マブラヴ オルタートフェイプル
その1
「んん…ここは?」
いつも見る天井ではないのにどこか懐かしい感覚。
そして柔らかいベッド。
どうやら本当に元の世界に還ってきたようだ。
「意思は強く持ってたはずなんだけどな」
溜め息をつきながら武は力なく笑った。
淡い期待を胸にあの世界に残る事を強く願ったのだが、因果導体から解放された武はあの世界に留まる事を許されなかった。
ふと時計をみる。もう起きないと不味い時間である。
武は今の状況を思案する。
たしかこの日は隣に冥夜が寝てるはずである。
隣には人の温もりがあり、冥夜の顔を見ようと身体を横に向けて驚愕した。
「へ?す、すすすすみ、純夏?」
そこには幼なじみである鑑純夏が寝ていたのだ。
武はうろたえてベッドから落ちてしまった。
「あ、あがぁー」
結構な音だったが、純夏はアホ面を晒ながら堕眠を貪っていた。
「普通今ので起きるだろ純夏よ」
呆れつつ武は改めて純夏の寝顔を覗く。
やはり純夏である。
何度見ても純夏である。
この日は冥夜が寝ているはずなのだが…
向こうの世界の香月夕呼はこう予測していた。
『アンタはこの世界の鑑が再構成した世界に戻る事になるはずよ。』
武は窓の外を見ると、そこは廃墟ではなく純夏の家が見える。
彼女の予測が正しければ、この世界は正に鑑が再構成した世界のはずなのだが当の本人は現在夢の中。
思考のループに落ちいりそうになっていたとき玄関から聴いた事のある声が複数聞こえてきた。
「ちょっと武、早く起きないと遅刻しちゃうよ」
「まったく、茜の言う通りだ、タケルはいつもギリギリにしか起きん」
「いいではないですか二人とも。タケルがズボラなおかげで毎日起こせるのですから」
武にとってよく知っている声である。
しかし、武は疑問に思ってしまった。
一番最初と最後に聞こえてきた声は、武の記憶のなかでは一度も家に来た事はないはずである。
それどころか最後の声の主は武の知っている世界では故人のはずなのだから。
もう訳が分からない事だらけである。
さらに追い討ちをかけるように武の机の上から絶望っぽい音楽が鳴り響く。
慌てて机の前に行く武。
そこには充電中の携帯電話が鳴っていたのである。
しかし武はそれが何か分からず、更に絶望っぽい音楽の相乗効果で冷静さを失ってしまった。
着メロはベー〇ーベンの運命、液晶画面には【特攻隊長】の文字が表示されている。
武の脳裏に1匹の獣の姿がよぎった。
武はこれが通信機の様なものだと直感的には解ったものの使い方が解らずオロオロとしている内に部屋に近づく三人の声がまた聞こえてきた。
「む、今日は速瀬先輩の方が早かったようだな」
「うん、って言うか武も微妙な着メロにしてるよね。水月先輩ちょっと可哀想」
「たしか香月教諭からの着メロも同じでしたわ。一度タケルの携帯を調べてみる必要があるかも知れませんね?その後のタケルへの対応は各々に任せると言う事で。ホホホ」
最後のセリフを聞き恐怖を感じた武は音を消そうと出鱈目にボタンを押しまくった。
しかし運がいいのか、悪いのか通話開始になってしまい、さらにハンズフリーになってしまったのである。
「あ、おはよう武。今日は茜達より早かったでしょ?いつも負けてるから今日ぐらいはね、って聞いてんの武?ちょっとまだ寝ぼけてるんじゃないでしょうね?」
携帯のスピーカーから想像した通りの人物の声が聞こえる。
武は我を失った。
どうしようもなく慌てふためいていた。
ここが戦場であるなら武は間違いなく戦死である。
しかしここは戦場ではない為それはあてはまらない。
武は助かったのだ。
まぁ数分後修羅場と言う名の戦場と化すのだが……
そして三人の内の一人が武の部屋に入ろうとドアに手をかけたその時、神は死んだ。
「んんん、何の音だよぉ、うるさいなぁ、真那さんなんとかしてよぉ」
時は止まってしまった。
部屋の外の三人は固まっており、受話器の向こうの獣は沈黙している。
いち早く覚醒した外の一人が武の部屋に突入した。
「ちょっと武!今のこ…えは…な」
部屋の隅で携帯持ちながら震えている武が視界に入るが、それよりも武のベッドを占領している物体に目を奪われてしまった。
「な、な、なぁ」
彼女はそこから先の言葉がなかなか紡げない。
すると何処からともなく人が降ってきた。
「おはようございます、先ほどの音は武様の携帯の音でございます」
「ふあぁぁ、真那さんおはよぉ。そっかセンスないなぁ武ちゃん。あ、武ちゃんおはよ」
触覚をピコピコ揺らしながら軽い恐慌状態に陥っている武に話かけた。
しかし武もかつて【極東の白き変態】(本人は断じて認めていないが)と呼ばれた英雄である。
必死に冷静さを取り戻そうとしつつ朝の挨拶を交した。
「あ、ああおはよう純夏」
その時純夏の触覚が正に空に突き刺さらんとする勢いで直立した。
「た、武様、純夏様の事を憶えておいでなのですか?」
真那と呼ばれた女性が直ぐ様武を問いただす。
若干焦ってる様にも見える。
「憶えてるも何も純夏を忘れる訳ないですよ。冗談きついなぁ月詠さん」
「え!?わ、私の事も憶えておいでなのですか!?じゃあもしかしてあの事も……」
武の言葉に動揺し、頬に両手を当てくねくねしながら赤面する真那。
真那の言動と行動に若干引き気味の武。
どうしようかと考えていると、受話器の向こうの放置されていた獣が吠えた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!茜!!、冥夜!!、悠陽!!話は後で武にしっかり聞くからあたしの分はあんた達に託したからね!?」
どうやら話のついていけない状況にしびれを切らし、総ては武のせいだと脳内決定したようだ。
「「「了解!?」」」
三人も同様の結論に達し、今3つの心がひとつになった。
「ちょ!?ちょっと待ってくれ!?一応説明させてくれ!?」
いきなり暴走しだした獣達に武の言葉届かなかった。
そして疾風(かぜ)の如く三人は武に襲いかかる。
「やぁぁぁ」
悠陽と呼ばれた闘姫は武との距離を一瞬でゼロにし右のボディブローを放つ。
くの字に曲がった武を左後ろ回し蹴りで顎を蹴り上げた。
「ぐほぉぁ」
宙を舞う武。
その更に上空には冥夜と呼ばれた士(もののふ)が攻撃体制に入っていた。
「はぁぁぁ」
持っていた木刀を躊躇なく振り下ろした。
「ぎゃあぁぁぁ」
そして叩きつけられる先には茜と呼ばれた修羅が待ち構えていた。
「ゼロレンジスナイプ全力使用許可申請!!」
茜が必殺技の全力使用許可を悠陽に求める。
「承認致します。貴方に全てを託します」
「頼んだわよ!?茜」
「茜、情けは無用だぞ?」
「ひぃぃぃぃ!?」
武はふぁんとむ級の恐怖に震えた。
茜の両の拳から闘気の龍が宿る。
それを武めがけてとき放つ。
二匹の龍は武の周囲を廻りひとつの空間を作りだした。
茜はその空間に飛び込むと、武との距離を一気に詰める。
「ふん!!」
水月のゼロレンジと同等の左が武の顔面に叩きこまれ、後方へと吹っ飛ばされる武。
茜はまだ終わりではないとばかりにそのまま武に追走した。
「これはお姉ちゃんの分、水月先輩の分、冥夜の………晴子の分、多恵の分」
攻撃が武に次々ヒットしていく。
この場に居ない人達の分が圧倒的に多いが……
そして……自ら闘気の龍を纏い突撃し、その勢いのまま究極の右、ゼロレンジスナイプ茜カスタム、リミット解除版が炸裂した。
「エアバッーグ!?」
その余波は1匹の巨大な龍となり空を切り裂いた。
某修羅の極奥義の様に。
「これが私のジョーカーよ!!」
この日、武は元の世界に帰還後初の生身での大気圏突破と突入を果たした。