異世界観光も面白そうだ、とのんきに考えていたおれは、通りに一歩出て、『外は危ない』というルイズの言葉を実感した。
こえーよ。異世界。
なんでこのおっさん、いきなり抜き身の剣さげてるの!?
「せっかく怪盗フーケとやらが貴族ドモを脅かしてくれたおかげで稼ぎ時だってのに!いつもいっつも邪魔しやがって!!この駄剣がっ」
ジャン先生くらいの年のでっぷりした親父が、錆びたでかい剣をもってがしがしと歩いていた。咄嗟に壁に身を寄せたおれに目もくれず、怒鳴りながら去っていく。
「聴いてやがんのかっ!くそっ」
だれ!?だれと話していらっしゃるの!??
「武器屋でしょう。気にしなくていいわ」
「こっちの武器屋は自分で刀持って押しかけ販売するのか!?」
RPGとは違うのか?
いやでも今日こそ融かすとか、なんとか言っているし。
しかもおれ達の家の方に向かっていく。先生、大丈夫だろうか。
「気にしなくていいって言ってるでしょ、いつもああなのよ」
「いや、気になるって」
むしろ平然としているルイズの神経がわからない。
「それよりはぐれないでちょうだいよ。迷ったら、家に戻るか、最悪、『魅惑の妖精亭』ってところまで行って。そこのひとなら、私の家を知っているから」
「妖精亭な、了解。はぐれるのが怖いなら、手でもつなぐか?」
「そうね」
「え、マジ?」
な、なにが起こったのかわからなかった。
気がついたらルイズに手を握られていた。
あたふたしているおれ(年齢=彼女いない歴)にまるで気づかず、ルイズはずんずんと進んでいく。
迷いのない足取り。
あわててついていって、横に並ぶ。なんだか、これって……デート?
「あの、荷物持とうか?」
「財布のこと?あんたに預けたらすぐに盗られちゃいそうだからダメ」
「あー、じゃあ」
「心配しなくても買い物したら荷物を持ってもらうから。それよりちゃんと道、覚えていてよ」
「わかってるって」
やっぱり訂正。
なんだか、『はじめてのおつかい、姉弟編』って感じがするのは気のせいだろうか。
ちっちゃい『おねえちゃん』のちっちゃな手に、微笑ましささえ感じる。ルイズは、なんだかんだで、ひとに教えたり大人ぶったりすることが好きだ。
手をつながれたまま異世界の白い石造りの街を歩く。
せせこましい街並みだが、この世界の基準からしたらけっこうな大通りらしい。
路上の物売りの掛け声や、出歩いている様々な格好の人々はたしかに『よその国』らしかった。
「なあなあ、こっちにも犬っているんだよな?」
「ええ。それが?」
「おれの世界じゃ犬を訓練して、目が見えない人の案内役をさせるんだ。えーっと、リードを掴んで、横を歩かせておいて、曲がり角とか交差点に来ると止まったり、あぶないところを知らせてくれたり。盲導犬っていうんだけど」
「聞いたことないわね。まあ、よく訓練された犬は狩猟でも人以上に役に立つから不思議じゃないけど」
「そっか、いたらきっと便利なのにな」
「何言ってんの、それ、あんたの役目じゃない」
「おれ?犬?」
「うん。いやなの?」
「嫌っていうか、おれ人間なんだけど」
「でも使い魔でしょう?」
「人権って……ないんだよなー」
福祉もありません。身分社会万歳だ。
駄弁りながら街を眺めていると、それだけで色々なことがわかる。
看板は基本的に絵柄だ。文字が読めない人間にもわかるようにだろう。ていうか、やっぱり文字覚えなくてもいいんじゃないか?
あと、うわさの魔法使い、『貴族』は少ない。
マントをつけて偉そうなのがそうだとルイズが皮肉っぽく教えてくれたが、同時にこんなごみごみした場所には滅多に現れないとも言う。
「でも貴族じゃないメイジ、つまりわたし達みたいなメイジくずれはいるから気をつけるに越したことはないわ」
「ふーん。なあ変な壜がある。あれ薬かな」
「香水でしょう。ときどき近くの学院の生徒が小遣い稼ぎに作った香水を売っているのよ」
「へぇ、変なカエル」
とか言いながら露店を冷やかしていたら、店主のおっちゃんに睨まれた。おっと。
そんな感じで観光は順調に進んでいたのだが。
……ども、才人です。
街を普通に歩いていたら、痴話喧嘩中っぽいカップルにぶつかりました。
虫の居所が悪かったらしく、男の方に難癖ばつけられたとです。
ふざけんなや、われ。
仮にも女の子の前、ということで、つい気が大きくなってしまいました。
気がついたら、吹き飛ばされていました。
「下賎な平民が」
これ、魔法?こいつ、貴族か?
ああ、そういや変なマントつけてやがる。
エアハンマー。空気の槌ね、ああ、まんまだわ。
なんて、つぶれたカエル状態で道端に転がっていたら、目の前に小さな足。
あれ、ルイズ?
ルイズがつぶれたおれと『貴族様』の男の間に立っていた。
なにしてんの?
男も一瞬驚いて、次に、嘲りの顔になった。
どけ、と再び、今度はルイズに向かって杖を振ろうとした男に、血の気がさがる。
けれど、おれが起き上がろうとするより早く、ルイズは自分から一歩近づいて、自分の杖でからめるように相手の杖をはじき飛ばした。
アクション映画の俳優よりも、洗練された動作だった。
誰もがあぜんとする中、くるくると宙を舞った杖は、持ち主ではなく、ルイズの手元に。
まるで魔法のようだと思って、そういやこいつも魔法使いだったと思い出す。
「貴様っ」
いきり立つ男に、あわてて今度こそおれは立ち上がる。そこへ艶めいた女の声。
「あら、あなたの負けね」
男のツレ、赤毛のすっごい美人があっけらかんとした表情で告げた。
「おかえしいたしますわ、きぞくさま」
ルイズは見事に奪いとった杖を、さっさとその美人に返してしまう。
男は真っ赤な顔でその様子を見ていたが、どうやらこの美人には逆らえないらしい。というか、赤毛の美人がその杖を自分の見事な胸の谷間に仕舞いこんだのを見て、別の意味で真っ赤になった。
ああ、うん。たしかにこれは反則だよな。
「貴女、すごいのね。名前を教えてくださらない?」
「……わたくしはしがない平民でございます。きぞくさまにおこたえするような名はもっておりません」
ルイズはひどく不機嫌そうな声で、平坦に答えた。
しかし美人はひるまない。
「でもそれ、魔法杖でしょう?ねぇ、興味があるわ。事情を聞いてもよいかしら?」
男なら誰でも言うことを聞いてあげたくなるような、美人の問いかけ。アンド、ぼでぃらんげーじ。たわわに実る魅惑の果実がふたつ、揺れている。
おおっ。
けれどルイズには二重の意味で通じなかった。
「ゲルマニアのきぞくさまは、かおのない女がそんなにめずらしいのかしら?」
その冷ややかな声音に、思わずくびをすくめる。
怖い。
「この国では、ひとさまの事情にくびをつっこむ輩はきらわれますのよ」
言われた美人はかたなしだ。顔色が変わった。
おれはあわててルイズの傍に行く。もし彼女がルイズになにかするようなら、今度こそ身を張ってでも守るつもりだった。
美人はぐっと唇をかみ締めて、それから剣呑な目でルイズをにらむ。
こっちも怖ぇー。
なぜかふたりの間にバチバチと火花が見えた。
「……貴女、どこかでお会いしたかしら?」
「いいえ」
ルイズがきっぱり否定すると、
「そう」
と美人は呟いて、ふいときびすを返した。忘れられた男があわててその後を追いかける。
思わずため息がこぼれた。
「サイト」
「お、おう。大丈夫か?」
思いっきり殴られた。
あう、ごめんなさい。
「ごめんで済むわけないでしょう!まったく、あの女貴族が少しはまともな奴だったからよかったものを。平民から貴族に喧嘩売ってどうするのよ!このバカ!!」
あの美人を認めるようなルイズの言葉に首をかしげる。
「あれ、でもルイズあの女のひとと喧嘩してなかった?」
「誰が!?あの女が杖を受け取らなかったらあの男はやり返してきただろうし。万が一あの女が参戦したら、あんたその程度の傷じゃすまなかったのよ。アレ、トライアングルくらいはできるからね。骨まで消し炭にされて、葬式をあげる手間も省けたでしょうね!」
魔法使い同士の決闘は杖を落とした方が負けだそう。
ルイズがあの男の杖を奪って、決闘の見届け人である美人がそれを認めた。
あの一幕にはそういう意味があったらしい。
そして決闘で勝敗が決まったなら、敗者はそれを後からとやかく言うことはできない。それは見届け人の顔をつぶすことになるからで。
つまり、ルイズは今後のことも含めておれの身の安全を確保してくれたのだ。
身勝手にいきがって、勝てない喧嘩を吹っかけた馬鹿なおれを守るために。
知らない女にへりくだって。
うわ。おれ、マジで情けない。
「ごめんなさい」
再び謝り、頭を下げる。
ルイズは深いため息をついて、杖先でばこばこ殴り続けた。
でも怪我している頭は避ける優しさが身にしみる。
ああ、最悪だ。
そのあとのことは、もう思い出したくもない。
傷の手当だけして、そそくさとその場を離れたが、騒ぎを起こしたおれ達に周囲の視線は痛かった。中には盲目の女の子に庇われたおれをからかってくる奴らもいて、図星のおれは黙って唇をかみ締めるしかない。
その後もルイズはあいかわらずおれの手を引いてあれこれと街の中のことを教えてくれたが、おれはもうそんな気分じゃなく、黙って荷物もちに徹した。
で、そんなツレの態度にルイズが我慢できるわけなく、とうとうキレられた。
「もう!いい加減にしなさい」
「わりぃ、ほんとごめん。最低だと思うけど」
「ほんとね!一回、負けたくらいで何よ。あんたまだ生きているんだから、また戦って、次に勝てばいいじゃないの!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「じゃあなによ? とにかくっ。いつまでもぐじぐじしてないの。今日はお祝いなんだからね」
「お祝い?なんの?」
「アンタが使い魔になったお祝い!せんせいがせっかく使い魔ができたんだからお祝いしようって。だから晩御飯のときまで暗い顔していたら赦さないんだからね!」
「あ、ああ」
「贅沢だしわたし嫌いだからイヤなんだけど、お肉も買ってあげるから。だから元気だしなさい。いいわね?」
口調はキツイけど、さすがにわからないわけにはいかなかった。彼女の気遣いを。
ちくしょう。涙は見せないぞ、だって男の子だもん。
「わかったよ、おれ、頑張る」
「そうよ、その意気よ」
ようやく顔をあげたおれに気づいたのか、ルイズがふっと笑う。
その笑顔がなんだかまぶしくて、おれはまた顔をそらしてしまった。
「先生。これは?」
家に帰ると、なぜか見覚えのある剣が置いてあった。
先生曰く、知り合いがいらないから処分してくれと持ってきたそうだ。
礼金と一緒に押し付けられたという先生に、受け取っておきなさいよとルイズ。
「くず鉄処分と一緒でしょ」
「でもねぇ、忍びなくて、」
そんなやり取りを尻目に剣を取り上げる。ボロボロのサビサビだった。
と。
「へんっ!融かせるもんなら融かしてもらおうじゃねぇかっ」
「おわっ。剣がしゃべった」
思わず、仰け反る。剣の柄の金具がカチャカチャと動いて、そこから低い男の声が響いていた。
「ああ、サイト君ははじめてか。それは知恵ある魔剣、インテリジェンスソードといってね。名前は」
「デルフリンガーさまだ!」
堂々と名乗る剣。うーん、さすが剣と魔法の世界だ。
「変なもんがあるんだな、」
「口が悪くて商売の邪魔ばっかりすると店主がカンカンでね」
「あいつが、駄剣にとんでもねー値段ふっかけて貴族に売ったりするからだ」
「だから口出して邪魔したわけ?素直じゃないわねぇ」
「メイジの娘っこ。おれはお前さんに会うのは初めてだが、なんとなくお前さんにだけは言われたくねぇな」
「どういう意味よ?」
「はは。おもしれーな、こいつ。なあ、先生。もらってもいい?」
「てめ、おれを使う気か?」
「いんや、重石にちょうどいいかなーって」
「重石!?」
「からだ鍛えたいのよ、おれ。先生、いいかな?」
「いや、どうせ使うならせめて剣として……って、お前!『使い手』じゃねーか!?」
「まあ、かまわないよ。でも部屋の中で振り回すのは勘弁してくれ」
「ありがとう!」
さっそく剣を持って表に出た。なにやらわめいているが、まあどうでもいいや。
「彼、どうしたのかね?」
「さあ?」
故郷の母さん、父さん。
才人は、異世界ライフの当面の目標が決まりました。
女の子を守れる男になることです。