初出 2012/04/01 以後修正
─第30話─
大逆転裁判!!
──────
歴代最高額の賞金首エヴァンジェリン。
いまや伝説となったその賞金首は、今より15年ほど前に倒されたはずだった。
しかしそれはまやかしで、先日発生したゲートポート破壊事件により、覆され、その生存が確認された。
600万の賞金額はさらに増額され、歴代最高額をさらに更新し、世界中の賞金稼ぎがまた、その命を狙っている。
だが、その首を欲しているのは、賞金稼ぎだけではない。
ゲートを破壊された国々。
その警備の信頼は、ゲートを破壊された事により、地に落ちた状態であった。
世界をあげた大きな祭りという、表面上は仲良くしているかに見えても、その裏では、様々な思惑が交錯する。
世界中の信頼を失墜させた伝説の吸血鬼エヴァンジェリンの討伐。
それは、世界中が失った兵士達の強さを再認識させるのに、またとない獲物であった。
そしてある時、メガロメセンブリアへ、一つの情報が入る。
エヴァンジェリンが、ある場所に潜んでいるという情報が……
たった一人の王が、我が娘に与えてやりたいと思った親心。
その少年を、吸血鬼の魔の手から取り戻さんとした計画。
それと、ある超大国の軍事的プライドと結びつき、一つのパフォーマンスへと駆り立てた……
──────
祭りを目前としたある日。
先日挨拶した新オスティア総督様のところへ王様と一緒に挨拶へ行く事になった。
新オスティアで行われる祭りでの挨拶など、段取りなどへの打ち合わせや、その他もろもろのための準備と聞いていた。
当初の予定だともっと後だったが、準備が早まったという事なので、素直についてきた。
これも王子のお仕事だと聞いていたし、挨拶やそのあたりでトンチンカンな事をしゃべれば、評価はきっと下がるだろうと考えていたからだ。
だが、そんな事関係なかった。
新オスティアのはずれにある小さな空中庭園。
そこに王と姫と俺。それに護衛のエヴァと王の護衛は通された。
そこにいたのは、この新オスティアを統治する総督のクルト・ゲーテル。他付き人やメガロメセンブリアの兵士達。
護衛の皆さんを庭に待たせ、俺達が一段高いところにある会談場所。庭園の東屋のような場所へと通された直後……
エヴァンジェリンを取り囲むように、兵士が展開をはじめた。
護衛の人が下がり、エヴァを囲むように、メガロメセンブリア兵達が、たった一人のエヴァを取り囲む。
さらに、空中庭園の周囲には、巨大な空中戦艦が何隻も姿を現し、場を包囲してゆく。
流石の俺も、事態を理解する。
最も恐れていた事が起きてしまった。
エヴァンジェリンの正体が、バレてしまったのだ……
「さあ、これでもう安心です王子。あなたの護衛という女、あれは、稀代の賞金首だったのですよ」
バルコニーから身を乗り出し、下の空中庭園で一人囲まれる様子を見ていた俺に、その場を代表してか、ゲーテル総督が一歩前に出て、声をかけてきた。
それは、俺をエヴァから救ってくれたかのような言葉だ。
「……あの人は、どうなる?」
捕まればどうなるのかは大体想像がつく。
だが、捕まっただけなら、なんとか出来るかもしれない……
「はい。この場で裁判を行い、そのまま刑を執行いたします。全世界にそのさまを公開して」
にっこりと、笑顔で総督はそう言い放った。
「なっ……!?」
総督が空を指差した。
そこには、巨大な一室が浮かび上がる。
「今日の為に特別に用意された、特別公開裁判所です。この特殊裁判は、いつでもどこでもすぐに裁判を行い、そのまま刑を言い渡し執行する事が可能です。一度出された判決は、二度と覆りません。絶対にです。上級や最高などと、何度も上告する事もありません。一回で終わりです。この場で判決、即執行となります。先日メガロメセンブリア元老院議会で可決された特別なやり方ですよ」
マジ、か……! なんだその無茶苦茶は!
つまりそれって、エヴァを公開処刑するために作られたって事か!?
てことは、かなり前からエヴァの正体がバレていたって事にもなる。
いや、当たり前かもしれない。なにせ賞金をかけたのは、このメガロメセンブリアという国だ。
ひょっとすると、俺達にもわからない方法で見つけられたのかもしれないが、それは今もうどうでもいい!(発見は王の所有する魔法の鏡である。一応)
「その数は一個師団! いかな伝説といえども、もう逃げられません。彼女はもう、おしまいです」
総督が、さらなる絶望的を、俺に告げた。
現実世界なら、こんな無法ありえない。だがここは、魔法が平然とまかり通る異世界。
ドラゴンすら討伐しなければいけない事もあるこの世界に、現実世界の常識が通じないのもあたりまえだ。
これはいわば、RPGなどでよく言われる、魔王の居場所がわかっているのに、なんで大軍を持ってせめこまねーの? を実際に実践したようなもの。
圧倒的な正義をもって、伝説の賞金首『闇の福音』を叩き潰す……
相手が『伝説』の吸血鬼なのだから、正当な理由にしか聞こえない。
だが……!
「そこまでして、国家の力を証明したいんですか?」
先日聞いた。ゲート破壊のおかげで、警備の信頼が落ちたと。
それを払拭するには、確かに犯人を捕まえるのが有効だろう。
出来るだけ派手に、出来るだけ人々の目の留まるところで。
それが、伝説の賞金首であるのならなおさらだ……
「ええ。そうなのです。このような事もやれてしまうんですよ。この国ではね……」
はき捨てるように言った。
……俺だけに見えた、総督のその顔。
そこには、なにか大きな不満がくすぶっているように見えた……
俺の気のせいだったのかもしれない。実際彼の顔色や表情に変化があったわけじゃない。
なのに、こんな方法は、嫌いだと言っているように見えた……
「……総督」
「なにかね?」
「俺も、こんなやり方、嫌いだ。でも、今の俺じゃ止められない……」
「……その通りです。ですが、大丈夫。あなたが罪に問われる事は……」
総督の後にいた兵が、俺を拘束するために、動きはじめようとする。
ここはバルコニー。最初から逃げ場はない……
「だからってな! 恋人が無実の罪で裁かれようとしてるの、ただ見ていられるわけないだろうがー!」
そう叫び、俺はとっさに、バルコニーの柵を飛び越え、途中に見えた突起に上着を引っ掛け衝撃を緩和&振り子の勢いで、横へ大ジャンプ!
そのままエヴァを囲む兵士の頭、肩を飛び石にして、その場へと走っていった……
───クルト・ゲーテル───
「だからってな! 恋人が無実の罪で裁かれようとしてるの、ただ見ていられるわけないだろうがー!」
直後彼は、バルコニーから飛び出した。
「なっ!?」
誰もがそんな行動に出るとは予想していなかった。
バルコニーへ走り、顔を出せば、途中にある突起に上着をひっかけ、それを反動に、庭園を囲む兵の頭までとび、その頭、肩を使い、器用にあの賞金首の元へとかけて行く。
まるでそれは、一度その落下からの人間飛び石を経験した事があるような動きであった。
まさに火事場の馬鹿力とも言える、驚きの運動能力だった。
「ゲーテル殿!」
王が私に声を上げる。
王の目的は、彼をあの吸血鬼から救い出すというもの。
そのために、メガロメセンブリアへ、助けを求めてきた。
「ご安心を王。彼の安全は保証いたします!」
いざという時は、彼を転移で引き離せばいい。
転移が阻害されているとはいえ、こちらでコントロール出来るのだ。それくらいは出来る。
ひとまず怪我をさせないよう、兵に指示を出す。躓かれては事が起きた時逆に危険だ。ひとまず行かせてしまってかまわないだろう。
あの娘と彼の関係は、つかんでいる。
ならば、この状況で彼を人質にするような愚かなまねはすまい。
すでに、状況としては詰んでいるのだから。
ここから逃げるなどという選択肢は、愚の骨頂であると、あのエヴァンジェリンという存在ならば、気づいているはずだから……
そもそも、メガロメセンブリア元老院としては、あの少女が本物のエヴァンジェリンであろうがなかろうが、どうでもいいのだ。
この公開討伐の目的は、ゲート事件によって地に落ちた、メガロメセンブリアの軍事的信頼の回復なのだから……
ゲートが破壊されたという大失態。
それを、その犯人を大々的に処刑する事で帳消しにしようとしているのだ。
ゲートが破壊されたときよりも、より派手に。
それよりも、強大なインパクトを持って。
ゲートを破壊したその犯罪者が、全ての人々の前で断罪される。
拳闘などという野蛮な興行が平然と成り立つこの世界なのだ。その討伐が人々に受けないはずがない。
それが、伝説の『闇の福音』なのだから、さらにインパクトは大きい!
わざわざ裁判を用意したのは、保険に他ならない。
降伏せずに暴れた場合ならば、裁判などせず、そのまま処刑出来る。
裁判などせず、ド派手な絵が取れ、メガロメセンブリア兵の強さを見せつけるショーがはじまるからだ。
だが、戦力を見て、降伏された場合は、そのショーを行う事が出来ない。
だから、特別に裁判を用意した。
かつて、長い準備期間があったがため、録画が終わったのち奪還された災厄の魔王。その轍を踏まないため、生放送で即死刑の出来る茶番劇を作り上げたのだ。
裁判での判決から即執行。
ここで行われる裁判の結果はすでに決まりきっている。
伝説の賞金首であり、ゲートを破壊した犯人。
どれほど議論を重ねようと、極刑である死刑以外存在しないのだ。
そのためにわざわざ用意された、全世界への公開裁判にして、公開処刑。
そして得られるものは、祭りを前にした、軍事的信頼と、国家的アドバンテージ。
『伝説』の吸血鬼を排除したという、新しい伝説の誕生。
冤罪の可能性など関係ない。なぜなら、これを考えた者達は、これが元々冤罪であると、知っているから……
ゆえに、共犯者である少女達などうでもいい。
必要なのは、人々に、ゲートの事件は解決したと思わせる事。
ゲート破壊の理由など、あとからいくらでもつけくわえる事が出来る。
メガロメセンブリアの軍事力は、『伝説』すらあっさりと倒せると喧伝する事。そして、自分達の、利益!
この茶番は、祭りを前にした、大失態の幕引きにすぎない。
災厄の魔王と呼ばれた、一人の王を生贄に、虚偽と不正を守ったあの時と同じように……
……ままならないものですね。
思わず、そう思う。
王子に言われた、「あんた、このやり方あんまり好きそうじゃないね」という言葉。
一瞬にじみ出た嫌悪が顔に出てしまったのであろうか?
演技という面ならば、かなりの自信はあったのだが……
政治の世界に入り、多くの無力を経験し、斜には構えてきたが、その心根はやはり変えられないようだ……
王子の言葉と共に、思い出す。
かつて災厄の魔王と呼ばれたあの人が、処刑された時を。
あの人も、同じように濡れ衣をかけられ、捏造された挙句に処刑された。
生きたまま、魔法も使えぬ谷の底に落とされ、魔獣に食わせるという、今回に勝るとも劣らない残酷な処刑方法で。
処刑中秘密裏に救出されたが、その名誉はいまだ回復していない。
いまだに災厄の魔王なと呼ばれ、蔑まれている。
本当は、その王が世界の崩壊を食い止め、魔力喪失によって墜ちるオスティアの人々をぎりぎりまで助け続けたというのに……
彼もまた、この大国の名誉を守るために生贄にされた。
目の前で処刑されようとしているその少女は、それと同じだ。
伝説の吸血鬼というが、それはすでに、ナギによって討伐され、その罪はすでに失われている。
ゲートの事件も、私の手にいれた情報では、あの根拠となった映像は、捏造であった事もわかっている……
なのに、私はそれを止める事は出来なかった。
元老院の賛成多数によっての可決。
公開裁判の許可……
すべて、私個人の力だけでは、どうしようもなかった……
あのような事を二度と起こさぬよう、彼女達。『赤き翼』と袂を分かち、この世界へと飛びこんだというのに。
メガロメセンブリア元老院の虚偽と不正を正すために、奴等と同じ高さまでのぼりつめたというのに!
結局やっている事は、私が彼女達を非難した事と、まるでかわりがないではないか!!
私は……!
どうして、ここに……!
己が理想と現実の矛盾。
クルトは、自分の見ているその光景に、ただ、己の無力さを思い知らされていた。
───ラカン───
その中継は、唐突にはじまった。
全世界への一斉生中継。
一個師団に囲まれた空中庭園。その攻撃の矛先が向いているのは、たった一人の女。
伝説の賞金首、エヴァンジェリン。
その罪を、全ての者へ知らしめるための、公開処刑……
「それでは、特別公開裁判をはじめる。この裁判によって定められた判決は、いかなる条件を持っても覆す事は出来ず、何者も異議を唱える事は出来ない。そして、判決後、その刑は速やかに執行される事をここに宣言する……」
この場での抵抗はせず、一度捕縛されるつもりであっただろうエヴァンジェリンに、焦りの色が一瞬見えた。
当然だろう。この場を脱し、捕えられた他の場所ならば、脱出が可能かと考えていたのだろうから。
この完全に準備されていた場では、逃げる事すら出来ないのだろうから。
「本当に、エヴァンジェリンのヤツ、こっちに来ていやがったんだな……」
大人の姿へ偽装しているが、確かにあれは、エヴァンジェリンだ。
このただのモニターからじゃわからねぇが、裁判員の奴等は、偽装認識阻害魔法で本当の姿を見ているんだろう。
ネギの修行中、エヴァンジェリンが吸血鬼じゃなくなった事や、恋人が出来た事などは聞いていたが、まさか本当だとは。
「ど、どうしてこんな事に! いきなり処刑だなんておかしいですよ!」
事態が飲みこめないネギが、混乱したように言う。それでも、状況は分析しているのは、成長した証か。
「こりゃあ、あれだな。ゲート事件をさっさと解決したいからだな。お前等みたいな小物は正直どうでもよくて、エヴァンジェリンという超大物を倒せば、なんとなーく解決した気になるって事だ」
「そんな……」
「そうすりゃ、祭りも安心というイメージがつくし、事件で失った信頼も回復する。祭りを前にした示威行為もかねてるな」
それ以外に、理由なんていくらでもあるだろう。
それらを今ここであげるのも馬鹿馬鹿しい。
「もう一つ言えば、ここで主犯を殺せば事件が解決するってすでにわかっているって可能性もあるぜ」
「僕達だってまだいるのにですか!?」
「なぜって、指名手配にしたのはあいつらなんだ。これが茶番だって知っていて当たり前だろう?」
「あー!」
事を起こしたのはあいつらだが、指名手配したのはメガロメセンブリアの連中だ。
なら、その賞金が茶番だって気づいていても不思議はない。
そう。そもそもが捏造なのだ。
その破壊の目的や理由なども、あとからどうにでもなる。
「じゃあ……」
「そ。判決だってもう決まったようなモンだよ。だからこんな無茶な方法も取れる」
相手が『伝説』の吸血鬼エヴァンジェリンというのも大きい。
万一濡れ衣だったと騒がれても、『闇の福音』討伐を理由にすりかえる事が出来る。
「にしても、この場で裁判して即執行とかおもしれー事考えるじゃねえか」
思わず出る皮肉。
……あの時の奪還経験を生かしてるって事か?
今から二十年近く前。18年だったか?
あの時は、ナギの伴侶となる災厄の魔王を処刑する場で、そいつをぎりぎり救い出した事がある。
あん時は、判決から執行まで二年という余裕があった。あいつらも色々と聞く事があったのだろうから、その期間なのだろうが、そのおかげでこちらも相応の準備が出来た。
だが、それでも命を救うので精一杯だった。
俺達『赤き翼』ですら、名誉を捨て、ナギの伴侶の命を助けるので精一杯だったのだ。
今は、その状況よりさらに悪い。
悪すぎる。
これは世界生中継の上、準備もさせてもらえない。
あん時は俺等の存在を知らない二個艦隊の護衛と3000人の精鋭だったが、今回は準備に準備を重ねた一個師団。
時間も足りなければ戦力も足りない。ないないないずくしと絶望的な状況だ。
自分達のいる位置も悪い。
ここからではあの場所はまだ遠すぎるし、魔法での転移などは当然妨害されるだろう。あれを奪還に動いたりすれば、それこそ祭りどころではない騒ぎになる。
ガキどもには荷が勝ちすぎている。
ここであいつを助けるという事は、この魔法世界すべてを敵に回すという事なのだから。
それは、エヴァンジェリンもわかっているだろう。
だからこそ、一度捕まろうと考えたはずだ。
だが、予想外の即裁判即執行……
俺達にやられた経験、生かしすぎだろう。メガロメセンブリア元老院のヤロウども……
「……こりゃあ、いよいよあいつも年貢の納め時か」
人間の敵は人間。とは言ったもんだな……
「くそっ! どーにかならへんのか!」
「そーだよあんた、世界最強なんだろ! どうにかならねーのか!?」
犬耳を生やした嬢ちゃんが地面を踏みつけ、どこで聞きつけたのか、俺を最強と知るメガネをかけたメイド服の嬢ちゃんが、俺につかみかかってきた。
「……その気になりゃぁ、戦って勝てるかもしれねぇ。俺なら、負けはしねぇな」
俺でも、かなり厳しいがな……
「そ、そうなのか。なら……」
「だが、そのあとどーすんだ? 魔法世界からは逃げられねぇ。その上今度はマジで追いはじめるぞ。末端のお前達もふくめてだ」
この、今はその末端を狙わない。というのも一つの材料だ。これで、アイツはさらに逃げられない……
まさにあの場は、アイツを殺すためだけに用意された、最悪の処刑場だ。
「うっ……」
この嬢ちゃんは頭の回転が速そうだ。
それだけで、次どうなるのかが理解出来たのだろう。
「アイツは頭がいい。そのあたりまで考えちまって、多分そのままだ」
嬢ちゃんはそのまま押し黙った……
「にーちゃん! にーちゃんはそれで……」
勢いよく俺の後ろへ言葉を投げた犬耳の嬢ちゃんの言葉が止まる。
何事かと俺も振り返れば……
「ん?」
……そこに、準備体操をする黒髪の少年がいた。
屈伸をし、アキレス腱を伸ばしている。
「なに、しとるん?」
「なにって、準備体操」
「そんなん見りゃわかるて!」
「まさか……」
メガネメイドの嬢ちゃんが、信じられんという声を上げた。
「そ。ちょっと行ってくる」
……そいつは、あっけらかんと、信じられない事を言ってのけやがった。
「超君、あれ貸して」
あれとは、こんな事もあろうかとあのお団子メイド娘が作ってきたという転移用スイッチだそうだ。
「……ホンキかネ? 確かに、アレはワープだから、その技術を持たない魔法使いには邪魔も、感知もされないネ」
俺は知らねー事だったが、なんでも宇宙人の技術で、あのコノエモンにすら探知できない転移なんだとかな。
「本気も本気の大本気。幸い、ダンプに轢かれても耐えられる体手に入れた事だし」
そう、笑いながら、その男は、闇色が混ざった赤いスーツを装着した。
闇の魔法を纏う事により、身体能力が格段に上がるソレ。
確かにそれを着こめば、俺の一撃くらいにも耐えられるようになっただろう。
だが……
「……行けば、死ぬヨ」
お団子頭のメイド少女が、告げる。
それに関しては、俺も同意見だ……
生きて帰れる見こみは万に一つもねぇ。それこそ、0だ。
「かもね。でもさ、恋人が無実の罪で裁かれるってのに、俺がただ見ているってわけにはいかないだろ?」
男は、悲壮感の欠片もなく、そう言ってのけた。
「……わけぇなぁ。おばちゃんびっくりだ。って誰がおばちゃんだー!」
「自分で言ったんじゃねーか」
ここでのつっこみ担当はこのメガネメイドちゃんか。
「はっはっは」
こいつは、俺のつまんねーネタにも笑った。この状況で、笑いやがった……
ダメだこいつ。言ってとまるようなヤツじゃねぇ。
「……とめはしねーぞ。骨も拾ってやらん」
文字通り、骨も残らんだろうしな……
「それでいいよ。ただ、万一俺が戻ってこなかったら、彼女達の事頼んだよ」
「それくらいは引き受けてやるよ」
お前のたむけにな……
「じゃあちょっと、行ってくるぜ!」
そう言い、その男は、一瞬にしてこの場から消えた。
ぐっとボタンを押しこんだ瞬間、どがぁんとなにかに轢かれたような音だけを残し……
直後現れたのは、あの中継会場。
死刑の確定した、処刑会場だ……
──────
……やっべぇ。超怖ええ。
モニターに映る状況から、絶望的な状況が読み取れる。
一個師団てなんだよ一個師団て。どんだけ戦力持ってきてんだよ。
たった一人にドンだけの兵力つぎこんでんだよ。
どれだけ本気なんだよメガロメセンブリア。
それってつまり、なにがなんでもエヴァンジェリンを殺して、ゲートの主犯として祭り上げたいって事なんだろ。
絶対死刑……
不安でこのまま押しつぶされてしまいそうだ。
余裕はない。顔が強張る。
泣き出しそうだ。逆に、思わず笑みをこぼしてしまうほどに。
逃げ出したいし泣き出したいし転がりまわりたい。
体を動かしていないと、実際やってしまいそうだ。
だが、俺よりもっと絶望的な立場に立たされているヤツがいる。
この世界で、今、たった一人の味方もいないヤツがいる。
なら、ダンプに轢かれる程度の衝撃がなんだ。
何万人もの兵士を前にするのがなんだ。
俺にはわかる。
アイツは今、助けての一言も言わずに、他人の事を考えて、あそこで死を選ぼうとしているんだ!
せめてネギ達に余計な罪はおよばないようにと……!
そんな優しくて愛しいお姫様を、俺がほおっておけるかよ!
どんなへたれだって、立ちあがらなきゃいけない時がある!
勇気ってのは、こんな時の為にあるんだろう!!
今俺が行かずして、誰が行くっていうんだよ!
アイツの絶対の味方が行かないで、どうするってんだ!
だから、ちょっと行ってくるぜ!
絶対帰ってくるとは言えないけどな。
スーツを着こみ、ワープのスイッチを入れる。
とんでもない衝撃と音を聞きながら、俺は空間の壁を超え、そこへと転がりこんだ。
───フェイト───
世界同時中継となったその放送を、いまだ氷漬けのデュナミスと見ていた。
「さすがの彼も、これで終わりだね」
「……こうなってはしかたがあるまいな」
自分達が陥れた一端を担ったとはいえ、人間とは本当に愚かしいところがある。
世界で唯一僕達に対抗出来うる可能性を秘めた者を、みずからの手で処刑しようとしているのだから。
「しかしまさか、あの状況にみずからとびこんで行くとは……」
デュナミスが、残念そうに言葉を吐いた。
かの『サウザンドマスター』とて、伴侶となる災厄の魔王の裁判には手出し出来なかった。
処刑のどさくさに、処刑されたとして命を救うのが精一杯であったあの状況。
今回の公開裁判、即執行はそれすら許さないために作られた状況だ。
それ以上の事がやれない限り、この刑を免れる事は不可能だろう。
だが、今の彼に、そんな事を引き起こす力はない。
我等の主から逃れるため、力を封じてしまったからだ。
彼がいなくなる事は、我等の主のヨリシロが一つなくなる事を意味するが、それはしかたがない。
「……」
その時僕は、そのヨリシロが、消えてしまう事に、どこか安堵を覚えている事に気づいた。
これは、計画の邪魔をされなくなるという意味だろうか?
それとも、主の復活がなくなる事。という意味だろうか……?
……いや、今はいい。
これで、彼の死は決まったようなものだから。
なんの後ろ盾もない彼に、この政治的な決断を覆せるはずもない。
個人の力で世界の流れを覆せないのは、かの『サウザンドマスター』が証明している。
今力すら失っているあの男には、なお不可能の事だ。
それなのに……
どうしてこうも、僕の心をざわつかせる。
なにかするんじゃないかと、なぜ僕は、不安になる……!
───エヴァンジェリン───
……狙いは、私か。
ならいい。彼が、狙いでないのなら、それでいい。
兵に囲まれ、最初に思ったのは、そんな事だった。
周囲に異常な量の兵士が配置されていたのは気づいたのは、この庭園に足を踏み入れてからだった。
ここまで私に気づかせなかったという事は、相当の準備を整えての計画という事になる……
完全に私一人を狙った罠。
いつ私の正体がばれていたのかはわからない。
直接変身解除を見られない限りはありえない話だ。
だが、そんな記憶はない。見られるような間抜けをした覚えもない。
ならば、なんらかの偶然が重なったのだろう。
例えば、魔法の鏡などによる、正体の看破……
周囲には、32重の包囲網。
空間転移封じの魔法陣に、外からの転移妨害の陣までも敷かれている。
空中庭園に配置された兵は、メガロメセンブリアの重装魔法装甲兵。私の魔法への対抗策をたんとしたためた結界用の盾と壁になるつもりか……
さらに周囲には、鬼神兵すら幾重にも配置している。私への力対策も万全という事だな。
そして動きを封じた直後、周囲に浮かぶ戦艦とそれが、私を一斉に狙うというわけか。
最も近い東屋には、当然、障壁とて準備してあるはずだ。
あの東屋さえも移動するやもしれん。
さらにあの神鳴流を使える剣士(総督)がいる。
私が近づこうとすれば、それで迎撃する手はずなのだろう。
それゆえに、あの総督が我々の窓口となったというわけか。
一度顔もあわせているゆえ、我々も油断する……
存在する兵力はざっと見て一個師団。
『伝説』を相手に舐めて戦力をケチっているわけでもない。むしろあまるほど投入する気概で用意してあるようだ。
準備は十分にしてあるという事か。
私のいた小国ではなく、異国の、しかも祭りの式典の準備という名目で兵を集めても不思議はないメガロメセンブリアという大国によって。
逃がす気も死んだふりなどをさせる気もない、完全に私を抹殺するつもりの布陣だな。
私は確かに最強の魔法使いの一角かもしれない。
しかし、それを凌駕するほどの物量と、張りめぐらされた計略を前に、たった一人でこの状況を打破する事などは、不可能であった。
この包囲を抜け出すには、奴等も思い浮かばない方法をとるしかない。
例えば、かつて学園にて全ての魔法使いの意表をついた、鉄人兵団が用いたワープ。
それならば、まったく彼等の及ばない技術ならば、彼等に察知される事もなく脱出が出来るだろう。
もしくは、時を止められれば、包囲などないがのごとく歩いて脱出する事も出来る。
だが、そのようなものは今ない。
あの完璧に私をコピーする『コピーロボット』が今手元にあれば、死んだフリも可能だったかもしれないが、彼に渡し、手元にはない。ないモノをねだっても仕方がない……
エヴァンジェリンは知らないが、この世界に存在する創造主の鍵があれば、同様にその魔法艦隊の力を無力化し、脱出も可能ではある。
が、当然そのようなものをエヴァが持ち合わせているはずもない。
これは、詰んだな。
……だが、人間の世界は法の世界でもある。
抵抗しないのならば、この場で私を殺す事は出来ない。
ならば、護送中、檻の中、処刑の瞬間。
どこまでも脱出のチャンスはある。
この場では、彼も居て不利だが、生きていれば逃げ出すチャンスなどいくらでもあろう……
周囲を見回し、私は抵抗の意思はないと両手をあげた。
「それでは、この場で、特別公開裁判をはじめる……」
その言葉に、私はまず、耳を疑った……
「この裁判によって定められた判決は、いかなる条件を持っても覆す事は出来ず、何者も異議を唱える事は出来ない。そして、判決後、その刑は速やかに執行される事をここに宣言する……」
庭園の正面に現れた、特別裁判長が、私を見据え、そう言った。
「……」
そして、理解する。
奴等は、私をこの場で抹殺するために、必要なすべてをここに運んできたのだ。
ゲート事件は収束したと、世に知らしめるために……
私という悪を、正義の名のもとに断罪するために……
確かに、私の過去起こしてきた事を見れば、その罪は極刑以外にないだろう。
ゲート破壊の濡れ衣一つをとっても、十分な罪だ。
そこに、わざわざ審議をする余地も少ない。
だからといって、全ての過程を吹き飛ばし、私に死刑という判決を突きつけるためだけに用意された、この方法は、あまりにも無慈悲で、無法だった……!
……やはり私は、悪の魔法使いなのだな。
どれほど光を求めようと、光に包まれようとやはり、人は私を悪と見る。
当然だろう……
それほどの罪を引き起こしてきた真祖の吸血鬼なのだから……
600年の業を抱えた、大悪人なのだから……
その存在こそが、『悪』なのだから……
そんな私が、光を求めてよいはずなどなかったのだ。
思い知らされる。
過去から伸びたこの影を……
思い知らされる。
自分は、彼とは決して歩めない存在なのだと……
……ならば、私はより悪となろう。
この場での処刑が免れぬというのなら、ネギやあのクラスメイト達の罪は私が持っていこう。
共に賞金をかけられた少女達の罪は、なかったと私が証言し、あの賞金を無意味とさせよう。
どうせ、私がゲートを襲った理由など、適当にでっちあげるのだろう? ならば、奴等に都合の良い話をすれば、こちらの話も、少しは通るはず。
それが、私に出来る、最後の悪だ……
「……そして最後に、ゲートボート破壊事件。以上が、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの引き起こした事に、相違ないか?」
罪状を読み上げる裁判員が、私を見る。
私は、それにそのまま……
「いぎありいぃぃぃ!」
うなずこうとしたその瞬間。兵士達の垣根を踏みこえ、空間の壁をこえ、やってくる者がいた……
──────
メガロメセンブリア重装魔導装甲兵の頭を飛び石のように渡り、ぽっかりと開いたエヴァンジェリンの周りに、その少年は着地した。
さらにもう一つ。彼女を挟みこむように、なにもない空中から、この天空の庭へものすごい勢いで吐き出され、転がった少年。
勢いよく転がったが、すぐ体勢を立て直し、その二つの足で、庭園の大地を踏みしめる。
踏みしめたその衝撃で、少年の纏うスーツ付属のヘルメットが、光と共に砕け散り、ベルトにもひびが入る。
ダンプに轢かれる程の衝撃を吸収した結果、それが砕け、必殺に必要なベルトも傷ついたのだ。
着地し、顔を上げたその少年達の、その二つの双眸が、エヴァンジェリンを捉える。
突然現れた同じ二つの存在に、場を囲むものは、あまりの事に驚き、思考停止してしまった。
一方はともかく、突然空中に現れた存在は、この場を取り囲んだ者として、ありえなかったからだ。
転移妨害の陣を引いているというのに、そこへ平然と転移して現れたからだ。
なにより、その場に現れたのは、まったく同じ顔をした少年だった。
双子ではない。双子以上にそっくりな少年達が、まったく同じ歩幅で、その中心に存在する少女の下へと歩み寄って行くのだ。
それはまるで、幻でも見ているかのようだった。
「「異議ありだ裁判長!」」
二人の、いや、一人の声が、重なる。
「……法廷に乱入するとは、なにものぞ? 関係者以外は、退場を命ずる」
空中庭園に展開された、特別裁判の裁判長が、木槌を叩き、その存在を問う。
関係者でないと判断されれば、裁判転移で強制退場されるのだ。クルトの狙いも、それである。
つかつかと中心に歩み寄りながら、少年は言葉をつむぐ。
「「関係者以外? なら、安心しろよ……」」
その同じ顔をした少年は、エヴァンジェリンの前に立つ。
「「俺達は、いや、俺は、こいつの共犯者。むしろ、俺が主犯だ。なにせゲートポートをぶっ壊したのは、俺だからな!」」
二人が同じ言葉を吐き、同じ動作で、だが、鏡合わせのように、一方は右手で、もう一方は左手の親指で、自身を指差した!
全世界に、衝撃が、走り抜ける……
「……あぁ」
それを、バルコニーから見ていた姫が、ふらりと倒れた。
あまりの事に、気を失ってしまったのだ。
「なななななあぁ!?」
姫を思わず受け止めたが、開いた口がふさがらないのは、王だ。
「これでは、もう……」
クルトも、言葉もない。
さすがに、これでは安全を保証する事は、不可能になった……
それは、誰もが信じられない言葉だった。
その場に現れ、そのような事を言えば、どうなるのか。
あのままならば、催眠術や魔法で操られていたとどうにでもつくろえた。
だが、自分が主犯であると言っては、それは通じない。
自分の意思で言ってしまっては、もうどうしようもない!
これは、裁判なのだ。公開されているのだ。そこに、自身の意思で、偽りなくソレを言えばどうなるか。
魔法のあるこの世界で、それを行うのが、どういう意味なのか、わかっているはずだ。
この状況が、どんなモノなのか、理解していたはずだ!
そうなれば、どうなってしまうのかわかっているはずだ!
どんな馬鹿にでもわかるはずだ……
なのに……!!
「それともう一つ! 『闇の福音』は『サウザンドマスター』ナギの手により極東の地により死んだ! ここにいるのはただの少女! 闇に堕ちず、吸血鬼でもない。悪を背負わされ生き続けてきた少女なんかじゃない! 人違いだ!」
スーツの少年が、吼えた。
「大体勝手な捏造で、一人の女を不幸にしようとするな! ここにいる女はな、いずれ世界で一番幸せになる女なんだぞ! 俺がこれからもっと幸せにする女だ! 『闇の福音』とは、別人なんだよ!」
王子の少年も、吼えた。
「「なにが言いたいのかと言えば、エヴァンジェリンは、俺の嫁!!」」
そして同時に、主張した。
「……」
しーん。
少年の言葉に、音が一度、止まる……
「「言った。言ってやったぜ。これでもう、後戻りは出来ないな!」」
少年二人は、同時に自分達へ向け、天へと親指を立てた。
「後戻りじゃないこのアホ! 違うぞ! あれは全部私だ! 私がやったんだ! 主犯は私で、こいつも、それ以外の奴等も全部私に操られただけだ。そういう事だ!」
エヴァンジェリンの悲痛な叫びが響く。
だが……
「……よろしい。関係者と認める。以後、両名をゲート破壊事件犯人として、審判を続ける」
その願いは、聞き入れられる事はない。
「「うっし!」」
二人の少年は、思わずガッツポーズ。
「ああああ、アホかあぁぁぁぁぁ! お前、なにをしたかわかっているのか!? 結果、どうなるのかわかっているのか!?」
「「……わかっているよ。でも、お前の知る俺は、こんなところで、お前一人をほおっておけると思うのか?」」
少女に向けられるのは、優しい笑顔……
「……」
少女の答えは、泣きそうな顔をして、唇をつぐんでの、無言。
それが、全てを物語っていた……
「……であり、……が、である……」
そして、彼等の背後では、彼等に言い分をまったく聞かない審議が、進んでいる。
「お前の事なら、なんでもお見通しなんだよ」
「いらない罪まで認めて、ネギ達の安全を考えたとか」
「このまま処刑されれば、俺に迷惑はかからないとか」
「自分は悪い魔法使いなんだから、当然の報いなんだとか」
二人で一人の少年が、口々にエヴァンジェリンの思っていた事を言い当ててゆく。
「「そして、本当は、俺が来る事を、信じていたとか」」
最後に、また、一人の言葉が、重なった。
ずっと考えようとせず、我慢していた想いすら……
「馬鹿だ。お前は、本当に、馬鹿だ……」
エヴァンジェリンの瞳に、涙がにじんだ。
嬉しかった。
来てくれた事は、本当に、嬉しかった……
だが、来て欲しくはなかった。
来ればあなたも、確実に死ぬ事になるから……
なぜ来てしまったの?
理由は、わかっている……
なぜ、そこまでしてくれるの?
理由は、知っている……
こんな時なのに、私は、これほどまでに、あなたに愛されている……
これほど嬉しい事はないのに。
これほど、悲しい事もない……
ただ、あなたと一緒に死ねるというのは、悪くない……
絶望の中、唯一残った光は、共にいられるという事だけ。
そんな、絶望の、光だけ……
「……だが、どうする気だ? このままでは、私もお前も、極刑以外にありえんぞ」
心の中を悟られまいと、強がりを口にする。
「……そうだな。正直、それはそれで、お前と一緒なら悪くない気もする」
「だよな。ある意味究極の愛って感じだよな」
一方が言い、一方が肯定する。
また、心を読まれていた……
「「でもよ、エヴァンジェリン。お前は、それでいいのか?」」
「……よいわけ、ないだろう」
だが、この状況で、それを覆せるはずがない。
この判決はすでに決まっている。
こんな裁判など、名ばかりで、ただの茶番に過ぎない。
審議も弁護もない。ただ、私に有罪と死刑を突きつけるだけの、ただの手続き。
この場で処刑を行うための、たんなる建前……
万一、彼の力が戻っても、それは同じだ。
戦って勝つ事は出来ても、この場から逃げ出す事が出来ても、この判決を覆す事は出来ない。
一生の追われ者が、二人に増えるだけだ……
あなたまで、闇の中に生きる事になってしまう……
この影の中に、彼を引きずりこんでしまう……
そんな事、許せるはずがなかった……
だが、そんな決められた流れを覆すのは、いくらあなたでも不可能だ。
『悪』が、『正義』の勝利を覆す事など、ありえないのだから……!
絶体絶命。
不回避の死。
そんな、絶望の闇。
なのに……
なのに、彼は……
「「ああ。俺もよいとは思わない。だから、二人でここから、無罪放免で帰るぞ」」
……その全てを、否定した。
臆面もなく、彼は、そう言ったのだ。
いつもと同じく、堂々と。自信満々で。はっきりと、きっぱりと。
ここから無罪で帰る。
そんな事は不可能だ。
それは、私の闇を全部消して、私の罪も、その業も、すべて許されなければならない。
私の過去が、すべて許されなければならない……!
絶対に、不可能だ。
ならば私は……
私は……
それを。あなたの言葉を、信じるしかないだろう……!!
だんだん!
裁判長の木槌が、この場に響き渡った。
「……判決を言い渡す」
一方的な審議も終わり、どうやら、終わりの時が来たようだ……
──────
「……なあ、俺」
「なんだ、俺」
王子の俺が、スーツの俺に言う。
「やっぱ、来てくれたな」
「当たり前だろ。だって俺は、お前なんだから……」
それは、二つにわかれたとしても、どちらも揺らぐ事なく、一人の少女を想い続けた結果だった。
そして、スーツの俺が、王子の俺に言う。
「怖かったか?」
「ああ」
「だよな」
「当然だ」
それは、恐ろしいと感じても、どちらも勇気を振り絞る事が出来た結果だった。
「じゃあよ」
「ああよ」
「「ここから、大逆転といこうぜ」」
元は一人の少年が、拳と拳をぶつけあわせる。
本能的に、気づいていたのかもしれない。
こうなれば、元に戻れると、うすうすは感じていたのかもしれない。
だが、その場に二人がそろうまで、彼はそれを認識していなかった。
そのような認識などなく、ただ愛する人の為に、恐怖を勇気で踏み潰し、彼はこの場に現た。
愛する人を、一人にさせまいと、揺ぎ無い想いを持っていたがために、全ての彼は、そこに現れた。
ゆえに、この結果は生まれた……
二人がそろってはじめて、気づいた。
そうすれば、戻れると。
体が、教えてくれた。
本能が、確信させた。
しかし理性が訴える。その後のリスクを……
だが、そんなリスク関係ない。
世界を滅ぼす可能性なんて、関係ない。
一人の好きな女も救えないのに、世界の事なんて、考えていられるか!
好きな女一人救えない力に、意味なんてあるか!
ならば、好きな女を救ったあと、当然のように世界も救ってやる!
だから、戻るぞ、俺!
同じ想いをもって、半身と半身の手が、はじめて触れた、その瞬間……
『ウルトラミキサー』
俺の頭に、その名が浮かんだ。
それは、二つのものを、一つに融合させる『道具』
生物だろうが、無生物だろうが、二つのモノを、一つに融合させてしまう。
生物を融合させると意識が二つに一つの生き物が出来るが、同じ人物ならば、問題はない!
二人だった姿を光が包み、二人だった少年が、ひとつに戻る。
右に王子、左にスーツの姿だが、スーツの姿が消えるのと同時に、その服装は、王子のそれに戻る。
本来ならば、その半分はスーツを着ていた服になってもおかしくはない。が、そこは、スーツが空気を読んで服の変換を変えたのだろう。
しかし次の瞬間。
俺の体の奥底へ、なにかが忍び寄ってくるのがわかった。
『闇』がはいずりよってくる感覚。
心の中で、なにかがうごめくあの感覚。
学園で感じ、あのゲートで感じた、アレだ。
きや、がったな!
だがな。今お前にかまっている暇はないんだよ!
今は世界より、なにより、好きな人の一生がかかってんだ!
てめぇとの心の駆け引きなんざに、つきあってやる理由がねぇんだ!
だから!
今はひっこんでろ!!
一喝。
それはまさに、一喝であった。
次の瞬間、その這いずり現れた『闇』は、霧散する。
それは、俺の中から、はじき出されていた。
せまり来た『闇』を振り払い。俺はゆっくりと、そのまぶたを開く。
「判決!」
そして、その手は、みずからの服のポケットへと導かれる。
その瞬間にあわせ、俺は懐から。『四次元ポケット』から、あるパスポートを取り出し、高く掲げた。
──────
この世界にいる者全てが、その裁判の行く末を見守っていた。
突然現れた二人の少年。
それが、『闇の福音』であるエヴァンジェリンをかばい、みずからが犯人だと言い出し、さらにはそのエヴァンジェリンを嫁だと言いはじめたのだから。
その少年は、二人いるはずなのに、一人の少年がいるようにしか、見えなかった……
たった一人の少年が、その場に現れたとしか、思えなかった……!
それを見るものは、全員が、この少年を愚かだと思った。
なにを好き好んで、伝説の賞金首に味方するのかと。
絶対の死刑が決まっているのに、なぜ、自分も自分もと、首を差し出すのかと。
誰にも、理解は出来なかった……
だが、そこまで出来る少年のその愛に、ほんの少しだけ、憧れた……
そこまで行動を共にしてくれる者がいるエヴァンジェリンに、少しだけ、同情した……
「これで、我等の地位も安泰ですな……」
「まったくですな……」
メガロメセンブリア元老院議会。
今回の一件の黒幕にして、ネギの村を襲った悪魔の召喚を指示した者達も所属し、その地位のため、ナギの伴侶へ罪をきせた者達の集まり。
そこで、この茶番の中継も行われていた。彼等が仕掛けた茶番なのだから、当然でもある。
少年の出現は、一瞬何事かと思わせたが、なんの事もない。ただの自殺志願者であった。
ならば共に処刑してやればいい。王子? そんなものは関係ない。情報を持ってきた程度の小国の者が死にたいと言ってきたのだ、その願い、かなえてやった方が本望であろう。そもそも勝手に飛びこんだのだ。我々の責任ではない。
そう判断し、彼等は安堵し、この自分達の地位を約束させるためのこの茶番。それを議会という特等席で、見守っていた。
判決で死刑が出れば、あれも本気で抵抗をはじめるだろう。おとなしく殺されてしまっても困る。そうでなくては、これだけの戦力を集めた意味がない。
そのために、このような茶番を準備したのだから。
派手なショーと共に、圧倒的なパワーと統率力で、最強種にして伝説の吸血鬼を打ち倒し、人々の不安を取り除く。我等の力は世界に示され、そこに生まれるのは、新しい栄光のメガロメセンブリア伝説。
あの忌まわしい『赤き翼』の伝説も吹き飛ばし、今度こそ我等が牛耳るこの国が、我々が世界のナンバーワンとなるのだ!
「ふふ、ふふふ」
なんとも素晴らしい。すばらしいぞ!
バラ色の未来を夢想し、老人達はそのショーのクライマックスを、今か今かと待ち構える。
カメラは、判決を言い渡す裁判長を映し、モニターを見上げる全ての人は、その木槌の行方に注目した。
判決の結果を知る者は、彼等に注目した。
判決が出た直後、一斉に攻撃する手はずだからだ。
死刑と言い渡された瞬間。その標的を撃ち抜く予定だから。
裁判長と裁判員は当然、被告を見て、裁判を下す。それが例え、すでに決められた判決であったとしても。
だんだん!
木槌の音が世界に響き、判決が言い渡されようとしていた。
「……」
クルトは思わず、その判決から眼を背けた。
思い出してしまったからだ。覆らなかった、あの人の汚名を。
今度は回避出来ない悲劇を、見たくなかったからだ……
理不尽なものだ。
あの日、20年前の判決の時を思い出す。
あの時もまた、人の悪意に彼女達は無力だった。
そして、今また、私は無力だ。
あの無力を覆すためこの世界に入ったというのに、結局自分も、それを変える事は出来なかった……
ネギ達はただ、両手を握り、祈るしか出来なかった。
世界各地に散らばった、この二人を知る少女達も、祈るしか出来なかった。
無力でしかない彼女達は、ただ、祈るしか出来なかった……
その祈りは……
「判決!」
『無罪!!!』
世界の音が、止まった。
「被告人は吸血鬼ではなく人間であり、そのどちらもあの場でゲートを破壊した人物とは言えない。なにより、その者がエヴァンジェリンであったとしても、『闇の福音』はすでに討伐されている! その罪はすでになく、賞金首と設定するのは不当である! よって、両名無罪である!」
それは、誰もが予想だにしなかった判決であった。
クルトがその判決を聞き、なぜか思わずメガネを外し、レンズを拭き、もう一度見る。
「……」
もう一回やった。
「って、えええぇぇぇぇぇぇ!!?」
中継を見ていたすべての人が、同じように、その判決に、目を、耳を、自分の頭を疑った。
だが、そこにあるのは、無罪。
絶対的無罪判決!!
「なっ、なにが、おきた……?」
混乱するのはクルトである。
バルコニーに駆け寄り、周囲の兵士達を見ると、この判決を至極当然のように受け止めている。
裁判員全員も、満場一致で無罪にうなずいている。
あのエヴァンジェリンを、全員許して認めて無罪と判断しているのだ!
この特別裁判の結果は、二度と覆らない。我々がそう、決めたのだから。
つまり、ゲート破壊事件の罪も、エヴァンジェリンの今までの罪も、すべて、無罪。
決して覆らぬと宣言したこの場で、彼女の罪は公式になかったと、認めたのだ。
そう。これ以後、エヴァンジェリンが賞金首として狙われるいわれは、一切存在しなくなったのだ!
いや、そんな事はどうでもいい。
この裁判は、結果が最初から決まっていたはずだ。
絶対に覆らない死刑だったはずだ!
それなのに、なぜ、判決が無罪なのだ!!
だが、判決に不服のある兵士は誰も居ない。
攻撃するために彼等を見て、待ち構えていた兵士達はすべて、納得して槍を収めてしまっている!
無罪と言われた直後、周囲を取り囲んでいた兵士は槍を引き、戦艦は場を離れはじめている。
その無罪が、当然のように、受け入れられている!!
同様に、モニターで裁判長の判決を見ていた者達は、混乱する。
まさかの逆転無罪。
それは、誰もが予測していなかった判決だったから。
ただ、飛び上がって喜ぶ少女達の姿が、世界のあちこちで見かけられた。
……祈りは、通じたのだ。
──────
「さ、これで俺もお前も、完全に無罪だ。今までの罪は、ぜーんぶもう罪に問えない。これでお前は、晴れて自由の身だ。彼等が自分でそう決めたんだから」
呆然とするエヴァンジェリンに、一人に戻った少年が、そう笑顔で告げる。
「な、なにが、なにが起きた……? なにが、起きたの?」
ぺたんと座り込み、呆然と、言葉を返す少女。その姿は、驚きのあまり、擬態すら解けてしまっている……
信じるとは言ったが、実際に起きてみれば、その身を襲う衝撃と安堵は、計りしれないものがあったからだ。
理解が追いつかないまま、目の前に居る、一人に戻った少年を、見上げるしかない。
「あまりの事に、口調がちょっと女の子になってるぞ。お前だけには教えてやるよ」
彼はそう言い、判決が出る直前取り出した一冊のパスポートをエヴァンジェリンに見せた。
『悪魔のパスポート』
表紙には悪魔の顔のシルエットが描かれ、「PASSPORT OF SATAN」と表記があるパスポート状の道具。
その力は、万能の免罪符。
このパスポートを提示すれば、小はカンニングから大は殺人、強盗などの凶悪犯罪に至るまで、どんな悪事も、まったく免罪されるという恐ろしい道具。
どのような犯罪も、これを見せるだけで、その罪が許され、なかった事にされるというモノなのだ。
すなわち、これがあれば、どのような犯罪も許されてしまう、まさに悪魔の道具なのである!
ゆえに、彼等を注視していた裁判官や兵士達は、彼女達を無罪として許したのだ!!
『悪』が、『正義』の勝利を覆したのだ!
「それを使えば、なんでも、許されるというのか……?」
「そ。本当は絶対に使いたくなかったんだけど、今回ばっかりはそんな事言っていられなかったからな」
絶対に使いたくなかった手段を使ってまで、彼は、私を……
「おい……」
その瞳に、なにかが溢れてくるのを、エヴァンジェリンは感じていた。
「……今はやめろ」
彼が、困ったように、私へ告げる。
「……むり……」
「頼むから泣くな。泣くのは結婚式にしてくれ。今はまだ、道の途中なんだ。こんなどーでもいいところで、泣かないでくれ」
「……うぅ。そんなの、無理にきまっているだろうがぁ」
どうでもいいなんて言えるレベルの事じゃないだろうがぁ。
今、私は、真の意味でただのエヴァンジェリンになったんだぞぉ。
吸血鬼の闇も、その業も、すべてあなたに消し飛ばされたんだぞ……
これから堂々と、光の中を歩けるようになったんだぞ……
助かったんだぞ。絶体絶命の命の危機から。
許されたんだぞ。すべての過去が……
救われたんだぞ。あなたというヒーローのおかげで。
本当に力が戻るのかもわからないのに、命の危険も顧みず、現れた、あなたのおかげで……
しかも、みずからが禁忌とした力さえ使って……
これほどの愛を。これほどの喜びを。これほどの幸せを感じて……
それなのに、それなのに、涙が出ないなんて、無理に決っている……!
「しょうがないな。このままじゃ泣き顔、世界中継だぞ。どっか別のトコで泣いてこいよ。もしくは俺の背中にくっついてろ」
「……そうする」
そのまま背を向けた少年の背中にくっついて、エヴァンジェリンはうれし涙を流した。
「なら、こいつかぶってろ」
かぶせたのは、『石ころ帽子』。これで、どれだけ泣いていても、誰も気にはしない。
「結婚式の時、これ以上に泣かせるからな。これ以上の幸せを、これ以上の喜びを、味あわせてやる。覚えとけ」
こんな突発的な事態ではなく、自分の力で作った、自分だけの愛で!
「覚えて、おく……」
少女は王子様の背中で、嬉し涙を流した。
ただ、泣いた……
嬉しくて、嬉しくて、泣いた。
この日『闇の福音』エヴァンジェリンという賞金首は、魔法世界から、消滅した。
かわりに残されたのは、エヴァンジェリンという、ただの少女……
過去の闇を全て祓われた、将来世界で一番幸せになる少女だった。
──────
しばらくして。
クルトも冷静さを取り戻し、気づいた。
賞金700万もの賞金首が、目の前で無罪となった。それは、あのエヴァを本物と信じるモノから見れば、どんな無法も許されると認めたといってもいい。
このままではまた、メガロメセンブリアの信頼は落下する。今度こそ、地に落ちる。
祭り以前の問題で、メガロメセンブリアという国が滅茶苦茶になってしまう!
「な、なにを。一体なにをすれば、こうなるのです!」
結果は決まっていたはずだ。
それを覆す事など、根本的に出来るはずがない。
「それは企業秘密ですけど、正しい判断が行われたってのだけは、事実なんじゃないですか?」
ふわりと、一人の少年が、バルコニーに降り立った。
なぜかなにかを背負っているように見えるが、そこになにもいない……
「お、王子……」
「はい。王子です。そして王様。ごめんなさい。俺やっぱり、王様にはなれないわ」
ごめんと言った風に、敬礼のように手をかざし、その後手首を返すポーズをとる。
「え? あ、ああ……」
王はまだ、事態が理解出来ていないようだ。
気絶した姫を抱きかかえたまま、呆然としている。
いや、理解を拒否している。というのが正しいのだろう……
「ま、王様は今いいとして。総督。ゲートに引き続き、大失態の連続ですね。このままだと、大変な事になりますよね? 魔法世界を統べる人達に対して非難ゴーゴーじゃないですか?」
「ぐっ……」
痛いところをつかれ、言いよどむ。
「でもね、今の俺は、そんなあんたの窮状も、救ってあげられるよ」
少年が、クルトを見て、笑った。
ぞっ!
その笑顔を見た瞬間。
彼の肝は、絶対零度になったかと思うほどに、凍えた気がした。
そこにいたのは、悪魔。天使のような、悪魔だった……
「あなたは、今回の事に乗り気じゃなかったように見えた。だから、その心根に準じて、アンタをヒーローに仕立ててあげるよ……」
悪魔の、誘惑……
だが、この混乱を収める方法があるというのなら、聞かないわけにはいかない。
自分はともかく、こんな茶番で、国を崩壊させるわけにはいかない。
政治家とは、時には悪魔の話も聞いて交渉出来なくては、勤まらないのだから。
「な、なにを、いや、なにが、出来るというのです……?」
「簡単な話。もっと大きな茶番をはじめよう」
彼は『ポケット』から、一台のテレビを取り出した。
時を遡り、事実を映し出すことの出来る、テレビを……
「さあ。ここからが本当のショータイム。メガロセンブリア元老院の虚偽と不正を暴きましょう。政治の闇を、一掃しましょう」
「っ!?」
「今アンタ以外の議員達はどこに?」
「これを議会に集まって、そこで見ているはずです」
それは、そうまでする必要のある重要な捕り物だった。
「あら。なら好都合」
──────
ざわざわ。
ざわざわざわ。
あまりにもあんまりな超判決であったため、思考停止していた人々が、正気に戻る。
納得がいかないのは、これを見ていた者達である。
無罪の判決が出たのはわかる。だが、なぜこんな大掛かりに、無罪の判決を出しにきたのか。
面白い見世物ではあったが、期待していたものではなかったのだ。当然である。
一方メガロメセンブリア元老院議会。
そこも、あまりの超判決に、中継を見ていた者はおろか、中継をしている者すら混乱している。
誰もなにも言葉を発せずに、ただ止まった判決の画面に釘付けになっていると……
「……皆さんこんにちは。私はメガロメセンブリア元老院議員にして、メガロメセンブリア信託統治領新オスティア総督、クルト・ゲーテルと申します」
画面が変わり、一人の男が映し出された。
それは、悪魔と取引をした、総督の姿。
「先ほどの茶番はお楽しみいただけましたでしょうか。誰もが、目の前の少女は、ゲートポートを破壊した、伝説の賞金首だと感じたでしょう。ですが、それは、メガロメセンブリア元老院によって捏造された事実だったのです!」
ざわっ!
世界が揺れたかと思うほどの動揺が、すべての人に走った。
「先日のゲートポート崩壊事件。それも、今回の茶番と関係があります。簡単に説明いたしましょう。先日の事件と、今回の闇の福音処刑捏造。それは、それらすべての事件を事前に知り、見逃し、虚偽と不正により利益を得ていた元老院議員をあぶりだすための茶番だったのです!」
総督が、右手を上げ、指を鳴らす。
すると、彼の背後の画面が、分割され、様々な画面が映し出された。
「ゲートの破壊の犯人を、彼女とすればよいのですね」 「そこを無視していればいいと」 「その話、悪くありませんな」
「よかろう。私は見なかった」 「愚かな民衆には茶番でも見せておけばよかろう。それで私達は安泰だ」
「こちら山吹色の菓子にございます」 「エチゴーヤ、お主もワルよのう」 「殺せ」
「村ごと消してしまえばよかろう」 「当然、便宜を図らせていただきます」 「ワシに逆らえばどうなるか、教えてやれ!」
「勝てばよかろうなのだ!」 「すべてはやつが悪い。という事にしてほしい」 「邪魔だな、あの女……」
そこには、虚偽、密約、不正の瞬間をはっきりと映した画面が、ずらずらと並べられていった。
いわゆる越後屋。お主も悪よの~。の瞬間が、言い逃れの出来ぬそれが、その画面にはっきりと映し出されていた!
それを見て、処刑という娯楽を楽しもうとしていた当事者達は、ぎょっとする。
そこに映し出されていたのは、自分の悪事だからだ。
「幸い、議会の方では全ての議員がお集まりだ。民全てが見ているこの場で証人喚問を行ってはいかがでしょう?」
クルトが、画面の向こうで笑顔を作る。
それは、今回のこんな茶番を認めてしまうのだから、それも当然OKですよね。という笑顔であった。
さらに、クルトの言葉と同時に、今回使用している世界中継。
それに、議会の映像がさし変わる。
この時から、この元老院議会が、世界全てに中継されはじめたのだ。
その瞬間、この場にいた議員達から、言葉にならない悲鳴が上がる。
あの証拠を見せられ、この場で答えたのならば、もう逃れる事は出来ない。
あの映像が捏造であったとしても、この場での発言は、映像に残り、正式な証拠になるからだ。
「ば、バカな! このようなおうぼ……私は、その事件でエチゴーヤから金を受け取りましたー!!」
抗議をあげようとした議員が、いきなり本音を叫んだ。
あわてて口をつぐもうとするが、それは止まらない。
いつどこで、なにを誰と誰が、どのような事を。今までの悪事を、詳細に、次々と暴露してゆく。
この場で話してはいけないというのに。
絶対に話してはいけない事なのに!
その証言の中には、同じ議員の名前がある。
その名を呼ばれ、どういう事かと聞かれた議員は……
「わ、私のきお……はい! 私もやりましたぁー! 一緒に受け取りましたぁー!」
同じように、その悪事を次々と、正直に話してゆく。
次から次へと暴いてゆく。
その暴露は、止まらない。
暴露の連鎖は止まらない。
まさに、それは、祭りであった。
大暴露大会であった!
心を操られた? 否。この議会会場において、そのような魔法使用は出来ない! 出来れば政治とならないから!
ならばこれは、みずからの意思による自白以外にない!
暴露大会の開始と同時に、元老院議会の扉が開かれ、その警備隊が踏みこんで来た。
議会がはじまっている間は不逮捕特権があるので、逮捕はされない。
ゆえに、出入り口から逃げられないよう、退路を塞いだのだ。
証拠隠滅など出来ぬよう。この暴露の連鎖から、逃れられぬよう。
まるであの処刑が茶番であり、これからはじまる逮捕劇が、最初から仕組まれていたかのように。
この暴露を、世界に流すのが、目的であったかのように……
不正を暴かれた議員達は、観念するしかなかった。
今流れている映像はすべて、過去の自分達をそのまま直撮りしてきたかのような映像であったから。
そのうち、自分の方へも釈明のチャンスが与えられ、なぜかそれを、正直に話してしまうのだろう……
聡い者も、どれほど愚かな者も、悟っていた。
すべてを正直に話し、すべてが記録されてしまっている。
これを見ている者すべてが証人になった。
この元老院は、終わりだと……
自分達はもう、破滅したのだと……
あの若造。
新オスティア総督。クルト・ゲーテル。および、今回の計画を立案した。ゲイザス国王の手によって、完膚なきまでに……
そしてこの大暴露大会に、使われた『道具』がある。
『ショージキデンパ』
この『道具』から放つ電波を人に浴びせると、相手はなんでも正直に喋ってしまう。ダイヤルで電波の強度を調節でき、強度を上げると、より強く強制させる事が出来る。用途の上では『白状ガス』に近い。
これを、『取り寄せバック』を使い、議会の適当な位置に設置し、正直強度を高めにして照射。
科学の塊であり、魔法でないこれに、議会の魔法制限は通じない。
となれば、この議会で嘘はおろか、秘密を我慢する事が出来ない。
今の話題は、元老院の虚偽と不正。
であるから、あのような暴露大会がはじまったのだ。
全ての人の見ている前で、みずからの悪事を、みずからの口で、暴きはじめたのだ。
「さあ皆様! しっかりとこの不正の自白を、記録にとどめください! メガロメセンブリア元老院にはびこる悪を! 皆さんの目と耳で、しっかり記録し、一掃いたしましょう!」
そうして、クルトの演説は終わりを告げた。
元老院の不正暴露大会は、人数が人数だけに、そう簡単には終わらないだろう。
だが、このまま行けば、彼の念願であった元老院の虚偽と不正は一掃され、その悪徳は消えさるだろう。それだけではなく、災厄の魔王などと言われた、あの人の名声まで取り戻す事が出来るだろう……
ふと空を見上げれば、他の地域を映したモニターが目に入った。
そこかしこで、新オスティア総督と、同じく計画を立ち上げたとされるゲイザス王の二人を称える声が響いていた。
正義の味方として、彼は今、この世界の英雄に祭り上げられた……
クルトはそれを見て、思わず流れた脂汗をぬぐいながら、一息ついた。
茶番のすり替えに、なんとか成功した。
これで、社会の崩壊はない……
「いやー、名演説。アドリブばっかりご苦労様でした」
ぱちぱちと、演説の間席を外していた王子が、拍手でクルトを出迎えてくれた。
「そりゃあ、私の地位どころか国、社会そのものがかかっていますからね。あのまま『闇の福音』を無罪のまま中継が終わったとすれば、国の面子は丸つぶれ。それこそ暴動が起こりかねませんでした。あのままでは、社会が崩壊します」
「ですよねー」
あの判決は、ある意味無法がまかり通ると喧伝してしまってもいるから。
だからこそ、彼もヤバイと思って、別の茶番を作り出す事にした。
それが、メガロメセンブリア元老院議会の不正暴露。標的に元老院を選んだのは、単に、やられたからやり返しただにすぎない。政治家が全てクリーンとはとうてい思えない。確実に不正が出てくると踏んでいた。
そしてそれは、成功した。
「しかし……」
クルトは振り返り、リピートされる背後の映像達を見る。
捏造とはとても思えない、鮮明な証拠動画。
いや、捏造などと言えるはずもない。すべて本人登場の、実際にあった事をうつしたモノなのだから。
時を遡り、カメラで映してきた衝撃画像なのだから。
あの証拠画像を作るのに使用された『道具』。それは……
『タイムテレビ』
過去はおろか、未来までも見通す事の出来るテレビ。
どんな時代や場所でも見る事が出来る。また、特定人物や一族を時代ごとに追うなどの機能もある。
未来を見る場合は、そのまま先に起きる事だけではなく、他の可能性を加味した未来も見る事が出来る。当然未来は確定したものではなく、参考程度にしかならない。
その映像は捏造などではなく、実際にあった事を映しただけなのだ。
ちなみにあの動画は、クルトの知る情報を元に、特定人物を追う機能を駆使し、時間をとめたり伸ばしたりして時計の針が3分移動する間に製作しました。
さらには、あの秘密を話す事をやめられない道具……
実際クルトも自分で効果を体験したが、アレも……
「とんでもないものだ……」
本当に、一掃出来てしまった……
ありえない事が、出来てしまった。
「あとの事は、お任せしますよ。ネギ達の賞金取り消しとか」
元老院のこの後などは、クルトに全て丸投げである。
「わかっていますよ。ですが、いいんですか? 君が本当の英雄だと。人々に告げないで」
たった一人の少女の為に、欺瞞に満ちた裁判をひっくり返し、巨悪の根源を叩き潰した。
これほどわかりやすい英雄譚もそうはあるまい。
紹介されれば、この世界の歴史に名を残す事は確実だ。
「よしてください。俺達はただのエキストラ。茶番を盛り上げただけの、学芸員ですよ。それだけで十分。それに、俺は王子とか英雄とか、そんなガラじゃないんで」
「そう、なのですか……」
「王子様の方も、辞めてきましたしね」
「なんと……!」
クルトが演説している間に、『どこでもドア』で国へ戻り、『王の器』の光を消して戻ってきたのだ。
一人に戻った彼は、きちんと認識され、屋根も飛び出していた彼の『王の器』は、綺麗さっぱり消えた。
これで、彼は完全に自由の身となったのである。
「多分俺が居なくなる事が、王様にとって一番の罰になるでしょうからね」
彼がぽつりと言った。
「……」
クルトはその通りだと思う。
彼を王にと考え、その後どれほどの損害も罰でも受けようと考えていた王にとって、それが一番つらい事だろう。
これ以上の罰もありえまい。それこそ、王にとって死以上の罰だ。
だがクルトは、王となった彼を、少しだけ見たかった。なんて思った……
「それに、俺とエヴァンジェリンは、他にまだやる事があるんで」
「そうですか。一応、オスティア祭で行われる舞踏会などに招待をしたかったのですけれども……」
「……それはつまり、祭りはつつがなく行われるって事ですね?」
彼が、その言葉の意図を理解し、笑って答える。
「当然ですよ。この暴露大会が予定通りである事をさらに証明するためには、この祭りはなんの問題もなく開催しなくてはならない。ここで我々がなんの問題もないようあの場に現れなければ、この正義が無意味になってしまいますからね」
世界が平和になった祭りを前に、自国の悪徳も排除したが、このメガロメセンブリアに問題はないとの喧伝出来なければ、自国だけで開催するわけではない祭りで、他国につけこまれてしまう。
予定通り出来なければ、なんのための茶番だったのかという事になってしまう。
ゆえに、祭りを止めるなどという事は当然出来なかった。
「祭りには行くんで、見つけたら招待状をくださいな。そっちに行くかはわかりませんけど」
はっはっはと少年は笑った。
「じゃ、仲間が待っているのでもう行きますね。王様達には、もう戻る事はないと改めて告げておいてください」
「……わかりました」
「それじゃ、またー」
「あ、最後に。君は、何者なのです?」
彼の背中に、その質問が投げかけられた。
王子とは知っている。だが、あのような事が出来るのだ。それ以上のなにかを持つ存在だと、クルトは見ていた。
かの精霊の選びし国よりやってきたのだ。ひょっとすると天の使いなのかもしれないなどととも考えてしまう。神と魔。どちらのかはわからないが……
「そうだな。ここは、もう一人の『サウザンドマスター』って記憶にとどめておいてくださいな」
少年は上半身だけ振り返り、笑ってそう言った。
一度敬礼のように頭に手を当て、しゅっと手首を返すいつものポーズを決めたあと、軽く手を振り、彼はその場を去っていった。
クルトはその答えを聞き、呆然とするしかなかった。
まさか、その名を名乗られるとは……
元『赤き翼』の一員であり、彼女達を否定した自分に、その称号を名乗るとは、なんたる皮肉。
そして、なんと清々しい事か……
「……ありがとう。このような事を、君に言えた立場ではないが、君のおかげで、私は本懐が遂げられそうだ……」
消えた少年の背に向かい、クルトは小さく、感謝の言葉を告げた。
この件が終わったら、議員を止める事も考えた。しかし、動画製作中、続け、よりよい国を作る事が、今日の件でアンタに出来る罪滅ぼしだと彼に言われてしまった。ならば、やめるわけにもいくまい。
他にする事があるという、彼に、託されてしまったのだから……
こうして、ナギの伴侶に災厄の魔王の汚名を着せ、ネギの村襲撃を命じた黒幕。メガロメセンブリア元老院の巨悪は、滅んだ……
───ラカン───
は、ははは……
茶番が終わり、元老院の巨悪が次々と自白してゆく放送を見ながら、俺は、笑いがこみあげてくるのを止められなかった。
この暴露大会が、最初から準備されていたわけじゃないのは、わかりきった事だ。
じゃなきゃ、あのボウズがああまでしてあの場に飛ばない。
そもそもあの元老院の奴等が、あんな馬鹿な事やらない。
つまり、あの場に飛んだボウズと、最初から居たボウズ。あの二人が一人になったあの時、なにかやらかしたのがはじまりに違いない……
その結果が、無罪放免、大暴露大会。あの元老院根絶だ。
「そりゃ、ネギが俺達のスケールを超えるわけだ……」
思わず顔を手で覆って天を仰ぐ。
自分でも想像だにしなかった方法で、自由を手に入れたのだ。
いや、誰もが考えてはいた。実現出来なかっただけで……
裁判で無罪になる。そうすれば、どんな悪事も罪に問われる事はない。時効なんて目ではない。誰もが、考えつきはする……
だが、あの状況から無罪放免なんて、ありえねぇ。
どんな方法を使ったのかも想像もつかないってのに、それを実際に実現させているんだから、恐れ入る……
あんな存在が身近にいるのだ、ネギが自分の考えた道などより、さらに別の道を導き出すのも納得がいった。
俺の周りでは、エヴァンジェリンが無罪となり放免された事を喜ぶ小娘達であふれている。
「にーちゃんは、やっぱにーちゃんやー!」
「すごい……本当に……やったです!」
オデコのメイドと犬耳娘が、抱き合い、手を抱きしめあい、その喜びを、全身で表現していた……
メガネメイドの嬢ちゃんなんかは、力が入りすぎたせいか、腰を抜かしたような状況になっている。
お団子メイドの方は、まるでそうなるとわかっていたように装っているが、拳が固まって、開かないのがわかる。それだけ、握りしめていたってこったな。
そしてネギは、一人真剣そうな目で、モニターの向こう側を見ていた。
「どうした?」
思わず声をかける。
喜ばないのか?
「う、うううううう……」
だが、声をかけた瞬間。両手をぐっとにぎり、力をためるように、縮こまった。
「やったあぁぁぁぁ!」
そして、びよーんと跳ねるように、飛び上がる。
「やった! やった! やった! やったあぁぁぁぁ!」
ためて、ためて、爆発させやがった。こんな喜び方をするとは、少し意外だ。
それほど嬉しかったという事だろう。エヴァンジェリンの事も、ホントに大好きなんだな。
「おー。ネギも爆発したかー。こっちこいやー!」
「うん! やったね!」
きゃいきゃいぴょんぴょんと、少女達の喜びが跳ねる。
そこに、がちゃりと扉を開け、二人の人影が姿を現した……
直後、弾丸のように突撃する少女達と、それを受け止め転がる黒髪の少年。
その有様を、叱る金髪の少女……
いつもの光景が、戻ってきた……
まあ、その金髪の少女も今日は、他の少女から突撃をうけている例外があるが。
「……だが、これからがやべぇな」
思わず、ひとりごちた。
あいつに力が戻ったという事は、それを狙う敵がまた現れるという事だ。
これほどの状況を覆す力。
それが敵の手にわたれば、それだけで戦況がまた覆る。
それを思わず封印したって理由も納得がいく。
「……ま、いいか」
少女達に囲まれ、いつもの光景ってやつになったあいつらを見て、俺は思わずそう思った。
心配する事はねぇ。
あいつはきっと、そんな不可能も、可能にしちまうんだろうから。
ひとまずここは、めでたしめでたしって事でいいだろ。
───姫───
目を覚ました時、すでにあの方は、王子ではなくなっていました。
あの公開処刑という茶番を演じたその責任をとって、王位継承権を退いたとの事を、お父様から聞きました。
その時のお父様の表情は、清々しいような、悲しいような、燃え尽きたような。なんとも言えない表情でした。
今回の一件で最もこたえたはきっと、お父様に違いありません。
あの方がいなくなるという最大の罰を受けているのですから。
残念ですが、今の私に、かける言葉はありませんでした……
あの方がいたのは、夢だったかのようです。
王の宝石にはもう、誰も映し出されていません。
残された継承者は、光り輝くわたくしの器のみ。
その器を見て、思わずため息をついた時、そこにある文字に気づきました。
そこには、わが国で使われている文字で、こう書かれていました。
『君なら、よい王様になれるよ』
あの方の、とても上手な字で。
たった一ヶ月も居なかったというのに、そうとは思えないほどの、うまさで。
それだけで、あの方が、この国をどれだけ愛していてくれたのか、わかります。
最後の最後まで、あの方はわたくしを元気付けてくれるのですね……
ゲーテル様から、聞きました。
貴方にはまだ、他にやる事があると……
ですから貴方は、わたくしにあれほど自覚を促していたのですね。
自身は、決して王にならないと決めていたから。
わかりました。
貴方の変えたこの国を、わたくしはもっとよい国にいたします。
わたくしがしっかりしなくては、あの方が安心して他の事に集中が出来ませんから。
いつか必ず、また来たいと思わせるような、よき国に。
ですからまた会いましょう。
今は、さようなら。
私の王子様。
この国で最高の、王子様……
この一件により、このゲイザスとメガロメセンブリアの関係は一新する。
親分子分であった関係が、対等の関係に。
この関係の改善は、ゲイザス王国史上最も偉大な一歩と呼ばれるが、それをなしたと言われる王は、それを常に否定し、みずからは決して話題にしないという、謙虚な一面も持っていたと、歴史の書には残る……
そして、その偉大な王のあとを継いだ女王は、歴代で最も優れた王であったと言われる。
が、その物語は、残念ながらここでは語られない。
──────
その夜。
再会の宴会となったひと時の闘技場から、一組の男女ががテラスへと姿を現した。
一人は黒髪の少年。もう一人は、金髪の美少女だ。
少年はテラスの手すりに背中を預け、よりかかる。
少女はふわりと、その手すりに座り、同じ空を見た。
ま、俺とエヴァンジェリンなわけだけど!
空の上では、まだメガロメセンブリア元老院議員の大暴露大会が続いている。
「いやー、どんだけ悪事働いてるんだこっちの政治家さんは」
「自業自得だろう。これから罰も受けてゆくのだ」
「ま、そのあたりは正義の味方になったあの総督さんとかにお任せしますか」
「だな」
「これで魔法世界の政治もよくなるといいねぇ」
「そんな事言うなら、お前が王になってやればよかっただろう」
「えー。やだ。マジになったら俺、そっちにばっかり集中するから。お前をないがしろにしちゃうぞ? 独裁しちゃうぞ?」
「ふん。出来るものならやってみろ。お前は仕事も愛も両立すると私は信じている」
「おいおい。買いかぶるなよ」
「買いかぶりか?」
「どうだろうな。家庭も仕事も両立する気ではあるけど。ま、最大限努力する」
「そうか。なら、大丈夫だろう」
まあ、それ以前に、仕事をなんにするかも問題だけど。
キャッシュは俺もエヴァもいっぱい持ってるから、いっそ会社とか作ってもいいかもなー。
「そういえば」
「ん?」
エヴァンジェリンの方が口を開いた。
「記憶はどうなっているんだ?」
ああ。確かにそれ疑問に思うよね。
「ああ。二つあった事、どちらもちゃんと覚えているよ。お前といた事も、ネギ達といた事も。意識は一つだけど、記憶は二つ分だ」
『コピーロボット』使っているときのエヴァがこんな感じなのかしらね。
「そうか。どちらもあって混乱もないならいい」
「ああ。ソレは平気」
むしろ二人になって経験値が二倍入ってきた的な貴重な体験が出来たから、ある意味お得だったような気もしないでもない。
「なんでもポジティブに考えるのは、お前のいい癖だな」
「……こころ読むなよ」
「読めるお前が悪い」
「そーしておくか」
逆に言えば、俺もお前の心読んでもイイって事だよな?
「むこうでは、闇の魔法、習得したそうだな?」
「ああ。ちょっとした流れでね」
『ポケット』の方から、一つに融合した『決め技スーツ』と『変身セット』を再現したベルトを出す。
ワープ転移で破損したが、ちょっとずつ直りはじめている。さすが闇の魔法つき。
「魔法のコアを外に出したのか。なかなか斬新な方法だ。これなら、闇にその身を食われる事もあるまい」
「色々魔科学変化起こしたんだろうな。どうやったのか俺にもよくわからん」
思い出しても、あの瞬間どうなっていたのか必死すぎてよく覚えてないし。
おもいだしたくないし。
「やっぱ、ネギに継いでほしかったか?」
「いや、お前でよかった」
俺の方を見て、優しく微笑んだ。
「そうだな。お前を救いに行くのに役立ったしな」
俺も、微笑み返した。
「……」
そしたら、無言で明後日の方へ視線そらされた。
恥ずかしくなりやがったな。二人きりなのに珍しい。
……いや、多分、ほぼ確実にデバガメがいるからだろうけど。
「……私は、お前になにか返せるものはあるか?」
俺の方を見ないまま、ぽつりと、エヴァがつぶやいた。
(学園祭で人としての私を取り戻してもらって、今回は、かつての業すらもすべて取り払われてしまった。それなのに、私はまだ、あなたになにも返せていない……)
……なんて思ってんだろうなぁ(あなたと呼ばれているとはさすがに想像してない)
「今無理に返そうとするなよ。それに、真っ白なお前の全てを、いずれ俺色に染めるんだから。将来的に見れば、俺の方がなに返せばいいのかわからなくなるレベルさ。大盤振る舞いの先払いだ。だから、気にすんな」
「それを言うなら、私だって同等のモノをもらうだろう?」
「男のソレと女のソレの価値は等価じゃねぇって。それに俺は、返して欲しくてお前になにかしているわけじゃない。お前の幸せな顔が見たくてがんばったんだから。ああ、そういう意味じゃ、ちゃんと元はとってるか」
「……ばか」
「そんなもんさ。それでも返したいのなら、みんなの前で、愛してるとか言っておくれ」
「……」
「な?」
「無理」
「無理かよ」
あははと笑う。
むしろ言われても困る。
お前の恥らう姿見れなくなるし。
「……エヴァンジェリン」
「なんだ?」
だから……
「愛してる」
……俺が言った。
「……知っている」
そうしたら、エヴァがじっと俺を見て、その手が俺の頬に添えられた。
手すりに座るあいつの方が、今の高さは上だ。そこに、首の角度を上げられ、そのまま、エヴァンジェリンの顔が、俺にせまってくる……
「……多分、見られてんぞ」
「今日は、気にしない事にした……」
おいおい……
(人前で愛してると言えと言ったのは、お前だろう……?)
通じ合った瞳が、そう俺に伝えてくる。
……言ったけど、言ってねぇじゃん。
─あとがき─
うん。エヴァンジェリンがヒロインした。満足するほどヒロインした。
ここはエヴァンジェリンルートなのだから、やっぱり『ポケット』が復活するのならエヴァンジェリンの大ピンチを救わないとね!
伝説の吸血鬼が相手なんだから、これくらい派手やってもいいよね! 絶体絶命からの一発大逆転だよね!
これでこそヒロインだよね! ヒーローだよね!!
いやー、『悪魔のパスポート』ポケットにないって断言しておかなくてよかった。本当によかった。
というわけで、流れで元老院の巨悪も潰れてしまいました。
とことんネギのトラウマスイッチは押せませんね。困りましたね。
最大のトラウマは学園祭でキレた事くらい?
でもあれ、単純に怒っただけだしなぁ。まさにキレただけだしなぁ。
まいっか!
次回、オスティア終戦記念祭はじまります。