エレブ新暦963年 ???
それは月明かりさえない深い夜の話だった。
あらゆる動植物が寝静まる森の中、一人の男と異形が対面している。
《さて》
夜の帳の中、闇よりも深い黒が理知的な声をあげる。
【闇】……ここではあえて「彼」と表現するこの存在は外見の異質さからは想像できない程に親しみと優しさの混ざった声で告げる。
全身に砂嵐が入ったように絶えず“揺れ”続ける彼は人間でいう所の腕を伸ばして一軒の簡素な家を指さした。
《あの家が見えるか?》
「…………」
男……レナートは無言で頷く。彼の顔は真っ青である。
それは決してこの異形を恐れているからではない。
彼の頭にはもはやこの存在への恐怖など欠片もない。あるはずがなかった。
ただ彼が考えるのは本来ならば決して手が届かない筈の奇跡についてだ。
本当に、この怪物は約束を守るのか。そもそもこれは現実なのだろうか。
真っ黒な影が甘い声を囁き、死を否定する夢なのかもしれない。
正直に言おう。彼は期待していた。
友の蘇生を、魂の黄泉がえり、復活を。
そして友と過ごす永遠の時間を。
二人で何処へでもいける。何でもできる。
ワレス達に紹介し、一緒にあの住み心地のよいキアランで働き続ける事だって。
死者蘇生。不老不死。
言葉にして並べてしまえば何とも陳腐な単語の羅列。
相反する二つの記号が互いを否定している言葉。
誰もが知っていて、誰もが不可能だと断ずる奇跡だ。
古の竜族でさえこの二つは行わなかった。してはいけないと。
《あの家の家主はコミンテルンの構成員だった。
彼は最初期から彼らに協力し、理想に燃え、強者として君臨し、多くの人々から奪った》
詩人の様に彼は語る。透き通った男の声で。
未だ困惑するレナートに切っ掛けを与えるように。許しを与えるように。
《妻を早くに失った彼には息子が居た。
コミンテルンとしての活動の傍らに育てていた大切な子、宝だ》
影は語る。とある男の生涯を。
平穏を得るために支払った犠牲の数を。
傭兵としての稼ぎでは子供を養えないわけではないが……男一人で何の力も持たない子供を育て上げるのはこのエレブで想像を絶する苦労を伴う。
雇われの兵士としての収入の不安定さ。
特定の組織に所属し保護を受けない故の脆さ。
今年で三つになる子供の脆弱さ。
母が存在しない故の不安さ。
上げればきりがない。
完全な“安心”が父である彼には必要だった。
故にコミンテルン。故に理想の平等世界。大人も子供も全てが等しい世界という空想。
我が子の為に彼はソレを勝ち取ろうとした。
罪もない大勢の人々の血で代価を払おうとした。あの村人たちの様な心優しい人たちの血で。
賛同しない全ての者を人間としてはみなさず、殺し、焼き払い、苦しめ、奪い、吊るした。
しかしコミンテルンは瓦解し……その前に彼は逃げた。
リキアとの決戦を感じ取った彼は村の虐殺を一通り堪能した後、その財を奪い逃げだしたのだ。
今までの血と犠牲から眼を背け、敗北を前にして理想を捨て我が子の為に逃げた。
《レナート。全てを聞いた君はどう思った? 彼はどうされるべきだと思う?
君の心の望むがままの答えを私に見せてほしい。君が下す彼に対しての“処断”を行動で教えて欲しい》
闇が断ずる。処刑人の様に。暗に死を齎せと。
今から殺す男の全てを知り尽くしながら、それでも殺せと。
失われた存在を取り戻すためにはまず誰かから奪う気概を見せろと突きつける。
無実の人間を殺せとは言っていない。
裁かれるべくして当然の悪を切って見せろと言っている。
恐らくこれからレナートが行うかもしれないのは戦場で行われる戦闘ではない。
両者が命をかけて、納得の上で行われる戦争ではない。
全く何の罪もない無垢な子供の人生を理不尽に破壊する外道の所業だ。
レナートが取り出すのは乾いた血の付着したナイフ。今は亡き友の形見。
カタカタと震える濁った刀身に映るのは死人のような自分の顔だ。
影が指を一振りすると、刀身にこびりついていた友の血は剥がれ落ち、空中で泡の様に纏められ固まる。
赤黒い泡を影は労わる様な動作で掴み、掌の中で弄ぶ。
《これは強制ではない。嫌なら断ってくれても構わない。
私は君がどのような答えを出そうとそれを支持するし、何時までも待とう》
影の紡ぐ言葉は何よりも深くレナートの心に沁み込む。
労わりに満ちた言葉だ。優しさに満ちた言葉だ。
子供の様に震え、小動物の様に臆病な彼の背中を押そうとする言葉だ。
それでもと、心の何処かで拒絶を繋ぐレナートに彼は優しく……微笑みかけ、まるで親友が悩んでいる友に語り掛ける様に言った。
《もちろん。君になら出来るとも》
その言葉を前に、遂にレナートの顔から青が消えた。
微細な震えは消え去り、眼の前の家の中にいるであろう顔も名前も知らないかつてはコミンテルンだった男と、これから一人で生きていく事になるであろう息子の命を天秤の秤に乗せた。
もう片方の秤には友が乗っている。そして彼は両者の重りを比べた。
……比べ物にならない。
欲しい。
「ああ」
レナートは頷く。普段の彼がいつも受け答えするような平凡な調子で。
とっくの昔に答えは出ていた筈だった。気付かないふりをしていた。
これが夢か何かで、ふとした拍子に泡の様に消えてしまうのではないかと恐れていた。
彼はじっくりと異形の理解不能な「顔」を見た。
真っ黒で、がらんどうで、伝承に謳われるブラミモンドの様に闇と一体化した存在の顔を。
思えば異形の顔はまるで鏡の様であった。闇の中にはレナート自身が浮かんでいた。
そこに映る自分の瞳は希望に溢れていた。
あの日半身ともいえる大切な存在を失い、全てに諦観し絶望に塗れていた男の顔は何処にもなかった。
まるで、ありし日の姿の様に希望と理想に燃えるレナートがそこにはいた。
そして友がそこにはいた。友は生気のない顔で異形の隣に立っている。
死人の顔で、蛆と血と泥に塗れた……ただの残骸が居た。
異形は明らかにその「友」に気付いた様子で視線を移すと、せせら笑う。
指をさし、これは何だとレナートに問う。
既に答えは知っているのに、彼自身の口から言わせようとしている。
レナートは答えた。
今まで彼を苦しめていた存在を、今まで大切だった存在を一言で評する。
それは無価値な存在だ、と。「友」はその言葉と共に消えた。
異形は消え失せた友に何の反応も示さなかった。
彼はようやく弟子が信じていた通りの男に戻れた気がした。
彼が戻ってきたら戻れるはずだとレナートは信じた。
意気揚々とナイフを手に取り、レナートは家を目指すことにした。
何の事はない。何時も仕事でやっていることを行うだけだ。
それだけで全てが元に戻る。いや、戻る以上に素晴らしい事になる。
そして彼は笑顔のまま、扉を叩いた。
これは遠い過去の断片。何時か、何処かで起こった出来事だ。
既に起こり、終わってしまった事。
この結果は決まっていた。
レナートが異形と遭遇した時点で……レナートが影を見てしまった時点で、友を失った時より全ては決まっていた。
時は少しだけ遡る。これは過程のお話。
エレブ新暦963年 カルテ村 2日目早朝。
翌朝眼を覚ましたマデリン一行が見た村の様子は様変わりしていた。
朝霜に覆われた村の中には誰も居なくなっていたのだ。
昨日まで確かにそこにいた筈の村人は影も形も残らず、村の中には主を失った家屋だけがあった。
当然マデリンたちは驚愕し、混乱した。
争った形跡さえもなく30人はいた村人が一夜にして消える等異常だ。
最悪の仮定の一つにこの村はもしやコミンテルン残党の拠点で、自分たちを罠に嵌めるための準備をしている可能性さえ浮かんだ。
だがそれもないだろうと直ぐに否定される。
仮にこの村がコミンテルンの拠点だとしたら、何故夜に襲撃をかけないのか。
食事に毒を混ぜる、夜の闇に紛れて襲撃、家屋に油を巻き火をつける……有効な手段など幾らでもあるのに彼らは何もしていない。
そうだ、何もしていないのだ。番の兵士達は誰もが口をそろえて夜間村人が家屋の外には誰も出ていないと語ったのだから。
寝ずの番をしていた複数の兵士達に一切気取られることなく、村人は消えたのだ。
何もかもが理解不能だというのが彼女たちの正直な感情であった。
迅速に荷物を纏めて出立してしまべきか、それとももう暫くここに残るべきか……マデリンが選んだのは後者であった。
あの心優しい村人たち、領土こそ違えど同じリキアに生きる民にもしも危険が迫っていたら、我々は貴族として助けなくてはならないと。
そして出立するにあたっても、周辺の安全を完全に確認しておかなくてはならないという狙いもある。
もしもこの村周辺に伏兵などが存在していた場合、最悪マデリンたちは背後から襲われてしまうからだ。
慎重には慎重を重ねてマデリンたちは警戒を最大限に高めた状態で行動をする。
罠や伏兵などを考慮し、ワレスをマデリンの護衛に置いた上でレナートとハサルが中心とした足の軽さを重視した探索隊が編成され、迅速に作戦は実行に移される。
家々を回り、一件ずつ丁寧に確認を行い、周辺の足跡を調べ上げ、彼らが何処にいったか調べ上げる。
更にはハサルらサカの民が感じ取れるという人の纏う“風”の残り香を嗅ぎ分けながらの捜査さえも導入するが、それでも村人の行方は判明することはなかった。
何処にも、誰もいない、伏兵はおろか、動物の類でさえこの村の周辺にはいなかった。
「…………」
だが、とハサルは腕を組んで考える。妙な……とても妙な“風”の流れを彼は感じ取っていた。
サカの民である彼からすれば屋外で人を追跡するなどウサギを追うより遥かに容易い事であるのだが、それでも今回は妙だ。
この村に訪れていた時から思えばこの妙な違和感は彼を苛み続けていた。
微かな血の香り。
コミンテルン。
カートレーにおける同盟との戦い。
立地的にこの村が何の影響も受けていないのはありえないという経験から来る情報。
しかし現実は何も害はなく、人が居なくなっただけだ。
彼らは好意的な人々で、自分たちの懐に決して余裕があるわけではないのに多くの食料を分けてくれた上に寝床まで提供してくれた恩人たちだ。
確かに真相は気になる。この村で受けた恩をハサルは決して忘れてはいない。
だが、もういいのではないかとハサルは思い始めていた。
一切の手がかりはなく、今の所伏兵や罠なども見当たらない。
余り時間を取れる案件ではないなと傭兵としての彼が囁いていた。
この旅で最も大事なのは言うまでもなくマデリンの安全だ。
彼女をアラフェンに送り、そしてキアランに帰還させること。
それが今のハサルの最大の役目である。皆そのために命を捨てる覚悟でついてきてくれている。
更に言えば物資とて無限ではない。人は生きるだけで水や食料を消費する。
大勢の人の集まりの軍や隊となれば当然その人数だけ消費は倍増する。
物資と言ってしまえば聞こえはいいが、その実はキアランの民たちから預かった税だ、無駄遣いは許されない。
「そろそろ切り上げるべきか……」
ハサルは隣で周囲を警戒するレナートに声をかける。しかし返事はない。
彼が沈黙で答えを返すのは珍しいことではないが、それでも意識の動きはあった。
だが今はそれさえもない。レナートは隣に立ってはいるが、その心は何処か別の所を見ているようだった。
「レナート?」
もう一度問えば今度はしっかりとレナートの心が動き、ハサルを見た。
「聞こえている。探索を切り上げるべきだというのは俺も賛成だ。
……このまま探していてもどうせ何も見つからないだろう」
レナートの言葉には確固たる確信があった。
傭兵としての彼はもうこの村に残っていても時間を無駄にするだけだと断言する。
そうだなとハサルも彼の意見に頷いた。
やはり多少は心にしこりが残るが、それでも目的を間違えてはならない。
彼はマデリンに結果の報告と探索の打ち切りを進言するために踵を返す。
後に残ったレナートも暫くは立ち尽くし周囲を眺めていたが、直ぐに仲間と合流するために歩を進めだした。
村の中央、既に荷物の積み込みなどを終えた馬車隊の前にマデリンとハサル、そして護衛の兵士達はいた。
優れた防御能力、護衛能力を備えたワレスを傍らに控えさせたマデリンは親愛する男からの報告を受けている。
「そうですか……足跡なども見つからなかったのですね……」
ハサルの報告を受けたマデリンは顔に憂いを湛えて答えた。
続けてハサルが探索を打ち切るべきだと進言すると彼女の瞳が内心を映すように揺れた。
しかしそれも一瞬だけ俯き、顔を再び上げた時にはなくなる。
彼女とてただの娘ではない。
キアラン侯の一人娘であり、貴族としての考えも併せ持つ強い女性だ。
ここで時間を潰すことの無為さを彼女は理解できる。
平民の村一つと父たるキアラン候より賜った任、どちらが重要視されるかなど知っている。
それでも、と決断を鈍る彼女の前にハサルより少し遅れて帰還したレナートが進み出る。
彼は礼儀正しく一礼すると、手に持った一枚の板切れをマデリンに手渡した。
「“カルテ村“……? これは一体」
「この村の名前を書かれた看板でしょう。そしてその黒い汚れをよく見てほしい」
言われた通りにマデリンが板を注視すれば、どうやらそれはカビや埃などの経年劣化の類ではなく、何らかの水しぶきを大量に掛けられたようであった。
しかし単なる雨水ではこうはならないだろう。乾燥してもここまで黒い跡を残す液体など画家が使う特殊な絵の具か、もしくは……。
「血か。それも最近についた跡だな。しかし昨日という程でもない。……これは人の血だ」
横から覗きこんだハサルが断言する。
彼の中でも色々と繋がり始めたらしく、その瞳には理解が浮かんでいた。
ありえないと断言するのは簡単だが、現実として目の前に起きた以上認めるしかない。
「血……村の看板に血がついて……まさかそんな」
いや、いやとマデリンが首を振るが、レナートはそんな彼女を労わる様に淡々と告げる。
「こういう事もあるものなのです。そんな馬鹿なと思うかもしれませんが。
元々はここはコミンテルンの強大な勢力圏でした。ただの村が世俗から離れたように無傷で残っている方がおかしい」
レナートの語る言葉には得も言えぬ説得力があった。
ただの噂や伝承と笑い飛ばせない圧が。
そしてハサルを始めとするサカ出身者たちにとってはレナートの語る言葉は常識の類であり、一様に納得の表情を浮かべ始める。
「彼らは……母なる大地と父なる空の下に帰ったのか」
「あの者らは……っ!」
ワレスが拳を握りしめ、歯を噛みしめた。
ありのままに彼は全てを理解し、そして自らの無力さに憤りを覚える。
彼らは善良であった。共に酒を飲みかわし、笑いあった。
キアランとカートレーという出身の違いこそあれど、同じリキアの民で、愛すべき同胞であったのだ。
ふざけるな、と。何が理想だ。
賛同しない者を消して何が解放だ。
眦から涙を零しながらワレスは穴が開くほどにカルテ村と書かれた板……看板の残骸を凝視する。
「……総員、整列しなさい。善き人々に敬意を払いましょう。彼らの眠りが安寧であることを祈るのです」
マデリンが静かに告げ、レナート、ワレス、ハサルが順に部下に命令を下せば全ての兵士達がまるで主に捧げるように隊列を組む。
朗々とエリミーヌ教団の祝詞をマデリンが唱え、続けてハサルがサカの祝言を語るのをレナートだけが無機質な眼で見ていた。
その後、カルテ村を出立してからのアラフェンへの道程は順調であった。
当初危惧されていたコミンテルン残党の襲撃や賊などのちょっかいもなく、数日後にマデリンたちは予定よりも早くにアラフェンに到達する事が出来た。
既にアラフェン候は一行が城の近くにまで近づいている事を知っているのは間違いない。
何故ならばアラフェンに近づく度に多くの兵士達が街道に検問所を作り警固しており、彼らからの報告は間違いなくアラフェン候に渡っているだろうから。
ハサルの優れた視力は地平の彼方にうっすらと映るアラフェン城下の門がゆっくりと降りていく所を見ていた。
彼の考えが正しければもうそろそろ迎えがこちらにくるだろう。
よく目を凝らして見れば空には複数の天馬の影も見えた。
アラフェン候はどうやらイリアの天馬騎士団も雇っているようだった。
天からの眼を持ってすれば、マデリンたちの接近に気がづくのは容易い。
「あれがアラフェンの街です。あなた方の助けによって予定よりも早く到着することが出来ました」
全員より一歩前に進んだマデリンが心の篭った声音で堂々と宣言する。
小高い丘の上より望むアラフェンの市街地はさすがリキア第二位の都市というだけはあり活気に満ちている。
更に今は治安を乱しに乱し、流通を遮っていたコミンテルンが瓦解したということもあって、様々な商人や職人などがアラフェンに集合していることだろう。
ベルンとリキア。更にサカの一部。この3つの地域を跨いで主に活動していたコミンテルンはいわば目障りなしこりだった。
勝手に検問を作り、治安維持の名目で領主とは別の税を求めてくる賊よりもおぞましい存在。
当初見せていた民への従順さをかなぐり捨てて露わになっていた末期の本性は理想の為ならば全てが正義であり、そのための奉仕と犠牲は仕方ないという傲慢の塊だ。
だからこそリキア同盟は速やかにコミンテルンを葬った。
彼らの掲げた意味不明の大義もそうだが、流通という経済活動を遮るのは貴族にとっては最も不愉快な行為だったのだ。
「迎えです。あれは……アラフェン侯爵の直属でしょう」
遠くから土煙を振りまきながらやってくる騎馬隊をワレスが冷静に分析する。
彼らが掲げる旗の素材は遠目から見ても上等なものだ。青という貴族を象徴する色なのもこの考察に説得力を与えている。
普通の軍団が掲げる量産品の旗としてはあそこまで上質な布や色は普通は用いない。
更に騎馬隊の着こんだ鎧は太陽光を照り返してぴかぴかと輝いており、まるで鏡のようでもあった。
ハサルはそれを見て微かに指を開閉させた。
サカの民としての本能か、ああいう……とても狙いやすいモノを見るとどうやって射抜こうかと考えてしまう事が彼にはある。
マデリンが動く。一度馬車に戻ると、キアランの家紋が刺繍された高貴なマントを持ち出し羽織る。
それだけで彼女の姿は快活な女性から、冷静な女貴族のソレへと纏う空気ごと変わる。
彼らの乗っている馬はサカの民から見ても非常に良い馬であった。
あっという間にマデリンたちを補足すると、見る見る距離を詰めてやってくる。
やがて彼らは一行の前までやってきて停止すると、貴族への礼儀として馬から降り、跪く。
「キアラン候ハウゼン様の代理のマデリン様ですね? 主から命を受けお迎えに上がりました」
マデリンの顔が引き締まる。彼女が仮面を被ったのをハサルを見て取った。
キアラン候の代理としてのマデリンが上位者として相応しい態度を示しながら騎士たちに必要な言葉を投げかける。
「判りました。案内しなさい」
仰せのままにと騎士が頷き立ち上がって馬に跨ると、先導するために背を向けて先ほどより幾らか遅い速度で走りだし始めた。
マデリンはゆったりとした余裕を感じさせる動きで最も豪奢な自分の馬車に乗ると、ふぅと息を吐く。
ボロリと貴族の仮面が剥がれ、個人としてのマデリンが顔を覗かせる。
「どうだったかしら? 私はお父様の代理として立派に振る舞えてますか?」
「見事だった。誰も貴方をただの代理とは侮らないだろう」
あえてハサルは正しい敬語を使わずに僅かに砕けた口調で答える。
長旅で少しばかり疲れを隠しきれていないマデリンに対する気遣いだ。
ふふふと小さく笑ったマデリンが「ありがとう」と告げるとハサルはそっぽを向いて何とか言葉を続ける。
「緊張しているのか? らしくもない」
馬車が動き出し、ハサルが馬に乗るとマデリンは馬車の窓から彼に話しかける。
これが最後。アラフェンの城に入ってしまえば一切の弱音は許されない。
だから彼女は思い切って本音を零すことにした。
「今まではお父様や叔父様と一緒でした。
……一人で祝宴の類に出るのは初めてなのです。
女の身で何を生意気なと思われ、軽んじられるのは覚悟の上です。それに……お父様の考えもある程度は判るのだけど……」
貴族の未婚の女を一人で貴族の祝宴会に放り込む……つまりそういう事もハウゼンは考えているのかもしれないとマデリンは思っていた。
もう彼女も適齢期で、別に珍しい話ではない。
彼女しかハウゼンに子がいない以上、キアランの未来を考えればこうするしかないのも必然だ。
「私は……。少し、疲れたのかしら。こんな事を言ってしまうなんて」
貴族としてキアランの為に。マデリンはキアランを愛している。
そのために全てを捧げるのは当然だと思っている。
母を失った父がどれだけ苦心して自分を育ててくれたかも痛い程理解し、その恩を返すにはこれしかない事も。
キアランの未来は文字通り彼女が“産む”のだ。
ハサルはサカの部族の出であり長男だ。
族長の子として産まれた彼は今でこそ傭兵の身だが故郷に戻ればロルカ族を継ぐ男だ。
部族と領土。
規模や名前こそ違えど本質は同じである。
故にハサルはマデリンの不安を的確に見抜くことが出来た。
だからこそ彼はこの女性に脚色もなく、単純化した言葉を投げかける。
「お前の抱くソレは当然のモノだ。
もしもどうしても不安が消えないのならば……俺たちがいる。
だから、自分の正しいと思った事を妥協で曲げなくてもいい」
背負った弓矢を示しながらハサルは言う。
マデリンはきょとんとした顔をした後に破顔した。
「ありがとうハサル。今日まで貴方たちには助けられてばかりね」
「気にするな。……仕事だ」
ふーん? とマデリンは笑いを零す。
無邪気に口を歪めた彼女は窓枠から体を乗り出すとハサルに言う。
「“仕事”……今回の“お仕事” 貴方はどうでした? 感想を聞きたいわ」
ハサルの眼があちらこちらを行きかう。
見ればアラフェンの門に大分近づいていた。この時間も終わりが近い。
幾つかの言葉を考えて吟味した後に彼は返した。
「まだ終わっていない。キアランのハウゼン様の所に無事お返しする所までが仕事だ」
だが、とハサルは言葉を切る。
もう少し彼はマデリンと話していたかった。
「不思議な道程だった。危機こそ少なかったが、油断の出来ない状況も確かにあった」
カルテ村とマデリンが零す。
彼女自身未だに信じられないが、確かにあの村人たちは生きていた。
一緒に盃を交わし合い、談笑をしたのだ。決して夢ではない。
「私は思うのです。もしかしたら彼らはただ私達に知ってほしかっただけじゃないのかって」
本来ならば辺境に存在する村が一つ消えた程度では誰も気にしないだろう。
残酷な話だが、地図に乗ってもいない様な小規模な村の価値などその程度しかない。
貴族としても税収が微かに減るのは嫌だろうが、財布の中身からコインが一枚減った程度では「少し損したな」程度にしか思わない者が多いだろう。
誰にも知られず生きて、誰にも語られることなく死んで消える。
後には何も残さない。放置された村は朽ち果て、死者を想ってくれる人もいない。
それは悲しい事だとマデリンは思った。
死ではなく、それは消滅ではないかと。
「俺たちが彼らから受けた恩を忘れる事はない。
……再び出会う時がいずれ来る。その時に改めて感謝すればいい」
「……そうね、いずれまた……絶対に会う時が来るわね」
死は誰も逃げられない。ただ受け入れるか、恐怖して逃げるかの違いだけで到達点は同じだ。
マデリンは瞼を瞑りもう一度だけ祈りを捧げる。
サカの信仰とエリミーヌの教えという違いはあれど、死者の安息を想う気持ちに優劣はなかった。
暫しの間をおいて、アラフェンの城門が近くに迫って来てからマデリンは意を決したように言葉を放った。
それは馬の蹄の音にも負けない凛とした声であった。
「ありがとうハサル。私、頑張るわ。そして、貴方の力をこれからも貸してちょうだい」
「いつでも頼れ。それが仕事だ」
ハサルが簡潔に、ぶっきらぼうに答える。
そしてマデリンは嬉しそうに笑って返した。
「よくぞ来られたマデリン殿! 我々アラフェンの最大の歓迎を受け取ってほしい!」
城門を通り、城下を抜けた一行を城の中庭で出迎えたのは意外な事にアラフェン候ブランその人であった。
最近アラフェンの領主を継いだ彼は20代前半という大貴族の当主としては若い身ながら、全身からは確固たる自信を滾らせた男である。
そして彼の自信は中身のない滑稽なものではない。
マデリン達が見た所彼の統治するアラフェンは戦後間もないというのに、大勢の人が賑わい繁栄を極めていた。
街道に勝手に検問所を設けていたコミンテルンが崩壊して直ぐにアラフェン候が街道の治安維持を迅速に行い、リキア東部の安定化を図った結果がこれであった。
ここまで来るのに事実マデリン達は複数の検問所を通過していた。
彼女たちがアラフェンに一度も敵と遭遇せずに来られたのはもしかしたらブランの采配の為なのかもしれない。
ベルン、サカ等といったエレブ東部から訪れる大勢の人々の流れ、金の流れ、物の流れ、その全ての手綱を完全に握っている彼は間違いなくリキア同盟第二位の勢力を誇る大貴族だ。
オスティア候が未だ到着しない現状ではこのアラフェンで最も強大な権力を握っている男は人当たりの良い笑顔をマデリンに向けていた。
「何はともあれ今はお疲れでしょう。護衛の方々の分も含めて極上の部屋を用意させております。まずはゆっくりと長旅のお疲れを癒してください」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますわ」
完璧な笑顔を「張り付けた」マデリンは優雅な仕草で一礼すると、次に背後で控えるハサルを始めとした自らの配下を見る。
マデリンの視線をブランが追いかけ、ハサルを目にして止まる。
ハサルが胸にかけたメダルを認めたブランは笑みを深めた。
「彼は……確かキアランでローラン勲章を拝領したというサカの民、だったかな」
「ハサルと言いますわ。私の頼りになる勇者の一人です」
そうかとブランが頷き、ハサルを一瞥し、ほぉと息を漏らした。
貴族の嗜みとして武術を習い、真面目に取り組んでいた彼はハサルの実力が本物であると直ぐに見抜いたのだろう。
一瞬だけリキア貴族としての性か異郷の民への軽蔑が顔を覗かせたが、直ぐに飲み込む。
ハサルとしてもこの程度の反応は今に始まったことではないので気にする事ではない。
口より実力で示せばいいだけなのだから。
「やぁ、君の噂はアラフェンにも届いているよ。あの決戦では大立ち回りを演じたそうで」
「……自分一人の手柄ではない」
ハサルが背後に控えるワレスとレナート、そして配下の仲間たちを紹介するように見やる。
「素晴らしい。ハウゼン殿は最高の護衛を手配したようだ」
嫌味ではなく心の底からブランはレナート達を手放しで称賛する。
しかし、と彼は続ける。
「私にも自慢の部下がいてね。君たちに負けず劣らずの勇者だ」
ブランが手を叩くと、遠目でも判るほどに屈強な男が城壁より「飛び降りて」来た。
普通の人間ならば足首を骨折してしまう程の高さであったが、彼はスキップでもするような気楽さで中庭に降り立つ。
ずどんという重低音と地響きが中庭のみならずアラフェン城の一角を揺らす。
地面にめり込んだブーツを引っこ抜いてから、男は背筋をしっかりと伸ばしてブランの傍に歩み寄り一礼し、首にかけられていたローラン勲章を揺らした。
「紹介しよう。彼の名前はブレンダン・リーダス。先の戦ではコミンテルンの城の守備隊を薙ぎ払った猛者だ」
顔や僅かに露出した胸元にも多数の傷跡を残す大男───ブレンダンが会釈すると、マデリンが彼を見上げながら微笑み、ブランが笑みを深くした。
自分が目をかけた男の圧倒的な存在感と強さに満足を覚え、そしてソレを従える己の威光を彼は自慢する。
「コミンテルンがあそこまで大きくなる前にベルンから我が領土に避難してきた彼らを拾ったのが発端でね。
期待通り……いや、期待以上の働きを彼は見せてくれた」
「彼ら?」
マデリンが気になった単語を拾い上げると、ブランはブレンダンに目配せをする。
喋ってもよいという許可を貰った彼は重々しく口を開く。
「……妻と、息子が二人います。今はブラン様が保護してくださっています……元は自分も奴らの一派でした」
ブレンダンの言葉にハサルが僅かに気を引き締めたのを見て取ったブランは誤解を解くために補足を付け加える。
ハサルがどう思おうと知った事ではないが、マデリンの気を悪くするのだけは何としても避けたい故に。
「コミンテルンは自らの身勝手な夢を拒絶した者には容赦はない。
彼の一家が住んでいた村も最初は彼らの口車に乗せられそうになったが……徐々に過激化する彼らに付き合いきれなくなり、村を“解散”する事になったらしい」
コミンテルンが出来て間もなかった頃は確かに治安維持や弱者救済を掲げた組織であった。
弱きを助け、更には手を差し伸べて力を与えて共に戦おうと訴えかけた彼らの当初の在り方は誰が見ても立派なものだった。
その底にどれだけ壊れ切った理想を隠していたとしても、彼らに助けられ、思想に共感した者達がいたのも事実。
「彼らの甘言に乗せられたのは自分の過ちでした。贖罪の機会を与えてくれた侯爵様には感謝しています」
うむとブランは大きく頷く。
自らの度量を宣伝してくれる部下に彼の心は満たされていた。
優れた者を自らが従えている、という事実が彼には心地よいのだ。
勿論、支配者である自分自身の修練を怠る事もないが。
「ブレンダンを筆頭にこの城の警備は万全だ。オスティアさえも超える鉄壁だと自負している」
「お心遣いありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますわ」
そしてとブランは続けた。
「貴女が1番乗りになります。
部下からの報告によれば、他の諸侯の到着にはもう暫し猶予がありそうでして……よろしければ、街を案内してもいいだろうか?」
やはり来たかとマデリンは内心で思ったが、表側には全くソレを出さない。
ただ彼女はにこりと魅了的に映るであろう笑顔で答えるだけだ。
「ありがとうございます。お誘い、とても嬉しいです」
ただ、と彼女は続ける。
自らの服の至る所についた汚れや、幾ら丁寧に手入れしても痛み始めた髪の毛などをそこはかとなくブランにアピールする。
あぁ、とブランは頷いた。
「これは申し訳ない。お疲れの所にこんな話をいきなりされても困るというものでしたな。
今日は一日ゆっくりと部屋でお休みになれるとよいでしょう」
優雅な一礼を流れるようにマデリンがすると、艶やかな黒髪が揺れ、ブランが微かに息を呑む。
一度だけ仕切り直すように咳払いをしてから、彼は踵を返して奥で待機していた従者たちを呼び出す。
「キアランからの来賓の方々だ。部屋まで礼を尽くして案内しろ。重ねて言うが、丁重にもてなすように」
頭を下げ、了承の意を送る従者たちに満足した彼は最後にもう一度マデリンに振り返る。
「では、私は失礼する。何か用があれば従者に言いつけて欲しい」
歩き出そうとして、彼は止まる。言い忘れた事があるのを思い出したのだ。
「キアランとアラフェンの友好を祝して、今晩にでも歓迎の宴を行いたい。
勿論君の勇者たち全員も含めてね。準備が出来たら迎えの者を送らせてもらう」
「それはそれは……楽しみにしていますね」
ふふふと、蠱惑的にマデリンが笑う。甘い香りで虫を誘う花の様な笑顔だった。
そんなものを直視してしまったブランは顔を僅かに引きつらせかけると、直ぐに余裕に満ちた貴族の顔に戻る。
今度こそ彼は振り返らずにアラフェンの城の奥へと行ってしまった。
マデリンがハサル、レナート、ワレスを除く配下の者らに解散を命じ、用意されたという部屋に向かえと指示を出すと、中庭に乗ったのは数人となる。
「……俺も警備に戻る。お前たちは安心して休んでいろ」
主とキアランの護衛を見送ったブレンダンが言う。
そんな中、レナートが彼としては珍しく皮肉交じりの声を上げた。
「……あんたも大変だな」
言葉だけを見れば嫌味だが、そこには確かな同情と友好があった。
ニコニコと、彼とは思えない程に上機嫌な様子でブレンダンに彼は語り掛けている。
そんな様子にハサルは僅かな違和感を覚えたが、そういう気分の時もあるのだろうと飲み込む。
ブレンダンが彫像の様な厳めしい顔を僅かに緩めた。
同等の実力者からの言葉はどうやら彼の本心を掠めていたようだ。
「仕事だからな。それに……雇い主の心象を良くしておけば、臨時の報酬があるかもしれないというのもある」
どちらにせよ、貴族の不評を買うのは賢いとは言えない選択肢だと彼は続けた。
「妻と息子が二人。金は幾らあっても足りねえ」
生きる為に金は必要だ。どれだけ綺麗ごとを並べようとコレがなければ人は生きてはいけない。
特に家族を持つブレンダンには死活問題だ。
その為ならば慣れない敬語を使い、退屈だと感じながらも警備任務を黙々と果たすだけだ。
全く違いないとレナートは同意する。
「先ほどかつてはコミンテルンの一員だと仰っていましたが……」
「会釈も敬語もやめてください。俺はただの雇われです。貴族の貴女にそのような口調で喋られては困ります」
マデリンが自身の倍近くはある大男であるブレンダンに近づき、会釈をしながら問おうとすれば彼は慌てたように後ずさる。
戦場ではどのような頑強なアーマーナイトでも粉砕して突き進む彼がたった一人の女性にたじろぐ姿は奇妙でさえある。
当然マデリンもそんな彼の言葉を最初から予測していたのか、当然の様に魅力的に微笑みながら返した。
「いえ、貴方は“ただの雇われ”などではありません。
その首にかけたメダル。それは勇者の証です。我々リキア同盟に多大なる貢献を果たした証。
それを持つに値する殿方に礼を尽くすのは当り前ですわ」
「………これは、弱ったな。マデリン様は……その、俺の手には余るらしい」
助けてくれとブレンダンの視線は泳ぐ。
まずはハサルに、次にレナート、最後にワレスに向けられる。
ハサルは沈黙し、レナートは隣のワレスを見やり、自分の出番と悟ったワレスは大声を張り上げた。
「そうだとも! これこそがマデリン様なのだ!
どのような立場であろうと、マデリン様は等しく礼をもって接してくださる、まこと平等にして心優しき御方なのだ!!」
「そうだな」
弟子の矢の雨の様な言葉の速射を彼の師匠は軽々と返す。
そればかりか彼は余裕を湛えた笑みをもってブレンダンにも声をかけた。
脇道にそれかけていた話題を正道に引き戻す為に。
「話を戻させてもらうが、コミンテルンの一員だった頃というのは?」
コミンテルンという言葉に反応してか、ワレスの顔が強張り、ハサルの気配が鋭くなった。
強者たちが出す気配に比例し、周囲の空気が張り詰めていく。
もう彼はコミンテルンではないと断言されてもつい先日行われた蛮行の跡地を見た者らには思う所が彼らにはあった。
そんな中、凛とした声でマデリンは制止の声を上げる。
「やめなさい。彼はもう私たちの同胞です。私に恥をかかせるつもりですか」
はっとした顔でワレスが佇まいを直し、続いてハサルが頷いて返した。
ただ一人、レナートだけが一歩引いた距離で成り行きを冷静に観察している。
「……さっきも言ったとおりだが、俺は元々はコミンテルンの奴らの仲間で、それこそ最初期から奴らとつるんでいた」
ブレンダンが語る。彼が元コミンテルンだと宣言したのは何も贖罪だけではない。
ただ、隠していて後々明らかになるよりも、自分から最初に言ってしまった方が波風は立たないと悟っているからだ。
傷は浅い内に晒してしまうに限る。隠していて膿んでしまったら取返しがつかなくなる。
「理想による救済。弱者を助け、驕れる者達を引きずり落とす。そいつらが持っていた十分すぎる程の富を民たちに取り戻し分け合う。
全く中々に耳障りのいい言葉だとは思わねえか? ……昔の俺はそんな話を本気で信じていたんだ」
過去を語るブレンダンの顔は憂いに満ちていた。
輝かしい理想は彼を焼いて焼いて、焼き尽くし、ある日ふと正気に返ったのだという。
「何にも考えないで理想に酔っていた時はよかったさ。
だが“自分が何をしているか”を一瞬でも考えちまったらもう終わりだ。
俺がやっていたのはただの虐殺だった。大義も何もない、金の為でもない、意味さえ分からない殺戮だ」
気付いてしまったらもう終わりだった。
彼に残っていたのは血まみれの身体と、怯えた顔で自分を見つめてくる家族たちだけであった。
周りの仲間だと、同志だと思っていた者達を彼は恐怖した。
何故、そうも笑っていられるのだ?
今、殺した奴らはただ俺たちの思想に賛同するのは難しいって言っただけじゃないか。
何も殺す事はなかっただろうと思ってしまった。
そして彼は思いかえす。今まで自分も同じことをしていたと。
何十もの人々を彼は率先して殺した。自慢の斧で。扱いなれた弓矢で。
命乞いをしてくる者。逃げる者。家族を守る為に戦いを挑んでくる者。
全て殺した。彼らは理想を理解しない、自分たちに協力できない、使えないクズ共だと考えて。
冷静になった彼が考えたのは己と家族の事であった。
兄のロイドと弟のライナス。二人の息子と妻を何としてでもこの狂った環境から連れ出さなくてはと思い至った。
そして彼は逃げた。何もかも捨てて。
大勢の無辜の人を殺した事実からも。
「家族を連れて逃げた先がこのアラフェンだ。色々あって侯爵様に拾われて世話になっている」
彼の語る“色々”にはとてつもない重みがある。
だがブレンダンも詳細を語るつもりはなく、マデリン達も無理に聞き出そうとは思わなかった。
最後に彼は付け加えた。
「怖いのは、今になって思い返せば本当に俺は逃げてよかったのかって思っちまう所だ。
あの“理想”は……一度知っちまったら中々離れてくれない。とびきりに性質の悪い毒みてえなもんなんだ……」
絞る様に吐き出されたブレンダンの言葉だけが空に吸い込まれていった。
夜、凄惨な戦いの後であっても東から顔を覗かせた夜天の月は美しくエレブを照らしている。
アラフェンの城の至る所にはかがり火が設置され、並べられた屋台などに集まる人の活気で城のみならず街そのものは大いに賑わいを見せていた。
大々的に掲げられているのはリキア同盟を象徴する烈火の剣を模した旗。それらは夜風に吹かれ靡いている。
キアラン、アラフェンの友好と、そしてリキア同盟の勝利を祝う宴は当初予定されていたよりも大規模なモノであった。
宴が計画を超えて大規模になるのは珍しいことではない。
……特に見栄えを重視する貴族が好意を抱いた女の気を引こうと開いた舞踏会ならば猶更だ。
そんな中であってもレナートはマデリンの護衛として立派にその勤めを果たしていた。
彼は嫌味にならない程度に酒を呑み、よく食べながらも周囲への警戒を怠らず、マデリンからひと時も眼を離してはいない。
ここはアラフェン城内の大広間。ダンスホールとも呼ばれる場所だ。
既に心の中のざわめきはかなり落ち着いている。
今の彼は冷静であるどころか、沸き上がるユーモアを堪能する余裕さえあった。
絶えず心を蝕んでいた痛みは今はもうない。
そんなものはもういらなくなったからだ。
レナートは希望を見つけた。奇跡を見つけた。
喪失の傷を癒す術を。
ふっと笑いながらレナートは右を向いた。
丸いテーブルの上に置かれた幾つもの出来立ての料理が湯気を立てている。
盃に注がれるのは上質なワイン。耳を打つのは著名な詩人が奏でる優雅でいて明るい曲。
ここでは全てが輝いている。
アラフェン候がこの宴にどれだけの金を掛けたか想像するのも楽しい。
視界の中ではワレスがアラフェンの兵士達と語り合いながら酒を飲んでいる。
時折肩を組み、談笑するその光景はレナートからしてもいいものだ。
そしてマデリンとハサルだ。
金で縁取りや刺繍を施された白いドレスを美麗に着こなすマデリンの姿はさながら新婦の様でもある。
それに対してハサルは余り装飾などを施されていない独特な黒い民族衣装を着こんでいた。
“デール”とも呼ばれる衣装だ。
リキア貴族が着込む衣服ともエトルリアのソレとも違う衣服はこの場においても異端ではあるが、ハサルはそんな事は全く興味がないと堂々としている。
彼にとってサカの血や文化は誇るものであって、隠し立てするようなものではないからだ。
二人は当然の様に一緒に行動をする。
当たり前だ。ハサルはマデリンの護衛隊長であり、彼女の父から娘を守る様に依頼を受けているのだから。
誰も彼と彼女が一緒にいることに疑問を抱くことは出来ない。
もうそろそろ来るぞとレナートは内心で思った。
案の定、大きな足音を立てて階段を誰か……もはや語るまでもなく、ブランが降りてくる。
しかもご丁寧に嫌味にならない程度の音楽を伴って。
「楽しんでもらえてるかな?」
「勿論ですわ。アラフェン候様のご厚意には感謝してもしきれません」
マデリンの笑みは演技だ。レナートはそれを判っている。
しかしそれを知っていても尚、彼女の上品な笑顔には惹きつけられるモノを感じる。
これは天性の男たらしというべきか。
知っている彼でさえそれなのだ、まともに向けられたブランがどういう心境なのかは手に取る様に判った。
まぁ、さすがのブランも普段マデリンが農民に混じって畑で芋を引っこ抜いているところを見れば熱も冷めるかもしれないがとレナートは内心で続けた。
《楽しんでいるようだね?》
そして唐突に響いてきた深い声にもレナートは今度は動じなかった。
もうこの存在の無茶苦茶さには慣れてきているのだ。
周囲を警戒するふりをして足元に目をやれば、レナートの影の形が僅かに“違う”のが見て取れた。
口元だけに亀裂が走り、三日月の様な笑顔を浮かべている。
───誰かに見つかるかもしれないぞ?
レナートが頭の中で答えるように思念を発するとソレはくっくっくと肩を震わせるようにわななく。
嘲笑とは少し違う。この存在はこの場の出来事全てを把握し、純粋に楽しんでいる様であった。
《前にも言ったが今の私は否定され続ける朧な存在だ。君だけが私をはっきりと認識できる。
……それに、勘の鋭い彼は今は別の事に夢中みたいだ》
あぁとレナートは頷いた。
ハサルを見れば彼は沈黙を保ったまま顔をお面の様に固定してマデリンの傍に立っている。
少なくとも外見上は。
《“勇者と姫の秘密の恋愛”と言った所か。しかし、物語の様には行くかな》
知らん。俺には関係のない話だとレナートは胸中で返す。
影はその念を読み取り、そっけないものだと零した。
───何の用だ? 答えはまだ返していないぞ。
影の誘惑に対してレナートはあの夜の時点ではまだ明確な答えを返してはいなかった。
幾ら理解不可能にして強大な御業を見せつけられたとしても、この影に対して直ぐに信頼を抱くことは出来ない。
彼には考える時間が必要だった。そして決意を強く固める時間も。
《危機だ。時として強すぎる意思は死さえも微睡わせる。彼らは眠る事を拒絶した》
それだけを語り終えると“影”の気配が消えてなくなる。
危機という言葉を冗談だろと聞き逃す程レナートは弛んではいない。
彼は直ぐに意識を切り替え、半分ほど楽しんでいた宴会気分を体から追い出した。
あの異形は間違いなく化け物で、邪悪な類の存在ではあるが、何処か妙に真摯な所があるのも事実だ。
まず、アラフェンは安全だという前提をレナートは捨てた。
確かにブレンダンは優れた戦士ではあるが、このアラフェンに出入りしている全ての人間を彼が把握できるはずもない。
この場合の“出入口”というのは表の城門だけの事をさすわけではない。
人が入る方法など何処にだってある。
下水や裏道、そしてアラフェンにあるかは判らないがこういう城には大抵用意されている秘密の抜け道などだ。
この城の優れた所ではなく、弱点をレナートは考えていく。
今のアラフェンに兵士は余り多くはいない。
殆どが街道に出払っている。結果として周辺の治安は良くなったが、この城の防備は手薄だ。
勿論ブランもそんな事は判っているからこそブレンダンを手元に置いており、更に城に残っているのは彼が己の財と名誉を委ねるに値るすると判断した精兵だろう。
危機、というものが何なのかレナートは判らない。
だが、何が起ころうとしているにせよ、そもそもそんな事は起こらせてはならないのが重要だ。
ふと真横を見れば……“友”が居た。
亡骸の顔のまま、レナートを凝視し続けている。眼球のある場所から虫を垂れ流しながら。
だがもはやこんなモノにかかずらっている暇はないとレナートはそっぽを向く……向いた場所にナニカを見つけた。
それは大広間の柱の陰に居る様であった。
部屋の四隅に建築された柱の裏側、燭台の炎も余り届かない位置。
顔だけをこちらに覗かせるのは黒い犬であった。
炎を凝縮させたような真っ赤な瞳に夜を溶かした様な毛色の逞しい犬だ。
よく躾けられているのか、それは舌を出して荒い息を吐くような事もせず黙って視線を……ブランとマデリンに向けていた。
まずい。アレは明らかに危険だ。
レナートは理屈ではなく本能で察する。あの存在は害意のある物だと。
しかも下手をすれば剣や槍では有効打を与えられるかも怪しい。
視線を黒犬から外すことなくレナートは祝宴を心から楽しんでいる様な笑顔を張り付けたまま、さりげなくハサルに近寄り、その肩を僅かに強く叩く。
「……なんだ」
ハサルの声が硬質な響きを伴う。
これは気にかけている女性が別の男に口説かれているのを見ていたから不愉快になった男の声……ではない。
“仕事”があるかもしれないと緊張を抱き、意識を刃の様に研ぎ澄ましたときにでる声だ。
「見えるか?」
レナートが顎をしゃくるとそこには変わらず「犬」が居る。
真っ赤な瞳は炎を通り越し、血だまりの様になっている。その中にある光は明らかに狂気に属するものだ。
ハサルは一見時は何も見えなかったらしい。だがレナートがこういった事で冗談を言う男ではないと知っているからこそ、彼は更に意識を研ぎ澄ます。
「あれは……」
次は見えたらしい彼は思わずここが宴の場だというのに言葉を零してしまう。
ハサルの顔が僅かに驚愕に歪む。ここまでハサルが驚きを露わにするのは珍しい。
「お前の方がああいった手合いには詳しいだろう。サカの教えの中にああいうものは居たか?」
「俺はシャーマンではない。だが……この硫黄の匂い、夥しい血、腐臭……おぞましいものだ」
ちらっと見ればマデリンは未だにブランと話を続けていた。
周囲の従者や料理人たちは忙しく動き回り、キアランの兵たちは皆々料理や酒に舌鼓を打っている。
正に華やかな舞踏会。あらゆる灯りを詰め込んだ光の世界からほんの数歩離れた闇と光の境界線の中に黒犬は存在し、光をねめつけている。
憎しみ。あの黒犬が何なのかは判らないが、ハサルとレナートはそれだけは判った。
とんでもない憎悪をあの存在は発している。そしてよく見れば黒犬の奥……柱の裏側では訳の分からないナニカが蠢いている。
ズズズズズと闇魔道の【ミィル】に類似した黒い枝が柱から漏れ出ている。
いや、あれは枝ではない。毛だ。
ボサボサで縮れていて、赤黒い何かに塗れた夥しい量の髪の毛が柱の裏側よりこぼれ出ている。
犬が真っ赤な眼を動かす。
レナートとハサルに気が付いたのか、首を僅かに動かして視線を交差させ、二人を品定めする様に瞳を輝かせた。
そして唸る様に顎と喉を震わせ、ゆっくりと柱の陰に犬は頭を引っ込めた。
音もなく全てが消える。
柱の影より溢れていた髪の毛も、その奥に座していた犬の主と思わしき存在も。
しかし二人はまだ安心してはいない。
何も終わっていない。姿が消えただけであの犬は近くに潜んでいると確信しているからだ。
事実周囲を覆う不穏な気配は全く薄まっていない。
レナートは腰に挿した短刀に手を掛けながら、そそくさと人目を避けるように気を付けつつ先ほどまで犬がいた柱に歩み寄り、その裏を覗き込む。
案の定そこには誰もいない。ただ僅かに床が濡れているだけだ。泥の様な濁った水たまりがそこにあるだけ。
そして確かにハサルが語った通り、鼻をつく異臭が微かに残っている。
彼は気を抜かず振り返ると、未だ大勢の人で賑わう大広間の隅々まで視線を走らせた。
今の所はどの柱の影にも犬はいない。今はまだ。
レナートとハサルには確信があった。必ず何かが起きると。
まだまだ宴は始まったばかり、夜は長いのだ。
一瞬も気の抜けない戦いが始まった。
4
天の月が中天より西に傾く。
夜空にはいつの間にか多くの雲が現れ、星々を覆い隠していく。
そんな中、アラフェンの宴の熱は最高潮に達していた。
もてなされる側である多くのキアラン兵士達は酔いに酔っていた。
彼らは潰れてこそはいないものの、ほぼ全員がふらついた足取りで更に多くの酒や料理を腹に詰め込んでいく。
中には気の合うアラフェンの兵士と肩を組み、歌を歌っている者、男同士で踊りを披露するもの、主君であるブランとマデリンのすばらしさを交互に語り合うものたちもいた。
ハサルの部下であるサカの民たちもキアランの者達ほどではないものの、やはり酒に酔ってはいた。
リキア名物の強力な蒸留酒は強靭な意思を持つサカの民たちの理性さえも溶かしてしまう破壊力がある。
そんな部下たちをレナートとハサルは致し方ないと思ってみていた。
彼らとて人間だ。ここ数日、一度たりとて精神的にも肉体的にも十分な休みは取れなかった。
更にはあの村での不可思議な出来事に、もっと遡るならばコミンテルンとの戦いとの疲れもあったのだろう。
多くの疲労が溜まっていたのは想像するに容易い。
マデリンを無事にアラフェンに届けた、という達成感が彼らの中の緊張を微かに緩め、そこにこの宴だ。
警備の仕事はアラフェンの勇者であるブレンダンが行い、更にはマデリン自身が休んでも構わないと命令したというのも大きい。
こうなってしまっても仕方がないと二人は考えていた。
そして、これも予想の範囲内であった。
「どうしたの、ハサル?」
余り酒に強くはなかったらしいブランが休憩の為に自室に戻ったのを見計らい、マデリンがハサルに歩み寄る。
僅かに赤みのかかった顔はまるで新鮮な果物の様に瑞々しい。
いうべきかどうかとハサルは悩んだ。
ただでさえ今の彼女は色々と負荷がかかっている状態だ。
そんな彼女に更に懸念を伝えるべきかと。
しかも相手は人間とは思えないおぞましいナニカだ。
人の暗殺者に狙われるならばまだ判る。
だが、理解に苦しむ異形に敵意を向けられるなど、どんな人物であっても心は揺れるだろう。
「……嫌な予感がする。一人で行動するのだけは避けろ。絶対に俺の眼の届くところに居ろ」
何とかかみ砕いて絞り出した言葉。マデリンはそれに笑って答えた。
「判ったわ。私の勇者様」
判ったならば良いと背を向けてまた周囲に気をやるハサルを見ながらマデリンは口内で零した。
隠し事が下手な人ね、と。
レナートがその違和に気付いたのはある意味必然だったのかもしれない。
彼はこの宴の参列者の中で最も死に深く関わっている男だ。
夥しい数の死を見てきた彼だからこそ、やはり彼が一番最初に気が付いた。
灯りが明らかに減っている。
人の数が減っている。
アラフェンの従者が何人か消えている。
それだけならば、交代制で何人かは休みに入ったのかもしれないとレナートは思っただろう。
だから彼は暫く行きかう人々を観察していた。
何人かの従者に目を付け、気付かれない範囲で監視をしていた。
その内の複数人はもう居なくなってしまったが。
消えた彼らは彼らはまるで主に呼び出された給仕の様に何もない所に顔を唐突に向け、にっこりと笑顔を振りまき、しっかりとした足取りで誰もいないであろう廊下の曲がり角や
個室に向かっていき、そのまま消えた。
後を追ったレナートが直ぐに確認しても誰もそこにはいない。
何処にも隠れる場所や窓などの脱出経路などなく、その手の経験豊富なレナートが調べても争った跡などはない。
消えたのだ。
そしておそらくもう戻ってくることはない。
これ以上はやめておくべきだと彼は決めた。
すぐに彼はハサルに相談することにした。
見えない驚異は間近まで迫り始めている。
マデリンに何もかも伝えてこの会場から避難してもらう事も既に頭の中に浮かび始めていた。
ブランの面目を丸つぶれにしてしまうかもしれないが、彼女の安全を考えればそれが一番だ。
その後は力のある司祭や僧侶……出来れば光魔法が使える者が望ましい……に援助を求めるべきだと。
足元を見ながら思考を回していた彼が顔を上げると目の前には「顔」があった。
しかし息を呑む間もなく直ぐに「顔」は消えた。
一瞬過ぎてどのような顔だったかは判らなかったが、少なくとも見知らぬ誰かの……いつも彼にまとわりついていた「友」とは別人の「顔」だ。
ますますもってこれはまずいとレナートは判断した。
もはや猶予はない。ナニカが来る。決してよくないナニカが。
見れば、ハサルはやはりマデリンから数歩離れた場所に立っており、彼女からワインで満たされた盃を受け取っている所であった。
そんな彼にレナートは務めて世間話でもするような調子で声を掛けようとして……。
……突如、全ての光が消えてなくなった。闇が場を飲み込む。
一瞬の静寂。そして現状を理解した全ての参加者の間にざわめきが広がっていく。
この突然の出来事もアラフェン候の仕込んだサプライズの前触れではと思ったものが多かったのだ。
しかしそんな涙ぐましい前向きな思考は直ぐに失われてしまう。
暗闇の中で響いたのはおぞましい幾つもの犬の唸り声、食器やテーブルをひっくり返したような音、そして、そして……ハ、ハ、ハ、ハ、と断続的に響くナニカの生臭い吐息と、硫黄の匂い。
ギチギチと音を立てて何かが千切れ、誰かの苦痛に満ちた悲鳴があがった。
適度な……そう、体温程度の温かさをもった新鮮な液体が周囲にばら撒かれ、強烈な匂いが多くの人々の鼻孔を抉った。
彼らの多くは兵士で、命のやり取りを生業にしていた故にこの液体が何なのか気が付いてしまう。
これは血だ。
びちゃり。ぐちゃ。ごきっ。
それは肉を解体する様な音であった。
巨大な鉈で肉を骨ごと砕いて切り刻んでいる様な音。
暗黒の中で更に深い者らが蠢いている。
暗闇の中、レナートは走り出していた。
光が消える直前に見た、ハサルとマデリンの位置を頼りに、一直線に。
何人かを突き飛ばし、テーブルを乗り越え、食器をぶちまけながら彼はハサルと思わしき者の腕を掴んだ。
「暗闇の中に何かが居る。お前はマデリン様を連れて早くこの場から逃げろ」
心臓の鼓動を抑えながら努めて冷静にレナートは言い放ち、直ぐに灯りを灯すために動き出そうとするが……二の腕を掴み返される。
恐ろしいまでの力であった。常人より遥かに頑強な彼の肉体が軋みを上げる程に握りしめられ、身体ごと引っ張られそうになる。
明らかにハサルのものではない長い爪がめり込み、生暖かい液体が服にしみ込む。
「っ!!」
違う。こいつは違う。
咄嗟にレナートは腰に挿していたナイフをこの何者かの腕に突き立て、抉る様に左右に捻ってやる。
だというのに、この「腕」は痙攣も何もせず、益々強く握力を込めていく。
「ぐっ……!」
何度も何度もナイフを突き刺し続けて必死に抵抗を続けるが「腕」は堪えた様子もなく、闇の奥へとレナートを引きずり込まんとする。
もしもこのまま引っ張り込まれたら、間違いなく死ぬとレナートは直感していた。
いや、死ぬだけならばまだ慈悲がある。下手をすれば死ぬより恐ろしい事になる。
目前に迫った「死」をレナートは微かに拒絶していた。
あれだけ死んでも構わないと何処かで考え、戦場でもそれを求めてさえいた彼が。
硫黄の匂い。そして腐臭が彼を包み込む。
天地の感覚がなくなり、自分が今どこに立っているのかさえ判らない程に全てが狂っていく。
闇に全てが溶けていく。自分と別の存在の境界が朧になり、「レナート」という存在が拡散する。
───これで終わりか。呆気ないものだな。
ふと頭の中でよぎった感情に身を任せそうになった瞬間、聞きなれた声が耳朶を叩いた。
とてもうるさく、こんな場だというのに活力と覇気に満ちた正者の声だ。
「レナート先生!!」
完全な暗闇の中でも判るほどの巨体が風切り音と共にレナートに突っ込み、宙を舞わせる。
真っ暗な視界ではあるが、グルグルと回る。
余りの衝撃に「腕」は剥がれ落ち、レナートは床に虫けらの様にたたきつけられた。
身じろぎするとあらゆる箇所が軋む。
痛くてたまらないが、それでも彼は鍛え上げられた忍耐を駆使して跳ねる様に起き上がる。
そして湧き上がる感情に任せて生を謳歌するように叫ぶ。
「少しは加減を考えろ! お前の体当たりの方が効いたぞ!!」
半ば笑い声が混ざった叫びだった。
真っすぐ過ぎる自分の弟子へ自分の生存を伝える声でもある。
そして叩けば鳴る銅鑼の様に更に大きな声が闇を震わせながら帰って来る。
「失礼しました!! 少々酔っていて力加減が難しく……!!」
ふん、っという掛け声と共に細枝が折れたような軽い音が響く。
続いてギャリギャリという石突か何かを擦る音。そしてから唐突に小さな灯りが闇の中で浮かび上がった。
灯り……蝋燭の炎に照らし出されたのはワレスの顔。
彼は何時もと変わらず真っ直ぐに前を向いていた。
直ぐにワレスは折ったテーブルの足に布を巻き付け、火を移して即席のトーチを作る。
トーチをレナートに投げ渡したワレスは持ってきていた銀の剣を床を滑らせてレナートの足元に送り込み、自らは銀の槍で武装する。
どちらも旅の前にハウゼンに支給されたピカピカの武器だ。
……いや違う、ワレスの槍は石突の部分が真っ赤に赤熱していて新品とは言えなくなっている。
「敵の数は不明だ。武装も……いや、そんな馬鹿なとは思うかもしれないが、人とは言えないかもしれない」
「それこそなんのそのです! これでも私は、森の中でクマとじゃれ合った事もありましてですな!!」
違う、そうじゃないとレナートは声に出しそうになったが、一々修正するのも面倒だと思い直す。
こういう場面ではむしろワレスの底抜けに前向きな気質は非常に心強かった。
「フンッッッ!!」
室内で暗所という二重の枷がありながら、ワレスは片手で器用にも大振りで槍を横に薙ぐ。
この大男は一切の躊躇いを見せず、自らの背後を取ろうとしていた害意をもつナニカに刃を叩き込むと手応えを噛みしめる様に槍を握り直す。
「ふーむ……何とも言えませんな! 殺気だけは一人前の癖に、余りに動きがとろい!!」
更に一発、トーチでも照らせない程に深すぎる闇の中に刃を突き刺すと、くぐもった悲鳴が漏れる。
引き抜いた刃にびっしりとこびり付いていたのは真っ赤な血ではな、腐汁だ。
それを見てもワレスは顔色一つ変えずにふんっと鼻息を漏らすだけであった。
「まずは周囲に灯りを戻すぞ。この暗闇はどうにも普通じゃない」
レナートが背後から感じた気配に銀の剣を一閃すると、暗闇で蠢くナニカが怯んだ気配を発する。
先ほどはあれほどナイフで滅多刺しにても全く力を緩めなかったというのに。
銀か、とレナートは直感した。信心深い方ではなかったが、それでも銀がこのナニカにとって効果があるのは確かだと。
レナートとワレスは示し合わせたように背中合わせとなり、威嚇するようにトーチを振り回していた。
人間の腕程の大きさはあるトーチならば普通ならばこのホール全体を照らせるはずなのに、余りに濃すぎる闇は僅かにしか後退しない。
そもそも自分が今いる場所は本当にアラフェン城なのかさえレナートには判らなかった。
あれだけ多くの人が居て賑わっていたというのに、闇の中からは少なくともまともな人間の声は全くしない。
聞こえるのは獣の唸り声、ナニカが滴る音、こひゅーこひゅーという不気味な呼吸音。
「っっっ!!」
視界の隅、暗闇から音もなく伸びてきた「腕」をレナートは切りつける。
刃が通った瞬間「腕」は生きた人間には不可能な程に痙攣し、4回、5回と明らかに関節の数よりも多く折りたたまれながら闇の中に消えていく。
次に左、右、足元、あらゆる所に「腕」が伸びてくる。
爪が剥がれ、皮膚がぐじゅぐじゅに腐った「腕」が何本も何本も。
その全てをレナートとワレスは撃退し続け、隙を見計らっては周囲に散乱したテーブル掛けなどの燃えやすいモノを一か所に蹴りで纏めてからトーチを投げ入れる。
簡易的な焚火が灯され、光が薄っすらホール全体を満たすと「腕」たちは闇の中より決して出てこようとはしなくなり、闇の中で狂ったようにその影だけがのたうち回る。
ぐねぐねと骨がなくなったように暴れまわっていた腕たちは、なおも諦めずレナートとワレスを取り囲み消えようとはしない。
その動きからはけた外れの殺意と何らかの……目的さえも感じ取れる。
そして微かとは言え見渡せるようになったホールの中にはハサルとマデリンの姿はなく、床には多くの参加者たちが倒れていた。
目的……ここでレナートは気が付く。そもそも最初の「犬」は誰を見ていた?
彼の顔が苦々しく歪み、怒りと焦りが同時に吹き出す。
直ぐに感情を処理し、冷静に状況をかみ砕くと、ワレスにそれを伝える。
「マデリン様とアラフェン候……狙いは恐らくあの二人だ……!」
おぞましい「黒犬」の話、前兆にあった事をかいつまんでワレスに伝えると、彼は直ぐに迷わず答えた。
「ならば我々はまずアラフェン候をお助けしましょうぞ! マデリン様にはハサルの奴がついております!」
主君よりもアラフェン候の救助を進言するワレスの眼には信頼がある。
例え何を相手にしようと、ハサルならば大丈夫だと。
対してアラフェン候は今は無防備だ、酒に酔って自室に戻ったきりで、最も信頼するブレンダンは城の警備に回ってしまっている。
そして相手は人の常識の外にいるナニカだ。
歴戦のレナートでさえワレスが居なければ危うかった化物であり、前知識もなく突然に襲われたら死は免れない。
もしもキアランとアラフェンの友好を願う宴でブランが死んでしまったらどうなる?
リキア第二位の経済を誇る領土を統べる彼が殺されてしまったら?
間違いなくそれはキアランへの不利益となる。
そしてこの城の兵士たちの指揮権を握っているのも彼だ。
彼を助け出し、状況を理解してもらえば一気にこのアラフェンの全てを総動員してマデリンとハサルを助けることができる。
それはたった二人で何処に逃げたか判らない彼女たちを探すよりも遥かに効率がよい。
ブランの自室の位置については問題ない。
レナートもワレスも、アラフェン城の構造は既に把握していた。
「アラフェン候の部屋まで走り抜けるぞ。行く先々で消えてる燭台があれば火を付けながら行く」
「ふはははははははは! 先鋒はお任せください! 進軍突撃はアーマーナイトの華!!」
右手に槍、左手に新しく作ったトーチを掲げたワレスは何時もと変わらぬ調子で「腕」が蠢く暗闇の中に飛び込む。
ズドン、という馬車同士が衝突した様な音と衝撃がホールを揺らし、無数の「腕」がワレスに伸びる。
「温い! 温い!! 温いぞ!!! 顔も見せられぬ臆病者共にこのワレスを止められるかァっっ!!」
だがワレスは止まらない。
彼はまとわりついてくる「腕」を片端から叩き落とし、ねじ伏せ、闘牛の如く全てを薙ぎ払う。
槍が闇をかき混ぜ、トーチの灯りが闇を押しのけ路を作り、あっという間にホールから脱出する。
廊下には一定の距離ごとに壁に火の消えた燭台が配置されており、その一つ一つにレナート達は火を灯し安全を確保していく。
────レナート、レナート、レナート、こっちです。助けてください。
────血が、血が止まらないのです……こっちに来てお願い、助けて。
不意に背後の暗闇より聞こえたのはマデリンの声だ。
苦痛に満ち、縋る様に絞り出される声は普段の彼女からはとても想像できない程である。
だがレナートは振り返らない。ここに彼女が居るわけがないからだ。
実に下らない。子供だましのおとぎ話の中にでも帰っていろとレナートは内心吐き捨てた。
───助けて、助けて、貴方はお父様より勲章を賜った勇者のはずです、少しだけでいいのです、こっちを見て。
───意気地なし、意気地なし! 何が勇者ですか! 貴方はただの臆病者です!! どうして、どうして、どうして!!
声に怒気が混ざり始めたのを聞きながら、随分と早くボロを出したなとレナートは冷静に考える。
自分のほんの少し後ろを大勢の誰か……いや、ナニカが足音を立ててついて来ているのを彼は感じ取っていた。
念のためワレスを見れば、彼は前しか見ていない。後ろからの声など全く入っていない。
無害な騒音を適当に聞き流しながら二人は歩く。
最も一人は時折暗闇から伸びてくる「腕」を捻りあげては闇の中に放り返しているのだが。
既に「腕」の主たちは力づくでは無理だと悟ったのか、先ほどの様に群がって来る事はなくなっていた。
その代わりに、背中にピタッと張り付くほど……それこそ息遣いを感じる程近くに形のない「誰か」が居座る様になったが、今の所は先ほどの「腕」ほど害はない。
ただ、ひたすらしつこく名前を呼んで振り向かせようとしてくるだけだ。
まるで売れない大道芸人がなりふり構わない様を見せているようだなとレナートは嘲った。
裏拳の一発でもかましてやれば少しは大人しくなるか? と彼が考え始めた頃に二人は丁度良くブランの部屋の前に到着していた。
やはりというべきか、本来は周囲を警固しているはずであろう兵士が誰もいない。これは明らかに異常な事であった。
ワレスの隣に並んだレナートは彼に頷きかけた。
ノックをして扉の奥に声をかけて僅かに待つが返事はない。仕方ないとレナートが目配せをする。
ワレスの拳が炸裂し、金属で補強されていた筈の扉は木の葉の様に吹き飛んだ。
レナートを先導に二人が部屋に足を踏み入れた瞬間、物陰より何者かが飛び掛かる。
暗闇の中でよく見えないが、手には長剣の様なモノを持っていた。
咄嗟に迎撃しようと覇気を漲らせる弟子をレナートは片手で制し、人影に大声で呼びかける。
「我々です! キアランのレナートとワレスです!」
「ッ! なん、だ……貴様たちか」
人影……この部屋の主であるブランはトーチに照らし出された二人の顔を見て安堵したようであった。
見事な装飾の施された銀の剣を鞘に納めると、彼は怪訝な顔をする。
「貴様らは……いや、このような事を問うのはどうかと思うが……本物か?」
「はい。こちらが証拠になります。ブラン様、貴方を助けに参りました」
どうやら彼もこの異変に巻き込まれているらしく、その眼には明らかな警戒と怯えがあった。
一々説明する手間が省けたと胸中で喜びながらも、レナートは証拠としてローラン勲章を掲げて照らし出す。
精密にして美麗なそれは複製困難な一品であり、身分証にも等しい価値を持つ。
完全な身の証にはならないが、ブランがもしも変装した暗殺者を警戒しているならば多少は警戒を緩める要因になるだろう。
予想通りブランはため息を吐いて僅かばかりの緊張を逃がしたようであった。
「まぁ良い……それで“アレ”は何だ……?」
「刺客が多数城に潜り込んでおります。
変声の技術などを駆使し、従者の中にも誘い出された犠牲者が」
違う、とブランがレナートの言葉を遮る。
僅かに震えている声には怒りと焦りが混ざっていた。
「私を馬鹿にしているのか? ……聞きたいのはそんなことではない、私の城に“ナニ”が入り込んだかを聞いているのだ……! 下らない脚色はやめろ。ありのままの事実を話せ……!!」
「……見たのですね」
あぁ、とブランは力なく項垂れた。
本来寛ぐ場であるはずの自室で抜刀し、まるで子供の様に闇夜を警戒していた彼はカーテンを閉め切った窓を指差した。
窓の先にはバルコニーなどはなく、あるのは断崖絶壁のみのはず。
「あの窓だ。あそこから人に近い姿をしたナニカが逆さづりの状態で私をずっと見ていたのだ。
時には父の声で、母の声で、子供の声で、私をずっと呼んでいた……何なのだあれは!」
うんざりだとブランは零す。
貴族として暗殺を常に警戒するのは当然だが、意味不明の存在にひたすら呼ばれ続けるのは耐えがたい苦痛であったらしい。
「判りません。しかしどうやらアレらは光を嫌うようです。我々は宴の席からここまで通路にある全ての燭台に火を灯し、退けてきました」
淡々と対処法に聞き入っていたブランが唐突に眼を見開き、レナートを指さした。
ブランの指の先を視点で追ったレナートが自らの左肩に目を向ければそこには誰かの「手」が乗っていた。
隣にはワレス、前方にブランが居る現状では背後には誰もいないはずだというのに。
無言でレナートは振り返らず、手に持ったトーチで背後をつついた。
「手」が痙攣し全ての指の関節を逆向きに曲げながら闇の中に消えた。
何事もなかったかのようにレナートは言葉を続ける。
「至急ブレンダン殿に連絡を取り全てのまだ健在の兵士たちに灯りを絶やさない様に令を発してください。
恐らく日の出まで耐えれば我々の勝利です。後は光魔法を使えるエリミーヌ教団のお知り合いなどがおればより良いかと」
顔面を蒼白にするブランにレナートは極めて落ち着いた口調で提案を行う。
彼とて内心は穏やかではない。生きている暗殺者の相手は出来ても、既に死んでいるであろう化物の相手など初めての経験なのだから。
しかしここで彼が混乱してしまえばそれは敗北に直結する。
レナートはあの醜い化物たちの一部として永遠にエレブを彷徨うなどまっぴらごめんであった。
そして、と最後のダメ押しとしてレナートはブランの心に火が付くであろう言葉を切る事にした。
もしかしたら怒らせるかもしれないが、このまま怯え続けられるよりはマシだ。
「最後に。我々の主君、マデリン様はハサルと共に行方不明となりました……なにとぞ、お力添えを」
その言葉にブランの眼の色が変わったことを見出し、レナートは内心でほくそ笑んだ。
ハサルとマデリンは自分たちが今どこにいるかさえ判ってはいなかった。
全ては刹那の出来事であった。灯りが消え、足元の感覚さえ消えたと思った瞬間、ハサルは咄嗟にマデリンの腕を掴み……そして二人は纏めて“飛んだ”のだ。
飛んだ先の周囲にあるのは木々。月明かりさえ途絶えたここは何処かの森の中らしかった。
夜の森というのは畏怖と死に満ちている。
一切の灯りを排したここは正真正銘“深淵”と評するに相応しい。
「……無事か?」
決して離さなかった腕を手繰り寄せ、ハサルはマデリンを確認する。
周囲の闇は濃かったが、草原の民として特殊な訓練を受けた事もある彼の眼は既に闇に順応しており、問題なくマデリンの顔を見る事が出来た。
逆にマデリンはハサルの顔ははっきりと見れていないらしく、不安げに周囲に視線を彷徨わせている。
「私は大丈夫。でも……ここはどこかしら? アラフェン城ではないみたいだけど……どこかの森……?」
不安はあるもののマデリンは努めて冷静であった。
余り魔道士を抱えてはいないキアランでは縁の薄い魔道に属する体験の中であっても取り乱すことなく現状の把握に努めている。
「俺から離れるな」
ハサルは自らの衣服の一部を破り去り、簡易的な縄を作るとそれを自分に結び付け、もう片側をマデリンに握りしめさせた。
「これを手離すな。たとえ俺がもう離していいと言っても絶対にだ」
「……わかったわ」
ただならぬ様子のハサルにマデリンは頷く。薄々彼女も現状の異常さに気が付き始めていた。
暗殺者が自分の身を狙い、何らかの術などを用いて自分をここに飛ばしたのならば何故直ぐに襲わない?
送った後に複数の手練れや罠や毒などを撒いておけば簡単に片が付くだろうに。
幾らハサルが強かろうと一人では限界がある。
自分の様な足手まといを庇いながら幾つもの罠や刺客を相手に防衛戦など困難極まりない、と。
しかし実際は今の所は何もない。
あるのは完全な静けさ……動物はおろか虫の声さえ聞こえない。
いや……よく耳を澄ませば多くの囁きの様なモノが何処からか流れてきている。
余りに小さ過ぎて意識していても聞き逃してしまいそうな妙な「音」だ。
「ハサル、サカの民としての貴方に問います。何か“声”は聞こえますか?」
サカの民は風の声を聴き、大地の唸りに耳を澄まし、水の歌を拝聴できるとマデリンは聞き及んでいた。
実際はただのたとえ話かもしれないが、それを差し引いてもハサルの耳はとてもよい。
周囲に何かいれば直ぐに気が付くだろう。
しかし彼は顔を強張らせるだけで質問には何も答えない。
油断を完全に捨て去った臨戦態勢で言い聞かせるように念を押した。
「そんなことは気にするな。今は縄を握りしめる事にだけ気を回せ。……離したら死ぬと考えろ」
「そう、ね……全て貴方に委ねます」
ごちゃごちゃと考えることをマデリンはやめた。
死ぬとまで断ずるハサルを見て、今の状況が自分の想像より遥かに悪いモノなのだろうと悟ったのだ。
──っ──ぃ──ぃ。
「音」が徐々に大きくなる。
そしてマデリンは気が付いた。これは呼び声だと。
大勢の掠れた声が大合唱をして、自分たちを呼んでいる。
ハサルが懐に隠していた銀の剣を抜き去る。
未だ使われたことがない刀身は美しく輝くが、濃すぎる闇の中では光は吸収されマデリンにはハサルが何かを取り出した、程度にしか見えない。
闇の中をハサルは歩き出す。
そして彼は眼を瞑っていた。闇は深まる一方で、既に彼の眼を以てしても隣にいるマデリンの顔さえ満足に見えない状況だ。
開いていても閉じていても黒しか映らないのならば、眼は必要ない。
視力に回していた全ての集中を他の部分に彼は回す。
匂い、音、触感、直感などに。そして頭に入って来る全てが最大の危機を警告していた。
─こぃ──こぃ──こぃ──こぃ─こぃ─こぃ─こぃ。
一定の間隔でひたすら繰り返されるのは呼び声だ。
マデリンはよく聞こえていないらしいが、ハサルは心からこんなものを彼女が聞かなくて済んでよかったと思っている。
感情も抑揚もなく、死人の様な冷たい声がひたすら誘ってくるなど悪夢でしかない。
ハサルは音のする方向とは違う方角に進む。
足音が響く。1つ2つ……3つ。
「ハサル……っ」
気付いてしまったマデリンが縄を強く握りしめれば、ハサルは己の中の恐怖が和らぐのを感じた。
誰であろうと関係ない、自分は彼女を守ると決意を新たにし……何かを踏んづけた。
とても柔らかく、適度に足を押し返してくるそれは岩や土の類ではない。
一度足を止めてから何度か足踏みをしてそれを確認する。
僅かにゴツゴツしたものが中にあって、表面は柔らかにソレはどうやら4本の枝の様なモノを伸ばしている様であった……。
まさか、と思い目を開けてみればハサルの事をソレは見返した。
暗がりの中であってもそれだけは不自然なまでにはっきりと見えてしまった。
瞬きのない瞳、固まり始めた全身、上下しない胸───それは死体だった。
それもただの死体ではない。“ハサル”の死体だ。
彼が死んでいた。その眼は苦痛に満ち、全身は泥と血で汚れている。
胴体より切り離された頭だけがハサルを見上げていた。
真っ赤な光が炸裂する。吹き上がるのは炎と悲鳴と死。
水。毒。死。駆ける馬。
闇が一転して真っ赤な夕焼けに染まる。
現れた光景にマデリンが息を呑み、ハサルが驚愕する。
死だ、あらゆる死がここに満ちている。
転がるのは夥しい数の死体、死体、死体───その顔は全てハサルとマデリンであった。
どれもこれも苦痛に満ちた表情をして虚空をねめつけている。
“お前たちの未来などこんなものだ”と何処からか嘲りがきこえた。
それでもハサルは止まらない。
呆然としそうになるマデリンの意識を縄を引っ張る事によって呼び戻し、死体を出来るだけ避けながら進みだす。
幾つか自分の顔を踏んでしまったが、マデリンだけは絶対に彼は踏まない。
────いかないでくれ。いかないでくれ。いかないで。いかないで。だめだ、やめてくれ。
うめき声が背後より聞こえる。自分の声で、マデリンの声で。
そっちに行ってはいけない。破滅しかないと忠告する声が。
「っっっ……!」
「………」
縄を握る手に力が篭る。返すようにハサルもまた縄を素手で掴み自分はここにいると無言で伝えた。
震えながらもマデリンもハサルも決して振り返ろうとはしない。
もしもそんなことをしたらその瞬間に何かが終わると確信していたから。
真っ赤な世界を抜け、再び周囲は闇に閉ざされる。
視界の奥の奥……果てに微かに見える灯りを目指して二人は進んでいた。
どれだけ進んでも果てなどないと思える深淵ではあったが、出口は確かにそこにあった。
─────って……まっ……い……な、ま……、やめろ……。
光に近づくにつれ背後より聞こえる声が小さくなる。
もうあとわずかで光に手が届く。
───一いかないでくれ……。
不意に聞こえたしゃがれ声にマデリンが足を止める。
彼女の知っているそれより少し枯れてはいるが、紛れもなくその声はハウゼンのものであった。
───マデリン、どうして……許しておくれ……。
慙愧に満ちた声で許しを請う父の声にマデリンは後ろ髪を引かれる。
ただの惑わしという言葉で片づけるにはこの声は余りに現実味があり過ぎた。
そしてマデリンは父を愛している。
全く弱みを見せず、母の分まで愛情を込めてくれたハウゼンを愛しているのだ。
そんな父が……例え偽物であろうとも悲しんでいるというならば駆け寄って悲しまないでと言ってあげたくてしょうがない。
「俺を信じろ」
思わず振り返りそうになったマデリンにハサルが声をかける。
一瞬でマデリンは自分が今何をしようとしていたか理解し、背筋が凍った。
なおも背後より絶えず聞こえてくる父の声にマデリンは胸中で呟いた。
“ごめんなさい。お父様……さようなら¨と。
闇の中を抜け、無事に灯りにたどり着いた二人を歓迎したのは完全武装したアラフェンとキアランの兵士達であった。
付近には所狭しと言わんばかりにトーチが掲げられ、徹底的に闇を排除し灯りに満ちた陣地を彼らは設営している。
その中を完全武装したレナートとワレス、そしてブランが闊歩し二人に近づく。
「マデリンど……」
の、とはブランは続けられなかった。
マデリンとハサルの姿を見た彼の顔はあっという間に青ざめる。
どうしたのだろうか? と首をかしげるマデリンにレナートが手鏡を渡し、彼女はそこに映った自分の顔に仰天することになる。
端的に言ってしまえば彼女とハサルは血まみれであった。
髪の先よりつま先まで体の前面は血の雨でも浴びた様に真っ赤。
そして背後は……真っ赤な手跡が大小関係なくビッチりと埋め尽くしている。
子供のモノから大人のモノ、大きすぎるモノもあれば赤子のソレよりも小さな痕もある。
マデリンは息を吐いた。ハサルも同調しため息を吐く。
折角の晴れ着が台無しだと。
「お怪我は無いですか?」
レナートがマデリンに言うと、彼女は自らの身体を隅々まで撫でまわし確認した後に「ないわ」と断言した。
ブランが安堵したように脱力すると、彼は従者に湯浴みの準備を進める様に言い渡し、マデリンに従者を数名付けてから、たった今マデリンとハサルが出てきた森の入り口を見た。
「夜が明けてから兵士を派遣して森の中を探索するべきか?」
それはブランにとって独り言にも近しい言葉であったが、それに答えたのは彼の隣の法衣を身に着けた男性であった。
コミンテルンとの戦後エトルリアのエリミーヌ教団から派遣され、アラフェンにて信者たちへの説法を行っていた彼の名前はヨーデルという。
「それはなりません。ここから先は死者の世。
例え日が昇っていようと、危険な事には変わりはありません。暫くは決して何人たりとも近づけないように令を徹底させてください。」
「ただ封鎖するだけか?」
ブランの疑問は最もなモノであった。ハサルとマデリンが引きずり込まれた森はアラフェン城の目と鼻の先だ。
彼からしてみれば、自分の居城の隣に理解不能な異形の巣窟があるなど考えたくもないのだろう。
「教団に応援を頼んでみましょう。報われぬ者らを聖女様の御許に旅立たせるのも我らが務めです……」
今はそれでいいと納得するブランにマデリンが声をかけた。
「ブラン様、お城の方ではあの後どうなったのです?」
自分とハサルが引き込まれた後、アラフェン城の会場の方はどうなったかとマデリンが問う。
ブランは曖昧な微笑みを浮かべながら答えた。
「城の方にも賊……コミンテルンの残党が侵入していたのですよ。
しかしそう言った輩はブレンダンがしっかりと全てを捕らえてくれましたのでもう安心です」
半分は事実だ。化物の騒ぎに乗じてコミンテルンの残党が城に潜入していてその全てがブレンダンに捕らえられたのは。
もう半分は……ブランとしては語りたくないのだろう。
自分の城によりにもよって化け物が出たなどさっさと忘れてしまいたいに決まっている。
捕縛した残党に軽い尋問を行ったが、やはりというべきか誰もあの化け物の事など知らないという。
むしろ彼らとしてはまだ自分たちが事を起こす前に何故ここまで城が騒ぎ立っているのかさえ判らなかったそうだ。
話はここまでだと踵を返すブランをマデリンは見送り、その隣にハサルが立つ。
そんな二人をレナートは無感情な眼で見ていた。
明け方。騒ぎも収まり、地平より太陽が昇り始めた時間帯。
レナートは一人でハサルとマデリンが引き込まれた無音の森の中を闊歩していた。
武器は銀の剣一本だけ。鎧も何もつけずこんな場所を歩くなど本来は自殺にも等しい。
明け方とはいえ天は枝で封鎖されているため、ここは言わば新緑の壺の底だ。
だが彼はそんなこと全く気にしない。むしろ自分はもう安全だという確信があった。
あいつらはもう襲ってはこない……否、襲ってこれないという。
「いるんだろう?」
やがて僅かに開けた場所に出ると、レナートは虚空に呼びかけた。
声は木々に吸収され……返答は当然の様に返された。
≪聞こえているよ。君が来るのは判っていた≫
音もなく幹の影より「顔」を覗かせるのは“影法師”だ。
相変わらず闇を湛えるだけで顔面など存在しない頭部をもち、黒い霧のローブを着込んだ異形である。
泥と闇を混ぜ合わせて作った不出来な人形の様なソレは見かけからは想像できない程に知的な声で話す。
「今回の騒動を仕組んだのはお前だな」
≪そうだ。彼らに機会を与えたのは私だ≫
予想通りの答えにレナートは動じることはなかった。
あの騒動は余りにも出来過ぎている。この人知を超えた化け物の関与を疑うのは当然だ。
「ならば何故忠告をした? 黙っていれば彼らの目的は達成できただろうに」
もしもこの異形がレナートに何の忠告も与えなかったら結果は明白だ。
一夜にしてアラフェンの当主と全ての宴の参加者は行方不明になり、後世にまで永遠の謎として語り継がれていただろう。
≪君に見せたかったからだよ≫
「何だと?」
影法師は背筋を伸ばし、非常に美しい姿勢でレナ―トの傍にまで歩み寄る。
仮にこの存在が元は人間だったとしたならば、非常に高い知性と社交性を併せ持つ魅力的な存在だったに違いない。
≪君が思っているほど“生きている”と“死んでいる”という状態の壁は厚くない。死してなおこの世に留まる方法があるのは判ったはずだ≫
「……アレらは醜かった。もしもお前が俺の願いを叶えたとしても───」
≪その心配は判る。友を呼び戻したとしても、腐った死体だったら誰もが激怒するだろう≫
レナ―トの脳裏にあるのは死してなお自らに幻想として付きまとう「友」の顔。
もしもあの顔そのままで黄泉がえりを成されたら……彼は耐えられそうにない。
そんな彼の心境を読んだかの様に影法師は優しく囁く。
≪私は詐欺師ではない。君の理想通りに全てを行おう。君がただ一つ、私に協力し……“神”のみに許された奇跡の模倣を手伝ってくれるならば≫
「……」
熟考するように沈黙したレナートを見て、異形は上機嫌そうに左右に揺れ、更に言葉の楔を彼に打ち込んでいく。
≪君の心が判るぞ。つまらない“常識”は捨てるべきだな。「死者は戻らない」 ……それは過ちだと今夜君は体験しただろう。
死者からしてみても老衰の末の終わりならば受け入れられるだろう。だが、無作為な理不尽の果ての死など誰もが拒絶するに決まっている≫
このエレブにはそんな理不尽、命の収奪が多すぎると異形は吐き捨てた。
まるで今まで全ての理不尽と戦火を見て、体験してきたかのように。
≪考えて見るんだ。君が友に再び会いたいのは当然だろう。ならば……その「彼」は自らの復活の機会が訪れたことをどう思うのだろうね≫
「あいつが、どう思うか……?」
それはレナートにとって考えた事もない発想であった。
もしも死後のあいつにまだ自意識が残っていたならば、そして、もしも彼にとっての友である自分が蘇りのチャンスを掴もうとしていたならば、彼ならば何と言うか。
……………。
≪私は何時までも待とう。またキアランについた時にでも話をしようじゃないか≫
そう異形は続けてから周囲に意識を回す。途端に目に見えない“ナニカ”がざわめき立ち始める。
レナートにはそれが恐怖の悲鳴に聞こえた。クモの糸に囚われられた蝶が上げる絶望の声に。
≪機会は与えた。契約を履行させてもらうぞ≫
大きく腕を広げた異形に向けて無数のナニカが“落ちて”くる。
川が上流から下流に流れる様に、滝が下に落ちる様に、ナニカは異形には逆らうことは出来ず飲み込まれていく。
眼には見えないモノ……恐怖をばら撒いた者らに恐怖を与えながら影法師は飲み込んでいた。
瞬きする間もなく、森の中を覆っていた不穏な気配は全て消え去り、残るのは平穏な静寂のみ。
命の残照を飲み込んだ異形は手をこすり合わせてから、レナートに笑いかけた。
≪何も恐れる事はない。難しく思う事もない。ただ欲しいモノを欲しいと思うだけ。全ては単純な事だ≫
そうして異形は朝日から逃げる様に消え去った。
一人残されたレナートは暫し佇んでいたが、直ぐに歩みだし、そして誰もいなくなった。
そして時は流れる。
エレブの歴史は血と涙と苦痛に彩られた歴史だ。
その内の一滴にとある男女が混ざる事になったとしても誰も気にも留めないだろう。
全ては些事だ。
身分違いの恋の果てに破滅と知りながら突き進んだ男女の話も。
自らの正しさを信じた結果男女を見逃した騎士の話も。
目障りな娘が消えた事によって自分にも支配者の座に付くチャンスが訪れたと歓喜するとある男の話も。
そして欲しいモノを願い、ようやく手に戻ってきたと確信を得た瞬間に「友」に拒絶され、再び眼前でその死にざまを見せつけられ、自身の思い上がりに気が付くことになった男の話も。
全ては等しくつまらない出来事であった。
豪雨であった。
暴風が木々を薙ぎ、止むことなく轟く雷鳴は世界を幾度も白亜に染めては黒に塗り替えされる。
命を拒む嵐の闇夜の中、夜よりも濃い黒が立っていた。
黒……影法師は一軒の家を見ている。
嵐の轟音にかき消されて判りづらいが、その家からは悲鳴が絶えなかった。
破砕音、争いの音、食器が割れ、赤子が泣き叫ぶ。
魔法が発動され、命乞いの声が消え去り、家から一つの存在が転移の術で飛び出していくのを異形の眼は捉えていた。
転移の光の中にまだまだ生後間もない赤子が居る事も当然把握している。
だが彼はそんなモノに一切の興味を示さず、家の中から一人の女が出てくるまで微動だにしなかった。
『ご苦労。素晴らしい働きだ』
異形の口より言葉が出る。確かな音としての言葉が。
異形の顔の闇が凝固し、知的な男の顔を覗かせた。
顔……その顔は“右半分”だけであった。
左半分は……欠落している。
絶えず流動する闇が人の頭部らしき輪郭を作るだけで、そこに人の顔は存在しなかった。
「ありがたきお言葉です。────様。お望み通り、秘密をこの手に」
『ありがとう。これで我々の目的に大きく近づくことが出来る』
女……黒髪の妖艶な女は異形の前で跪き、狂信と愛情の入り混じった瞳で異形を見上げ、たった今入手した書物を異形に差し出す。
影法師は書物を受け取ると、女の手をとって立ち上がらせ血に塗れた手の甲にキスを落してやる。
それだけで女は歓喜で震えあがった。眼をギラギラと黄金色に輝かさせ、恋する少女の様に眦を潤ませた。
「あぁ! なんて、なんて事を……! お顔が汚れてしまいます……!」
『問題ない。お前は一度拠点に戻り、次の指示を待て。私はここの“後片付け”してから戻る』
影法師が振り返れば、いつの間にかそこには彼と同じ様ないで立ちの数体の異形達が立っていた。
闇を塗りこんだ様な黒染めで、ボロボロのローブ、生気の感じない異質な存在感。
そして、そして───頭部をすっぽりと覆い隠すのは竜と人の頭蓋骨を混ぜ合わせて作ったような巨大な仮面。
影法師の顔の左半分が変化する。異形達と同じような竜の骨を模したような巨大な仮面に。
『“片角”』
影法師がその名を呼べば、控える異形達の中でも最も大柄の異形が一歩前に踏み出る。
名前の通り被った仮面の角の一本が折れている異形は影法師の前に跪いた。
そんな様を女は軽蔑したように見て、影法師は信頼の篭った瞳を向ける。
『ここに。お望みを、長』
『あの家を焼き払え。全ての痕跡を消せ。誰にも見つかるな』
『お望みのままに。我らが偉大なる長よ』
『すべては貴方の御心のままに』
『すべては貴方の願いのために』
『すべては安息のために』
異形たちが一斉に傅き、心より称える。
まさしく彼らにとって影法師は神そのものであるのだろう。
そしてそれは影法師の隣に立つ女も同じであった。
彼女は本当に心苦しそうな顔を浮かべて、深く深く礼をした。
「偉大なる御方。では私はご指示通り拠点に向かいます」
光が女を包み瞬時に消える。
転移の術を用いて消えたのだ。
『さて、始めよう』
異形が手を大きく広げ、幾つもの術式を発動させた。
地面に複数の魔法陣が展開され、その数と同じだけの物体が取り寄せられる。
黒髪と金色の瞳の生気のない人形達。
骸の仮面を被り、死の匂いを濃く纏う異形達。
その数は合わせて20にも及ぶ。
言葉による指示を行うよりも早く20の人外らは散開する。
人間よりも遥かに優れた身体能力を披露し、雨風を跳ねのけながら縦横無尽に飛び回る。
次の瞬間、女が出てきた家屋は盛大な音を立てて炎上する。
中にあるであろう亡骸もこの調子では明日の朝までには炭を通り越して灰になっているであろう。
雨が降っているというのに火の勢いは収まる事はなく轟々と紅い世界を作り出す。
赤に照らされても決して侵食されない“黒”は部下の作業が終了したのを確認してから、影の中に溶ける様に消え去った。
この日、リキアのとある名門魔道士一家が行方不明となった。
当主であるユーグ、妻のアイリス、双子のカイとニノ、全員一夜の内に消えたのだ。
領主による必死の捜索と犯人などの調査も行われたが結局それは何の効果もあげることはなかった。
やがては誰もが事件を忘れていく。
誰もこのささやかな事件がどれだけ後のエレブに影響を及ぼす事になるかなど知りもしない。
全ては始まろうとしていた。
あとがき
最後は駆け足になりましたがこれにてエレブ963は完結です。
本当はもっとダーレンとかパスカルとか出したかったのですが、そうなると収拾がつかなくなりますのでカットです。
色々と異色な話ではありましたが、書いている側としてネクロマンサーや屍兵や亡霊兵、ゾンビなどがFEには居るので案外違和感はないなと思ったり。
ここから色々と原作とはずれていきますが、何とか書いていきます。