスティア終戦記念祭、ナギ・スプリングフィールド杯は、幕を閉じた。
───────
バトルが終わって夜。
みんなの治療なんかも終わって、闘技場の一室。
「くっくっく、どうだラカン! 完敗した感想は! 観衆の前でコテンパンにやられた気分は! どうだ! どうだったぁ!?」
いじめっこがおんなのひとをいじめてます。
「うがあぁぁぁあぁ! うるせぇぇぇ! なんでお前に言われなきゃならねぇんだあぁぁぁ!」
「貴様が相手の実力もわからず挑むのが悪いからさぁ! 恥ずかしい。ああ恥ずかしいなぁ!」
「うがあぁぁぁぁ!」
頭を抱えて転げまわるラカンがおります。
……それ、全部お前にも当てはまるじゃん。
なんて言ったら、怒られっかな。
「……なにか言ったか?」
じろりとエヴァンジェリンに睨まれたー!
「いいえなんも言ってません! 思ってません!」
最近俺等の以心伝心率が高すぎる気がする。
「元気やなぁ」
広場まで吹っ飛ばされて死にかけていたラカンがもう元気に動いてまわるのを見て、木乃香嬢ちゃんが面白そうに言った。
まぁ、『道具』や魔法を使って治したからね。
つか、二度もアレで吹っ飛ばされて、生きてるあのおじょーちゃんもおじょーちゃんだけどな。さすがバグキャラ。
「あっちはそっとしておきなさい」
「そやなー。さー、パーティーやろー!」
「あ、少し待ってくれないか?」
おー! と優勝パーティー開始をはじめようとしたところで、フェイトが声を上げた。
「なんやー? せっかくの空気乱しよって。お前の加入パーティーでもあるんやぞ」
コタローがつっかかる。
「君達の仲間になったつもりはないけれどね」
「負けたらいう事を聞くで仲間になったやん? ネギと『立派な魔法使い』めざすんやろ?」
「言い換えよう。君と仲間になったつもりはないという事だ」
「なんやと~」
目を吊り上げ、コタローが指をぽきぽき鳴らす。
それはまさに一触即発。
「あー、コタローちょっと待って」
なので、俺が止める。
「なんやにーちゃん。とめんといてや!」
「暴れ足りないのはわかるけど、彼がなにか言いたい事があるみたいだから、それを言わせてからにしよう。そのためにパーティーがはじまるのを止めたんだろ?」
「そういう事さ。話がわかる人がいて助かるよ」
むきーっとなっているが、そのコタローは茶々丸さんと楓君がつかんで退場させてくれた。
他にも頭に血が上りやすい子はちょっと離れていてね。
「それで、なに? そのうち俺を殺すとか宣言するのはやめてな。それとも、君の計画のかわりを先に済ます?」
「それはまた別の問題として。君達に話しておいた方がいい事が一つあるからね。このままでは、また別の問題が発生するから」
別がたくさんあってわかりにくいよ。
つまり、早急に話しておかなくてはいけない俺達の知らない問題があると。
「僕はもう計画を諦めたけど、まだ諦めていない者が一人いる。彼は、僕と同じ計画を進めつつ、最終的に別の目的を達成しようとしていた」
「ほうほう」
「それは、僕達の主の復活」
「え?」
みんなの視線が、俺に集まる。
「いや、不完全なヨリシロである彼ではなく、彼の体を操った意思の宿る真の器の事さ。それを今回のゲートの一件で集まった魔力を使い、封印から解放し、万全の状態となったその上で、彼の力を奪う。つまり、まだ完全には終わっていないよ」
その言葉が響いた瞬間、部屋の空気が少し重くなった。
「まあ、最終的に主が復活すれば、僕の目的も達成されたから、それでよかったんだけど……」
と、フェイトは俺を見る。
「その復活する主が、本当に僕の知る主ではない可能性があるからね」
まー、そっちの主は元々俺の知識にないヤツだから、本当に違うのか原作どおりなのかわからないけどな。
「ラスボスの復活ってわけね……」
明日菜がわかりやすく言ってくれた。
「あ、明日菜が、言ってる事を、理解した……?」
誰かの言葉に、ざわっと部屋があわだつ。
「つまりソレを阻止すれば終わりって事アルよ!」
「クーまで事態を理解しただと!!」
こっちの驚きは千雨嬢ちゃん。
「……これは、世界の終わりが近づいているのかもネ」
超が真面目な顔で言った。
「ひどい!」
「ひどいアル!」
一同笑った。
「それで、その準備。魔力が集まり終わるのは、いつなの?」
ネギがフェイトに近づいて、聞く。
「……」
だが、フェイトはなぜか、視線を外してネギから一定の距離をとる。
「? どうしたの?」
「なんでもないよ。慣れないだけさ……」
「……キター!!」
「キター!!」
ぎゅぴーんと、パルとカモが二人で跳ねた。
「……」
そしてノドカちゃんがむーっとフェイトを見ている。
……いやいや、あれ単にまだ戸惑っているだけだから。この先どうなるかはわからんけど。
てか、フェイトには彼を慕う女の子が五人くらいいるから。って、あれの矢印は女の子→フェイトか。まいっか。
「それで、その復活準備が整うのは、いつかな?」
そのまま追いかけっこされても埒が明かないので、俺が聞く。
というかネギ、追いかけるのちょっと楽しそうにするのやめなさい。あのフェイトがそうなるのが珍しいのはわかるけど。
「明日だよ。明日の夜。正確に言えば、明後日の0時と言えばわかりやすいかもしれない」
場の空気が完全に凍った。
「なっ、なななななな。なんでそんな事、今まで黙ってたのー!」
最初に爆発したのは、まっすぐ明日菜。
「馬鹿な事を言わないでほしいね。さっきまで僕達は敵同士だったからだよ」
そりゃそうだ。
そして、今仲間で、期限が明日だから、パーティーを邪魔してでも教えてくれたって事だ。
「つまり、この数日は、完全に時間稼ぎされたって事か」
ちなみに、フェイトと出会ったのは祭りの初日。決勝の今日は祭り6日目なので、5日くらい相手に時間を与えた計算になる。
「……おい」
エヴァンジェリンが、ラカンに冷たい声で言う。
「……な、なんだ?」
言われて、一瞬びくっとしたラカンがいる。
「お前が試合をしたいなんて言っているから、敵に時間の余裕が出来て、我々には時間がなくなったぞ」
「うぐっ……」
見事に痛いところをつきまくりました。
まあ、確かに事実だね。
「貴様が趣味と気まぐれであいつと戦いたいなどと言うからこうなるのだ」
「お前だってその強さを見ておけとノリノリだったじゃねぇか!」
ぎゃーぎゃーと最年長二人組が責任の擦り付け合いをする。
「つまりオメーラ二人の大人気なさが原因だろ」
辛辣つっこみ担当千雨嬢ちゃんがきっぱりと言う。
うん。こればっかりはフォロー出来ねぇわ。
「まあ、それは確かに失敗だったけど、まだ時間はあるだろ? なら、ここでそう言っても仕方がない。あっちの策略が見事だったと言っておこうや」
責任を擦り付け合う大人はほおっておいて、子供達をなだめるために言う。
一応子供達も、俺VSラカンとかに期待した子がいるし。
「それに……」
そう言いながら、俺はポケットから一つの『道具』を取り出した。
「それが相手の策略なら、成功していると思っている今が、最高の奇襲タイミングだと思わないか?」
俺は、にやりと笑った。
一瞬きょとんとしていた年長者達も、すぐ俺の意図を理解し、にやりと笑う。
──────
「ふふ、予期せぬ時間稼ぎが成功した。これならば、間に合うであろう」
魔力の満ちたりを測り、デュナミスは氷の棺に入ったまま、儀式の場を見上げた。
本来なら、そこに黄昏の姫御子が座するはずだが、その儀式とはまた別の儀式だ。
この祭壇に、魔法世界全土の魔力が満ちた時、封印されし主は真のヨリシロを伴い、復活する。
テルティウムがみずからの計画にこだわった結果、祭りの間トーナメントに参加するという予想外の時間稼ぎが成功したのが幸いした。
あとは、明日、魔力が完全に満ちるのを待てばいい!
さすれば、我が主は蘇る!
「そして、復活した主に、クルトやタカミチをぼっこぼこにしていただく!」
これで、勝つる!
心の中で、デュナミスはガッツポーズをあげた。
「……ふーん」
「っ!?」
その声は、背後から響いた。
氷の棺にまだ入っているデュナミスは、その顔をなんとか曲げ、そこを見た。
「はい。どーも」
少しけだるげに、手を上げる黒髪の少年。その後ろから、ぞろぞろと、ピンク色のドアから姿を現すエヴァンジェリン、ラカン、フェイト、ネギなどなどの姿があった。
みんなも知ってるあの道具。『どこでもドア』から、続々と。
「……え?」
目が点になるのはデュナミス。
転移妨害は、バッチリかかっていたはずですよ?
メガロメセンブリアの者達とは、桁が違うはずですよ?
だが、科学の塊であるワープ装置は、その技術を知らないものには察知も妨害も出来ないのは、もうお約束である。
その上これは、超の実験品ではなく、それとは技術的つながりなどない、別個の完全なワープ装置。
「やっぱり、油断していたね。まさか決勝当日の疲れた体で乗りこんでくるとか思わなかったか」
だが残念! 『道具』には回復を促す物もたくさんあるのだ!
「折角準備を進めているというのに、ラストダンジョンの最深部に問答無用でテレポートとか、外道としか言いようがないな」
「んなRPGのお約束守ってやる義理ねーって」
そんな事を先頭のカップルがしゃべりながら、残りの者が、身動きがいまだとれぬデュナミスを囲んでゆく。
「……こうなったら、奥の手を使うしかないようだな! 必殺! 死んだフリ!」
がくり。
「……二度と話せんよう永遠に封じてやる。感謝しろ」
エヴァンジェリンが指を鳴らすと、デュナミスの頭までが氷に包まれた。
「ぎゃー!」
デュナミス封印。沈黙。
ちーん。
「ん? もう終わりか?」
あっさり残り一人が封印され、つまらん! とラカンが言う。
「あとは掃討戦かな」
黒髪の少年が、やれやれと、肩をすくめる。
「じゃあ、僕が残りを案内しよう。といっても、先行して召喚された悪魔達がいるくらいで、期待にはそえられないだろうけどね」
フェイトが案内するように、先頭を歩きはじめた。
「じゃぁ、さっさと終わらせて、宴会をはじめるか!」
「しゃー! 今日暴れへんかった分暴れるでー!」
「にんにん」
「皆さんは念のため扉の向こうにいてください! これで、終わりにしてきますから!」
ラカンとコタローがやる気を出して、ネギは非武闘派生徒に待機を言い渡す。
「はいがんばってー」
俺も扉の奥にさがって手を振る。
「アンタも行ってこい!」
千雨嬢ちゃんに背中を蹴飛ばされて、ドアの番をする事になりましたの。
もー俺雑魚戦には向かないのー。またアレ俺の心にわくカモでしょー。
「まあ、そこで見ていろ。あとは私達が決着をつける」
最後にエヴァがそう俺に言い、最後の宴がはじまった。
こうして、『完全なる世界』の残党は、この日完全に、壊滅した。
─あとがき─
あれ? 終わっちゃった?
と思った人。もうちょっとだけ続くんじゃ。
他にもお風呂とか、ネギの魔法とか、色々語りたい事あるような気もするけど、今回はこれまで。
とりあえず、やりたかった『ネギの魔法』がやれたので、満足。
補足ですが、『ネギの魔法』でネギが強くなると、その従者もそこから供給される魔力で強くなります。こう、輪になる感じで。
ネギのスタイルとしては、それが完成形です。
そういえば、平均的魔法世界人て、戦闘力は表で言うと2が平均なんだね。
本編では詳しく描いてませんが、フェイトはラカンと一緒にいた数日で、原作にあった影響は受けてるんじゃないかと思います。
さて。そろそろ魔法世界編も、終わります。
─おまけ─
どくん……
どくん……
どくん……
それは、彼の中でまだ、息づいていた……