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No.6379の一覧
[0] マブラヴ ~新たなる旅人~ 夜の果て[ドリアンマン](2012/09/16 02:47)
[1] 第一章 新たなる旅人 1[ドリアンマン](2012/09/16 15:15)
[2] 第一章 新たなる旅人 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:35)
[3] 第一章 新たなる旅人 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[4] 第一章 新たなる旅人 4[ドリアンマン](2012/09/16 02:36)
[5] 第二章 衛士の涙 1[ドリアンマン](2016/05/23 00:02)
[6] 第二章 衛士の涙 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[7] 第三章 あるいは平穏なる時間 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:38)
[8] 第三章 あるいは平穏なる時間 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[9] 第四章 訪郷[ドリアンマン](2012/09/16 02:39)
[10] 第五章 南の島に咲いた花 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[11] 第五章 南の島に咲いた花 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:40)
[12] 第五章 南の島に咲いた花 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:41)
[13] 第六章 平和な一日 1[ドリアンマン](2012/09/16 02:42)
[14] 第六章 平和な一日 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[15] 第六章 平和な一日 3[ドリアンマン](2012/09/16 02:44)
[16] 第七章 払暁の初陣 1[ドリアンマン](2012/09/16 19:08)
[17] 第七章 払暁の初陣 2[ドリアンマン](2012/09/16 02:45)
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[6379] 第二章 衛士の涙 2
Name: ドリアンマン◆74fe92b8 ID:6467c8ef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/16 02:38

 蒼い光に照らされた通路に、カツンカツンぺたぺたと四人の足音が響く。
 それぞれに硬い表情で歩く三人の後に続きながら、冥夜は不安に心を乱していた。これから鑑にまみえようというところで、一体どのように自身を処すればいいのかわからなかったのだ。

 白銀武と鑑純夏。
 二人がどれだけ想い合っているかなど、恋愛ごとに疎い冥夜にしても明らかだった。
 かつて、すでにこの世にいないのだ、と幼馴染のことを語った武。それは失ってなお、その相手を深く想っている男の姿だった。
 そして、オルタネイティヴ計画という中にあっての奇跡的な再会。しかしようやく出会えた少女は、重い病を押しながら人類の為に最前線で重責を担わねばならない立場だった。
 結果、時すらも越えて巡り会った恋人とも、その逢瀬は僅か一月足らず。それが武にとってどれほど重いことだったのか、冥夜には推し量ることすらおこがましいと感じられた。

 ───時を遡って、ともに戦った事実が失われても、相求め合ったふたりの関係はなんら変わらない。その絆の深さも、その関係の長さもかけがえなさも、私など遠く及ばぬ。だというのに、死に逝く己にせめてもの慰めが欲しいと甘え、私は分を弁えずタケルに想いを告げてしまった。
 斯様な私が、どの面下げて鑑に会おうというのか───

「ここよ」
 自責に沈む冥夜の意識を夕呼の声が覚ました。迷いの晴れるひまもなく、早々に目的の部屋へと着いてしまったのだ。前に進むのを躊躇う冥夜の思いとは裏腹に、スライドドアは至極滑らかに開いた。



 開かれたドアの先には、蒼い光。
 その光を発する奇妙なシリンダーを囲むようにして、部屋中にケーブルが走っている。
 冥夜は目の前に見える光景と自らの予想との隔たりに、戸惑いを隠せずにいた。

 ───鑑は、今は病重い身ではなかったのか? あの時、副司令はそう仰っていたはず。

 『前の世界』で初めて純夏に会ったときの事を思い出して、そう考える冥夜。
 しかし、眼前の部屋はどう見ても病人の療養するような場所ではない。そもそも今開いたドア以外に出入り口のない、ひとめで見渡せる程度の部屋だというのに、明らかにその中には人の姿などないのだ。 
 部屋へと入る三人に続きながら、冥夜は入り口の影や部屋の隅に目を遣っていた。中央のシリンダーに脳髄が収まっているのは見て取っていたが、彼女の意識からは逸らされていたのだ。あるいはそれは、無意識に不吉な予感を感じていたがゆえの逃避であるのかもしれなかったが。

 ドアからやや入ったところで、武が足を止めた。
 部屋の中央をじっと見つめるその姿に冥夜が気付き、その視線を追って同じものを見る。そこには、ひとり夕呼がシリンダーの傍まで歩み寄っていた。


「紹介するわね。彼女が───鑑純夏よ」


 『それ』に触れようとするように、シリンダーに手をついて言った夕呼の言葉は、冥夜の予感を完全に実体化させた。
「そ……それ、が……?」
 目覚めてから余りに衝撃の強い事実に曝されすぎたせいもあるだろう、普段の気丈さを忘れ果てたようにか細く震えながら、冥夜はかろうじてつぶやく。それに答えたのは横にいた武だった。

「BETAにやられたんだ……」
 その言葉で隣に振り向く冥夜。彼女が見た横顔は、静かな怒りを滾らせていた。
「三年前の横浜侵攻で、純夏は奴等の捕虜になった。地球侵略の邪魔になる、人間という存在を研究するための実験材料としてな」
 武は前を見つめたまま、淡々と言葉を紡いでいく。

 捕らえられた純夏が、BETAの手で様々な人体実験を受けたこと。
 その果てに身体を、器官をどんどん削り取られ、最終的に脳と脊髄だけの姿、目の前のシリンダーに浮かぶ姿になったということ。
 捕虜になって一年、明星作戦によって横浜ハイヴが制圧された際、同様に脳だけの姿にされた人間が数多く見つかったが、生存していたのは彼女ひとりだけだったこと。

 そこまでを聞いた冥夜は、今にも倒れそうな状態だった。
 武の説明は夕呼に話したときとは違い、冥夜を思って実験の内容に関してはあえてぼかしたものだったが、そのあえてぼかしたという事実から、そして自らの経験から、純夏が何をされたのかは嫌でも理解できてしまったのだ。
 それを一年。なんという───

 冥夜が畏れに体を震わせていた最中も、武の言葉は続いていた。
「───この部屋は、BETAの実験施設をそのまま使っているんだ。反応炉に繋がったあのシリンダーの中にいる事で、かろうじて純夏は命を保ってる。今はそれ以外にあいつを生かす方法はない」
「……ま、待て! そ、それでは私が知っている鑑は一体何なのだ!? 生きて、歩いて……タケル、そなたとて───」
 たまらず反論する冥夜だったが、その言葉を夕呼が遮った。ここからはあたしが説明するわ、と言って冥夜の疑問に答えていく。オルタネイティヴ計画についてはやはり夕呼が専門なので、武はおとなしくそれを任せた。


「あんたの知ってるっていう鑑が何なのか、ちゃんと説明しようとすると、結構長くなるんだけどね。まず言っておくと、あの明星作戦でBETAの捕虜という状態から唯一生還した鑑は、オルタネイティヴ計画にとっては最重要の実験素体なのよ」
「な──ッ!」
 まるでBETAと同じような扱いであるような夕呼の言い様に、思わず声を上げる冥夜だったが、夕呼は全く構わず話を続けた。そんなことは何でもないことであるような冷徹さに、冥夜も口を噤まざるを得ない。
「00ユニット───。オルタネイティヴ4の目的は、BETA相手の諜報活動を可能にする事にあるわ。00ユニットはその為に絶対必要な装置」
 そこまで言って、急に夕呼は冥夜に質問を投げかけた。

「御剣、BETAという存在そのものについて、今人類が知っている事はどんなものがある? ああ、『前の世界』であたしが話した事は別として」
「は…………、BETAが炭素生命体であることや、人類を生命体とみなしていないこと……などでしょうか」
 話題が変わったせいか、冥夜の震えもややおさまった。問われた事の意味を少し考えて、いくらかは力強く答える。
「そう。本質的にはそれが全て。オルタネイティヴ4の前身である1から3までの計画では、なりふり構わずBETAにコンタクトを取ろうとしたのだけど、たったそれだけの情報を得ただけでみな失敗に終わった。オルタネイティヴ4はその失敗を受けて、あたしの発案を基に始められたのよ」

 薄暗い部屋の中、脈動する蒼光に照らされながら、夕呼は前身の計画、特にオルタネイティヴ3について詳しく話していった。

 人間の思考を読むリーディング・プロジェクション能力者達、人工ESP発現体の存在。
 彼等にBETAの思考を読ませるため、人工授精で大量生産し、能力を高めていったこと。
 最終段階では彼等は戦術機に乗ってハイヴに突入したものの、生還率僅か6%という犠牲を出しながら、計画は失敗に終わったこと。
 すなわち、BETAに思考があることだけは証明されたものの、奴らは人間を生命体と認識しておらず、人類側からの一切のコンタクトが拒否されたという事である。
 そして、それならば大戦初期にBETAが見せた反応に鑑み、コンタクトする側が人間ではなく機械であればどうだという考えで始まったのがオルタネイティヴ4だということ。

「00ユニットは、その目的の為にオルタネイティヴ4で開発している超高性能のコンピューターよ。オルタネイティヴ3の成果を接収して、リーディング能力とプロジェクション能力を付与し、BETAから情報を盗み出す事を目的としているわ。ちなみに00ユニットって名前の由来は、生体反応ゼロ、生物的根拠ゼロというその特性からね。今はまだ完成していないけど、あんたが『前の世界』で聞いたBETAの戦術情報伝播モデルや、オリジナルハイヴを含めた地球上の全ハイヴのマッピングデータ、BETAの初期配置情報などは、稼動に成功した00ユニットによってもたらされたものなのよ」

 そこまで一息に説明されたオルタネイティヴ計画の経緯と、『この世界』ではまだ得られていないその成果。
 しかし、冥夜はその内容については驚愕を伴いつつ理解したものの、それが純夏とどう繋がるのかが理解できず、思わず疑問を口にしていた。

「リーディングというのは対象から読み取った概念を翻訳する作業だからよ。その作業を行う事は、ただの機械にはできない。人間的な思考を持っている必要があるの」
 その意味が正確に理解できているかは自信がなかったが、とにかく質問の答えを聞いて、冥夜は今日幾度目になるかという不吉な予感に身を包まれた。
 それを取り払うどころか、濃くしていく勢いで夕呼の説明は続けられる。

「00ユニットの根幹は、量子電導脳という超並列コンピューター。それはあたしの研究している、因果律量子論という理論に基づいて作られている。詳しい説明は省くけど、それは要するに無限に存在する並行世界をつなぐ事で機能する装置なの。ただの一機で、現在地球上に存在する全てのコンピューターを足し合わせても及ばない程の演算能力を持っているわ」 
「は、はあ……」
 いきなり聞いた事もない理論の名が出て、説明はオカルトじみた方向に傾き、更に00ユニットの途方もない性能を聞かされ、さすがに冥夜も困惑する。それを見て取ったか、夕呼は少し話を変えた。

「御剣、ちょっと手を上げてみて」
 そう言われて、思わず右手を上げる冥夜。いきなり何なのかと思っていると、すぐに説明が入った。
「今あんたは右手を上げた。右利きならそれが自然なんでしょうけど、気分によってはたまたま左手を上げることがあったかもしれない。今の瞬間、世界は『御剣冥夜が右手を上げた世界』と『御剣冥夜が左手を上げた世界』に分かれたのよ。世界はそんな風に常に確率分岐していて、無限という表現が馬鹿馬鹿しくなるほど膨大な、あらゆる可能性の並行世界が存在しているの。わかる?」

 夕呼の説明は、SFやマンガの溢れる『元の世界』出身の武には聞き慣れたものでも、娯楽の乏しいこの世界で生まれた冥夜には少々つかみづらいものだった。理解するのに四苦八苦しているのは周囲の三人の目にも明らかで、なんとか把握して夕呼が再び話し出すまでしばらくかかった。

「その数多の世界からは、常に情報が世界の狭間、虚数時空間に漏れ出している。そして人間は誰しも、無意識のうちにそれを捉える能力を持っているのよ。虫の知らせとか、予知能力者とか、強運の持ち主なんてのは、因果律量子論的にはみんなその能力の高さを表しているものなの。それは世界と世界をつなぐ能力。00ユニットはその能力を利用して稼動するのよ」
 ここまで来ると、武でも理解するのが大変だった領域だ。冥夜がきちんとイメージ出来ているかは極めて怪しかったが、今度は夕呼は時間を待たずに話を続けた。

「で、鑑の事に話は戻るんだけど、彼女はBETAの捕虜になって人体実験を受け、脳と脊髄だけの姿になりながらも生還した。その奇跡的な幸運……いえ、悪運と呼ぶべきかしらね。とにかくその強運は因果律量子論的に極めて高い能力を示しているわ。また、彼女はBETAの捕虜となっていた事から、BETAにコンタクトする際に奴等の興味を引く可能性も極めて高くなる。00ユニットの素体として、まさに最高の適性の持ち主だったのよ」
「00ユニットの……そ、たい……?」
 もはや不吉な予感は、黒い靄の如く冥夜の心を覆っていた。
 そして、火の点いた導火線がその長さを縮めていくかの如く、夕呼の言葉は淡々として止まらない。

「そうよ。あの脳と脊髄だけの姿から、まともな人間に戻す事なんかできないのはわかるでしょ。00ユニットっていうのはね、量子電導脳というコンピューターに人間の脳の情報を全て転写し、炭素原子を一切使わずに組み上げた機械の躰をあてがって動かさせたもののことなのよ。あんたが会った『鑑純夏』はそれってわけ」
 夕呼の言葉は余りに辛辣だった。理解を拒むには余りにも明快だった。
 その言葉に塗り替えられたかのように、冥夜の記憶の中にある純夏の姿が一瞬何かおぞましいものに変わった気がして、震える唇から、決して言ってはいけない言葉が溢れ出てしまった。

「そ……そんな……。それでは、あれは……人間、では……」

 ─────────ッ!

 取り返しのつかない言葉を吐いてしまったことに気づいた冥夜は、体を竦ませ、怯えた目で傍らを振り向く。目を合わせた男の瞳は、深い悲しみをたたえていた。
 その目が自分を弾劾しているように感じ、冥夜の思考が渦を巻く。


 人類の仇敵の手で、この世の地獄のような陵辱を受け、あのような姿にされた鑑。
 00ユニット、機械、作り物、コピー、紛い物。
 凄乃皇を駆る鑑。
 泣き腫らしていた鑑。
 プレゼントの相談を持ちかけてきたタケル。
 タケルと笑いあう鑑。
 オリジナルハイヴで、何度も我等の命を救ってくれた鑑。
 私は、私は───


 目に見える景色が歪み、冥夜の意識が途切れる。
 気が付いたときには、床に跪いて武と霞に介抱されていた。周囲には、空っぽの腹から出せるだけの胃液が吐き散らかされていた。
「……大丈夫、ですか?」
 震える背に小さな手を添えて、霞が声を掛ける。息を荒くしながらも、冥夜はなんとか大丈夫と答えた。
 二人の手に包まれて、徐々に呼吸はおさまっていく。蒼い光は変わらず彼らを照らしていた。



「まあでも、あんたの意見は正しいわよ、御剣」
 ようやく落ち着いて、しかし未だ膝を突いて俯いたままの冥夜だったが、その彼女に対して夕呼の話は容赦なく再開された。
「たとえ人間のように見えても、00ユニットの思考は元の人間の思考をデジタルでエミュレートしているに過ぎない。あんたの知っている鑑純夏は人間じゃあないわ。ただの作り物。ただの擬似生命。まあ量子電導脳に人格を転写する際に元の人間は死んでしまうから、あんたが彼女に会った時には、本物の鑑純夏はもうこの世にいなかったってことね」

 最後に示された事実を知って、冥夜は反応した。俯いていた顔を上げてシリンダーに収められた脳髄を見つめ、次いで武に顔を向ける。
 00ユニットである『鑑純夏』が生まれれば、すなわち本物の『鑑純夏』が死ぬ。そして、もちろん武はそれを知っている。

「それで……それで、タケルは……よいのか? 鑑、を……」

 搾り出すようなその言葉を聞いて、武は淡雪のような微笑を浮かべた。泣き笑うような表情だった。
「苦しくないって言ったら嘘になるよ。けど、人類の為には必要な事なんだ。それに、あんな状態で生きていくより、たとえ作り物でも自分で選べる未来があった方がいい。純夏もきっとそう思ってる───」
 冥夜の隣に座った霞が、コクン、と頷く。
「───ただ生かされているのでは意味がない。そこに自分の意思があり、それが反映されて、初めて人は生きていると言える。冥夜、おまえの───いや、おまえの知らないおまえの言葉だよ」
 それは、かつて武が天元山で聞いた言葉。今の冥夜にはわからなくても、それが重く刻まれた言葉であることはわかった。

「そして、何よりもオレが純夏に会いたい。会って話して、この手で抱きしめたいんだ。身体や心が機械だろうと、そんなことオレにとっては何も関係ない。純夏は純夏だ。本物も偽者もない。かけがえのないオレの半身なんだ」

 迷いない瞳でそう語った武の言葉を聞いて、冥夜は強く複雑な思いに駆られていた。

 ───何が自らの及ぶべくもない二人の絆か……っ。何も知らずに、何もわからずに、そのような安い言葉で彼等の絆を測ろうなどと。なんと愚かな女なのだ、私は……。

 そう自らを責め、しかし同時にそう語る武に、その武に想われる純夏に、まぶしさとも言うべき感情を抱いて胸を熱くしていたのだ。

 そんなところだったが、水を差すように夕呼の声が掛かった。
「さて、あたしが話す事は大体済んだし、そろそろ失礼させてもらうわ。あとは白銀、あんたが話しなさい。まあ積もる話もあるでしょうからね」
 そう言って部屋を出ていく夕呼。彼女が出ていくと、その後は随分と静かになってしまった。



 その後しばらくして。冥夜が色々と考え込み、武も話しかける切っ掛けが見つけられず、霞はもとより無口で、そろそろ沈黙が重くなっていたところで、突然スライドドアが開いた。
 びっくりして三人が顔を向けると、そこには先ほど出ていった夕呼が大きなトレイを持って立っていた。

「予想通り雰囲気重そうねえ。あんたたちみんな夕飯食べてないでしょ。腹が満ちれば少しは気分も軽くなるだろうから、厨房行って頼んできたわ」
 そう言って、三人に食事を渡す夕呼。三日間眠っていた冥夜にはおかゆを、武と霞にはさば味噌定食、あとは緑茶。もちろん合成だが、京塚印の食事だ。
 見るとまだ湯気が立っていて、夕呼がここまで急いで持ってきたのがわかる。武は丁寧に礼を言って頭を下げた。
 照れ隠しにか何事か軽く悪態をついて、今度こそ夕呼は執務室に戻っていったのだった。


「ごちそうさまでした」
 三人が食事を食べ終わり、夕呼の言葉どおり空気が柔らかくなったところで、武は冥夜に声を掛けた。

「なあ冥夜、つらい事思い出させるようで悪いんだが、もし良ければ、委員長達のことを聞かせてくれないか。あいつらが主広間でどう戦ったのか、オレはほとんど知らない。それを語り継ぐ事はできないかもしれないけど、どうしても知っておきたいんだ。S-11で主広間のBETAを根こそぎ吹っ飛ばした後、みんなはどうなったんだ?」
 その言葉を聞いて冥夜は居住まいを正す。武と純夏のこと、00ユニットのことは、未だ整理出来ようはずもなく胸の中にわだかまっていたが、大事な戦友の事となればまた別次元の話だ。
 今日会った仲間達が自らの知る彼女らと別の存在であることは、もう理解できている。となれば仲間の死に様を、ひいては生き様を語るのは衛士の務め。そう思って了解し、冥夜は語り始めた。


「───あのとき、主広間のBETAを殲滅した後、優に10万を超える増援が崩落させた後方の広間を抜けて迫ってきていた。そこで私が横坑の構造力学的な弱点を算出して、残った二発のS-11で横坑を崩落させて足止めをしようと提案したのだ。タケルもデータは見たであろう?」
「ああ、崩落の振動が伝わってきたときにな。それを見て、一目で冥夜の作戦だと思ったよ。ハイヴの話じゃないけど、前の未来で丁度同じような作戦をおまえが考えたからな」
 答えて笑う武を見て、冥夜も唇の端を吊り上げる。
「ふふ、まあ提案者であるのだから、彩峰のS-11も持って私が設置に行くと言ったのだが、あやつが自分が行くべきだと異論を申してな。言い争いになってしまったので、榊の事は指揮官だと認めて従ったのに、副隊長である私はいまだに認められていないのかと言って黙らせた」
 そう言われて悔しそうに黙り込む彩峰を想像して、武はぷっと吹き出す。冥夜も笑い話のような口調で先を続けた。

「ところが、これで話は決まったかと思ったところで榊が横槍を入れてきてな。隊長権限で私から役目を奪い取っていったのだ。トライアルの時の事を引き合いに出して、自分の指揮する部隊では、白銀を助けに行くのは副隊長の仕事だなどと言いおってな」
「委員長……」
「これ幸いとばかりに彩峰も尻馬に乗って、結局二人が爆破に、私がタケルのもとに向かう事になった。まったく、ああいう時だけは息が合うのだからな、あやつらは……」
 冥夜の冗談に、一旦信頼し合えば誰よりも息の合ってた二人だよ、と心の中で突っ込んで、武はわずかに瞑目する。冥夜もそれを見て、武が目を開くまで話すのを止める。
 その間、二人の脳裏には榊と彩峰の様々な姿が浮かべられていた。そばで話を聞く霞もまた、二人の思いからその姿を感じ取る。温かな空気が流れた。

「これ以上は私も知らぬ。ただ崩落後第一隔壁でいくら待っても、結局二人は帰ってこなかった……。おそらく、本隊から先行するBETA群に邪魔されてS-11の設置がままならず、爆破ポイントに陣取って自爆して果てたのだろう。ふたり同時にな……」 
「そうか……。きっと、一世一代の息の合わせ方だったんだろうな……やっぱりすごいよ、あいつらは」
「………………うむ……」
 再開した冥夜の話はまたすぐに途切れた。けれど、今度は沈黙は続かなかった。

「……立派な……人たち、だったんですね……」
 そう霞がつぶやくように言ったからだ。
 「ああ」「うむ」と、言葉少なにうなずく二人。
 それを区切りに、話は珠瀬と鎧衣のふたりに移っていった。


 第一隔壁の脳で開閉作業をしていたふたりを守っていた冥夜だったが、横坑の崩落を機に、美琴に「先に第二隔壁に行け」と言われたこと。
 渋る冥夜に、武も知っていた通り遠隔制御装置の設定ミスという理由が告げられた。
 しかし、いざ冥夜が第二隔壁まで到達してみれば、設定ミスなどないどころか、第一隔壁の脳に設置してあるはずのS-11までそこにある。みなに気遣われていたのは、武だけではなく冥夜も同じだったという事だ。

 苦々しそうに、しかしどこか嬉しそうに冥夜はそう語る。武も同じ立場として胸に染み入る思いだった。

 ともあれ武を誤魔化してふたりのもとまで舞い戻り、美琴を問い詰める冥夜。そうしてみれば、主広間のBETAをS-11で吹き飛ばしたとき、その余波で珠瀬の開閉装置が故障したからだと言う。
 修理できる保証がない以上、第一隔壁の閉鎖はできない前提として追撃してくるBETAを改めて吹き飛ばす為に、最後のS-11を横坑内に置いてきたのだと。
 それはすなわち、首尾よく修理が叶えば隔壁を閉鎖した後、鎧衣ひとりが外に残り、脳をその手で破壊する。つまりその場で死ぬつもりだったということだ。
 そして、幸か不幸か修理は叶った。
 「タケルのもとに行け」という言葉に抗えず、隔壁閉鎖前に横坑に飛び込んだ冥夜だったが、美琴はおろか、完全閉鎖の直前まではここを守ると言っていた珠瀬まで後をついてこない。
 そんな中、ハイヴの壁を破って大規模なBETAの増援が直接主広間に現れた反応があり、ついに隔壁が完全に閉鎖された。

「その状況でも、横坑内にふたりの反応は無かった……。あれだけの増援を相手に、弾薬も尽きかけたあの者等二人だけではどうしようもあるまい。だが、その後時間がたっても、隔壁が開く事はなかった。鎧衣と珠瀬は……雲霞の如くBETA共がひしめいていたであろうなか、見事脳は破壊してみせたのであろうな……」

 決して犬死にはしない、というヴァルキリーズの隊規。それを守り切った仲間達の戦いを冥夜が語り終えたとき、武の目からは、大粒の涙が後から後から流れ落ちていた。それはこの新たな世界に来て以来、武が初めて流した涙だった。
「……タケル……、そのように、涙を流すのは、衛士の流儀に反するであろう……?」
 そう言う冥夜の目からもまた、熱い涙が零れていたが、武はそれには触れずに言い返す。

「ばか……これは、嬉し涙、だよ……。みんなが、最後まで……立派に戦い抜いたって知って、嬉しいんだ。……嬉しいときにも泣いちゃいけない、なんて、そんな流儀……オレは、誰からも習っちゃいない…………」

 それを聞いて、泣きながら、笑いながら沈黙する冥夜。
 静かに涙を流す三人を、ただ蒼い光が照らしていた。





 ややあって、ようやく全員涙がおさまり、くしゃくしゃになった顔を拭き終わった頃、武がぽつりと漏らした。

「ところで冥夜、明日説明はどうする?」

 それを聞いて、意味がつかめず、どうするとは? と聞き返す冥夜。
「いやな、委員長達や月詠さん達への説明をどうするかってことだよ。おまえが起きたとき、オレの名前呼びながら抱きついて、思いっきり泣き腫らしたからな。まさか真実を話すわけにもいかないし、一体どうすれば辻褄合わせられるかって」
 途端に冥夜の顔が耳まで真っ赤に染まる。あわあわと慌てふためく彼女に武は、特に月詠さん達が厄介だ、と言って自分が記録上三年前の横浜で死んでいる事や、二日前に彼女らに色々と余計な情報を漏らしてしまったことなどを伝えた。
 そうして、明日どう対処するかを話し合う三人。一長一短の案が数々出たが、結局武の案で無理やり押し通そうということになった。


 その後も、武と冥夜は様々な事を話し合う。
 武が知ったBETAの正体と目的、そのとき晒された珠瀬の亡骸、横浜に戻って、短い間に会った人たちのこと、あるいはもっと日常的な『前の世界』の出来事など。
 冥夜にとって胸の一部に重石のような思いはあったが、それでも話の弾む話題は尽きる事がなく、霞が途中で眠ってしまった後も(執務室から毛布をもらってきて、シリンダールームで眠った)、二人の話は翌日の朝、彼女が起きるまで続く事になった。



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