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No.6434の一覧
[0] とある竜のお話 改正版 FEオリ主転生 独自解釈 独自設定あり [マスク](2017/08/15 11:51)
[1] とある竜のお話 第一章 前編[マスク](2009/07/29 01:06)
[2] とある竜のお話 第一章 中篇[マスク](2009/03/12 23:30)
[3] とある竜のお話 第一章 後編[マスク](2009/03/12 23:36)
[4] とある竜のお話 第二章 前編[マスク](2009/03/27 07:51)
[5] とある竜のお話 第二章 中篇[マスク](2009/03/12 23:42)
[6] とある竜のお話 第二章 後編[マスク](2009/03/27 07:50)
[7] とある竜のお話 第三章 前編[マスク](2009/03/27 07:50)
[8] とある竜のお話 第三章 中編[マスク](2009/04/14 21:37)
[9] とある竜のお話 第三章 後編[マスク](2009/04/26 22:59)
[10] とある竜のお話 第四章 前編[マスク](2009/05/06 14:49)
[11] とある竜のお話 第四章 中篇[マスク](2009/05/16 23:15)
[12] とある竜のお話 第四章 後編[マスク](2009/05/26 23:39)
[13] とある竜のお話 第五章 前編[マスク](2009/07/05 01:37)
[14] とある竜のお話 第五章 中篇[マスク](2009/07/20 01:34)
[15] とある竜のお話 第五章 後編[マスク](2009/07/29 05:10)
[16] とある竜のお話 幕間 【門にて】[マスク](2009/09/09 19:01)
[17] とある竜のお話 幕間 【湖にて】[マスク](2009/10/13 23:02)
[18] とある竜のお話 第六章 1[マスク](2009/11/11 23:15)
[19] とある竜のお話 第六章 2[マスク](2009/12/30 20:57)
[20] とある竜のお話 第六章 3[マスク](2010/01/09 12:27)
[21] とある竜のお話 第七章 1[マスク](2010/03/18 18:34)
[22] とある竜のお話 第七章 2[マスク](2010/03/18 18:33)
[23] とある竜のお話 第七章 3[マスク](2010/03/27 10:40)
[24] とある竜のお話 第七章 4[マスク](2010/03/27 10:41)
[25] とある竜のお話 第八章 1[マスク](2010/05/05 00:13)
[26] とある竜のお話 第八章 2[マスク](2010/05/05 00:13)
[27] とある竜のお話 第八章 3 (第一部 完)[マスク](2010/05/21 00:29)
[28] とある竜のお話 第二部 一章 1 (実質9章)[マスク](2010/08/18 21:57)
[29] とある竜のお話 第二部 一章 2 (実質9章)[マスク](2010/08/21 19:09)
[30] とある竜のお話 第二部 一章 3 (実質9章)[マスク](2010/09/06 20:07)
[31] とある竜のお話 第二部 二章 1 (実質10章)[マスク](2010/10/04 21:11)
[32] とある竜のお話 第二部 二章 2 (実質10章)[マスク](2010/10/14 23:58)
[33] とある竜のお話 第二部 二章 3 (実質10章)[マスク](2010/11/06 23:30)
[34] とある竜のお話 第二部 三章 1 (実質11章)[マスク](2010/12/09 23:20)
[35] とある竜のお話 第二部 三章 2 (実質11章)[マスク](2010/12/18 21:12)
[36] とある竜のお話 第二部 三章 3 (実質11章)[マスク](2011/01/07 00:05)
[37] とある竜のお話 第二部 四章 1 (実質12章)[マスク](2011/02/13 23:09)
[38] とある竜のお話 第二部 四章 2 (実質12章)[マスク](2011/04/24 00:06)
[39] とある竜のお話 第二部 四章 3 (実質12章)[マスク](2011/06/21 22:51)
[40] とある竜のお話 第二部 五章 1 (実質13章)[マスク](2011/10/30 23:42)
[41] とある竜のお話 第二部 五章 2 (実質13章)[マスク](2011/12/12 21:53)
[42] とある竜のお話 第二部 五章 3 (実質13章)[マスク](2012/03/08 23:08)
[43] とある竜のお話 第二部 五章 4 (実質13章)[マスク](2012/09/03 23:54)
[44] とある竜のお話 第二部 五章 5 (実質13章)[マスク](2012/04/05 23:55)
[45] とある竜のお話 第二部 六章 1(実質14章)[マスク](2012/07/07 19:27)
[46] とある竜のお話 第二部 六章 2(実質14章)[マスク](2012/09/03 23:53)
[47] とある竜のお話 第二部 六章 3 (実質14章)[マスク](2012/11/02 23:23)
[48] とある竜のお話 第二部 六章 4 (実質14章)[マスク](2013/03/02 00:49)
[49] とある竜のお話 第二部 幕間 【草原の少女】[マスク](2013/05/27 01:06)
[50] とある竜のお話 第二部 幕 【とある少年のお話】[マスク](2013/05/27 01:51)
[51] とある竜のお話 異界 【IF 異伝その1】[マスク](2013/08/11 23:12)
[55] とある竜のお話 異界【IF 異伝その2】[マスク](2013/08/13 03:58)
[56] とある竜のお話 前日譚 一章 1 (実質15章)[マスク](2013/11/02 23:24)
[57] とある竜のお話 前日譚 一章 2 (実質15章)[マスク](2013/11/02 23:23)
[58] とある竜のお話 前日譚 一章 3 (実質15章)[マスク](2013/12/23 20:38)
[59] とある竜のお話 前日譚 二章 1 (実質16章)[マスク](2014/02/05 22:16)
[60] とある竜のお話 前日譚 二章 2 (実質16章)[マスク](2014/05/14 00:56)
[61] とある竜のお話 前日譚 二章 3 (実質16章)[マスク](2014/05/14 00:59)
[62] とある竜のお話 前日譚 三章 1 (実質17章)[マスク](2014/08/29 00:24)
[63] とある竜のお話 前日譚 三章 2 (実質17章)[マスク](2014/08/29 00:23)
[64] とある竜のお話 前日譚 三章 3 (実質17章)[マスク](2015/01/06 21:41)
[65] とある竜のお話 前日譚 三章 4 (実質17章)[マスク](2015/01/06 21:40)
[66] とある竜のお話 前日譚 三章 5 (実質17章)[マスク](2015/08/19 19:33)
[67] とある竜のお話 前日譚 三章 6 (実質17章)[マスク](2015/08/21 01:16)
[68] とある竜のお話 前日譚 三章 7 (実質17章)[マスク](2015/12/10 00:58)
[69] とある竜のお話 【幕間】 悠久の黄砂[マスク](2017/02/02 00:24)
[70] エレブ963[マスク](2017/02/11 22:07)
[71] エレブ963 その2[マスク](2017/03/10 21:08)
[72] エレブ963 その3[マスク](2017/08/15 11:50)
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[6434] とある竜のお話 第二部 五章 3 (実質13章)
Name: マスク◆e89a293b ID:4d041d49 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/08 23:08






その男は不満だった。彼は決して一度も満たされたことがない。
身体の中を流れる血液は常に糧を欲して叫ぶし、荒れ果てた荒野の様な胸の中ではいつも潤いを求めていた。
彼は透明な水の代わりに赤い血を好む。彼は仲間や家族と採る食事の代替として砕けていく骨の音を望んだ。



破壊衝動。憎悪。憤怒。これら負の感情が、理性という鎖などとうの昔に引き千切って溢れ出る。
そして彼はコレらを満たすたびに、常人で言うところの“幸福”を感じる事が出来た。
男はおおよそ人が、思考をする生物が持つ倫理というモノなどもってはいなかった。



たとえ、エリミーヌでさえも男の心を人のモノに戻すのは不可能だ。
彼は聖女の教えを理解したとしても唾棄し、こういうのだろう。



そんなゴミに何の価値がある? と。



赤子、子供、女、老人、畸形、彼は弱者には興味さえ抱かない。気に入らないと感じればすぐに、それこそ使い切った雑巾の様にその命を壊す。
否、彼にとっては弱者とは言うなれば“肴”だ。気がのったときに気まぐれでその命を食い荒らす。




彼は人として産まれたが、幾つか常人とは違う特徴を持ってこの世に生を受けた。
一つ目の特徴として、彼は単純に他者に比べて力が強かった。
純粋にして至高の領域であるその腕力は、彼がまだ幼かった頃から次元が違っていたのだ。




まだ10にも満たない子が、獅子を素手で絞め殺し、小さな山賊のアジト程度ならば一人で殲滅するほどに。
もはや、それは本当に人間かと疑問を抱きたくなるほどの“暴力”を彼は持っていた。




そして二つ目の特徴は、彼は人としての感情の機微のほとんどが抜け落ちていた。
彼は愛を理解しない。彼は情を理解しない。彼は、涙も、人の温もりさえ全てを不要なものと断言する。
多くの人は彼を不完全な人間と言うが、彼からしてみれば感情などという下らないモノに縛られているほうが異常者に見える。



彼にとっては、家族など所詮は自身にとっての糧でしかなく、ある程度の大きさにまで自分を育ててくれた後に、自らの手で皆殺しにした。
その時に彼は家族に始めて心の底から感謝した。あぁ、10年以上も自分を育ててくれてありがとう、と。
これで心置きなく、殺すのを楽しめる。彼は心胆の底から歓喜し、自分が生まれ育った小さな村の住人を一人ずつ
味わうように殺し、その全てを山賊の仕業に見えるように細工した後に旅に出たのだった。



井の中の蛙、大海を知らずという言葉があるが、彼は蛙ではなく凶暴な獣だった。それも見境無く全てを欲望のままに食い荒らす怪物。
井戸は彼を抑える牢獄だったが、既にそれは破壊されてしまった。




傭兵となった彼は、広い世界を知り、やがて人を超えた神の存在を知る。
かつてエレブに君臨せしめし竜族は、彼にとっては崇拝の対象ではなく“挑む”対象だったのだ。
それは熊や獅子を殺そうとするのと同じ感覚。




血が沸き、肉が踊り、狂気と狂喜が胸の内側で爆発していくのを感じながら、彼は一も二もなく挑んだ。
人と竜の危ういバランス?  竜族が恐ろしい? 人では竜には勝てない?



そんなこと、どうでもいい。彼にとって、エレブの情勢など心底どうでもよかった。
全てにおいて、彼の中では自らの欲望を満たすことが優先される。
竜が住まうベルンの地へと足を踏み込み、竜族の住まう巨大な国家にして都市、殿へと彼は行った。













そして、彼は産まれて始めて敗北の味を知ることになる。
いや、もっというならばアレは戦いにさえなっていない。







それは複数の偶然が奇跡ともいえる確立の上に重なったからこそ起こった出会いだった。



彼が数ヶ月の時間を掛けてベルン地方とリキアの境目にまで到達した際、彼はとある山間部で一人の“男の様なナニカ”に出会う。
人の姿をしているが、その本質が全く判らない何かと遭遇する。
しかし、狂者は強者の匂いを嗅ぎ取り、心躍る戦いを期待しながら遠目からソレを獲物を狙う肉食動物の様に眺めていた。


既に日は暮れており、男の顔はよく見えないが、異常に希薄でありながらも強大という矛盾した気配を撒き散らす男に彼は釘付けになったのだ。



月夜に照らされるのは従者に紅い髪をし、派手なスリットドレスを着込んだ女を従えた暗闇の中でも一際映える長い白髪の成人男性。
溶鉱炉の様に闇の中でも輝く紅と蒼の眼をした、人ならざるモノの窮極。


リキアとベルンの境の視察、及び知識の溜まり場の転移箇所のダミーの出来を直接確認しに来た男は、明らかに彼の殺気と殺意に気が付いているというのに見向きもしなかった。
男にとって彼など蟻であり、一々蟻に意識を向ける人間など居ないように、彼も男をそこいらの三下程度にしか思ってはいない。



彼の存在に気が付いた従者の女が力を解放しようとするのを冷たく制し、放っておけと態度で示す彼に狂える戦士の憎悪は瞬間的に最高潮に達する。
今まで自分の力を向けられた存在は恐怖、哀願、対立などの何かしらのリアクションをとったのに、男は何もしない。
ソレはまるで路傍の石ころを見るように冷たく、無関心の極地でしかない。



酷く彼の逆鱗を逆撫でする行為だったのだ。そして同時に彼は喜びもした。何と、何と強い存在なのだろうか、と。
強者との戦いは彼にとって、至上の喜びであり、弱者の殺戮は彼にとっては駄菓子のようなものなのだから。



怒りを爆発させ、対城兵器の如き勢いで男に突撃を行う彼を人ならざる存在は視線さえもくれなかった。
ただ、ほんの少しだけ意思が動いただけ。例えるならば、読書中に顔の周りを飛び交う煩わしい虫を片手で払うのに近い。



ソレにとって埃を払う程度の力が、動く。



【ライトニング】




詠唱も無く、動作も無く、エーギルの塗り固めも無い。無意識に周囲に流している力を適当に固めて発動させただけの呪文。
子供が砂場で泥団子を作って投げるような気楽さで発動させ、ソレは容易く男をねじ伏せた。
何をされたかも判らずに彼は地に伏していたのだ。その全身を焼け焦げさせながら。



満身創痍となった彼をソイツは止めさえも刺さず放置し、挙句は転移の術を使ってその場を従者と共に後にする。
事実、男にとってこの挑戦者の存在などその程度でしかなかったのだろう。




驚異的な執念と生命力で生還を果たした男は傷が癒えた後に深く考え、あの存在は人ではないと結論づけた。
獣染みた嗅覚と直感は、擬態を行っている竜だとあの存在を決定付けたのだ。
気配、力、隔絶した存在感、そもそも根本的に超越していると表せるあの存在を殺すことだけが目的で彼は精進を続ける。
血の川を作り、屍の山を築き、その中で得られる安堵を胸に秘めながらも彼はいずれ訪れるであろう戦争での再会の時を心待ちにしたのだった。



火蓋が落とされた人と竜の戦争において彼は武勲をあげ、英雄と崇められる立場になったが、彼にはそんなことどうでもいいのだ。
彼は戦いたい。殺したい。潰したい。それだけを目的に掲げ、それだけを行ったのだから。



彼にとって、平和など拷問以外のなにものでもない。
その点、戦役は正に最高の悦楽だったのだ。



努力はした。新たな戦いを求めて傭兵に身をやつした事もあったが、耐えられるはずもない。




だが、一つだけ彼はあの戦役に不満がある。自らを蟲のように潰した竜と最後の最後まで合間見えることは出来なかったのだから。
魔竜の殺害もハノンやローランに断固反対され、そこだけが消化不良になったといえよう。
気が付けば人間であることさえも辞めた彼はかつてよりも遥かに強くなった力を手に、再戦を願ったが、終ぞソレは果たせなかったのだ。
やがては狂気をおさえられなかった彼は同属の神将にさえもその力を向け、殺害しようとした彼は付き従う部下諸共僻地の極みに追放という憂き目にあう。




過去に思いを馳せるたびに彼にしては珍しく、男は憂鬱な溜め息を吐く。
あぁ、あの時、魔竜を殺したかったと。直感的に彼は悟っていたのだ、ここで魔竜を殺しておけば後々に面白いことになると。
それは男の野獣としての直感であり、実際にもしもそうしていたら男の予想通りにエレブには極大の災禍が訪れていただろう。





だが彼は追放された地で、高まりすぎた自らの力と飢えに食われ、その血に塗れた人としての生涯を終えた。
神将の一角の、呆気ない最後だった。







そんな彼を人はこう呼ぶ。畏怖と侮蔑と、憧れと共に。人の世に産まれてしまった魔獣に名を与えて──




【狂戦士・テュルバン】と。












エレブ新暦10年




ベルンの建国者にして八神将の長であるハルトムートが死んだという報告をイデアが受け取ったのは、とある日の夜の出来事だった。
ざわめく精霊の声を聞いたメディアンの報告を受けたイデアは一瞬思考が停止し、その手に持っていた書物を落としてしまった。
詳しい話を聞くと、死因は衰弱死。巨大すぎる力を行使する代償に自らの命を戦役中に薪の如く燃やしたのも彼の寿命を縮めた原因だったらしい。


もしくは、彼にとって掛け替えの無い存在だったろう妻と息子を同時に失うという現実が彼にどうしようもない傷を与えたのも一因か。
だが、どちらにせよ戦役が彼の寿命を多分に削ったのは間違いないだろう。



馬鹿馬鹿しいとイデアは思った。魔道にも言えるが、使用に重大な代価を利用される力など力というよりは単なる欠陥品だろうが、と。
ファイアーエムブレムのありかは不明。恐らくはアトスやブラミモンドに代表される究極領域の術者がその存在を隠蔽しているのだと思われる。
その直ぐ後に、その力を存分に行使している自分が何を馬鹿な事をと自嘲を含んだ笑みを浮かべ、あーあーと息を吐く。



一度、自室の椅子に深く腰掛け、リラックスできる体勢になってからイデアは考える。



さすがに、国葬の真っ最中の国に突撃して封印の剣とファイアーエムブレム、そして【エッケザックス】を奪おうなどとは思わない。
そんなことをすれば全てが水の泡どころか、この身と竜族の破滅に繋がってしまう。
だが【神将器】は非常に魅力的な一品だ。竜族を打ち砕くために創られし伝説の武器にして、竜殺しの至宝。




もしかすればイドゥンをあの水晶の牢獄、恐らくは封印の剣が齎した呪縛から開放する何かの手がかりが手に入るかも知れない。
封印の剣は神将器とは違った別の何からしいが、それでも何かしらの繋がりはあるだろう。
全ては可能性の話だが、それでも竜の知識と外部の人間の竜に対する殺意の象徴を組み合わせれば、より魔道の深遠へと至れる。



そうなれば姉を取り戻す未来へと近づく可能性があるのだ。それは決して無視できない。絶対に。




それにしても、だ。随分と世間では魔竜についての間違った考えが広がったモノだとつくづくイデアは思った。
エレブが安定をはじめ、戦役が徐々に過去のモノになるにつれて戦争の記憶は徐々に人々にとって都合のよいモノへと変貌を始めている。
例えば、竜は人を苦しめていたとか、竜が自然災害を起こしていたなど、ソレを神に選ばれた神将が打ち滅ぼし、世界に平和を齎すなどといった詩人の話はもう聞き飽きた。


エイナールが、そんなことをするわけがないだろうに。今は別の世界に親子もろとも旅立ったであろう氷竜の名誉を汚すなど、どうしようもない劣等もいたものだ。
あの日エトルリアで男と会話した際にあの男は魔竜を竜族の王だと言ったが、ソレも事実は違う。
恐らく魔竜は姉さんで、姉さんはあの夜殿に戻った結果自分の意思か、もしくは強制的に魔竜へと変えられて人と戦ったのだとイデアは考える。



実際は前者の確立が1割で、後者が9割ほどだろうと予想は付くが。まぁ、魔竜だろうと神竜だろうと、姉さんは姉さんで何も問題はない。
もう少し自分の術者としての次元が高くなり、仮に戻ってきたイドゥンが種族を研究するならば魔竜を神竜に戻す術を開発するのも悪くないだろう。



もしくは自分が魔竜になるのも悪くは無いかと半分だけ冗談で思い、苦笑する。
大きく息を吸って、そして呪いと共に吐き出す。



嘲笑と共に全ての神将に言ってやりたいものだ。
ナーガと全ての竜族が知識の溜まり場を駆使して戦っていたら、お前らは塵屑の様に吹き飛んでいたぞと。
そしてもしもお前らが姉さんを殺していたら、何もかも俺が終わらせていたよ。ありとあらゆる手段を使って。






さて、ここで話を本題に戻そう。
ハルトムートの死と、それによって発生する国葬。つまり、そこには残りの神将が集まるということになる。
彼らはかつての仲間の死を悼みに間違いなく来るだろう。



……ただ一人を除いて。




テュルバンだけは国葬に出れないし、出されない、出来ない。
何故ならばあいつは、事実上エレブから追放された身なのだから。


戦後、あいつは新たな闘争を探して表舞台から姿を消した後、元通りに傭兵をやっていたらしい。
だが、竜族との全面戦争などという極上の闘争を味わった男がたかが山賊や海賊を刈るだけでは満たされるわけもない。



故に、それは必然だったのだ。彼にとっては当然の行為。



テュルバンは戦役が終わってしばらくした後、よりにもよって神将の暗殺未遂などという暴挙に走ったのだ。
アルマーズを用いてバリガンを強襲した大馬鹿であり、それがハルトムートの耳に入った結果、彼は西の極地、西方三島へと追放されるという罰を受ける。
本当にこのナバタに追放されなくてよかった。そうなっていたら、かなり厄介なことになっていただろう。



だが、あいつはもう一人だ。狙ってくれと言わんばかりに。しかも本人は死に、彼の持っていた【アルマーズ】は西方三島のひとつにある事までは調べてある。
あそこまで莫大な魔力の塊は幾ら必死に隠蔽してもその気配は漏れてくるものなのだ。
世間が英雄の死に涙し、全ての眼がベルンへと集まっている今ならば、辺境の島になど誰も眼を向けないだろう。
神将らの煩い眼を欺くためにもなるべく事は穏便に済ませたい。そのための術も幾つか用意してある。



何年も前からこの時の為に動いていたのだ。メディアンや里の優秀な魔道士たちの協力さえも乞って。




「どうする?」



それは独り言。言葉を掛ける対象は自分であり、動くかどうかを決めている問い。
しかし答えなどもう数年前に出ているが故に、イデアは冷たく頷き、自らの手を見た。



思い立った様に椅子から緩慢に、しかし確たる意思を持って立ち上がり、クローゼットの中から白いマントを取り出して着込む。
とりあえずは、しっかりと準備を整えてから行かねばなるまいて。まずは玉座の間に行くとしよう。



地平の彼方から太陽が昇ってくる。どうやら考え事をしているうちに夜が終わってしまったらしい。






























『本当にやるのですか? 長が博打をするなど、あまり褒められたものではありませんな』




「判ってる、これは俺の我侭だ」




玉座の間に着き、王の椅子に腰掛けたイデアの隣に佇むフレイは既に何もかもを予想しているらしく
若干責めるような口調で自らの主に声を飛ばした。
彼のがらがらと砂をすり潰すような声を受けたイデアが、玉座に頬杖を付いて、その両の眼をこの老人の姿をした竜へ向ける。
10年ほど長という仕事を続けれたのはこの老人のお陰だということも知っているし、これからも続けるとしたら間違いなく自分はフレイの手助けが無ければ出来ないだろう。


表に出ること自体は少ないが、まさしくこの翁はイデアにとっての第二の教師であり、長をやる上で絶対に居なくてはならない存在。
そんな彼が、長い時間を生きて感情というモノをすり減らした彼が珍しくも少々怒った様子で自分へ反抗の言葉を向けてくるのをイデアは仕方ないと思った。



嫌でもこの長という役職をやっていると竜族を任された責任と言うのを感じることになる。
それは竜族を外の世界から守り、秘さなければならないという義務。
対して今から自分がやろうとしているのは、よりにもよってまだ神将が健在であり、外の世界の人間の中に竜という存在がまだ残っているご時勢に
自分自らが外出をし、神将の武器を強奪してくるという正に綱渡りな所業である。




一歩でも間違えれば全てご破算だが、やるしかない。
ハルトムートが死に、神将たちに老化が見られる今なら何とでもなる。
他の神将が死ぬまでも待つという手段はあったが、それでもどうもアトスとブラミモンドが恐ろしい。



竜族の術のありとあらゆる全てを総動員させても成功させてみせる。絶対に、何が何でも。
本人は気が付いてないだろうが、はっきりとした焦燥を胸の内でくすぶらせながらもイデアは玉座に身を任せ、周囲に眼をやる。

もしかしたら、これでイドゥンを開放するための何かが出来るかもしれない。
取り戻せるかもしれない。そんな期待が彼から少々冷静な思考を奪っていた。
弾むように声を発するが、しかし発声とは違い彼の声には熱が篭もっている。暗く、粘性を帯びた期待が。




「済まない。今回ばかりは俺の我侭を聞いて欲しい」



鈍く製鉄所の炉の様に輝く眼を見たフレイは肩を竦めた。全く、困ったと言わんばかりに。




『…………判りました。もう何も言いますまい』



認めてしまった以上、ならば自分のやるべき事は唯一つだろう。
いかに主の計画を成功させるか、いかに彼の安全を図るか、それに限る。
そしてこの里の存在を外に露見させず、万が一に備えてのイデアの留守中の防衛なども考えねば。




未熟で青い神竜に彼は不満を抱かない。
ただ隠さず自分の考えを述べ、それでも主は考えを曲げなかったのならば自分は従うだけだろう。
そも、この世界に唯一である神竜に反抗をしたところで、何も利益などないのだから。



それに、ナーガに彼の補佐を任されたからというのもある。




臣下が思考に入ったのを見やり、イデアは胸中で渦巻く感情を整理し、分断し、そして一つ一つをじっくりと薄めていく。
興奮状態では、色々なことを見落としやすい。冷静を心がけなければ。



まずはアンナとメディアンへと思念を飛ばし、直ぐにこの玉座の間へと来るように通達。
これで数分の後にあの土と火の竜はここに来るだろう。それを待ちながら、イデアは玉座より立ち上がり、踵を返した。
背後の空間に磔にされた四冊の魔道書を観察し、何れかをもっていくか彼は品定めしながら考える。



多少、制御が出来て、威力的には十二分なモノが好ましい。欲しいのは攻撃の規模ではなく、質。
大陸一つを吹き飛ばす魔法ではなく、確実に効果範囲の有象無象を消滅させるだけの威力の重さを持った術。
求めるのは極大の爆発ではなく、全てを処刑する刃。




「だとすれば、これか」




手を翳し、選定の意思を送るのは【エレシュキガル】と【ギガスカリバー】  
禍を撒き散らす闇と万象を切り刻む空間切断を引き起こす術。


闇と理の竜族魔法。効果範囲はともかく、攻撃の質と精度は十分に過ぎる魔法。
必殺と必滅の極致たる術を内包した二冊の書を手に掴むと、ソレの内包する力が伝わり、身震いと共に笑みが浮かんでくる。



二冊を懐に滑り込ませると、イデアは背後に何時の間にか控えていた二人の女性にその身を向けて、貼り付けたような友好的な笑みを浮かべた。
胸の内に秘めたどす黒い期待と力への渇望が透けて見える凶笑を。




「朝早くからで何だが……もう用件は判っているか?」




その言葉に二柱の竜は無言で頷く。アンナは無表情で。メディアンは少しだけ苦く笑いながら。
神将器の入手という計画は既に知っている彼女達は遂にこの日が来たのかと思いつつも、イデアの言葉に耳を傾ける。



「場所は西方三島の一つ、フィベルニアのジュトー地方……これであっているか? メディアン」




名指しで問われた地竜が小さく腰を曲げ、華やかに一礼しつつはっきりと聞き取りやすい声で答え、イデアをしっかりと見返した。




「はい。精霊からの言葉によれば、ですが」



テュルバンかアルマーズと思われる異常なまでのエーギルの質と量、そして普通ではありえない密度が最後に観測されたのは間違いなくそこだったとメディアンは告げた。
魔道の心得もなく、ただ獣の様に彷徨うあの男は超長距離からでも観測できるほどの気配と殺気、そして生命力を撒き散らしながら徘徊しているのだ。
まるで獣が餌をおびき寄せるように振りまかれるソレを精霊が感知し、正確な位置を地竜に送れたのは、彼女が類稀なる術者だからというのも大きいだろう。



正に歩く天災ともいえる男の気配が一度綺麗さっぱり消えてなくなった後、まるで狭い何処かに閉じ込められ、蓋を閉じられた中から少しだけ力が漏れてくるように感じるのはそこらしい。
テュルバンは追放され、死んだとも聞いたが、ここで矛盾が生じる。
何故死んだはずのテュルバンのエーギルがまだ存在しているのか。どうして、そう、まるで誘うように力を垂れ流しているのか、など。




表向き死んだとは言われてるが、人々の間に立つ噂ほど確定が取れないモノはない。





「かなり危険ですわ。以前殿に行った時以上に警戒が必要かと……それに嫌な予感がします」



今までの経験と竜族の優れた直感から導き出された自分の中での答えをアンナがイデアに進言する。
無言でイデアが次いでメディアンを見る。意見を求めるように。


地竜が小さく頷き、そして答える。




「あたしも何度か探りを入れてみたのですが……正直な感想ですが、アレの“気配”は淀んでいるようで、その実純粋でもあります」




淀んでいて、純粋。一聞すると、矛盾しているようだが、その実違うとメディアンは続けた。
紅い視線が遠くを見て、記憶を一つ一つ掘り返しながら彼女は言葉を紡ぐ。




「テュルバンらしき馬鹿でかいエーギルに一つ、限りなくソレに近いながらも違う性質のエーギルが複雑に交じり合っているのですよ。
 遠方から薄っすらと感じる気配の質は理属性の“雷”……あの戦後に精霊を通して感じた力と同種のモノさ。それに、あの島自体が何か妙なんですよ」




だとすれば、候補は【天雷の斧・アルマーズ】しかないとイデアは予想を立てる。いや、むしろそれであることを望んでいる。
狂戦士は生きているか死んでいるかは不明だが。どうなっているかなど予想もつけられないだろう。
厄介だ。実に厄介極まりない。神将といえば聞こえはいいが、その実殺戮衝動と戦闘意欲の塊の様な男と遭遇してしまったら……。




遭遇してしまったら……自分を抑えられる自信が無い。
身体の奥底が痒いのはきっと、神将器を入手できるからという期待だけではないのだろう。






「神将器の奪取は明日の夜に行う。既に転移の超長距離転移の術の準備は済んでいるから、アンナ、お前は明日に備えてよく休め。
 メディアン、今まで世話になった。お前は息子の所に戻っているといい」




それぞれに言葉と激励を掛けて、玉座に深く座り込む。
その後に訪れる沈黙は緩やかな退出を促していると気が付いたアンナとメディアンは一礼するとあっという間に音さえも立てずに消えて言った。




『アンナを消耗させるのは余り得策ではありませんな。もう一人、信頼のおける護衛を連れて行くことをお勧めします』




フレイが思考の後に導き出した答えを耳打ちする。イデアが眼だけを動かして彼を見て、そして次に正面の水晶色の通路を見やる。
確かに、自分が消耗した場合転移の術を使うのはアンナだ。それに彼女には自分の護衛という自分自身に加えてイデアを守る必要もある。
二人だけというのは何かと不便だとイデアは考える。片方が負傷なり消耗なりしたら、もう一人は二人分の動きをせねばならないのだから。



三人。一人が倒れても二人でフォローできる丁度良い人数。二人倒れたら、全て終わりだが。
だとしても誰を連れていくべきかとイデアは考える。そこそこに強くて信頼が置ける部下。



第一にメディアンが浮かぶが却下。自分が留守の間、里を任せるのは彼女しかいない。
圧倒的な力を持ち、経験豊かな彼女は最高の味方になるだろうが何かあったときの為に里に残しておくべきだろう。



第二にヤアンが浮かぶが、それも却下。あの男の戦闘力の程はわからないし
ソレに信頼そのものはあるがあくまでもそれは一歩引いた友人としての信頼であり、命と背中を預けようとは思わない。
里の魔道士や竜族も駄目だろう。彼、彼女らは戦いを好まずこの里に来たのだから。



では誰にするか。ある程度の強さがあり、信頼が置ける存在とは。



咄嗟に浮かんだ顔にイデアは思わずかぶりを振っていた。何を考えているのだろうか自分は。
彼は確かに強いだろうしある程度の信頼もあるが……違うだろう、彼は。そうじゃない、彼の強さはもっと別の所で使うべきだろう。
彼には、血生臭い戦場など見せたくもない。



そんなイデアの耳元で、かつて自分が胸中で囀っていた言葉が呪いの様にリフレインする。
力など所詮は力だと。種類など関係なく、この世は力と力のせめぎ合いで動いているのだ。
そして、力を持たない弱者など、何も知らない愚か極まるゴミのような存在であるとその言葉は囁いた。




憂鬱気な溜め息と共に彼は立ち上がる。とりあえず声だけは掛けてみようかと思いながら。
駄目元で、もちろん断られたらアンナと二人だけで行こうと彼は決めた。



「では、俺の留守の間は」



「お任せください」




阿吽の呼吸という表現がぴったりと来るようなフレイの発言にイデアは小さく笑った。


















天に高く昇る満月を間近で見られる場所、石造りの殿の屋上に上り、その柵も何もない縁にイデアは腰掛けて無言で星空を眺めていた。
そしてそんな彼の隣にはもう一人が同じような格好で腰を下ろし、何処か興味深そうに眼下に広がる里の全景を眺めている。
紫色の髪の毛を適度に切りそろえ、細いながらも引き締められたその肉体は5年以上も圧倒的な存在に鍛え上げられたという事実を感じることが出来るだろう。




ソルトとイデアは、互いに無言で殿の屋上で何ともいえない空気を醸し出していた。
始まりはメディアンの家を訪れようとしたイデアが偶々里の中で彼に出会ってしまい、世間話もそこそこにぶらぶらと歩き回っていたら
何時の間にかこんな所にまで来てしまったという、何とも情けない話になる。




そしてとりあえず一通りの話題を話しきってしまった一人と一柱は恐らく絶景が見たいという理由で訪れたこの建物の屋上で微妙極まりない空気の中、景色を見ているのだ。

周囲に張り巡らされた黄金の薄い膜は、夜の砂漠の冷気の侵入を防ぎ、人間であるソルトが凍死するのを防いでいる。



どうしよう……。



イデアは焦っていた。もう適当に話して場を繋げる話のネタもほとんどないし、それにいざ彼に本題を切り出そうにも
何かが喉の奥に引っかかって邪魔をするのだ。たった一言、一緒に来ないかと提案するだけなのに、どうにも言えない。
それは彼の母であるメディアンの反対を恐れるのではなく、彼自身が何処かに引っ掛かりを感じているが故の事。



彷徨うように視線を巡らせて、最後に頭上の星を見る。途端、思わず感嘆の息が漏れる。
空気が澄んでいるナバタで見る星夜は天を埋め尽くすほどの光のイルミネーションであり、かつてベルンで見たモノにも引けを取らない美しさを誇っていた。



不思議と、見ているだけで心が静寂に包まれるような幻想的な光景。




「イデア様、何を見ているのですか?」




ん、とイデアが視線を動かす。そして、改めて成長した若者の姿に眼を眩しそうに細めた。
自分が里に来た時はまだまだ小さな子供だった彼は今や立派な青年になっている。
ローブを着込んでいる上からでも判る鍛えられた身体に、若々しい覇気がある雰囲気は15歳とは思えない程に大人びた印象を見た者に与えるだろう。




答える言葉は考えもせずに自然に出た。いやあるいは真実、素直な言葉だったのかもしれない。





「ちょっと探してた」



「?」




神竜が紅と蒼の眼で星空を見やる。満天の、何万何億の星が浮かんだ空を懐古の情と共に。
この中のどれかに、あの星はあるのだろうか。





「この中の何処かにあると思うんだが、見つからないんだな。これが」





まぁ、見つけてももう意味はないんだけど。と肩を竦める。
そしてソルトを見ると、彼は困惑を浮かべた顔で此方を見つめていた。
本当に、大きくなったと彼は思う。自分は時間が止まったようにあの日の夜から外見は何も変わっていないが、この人の子は違う。



一年ごと、もっと早ければ半年ずつその姿を変えていくその成長には、イデア自身も驚きがある。
今まで人が竜に勝てたのは単なる偶然が重なった結果かとも思っていたが、もしかしたら違うかもしれないとイデアは思った。



こんな、そう、例えばソルトの様な奴がいっぱい居たとしたら、人が勝ってもおかしくはなかったのかもしれない。
リラックスするように全身を伸ばして、ソルトに身体ごと向き直る。人と竜の視線が交差し、沈黙がまた場を支配した。
その、なんだ、と何度かどもりながら竜は言葉を綴る。場を取りなすようにして。




「それにしても、もうあれから10年も経ったのかぁ……」




それは独り言にも近い。長いようで短い10年を思い、竜は何度も頷いてしみじみと思い出に浸る。
そういえば、もう俺は20歳を過ぎていたのかと思い、少しだけショックを受けながらも。
もう一度天にある星空に眼を移す。姉さんと見た時もあったなぁと昔に意識を飛ばしながら。
この中のどれかに、あの青くて綺麗な星はあるのだろうか。




「あの……少しいいでしょうか?」




「ん?」




何さと仕草で伝えると、どうにもソルトは緊張が見え隠れする気配と共に自分を見ている。
髪の毛と同じすみれ色の綺麗な瞳の中にあるのは強い意思。純粋で美しい芸術品の様な高潔さがある眼。




「僕も、一緒に連れていってくれませんか?」




刹那、イデアの呼吸は確かに止まった。全身に電流のような衝撃が走るが、直ぐに彼はその衝撃を表には出さず胸中でかみ殺す。
まだ何に連れていけと言っているのかは判らない。メディアンがバラすなどとは考えられないが……。
ああ見えて、あの地竜はしっかりとそういうところは分ける女性であり、情報の危険性も深く理解している。




「連れていけと言われても、何処へだ?」




表情が読み取れない、上辺だけの笑顔を貼り付けながら神竜が答える。
最初は様子見だと、あえてはぐらかす様な言葉を選んだイデアの眼をソルトはしっかりと見据えて、今度こそ言い逃れなどさせないと言外に込めて言葉を放った。




「外の世界に行ってやることを僕にも手伝わせて欲しいんです」




「……………」




結界を解いたわけでもないのに、周囲の空気が急激な速度で冷たくなっていく。
何故お前がソレを知っている? どうしてよりにもよって、今そんなことを言うのだ?



今でなければ、笑って流せるのに。
鋭い光を眼の中に湛えはじめたイデアを見て、ソルトがにっこりと笑った。
10年以上前の時代、彼がまだ幼子だった頃によく見せた悪戯染みた笑顔で。





「イデア様、意外と思ったことが顔に出るんですね」




あっと全てに気がついたイデアが思った瞬間には遅く、思わず、破顔して溜め息を吐いた。
まんまと鎌を掛けられて、それに乗ってしまった自分が居ることに彼は不思議と悪い感情を抱かなかった。




ただ、一言くらいの皮肉は許されるだろう。




「それも母に習ったのか?」




溜め息混じりに紡がれた言葉にソルトは顔を横に振り、違いますよと答えた後に経験ですと呟く。
この里にイデアが来た時、彼はまだ童だったが、それでも幼いながらにイデアを見続けていたのだ、と。



「何年もイデア様を見ていますからね……そして、答えをお聞かせください」




「その前に一つだけ教えろ。どうしてお前は俺について来たいんだ?」




怒りもなく、ただ純粋に見極めたいと思う意思の宿る色違いの瞳をソルトに向けてイデアが囀る。
こんなことは問うまでもなく何となく判っている。なぜならソルトは、産まれてからほとんどの生涯をこの里で過ごし、これからも過ごすのだから。
きっと、恐らく、彼は外の世界に憧れを抱いているのだろう。死ぬまでで一度でもよいから、外の世界を見たいと思ってもおかしくはない。




だから、イデアは断ろうと思った。彼の始めてを、今自分がやろうとしている我侭で潰すなんて傲慢にも程があると思ったから。
神竜は首を振って、出来るだけ言い聞かせるような口調でやんわりと断りの言葉を放とうとしたが、ソルトはそれを制する様に口を開いた。


穏やかな口調で人間の子は竜に向き合い、言う。





「僕はただ……」





一拍。区切ってから彼は続けた。それは、今までイデアが聞いた事のない言葉。






「貴方の力になりたいんです」





瞬間、イデアは全身に妙な電流が走るのを感じた。




心の動揺を隠し切ることが出来ず、イデアは思いっきり眼を見開いて唖然とした表情を浮かべてしまう。顔に出てしまったのだ。
もしもこの言葉を吐いたのが例えばヤアンのような男だったらイデアは信頼半分に疑惑半分と云った所で纏めてしまうだろう。
だが、ソルトは違う。彼がまだ幼子だった時代からその成長を見続けてきた若者であり、彼も同様に長としてのイデアをメディアンの傍で見続けてきた男だ。



思わず顔をソルトから背けてしまう。このままでは無様ににやけて、紅葉した顔を見られてしまうことになるだろうから。



今の大切さを知っていて、それを守るために努力を惜しまない少年。
強大な竜を家族に持っていても、それに並べるように腐らず己を磨ける心を持った人間。


自分なんかよりも、よっぽど長に相応しいだろう性質を持っているだろうと
心の何処かで思わざるを得ない彼が、掛け値なしにその生き方に絶賛を送りたい彼が、自分の為にと言ってくれた。




始めてだったのだ。前の世界でも、今の世界でも。純粋に自分の為に何かをしたい、貴方の力になりたいなどと言ってくれた者など。




それがどれほど嬉しいことか。
だけどこれは長として嬉しいのか、それともイデアという個人として嬉しいのかはイデアには判らない。
もう一度イデアはソルトを何とかにやけずに見据えて、彼に告げる。



歯の間から搾り出すように発せられた言葉はまるで罪深い男が神に懺悔をしているようにも聞こえるだろう。




「……まずはメディアンの説得からか」



彼の母である地竜の顔を思い出し、難題だと思う。まずはあれの説得から始めねばなるまいて。
無言で、しかし確かな歓喜を讃えた目をして頷くソルトにイデアは人知れず溜め息を吐いた。
だけどそれは決し悪い意味ではなく、むしろ逆。かつての輝かしい時代に姉に振り回されていた時に漏らしていたのと同じ、温かみが篭もった息だった。








あとがき



かなり遅くなりましたが、何とか更新。
何時の間にか20万PV突破&新年(しかも辰(竜)年!)&作者が書きたかった話というコンボが発生しましたので二話連続更新です。


次の話では、ようやく1000年前編ラストを飾るだろう戦闘の前編です。
主に作者の趣味とファンタジーでやりたかった事と出したかったものを全て出し切るつもりでいきます。





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