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No.6594の一覧
[0] ゼロとせんせいと(IF再構成) [あぶく](2010/02/07 20:55)
[1] ゼロとせんせいと 1[あぶく](2009/11/07 13:44)
[2] ゼロとせんせいと 2の1[あぶく](2009/03/15 00:38)
[3] ゼロとせんせいと 2の2[あぶく](2009/03/15 00:39)
[4] ゼロとせんせいと 2の3[あぶく](2009/03/15 16:26)
[5] ゼロとせんせいと 3の1(3.28改稿)[あぶく](2009/03/28 18:24)
[6] ゼロとせんせいと 3の2(3.28改稿)[あぶく](2009/03/28 18:28)
[7] ゼロとせんせいと 3の3[あぶく](2010/05/01 21:50)
[8] ゼロとせんせいと 3の4 ※オリキャラ有[あぶく](2009/03/29 23:46)
[9] ゼロとせんせいと 4[あぶく](2009/03/29 13:02)
[10] ゼロとせんせいと 5の1(4.04改稿)[あぶく](2009/04/04 21:45)
[11] ゼロとせんせいと 5の2[あぶく](2009/05/10 23:36)
[12] ゼロとせんせいと 5の3[あぶく](2009/05/10 23:36)
[13] ゼロとせんせいと 6の1[あぶく](2009/04/18 22:51)
[14] ゼロとせんせいと 6の2[あぶく](2009/04/25 14:25)
[15] ゼロとせんせいと 6の3[あぶく](2009/05/10 23:35)
[16] ゼロとせんせいと 6の4(または2.5)[あぶく](2009/05/10 23:34)
[17] ゼロとせんせいと 6の5[あぶく](2009/05/24 21:02)
[18] ゼロとせんせいと 6の6[あぶく](2009/05/24 21:02)
[19] ゼロとせんせいと 7の1[あぶく](2009/06/14 09:04)
[20] ゼロとせんせいと 7の2[あぶく](2009/11/03 18:54)
[21] ゼロとせんせいと 7の3[あぶく](2009/11/03 18:52)
[22] ゼロとせんせいと 7の4[あぶく](2010/05/01 21:42)
[23] ゼロとせんせいと 7の5 (2.07再追稿 ※後半サイト視点追加)[あぶく](2010/02/07 21:36)
[24] ゼロとせんせいと 7の6[あぶく](2010/02/20 13:56)
[25] ゼロとせんせいと 8の1[あぶく](2010/05/01 09:26)
[26] ゼロとせんせいと 8の2[あぶく](2010/04/18 22:17)
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[6594] ゼロとせんせいと 6の2
Name: あぶく◆0150983c ID:966ae0c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/25 14:25
あなたを想うとき、わたしの世界は闇にとざされる。

***

実は水メイジだという女衛士さんは、病人に足を運ばせる医者はおりませんわ、と言ってわざわざ家まで来てくれることになった。
店長はどうも反対のようだったが、彼女は柔らかな物腰で押し切ってしまう。
うーん、上品さと強引さって同居するんだな。

いつもの道を並んで歩く。道すがら話に出たのは、昼間の貴族達のことだった。

「まあ、秘薬を譲ってくださったんですか。親切な方ですね」
「ええ。なんか魔法学校の生徒で、たしか、モンモンとかいったかな――」
「……もしかして、モンモランシ家の方かしら?」
「そうそう、そんな名前、です」
「優れた水メイジを輩出する名家のひとつですわ。代々ラグドリアン湖に住まう精霊との交渉役を務めていたんです。もっとも……だいぶ前になるかしら。すこし困ったことがおきまして、このところは御役目を外れていますけど、」
「あー、それ聞きました、『御役目外されて、かつかつ』って」

女衛士さんは、鉄の面に似合わない、優しげな眸をすこしうつむかせた。
……あれ。
そこで、おれは奇妙なことに気がつく。このひと、実はおれと同じくらいの年齢なんじゃないだろうか――

「そう。その方もその方のご家族も、思い詰めていらっしゃらなければいいけど、」
「御役目を外れるって、そんなに大変なことなんですか?」
「ええ。特にかの地の精霊は我が王家と盟約を結ぶ大切な存在ですから、御役目はいわば王の代理を務めるようなもの。たしか問題を起こした当時の当主は蟄居したんじゃなかったかしら?」
「へえ」
「古い貴族は権威を持っています。でもそれは、同時に彼らを閉じ込める檻も同じなのですわ。そして矜持はとげになり、時に自身を害する毒になる。哀しいことですわ、」
「はあ」

それを聞いたおれの感想は、
貴族も大変なんだな。
それくらいだった。

***

***

わたくしは、少年の正直な顔を見て、詮無いことを言ったことに気がつく。
そうよね……。
市井の民の暮らしを肌で感じるのも良い、とそう言って街へ来たけれど、そこで知ったのは――
民の心はとうに『我々』から離れているという、うすら寒い現実だった。
杖がなければ、この国の貴族に頭を下げる民などもういないのかもしれない。
けれど、それも仕方のないことだと思ってしまう自分がいる。
今の貴族は威張りくさり、戦に明け暮れ、民を虐げるばかり。何か起これば責任を押し付けあい、利益があるとなれば群がる。
ごく一部の高潔な人々を除けば、そんな輩ばかりだ。
そして、わたくしも……。

民の生き血をすするだけの化け物。
そんなものが今の貴族で、王族なのかもしれない。

――憂鬱な物思いにふけりながら歩いているうちに、彼のお家にたどり着いた。
驚くほどこじんまりとしていたが、よく手入れされている。でも……病人がいる家だからだろうか。どこか、火が消えたように淋しい。

「ただいまー」
「お邪魔いたします」

はじめて見る普通の民の家の内部(なか)は何もかもが物珍しかった。
少年が手際よく灯りを点す。オレンジ色の火に浮かび上がったのは、木製のテーブルと揃いの椅子。炊事場を兼ねているらしい暖炉。そして衝立の向こうに、避暑地で見るようなハンモックが吊ってあった。
その中に、埋もれるようにして眠る少女がいる。
俯せに毛布をかぶっているのでほとんど見えないが、話に聞いていた通り、目元をすっかり覆うような布をつけているのがわかった。また、床に臥せって長いのだろう。艶をなくした髪は色をうしなって糸くずのようにほつれ、細い手足は骨がすけて見えそうだ。

「魔法の使いすぎだって先生は言うんですけど――」
「ああ、メイジでいらっしゃるのね」
「あれ、わかりません?」
「まあ、いじわるをおっしゃらないでくださいな」

わたくしはわざと朗らかに言った。

「マントをつけているわけでも、杖を持っているわけでもないのに分かれというのは、ちょっと難しいですわ」
「えーっと、おれ、メイジってメイジを見ればわかるんだと思ってたんですけど、」
「それは言葉遣いや立ち居振る舞いで判断しているんでしょう」

そういえば――この少年こそ、いったい何者なのだろう?
市井の民と直接触れ合ったのはわずか数日のことだが、その感覚に照らし合わせても、彼にはどこか奇妙なところがあった。
けれどスカロンさんが止めなかったのだから、きっと信用のおける方ね――。

「――じゃあ、相手の系統を判断したりは?」
「よく観察すれば何を得意とするかはわかりますわ。基本的に使う魔法は自分の得意な系統に偏りがちですから。ご存知かしら?得意な系統の魔法を唱えると、体の中にリズムが生まれるんです。とても心地良い唄のようなものが。だからついつい得意なものを使ってしまうの」
「そう、なんですか、」

少年は、なぜかすこし苦い顔で納得すると、少女の耳元に口を寄せてささやいた。おそらく医者を連れてきたと言っているのだろう。少女は深く眠っているらしく反応しない。

「起こさないでも大丈夫ですよ」
「すみません」
「いいえ。……あら。杖、持ってらっしゃったのね」
「ハハ。放さないんですよ。無理にはがそうとすると嫌がるんで、このままにしてやってください」
「ええ、わかりました」

眠りながら、白木でできた少し長めの杖を抱きしめる少女。悪夢に怯える子供が『お守り』にすがりつくような、そんな必死さに、わたくしは少し胸がつまった。
かわいそうに――。
けれどたしなみとして顔には出さずに、少年の方に声をかける。

「魔法を使って浪費した精神力は、よく食べてよく休めば、自然と元に戻るものなのですけど。この方は、それも間に合わないほど、疲れ切ってしまっているようですね」
「……治りますか?」
「大丈夫。とりあえず起き上がる体力が出るように『癒し』をかけておきますから、起きられたら、ごはんを食べさせてあげてください。あとは……そうね。傍にいてあげたらいかがかしら?」
「へ」
「病気で臥せると、とかく気が弱るものですから。あなたが傍にいてあげるだけでも心強いはずですわ」
「あ、はい……」

少年は、なんだか叱られた子供みたいな目で頷いた。

「さあさ、そんなに心配しないで。これならばわたくしの杖があれば、十分です。貴重な秘薬ですから、それはとっておきなさいな」

なるだけ明るい調子で言って、母から譲られた杖を取り出す。先端にはまった石が水の力を増幅してくれる、我が『家』に代々伝わる貴重な杖だ。
ルーンを唱え、癒しの光で少女を照らす。彼女はわずかに身じろいだだけで目を覚ましはしなかったが、体をめぐる水の力はすこし回復したようだ。

「ありがとうございました。ほんと、なんてお礼を言ったらいいのか――」
「そんなに畏まらないで。わたくしもお役に立てたのが嬉しいのですから」

言いつつ気恥ずかしくなって、わたくしは杖を子供のようにいじくってしまう。

「その……『実家』ではわたくし、とても役立たずなのです。色々と勉強はしているつもりなのですけど、うまくできないことばかりで――だから少しでもひとのお役に立てるのは、とても嬉しいのです」

そう。だから、これはほとんど自己満足の行いなのだ。
けれど、少年はそんなわたくしに再び、

「感謝してます。持ち合わせはないんですけど、この御礼は必ず――」

ときっちりと頭を下げた。
その武骨な礼は、どんな作法に適った典雅な振る舞いよりも心のこもったものだったけれど、わたくしは、すこし淋しかった。

……昔はこうではなかった。
もっと気安く話のできた相手がいた。何の気兼ねもなく、お互いに自分のものを相手にあげたり貰ったり、あるいは悪戯をしかけて、怒ったり笑い合ったり。
――そう、おともだちがいたのだ。記憶もおぼろな昔の話だけど。
ときにはお菓子を奪い合ったりドレスをどちらが着るかで揉めて、本気で喧嘩もしたけれど。今思えば、それさえも楽しかったような気がする。

なのに、今はだれもいない。名を親しげに呼んでくれるひとも。本音をぶつけあえるようなひとも。だれも。
それでも、あのひとのことを思えば耐えられたのに。

今はもう、前も見えない哀しみに囚われるばかりだ。

「礼は……必要有りません。けれど、もしよかったら、アンと呼んでくださいませんか?」
「え?」
「どうか、お願いします、」

それは思いつきだったけれど……自分でも驚くほど、切実な声が出てしまった。

一度だけ、すこしだけ、味わってみたかった。
ただのひとりの少女としての名を。
きっともうすぐ、そんな風にわたくしの名前を呼んでくれる人は永遠にいなくなるから……。

***

大したものじゃないですけど、と言いながら、少年は高いところの戸棚から茶葉を出し、お茶を入れてくれた。そして入れながら、自分は遠い東の国から来たのだ、と語った。
彼の持つ違和感、どこにも属していないような不思議さはそこにあるのだろう。
わたくしは安心して、口元の面を外すことにした。

「この国は、トリステインは如何(どう)ですか?」
「……いいとこだと思ってましたよ。夢みたいな、おとぎの国だって」
「今は違いますか」
「やっぱ現実だなって。いや、おれが気づいていなかっただけですけど。おとぎの国で現実に暮らすのは大変だって、当たり前ですよね」

少年は乾いた笑みを浮かべながら、指折り、並べ立てた。

「薬が高い。医者がいない。そもそも病院がない。保険もない」

かちゃん、と銅製のカップを置いて、ため息。

「おれの住んでた国なら、金がなくても、素性があやしくても、犯罪者でも、とりあえず怪我人や重病人が病院に連れてこられたら治療してくれます。それに保険って制度があって、国が税金で治療にかかる費用を半分以上負担してくれるんです。貧乏なひとにはそれ以外にも生活費とかをもらえる制度もあって……」

不意に言葉を途切れさせて、彼は口元を尖らせた。

「……悪かったな、どうせあまちゃんだよ、おれは」

きょとんとするわたくしに気づいて、慌てて頭を下げる。

「すいません、その、アンさんに言ったわけじゃなくて、」
「かまいませんよ。でも、たしかに夢のようなお話ですね」
「そうですね、ここと比べたらきっと『おとぎ話』です」

少年はそれきり話を止めてしまったけれど、わたくしは考えずにはいられなかった。

彼の話は、まさしく非現実的な夢だと思う。それほどの施策を行うのにいったいどれほどの予算が必要なのか、そもそもそんなことが可能なのかどうか、見当もつかない。
もちろん我が国では、高貴なる者の義務として、貴族が貧民に施しを与えるのは当然とされている。たとえば国境沿いの公爵領には領民が無料で診てもらえる治療施設がいくつもあると聞いた。
しかし、それはあくまで個々の領主の裁量だ。国や王はそうした細かな領民経営に口を挟む立場にはない。

けれど、ひとつ。わたくしにも係わる問題があった。
来る途中に聞いたときも疑問に思ったこと。――薬が不足している、秘薬の入荷が滞っているというのは、どういうことかしら?

水の秘薬は、ラグドリアン湖の水の精霊からもたらされる。それは王家と精霊との盟約に基づくものだ。それが破られるというのは通常の事態では考えられない。
なぜなら、かの地の精霊は『誓約の精霊』とも呼ばれる存在。その約束は決して違えられることはないのだ。絶対に。

でなければ――かつてあの地で立てたわたくしの誓いはどうなるのか。
ただひとつの愛の誓いは……。

***

三年前――。
ハルケギニア随一の名勝でもあるラグドリアン湖の湖畔で、二週間に及ぶ盛大な園遊会が催されたことがあった(それは、実を言えば、わたくしの母の誕生日を祝うものだった)。
その宴にはガリア王国、帝政ゲルマニア、そしてアルビオン王国と――ハルケギニア中の国からたくさんの王族、貴族が集い、参加者は皆、威信をかけて、連日、贅の限りを尽くしたものだ。
当然ながら、当時14だったわたくしも出席し、毎日社交の催しに駆り出された。
連夜の晩餐会、舞踏会に加え、朝も昼も食事時は世界中の賓客と同席し、さらに詩吟の調べの会などのたくさんの行事……
その忙しなさと窮屈さに疲れ果てていたころ。わたくしはあのひとに出会った。
アルビオンの皇太子、プリンス・オブ・ウェールズ。
金髪と凛々しい碧い目をした、わたくしの年上の従兄弟。

一目で恋に落ち、何度も機会を伺いながら、逢瀬を重ねた。
夜の湖畔で合い言葉を告げ合い、姿を現す。
その心地よく秘密めいたやりとりは、今も思い出すだけで胸があたたまる、宝物だ。
湖の精霊だけが知っている、わたくしの最初で最後の大切な恋。

もちろん、叶わぬことなどわかっていた。いくら幼く我が侭ばかりのわたくしでも、お互いの身分と責任は承知していた。
それでも、かまわなかったのだ。
たとえ二度と会うことがなくとも、愛さえあれば。永遠の誓いさえあれば、生きていけると。

けれど誓いをたてたのはわたくしだけで、結局彼は『愛』を誓ってはくれなかった……。

***

いまさらどうしようもない物思いを振り払うと――目の前では、少年が少女の毛布をかけて直してあげているところだった。その仕草には彼がどれだけ彼女を大事に思っているかがよく表れている。
当然のように彼女を背にして座る少年。それはちょうど宝物庫を守る衛士のようで。
わたくしは――

「あなたは彼女の騎士様なんですね」

思わず呟くと、視線をそらして少年は頭を掻いた。

「そんなたいしたもんじゃないですよ。おれ、せいぜい、やばいとこからこいつを連れて逃げるくらいしかできないですし、」
「あら、素敵じゃありませんか」
「?」
「だって、あなたは彼女のそばにずっといるんですから。素敵なことですわ。――すくなくとも戦に出て、名誉に殉じて、勝手に死んでしまう、そんな勇敢な殿方より、ずっと」

少年の無垢な眸に見つめられて、わたくしは我に返った。

「ごめんなさい。わたくし、ひどい女ですわね。好きで死を選ぶ人なんているわけもないのに、そんな風に言うなんて……」
「もしかして……どなたか、亡くなったんですか?」
「ええ。わたくしが永遠の愛を誓った方です」
「あい?え、恋人、ですか?」
「ええ。でも、わたくしだけの思い込みかもしれない。あのひとは何も遺してくれなかった。指輪も手紙も、ただ一言の言葉も……たったひとつでもあれば、思いきれたかもしれないのに」
「……」
「たぶん、わたくしはまだ信じていないんですわ。あのひとが亡くなったこと……」

けれどそれはごまかしようのない事実だ。

その凶報をもたらしたのは、マザリーニ卿。
我が王宮でも最も旧い忠臣のひとり。枢機卿の位を持つ外様の彼だが、王家に対する忠誠はこの国の誰よりも強く、深い。先王が亡くなって以来、遺された不甲斐ない王族に代わって、我が国を実質的に支えている功臣だ。
ただ、誤解されやすい性質(たち)なのか、評判は貴族にも平民にも等しく悪いようだ。そのやせっぽちの外見を揶揄されて、ひどいあだ名で呼ばれているのはわたくしでも前から知っていた――。
それでも、いくら他人に厭われようと、彼は他の臣達とは違い、いつだってわたくしに耳障りな『真実』を告げた。それは苦いながらも大切な『薬』だとわたくしは思っていた。

けれど、その報せだけはなかなか呑み込めなかった。

「アルビオンの皇太子殿下が亡くなられました」

あの日、いつかわたくしが認(したた)めた二通の手紙を目の前に置いて、彼は言った。
わたくしが送った密使は道半ばで仆(たお)れ、代わりに卿の手の者がその死を看取った、と。

「ウェールズ様が亡くなった!?信じられません!その者に会わせてくださいっ」

取り繕う余裕もなく感情のままに叫ぶわたくしを、卿はまさに猛禽(とり)のような鋭い目で睨みつけた。

「なりませぬ。あれは身分も卑しき、『名も無き者』。姫様に直接お目通りすることはできませぬ。そんなことよりも、貴女には考えていただかねば――」

その目に、その言葉に、わたくしは目をそらし、耳を塞ごうとして――そして赦されなかった。

「お選び下さい、アンリエッタ様。このまま王女としてゲルマニアへ嫁ぐか、それとも――」

***

黙り込んだわたくしに、少年はおそるおそる尋ねた。

「亡くなったのは……『あの』戦いですか?」

わたくしは小さく首を振った。
同時に、その言葉であの、ラ・ロシェールでの戦を思い出す。
わたくしに突きつけられたもうひとつの現実。あまりに鮮烈な記憶を。

開戦の始まりは――よりにもよってわたくしの結婚式に参列するためにやってきた――アルビオン艦隊が放った『祝砲』だった。本来空砲で遣り取りするそれを、恥知らずの彼ら(レコン・キスタ)は『宣戦布告』として使ったのだ。
その報を受けたとき、王宮はまず誤解によるものだと考えた。
とうに国土は焼かれているというのに――。
戦争回避の策を求めて紛糾する会議場は、この国の臆病な貴族達の象徴そのものだった。
わたくしはいつまでも席を立たない彼らに見切りをつけ、立ち上がろうとした。けれど。
その次に届いた報せで、会議場にいた者達はわたくしを含めて全員、間抜け面をさらすことになった。

それは、ラ・ロシェールにおける『両軍』の『壊滅』。

突如空から顕れた光に、兵士達は皆撃ち殺されたという。それこそおとぎ話のような話だった。
けれど、不可解な話を確かめるために戦場に向かったわたくし達を出迎えたのは、言葉では表せぬほど残酷な『現実』だった。
今も目に焼きついている。止める枢機卿らの忠告を無視して、愚かなわたくしが見たのは、ぽっかりと胸に穴を空けた屍体達。だれもが、何が起きたのか理解できぬまま、ぽかんと口を開けて死んでいた――

『始祖の裁き』だと誰かが言った。

あの日のことを思い出す度に体は勝手に震えだす。それを気づかせないために、わたくしはあたたかなお茶を口に含んだ。味が分からないほどたっぷりと入った砂糖の甘さが有り難かった。

「戦は嫌なものですね。もう二度とあんな思いはしたくない」
「……ええ、」
「でも、しなければならないんでしょうね、」
「は?」

思わず漏らした呟きに少年は顔色を変えた。

「どうして戦争なんかしたがるんです、」

わたくしはいたたまれずに目をそらす。
――怒りのこもった言葉も当然だ。平民の彼らにとって、戦など降って沸いた災厄でしかないだろう。貴族達の娯楽とでも思っているのかもしれない。

「誰も、したいわけではありません。ただ、民を苦しめることになるからです」
「アルビオンって奴らですよね。あいつらがまた攻めてくるんですか……!?」
「いえ、あの会戦で彼らも多くの兵を失いましたから……しばらくは攻めてくる余力はないと思います。そして、アルビオンは空の国。諸国と協力して空路を封鎖してしまえば、いずれ物資を失った彼らは戦わずして降伏する羽目になるでしょう」

それが国内の反戦派の理であり、策だった。
たしかにその理屈は正しい。政治家として、貴族としては。けれど……。

「けれど、その間、彼(か)の国の民はどうなります?忠誠の対象である王を殺した彼らです。民が飢えることなど、気に留めはしないでしょう。きっと彼らがあきらめるまで多くのアルビオンの民が犠牲になります」
「そんなの――」

彼は冷やかな声で言った。

「戦争になればどっちみち同じじゃないんスか?いつだって弱い立場の人間が犠牲になる、そういうもんでしょう」
「ええ、しかし――」

国内には、短期決戦を主張する者達が多いのだ。むしろ主要派を占めていると言っても過言ではない。
王制を否定するレコン・キスタは、このハルケギニアにとって大いなる脅威だ。害虫は広まる前に駆逐するべきだと彼らは言う。
そして、そんな主戦派の貴族達は件(くだん)の光を『神の火矢』と讃え、反レコンキスタの旗印にしようととしているようだ。
曰く――彼の光は始祖ブリミルの神託。偽りの教えを唱え、仕えるべき主家を弑し、ハルケギニアを混乱へと導いた異端の徒を、始祖は裁きたもうたのだ、と。
愚かな妄言だ。あれが彼らにたいする裁きなら、なぜあのとき戦場にあったメイジは、アルビオンもトリステインも、皆平等に、ことごとく撃ち殺されたのか。
そこから目をそらしているだけならまだいい。
その無慈悲さこそが神の証、と答える狂信者まで出ている始末なのだ。

わたくしは首を振った。答えなど出ない、この『宿題』。無理矢理にでも答えを出さなければならないのだとわかっていても、いまはまだ――。

「もう止めましょう。このことを考えると、わたくしの心はいくつにも裂かれてしまうんです」

弱音をもらしたわたくしに、そのひとは言った。

「『すべてをすくうすべなどない』」
「――え?」

唐突に告げた少年は、わたくし以上に戸惑ったような、苦いような顔で、すみません、言った。

「ただ、罪はできるだけ少ない人間が負うべきだ、と。その……『おれは』思います」

わたくしにはその言葉の意味がわからない。――まだ。

***

***

帰り道――少年に付き添われて『宿』へと戻る途中――すっかり暗くなった空には、きらきらと星が輝いていた。
それは現実を恐れ、ともすれば過去に戻っていこうとするわたくしの心を、あっさりと捕らえた。
あの夢のような数日。あのひととの一番大切な想い出のひとつを思い出す――。

ある晩のことだった。与えられた居室の中で、ひとり眠れずにいると、こつこつ、と小さな物音がした。

「『風吹く夜に』」

無断で抜け出していたことがばれて、監視が厳しくなっていたはずなのに。
彼はまるで魔法のように其処にいた。
合い言葉を、と無言で呼びかける碧い瞳に、わたくしは震えながら応えたものだ。

「『水の誓いを』……どうして……」
「驚かせてごめんよ、アンリエッタ」
「どうして、こんなことを。見つかってしまったら、」

動揺するわたくしに、年上の従兄弟は悪戯を成功させた子のように朗らかに笑ったものだ。

「大丈夫。――君に、どうしても会いたかったんだ、」

そう言いながらも、彼は中には入ろうとはしない。
だからわたくしが外に出て、シーツを敷布代わりにふたり並んで寝ころび、星を見たのだ。まるで幼い子のように、手だけ繋いで。
彼の指には透明な石の指輪が、そして、わたくしの指にも青い石の指輪が嵌っていて、淡い光をこぼしていた。生ぬるい初夏の夜風が、優しく頬を撫でていく。

しばらく無言で星を眺めた後、彼は言った。

「昼間、とても哀しそうな顔をしていたのが気になってね」

それだけのためにこの人は危険を冒してくれたのか、と有り難くて、嬉しくて、切なくて、わたくしはすこし涙が出てしまった。それを悟られぬように――そんなことは無駄なのだけれど――わたくしは星を眺めたまま答える。

「ウェールズ様、わたくしには、おともだちがいましたの」
「うん?」
「ひとつ年下の公爵家の娘で、幼い頃に遊び相手として連れてこられて……。覚えていらっしゃいますか?先日の昼食会のときにウェールズ様もご覧になったと思いますけど。わたくしの傍らにいた、桃色がかったブロンドの女性、」
「いや、覚えていないな。君のことしか見ていなかったから」
「からかわないでくださいな」

ほんのすこし胸があたたかくなって――すぐに冷めてしまった。

「その方はわたくしのおともだちのお姉様なんです。会ったのは本当に久しぶり。……おともだちが七年前に亡くなって、それ以来です、」
「亡くなった……?」
「ええ。ずっと『事故』だったと聞いていたし、カトレアさんもそう仰っていたわ。でも昨日、貴族達が言っていたの……」

酔っていたのだろう、周囲の婦人達を無駄に大きな声で噂する彼ら。国でも随一の名門、公爵家の醜聞ということで、そのときばかりは声をひそめていたけれど、それでもたまたまわたくしには聞こえてしまった。

「ほんとうは、魔法がうまく使えなくて、自殺したそうなの。魔法ができなければ立派な貴族になれないって、」
「……」
「ねえ、貴族って何かしら?身分っていったい何?どうしてわたくし達はこんな哀しいものに縛られなければならないの?」

子供のように泣き出すわたくしに、あのひとがなんと言ったのかは――もう覚えていない。

思えばあのとき、とうにわたくしの幸福な少女時代は終わっていたのだ。

そして、友も愛も無くしたわたくしは、もうすぐひとりぼっちで嫁がねばならない。それは、他国(ひと)か、この国(くに)か。まだ、心は決まらないけれど――。

***

***

翌日、あの奇妙な『女衛士』さんの言う通り、ルイズはちゃんと起き上がった。
というか眠りながらひどく震えていたので、思わず声をかけると――急に起き上がったのだ。
大丈夫なのか、と尋ねるおれに何故か、へら、と笑う。

「なんか、悪い夢でも見たのか?」
「ううん、良い夢よ」
「そっか――」

なぜかきょろきょろと辺りを見回す仕草をするルイズ。まだ、寝惚けているのだろうか?
とにかくまた眠ってしまう前に、急いで尋ねる。

「なあ。何か、食べないか?ジェシカがお前の好物だって、パイくれたんだけど、」
「クックベリーパイ?うん、食べたい」
「おう。すぐお茶入れるからな」

じゃあわたしは顔洗ってくるね、とベッドから降りようとしたルイズは――ハンモックから転がりおちるようにして滑った。
寝てばっかりだったから、足が萎えてしまっているようだ。
おれは慌てて抱え上げて、椅子に座らせる。

「危ねえな、ちょっとそこで待ってろ」
「あー、ちょっと失敗しただけよ」
「いいから」

沸かした湯とタオルを持ってくると、ルイズはぶらぶらと退屈そうに足を揺らしていた。

「手を貸そうか?」
「――いい、さわらないで」
「あ、うん、」

背中でぱしゃぱしゃと水を使う音を聞きながら、おれはもう一度お湯が沸くのをじっと見ていた。ぐらぐらと鍋が煮立ったころ、ルイズが言う。

「ねえ、おんなのひと、来てたわよね?それともあれは夢?」
「夢じゃねーよ。妖精亭のお客さんで、水メイジのひと。お前に『治癒』魔法をかけてくれたんだ」
「覚えてないわ」
「しかたないな。今度店に行ったらお礼言っておくよ」
「あ、じゃあ、今行きましょうよ。ジェシカにも久々に会いたいし」

妙にはしゃいだ調子でルイズは言った。
病み上がりだし、ふわふわと地に足のつかない様子が不安で、おれは反対したのだが……すると余計に意固地になる。ったく、そういうところだけ普段通りなんだから――。
とにかく一日はちゃんと休むようにと言い聞かせて、翌日向かうことにした。

それでも――。
起き上がって、ものを食べるルイズを見るのは久しぶりで、おれはようやくほっとした。頬についた食べかすをとってやると、ルイズはまた、へら、と笑う。

***

つづく


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