高城さんち4票vs毒島さんち3票vs南さんち1票の戦いでした。
南さんちにちょっと惹かれたのは頂点秘密。
17:03 微修正。
/*/
全てが終わってしまった日の前夜───俺は夜更かしをした。
「また"内職"か? 士郎」
顔を上げると、目の前には幼馴染の顔があった。
誰もいない電気工作室で、そいつは机に手をついて俺の手元を覗き込んでいる。
「なんだ、孝か」
「何だとはご挨拶だな」
「む、悪い」
「いいけど。それにしても、お前ホントそういうの好きだよな」
と、俺の手元を指差して言う。
そこにはマットブラックの大振りなヘッドフォンが、ばらばらに解体されて部品ごとに並べられている。
間違いなく俺が分解し、今から組み立てなおそうとしていたものだ。
「別に好きでやってるんじゃないぞ」
そもそも俺の私物ではないのだ。
A組の森田に修理を依頼されたものだった。何でも音の調子が悪いらしい。
振動板辺りがやられてると手に負えないのだが、幸いにも配線の一部が接触不良を起こしているだけだったのでそう手間はかからなかった。
「だから、"そういうの"好きだよなって言ってんだよ」
孝の視線が横にずれ……腕時計だとか、パソコンのマウスだとか、果ては灯油ストーブだとか。
俺の机の周りにはそんな感じでモノがあふれ、そのどれもが故障している。
なるほど、言い返せない。
まあ困ってる人を見ると放っておけないというのは、好きというより性分なのだが。
「相変わらずお人よしだな、士郎」
「コイツはビョーキなの。もっと言ってやってよ、小室」
呆れ顔の孝に応えたのは俺……ではもちろんなく。
いつの間にか工作室の入り口に立っていたツインテールの美少女だった。
「沙耶」
「高城か」
美少女こと高城沙耶は、校内屈指の天才少女であり、何を隠そう妹……いや、姉……彼女と出会って7年が経つがいまだにここは決着がついていない。
ともかく俺の今の家族の1人だ。
「またこんなに押し付けられて……。アンタね、断るとか拒否するとかそういう言葉知らないわけ?」
「無理なものは無理って言ってるぞ」
「これだから……」
はぁ、と盛大に息を吐き出す沙耶。っておい、なんで孝までやれやれみたいな顔してるんだ。
さっきまで1人で静かに作業に没頭していたのに、気づいたら幼友達2人に囲まれてため息をつかれている。なんでさ。
「で、何してたわけ? あんたら2人そろってるのって珍しいんじゃない?」
気を取り直して言う沙耶の言葉に、俺は首をかしげる。
珍しいだろうか?
確かに言われてみると、こうして差し向かいで話すのは久しぶりかもしれない。
小学校の頃はしょっちゅう一緒に遊んでいたし、中学の頃もよくつるんでいた。
高校に入ってからだろうか? 孝は井豪とよく一緒にいるようになり、話す機会も少なくなった。
いや……俺のせいかもしれない。
考えてみれば中学の中ごろからだ。俺が"違和感"を少しでも解消したくてあがくようになり始めたのは……。
「そういや士郎と2人でってのはこのところなかったかもな。昔はよく一緒に遊んでたのになあ」
そうそう、孝の言葉に小さかった頃を思い出す。
あの頃は4人でいろいろやったものだ。
「何かにつけ俺と孝でやらかしては、沙耶と宮本に……」
孝の顔に苦いものが浮かんだところで、口を滑らせたことに気づいた。
バカ、と沙耶が小突いてくる。
「気ぃ使うなよ。麗のことはもう整理できてるよ」
少し目を伏せていう孝に、だったらそんな顔はしない、などといえるはずがなかった。
そう、昔は4人一緒だった。俺と沙耶と孝と、宮本麗と。
決定的に俺たちの間に溝が出来たのは、宮本が留年し、そして井豪と付き合いだしたあの頃だろう。
俺も詳しい経緯を知っているわけではなく、幼い頃から2人を知っていればこそ、口を出すのは憚られた。
あの頃から2人は本当に仲がよかった。きっとこのまま一緒に育っていくんだろうなんて、俺は無邪気にもそう考えていた。
井豪を責めるつもりはない。むしろ俺は、何もしてやれなかった自分のふがいなさを悔やんでいた。
俺は困ってる人を助けたいなんて思いながら、友人たちの抱えていた悩みに気づくことも出来なかったのだ。
俺が……いや、俺じゃなくても、頭のいい沙耶とでもフォロー出来ていれば、2人の関係はまだ違ったものになっていたかもしれないのに。
工作室の中に重い沈黙が落ちる。
それを、沙耶が首を横に振りながら破った。
「あー、もう! ウザいったらないわ!」
「沙耶……」
「バカ2人が陰気な顔してるから余計バカに見えるじゃない! バカの癖にうじうじしてるんじゃないわよ!」
「バカバカって、ひでえなおい」
「フン、アンタがバカだって教えてやってるのよ、小室。少しは頭のいいバカなんだから、教えてやれば自分がバカだってわかるでしょ」
これは酷い。
バカのオンパレードに孝が飲み込まれていく。ああほら、どんどんテンションがダウンしていく。
やがて孝はふらふらと体を反転させると、戸口に向かっておぼつかない足取りで歩き出した。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「いや……まあ、俺はもう行くよ。あんまり根つめるなよ、士郎」
「あ、あぁ」
そして出て行く孝……いや待て、ここで俺一人置いていかれると……ッ!
「で、士郎。アンタはもっと悪いバカよっ。自分がバカだって言ってもわからない最悪の……」
ああほら案の定矛先が俺に───!
結局沙耶のお説教は20分以上続いたのだった。
「私は先に戻るけど、アンタもとっととこんな埃っぽい部屋にこもってるのやめなさいよね」
というありがたいお言葉を残して、沙耶もまた部屋を後にした。
しかし1人で部屋にこもってるのは、集中できるというのもあるがそれなりに大きな理由があってのことだ。
組み上げたヘッドフォンに右手をかざし意識を集中させる。
「……同調開始」
──どこも問題なし、と。
これこそ、俺がこうして1人で人目を避けるようにして作業にいそしんでいた理由だ。
──魔術。
正直に言えば、俺が勝手にそう呼んでいるだけで、本当はもっと何か違う超能力のようなものなのかもしれない。
なんていうと痛い人のようだが、出来るものはできるのだから仕方がない。
これで何が出来るかといえば、こうしてモノを"解析"することと、出来損ないの複製品を作ること。
それがなんという名前なのか、俺にとってどういう意味があるのか。
おそらくこれは、俺のなくしてしまった7年以上前の記憶と何か関係があるのだろう。
そう、高城家に引き取られるより以前……冬木という街に住んでいた頃の記憶と。
ともかくあまり人に見せられたものではない。
というか、傍から見たらぶつぶつと呪文を唱えるアレな人だ。俺の魔術は地味なだけに殊更。
魔術師とはままならないものだなー、なんて人に言ったら笑われるな。
ついでに言えばこの藤美学園の全寮制というスタイルは、魔術の鍛錬にはもってこいだったりする。
「さて、と……ふあぁ」
いかん、森田に頼まれて一晩越しで仕上げたせいか眠くて仕方がない。
まだ昼休みの時間は残ってる……一眠りしてしまうか。
そう決めると、俺はそのまま机に突っ伏した。
それが、俺の過ごした最後の"日常"だった。
不意に、泡が水面に持ち上がるようにして目が覚めた。
少しでも休んだからだろうか、綺麗なほど眠気は消え去っている。
体を起こし背筋を伸ばし、時計を見る……ってなにぃ!?
「ね、寝過ごした、5限目始まっちまってる……!」
そりゃさっぱりするはずだ、思いのほか熟睡してしまっていたらしい。
これはまたあとで沙耶の説教を受けることになりそうだ……。
慌てて机の上を片付け……ようとして思い直した。
既に授業が始まってからだいぶ時間が経ってる、ここで慌てたところで大して変わらないだろう。
ふう、と息をついて預かり物を丁寧にカバンに入れていく。
教師に頼まれたストーブは、まあ仕方ないがここに置いておこう。放課後にでもまた作業をしにくればいいだろう。
吹っ切れて、いっそのんびりと部屋を出て鍵をかける。
工作室の鍵は使ったら一度返してくれといわれているから、すぐにでも行ったほうがいいかもしれない。
ここからだと……教室棟の階段を上がって、管理棟のほうに向かうのが近いな。
「ん? …………なんだあいつ、サボりか」
ふと廊下の窓から外を見ると、俺にヘッドフォンを押し付けた張本人である森田が中庭を歩いている。
妙にふらふらとして足取りがおぼつかない様子だが、具合でも悪いのだろうか……?
昇降口のほうに向かえば先回りできそうだが、どうしようか。折角だから出来上がったヘッドフォンを返してやってもいいかもしれない。
俺は少し悩んで……。
1.鍵を返しに行くことにした。
2.森田を追いかけることにした。