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No.6377の一覧
[0] Flag of the Dead(Fate×学園黙示録 Highschool of the Dead)[ふぉるく](2010/08/17 18:40)
[5] 1-1[ふぉるく](2010/07/11 17:03)
[6] 1-2A[ふぉるく](2010/07/16 00:27)
[7] 1-2B[ふぉるく](2010/07/16 00:27)
[8] 1-3C[ふぉるく](2010/07/16 00:27)
[9] 1-4A[ふぉるく](2010/07/16 00:28)
[10] 1-4B[ふぉるく](2010/07/16 00:28)
[11] 1-5[ふぉるく](2010/07/16 00:28)
[12] 1-6A[ふぉるく](2010/07/21 09:26)
[13] フローチャート:学校脱出まで[ふぉるく](2010/07/16 00:30)
[14] 2-1[ふぉるく](2010/07/21 09:25)
[15] 2-2A[ふぉるく](2010/07/26 06:56)
[16] 2-2B[ふぉるく](2010/07/26 06:55)
[17] 2-3B[ふぉるく](2010/07/31 17:54)
[18] 2-4A(前編)[ふぉるく](2010/08/06 19:54)
[19] 2-4A(後編)[ふぉるく](2010/08/11 22:21)
[20] Extra 1[ふぉるく](2010/08/17 18:41)
[21] フローチャート:南リカの部屋まで[ふぉるく](2010/08/17 18:39)
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[6377] 2-4A(後編)
Name: ふぉるく◆f250e2d7 ID:b82d47da 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/11 22:21




 家々の隙間から見える空に尾を引くように消えていった銃声のあと、有瀬はその場にへたりこんだ。
 それを支えられなかったのは俺自身からも気力が失われかけていたからだ。

 今日の午後、学園からここまであまりにも多くの死を目の当たりにし続けてきた。どれをとってもあまりに理不尽で、唐突で、惨たらしいばかりの死を。
 それに比べれば希里さんはまだ"綺麗に"死ねた方だといえるだろう。少なくとも彼は人間として最期を迎えることが出来た。愛した人と共に最期を迎えられた。

 だけど。

 だけどそれがなんだっていうんだ。

 彼の最後の言伝はありすへの謝罪だった。
 俺だってわかっている。希里さんがそうしたくて死を選んだわけではないことくらい。
 ありすの傍にいたかったに決まっているはずなのに、それをすれば自分自身があの子を傷つけてしまいかねないと分かってしまったから。
 だから奥さんと逝くことを、その引き鉄を引くことを選んだ。

 ただ1人残された娘を俺たちに託して。

 彼の選択が正しかったのかどうかなんて分からない。もしかしたら最後まで抗って、自分の口でありすに何かを伝えるべきだったのかもしれない。


 けど、これだけはいえる。

 
 今までは俺たちの手の届かないところで起こったことばかりだった。その死をただ傍観することしかできなかった。
 でも今回は違う。

 希里さんが噛まれたのは、間違いなく俺たちのミスが原因だ……。

 有瀬の嗚咽がまるで俺を苛んでいるように聞こえる。町中に響く<奴ら>の声はまるで怨嗟の唸りだ。
 なぜ。俺は彼を助けられなかった。なのになぜ。

 なぜ。



 ────なぜお前だけ…………。



「立つんだ、行くぞ」

 固い声にはっと顔を上げると、毒島先輩が有瀬の手を引いて立ち上がらせようとしていた。
 だが有瀬は足に力をこめようとする様子を見せず、先輩はそれを強引に引き上げている。

「立て!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ先輩」

 思わず制止に入るが、彼女はそんな俺をぎろりとねめつける。

「待つ? 待つのは構わないが、それで何か事態が好転するのか?」

「それは……」

「待ったところで彼らの死は覆せないし、私たちはより窮地に立たされることになるんだ。そのことを認識しろ」

 言われるまでもない。

 希里さんの死はもとより、望外に時間が経過する一方で<奴ら>は着々と数を増やしている。下手をすれば俺たちは<奴ら>の群れの中で孤立無援にもなりかねないのだ。いや、実際にそうなりつつある。
 まだかろうじて<奴ら>が道を塞ぐまでには至っていない今がメゾネットへ向かう最後のチャンスだろう。

 もちろんそれが分からないわけではないけれど。

「彼らを悼むことはあとでも出来る。だが今は、」

「………………ないんですか」

「なに?」

 へたり込んだままだった有瀬は突然つかまれていた手を勢いよく振り払い、そのまま先輩を睨み上げる。
 温厚な彼女が今まで見せたことのない眼だった。
 目端に涙を湛えながらも、彼女の眼は強い怒りに彩られている。

「あなたは、希里さんのこと、何も感じないんですか!? 優しい人だったのに……ありすちゃんはもう1人ぼっちなのに!」

 激昂はもはや悲鳴に近い。
 普段聞くことのない有瀬の怒鳴り声は、俺の胸のうちにある何かを容赦なく突き刺していく。

 助けられたはずなのに。
 俺たちがもう少し慎重になっていれば彼は死なずに済んだはずなのに。
 有瀬はむしろ自分を責めさいなんでいるようにも見えるが、その言葉はそのまま俺に返ってくるものだった。

「希里さんは、希里さんは私たちのせいで…………ッ!?」


 だがその悲痛な叫びに答えたのは誰の声でもなく、頬を張る一発の乾いた音だった。


 先ほどの銃声よりも幾分軽い音だったがそれでも俺には同じくらい目の覚める光景だ。
 今度こそ強引に立ち上がらされた有瀬も何が起こったのかわからず、張られた右の頬をおさえて目を白黒させている。

「あ……」

「…………ここで私たちが死ねばその真実を伝える人間もいなくなる。ならばこそ私たちは生き残るべきだ」

「………………」

「あるいは家族を失った彼女の傍に寄り添ってやることのほうが、ここでただ嘆き悲しむよりもよほど建設的だと私は思う。それに君は君自身の家族のこともあるはずだ」

 諭すように紡がれる毒島先輩の言葉は、だがどこか淡々とさえ感じられる。表情らしい表情を浮かべずただ事実をそのまま読み上げるような淡白さだ。
 そして事実それは残酷なほどに"ただの正論"で、あまり先輩らしい言葉とは思えない。

 有瀬の絞り出したような声が聞こえた。

「……冷静ですね、先輩は」

「でなければ生き残れないよ」

 けど気のせいだろうか?
 微かに顔を伏せた毒島先輩に、ほんの少し憂いの表情が見えた気がしたのは……。


 唐突に。
 がしゃんと門をたたく音がした。
 見れば2,3体の<奴ら>が家の門に群がってきている。銃声か、あるいは俺たちの声を聞きつけてきたのだろう。
 ついでにあまりがしゃがしゃと鳴らすものだから更にその音に集まってきそうな勢いだ。

 もうここにはいられない。有瀬も顔色はよくないが、平手の一撃が効いたのか幸い自分の足でしっかりと立てるほどには持ち直している。

「行こう。これ以上は本当に戻れなくなる」

「ああ……有瀬、平気か?」

「……うん。ごめんね、もう大丈夫だから」

 そう言って無理をしているのがあからさまな笑顔を作る有瀬は、それでもどうにか普段どおりの彼女に見える。
 
「ここからメゾネットまではノンストップで行くぞ。道幅はあるが油断はするな、<奴ら>を避けるにしろ倒すにしろ無理がないほうを選ぶんだ」

 先輩の言葉に頷きバットを握りなおす。
 あとどれだけこんなことを繰り返すのだろうか。そんな益体もないことを頭の隅で考えながら。

「行くぞ!!」

 門を開け放った瞬間なだれ込んできた2体にそれぞれ獲物を振り下ろし、俺たちは走り出した。
 まるで背後に迫る死の影を振り払うようにしながら。






 走る。
 走る、走る。

 もつれそうになる足を叱責し、腹に力をこめて走り続ける。
 日の落ちた住宅街で<奴ら>の間をすり抜け、時にバットを振るいながら駆け続けるのはかなりの重労働だ。
 隣を走る有瀬に至ってはもともとの体力のなさも相まって息も絶え絶え、途中からはほとんど俺が抱えるようにして走っている。

 来た道を戻り、孝らと別れた場所を通り過ぎ、そこからは有瀬の案内だ。
 といってもそういくつも道を曲がる必要がなかったのは幸いだった。特にうっかり舌を噛みそうになっていた有瀬にとっては。

 角をひとつ曲がり、<奴ら>に気取られないようにして通りを渡る。

 横目で<奴ら>を見る。
 まさに地上に溢れた地獄さながらだ。

 この辺りは市の郊外にあたり、昼間市街地やあるいは県外に出ていた人々が安らぎを得に帰ってくる場所だ。
 そこが今、生者に成り代わり決して眠ることのない死者たちが闊歩している。有瀬の家のときもそうだったが、まるで最初に人々から帰る家を奪っていったかのようだ。
 人々は家を失い逃げ惑う。そして<奴ら>は炙り出された獲物を狙い行進し続ける。
 後ろに地獄を携えて。

「止まれ」

 通りを渡りきったところで毒島先輩が足を止め、塀の陰に身を隠して通りの向こうを覗き込んでいる。
 ここを曲がればあとはメゾネットまで一直線のはずだ。

「どうしたんだ、先輩……?」

「はぁ……はぁ……ふぇ……?」

「見てみろ。そっとだぞ」

 先輩と場所を代わり角の先を覗く。

「げ……」

 思わず呻きがもれる。

 目的のメゾネットはすぐそこに見えていた。直線で50m強といったところだろう、常なら10秒とかからず走り抜けられる距離だ。
 だがその間。
 まるでここまでそう苦労せずに走り抜けてきたことへのツケだとでもいうように、数十にのぼる<奴ら>が犇いていた。
 道を埋める<奴ら>は、獲物がいないからかぼうっと立ち尽くしているか、あるいはその家に人間がいるのか執拗に門戸を揺らしているもの、今まさに"食事"にいそしんでいるものもいる。
 サラリーマンや学生、主婦、中にはどんな状況で"なった"のか服を着ていないものすらいるが、とにかく言えることはひとつ。
 生身でここを通るにはいささか数が多すぎた。

 くそっ、あともうちょっとだって言うのに……。

 一緒に覗く有瀬も声を震わせている。

「どうしてこんなに……さっきはいなかったのに」

「さあ……たまたまか、あるいは小室君たちのことを嗅ぎつけているのか。いずれにしろ問題はどう切り抜けるかだ」

 先輩の言うとおり今は何故かを考えても仕方がない。
 かといって先ほどまでのように強引に進むにはあまりに数が多すぎる。それに音を立てずに進むというのも分の悪い賭けだ。
 せめて俺と先輩であれば強行突破も出来たかもしれないが、有瀬がいるだけに無理は出来ない。

「どうにかして数が減らせれば……ん?」

「衛宮君、あそこ……」

 有瀬の指の先を見ると、メゾネットの二階のベランダから誰かが双眼鏡らしきものでこちらを見ている。
 あれは……孝だ。どうやら俺たちが来たのに気づいたらしく、宮本もベランダに顔を出した。
 <奴ら>に気取られないように軽く手を振ると、向こうも手を振り替えしてきた。

 何とか向こうと連絡がとりたいが……見ていると少し様子がおかしい。どうも孝と宮本が何か口論しているように見える。
 ややあって孝が引っ込んだ、と思ったら代わりに平野が顔を出す。そして、



 何の前触れもなく俺たちの前方にいたサラリーマン風の男の頭がはじけた。



 なんだ!?

 よく見ると平野はこちらに向けて何かを構えている。更に1人、2人と<奴ら>の頭部を何かが貫いていく。

「どうやら援護のようだな」

 脇から様子を見ていた毒島先輩がささやき、俺は孝の言葉を思い出す。
 そういえば銃があるかもしれないという話だった。ということはさっきから<奴ら>を倒しているのは銃撃?

 唖然としてメゾネットに視線を戻すと、同じくベランダに出てきた沙耶がが俺たちを手招きするように腕を振っている。
 どうやら狙撃で出来た隙間をぬってこちらに来いということのようだ。

「……学園のときから思ってたけど、平野って結構計り知れないところあるよな」

「だが今はそれが頼もしい。行こう」










「いた……! 士郎たちだ、戻ってきたぞ!!」

「ホントに!?」

 孝の声を聞きつけ、麗がベランダに出る。
 双眼鏡を受け取って孝の指差すほうを見てみると、確かに横道の角に見慣れた赤焼けの髪が顔を覗かせている。位置が悪くよく見えないが、智江や冴子らしき姿もある。
 彼らもこちらに気づいているらしく小さく手を振っている。麗は通りに向かって大手を振って応えた。

 だが士郎たちはそれきりその場を動く気配を見せない。
 それも致し方ない、メゾネットの前にうごめく<奴ら>が多すぎるのだ。ここに来て彼らは完全に立ち往生してしまっている。

「どうしよう……これじゃ衛宮君たちこっちに来れないわ」

 徒歩で移動している3人にはこのたかだか数十mの距離があまりに遠い。
 不用意に動けばたちまち<奴ら>の餌食になってしまうだろうことは一目瞭然だ。

「……なんとかして助けないと」

「なんとかって……何か考えがあるの?」

「ないよ。けど武器はある」

 そう言った孝が握っているのはイサカM37、やはりこの部屋で見つけたポンプアクション・ショットガンだ。鉄パイプを縦に並べたような銃身のフォルムは、その手のことに疎い孝や麗でも見覚えがある。
 ダットサイトが取り付けられているものの重量は最も軽く、コッキングして引き金を引けばいいという手軽さゆえに当面孝が持つことになっていた。

 平野に教わったとおりに弾を込めスライドを引く。最初の1発を薬室に送ればあとは撃つだけだ。
 問題は本物のショットガンなど撃つのはおろか、見たことさえなかったという点だが。

「ちょっと、孝……どうするつもり?」

 本当は麗にも分かっていた。孝がどうするつもりかなど。

「どうするもこうするも、僕が出て行って<奴ら>を引きつける」

「無茶よそんなの!! そんなことして、じゃあ孝はどうするのよ!」

「適当に逃げ回って<奴ら>を撒く。あいつらのろまだから何とかなるだろ」

 もちろんそれが言うほど易くないことなど承知の上だ。
 よしんば上手く逃げられたとしても、ここに戻ってこれる可能性は低い。橋のほうも相当な騒ぎになっているし、この周辺もどうなるか分からないのだ。

 だがそれが分かっていてなお、孝は出て行くのを辞めるつもりはなかった。

「孝、お願い止めて」

「じゃあ士郎たちを見捨てろって言うのかよ!!」

「ッ、そんなこと言ってない!! でも……」

 なんで、孝が。
 麗のかすれる声に孝は顔を伏せた。

 何故?
 なぜかって……理由はひとつしかない。

「アイツと僕は……親友だ」

 思い出すのは、バスでの紫藤の言葉。紫藤はあの時男子生徒たちを助けようと踵を返した士郎のことを無分別だと謗った。
 孝とてあのときの士郎を賢いとは到底思えないし、むしろ常々直情型のどうしようもないヤツだと思っているくらいだ。

 幼い頃、士郎が沙耶の家に引き取られてから彼ら4人は常に一緒だった。
 それまで幼馴染といえば麗や沙耶と女の子ばかりだった反動もあってか、孝は殊更に士郎と遊ぶことが多かった。何かと士郎に構いたがった沙耶からはよく文句を言われたものだ。
 それだけに、士郎の直情径行な性格に一番振り回されていたのも自分だと思っている。

 時に帽子を落とした子供のために増水した川に飛び込んだり、時に公園を牛耳る近所のガキ大将に挑んでいったり。
 昔からそうだった。士郎は困っている誰かを見ていられず、自分から火の中に飛び込んで行くような人間だ。
 そして孝は何度も止めようとしながら結局最後には巻き込まれて酷い目にあってきた。

 だけどどうしてか、今思うとそれがどうしようもなく楽しかった気がするのだ。
 何が相手でも真っ直ぐに自分を曲げない士郎がどうしようもなく羨ましくて、けどそんな彼を見ているのが好きだったのだ。

「士郎の無茶の尻拭いは僕の役目だった。麗だって知ってるだろ?」

 ここで彼らを見捨てることは出来ない。
 それではあの時士郎たちを貶めた紫藤と同じだから。

「けど……」

 なおも食い下がろうとする麗を振り払い、孝は踵を返す。
 そして、








「それには及ばないよ、小室」









 AR-10狙撃ライフルを携えた平野が孝を止めた。
 無骨な銃を腕に下げた彼は今までになく……いや、孝は知らないが、彼らがバスを降りるときに見せたような獰猛な顔をしている。

「平野……けど、」

「俺に任せてって言ってるのさ。ちょっとどいて」

 渋る孝を押しのけるようにしてベランダに出ると、あろうことか平野はライフルを構え狙いをつけ始めた。
 だが今ここで撃てばどうなるか、孝も先ほどの会話を忘れたわけではない。

「ちょっと待て平野! そんなことすれば銃声が、」

 止める暇もなかった。平野は躊躇うことなく引き金を絞る。
 次の瞬間には耳を劈くような銃声が、


 しなかった。


「…………え?」

 ばすん、とくぐもった音が響くばかりで、身構えていたような破裂音が響くことはない。

「うーん、試射もしてない他人の銃でいきなりヘッドショット決められるなんて、やっぱこういうことは天才だなあ俺」

 ま、距離は100もないけど、と楽しげにつぶやく平野の姿はまるで今までとは別人のように見える。

 豹変した平野の姿に唖然とし思わず麗と顔を見合わせる。彼女も突然の展開についていけない様子だった。
 そうするうちにも平野は1人、また1人と<奴ら>の頭を吹き飛ばしていく。やはり銃声はしない。

「ど、どういうことだ? 何で音が……」

「サプレッサー……消音機を作ったのさ。ほら」

 言われて見ると、確かに銃口の先に何か太い筒のようなものが取り付けられている。
 よく見るとそれはペットボトルを組み合わせて作られているらしかった。

「消音機って……そんなの作れるのか?!」

「ボブ・リー・スワガーの真似さ。といっても彼がこれを作ったのは映画のときだけだけど……」

「なーに自分の手柄みたいに語っちゃってるわけ?」

 後ろからかけられた声に振り向くと、いつからいたのか沙耶が仁王立ちしている。その傍らにはありすも一緒だ。

「思いついたのはアタシでしょうが」

「ありすも手伝ったよ!!」

 沙耶はベランダに出ると麗から双眼鏡をもぎ取るようにして外を覗く。
 平野の狙撃によって、士郎たちの前には微かにだが道が出来ていた。

「ふーん、デブヲタのクセになかなかやるじゃない」

「え、えへへ……一応訓練したことがあって」

「ありすも、ありすも見るー!」

 ベランダの塀に背が届かずぴょんぴょんと跳ねるありすを「アンタにはまだ早い」と頭を押さえつけてなだめる。
 頃合を見計らって士郎たちに合図を出すと、向こうもその意図を汲んで少しずつ前進を始めた。

「けどよく知ってたな、消音機の作り方なんて……」

「構造自体は簡単よ。ようは銃口から一気に膨張するガスを段階的に拡散させる空気室バッフルを作ってやればいいの」

 思いついたのは士郎や冴子がコンビニで集めてきた物資を確認してたときだ。バッグの中にはペットボトル入りの飲料がいくつも入っていた。
 すぐに平野にメゾネット中にあるペットボトルをかき集めさせると、作業を開始。
 実際工程そのものはそう難しいものではなく、カットした飲み口を筒の中に三重から四重にして取り付け、あとは物は試しと食器洗い用のスポンジを貼り付けて完成だ。途中からはありすも工作気分で参加していた。

「昔士郎と作ったのはパパの猟銃で実験しようとしたのがバレて没収されたけど……」

「沙耶ちゃんってえいがすきなの?」

「んなッ、ち、違うわよ! 私は天才だから……!!」

 ありすの指摘に顔を赤くする沙耶を、孝は微妙な気分で見つめていた。
 突然手に入れた銃をさも当たり前のように使いこなす平野に、とっさの思いつきで消音機を作り出す沙耶。そしてそれ以前にほぼ違法にライフルを所持しているとんでもない友人を持つ鞠川。

 ────もしかして、僕はとんでもない連中を仲間にしてるんじゃないだろうか……。

「あ、ヤベ」

「っておい平野、なんだよヤベって!?」

「な、なんでもないなんでもない!」

「ねえ、それよりだんだん音大きくなってきてない?」

 麗に言われ耳をすませると、確かに援護を続ける平野のライフルから聞こえる銃声が大きくなっている。
 それどころか銃口の先につけられたペットボトルがだんだん歪んできているようにも見えた。

「流石にペットボトルじゃ高熱の発射ガスにはそう長く耐えられないわ。材料がなくてあと一本しか作れなかったけど、この分なら何とかなりそうね」

「はい、コータちゃん」

「サンキューありすちゃん」

 平野はそれまで装着していたものをはずすと、次の手製サプレッサーをありすから受け取り付け替える。
 その姿を横目に外を見てみると、士郎たちはもう半分ほどのところまで進んでいる。


 だが……。


「ちょっと待った、なんか様子がおかしい」

 気づいたのはスコープで覗いていた平野だった。
 その声につられてベランダから身を乗り出すようにして目を凝らす。

「……なにやってんのよ、あいつら!」

 双眼鏡を覗く沙耶が苛立ったような声を出す。


 ここに来て士郎たちは突然進行をやめ、完全に足を止めてしまっていた。









 ────あぁぁ……あぁうぁぁ……。


 ────おおぉあぁぁぁ……うぅぁぁぁぁ。


 身の毛もよだつような呻きはその実もう声などではなく、ただ<奴ら>が1歩動くたびに肺の中の空気が押し出されて声帯を震わせているだけなのだろう。
 かといってそれがすぐ傍を通り過ぎるのはおぞましいということに変わりはない。

 平野の援護を受け俺たちは慎重に、だが音を立てない程度に足早に<奴ら>の間をすり抜けて進む。
 毒島先輩を先頭に、有瀬をはさみ俺が殿だ。
 下手に手を出せないだけ精神的な重圧は先ほどと段違いだが、それでも今のところ<奴ら>に気取られる様子もなく順調に進んでいるといえるだろう。

 しかし平野にはとにかく感心するばかりだ。
 先ほどから的確に俺たちの行く手にいる奴に標的を絞り、確実に一撃で仕留めている。狙撃の腕前もさることながら時々の判断が非常に速くて正確だ。
 おかげで一列で歩くのが精一杯とはいえ、<奴ら>を相手にしなくても進めるルートをどうにか確保できている。
 ただ唯一、無音で突然<奴ら>の頭が弾け血と脳漿を飛び散らせる光景は心臓に悪いことこの上ないのだが。一度真横にいた奴を狙撃された有瀬がまともに返り血を浴びて悲惨なことになっている。アレで悲鳴を上げなかったのは快挙だ。

「……ストップだ」

 毒島先輩が頭の横で拳を作って俺たちを制止する。
 見ると平野がこちらに待つように合図しており、そのままいったん顔を引っ込めた。恐らく弾倉かなにかの交換だろう。
 しかし言える立場ではないが出来れば早くして欲しい。<奴ら>のど真ん中で立ち尽くさなければならないのは気が気ではない。


 ────ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……。


 <奴ら>のうちの1人がふいっと気まぐれのように向きを変え、慌てて俺は1歩後ろに下がる。目と鼻の先をふらふらと通り過ぎ、不快な刺激臭が鼻につく。血か、それとも臓物のにおいか。
 音を立てない限り気づかれないとはいえそれで安心できるはずもない。心臓はバクバクとうるさいくらいだし、さっきから犬のように息を荒げている奴もいる。


 ────ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……。


 ……って待て、犬のように?
 
 装填が終わったのかまた前方にいた<奴ら>の一体が倒れ、毒島先輩が小走りに進もうとする。
 だが妙な違和感を感じた俺は思わずそれを引き止めた。

(ちょっと待ってくれ)

 先輩の細い腕を引いて無声音で話しかけると、向こうも怪訝そうな顔を寄せてくる。間に挟まれた有瀬も何事かと不安げな顔だ。

(今度はなんだ?)

(し、聞いてくれ……)

 俺も毒島先輩も先ほどから心の音も止まれとばかりに息を殺しているし、ここに来るまで息を切らしていた有瀬も今はむしろ緊張に息を詰まらせている。


 ────ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!


 じゃあ先ほどから聞こえる、この荒い息は誰のものだ……?
 先輩も有瀬もそれに気づいたのか、険しい顔をして周囲を見回している。

 耳に集中してみるとその荒い息の持ち主は、<奴ら>とは違う軽快な足音ともにこちらに近づいてきているようだった。
 だが周囲にそれらしい人物は見当たらないしそもそもこの数の<奴ら>の間を駆け抜けてくるというのはあまり現実的ではない。

 いや、けれど。

 聞こえる足音は非常に軽い。例えば小さな子犬のように……?



 ひょっこりと、本当に突然に、<奴ら>の足の間から片手で抱きかかえられそうなほどの子犬が顔を出した。
 ビーグル犬か何かの子供だろうか、首には首輪がはまっており、その顔は子犬のクセにやたら凛々しく見える。



 チビすけは足元まで来ると確かめるように鼻をひくつかせながらぐるぐると俺たちの周りを回りだした。

(……この子も飼い主とはぐれちゃったのかな)

 そんな子犬に何を感じたのか、有瀬が悲しげな表情を見せる。
 確かにその様子は、どこか人懐っこいくせに人間を信用できなくなってしまったかのような印象を受ける。
 はぐれたのか、それとも飼い主も<奴ら>になってしまったのか……。

(それはともかく……)

 一通りにおいを嗅いで満足したのかフンと小さく鼻を鳴らすと、子犬は俺たちと<奴ら>の間に立ち塞がるようにして低く唸り始めた。
 まるで俺たちを守ろうとするかのように。
 いや、でも、何故だろうか。

(非常にいやな予感がするのは私だけだろうか)

(あ、私もちょっと……)

(っていうかこのパターンは……)

 一瞬、子犬が唸るのを止めた。

 ────刹那。




 ────ワンワンッ!! ワンッワンワンワンッ!!





 やりやがったこのチビすけ…………ッ!!

 夜空に響く子犬の鳴き声を<奴ら>が聞き逃すはずもなかった。目が見えていないはずの<奴ら>は、まるでその鳴き声をきっかけに開眼したかのごとくいっせいに腕を伸ばしてくる。

「行け行け行け!! 突っ走れ!!」

 毒島先輩が鉄パイプを横なぎに振るい隙間を作る。そこに俺がバットをフルスウィングしながら踊りこんで強引に道を開けた。
 平野は先ほどまでのように標的を選ぶことなく俺たちの周りにいる<奴ら>に手当たり次第に鉛弾を食らわせていく。
 そうしてどうにか出来た道に有瀬を放り込んだ。

「衛宮君、君も行け!!」

「先に行ってくれ先輩!!」

 俺は────ッ。

「お前も来い、チビすけ!」

 群がる<奴ら>にバットに蹴りにと叩き込み、とにかく近づけまいと暴れまくる。後ろ手に突き出したバットの柄が男の歯を砕き、タックルを食らわせた少女が後ろの奴らを巻き込んで倒れる。
 その隙に、まだ足りないとばかりに<奴ら>にほえ続ける子犬の襟首を掴んで強引に抱き上げた。子犬はまだ唸っているものの、暴れる素振りを見せないのは頭が良いのかそれともどこかぬけているのか。

「要救確保ってな…………!」

 体を反転させ、俺を捕らえようと<奴ら>の伸ばす腕をかいくぐりながらとにかく走る。
 まるで<奴ら>が作るアーチを潜り抜けている気分だ。だが一瞬でも遅れればそのいびつなロンドン橋は瞬く間に俺を閉じ込め、その先はお察しだ。

 人垣の向こうに先輩と有瀬がメゾネットの門をくぐるのが見えた。
 幸か不幸か俺が囮になったらしいが、つまり残ってる連中はこぞって俺を獲物にしようとしているわけだ。

「グレード高すぎる……けど!!」

「わん!!」

 腕に抱えたチビすけの鳴き声が俺の背中をぐんと押す。その勢いに任せて<奴ら>に体当たりをかますと、それで周りを取り囲んでいた最後の壁に穴があいた。
 転がるようにして群れの中から飛び出るとそこはメゾネットの目の前だった。目と鼻の先に外門が見えている。

 ────ここまでくればもう…………ッ!?

 ぐんと体を後ろに引っ張られ、俺はしりもちをついた。
 そのまま仰向けにひっくり返された俺の上にさかさまに見えているのは、



 今にも肉を貪ろうと大口を開いた<奴ら>の……、



 その口に、ぬっと伸びてきた鉄パイプのようなものが突っ込まれた。

「この距離なら……外さない……ッ!!」

 ボガンッと破裂音が轟き、<奴ら>が後頭部から中身を撒き散らして後ろに倒れる。
 鉄パイプ……ではなく、ショットガンを構えるのは孝だ。

「衛宮君、大丈夫!?」

 一緒に出てきた宮本に引きずられるようにして門の中に入る。
 孝はがしょんとスライドを引き、群がる<奴ら>に向けてショットガンを撃ちまくっている。

「って全然当たらないぞ!?」

「下手なんだよ小室!! いいから中に引っ込んで!!」

 2階のベランダから平野の叱責が飛び、渋々孝が戻ってくる。
 同時にたたきつけるようにして門を閉じると、待機していた毒島先輩と鞠川先生が椅子やらテーブルやらを積み上げてバリケードを作る。

 門を揺らす金属のこすれる音が響く。
 誰かの息を呑む音が聞こえた。

 がしゃがしゃと門を揺さぶる音は絶え間なく続き…………しかしバリケードが破られる気配はしなかった。

「た…………助かった……」

 肩から力が抜ける。
 いつからか無意識に止めていた息を吐き出すと、腕の中にいたチビすけが労わるように俺の頬をなめるのだった。










 元々頑丈な門とはいえ、念には念を入れるということで住人のいない部屋から更にサイドボードなどを引っ張り出してバリケードを補強し終え、俺たちはようやく再会を喜ぶことが出来た。

「助かった、じゃないわよまったく!! アンタはどうしてそう無茶で無鉄砲で考えなしなわけ!?」

 もとい、顔をあわせた途端に沙耶の説教が始まったのだった。
 場所を鞠川先生の友人の部屋に移したところで、俺はまさかの正座である。しかもフローリングで。

「学園の時といい今しがたといい、ホンッとにいっぺん死なないと分からないの!? っていうかむしろ死にたいわけ!?」

「いや、別に死にたいわけじゃ……」

「どこがよ! アンタ絶対今日だけで5回は死んでるわ!」

 流石にそんなことはないと思うのだが……待て、何でみんなそろって頷くんだ。特に孝と毒島先輩が大きく頷きすぎである。
 というか気づけばまるで俺が取り囲まれているような有様だ。
 正直<奴ら>に囲まれるよりも心臓に悪い。

「はぁ……いい、士郎? アンタがそういう無茶なところがあるってことはもう今更よ。けど今は状況が違うの、下手をすればアタシ達も巻き込まれかねないのよ」

 沙耶はトーンを落とし諭すように言ってくるが、絶対零度の眼差しは健在だ。

 もちろん沙耶の言ってることだって分かるし理解できる。毒島先輩にも散々言われたことでもあるし、それが正しいとも思う。
 だがどうしても納得できないのだ。
 何の罪もない人が理不尽に命を落とすようなことが。これはもう習性のようなものだろう。


 あるいは…………誰かからかけられた願い呪いか。


 そんな孤立無援の俺に援護を出したのは、意外なことに毒島先輩だった。

「まあその位にしてあげてはどうだ。彼の行いも決して無駄ではない、だろう?」

「わん!」

 ソファに腰を下ろしたありすに抱きかかえられながら、子犬が賛同するようにひとつ鳴く。
 その1人と1匹の姿に沙耶もぐっと矛先を鈍らせる。もしかしなくても犬に助けられたらしい。

 だがその中で、不安げに顔を俯かせたありすがぽつりとつぶやいた。

「ねえ……パパとママは?」

「あ…………」

 思わず言葉に詰まる。
 有瀬と先輩も沈痛な面持ちで顔を伏せ、沙耶や孝たちは俺達の様子でおおよそのことを察したらしい。

 本当のことを言うべきだろうか?
 だがこの狂った世界で両親を一度に亡くしたというのは、小さな少女にとってあまりに重過ぎる事実ではないだろうか。そう考えるとどうしても口が鈍る。
 それに伝えるにしろなんと言うべきなのか……。

 俺が迷ってるうちに有瀬が動いた。ありすの横にそっと腰をおろし、優しく声をかける。

「パパは、あとからママと来るから……大丈夫だよ」

「…………ホントに?」

「うん……それに、私達がいるから。ありすちゃんを1人にはしないから」

 有瀬が少女の小さな体に腕を回しぎゅっと抱きしめる。ありすもまたその背中に強くしがみついた。

 俺の傍らでありすに聞こえないよう沙耶と毒島先輩が小さな声でささやきあっている。

「……あんなウソついてなんになるんだか」

「だが真実は残酷だ」

「ウソは優しく聞こえるだけよ。どっちにしろいつかは真実に向き合う必要があるんだから…………まぁ、」

「なんだ?」

「あの娘はただホントのことを言う辛さから逃げただけでしょうけど」

 なら俺はもっと卑怯なのだろう。
 結局、ウソをつく泥さえも有瀬に被らせてしまったのだから。

 胸のうちでひそかに決める。ありすに真実を告げるときは俺の口からであるべきだろう、と。


「ね、今日はもう疲れたし、お風呂にしない?」

 暗く沈んだ空気を打ち払うためだろうか、宮本がパンパンと手をたたいて殊更に明るい声で言った。
 鞠川先生もそれに同調する。

「そうねぇ、もうみんなどろどろだものね」

 確かに全員汗やら血しぶきやらで酷い有様だ。洗い流してさっぱり出来るならありがたい限りだ。

「ならば時間の節約のためにも皆で入るのはどうだ」

「み、皆で!?」

「男子は別に決まってるでしょ!!」

 毒島先輩の言葉に興奮する平野に、それを蹴飛ばしながらつっこむ沙耶。
 ありすは子犬も一緒に入れたいとはしゃいでおり、有瀬はちょっと恥ずかしそうにしながらも笑っている。



 こうして世界が壊れてしまったその日の、最初の一夜が更けていく。
 それが明日からも続く地獄に歩みだす前のほんのひと時の休息であることは、この場にいる誰もが感じている。


 だが、この現実が醒めることのない悪夢なのならばせめて、夢の中でだけでも幸せだったと知ったあのなんでもない日常を描けることを願って………………。




 Chapter 2 END. Good night sleep tight...










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 ペットボトルサプレッサーですが、本編で言及してるように出展は『ザ・シューター ~極大射程~』。
 詳しい記述が見つからなかったのですがどうやら最初の1発程度であれば消音できるらしいということでした。なんで今回みたいに数発撃てるというのはウソですのでご了承ください。

 とりあえずはこれで原作2巻まで終わりですが……前回の通りちょっとお休みを頂くつもりですが、全く書かないわけじゃなくてなんか外伝的なものでもあげられればいいなと思っております。
 平和だった頃の士郎たちとか、南リカの弟設定(これはちょっとオリ主でやってみたい)とか、凛とかも出てくるパラレルなのとか。
 もしなんかこんなの見てみたいというのがあれば教えてください。書くかもしれません。決して書くとは言いません。書くかもね……?

 ところでアニメ版とコミックスとで<奴ら>の能力が違っていて物議をかもしているようですが、このSSでは基本的にご都合主義です。
 なんか音に反応するらしいけどなぜか優先的に人間を襲ってきます。なんでだ。ゾンビとはそういうものってことで。
 聴覚のみでは<奴ら>が発生させる音同士で尻尾くわえた犬みたいになりそうだし……。

 ではまた次回。


 余談:箱○壊れた。


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! Extraシーンが解禁されました !


 夜もだいぶ更けてきた。今夜はどうしようかな……。

 1.夜食でも作るか。
 2.風呂を浴びさせてもらおう。
 3.明日の準備を整えたほうがいいな。
 4.外の様子はどうだろう。
 5.酒の匂いがする……。





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