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No.6377の一覧
[0] Flag of the Dead(Fate×学園黙示録 Highschool of the Dead)[ふぉるく](2010/08/17 18:40)
[5] 1-1[ふぉるく](2010/07/11 17:03)
[6] 1-2A[ふぉるく](2010/07/16 00:27)
[7] 1-2B[ふぉるく](2010/07/16 00:27)
[8] 1-3C[ふぉるく](2010/07/16 00:27)
[9] 1-4A[ふぉるく](2010/07/16 00:28)
[10] 1-4B[ふぉるく](2010/07/16 00:28)
[11] 1-5[ふぉるく](2010/07/16 00:28)
[12] 1-6A[ふぉるく](2010/07/21 09:26)
[13] フローチャート:学校脱出まで[ふぉるく](2010/07/16 00:30)
[14] 2-1[ふぉるく](2010/07/21 09:25)
[15] 2-2A[ふぉるく](2010/07/26 06:56)
[16] 2-2B[ふぉるく](2010/07/26 06:55)
[17] 2-3B[ふぉるく](2010/07/31 17:54)
[18] 2-4A(前編)[ふぉるく](2010/08/06 19:54)
[19] 2-4A(後編)[ふぉるく](2010/08/11 22:21)
[20] Extra 1[ふぉるく](2010/08/17 18:41)
[21] フローチャート:南リカの部屋まで[ふぉるく](2010/08/17 18:39)
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[6377] 2-3B
Name: ふぉるく◆f250e2d7 ID:b82d47da 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/31 17:54



 住宅街のほうを周ってみるか。
 うろ覚えの記憶だし本当に合流できるかも分からないが、試してみる価値はあるだろう。いずれにしろ橋のほうへ向かうことは可能だ。

「じゃあ下沢のほうに行ってみよう。もしかしたらみんなもそっちに行ってるかもしれない」

「ん、承知した。ではまた運転は任せるが、構わないか?」

「了解、っと」

 エンジンを回しアクセルを捻る。
 断続的な低い唸りは長く尾を引く咆哮へと変わり、スクーターは俺たちを乗せてコンビニを後にする。



 夕暮れが迫りつつあった。



 死者の支配する夕暮れトワイライト・オブ・ザ・デッドが……。








 普段であれば学校帰りの生徒や遊びまわる子供たち、買い物帰りの主婦や帰宅途中のサラリーマン。
 立ち並ぶそれぞれの家を満たす家族たちがいるはずの道は、まるでゴーストタウンのように静まり返っていた。

 人影がないわけではない。

 だが視界に映る影は、住宅街に入ってからというもの例外なく<奴ら>のものだった。

 台所から漂ってくるはずの夕餉の香りは死霊たちの食事の臭いに取って代わられている。
 公園には遊んでいる子供たちの代わりに、嵌って抜け出せなくなってしまったらしい<奴ら>の1人がジャングルジムでもがいている。
 アスファルトにチョークで書かれた落書きは、ぶちまけたような血痕で台無しにされてしまっていた。

「ここも酷い有様だ……」

 緩めのスピードで進みながら住宅街の惨状に眉をしかめる。

 ただ幸いにも<奴ら>の数は決して多くはなく、学園でみたまさに犇くような状態からすればむしろ閑散とさえしている。
 学園のように閉塞した空間ではないため惨劇を脱した人も多く、同時に<奴ら>自体が広範囲に散らばっているのだろう。

「やはりというべきか、どこも同じ状態なのだろう。ニュースを見た限りは世界規模でな」

 生きた人間の気配もちらほらと伺える。
 いくつかの建物には灯りがともり、中にはどうやら真っ当な人間がいるらしい。時折窓からこちらを見る視線を感じることもあった。
 彼らは逃げ遅れたのかあるいは逃げることを諦めたのか……いずれにせよ家々に立て篭もることを決めたのだろう。

 そんな人々に対して出来ることは……何もない。

 生きた人間が、おそらくは恐怖におびえているだろう人々がいるのに、手を差し伸べることさえ許されない。それが酷くもどかしい。

 いまやどこにいても安全とは言い切れない。それは自宅にいても同じことだ。
 彼らはこの後どうなるのだろう。たとえ<奴ら>の侵入を防げたとしても、一般家庭にいつまでも篭城できる備蓄があるはずがないし、そもそもこの事態が収束するとも限らない。
 このまま真綿で首を絞められるようにして死んでいくしかないのだろうか。

「衛宮君、運転に集中するんだ」

「…………っ」

 耳元で聞こえる毒島先輩の声。
 ぼうっとしていたことがばれたのか、あるいは自分の考えを見透かされたのか。

 分かっているのだ。
 彼ら全員を助けられるはずなんかない。それどころか自分の命でさえ危うい現状なのだ。
 どこにいたって安全ではないのは俺たちも同じなのだ。
 けれども……。

「…………逃げた人たちはどこに向かったのかな」

 憤りとも焦燥感ともつかない感情に支配されそうになる胸を落ち着けようと、どうにか希望の見出せそうな話題を探す。

 明かりも落ち人気のない家には車などの移動手段もなくなっているものが多い。
 中には玄関が開け放たれたままになっているところさえある。

 住んでいたものは恐らく異変を察知し大慌てで逃げ出したのだろう。

「どうだろうな。車両で市外に出たものもいるかもしれないが、テレビを見ていればどこも似たような状況なのは察しがつくだろう」

 運転しながらのつぶやきだったので返事は期待していなかったが、先輩の耳にはしっかり届いていたらしい。
 またも耳元で彼女の声が聞こえるがどうにかハンドルを切り損ねることだけは避けられた。
 やはりこのポジションは慣れないどころか心臓に悪い……ッ。
 さっきまでは暗い考えに囚われていたからか気にならなかったが、改めて意識してしまうといろいろとこう……!

「逆に市内に向かえば洋上空港があるだろう。そこからどこか遠くへ向かうことを考えているものも多いかもしれないな」

「く、空港か。じゃあ大橋方面は今頃大渋滞かもしれないな……」

 考えてみるとバスはそっちでつかまっている可能性も高い。
 住宅街のほうに道をそれて既に10分ほど経過しているが、結局孝たちの乗るバスには遭遇できていない。
 青と赤のグラデーションを描いていた空は徐々に赤から濃紺へと色合いを変えつつある。

「せめて有瀬の家がどこか分かってればよかったんだけどな」

 ちょっと行き当たりばったりだったかもしれない。住宅街といっても一本道ではないのだ、大きな道は大体覗いたとは思うがそれでも一本通りを間違えればすれ違ってしまっていた可能性もある。

「まあどちらに行こうと5分の賭けだったんだ。最終的に君たちの家か、宮本のお父上がいるという警察署を目指せばいいだろう」

「もしくは御別小かな。孝のおばさんがいるはず……」

 どうするにせよそろそろ行動し始めたほうがいいだろう。
 <奴ら>の数はまばらだがエンジン音に引かれて徐々に集まっているし、一斉に襲ってこられてはひとたまりもない。

「移動するなら一度大きく迂回しよう。<奴ら>を引き離してから……ん?」

 不意に毒島先輩は言葉を区切り後ろを振り返る。

 バックミラーで確認すると、道の向こうに車が一台見えた。スクーターのエンジン音で気づかなかったがどうやら俺たちの後ろから走ってきたらしい。
 スクーターを止めて同じように振り返った。

 徐行運転でこちらに近づいてくるのはごく一般的なセダンの乗用車だった。運転席に見える男性は……こちらに気づいて手を振っている。
 生きた人間のようだ。助手席には少女らしき姿も見えるし、恐らくは親子だろう。

「どうやら生存者らしいな……だが先ほどのこともある。簡単に気を許してはいけないぞ」

「……分かってる」

 とは言うものの正直どう対応したものか困るのが本音だ。
 車内にいるのではっきり見えるわけではないが、一見すればごく善良そうな男性だ。だがそれは才門も同じだった。
 娘を連れた父親が凶行に走るなんて信じたくはない。
 しかし娘のために他人に危害を加えることも厭わないとすれば……疑い出せばきりがない。

 距離は20mほど。
 セダンはゆっくりと俺たちに近づき。






 突如俺たちの視界から姿を消した。






「な…………ッ!?」

 声を上げたのは果たしてどちらだったのか。

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
 気づけば視線の先では、俺たちに近づいてきていたセダンではなく、見知らぬワンボックスカーが横向きに停車している。
 セダンは……ワンボックスとブロック塀の間に。


 より正確には。


 横合いから突然飛び出したワンボックスが、セダンを巻き込み塀に突き刺さっていた。


 処理の遅れた脳が今更になって耳に届いた轟音の意味を知らせてくる。

「……ッ!!」

「ま、待て! 衛宮君!!」

 スクーターを飛び降り大破した2台の車へ向かって走る。
 ノーブレーキで衝突したワンボックスは、セダンの運転席側から突っ込み鋼鉄の車体を見る影もなくひしゃげさせていた。
 だが不幸中の幸いか被害を受けたのは後ろ半分のようで、運転席も助手席も比較的無事に済んでいる。しかしエアバッグに阻まれて乗っていた2人の安否はまだわからない。

 ガソリンがもれているのか、つんと鼻を突く臭いがする。
 とにかくこのままにしておくわけにはいかない。

 激突の衝撃で半開きになっていたドアをこじ開け男性の体を引きずり出そうとするが、エアバッグが邪魔でシートベルトをはずすことすら出来ない。

「くそ、邪魔だ……!」

 指先に何か硬いものが触れる。男性の胸ポケットに入っていたボールペンだった。
 とっさにそれを引き抜きエアバッグに突き立てる。
 ボスン、と埃っぽい空気を吐き出しながらエアバッグがしぼんでいく。

「ぐ、う……」

 意識がある!
 シートベルトをはずしてやると、男性は脳震盪を起こしているのか若干ふらつきながらも自分の足で車を降りた。

「大丈夫ですか、どこか怪我は」

「わ、私はいいんだ、それより娘を……!」

 そうだ、まだこれで終わりじゃない。

 もう一度車内に頭を突っ込み、先ほどと同じ要領でエアバッグとシートベルトを取り除いていく。

 エアバッグの向こうから姿を見せたのは、赤みがかった明るい茶髪にヘアバンドをした快活な印象の少女だった。左の目元に泣き黒子が見える。
 気絶しているものの、息はあるし目立った外傷は見られない。
 父にしても娘にしてもあれだけの速度で衝突されて見た目ほぼ無傷と言うのはとんでもない幸運だ。

「今助けるからな……ッ」

 ぐったりとしている少女を引きずり出し両腕で抱える。
 意識のない人間の体は重いと言うが、それでも少女の体は酷く軽く感じられた。
 そして思い知った。
 <奴ら>の狂気は、こんな幼い少女にまで容赦なく魔の手を伸ばしているのだということを。

 来たほうを向くと毒島先輩が男性の体を支えている。支えられている彼も足取りはしっかりしている。

「衛宮君!」

 先輩に呼ばれ、そちらに駆け出そうとし。



 ドサリ。



 何か重いものが落ちる音に振り返った。

 それはワンボックスの運転席から零れ落ちた、いや、"這い出して"きた。
 <奴ら>だ。運転手だったらしいガタイのいい男だった。

 運転中に"なった"のかは分からないが、正面から突っ込んだこちらの容態はひどいものだった。
 両足は曲がってはいけない方向に向いていて立つこともままならず、エアバッグでさえ衝撃を殺しきれなかったのか肋骨が胸を突き破って露出している。
 その有様でいてなお、そいつはこちらに向かって這いずりよってきた。
 決して獲物を諦めまいと言うように。

 ずる、と引きずるような足音に視線を周囲に向ける。
 恐らく事故の轟音を聞きつけてきたのだろう、あちらこちらから<奴ら>が姿を現し始めていた。

「とにかくここを離れよう。あれだけの音を立てたんだ、ぞくぞく集まってくるぞ」

 先輩に頷き、少女を抱えたまま走り出す。
 後ろから聞こえる<奴ら>の呻き声が、いつまでも俺たちを追い立てていた。











 事故現場から逃げ出しどれほど走ったころか、住宅街の一角で<奴ら>の姿がなくなったのを確認し俺たちはようやく一息ついた。
 流石に子供1人を抱えて走り続けるのは骨だった。
 いくら独学で体作りをしていたとはいえスポーツマンほど体力に秀でているわけではないのだ。すっかり息が上がってしまっている。
 その傍らで毒島先輩が涼しい顔をしていると言うのは、まあ抱えてきたものに差があるとはいえ男として情けない限りだ。

 走ってる間に立ち直った父親に少女を渡すと、俺はどっかりとブロック塀に背を預けアスファルトにへたり込んだ。
 そんな俺に毒島先輩がペットボトルを差し出す。
 コンビニから持ってきたミネラルウォーターだった。スクーターに乗せていた荷物もそれぞれの武器もしっかり持ってきていたようだ。なおさら頭が上がらない。

「君はどこまで行っても向こう見ずというか、後先を考えないらしい」

 まったく返す言葉もない。
 事故を目撃した瞬間2人を助けること以外すっぽりと頭から抜け落ちていた。
 流石に先輩のことまで忘れたつもりはなかったが、荷物のことなど欠片も考えていなかった。

「だがそのおかげで小事で済んだこともある。あの場でとっさに行動できたのは立派だった」

 いや、まあほんとに何も考えていなかったと言うべきか、体が勝手に動いたと言うべきか。

 優しく微笑む先輩にたじたじになって、ペットボトルの水をあおってごまかす。
 すると、着ていた上着を枕にして俺の横に少女を横に寝かせていた男性がこちらに向き直る。

「君たちのおかげで助かった。本当に感謝している」

「あー、ええと……」

 本当にそこまでのことをしたつもりはない。
 男性は驚くほどぴんぴんしているし、そもそも俺たちを見かけて減速したりしなければワンボックスに突っ込まれることもなかったかもしれない。
 そう思うと面と向かって礼を言われるのは少々面映いものがあった。

 そんな俺に助け舟を出すように、先輩が男性に容態を確認している。
 受け答えもしっかりしているしどこかを強く打ったということもないようで、割れたガラスで少々怪我をしたらしいものの基本的には無傷のようだ。
 毒島先輩の見立てでは気を失っている少女も同じようなものらしい。剣道部の練習中に倒れた部員よりよほど健康的な顔色をしている、とのこと。
 あとは意識が戻れば大丈夫だと言うことだが……。

「う、ん……」

「あ、気がついたか?」

 隣で身じろぎをした少女がうっすらと目を開ける。
 無事目を覚まして何よりだ。父親の男性も安心したのか、目にうっすらと涙を浮かべている。
 一方少女はのんきなもので眠たげに目をこすりながら体を起こす様子は、気がついたと言うよりほとんど寝起きのそれだ。

「あれ、パパ……あたしどうしたの……? お兄ちゃんたち誰?」

「よかったありす、どこも痛くはないか? 怪我はしてないな?」

「ふゃ? くすぐったいよパパぁ」

 突然父親に抱きしめられ困惑する姿がまた微笑ましい。
 そっと体を離した父親が頭を撫でてやると、はにかんだように笑みを浮かべる。

 ああ。

 純粋な"笑顔"を見ることがもうずっとなかったようにさえ感じられる。
 先輩も決して笑わないわけではない。だがその奥には常に一抹の緊張感を纏っていたことも確かだ。
 <奴ら>が現れてからというものこれほど屈託のない笑顔を浮かべられることがどれほど貴重なことか。
 そしてこの笑顔が失われなかっただけでも、俺の行動に意味があったと思えるのだ。

「私は希里といいます。こっちは娘のありす。ほらありす、ご挨拶なさい」

「希里ありすです。小学2年生です!」

「あ、俺は藤美学園2年の衛宮士郎です」

「同じく3年の毒島冴子だ。よろしく」

 先輩も膝を下ろし、少女──ありすに視線を合わせて頭を撫でる。

「再三になるが痛いところはないか? 頭痛がしたり気分が悪かったりしたらすぐに言うんだ」

「ううん、平気だよ。ねえパパ、何があったの?」

 気がついたら知らない人がいて、さらに口をそろえて怪我はないかと聞かれれば不安にもなるだろう。
 ぺたぺたと自分の体をまさぐりながらありすは首をかしげる。

「事故に巻き込まれたんだよ。でもこのお兄ちゃんが助けてくれたんだ」

「そうなの? あ、ありがとうございます!」

 ぺこりと頭を下げるありすだが、やっぱり俺としてはどうも居心地が悪い。

「あの恐ろしい連中が現れてから目も覆いたくなるものばかり見てきた。人も、そうでないものも……だが君たちのような子がいると思うとまだ希望が持てるよ」

「その賛辞は彼に送ってあげてください。貴方たちを助けたのも、<奴ら>が現れてなお……いや、一層そのスタイルを貫いているのも彼ですから」

 私はその真逆にいる、となぜか毒島先輩は自嘲気味につぶやいた。

 その意味するところはわからないが、俺としてもそんなに褒め称えられるようなことをしているつもりはない。
 半分は自分の奥に潜むよく分からない衝動に任せているようなものだし、それに大体、

「困っている人がいたら助けるのは普通じゃないか?」

 って、なんでそこで呆れた顔をするんですか毒島先輩。あ、ため息ついたよこの人。
 希里さんは希里さんでなぜか感心しているし、ありすは……。

「ふぁー……」

 な、なんだろう、この何か期待に満ちたような満面の笑みは。
 そしてその笑顔のまま、背筋のあわ立つような恥ずかしいセリフを、




「なんだかお兄ちゃん、■■■■■みたい!」




 ────僕はね、士郎。



 何か大切な言葉を、言った。



「……今、なんて?」

「ん? どうした、衛宮君」

「あ、いや、なんでもない」

 今のは何だったのだろう。
 どうしたって聞き覚えのない、だが絶対に忘れられない言葉だった気がする。
 だがそれはなぜか俺の記憶の中には残っていない。まるでその言葉だけが削除されてしまっているようだ。

「ところで希里さんたちはどちらに向かうご予定で?」

 俺の様子に怪訝そうな顔をしたものの、毒島先輩らは話し込み始める。
 俺も首を振ってそちらに耳を向けることにした。

 ────そもそも"あんななんでもない言葉"を隠そうとする理由が分からないのだ。

「自宅に向かう途中だったんだ。私は勤め先から娘を迎えに行ったんだが、家内がまだ家に残っているはずで……」

 希里さんが最初に異変を察知したのは会社でのことだったらしい。
 営業に出ていた同僚が何者かに襲われて病院にいると言う連絡を立て続けに受け、何かがおかしいと思った彼は会社を抜け出し車で学校までありすを迎えに行ったそうだ。
 そして車中のラジオや町の様子で何が起こっているのかを悟ったという。
 だが家に連絡しようとしても携帯の回線がパンクしていて繋がらない。そこで直接家に向かう途中だったのだ。

「家内を拾って、そのまま洋上空港へ向かうつもりだったんだが……そういう君たちは?」

「俺たちは仲間の乗ってるバスとはぐれてしまって。みんなと合流した後、やっぱり家族の安否を確認に行くつもりです」

 こうしてみるとどちらも行動方針は大体同じだ。
 だが揃って移動の足をなくしてしまった今、下手に身動きをとることさえ憚られる。

 のだが……。

「希里さんちは近いんですか?」

「ああ、歩いて5分もすればつけると思うが……」

「それなら、」

「衛宮君」

 毒島先輩の声。
 分かっている、それが利口な選択じゃないことくらいは。
 今までだって助け出すことなんて出来ないと家にこもる人々のことを見て見ぬ振りをしてきた。今回も同じだ、この世界で生き残るためには無用な善意は命取りになる。
 あるいは移動手段があればまだよかったかもしれないが、結局スクーターはあの場に放置してきてしまっている。今から取りに戻るのはそれこそ自殺行為だ。

 だが俺は一度彼らを少なからず手助けしてしまったし、そんな人たちをこのまま放って置く気にはどうしてもなれない。
 それに、こんな幼い少女が母親を亡くしてしまうような様子は絶対に見たくなかった。

「毒島先輩、やっぱり俺、」

「バイクの音だ」

「え?」

 彼女の口から出た予想外の言葉に思わず首をかしげる。
 だが耳をすませてみると、確かに<奴ら>の呻きや遠くから聞こえる喧騒に混じってバイクのエンジン音が聞こえてくる。
 それも徐々に大きくなっている……つまりこちらに近づいてきているということだ。

 思わず立ち上がってバットを手に取った。
 先ほどのこともある。流石に<奴ら>にバイクを運転できるほどのバランス感覚はありそうにないが、乗ってるのがまともな人間とは限らないのだ。
 希里さんも身構え、ありすは俺たちの物々しい様子におびえたのか彼の後ろに隠れている。

 出来るならそのまま通り過ぎて欲しい。
 あるいは希里さんたちのようにただ逃げ場所を求めているだけであって欲しい。

 だがもし先輩や、あるいはこの小さな少女を傷つけようとするなら……。

 腰を落としバットを構える。
 男であれ女であれ相手が生きた人間だとして、俺に攻撃が出来るかはわからない。いや、だが覚悟は出来ている。
 ひとつ思うとすれば、せめて怪我をさせずに追い払いたいところだが。

 通りの向こうにオフロードバイクが姿を現す。
 やがてバイクの運転手もこちらに気づいたのか、徐々に速度を落とし……って。

 まさか。

 ハンドルを握る男と、その後ろにまたがる女の姿。
 いや確かにそう望んでいた。けれども本当にそれが叶うなんて。




 あれは、間違いなく。




「孝、それに有瀬も!!」

「士郎、毒島先輩、よかった無事だったか!」

 孝がサドルから降りバイクを押しながら歩いてくる。
 有瀬はその後部から飛び降りると、転びそうになりながらも一目散に駆け寄ってきた。
 そのまま俺の手をとってぶんぶんと上下にシェイク。

「衛宮君、ほんとに衛宮君だよね! よかったよぉ、もう凄く心配で……っ」

 時間にしてほんの1,2時間と経っていないだろうにもかかわらず、まるで数日振りに顔を見たような気分だ。
 有瀬などこみ上げる涙をこらえきれず毒島先輩の胸を借りて宥められている。「ふぇぇぇ……毒島せんぱぁい……」「よしよし、君たちこそ無事でよかった」なんて次第だ。

「けど2人だけか? 宮本や……それに沙耶は?」

「安心しろ、高城も静香先生もみんな無事だ。そっちこそ、よく生きてたよ……いや、死んだと思ってたわけじゃないけど」

 いやまあ確かにバスから転がり落ちて<奴ら>の中に取り残されたのを見ていたのだ。むしろ生きていると思うほうが非合理だ。

「高城がね、士郎は本当にやばいときこそ自力でどうにかするって言ってたよ。そういわれると確かにそうだったかもしれないって思ってさ」

 川流れ事件とかカツアゲ事件とか、と孝は懐かしい言葉を持ち出してくる。
 どちらも昔あった騒動の名前……って失敗談ばっかりだ! あと川流れ事件は孝も当事者だ!

「と、とにかく、バスはどうしたんだ?」

 そう、彼らはバスで先行してたはずだ。
 にもかかわらずバイクで2人、こんなところをうろついていた理由を突き止めなければならない。

 決して興味深そうにしている先輩や有瀬の目を逃れるためではないのだ。

 なんて言い訳しつつ有瀬が落ち着くのを待ち、俺たちがはぐれてからの顛末が2人の口から語られる。

 あの後バスは道なりに御別橋方面へ向かっていたが、途中孝と宮本が俺たちと同じようにバスからはぐれてしまったらしい。
 孝らはそこで今乗っているバイクを調達し別ルートで大橋へ向かう。
 そしてちょうど橋の交通制限で足止めを食らっていたところでバスを降りた沙耶や有瀬たちと合流したそうだ。

 …………まあ、こういうことを俺が聞くのもあれなのだが。

「なんでまたそんなややこしい事になってるんだ?」

「まあ色々とな……こういっちゃ何だが、それもこれも紫藤が乗ってたからだ」

「紫藤教諭か。確かに一緒に乗り込んでたと思うが」

「アイツ……突然バスの中を仕切り始めたんだ。資格がどうとかリーダーがどうとか」

 その末に親の仇の如く紫藤を嫌っていた宮本がバスを飛び出し、それを追って孝が降りたところで事故がおき分断されてしまったという。

「小室くんたちが降りてからも紫藤先生、なんだかいやな感じだったな……。高城さんは"紫藤教の始まりだ"って言ってたけど」

 普段人の悪口など言うほうではない有瀬にしてこう言わせるのだから、相当なものだったのだろう。
 俺たちの中で統一されていた家族の安否を確認しに行くと言う意見を棄却した紫藤は、藤美学園生による極めて閉塞的なコミュニティの形成に乗り出し始めたらしい。
 それを本人が自覚していたかはともかくとして、だ。
 最終的に沙耶や有瀬たちはそれに反発する形でバスを離脱。ドライバーを努めていた鞠川先生が残留を迫られるも、平野の援護によって共に降りることが出来た。

「そもそも、士郎たちを見捨ててバスを発進させたのは紫藤なんだ。さすがに僕はそんなヤツと一緒にいる気にはなれなかった」

 なるほど、あの時バスが走り出したのはそういうわけだったか。
 鞠川先生や一緒に乗っていたメンバーの性格からして不自然だとは思っていたが、そういうことなら納得できる。

 けれどそれを聞いたところで紫藤を恨んだり憎んだりする気持ちにはならなかった。

「カルネアデスの板だな。あの時バスの発進が遅れていたら全員が被害にあっていた可能性もある。そう考えれば紫藤教諭の判断は決して間違いとはいえないだろう」

 毒島先輩が俺の考えを代弁してくれた。

 カルネアデスの板。
 今にも溺れそうな2人が1枚の板にしがみついたとき、一方がもう一方を突き飛ばして水死させても後の裁判で罪に問われなかったという話だ。
 現代においてもこれは刑法でいう『緊急避難』が適応される。
 その判断の元で俺たちを切り捨てたのであれば、紫藤が下した判断は非情ながら理解できないものではない。

 ただ俺が逆の立場に立ったときその決断を決して受け入れられないだろうとしても、それとこれとはとりあえず別の問題だ。
 俺を切ってみんなが助かるんだとしたら、まあしょうがないと思えた。

 無論のことあっさり死ぬつもりはない。板から手を話した後も毒島先輩に助けられつつ必死こいて泳いできたから今ここにいるわけだし。

「加えてこの非常時にリーダーシップを発揮し生徒をまとめる手腕も評価に値する部分はあるだろう」

 そう続ける先輩に孝は露骨に苦い顔をしている。
 先輩はただし、と苦笑しながら付け加えた。

「そのやり方が私の好みかというと別だがね。それはそれとしてだ、君たちは2人だけで何をしてるんだ?」

「あ、ああ、そうそう。俺たち静香先生の友達の部屋を借りることになったんです。まあ勝手に、だけど」

「鞠川校医の?」

「警官とか言ってたかな。川沿いのメゾネットで、塀も高くて門も頑丈だから<奴ら>は入ってこれそうにないんだ」

「こーんな大きな車もありました。えっと、なんだっけ、はんびー? って言ってたような」

「平野の見立てじゃ銃もありそうだって……」

「な、なんかそれ凄いな……どんな友達なんだ」

 さあ、と首をかしげる2人。
 いくら警察官だからといって自宅に銃やらハンヴィーやら置いてあるっていうのは過激に過ぎる。
 っていうかそもそも警察官って銃を自宅においておいたりするようなものなのだろうか? なんだか話を聞いているともっとヤバげなものな気がしてくる。

「ま、まあ敷地内には<奴ら>もいたけど全部倒して部屋を確保したんだ。そしたら、」

「私が無理言っちゃったんです。私の家、この近くだから様子を見に行きたくて……」

「それで君たち2人だけで出てきたのか? いくらなんでも無謀にもほどがあるぞ」

「う……それは、そうですけど……バイクでさっと行ってきちゃうつもりだったんですよ。みんなでぞろぞろ行くと余計時間かかるし」

「はぁ…………どうやら君も若干似たような節があるらしいな」

 ちらりと俺を見る先輩。
 あ、待て、今なんか嫌な引き合いに出された気がする。

「……僕と士郎が似てる……」

「なんでちょっとショック受けてるんだよ!」

 顔を逸らすな顔を!
 そりゃ俺だって少しくらい無鉄砲なことは自覚してるけどそこまで言われるほどじゃない……はず、だよな?

 激しく追及したいところだが、したらしたで巨大なブーメランを食らいそうなのでぐっとこらえる。
 鈍い俺でも流石にここはまずいと踏んだのだ。先輩の目がめちゃくちゃ冷たかったから。
 いや、はい、迷惑かけ通しで申し訳ありません。

 どうにか逃げ道を探していると先ほどからちらちらと希里さんたちを気にしていた有瀬があ、と声を上げた。

「もしかして、希里さん……ですか?」

「うん……? もしかして、有瀬さんとこのお嬢さんか!」

「はい! ありすちゃん、久しぶり。私のこと覚えてるかな?」

「えっと……あ、智江おねえちゃん!」

 ぴょんと跳ねてありすが腰に飛びついた。有瀬は笑ってそれを受け止める。

 知り合いかと尋ねると、なんとはす向かいのご近所だったそうだ。下3人の弟を持つ有瀬がありすの世話を任されることもあったとか。
 彼女が学園に入ってからはなかなか会えなかったようだが、2人は姉妹のように再会を喜んでいる。

 けどやっぱり有瀬の家もこの近所だったのか。だとしたらやはり様子を見に行くべきだろう。
 その提案に毒島先輩はしぶしぶながらも頷いてくれた。

「だがせめてこの子をそのメゾネットとやらに送り届けるべきだろう。子供を連れて徒歩で移動するのはいざというときに危険だ」

 それは、確かにそうだ。
 有瀬家も希里家もここからすぐそこらしいが、メゾネットへは歩きで10分弱は見たほうがいいらしい。
 10分。普段ならたいしたことのない距離だが状況が状況だし、そろそろ日も落ちきって夜になりそうだ。
 どうも感覚的に時間が経つに連れて<奴ら>の数も増えているように感じる。

 全員でメゾネットに行ってまた出てくるのはかえって危険だろう……と思ったところで孝らの乗ってきたバイクが目に入った。

「ならバイクで先に連れて行ったらいいんじゃないか?」

 それならありすを安全に送れるし、メゾネットにいるという沙耶たちに現状を知らせることも出来る。

 とするとあとは誰がいくことになるかだが……。候補は俺か孝、あるいは毒島先輩の3人だろう。
 さて、ここは……。


 1.孝に戻ってもらうか。
 2.毒島先輩なら安心して任せられる。
 3.俺が行こう。




/*/


 と言うわけでみんなのヒロインありすでした(菜々子的なポジションで)。

 このタイミングでありすを出すことは前々から決めていたのですが、直前になって孝やヒラコーの見せ場を奪いたくないとギリギリまで悩みました。
 結局本筋は変更しませんでしたが、2人にはこのチャプターのクライマックスで存分に頑張ってもらうつもりですのでよろしくお願いします。

 しかし孝と士郎って組ませるの難しいな……。




>士郎弱い、足手まとい、何やってんのこの子!

・それが士郎クオリティ。
 何でかよく分かりませんが私は士郎が大好きです。ゾンビと同じくらい好きです。


>死亡ルート

・やはり多すぎても話が進まないと言うことで少し調整していくことにします。
 まあでも死亡ルートも書いてて楽しかったりするのでここぞと言うときにはさんでいきたいと思いますが……。


>士郎のチート

・確かにそういう点では爽快感のあるシーンがあってもいいやも……。
 ラストのほうとかどこかで組み込めないか考えてみますか。




 余談ですが、原作時の希里親子は「車で御別橋を渡ろうとする→渋滞や混乱を目の当たりにして車を捨てて隠れ場所を探していた」という仮定で書いていたり。
 あと距離的にありすの小学校は御別小学校ではなさそうだな、とみてます。そんだけ。



 追記:誤字修正しました。登場人物の名前間違って覚えてるとかマジ恥ずかしい限りであります……。orz


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