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No.6594の一覧
[0] ゼロとせんせいと(IF再構成) [あぶく](2010/02/07 20:55)
[1] ゼロとせんせいと 1[あぶく](2009/11/07 13:44)
[2] ゼロとせんせいと 2の1[あぶく](2009/03/15 00:38)
[3] ゼロとせんせいと 2の2[あぶく](2009/03/15 00:39)
[4] ゼロとせんせいと 2の3[あぶく](2009/03/15 16:26)
[5] ゼロとせんせいと 3の1(3.28改稿)[あぶく](2009/03/28 18:24)
[6] ゼロとせんせいと 3の2(3.28改稿)[あぶく](2009/03/28 18:28)
[7] ゼロとせんせいと 3の3[あぶく](2010/05/01 21:50)
[8] ゼロとせんせいと 3の4 ※オリキャラ有[あぶく](2009/03/29 23:46)
[9] ゼロとせんせいと 4[あぶく](2009/03/29 13:02)
[10] ゼロとせんせいと 5の1(4.04改稿)[あぶく](2009/04/04 21:45)
[11] ゼロとせんせいと 5の2[あぶく](2009/05/10 23:36)
[12] ゼロとせんせいと 5の3[あぶく](2009/05/10 23:36)
[13] ゼロとせんせいと 6の1[あぶく](2009/04/18 22:51)
[14] ゼロとせんせいと 6の2[あぶく](2009/04/25 14:25)
[15] ゼロとせんせいと 6の3[あぶく](2009/05/10 23:35)
[16] ゼロとせんせいと 6の4(または2.5)[あぶく](2009/05/10 23:34)
[17] ゼロとせんせいと 6の5[あぶく](2009/05/24 21:02)
[18] ゼロとせんせいと 6の6[あぶく](2009/05/24 21:02)
[19] ゼロとせんせいと 7の1[あぶく](2009/06/14 09:04)
[20] ゼロとせんせいと 7の2[あぶく](2009/11/03 18:54)
[21] ゼロとせんせいと 7の3[あぶく](2009/11/03 18:52)
[22] ゼロとせんせいと 7の4[あぶく](2010/05/01 21:42)
[23] ゼロとせんせいと 7の5 (2.07再追稿 ※後半サイト視点追加)[あぶく](2010/02/07 21:36)
[24] ゼロとせんせいと 7の6[あぶく](2010/02/20 13:56)
[25] ゼロとせんせいと 8の1[あぶく](2010/05/01 09:26)
[26] ゼロとせんせいと 8の2[あぶく](2010/04/18 22:17)
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[6594] ゼロとせんせいと 7の4
Name: あぶく◆0150983c ID:966ae0c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/01 21:42


その晩、ようやく職場から解放された私は、城下の町へ出かけた。
足は自然と、通りの一角にある古ぼけた酒場へ向かう。見慣れた、酒樽と長柄の戟(ほこ)の看板。こういう安っぽくて雑多な雰囲気が恋しくなるのは、疲れている証拠だろうか。

「よお、晩かったな」

いつも通り、顔中に髭を生やした強面の大男が、狭いカウンターの中を忙しげに動き回りながら、こちらを見る。わずかに口角を上げているのはお愛想のつもりだろうが――熊が獲物を前に嗤っているようにしか見えないのが難だ。

「大将殿は相変わらずか」
「まあね」
「ふん。せっかくだ、玉の輿でも狙ったらどうだ?」
「笑えないわよ」

軽口を睨みつければ、ひょいと肩をすくめる。この男もずいぶんと気安くなったものだ。

「ねえ、ワインはないの」
「うちにあるワインがお前さんの舌に適うと思うなら止めないがね」
「……やめておくわ」

渋々とカウンター越しに差し出されたマグを受け取る。

店の中は、喧騒に満ちていた。
行き交うのは主に平民だ。一日の勤めを終えて、なけなしの稼ぎを薄い麦酒(エール)に費やす。メイジくずれや傭兵の類もいるが、店主が睨みを効かせているおかげで、血生臭い騒ぎを起こす馬鹿はいない。
けれど、酔っぱらいは所詮酔っ払いだ。己の懐も顧みず杯を重ねていく姿は、身分を問わず変わらない。掲げたジョッキを打ち鳴らし、あふれた泡を隣席の頭に零す粗忽者。他人のつまみをちまちまと口に運ぶ吝嗇(ケチ)。そして下手くそな船唄をがなっては連れからも呆れられる阿呆。

私は中二階のバルコニー席で片肘をつきながら、そんな連中の馬鹿騒ぎを眺めていた。時折、手許のマグを傾ける。中身は連中と同じく麦酒。ウスイ・ヌルイ・マズイと三拍子揃ったこの国の名物だ。国を離れている間は妙に飲みたくなるものの、実際に口にすれば一口で飽きる。それでも惰性で口に運んでしまうのは、なぜかしらね。


――『酒場には悪魔がいる』


時折馴染みの常連客と言葉を交わしながら、基本ひとりで杯を進めていると、ふと、そんな言葉を思い出した。
誰が言ったのか、妙にしっくりと心に馴染む。浮かれ騒ぐこの連中の中に悪魔がいるのなら、それはずいぶんと陽気なタチだけど……。
不意に、口中を苦みが走る。
思い出した。『酒場には悪魔がいる』、そう言ったのは、そう、現在の雇い主だ。
悪魔は酔っ払いのふりをして、商売女のふりをして、貧相な乞食のふりをして、善良な人間をそそのかしにくる。だからあんまり酒を過ごすのはよくない、と。
坊主らしい馬鹿げた忠告。

そもそも、連中に目をつけられたのも酒場だったことを思えば、ただのイヤミでしかない……。

***

連中、つまり現在この国を支配しているレコン・キスタなる連中は、おそろしく薄っぺらい礼儀でもって、ロサイスの酒場を訪れた私を取り囲むと、そのまま此処、王都は『白の宮殿』へと連れて行った
通されたのは――かつてまだ私がこの国の社交界へと出入りしていたころ、ほんの数回足を踏み入れたこともある――謁見の間。懐かしむにはあまりに空々しい現状、ひとまずその空間だけは記憶にある通りだった。もちろん、中央の座に腰掛けた男の顔は初めて見たけれど。
カールのかかった金髪。司祭のような球帽。高い鷲鼻、手入れの行き届いた口髭。細い顎――新しきこの国の『王』。
そいつは、私に向かってこうのたまった。

「ようこそ、我らの城へ、土くれのフーケ。いや、ミス・マチルダ・オブ・サウスゴータよ。 さっそくだが、余には君と君の家の名誉を復活させる準備がある、」

と。

私の家は確かに、かつて旧跡の都、サウスゴータの太守を務めていた。『王家への叛逆の罪』でもって両親が処刑される四年前まで。そのとき、私は家と名とそれまでの全てを喪った。そして、そのなにもかもが、今は亡きアルビオン王家の為だった。

その王家を滅ぼした男が、言う。連中の新政府だかレコン・キスタだかに協力すれば、報奨として貴族の名を復活させる、と。もちろん領地はすでに他家が継いでいるので、それらは戻らない(いまさらそんなものを寄越されてもどうしようもないけれど)。
還るのは、貴族としての地位と名誉。けれど。

――そもそもこいつらは、どこまで『事情』を知った上で、吐かしているのかしらね。

そう思案した端、側近の中に、当時国王の右腕とまで言われていた男の姿を見つけた。

「君の『家族』も喜ぶだろう」

妙に血の気の薄い顔でこちらを、まるでデビュタントを見守る親族のように、穏やかに微笑みながら見つめている――その表情に、息が詰まるほど、ぞっとした。
喉をせり上がる凶暴な衝動に、咄嗟に、思考を切り替える。
身元は割れ、逃げ場はない。これは要はただの脅迫で、強制だ。端から断る道などない。ならばせめて。

――兵として雇われた方がマシよね。

ほとんど反射的にそう決めた。

「畏まりました、この土くれのフーケ、微力ながら閣下の為にこの身を尽くしましょう」
「そうかそうか。それでは――」
「――けれど、今は土くれこそが私の名でございます」
「……うむ?」

上っ面の言葉を止めて、有り体に傭兵としての報酬を要求する。一瞬、ひどく呑気な顔で首を傾げた後――鷹揚に新皇帝は頷いた。

「もちろんそれでも構わんよ。余は功労ある臣に報いを与えぬような吝嗇ではない」

というわけで、私は今、非常に不本意ながら、レコン・キスタに雇われている。傭兵フーケとして。


――のはずだったんだけどね……。


なぜこうなったのか、と内心首を捻りながら、私はマグを傾けた。
王家を滅ぼし国を乗っ取ったばかりでなく、聖地奪還という妄言を堂々と公言した上、さらにそれを実行に移そうという物騒かつイカレた連中の中で。かの宮殿での現在の私の主な役目は傭兵でも、官吏でもなく――

皇帝閣下の『話し相手』だった。

……なんでなのか、まったくもって腑に落ちない。いや、まあ、賭ける意義もないあの職場で、命の危険がないのは良いけど……。

今日もさんざん男の話――確か、今日は子供のころの思い出話だった――を聞きながら、王宮秘蔵の最上級ワインを相伴にあずかった。
おそらく、あの陰気な秘書と比べてまだマシだという程度の人選なんだろう。元が革命軍であり、今も皇帝のまわりにいるのは、汗臭い軍人か粗野な傭兵ばかりだ。坊主らしく、話を聞く以上は求めてこないあたりはかわいらしいものだけど。

遠い、碧い水底の国のおとぎ話――酔いがほどよく回った顔で、男は、自分の手にはまった指輪を大事そうになでながら、にこにこと話し続けた。私も仕事と割り切ってそれに付き合ったけれど……なぜか今思い返せば、お互いにすこしも酔っていなかったような気がした。

――ほんと、なんか、嫌な感じなのよね。坊主って人種が肌に合わないばかりじゃなくて。

ため息。マグから手を離し、両肘をついて甲で頬を挟み込むようにして支える。

奇妙にうすら寒いあの宮殿。
白大理石の宮殿は、主が替わっても何も変わらず、鏡のように磨きあげられている。けれどそこに漂うのは、革命の血生臭さを無理矢理洗い流したかのような、寒々しさだ。
そも、あの規模の宮殿にしては、人が少ないのだろう。かつてこの宮殿で働いていた民達は、貴族派の襲来に先立って逃げ出した。新たに雇い入れようにも、信用できる有能な奉公人を見つけるのに手間がかかるのは、どこの領地でも国でも変わらない。
そんな中騒々しいのは、戦を前に張り切る男達ばかりだ。その気勢も、先の奇襲の失敗と『始祖の裁き』を前に、どこか空々しい――そう感じるのは、私が傍観者だからかしら。

なんとなく、前の職場のことを思い出す。

――そういえば、アレに雇われたのも酒場だったっけ。

あの爺が初対面だというのに、酔ったフリをするでもなく堂々と人の尻に触ってきたのだ。今度触ったらブチのめす、と決めたその次の瞬間、スカウトされた。
あることがきっかけでなし崩しに退職することになったけれど、臨時収入もあったし、退職金もたっぷり弾ませたので、稼ぎそのものは文句のつけようがなかった。それでも、思い起こせば後悔は残る。

――やっぱり、一度でいいから、あの爺が青ざめてビビりながら泣いて謝る姿を見たかったわねぇ。

ふと、自分が唇の端を歪ませて笑っていることに気づき、私は、そそくさとマグを運ぶ。

ともかく――私の本業は盗人だ。秘書でも侍女でもない。あんな陰気な職場は、折を見て、さっさとズラかるに限る。ついでに一泡吹かせてやって――と言っても、別段コレといった打開策があるワケでもないけど……。

――ほんと、いつになったら、帰れるのかしらね。

今や新たな故郷となった小さな村と、その住人達のことを、出来る限り思い出さないよう己を戒めながら――私は、苦い麦酒を呑み続けた。

***

『酒場には悪魔がいる』

警句らしく凡庸な句を再び思い浮かべたのは、いい加減ひとりで酒を呑むのにも飽きた頃だった。バタン、と音を立てて新たな客が木戸を潜る。その音に目を向けた私は、ふう、と酒気を帯びた息を吐いた。

――ああ、そうだ。あれもきっかけは酒場だったっけ……。

嫌なことを思い出したわね、とひとりごちる。眼下のいくぶん人の減ったフロアを、特徴的な頭頂部をさらした男が抜けていく。

ちょうど、三年ほど前になるだろうか(酔いの回った思考には歯止めなどなく、記憶は、杯からこぼれ落ちるようによみがえる)、今の『本業』を始めたばかりの頃のことだ。
酒場の酌女の真似事をしていた私に、近くの貴族屋敷に勤める下男がぽろりとこぼした。 なんでも、屋敷の中には隠し部屋があって、そこに主人が『宝物』を隠しているというのである。それで、その場で首尾良くその詳しい場所を聞き出した私は、さっそく押し入ることにした。

思い返せば、無茶苦茶だ。ろくな下調べもせず――だから、あんな目に逢う。

それは、ひどく不条理な、悪い夢のような話だった。

***

***

窓もない長い長い廊下を、私は灯りも持たずに歩いている。途切れることのない闇は、まるで蛇の腹に呑み込まれていくようだ。けれどさしたる不安も覚えず――進む。
目的の場所にあっさりと忍び込めたことに、私は浮かれていた。見回りの人間はおろか人の気配もしない建物の中。むしろ異様なほど静まりかえったその屋敷で、単純に運がよいと――愚かにも信じていた。

やがて応接間らしき部屋に出た。中庭に面したバルコニーから射し込む、眩しいほどの月光が部屋と私を照らす。主の趣味だろうか、対する壁の一面には狩猟の成果が並んでいた――立派な二本角の鹿、牙むく狼、そしてオーク鬼のおぞましい首級。窓から射し込む月明かりに照らされて、生み出される奇々怪々なる影達。

そこから目を逸らして、さらに奥へ。壁に触れながら進めば、隠し部屋の位置はすぐにわかった。壁の向こう側に不自然に拓けた空間。おそらく主は別の部屋から入るのだろうが、馬鹿正直に扉を求める必要はない。
みっちりと『固定化』が掛けられているその壁。おそらく私と同等の、トライアングル級の仕事。けれど、

――関係ないね。

薄く笑い、私は悠然と杖を構えた。

そう。どれほど複雑なカギや頑丈な扉、或いは厚い壁に守られていても、私には関係ない。全て『土くれ』に変えてやるだけだ。それでもダメなら、巨大ゴーレムの質量に任せて強引に破壊すればいい。

――大胆不敵。それがこの私、『土くれ』のフーケのやり方なのだから。

うそぶき、自らを鼓舞する。集中力を上げ、最も得意とする魔法のひとつを完成させる。唱えたのは物質変化の魔法、『錬金』のルーンだ。けれど、出来上がったそいつを放とうとした瞬間――それは起きた。


ぼんっ!


と、なにやら間抜けな爆発音が“壁の向こうから”響いたのである。

「へっ?」

同時に、壁の『固定化』が消える。

――は? なにそれ……

唐突すぎる、道理も脈絡もない出来事に、私は狐狸の類に化かされた阿呆の態で、滑稽な間抜け面をさらしていた。そして、はっと気づいたときには、腕が勝手に目の前の『ただの』壁に向かって『錬金』をかけている。

ザァァァァ、と音を立てて発生する、大量の土くれ。巻き上がる土煙――にちょっと咳き込み、我に返る。

見れば練り上げた魔法の威力は絶大で、大人一人、どころか、小隊がくぐるのにも十分なサイズの穴ができていた。
その先には予測通りの空間。濃厚な甘い香りが、中から漂う。

躊躇い、思考する。

先刻のあの、わけのわからない爆発は何か――内側に何かいるの?――先の音と今の壁の崩れる音で、さすがに屋敷の人間も気づくだろう――此処まで来て退く?――行くならば、手早く済ませないと――いちかばちか――

結局、誘いかけるようなその香りに、私は自棄気味に足を踏み入れてしまった。

(「――部屋がありましてね」)

軽はずみな侵入者を迎えたのは、鼻を潰すような濃い香りだった。耳を刺す静寂。目を喪ったような心地にさせる黒い闇を前に、足を止める。背中越しに射し込む月の光がそれらを切り取り、床に蒼みがかった影を作り出す。敷かれているのは、毛足の短い絨毯だった。壁際には、大小の四角い陰。棚――否、積み上がった箱……?

(「うちのご主人は其処に『コレクション』を隠してらっしゃるんでさ」)

それらを眺めていた私は、不意に背筋が冷えるのを感じた。あたりを漂う甘い香りの底から――不意に、生臭い血の匂いが鼻をかすめる。
それから、微かに空気が震えた。小さな、小さなそれは――囁き声。

「×××ぃ?」

思わず、勢いよく振り向いていた。
はじめに目に入ったのは、床に投げ出されたその足だった。スカートから伸びた、細くて白い、裸足。
ごくり、と唾を飲みこむ。
少女が、床にぺたりと腰を下ろしていた。その背を、壁際の箱のひとつに寄りかからせて。その顔はあらぬ方に傾けられている。上半分が不恰好な包帯で覆われた、小さな顔。片手に杖を、そしてもう片方の腕の中に守るように『なにか』を抱いて――。

(「なんでも、とってもお高価い『人形』だって――」)

誰、と私が声を出して問うより早く、鈴を転がすような愛らしい声が尋ねた。


「――――あんただれ?」


***

***

「今思えば、ほとんどホラーよね」
「は?」

ぼそりと呟くと、男は小さな目をぱちくりと瞬かせた。現実逃避の追想から我にかえった私は目を眇めて――「なんでもないわ」と垂れかかっていた前髪をかき上げる。ひらけた視界に映る、さっぱりとした禿頭と、黒目がちの妙に子供じみた目。人の良い笑みを浮かべた中年男を、冷たく睨みつける。

「――で? こんなところで何をしてるのかしら、『せんせい』」
「おひさしぶりですな、ミス・マチルダ」
「……その名で呼ぶんじゃないわよ」

さっさと向かいに座る男に悪態をついていると、横から毛むくじゃらのごつい手が新しいマグを差し出した。中身は、氷水だ。顔を見上げると、熊の大男、否、店主が立っている。その顔を見て、思う。

――もうすこし見てて楽しい顔が欲しいわね。

若い美形の衛士とかいないのかしら、この街には。

「注文は?」
「私は結構、」

食事は済ませてきたので、と告げる禿の中年男に、店主である無駄に毛深い熊男は、これ見よがしに、ふう、とため息をついた。金にならん客ばかりだ、と言いたげに、こちらを見る。

――私の所為じゃないわよ。

睨み返したところで、素知らぬふり。安酒で長々と居座る客に、払う愛想は売り切れたらしい。

「……彼は、元軍人ですかな?」
「ええ。旧い知り合いよ、」

音も立てずに立ち去る大男を見て、ジャンが尋ねる。私は、酔いざましにぼりぼりと氷を食べながら、肯いた。

「……疲れていらっしゃるようで、」
「こっちの都合も構わず押しかける輩がいるからじゃない?」
「仕事中、というわけでもなさそうですが?」
「厄介な連中に目をつけられてね、ちょっと小遣い稼ぎをしてんの」

やさぐれた口調で簡単に『事情』を説明する。

「だから、どんな用か知らないけど、今は動けないよ。晩酌の相手も勘弁願いたいわね」
「はあ」

曖昧に頷いた男は――こちらの話を聞いていたのかいないのか――こんなことを言い出した。

「実は興味深い話がありましてな、すこし聞いてもらえませんか?」

私は何となく嫌な予感を抱きながら、つい、その話に耳を傾けてしまった。この男がこんな風に持ってくる話は、たいがいろくなものじゃない。そんなことは知っていたのに。

そして聞き終えて、さっそく後悔した。

「…………ねぇ。あんたのその、ブツを渡してから取引を持ちかけるやり口、ほんと止めてほしいんだけど」
「はて、何のことで――」
「しらばっくれんじゃないわよ! 三年前からほんとうに毎度毎度っ、」

ついでとばかりに積年の恨みも込めて、睨みつける。しかし、強かな『炎蛇』はてんで意に介さず。ただぽりぽりと困り顔で頬を掻くばかり。
何を考えているのやら――いつまで経っても、ほんとうに読めない。まあ、そもそも私がこの男について知っていることなんて、たかが知れているけれど……

元貴族で、名はジャン。通称、せんせい。二つ名は『炎蛇』。『火』『火』『土』のトライアングル・メイジ。凄腕の傭兵/殺し屋で、研究マニア。お嬢ちゃんの保護者。そして――ヒトゴロシのロクデナシ。

出会ったのは、三年前のあの晩だ。あの悪夢のような館――よりによって忍び込んだ先で、仕事中の『殺し屋』とかちあうのだから、我ながら大した悪運だ――その『おしごと』を目撃した間抜けな盗人が、なぜ殺されなかったのかはわからない。いちおう取引をした結果ではあるけれど。それだって男から持ちかけてきたものだった。

向こうもそのときのことを思い出したらしく、ふと、尋ねてきた。

「あのときの子供はどうしていますか?」
「……元気よ。大した悪戯小僧だけど」
「そうですか、」

それはよかった、と表情が抜け落ちた顔で呟く。その顔に、私は肩をすかされた気分になる。

「……あんたもほんと、よくわからない男ね」

情が薄いのか、厚いのか。感情的なのか、理屈屋なのか。夏も冬も温度の変わらない蛇のように、その時々によって冷たくも温くもある。
そう、娘を囮にするロクデナシかと思えば、子供を助けるために盗人と取引をしたり――……。


――あの下男は知らなかったようだが(あまり血の巡りの良さそうなタイプではなかった)、あの屋敷の主人とやらは、とてつもなく趣味が悪かった。あまりの趣味の悪さに――もしも目の前で殺されたのでなければ、私がこの手で殺していたと思う。
今、思い返しても吐き気がする――隠し部屋に隠されていた『人形』。それは透明なガラスケースの中で、貴族の子女のようなドレスを着せられた『子供』達だった。透きとおるようなその膚には『固定化』がかけられていた。
つまり、私は滑稽にも、屍体愛好家のコレクションを盗もうとしていたわけだ。
まさしく悪魔の悪戯だとしか思えない、悪質なジョークだ――


「……それで、今度は私に何をさせようというのよ?」

我ながら甘いと思いつつ、つい尋ねると、男は、人を紹介してほしいとだけ答えた。私は――心底胡散臭いものを見る目で男を見る。どうせ、それだけじゃあないんでしょう?

そして事実、その通りだった。あの皇帝並のタワゴトをヌケヌケと吐かした阿呆に、私は目の色を変えてすごむ。

「ちゃんと理由があるんでしょうね? 話次第じゃタダじゃ済まさないわよ――」

男は無表情のまま、淡々と答えた。薄暗い蛇の目で――

「なに簡単なことですよ、」

***

二日後、今度は私が彼らの宿を訪れていた。そこで、坊主の事情と此処に至るまでのあれこれを改めて聞き出し、しみじみと呟く。

「……健気ねぇ。子供ってのは」

そして、なんというか……。

人間の使い魔、異世界の武器、奇跡の真相、水の精霊、そして『虚無』――異なる世界を繋ぐ魔法。やくにたちたい、と言う少年。かえしてやりたい、と言ったというあの娘。

もしも他の誰かが語ったならば、よくできた法螺話だと笑い飛ばすしかない代物だった。けれど、私は笑えなかった。

――ほんとうにまるで、おとぎ話のような、皮肉に満ちたお話ね。

当の子供達はと言えば、話をする私達から距離を置いて、無邪気に遊んでいた。
坊主はなにやら一生懸命、話をしていて――その無意味で大げさな手振り身振りが、端から見ていて可笑しい――、ルイズはそれを気のないふりで聞きながら、手の中の編み物針を動かしている。
もっともその手元はハンデを差し引いても覚束ず、どう見ても適当に毛糸をいじくっているようにしか見えない。

――いつまでたっても下手くそなんだから、あの娘。

床を転がる青い毛糸玉を、私は見守る。
傍で見ていれば、これほど明らかなこともない。けれど、当事者となるとわからないのだろうか。私は自分でもわかるほど厭味な笑みを浮かべて、隣の男を見た。

「――それで、『せんせい』は一体いつ気づいたのかしら?」

男はその問いに答えない。ただ無表情に黙りこくったまま、子供達の様子を眺めている。
私は、そんな男の情けない姿を冷ややかに見つめて、それから胸の内で呟く。

――しようのない男ね。……まあ、私も同じ穴の狢なんでしょうけど。

さて、どうしたものか。
己の立ち位置を振り返れば、心情的にはどちらにも味方できるし、同時に、どちらにも手を貸したくはない気もする。
けれど――。
今日此処に来た時点で、答えは出ているようなものだった。いくらロクでもないと思っても、今さらこの話を他人事で済ませられるわけもなかった。

あの酒場で男に聞かされたもうひとつの真実。悪魔のささやきがよみがえる。


――虚無は王家の血に宿る。


まったく……皮肉な話だわ。


***

***


「――あんただれ?」


警戒心むきだしの短い誰何。直後に少女は息を呑み、私は背後から迫る気配に振り向いた。月影に男のシルエット。

「お前――」「!」

咄嗟に少女の方へと飛び退いていた。一瞬後、青い魔法の刃が私のいた空間を切り裂く。

「お前か!」

荒い息、男の声。杖を握りしめ、ルーンを唱える――暇もない、襲撃。男の影が腕を振り回す。駄々をこねる子供のような、無茶苦茶な斬撃だ。

「ああ見つけた見つけたぞお前かお前かお前があの忌々しい『鏡』の――!!」

癇癪じみた甲高い声で訳の分からない罵声を振り回す男。一閃、刃が眼前をかすめ、前髪を刻み、散らす。顔を庇った腕をかすり、脛が裂ける。音を立てて飛び散る、血。

ひっ、と息呑む子供の、声にならない悲鳴。

それを床に膝ついたまま、背に庇う。咄嗟に展開できたのは『土の腕』。床を壁を本能的に引き寄せる。庇え壁に守れと。暴れ回る、魔法、のたうち回る、人、部屋が崩れる、箱が落ちる。

ガシャン!ガシャン!ガシャン!

砕け、飛び散る硝子。飛び出したのは、『人形』。仆れかかる、冷たく柔らかい膚の――その正体を理解した瞬間、息が詰まる。

それは恐怖なんかじゃなかった。

どっどっど、と傷口に心臓が移ったように激しく打つ。どくどく、と血が流れる。(ハア、と背後に庇った少女が可愛らしいため息をつく)――それら全てを押しのけて、せり上がる衝動に顔をあげた私は、




――闇の中に真っ白い光が膨らむのを見た。




「もう。せっかくおしごと、てつだわせてもらったのに!」

どん、と音を立てて、落ちる。

「へんなひとたちのせいで、さんざんだわ……」

昏い部屋の中、顔を包帯で覆った少女が不満げに呟く。その言葉の意味を考えることもできず、私はひたすらソレを見つめている。目が、逸らせない。

「あ、あ、」

元通りの、月明りと夜闇に満ちた静寂の中。ごろり、と床を転がった――見知らぬ男の、首。



その鋭い切断面に、月の光が反射していた。






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