何やら生暖かい、湿った物が顔をしきりにさすっている感覚で■■■は眼を覚ました。
やけに意識がはっきりとしているのは、何回も眠りについたり起きたりしているからだろうと結論づける。
重苦しい。何かとても重量が在る物が横になった自分の上に乗っているようだ。
自分に何が起きているのか、確認するため■■■は瞼をあけた。
目の前にあの小さい「竜」の顔があった。
左右で色が違う特徴的な眼が光って、じいっと覗き込んでいる。
「~~~~~~~~っっ!!!!!!!!!!!」
いろいろなものがまたもや限界を超えたせいで声も上げられない。結果、口から出てきたのは空気が吐き出される音だけだった。
喰われると、思い息を呑むが、「竜」はただこちらを興味深そうに眺めているだけだった。
いや、脳の妙に冷静な部分が囁く。相手が自分を食べる気ならば、寝ている間に食われていたのではないかと。
そして同時に思い出した。今の自分はもう、人の姿はしていないと。
とりあえず、完全にマウントポジションを取られているので、下手に刺激せず、様子を見る。
しばらくそうしていると「竜」に動きがあった。
幼いながらも巨大な口を開ける。
紅い口内では同じく紅い舌がちろちろとせわしなく動いている。
やっぱり喰われるか? 覚悟を決める■■■だったが…。
ペロリ
そんな間抜けな擬音が聞こえてきそうな程優しく、ゆったりと、■■■の顔を舐めた。
犬が主人に愛情を表現するように、何度も何度も。
そこでようやく気がつく。
(こいつ…。甘えてるのか……?)
少なくとも敵意が無いのは確かだと■■■は思った。
そして一通り顔を舐め終わった「竜」がまた、じいっと何かを期待するように見つめてくる。
大きな、紅と蒼の色違いの眼がうるうると潤んでいる。
(まさか、舐めろと?)
正直。嫌だった。何かの菌とかが着いていそうなものを舐めるなんて。
しかし……。
大きな瞳がどんどん潤んでいく。
眼で訴えかけられているような気がした。
罪悪感が徐々に■■■の心を侵食していく。
(ここで、こいつを不機嫌にさせるのは不味いよな…?)
自分の心にそう言い聞かせて、今だに違和感が拭えない体に指令を飛ばし口を開く。
そうして、「竜」の顔を舐めてみた。
ピチャピチャと舌を動かす音がやけにはっきりと響く。
意外と羽毛が柔らかく、舌触りがいい。
「♪~~~~♪」
「竜」が鼻歌のような唸り声を口ずさむ。そして満足したのか■■■の上から動いた。
予想していた様な悪い気はあまりしなかった。そして腹筋の要領で腰を挙げ、慣れない後ろ足を使い。何とか立ち上がる。
(成るほど。尻尾はこう使うのか)
立ち上がると、尻尾を支点にバランスをとるようになり竜の体の構造に思わず感嘆する。
とりあえずここはどこなのか把握するために周りを見渡してみる。竜の視界は広く、わざわざ首を大きく動かさなくても全体は直ぐに見えた。
淡く紫色に発光する壁や天井。
自分とこの「竜」の大きさから考えると、恐らくはかなりの大きさの祭壇。
壁や床に刻まれた意味の分からない文字と、絵。
どうやら先ほど卵から出てきたのと同じ場所にいるようだ。
但し、あの卵は片付けられていたが。
試しに祭壇の端までよたよたと尻尾でバランスをとりながら歩いていく。
一歩を踏み出す時間は遅いが、歩幅が大きいため端には直ぐたどり着いた。
そして……。
そこから見た光景を■■■は終生忘れないだろう。
眼下は巨大な竜の大群で埋め尽くされていた。
文字通り地平線の彼方まで、びっしりと。
ある竜は紅い甲殻と角を生やし、背中から火炎を翼のような形にしてその身に纏っていた。
ある竜は曲線を描いた透き通った蒼い鱗をしており、虹が翼の形になっていた。
ある竜はモグラを思わせる姿をしていた。
ある竜は……。
それら全てが規則正しく、軍隊のように同じ格好でしっかりと並んでいた。
あくまでも目測だがどの竜も自分の10倍以上はあるな、と■■■は思った。
どの竜も呻き声一つ上げていない。
「……」
■■■はあまりの威容に声も上げられない。否。見入っていたのだ。この凄まじい風景に。
敵意は無いみたいだが…。あれらに襲われたら、ひとたまりも無いということは見ただけで良く分かった。
後ろから、あの小さな「竜」がひょこっと顔を出す。
そして猫がするように顔をなすりつけてきた。
こちらもすりつけ返してやる。
とりあえず、落ちたりしたら危険なので、またさっきの場所に戻る。
出口も分からないので、今はここでおとなしくする事にした。
横になり体を動かして楽な姿勢を見つける。
(あぁ、これが楽な姿勢なんだ…)
奇しくもそれは猫などが丸まって眠る時の姿勢そのものだった。
直ぐに隣にあの小さな竜が来て、ころんっと丸まって同じ体勢になり、寄り添うように丸まる。
何かが起きるまで■■■はやることがないので、もう一度隣で丸まっている、竜をじっくりと観察してみる事にした。
もう、この「竜」に対する恐怖は完全に消えていた。
まず眼に入るのが、ふさふさの外観。全身を覆うのが鱗ではなく柔らかい羽毛なのは、まだ幼いからだろうと思った。
しかし、幼いと言ってもその大きさは余りにもでかい。具体的には某怪物狩人ゲームの雄火竜ぐらいかな? と、頭の中で比較をする。
(でも、凶暴性は向こうの方が遥かに上だけどね…)
初めて戦った時、ボロボロにされた記憶が浮かんできて、思わず内心で苦笑いを浮かべる。
何度も非常識を見せられて、既にある程度の抗体が出来た、■■■にはくつろぎながら竜を観察できる余裕が出来ていた。
だが、そんな時間も直ぐに終わりを告げる。
ズン、と。空気が、壁が、床が、そして五感のどれにも当てはまらない、いわば第六感とも言うべきものが【震えた】
■■■は飛び起きて、何が起きたのかを確認すべく祭壇の端へと四つんばいで走った。
隣で寝ていた「竜」も感じ取ったのか、起き上がりついて行く。但し、こちらは四つんばいではなく、二足歩行でだが。
立ち上がるのは初めてなのか、ふらふらと非常に危うい足取りで■■■の後を付いていく。
大量の竜たちが何かの通る道を作るように左右に綺麗に飛んで分かれていく。
同時に辺りに舞い散る、火の粉、羽、虹。
それら全てが薄暗い、部屋と言うには大きすぎる空間を照らす。
幻想的なその光景に心奪われそうになるが、今だ【震え】が止まらない以上、あまり見入ることはできなかった。
ナニかが一歩、また一歩と近づいてくるのを■■■は確かに感じていた。
そしてほどなくして、その存在。「神」が姿を現した。
幾らか非常識に慣れてきたといってもやはり限度というものがある。■■■は視界を覆う竜の頭を眺めながら改めてそう思った。
何せ、体が自分の意思に反して動けなくなる程の威圧感なのだ。もう少し出てくる姿を考えて欲しい。
そこで、ふと気がついた。どうして自分はこんなに暢気に、かつ冷静にしていられるのだろうかと。
考えてみても答えは浮かばない。唯、■■■は理屈など関係ない、何処かで確信していた。
即ち「この竜が自分達を害することはない」と。
ここで、■■■の頭に疑問が浮かんだ。自分「達」?
他に誰が? だが、この問いの答えは直ぐに出た。
■■■は自分の近くで呆然とした感じで竜を見上げる小さな「竜」を眼球を動かして、盗み見た。
あぁ、こいつはこの大きな竜を見るのは初めてだっけとか妙に冷えた思考で考える。
そして、もう一度巨大な竜に視線を移す。例え予想が外れて殺される事になっても、最後までその神々しい姿をその網膜に焼き付けておく為に。
竜もじいっと確かな知性を宿した瞳で■■■の顔を、眼を、その奥を、眺めてくる。
睨み合うわけでもなく。じっと相手の顔を見つめあう。
そして竜が今度は隣で呆然としている「竜」に向け、巨大な眼球を動かして、視線を移す。
視線を向けられた「竜」が石像のように固まる。
竜はそのまま値踏みするかのように見つめる。
そして。
そして、天を揺るがす咆哮が辺りを揺るがした。
低音と高音が見事に融合し、奏でる重音をまともに聞き、■■■は意識が飛びかけるが、何とか意識を繋げる。
これ以上自分の知らないところで事態が動くのは嫌だった。自分の眼でこの後の出来事を見たかった。
魂の底までも響きそうな雄叫びが収まるのを手で耳を塞げないので、目蓋をぎゅうぅっと力いっぱい閉じてじっと待つ。
そして、無限ともいえる時間が過ぎ去り、声が収まる。
頭の中が未だにちかちかするも、意識がまだあることに感動した。
だが、自体は予想もできない方角に進んでいく。
床が激しく輝きだした。
「……!!」
いや、正確には床に刻まれている文字が輝いているのだが、そんなこと■■■には関係なかった。
逃げる。という考えが浮かぶ前に「竜」と■■■を暴力的な光が無慈悲に覆い尽くした。
光が徐々に小さくなり、やがて完全に収まる。
「……」
何があったのかと、倒れこんでいた■■■は眼を保護していた腕をどけ、素早く回りに視線を走らせる。
そこでまた違和感を感じた。周りの物がさっきに比べて随分大きくなった感じだ。
そしてあの巨大な竜やあの「竜」もいない。
だが、そんなことより。今は体の感覚の正体を確かめるのが最優先だった。
(まさか……)
まさかと思い、期待を込めて、自分の手を顔の前に持っていく。
そこには、まごうことなき人の手があった。
握ってみる。動いた。
開いてみる。動く。
「もどってぃあ!!」
思わず、叫ぶ■■■だが、声が可笑しいことに気がついた。
声の高さも発音も何もかもが可笑しい。
いささか声が高すぎるし、何よりも舌が思うように動かせないことに気がつく。
「あ~~~~~。あっ、あっ、あっ、あっ、」
試しに何度も声を出してみるが、やはり高い。
まぁ、いいか、声ぐらい、と割り切ることにした。その内、風邪みたいに治るだろうと考える。
そこまで考えてはたと、気がつく。
自分が戻れたということは……。
素早く視線を巡らす。
……。
いた。
そして。
「人、間、、、、……?」
思わず、■■■は疑問系を口にした。
「彼女」一糸纏わず、呆然とした表情で地面にアヒル座りをしていた。
確かに「彼女」は人の形をしていた。
だが、人と呼ぶには、「彼女」は美しすぎた。
左右で紅と蒼の瞳はルビーとサファイアを思わせ、薄い紫がかかったショートヘアーの髪は光の加減でキラキラと輝いている。
完璧ともいえる顔の造形は未だ幼いながらも女神さえ凌ぐ美しさを誇っていた。
そしてそれらに違和感なく組み込まれた、人とは明らかに長さが違う耳。
しばらく放心したように「彼女」を文字通り穴が開くほど■■■は見つめる。
そこに。
「術は成功だな」
先ほど■■■の意識を闇に沈めた、男が歩いてきた。
見れば見るほど変な男だった。白い髪に、眼はカラーコンタクトでは出せないだろう鮮やかな紅と蒼のオッドアイ。
そして何より……。
(あの子に、似てる…?)
言葉では言い表せない部分でこの男と「彼女」は似ていた。
立ち上がろうとするが、足に力が入らず立てない。
どんなに力を込めても小さく震えるだけで全く動かない。
まさか、下半身不随!? と、顔を青ざめさせ、懸命に足に力を込める。
何としてでも立とうと悪戦苦闘する■■■に男が声をかける。
「無理をするなイデア、立てるようになるのはもう少しその体になれてからだ」
その声音は自分を気遣う物だった。
不思議と男の言が心にすんなりと入ってきて、■■■はふんばるのをやめる。
そして気になっていた幾つかの疑問の中の一つである次の疑問を口にする。
「い、で、あ、?」
即ち、イデアとは何なのか? である。
部屋で寝かせられる前にも聞いたその単語が気になったのだ。
ゆっくりと、確実に、不自由な舌を動かして、疑問のニュアンスで言う。
努力が功を制したのか、意味は男に伝わり、男は答えた。大したことではないかのように。
「お前の名だ、イデア」
「?、?、?、あ、…「受け取れ」
疑問の声をあげる前に男がナニカを投げよこす。いや、投げたのではない、文字通り「飛んで」きた。
それは綺麗な透き通ったゴルフボール程度の大きさの黄金色の石だった。
■■■の眼前までフワフワと浮かんでくる。手を差し出すと、ころん、と、掌の上に落ちた。
手の中に落ちたそれを注視してみる。まるで上質な蜂蜜を塗り固めた様な色をした石は今までみたどんな宝石よりも綺麗と思えた。
「それはお前のエーギルを圧縮して出来た石だ。大事にしろ」
エーギルという単語の意味は分からなかったが、とても大事なものだという事は分かった。
男がもう一つ同じ石を取り出すと、「彼女」の方へと飛ばした。
それを黙ってみていた■■■だったが、思い切ってまた気になっていた事を聞いてみた。
「あ、ん、た、の、な、ま、え、は、?」
男が眼球だけ動かして■■■を見ると、答えた。
「我はナーガ。お前達の親だ」
何やら聞き捨てならない単語があったが、今は無視してもう一つの疑問も問いかけた。
「か、の、じょ、の、な、ま、え、は、?」
自由に声を出せない自身の舌と喉を恨みながら、なんとか声にして問う。
掌に黄金色の石を落とされた、「彼女」を見ながら。
「あの者の名はイドゥン。お前の姉だ」
姉、という単語にピクリと反応する。
だが、男の次の行動で頭の中は真っ白になる。
男、ナーガが小さく指を鳴らす。
ポンッとコルクがとんだ様な音がすると同時に体に何かが付着したと触覚が伝えた。
未だ倒れ付したままの自分の体を見てみる。
いつ着替えたか分からないが、いつの間にか白いマントのような物を着ていた。
それを見届けたナーガが言う。
そして。
「さぁ、お前達はここまでだ。後は部屋で休むといい」
「ま…」
待って、と言うまでもなく指を鳴らし、二人の世界が反転した。
ポスっと柔らかい音を立てて二人が落ちたのは王族もかくやという天蓋付の豪華なベットの上だった。
「あいしゅ…、はなひをきかにゃいで」(あいつ…話を聞かないで)
まだ聞きたいことがいっぱいあるのに、無理やり自分を飛ばしたナーガに一通り文句を言う。
更には間の抜けた声しか出せない自分が嫌になってきた。
「はぁ……」
そうしてまたため息を吐く。それで思考を何とか切り替える。
即ち、なぜ、ではなく。どうするか、に。
と。
“クイクイ”
浴衣みたいなマントの袖を誰かに引っ張られたのでそちらを見る。
「…………」
イドゥンが言葉を出さずともさっきと同じ眼で何かを訴えていた。
片手に枕を持っているということは眠りたいのだろうだと■■■は理解した。
「あぁ、わひゃったよ。さきにねてひて」(あぁ、分かったよ。先に寝ていて)
それで意味が伝わったのかイドゥンがベッドに潜っていく。
自分の枕の隣にもう一つ枕を置いて、眼を閉じる。
すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。
イドゥンが完全に眠った事を確認した■■■はさっきから気になっていた事柄の解を得ようと思い、ベットの近くの鏡まで這っていき、自身の顔をそこに映す。
■■■が思ったとおり、そこには■■■の顔は映ってなかった。
金色の柔らかそうな髪。後は何から何まで、姉だと言われたイドゥンそのものだった。
一つあえて違う事をいえばイドゥンは女で自分は、イデアは男だと言う事ぐらいか。
ある程度予想はしていたことだと、自分に言い聞かせて、何とか平常を保つ。
そして、また這いずってベッドに戻り、イドゥンの隣に潜り、目蓋を閉じる。願わくばこれが悪い夢だと微かな希望にかけて。
いわゆる不貞寝であった。
そしてイデアは、今度こそ自分の意思で眠りについた。
おまけ
ファイアーエムブレム風キャラクターステータス
名前 イデア
クラス マムクート
LV 1
HP 15
力 1
技 2
速さ3
幸運8
守備1
魔防8
移動4
体格1
属性 理
あとがき
とりあえずイデアのイメージは色違いイドゥンでお願いします。
あぁ、自分には某B氏のような更新は……orz
所で皆様に質問なのですが、イドゥン好きはマイナーでしょうか?
では、次回の更新にて。