「さよならだ…兄貴…!」パンチホッパーの拳は、一直線に矢車の顔面目掛けて突き出された…だが…「!?」拳は矢車の頭を吹き飛ばす寸前、彼の顔面の直前でぴたりと止まった。「何故だ!?どうしたんだ!?」パンチホッパーは言うことを聞かない体に戸惑った。拳を引き、何度も殴り直そうとしたが、やはり矢車の顔面を貫く前に拳が彼の眼前で止まる。今度こそと思い、もう一度矢車を殴ろうとしたが、その瞬間、パンチホッパーの体に激痛が走った。「ぐ、ぐあああああ!?」パンチホッパーは矢車を地面に落とし、両手で頭を押さえる。そして地面に這い蹲り、ゴロゴロと転がって苦しんだ。「グッ…なんだこれは!?」何度も頭部を地面に叩きつけたが、激痛は一向に晴れない。パンチホッパーは地面を殴りつけると、矢車をその場に残し、変身を解除して撤退して行った。…「ん…」数時間後、矢車は暖かいベッドの中で目覚めた。コートとタンクトップは脱がされた上半身裸の状態で、顔に出来た痣にはガーゼが張られていた。左手にぬくもりを感じ、上体を起こして見てみると、自分の左手を握ったまま眠っているななこの姿を見つけ、寝ている彼女の背中に開いている右手を置いて体をゆすった。「おい、起きろ。」「ん…あ!?」目を開けたななこは慌てて飛び起き、矢車の手から自分の手を離した。「お、起きたんか…」「…何で俺はここに居るんだ?」ななこはあの後、ラニナワームを追い払った天道、加賀美と共に傷ついて倒れている矢車を見つけ、ななこの家まで矢車を連れてきたのだと彼に説明した。矢車はそれを聞くと「全く、本当に余計なことをするやつだ。」と呟き、ななこから瞳をそらした。「なぁ、あの矢車さんのに似たライダーに変身した男の子…あれが…」「…俺の弟だ。」矢車は唇を噛み締め、下を向いて拳を握り締めた。「でも、天道君や加賀美君に聞いたけど、あれってワームが化けとるんやろ?」「ああ、あれは所詮ワームが擬態した相棒の虚像だ。」「だったら、あいつは矢車さんが倒すべきや!あいつはあんたの弟さんの記憶を弄んで、あんたを苦しめて倒す気なんや!」「分かってる。」「ならあんたがあいつを倒さなきゃ、弟さんは浮かばれ…」「黙れ!!」矢車は突然大声を出し、ななこの言葉を遮った。「矢車…さん?」「お前に…俺とあいつの絆の深さは分からない…!」矢車はベッドから出てタンクトップとコートを見つけると、それを身につけ、ななこの部屋から去っていった。短い言葉とは言えど矢車と影山の義兄弟を見せ付けられたななこは、矢車が出て行った扉を見つめたまま、自分が入り込む余地の無さを見せ付けられたと感じ、やるせなさを感じていた。…翌日の月曜日(祝日)の午後、矢車は街外れにある今は使われていない建物の屋上に寝そべり、青空を見ていた。青空は綺麗に澄み渡っていて、一転の曇りも無く、吹く風も心地が良い。だが矢車の心の傷が癒える事は無かった。むしろここまで美しいと、逆に傷口を広げられているような感じさえしてしまう。ネオZECTが取った作戦は許せないが、自分に影山を倒すことは出来ない。その本性が凶暴なワームだったとしても、彼に攻撃しようとするたびに影山の笑顔がフラッシュバックし、自分の邪魔をする。矢車は改めて自分は弟の魂を利用しているだけの敵さえ倒せない情けない男だと卑下し、上半身を起こして溜息をついた。「相変わらずだな。お前は。」「…天道。」そんな矢車の元に天道が現れ、彼の隣に座った。隣り合って地べたで座った矢車と天道は光を行くものと闇を行くもの同士気まずい雰囲気があったものの、天道の方から口を開いた。「影山の偽者を倒せなかった様だな。」「…ああ。」「魂を利用しているだけの相手も倒せないとは、相変わらず駄目な男だ。」「自覚している。」矢車は天道から顔をそむけ、再び溜息をついた。「全く、お前は影山を倒せないなら倒せないで、倒せないなりの勝ち方を考えることが出来ないのか?」「何?」天道はそういうと、天を指差していった。「おばあちゃんが言っていた。勝利の方法は無限に存在する。どんなに相手が厄介でも、必ずそこには攻略法があるってな。」「攻略法…は!?」矢車は重要なことに気づいた。それは自分が無事であることである。ななこの話を聞く限り、自分が彼女と天道に助けられたのはパンチホッパーが去った後である。天道達が来るまで自分を殺す時間がパンチホッパーには十分にあったはずだ。なのに彼は自分の命を奪わず、撤退した。まさか…矢車は立ち上がり、屋上から去って行った。「世話の焼ける奴だ。」天道は去っていく矢車を見つめ、軽い微笑を浮かべた。…ななこは憂鬱な気分のまま、街を歩いていた。昨日感じたやるせなさを払うため、ショッピングでもしようと思ったが、何かを買う気分にもなれなかった。昨日から何をしようとしても胸が苦しくなる。大好きなネットゲームをプレイしても、残るのは空しさばかりであった。いつから自分はこんな人間になったのかとななこは思った。思い当たる節はやはり矢車に恋をしたことだけであった。彼を愛するようになってから自分は変になることが多くなった。必要以上に興奮したり、ブルーになったり、自分でも馬鹿みたいだと思うことが多かったが、これが恋する女性の悩みなんだと考えれば何処かうれしかった。だが矢車と自分の温度差を感じた今、愛という感情が憎らしくなってくる。こんなに苦しくなるなら彼と会わなければよかったとななこは思った。そんな時、車道を挟んだ向こう側の道をふと見ると、コートをはためかせて走る矢車の姿を見つけた。「矢車さん?」ななこは昨日の夜とは違う彼の様子に首をかしげると、何があったか気になり、彼をつけてみる事にした。…影山は港を訪れ、金網越しに海を眺めていた。ここは矢車と影山が死別した場所である。擬態して記憶もスキャンしているため、ワームである影山もここが何処かは知っていたが、なぜ自分がここに来てしまったのかは分からなかった。ただ気がついたらここに訪れていた。なぜここに来たのかは分からないが、ここに居ると何か悲しさが胸に込みあげて来た。だがこれが擬態した人間の持つ記憶のせいだとしたら、それはワームにとっては無用の長物である。さっさとこんな気持ちを忘れてワームに徹さなければならないと考え、振り返ると、そこには息を切らしてこちらを見ている矢車の姿があった。「兄貴…」「やはりここに居たのか…相棒。」「…丁度良い!」影山はホッパーゼクターを呼び寄せるとそれをキャッチし、腰のZECTバックルを開いた。「今度こそ望み通りの地獄に送ってあげるよ…兄貴。」「…!」矢車も自分のホッパーゼクターを呼ぶと、二人は「変身!」と叫び、キックホッパー、パンチホッパーにそれぞれ変身した。そしてパンチホッパーがキックホッパーに殴りかかり、キックホッパーはパンチホッパーのパンチを回避する。矢車に遅れて現場に到着したななこは、物陰に隠れ、二人の戦いを見守った。…だがダブルホッパーの戦闘の最中、二人の遠方にラニナワームが現れた。ラニナワームは右手の特徴的な形をしたハサミを構え、パンチホッパーに加勢しようとしたが、天道が現れ、道を遮った。「よせ…邪魔をするな。」天道は手に持ったカブトゼクターをライダーベルトにセットしてカブトに変身し、即キャストオフしてライダーフォームに移行すると、ハイパーゼクターを呼び出し、ハイパーフォームへと変身した。ラニナワームはハイパーカブトに襲い掛かるが、ハイパーカブトは長年鍛えてきた達人の動きでラニナワームの攻撃を回避し、圧倒的な技量の差でラニナワームを圧倒する。そしてハイパーゼクターのホーンを下げてマキシマムライダーパワーを起動させると、カブトゼクターのフルスロットルスイッチを「1・2・3」の順に押し、バックル部を閉じてゼクターホーン引き戻す。「ハイパー…キック!」必殺技の名前を静かに言い、ゼクターホーンを再び操作すると、膨大なエネルギーが右足に流れ込み、ハイパークロックアップモードにボディが展開する。そして背中にタキオン粒子で生成されたカブトムシの羽を広げ、宙に飛ぶと、キックポーズをとってラニナワームに蹴りかかった。ハイパーカブトの必殺技「ハイパーライダーキック」である。ハイパーキックを受けたラニナワームは赤紫色の炎となり完全に消滅した。…キックホッパーとパンチホッパーの戦いは、相変わらずキックホッパーがパンチホッパーの拳を避けるだけで、戦況は進展していなかった。陰で見ていたななこはやはり弟は倒せないのかと心配し、イライラして来たパンチホッパーは拳を振るのをやめると、距離をとってキックホッパーに話しかけた。「どうしたの兄貴?避けてるだけじゃ勝負にならないって言った筈だけどな?」そう言われたキックホッパーは少しだけ下を向いた後、前を向いてゆっくりとパンチホッパーに近づいた。パンチホッパーはファイティングポーズをとり、キックホッパーを威嚇したが、近づいてきたキックホッパーは予想だにしなかった行動に出た。キックホッパーがパンチホッパーを抱きしめたのだ。「な!?」「え!?」ななこもパンチホッパーも驚愕し、暫く放心状態になったが、パンチホッパーはすぐに我に返り、怒り叫んだ。「貴様!何のつもりだ!?」「相棒…俺達は永遠に一緒だ…」「ふざけるな!」パンチホッパーはキックホッパーの脇腹を何度も強く殴り始めたが、キックホッパーは動じずに耳元で囁き続けた。「行こう…」「この…黙れ!」「俺達だけの…光を掴みに…!」「!?」その言葉を聴いた瞬間、再びパンチホッパーの体に激痛が走り始めた。「ぐ…あああああああ!!」パンチホッパーは頭を抑え地面をのた打ち回る。「やはりか…」とキックホッパーは呟いた。影山に擬態したワームは影山をコピーしたことにより、影山の人間の意思に飲み込まれそうになっているのだ。今は亡き神代剣・仮面ライダーサソードの正体であったスコルピオワームも、ネイティブに擬態された天道の父・日下部総一も人間としての意志が強かったため、ワームの意思に打ち勝って自我を得た。以前間宮麗奈も深手を負った際、人間とワームの意思を二つ持ってしまったことがあった。それと同じことが擬態影山にも起ころうとしているのだ。矢車に止めを刺そうとしたときは、僅かに芽生えていた人間の意志がワームの動きを阻んだのである。「頑張れ…相棒…!」キックホッパーはのた打ち回るパンチホッパーを応援した。やがてパンチホッパーの変身が解除され、影山に戻って荒い息を繰り返しながら立ち上がると、影山は矢車を見た。あの時と変わらぬ矢車を慕っていた純粋な瞳で…「兄貴…俺…俺…兄貴に何てことを…」「相棒…!」キックホッパーも矢車に戻ると、笑顔を見せ、影山に近づいた。だが矢車の手が影山に触れる寸前、再び影山は頭を抑えて苦しみだした。「うわああああああ!!」「相棒!」「来ないで!」影山は苦しみながら矢車から距離をとった。影山は人間としての意思を取り戻したが、ワームの意思が消滅した訳ではなく、残ったワームの意思が再び影山を支配しようとしているのだ。「兄貴…頼む…俺を倒して!」「!?」影山は必死にワームの意思に抵抗し、矢車にあの時と同じ介錯を頼んだ。だが…「駄目だ…俺には出来ない!」矢車はそれを拒否した。二度も愛する弟の命を奪うなど、矢車には出来ない。だが影山は必死に手を伸ばし、矢車に訴えかける。「俺はもう死んだんだよ…今の俺は抜け殻なんだ…ワームになってまで生きるのなんて俺は嫌なんだ!だからお願い…俺を倒して!」影山は目に涙を浮かべて矢車に懇願し、パンチホッパーに変身して両腕を広げた。「…相棒、俺達は…永遠に一緒だ…!」矢車は拳を握り締め、キックホッパーに再び変身する。そして…「相棒おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」パンチホッパーに向け、必殺のライダーキックを放った。…空に夕日が昇り、辺りを橙色に包み始めた。矢車は地面に膝を突いたまま影山を抱きかかえ、共に夕日を眺めていた。「ねぇ、兄貴…」「何だ?」「俺は…兄貴の弟だよね?」矢車はそれを聞くと、影山の手を優しく握り、笑顔を見せた。「馬鹿野郎…言ったろ、永遠に一緒だって。」「ありがとう…兄貴。」影山は大粒の涙を一筋流した後、ネオZECTの最終作戦についての詳細を口頭で矢車に話した。「…おい、本当なのか?」「うん…でも、兄貴なら…きっと止められるって…信じてる。」影山はそう言うと、最後の力を振り縛り、言葉を紡いだ。「兄貴…大好きだよ…兄…貴…」最期の言葉を言い終えた影山はサナギワームの姿に戻り、緑色の火の粉となって夕焼け空に消えていった。矢車は火の粉が完全に消えていくまで見送った後、そのまま上を向いて夜の色に染まっていく空を見つめた。二人を物陰で見ていたななこはそこから出るとゆっくりと矢車の傍まで歩き、彼を背後から抱きしめた。矢車は自分を抱きしめているななこに声をかけることも払うこともせず、ただ黙って空を見続けた。やがて暗く彩られた空に、一番星が暖かく輝いた。…一方、軌道エレベーター基地に居たケタロス・大和は、司令室にある機械を操作し、軌道エレベーターにかかっていた光学迷彩を解いた。何も無かったはずの孤島に突如宇宙まで延びている巨大な柱が現れ、その姿は地上から見ればまさに天空まで伸びる梯子の様に見えた。衛星軌道上にある軌道エレベーターの先端には大きな軍事基地が設置してあり、巨大な砲塔が装備されていた。その砲塔はゆっくりと稼動し、地球にある小さな無人島に照準が向けられた。「人間共…これが我々ワームが貴様らに送る天誅だ!」ケタロスはバックル部のスイッチを操作し、クロックアップした。その瞬間、砲塔に膨大な量のエネルギーがチャージされ、極太のビームが発射された。ビームは標的にしていた無人島に直撃し、島は完全に消滅した。※うーん…まだまだ消化不良…諸事情で終盤ですが更新速度チョイ遅くなります。すみません。