いや、止めておこう。あまりここでぐずぐずしていては孝たちと距離が開くばかりだ。
「えっと、俺たち先を急ぐんで……」
「そうか、まあそれが良いだろうな」
角が立たないかだけ不安だったが、店長は特に気にするそぶりもない。
とりあえずはこれでよかったのだろう。
「じゃあ適当に店の中を見ててくれ。荷物を入れるものがいるだろう、使ってないバッグがあるから君たちにやるよ」
「それは貴方にも必要なものなのでは?」
「俺は平気だ、家も近いしな」
そう言って店長は奥へと引っ込んでいく。
店長がいなくなりさてどうしようかと思ったところで、不意に毒島先輩が口を開いた。
「意外だな、君なら挨拶くらいしていくものかと思ったが」
そういう彼女の視線は、気に入らないものをにらみつけるように店の奥へと向かっている。
そうだろうか?
確かに場合が場合でなければ顔を見せておいたほうが良いくらいには思ったかもしれない。
ただ物資補給のため立ち寄ったとはいえ、一刻も早くバスに追いつきたいのは事実だ。沙耶たちだって心配しているに決まってる。
それに……。
「なにか、妙な感じがしないか?」
「…………確かに、な」
先ほどから思っていたことだが、<奴ら>が現れてから初めて荒らされていない場所にたどり着いた気がする。
店の中は異変が起こる前とさして変わった様子もなく整然とした様子を保っている。
ここは学園を出て唯一、俺たちが知っているままの姿をとどめていたのだ。
彩りに溢れたお菓子、ガラス戸の向こうのドリンク、ラックに差された雑誌や新聞。レジカウンターの上にはホットプレートがウィンナーに焼き目をつけている。
それがどうしてなのか、やけに目に付くのだ。
あるいはこの異常が始まって半日足らずで感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
しかし、上手く言葉に出来ないが……静寂が、不気味なのだ。
俺も先輩も黙ってしまうと、空調の音だけが周囲を支配する。
いや、よく耳を澄ませてみると店の奥のほうからかすかに銃声や爆音のようなものが聞こえる。ゲームの音だろうか……?
そこで初めて、俺は違和感に気づいた。
「そうか、BGMを流してないんだな」
「BGM?」
「こういう店って店内放送でBGMや……CMとか流してるもんじゃないか?」
「なるほど……言われてみるとそうだな」
違和感の正体が分かると、少しばかり緊張が解けた。
恐らく<奴ら>が近寄らないように放送を切ってあるのだろう。それなら納得できる。
しかしそうして自分を納得させても、のどに小骨が刺さったような不快感だけがどうしてもぬぐいきれなかった。
毒島先輩と2人、あれこれと店の中を物色して持っていけそうなものを吟味する。
飲み物に500mlから1000ml程度のサイズの水、あとは補給効率のいいスポーツドリンクをピックアップ。
水のメーカーをどれにするかで揉めかけたが非常時なのでどっちでもいいという結論に落ち着いた。
問題は食料だ。
これは飲み物も同じだが、実際必要になるのか、どれほどあれば大丈夫なのか難しいところだ。
あればあるだけ困ることはないだろうが持ち運べる量には限りがある。
そしてものは非常食なので、当然のことながら生ものは却下。この時点でだいぶ選択肢が狭くなる。
「おにぎりや……パンもダメか。カップ麺は……」
「熱湯が確保できなければ食べられないものは避けたほうが良いだろう」
「だな。ってことはやっぱり缶詰か……」
鯖や鰯、焼き鳥の缶詰をかごに入れていく。乾パンは見当たらなかったが、消費期限の長いスナック類でカバーすることにした。
それに確かチョコレートはあるといざというときに助かると聞いた覚えがある。
「む、カロリークッキーか。これは……美味いのか?」
「あー、なんか沙耶が一時期ダイエットだって言ってそればっかり食べてたな」
そのときに貰ったことがあるが、お菓子として味付けされていて食べやすくはあった。
そう言うと先輩はふむ、と頷いて纏めてかごに放り込む。確かにブロッククッキーはこういうときには便利かもしれない。
まあ正直食に一家言ある身としてはこんなコンビニ食品ばかりで過ごすというのは噴飯ものなのだが、そればかりは状況ゆえに文句も言えない。
食に不満を言えるのは肉体的、精神的、そして経済的に余裕のあるときだけなのだ。
買い物籠ひとつをいっぱいにしたところで一度手を止める。
あの店長さんが用意してくれるものがどれくらいの大きさのカバンかは分からないが、どんなに大きくてもこれ以上入れるのは無理だろう。
缶詰や飲み物があるので重量もそれなりだ。
あとは懐中電灯に乾電池、100円ライターをいくつか見繕ってやれば良いだろうか。
「携帯電話の充電器か……毒島先輩、携帯電話は?」
「あいにく持っていない。そういう君は?」
「寮におきっぱなしだな……」
何かのときのために、と親父さんたちに渡されたものだったが、ついつい部屋に置きっぱなしにしてしまうのだった。
最も学園内では携帯禁止だったので普段から持っていっていなかったのだが。
「…………役に立たなければいいんだけどな、こんなもの」
かご一杯になった非常食(として見繕ったもの)を見てつぶやく。
警察か消防か、あるいは自衛隊がどこかに避難所でも築いていて、<奴ら>に対する対策を進めていれば。
もちろんそれが希望的観測……それも先ほどのニュースのことを思うに可能性の低い話だということはわかっている。
「そうだな。だがいざという時はこれが私たちの命綱だ」
「分かってる」
「そして同時に私たちの命を危険に晒す可能性もあることを忘れてはいけない」
「……っていうと?」
「仮にこれをもってバスに合流できたとしよう。だがこれだけの量で全員に行き渡るか? 恐らく2日ともつまい」
あるいは奪い合いになるかもしれない。あるいは暴徒と化した人間に食料を狙って襲われるかもしれない。
毒島先輩はそう続ける。
「時と場合によっては躊躇せず捨てる必要があることを理解してくれ」
すぐには、頷けなかった。
毒島先輩の言いたいことが嫌というほどにわかってしまったからだ。
彼女は、"生きた人間にも警戒しろ"といっているのだ。
ニュースで見た略奪を繰り広げる人間たちを思い出す。
毒島先輩の言葉は決して的外れなどではない。既に人々は、秩序を失いかけているのだ。
だがそれは、酷く悲しい言葉だった。
生きているもの同士協力し合えるはずじゃないのか。そんな思いが胸を占める。
俺の表情に何かを読み取ったのか、毒島先輩は穏やかにしかし厳しい言葉を連ねていく。
「衛宮君、君はとても優しい。だからこそ分かって欲しい。もはや敵は<奴ら>だけではないかもしれないんだ」
「………………敵」
「もちろんこれは悲観的な予測だ。あるいは状況はもっとマシかもしれない。だがそうでないかもしれないことを考えなければ、生き残ることは出来ないよ」
それは、その通りだ。
事態を楽観視して判断を誤れば即座に破滅に繋がるだろう。
けど。
けどそれでも俺は……。
「……すぐに答えなくていい。けれど、いつか覚悟しなければいけなくなることは覚えておくんだ」
あるいはそれは、すぐそこまで迫っているかもしれない。
先輩は最後にそう付け加えた。
それからしばらくは2人とも無言だった。
気分の優れない俺に気を使ってくれたのか、毒島先輩の差し出してくれたコーラのプルタブを切ってあおる。炭酸が喉を通り抜け、幾分か気分が楽になる。
店内で棚から取った商品をそのまま飲むのは妙な気分だった。
そういえばあの店長、金は要らないから好きなだけ持っていっていい、そう言っていた。
彼はもうあきらめたのだろうか。
<奴ら>の出現から一瞬で日常は崩壊した。彼はもう、それが戻らないものだと分かってしまったのだろうか。
俺は……どうなのだろう。
学園で何人もの死を目の当たりにした。
その度に憤りや無力感を覚えている。
俺は、取り戻したいのだろうか……これまでの日々を。それとも……。
「買い放題は憧れるものがあるが、コンビニではたかが知れているな」
「え?」
突然何を言い出すのか、先輩はお茶のボトルを開けながら笑っている。
買い放題?
それはそうかもしれないが流石に不謹慎じゃないだろうか。
……いや、先輩の表情。今のは先輩流の冗談か。
どうやら変に気を使わせてしまったようで申し訳なくなる。けどその思いを無碍にも出来ないし、ここは感謝もこめて乗っておくことにする。
「はは、確かに。けど先輩でもそういうのあるんだな」
毒島先輩はもっとストイックな印象だった。物欲なさそうというか。
「私も一介の女子高生だよ、欲しいものは色々ある。そういう君こそ何かないのか?」
欲しいものねえ……。
昔からあまりアレが欲しいこれが欲しいと思うことはなかった。
恵まれていた、というわけではない。高城家は確かに裕福だったが、何でもかんでも買い与えるような甘やかすばかりの親ではなかった。
ただ本当に必要なものは何でも揃えてくれていたし、俺としてはそれだけでも十分すぎるくらいだった。
沙耶にはもっとわがままを言ったらどうだなんて言われていたが。
音楽を聴くわけでも読書家なわけでも服にこだわるわけでもないので、その辺に金をかけたことはない。
けど人に言われるほど無欲でもないと思う。
例えば……あー、ちょっと前に見た新しい包丁が欲しかったかもしれない。
後はそうだ、この状況でも沙耶たちを守れるだけの腕っ節とか……。
「…………身長、かな」
「は…………ぷ、くくくくっ。しんちょう、そうか、身長か。それは難しい……ふふふふ!」
「な、そんなに笑うことないだろ……っ」
これでも気にしてるのだ。
すらっとした毒島先輩と並ぶとほとんど見た目に差がない。もう10……いやせめて5cmは欲しい。
「いやすまない、私はどちらかというと背丈がありすぎてな。剣をやるには不足ないが、女子としての可愛らしさには事欠く次第だ」
く、当て付けか!
どうせ俺は高くも低くもなく中途半端ですよ。
そしてこれ以上この話題は恥を上塗るばかりになりそうな予感がするので、何か逃げ道はないかと周りを見る。
と新聞が目に付いたので誤魔化すように広げてみる。いや、情報が欲しいんですよ、ホントホント。
紙面には政治関係、ビジネス関係の話題が目立つばかりでどこにもおかしな記事は載っていない。
気になるトピックとしては人工衛星の再突入や欧米での暴動、アフリカで疫病が発生したことなどが載っているが、大して役に立つ情報ではない。
いや、あるいはその中のどれかは<奴ら>と関係があるのかもしれないが今それが分かったところでどうしようもないのだ。そういった話は混乱が落ち着いたあとで専門家に任せるべきだろう。
たたみなおしてラックに差し込むと、先輩が顔を出した。
「何か気になることは書いてあったか?」
「少なくとも今朝の時点では誰もこの事態を予測してなかったってことくらいかな」
「そうか……ッ!? 衛宮君、どうしたんだそれは!」
「は?」
なんだ、突然先輩は俺の手を取って、うわ真っ赤だ!?
いつの間にそうなったのか、手のひらは血で赤く染まっている。気づかないうちにどこか怪我をしていたのか?
だが体にはどこも痛むところはない。
「これ、俺の血じゃない……」
「なに……?」
俺は出血していないのだから必然的にそうなる。
しかし学園で浴びた返り血は職員室で洗い流したかあるいはとっくに乾いているし、それから血のつくようなものに触った覚えはない。
ついさっきまでそんなに汚れていなかったのだ、あとは食料品を集めて先輩からもらったコーラを飲んで……。
その可能性に思い当たり先輩と2人、視線をラックに差さった新聞に向け、恐る恐るそのうちのひと束をどかしてみる。
あった。
先ほど手に取った経済新聞の裏側、スポーツ新聞との間にべっとりと赤い血の跡が。
「…………ッ」
背筋に冷たい針を刺されたかのような感覚が通り過ぎる。
あったのだ。
ここでも何かが、いや恐らくは<奴ら>がいたのだ。
街を、いや世界を巻き込むほどの異変だ。このコンビニだけが何事もなかったなんてことはないだろう、そのくらいには考えていた。
だが何より恐ろしいその事実。
ここで惨劇があったことではない。
さも何事もなかったかのようにその事実を覆い隠し、平然と振舞っていたあの店長が。
何か酷く恐ろしいもののように感じられた。
そういえばその店長はどこに行った?
カバンを取りにいくといってからもう5分か10分は経っているはずだ。
いくらなんでも、
「避けろ!!!」
叫んだのは毒島先輩だったが、とっさに横に転がったのはその声に反応したからではなかった。
映っていた。
ガラス窓にうっすらと、クリケットバットを振り上げる才門の姿が。
殺人的な勢いで振り下ろされたバットは金属製の新聞ラックに突き刺さりその支柱をいびつにへし曲げた。
それだけでは飽き足りないのか、バットを引き抜くと今度は毒島先輩を狙って二度三度とスウィングを繰り返す。
先輩も持ち前の反射神経で回避を続けるが、いかんせん彼女は今手ぶらなのだ。更に通路は狭く、相手の懐に入るにもリーチに差がありすぎる。
「止めろ、何考えてるんだあんた!!」
すると今度はこちらの声に反応し、バットを叩きつけようとしてくる。
危ういところで屈み込み、右に左にと体を動かしてかわすとその度に棚に陳列されていた商品が哀れにもバットの直撃を受け吹き飛んでいく。
刹那。
取り付かれたようにバットを振り回す才門と目が合った。
背筋が冷たくなる。
────こいつ…………本当に生きてるのか?
才門は間違いなく生きている。
<奴ら>には感じられない生気を感じるし、目には知性の光が宿っている。
だがその表情は。
生きた人間にあってしかるべきの"色"がすっぽりと抜け落ちていた。
無表情なんて生易しいものではない。まるで能面を被ったように感情の色が見られないのだ。
まるで……<奴ら>と同じように。
「…………なんだ、おれが……」
「なに?」
ぶつぶつと何かをつぶやく才門の言葉に一瞬気をとられる。
だがそれがまずかった。
才門はその隙をついて肩からこちらに突っ込んでくる────ッ!
「がッ…………!!」
もろに体当たりを食らい背中から商品棚に激突する。
その衝撃で棚が壊れたのか頭からおにぎりが降り注ぐがそれを気にしている余裕はなかった。
目の前に、バットを振り上げた才門が────。
「ニックは駄目なヤツなんだ、俺が面倒を見てやらないと……。あいつは腹をすかせてるんだ」
「………………ッ」
だがバットが振り下ろされるよりも一瞬早く、俺と才門の間に黒い影が躍りこむ。
「はぁッ!!」
今度は才門が吹き飛ばされる番だった。
毒島先輩が体重を乗せた掌底をあごに叩き込みよろめいたところでボディをえぐる。
惚れ惚れするようなコンボだ。
才門は流れるような攻撃を受け、足をもつれさせながら一枚の扉に倒れこむ。店の奥に続く扉だ。
立て付けが悪かったのか元々安普請だったのか、木製の扉は勢いよく突っ込んできた才門を支えきれずに破れ落ちた。
足元に才門の手から落ちたバットが転がっている。
「無事か、衛宮君」
「ああ……先輩こそ?」
「平気だ。それにしても……」
手を借りて立ち上がると、彼女は落ちていたバットを拾い上げる。
よく見ると先端が赤黒く汚れている。
<奴ら>の血なのだろうか……あるいは。
「あい、つは……どうしようもない……俺が食わせて、やらないと……」
才門は苦しげにもがきながらうわ言のように同じ言葉を繰り返している。
「アンタ、一体何を……」
「無駄だ衛宮君。彼はもう壊れてしまったんだ」
「壊れて……?」
「精神がもたなかったのだろう。彼の話していたニックというのは恐らく、」
のっそりと扉の奥、倒れた才門の向こうに人影が現れたのはその時だった。
太った体に薄汚いシャツを纏った男はしかし、もうすでに人間ではなかった。
シャツも口周りも赤黒く染まり腕や首筋には大きな傷跡がついている。
ニック、とその姿を呆然と見上げ才門がつぶやく。
彼がニック?
引きこもりでお調子者でサルの真似が上手い?
「閉じ込めていたようだな……<奴ら>になった親友を」
「…………あ、」
一瞬だった。
あまりのことに思考を停止させてしまったその一瞬で、
ニックだったものは、死してなお彼を守り続けようとした親友の体に食らいついた。
「ぎゃああああああああああぁああぁぁあぁあぁああぁぁ……ッ!!」
狭い店を震わせる悲鳴と、肉を噛み千切る生ぬるい音が響く。
壊れた戸の奥から聞こえるゲームの音、回り続ける空調。
取り繕った日常が、血の色に染め上げられていく。
才門が諦めきれなかった平穏が、ぐちゃぐちゃと音を立てて消えていく。
その光景がまるで俺に叫び続けているようだった。
もう決してかつての日々が戻ることはない、と。
「…………せめて共に逝かせてやろう」
毒島先輩が1歩踏み出す。
その手に握られたバットを掴んで、俺は彼女を引きとめた。
「俺に、やらせてくれないか」
「……………………分かった。だが無理はするな」
「ああ……大丈夫だ」
バットを受け取り両手でしっかりと握る。
ニックは才門の体を貪ることに夢中でこちらには目もくれない。
もう悲鳴は聞こえない。才門は事切れていた。
バットを上段に振りかぶる。
「………………ッ!!」
そして振り下ろした。
初めて<奴ら>と、そして人を殺したこの感触を、俺はきっとこの先忘れることはないだろう。
────たとえ、世界が元通りになったとしても。
店の前に止めていたスクーターに腰掛け視線を宙に漂わせる。
遠くでは相変わらず黒い煙が立ち上っているが、見上げた空は間抜けなほどに青く、視線をおろしていくと緩やかに色が変わっていく。
もう夕方だ。
これから徐々に空は赤く色づき、2時間もしないうちに日が沈むことだろう。
せめてそれまでには孝たちに追いつきたい。そう先輩と相談していた。
荷物は店の奥にあったカバンに詰めスクーターにくくりつけてある。
あとは武器になりそうなものを物色している先輩が来れば出発できるが……と、ちょうど戻ってきた。
手には鉄パイプらしきものを持っている。
「少々重いが、長さはちょうどいい。しばらくはこれで事足りるだろう」
ちなみに才門の持っていたバットは俺が預かることになった。
学園で使っていた重すぎるレンチよりよほど使いやすい。
「じゃあそろそろ行くか」
「そうだな。だがその前に、君に聞きそびれていたことがある」
「ん?」
俺の前に歩み寄った先輩は、真剣な眼差しでこちらの顔を覗き込んでいる。
動悸が早くなったりしなかったのは単にそんな気分ではなかったからだ。
「君はあの時……学園で逃げそびれた男子が噛まれたとき、助けに戻った。もう無駄なことは分かっていたはずなのに、何故だ?」
「それは……」
彼女の目に非難の色はない。ただ突き刺すように鋭い眼差しがあるだけだ。
助けに戻ったところで無駄なことは分かっていた。
それでも引き返したのは。
諦められなかった……違う。
「"諦めちゃいけなかった"から」
「どういう意味だ?」
「俺は、約束をしたんだ」
「約束……」
それは俺を、衛宮士郎を形作る最も大切なもののひとつ。
交わした相手の顔も名前も、それどころかその内容すら思い出せないけれど、違えてはならない"衛宮士郎の根幹"。
だから戻った。
彼らの命を、たとえ結末が分かりきっていたとしても最後まで諦めてはいけなかったのだ。
俺が"衛宮士郎"でいるために。
「……そうか、それが」
先輩は何事か口の中でつぶやくと、大きくかぶりを振った。
そして厳しい口調のまま続ける。
「今度のことでわかったと思うが、これからもそんな振る舞いを続けていては決して生き残れない。<奴ら>はもとより、君の心につけこもうとする輩も現れるだろう」
人ではありえなくなった<奴ら>も。
そして<奴ら>によって気を違えた人間もまた、愛すべき隣人ではなくなる。
「それでももし、またあのような場面に出くわしたとき……君は同じように行動するのか?」
「ああ、多分そうすると思う」
おそらく俺のこの生き方を変えることは出来ない。
内容を思い出せないはずのそれは、ずっと俺の中心にあるのだ。それを崩すことは出来ないだろう。
だがそれだけでは生き残れないし沙耶たちを守ることも出来ないこともまた道理だ。
「けど、ひとつ勘違いしていたことがあったんだ」
俺はずっと、<奴ら>は何がしかの病気のようなもので、事が落ち着けば元に戻せるんじゃないか。そんな風に思っていた。
だから彼らを攻撃することに躊躇いを覚えていた。
しかしそれが間違いだと初めてそう感じたのは孝たちから"<奴ら>"という単語が出てからだ。
それは名前を持つことでついに人間とは違う存在だと、俺の中で確固とした形を得た。
<奴ら>に名前を与えた井豪も、いち早くそのことに気づいていた沙耶たちも、本当に頭がいい。
<奴ら>は人を殺し、食らい、そして狂わせる。
ようやく俺は<奴ら>を確かな"敵"だと認識したのだ。
「覚悟を決めたよ、先輩。俺はもう<奴ら>と戦うこと……いや、殺すことから逃げたりしない」
本当に、今更だけど。
そう告げると先輩は呆れたように笑みを浮かべた。
「やれやれ……君の人柄は信頼に値するが、その行いは全く信用できそうにない」
そしてその笑顔でそんなどぎついことを言われるとぐうの音も出ないのである。
「安心しろ、君が道を踏みたがえそうになった時は私が殴り倒してでも修正してやる」
だから君は君の生き様を貫くがいい。
毒島先輩はそう言って、いつものように不敵に唇を釣り上げた。
どうやら一筋縄ではいかないどこかの姉のような人がもう一人増えてしまったらしい。
2人でスクーターに乗り込みいざエンジンをかけようと思ったところで、唐突に先輩が聞いてきた。
「ところで衛宮君のご実家はどこなんだ?」
「え? えーと、御別橋の向こうです。沙耶の家族と一緒に」
「では小室君たちの家は知っているか?」
「孝や宮本は俺たちと同じほうだけど……それが?」
「バスの行き先だよ。私たちはそれぞれの家族の安否を確認する方向で一致していた。だとすると近い順に家を周っている可能性もある」
なるほど、と相槌を入れる。
道なりに御別橋のほうへ向かうことしか考えていなかったが、確かに川のこちら側に住んでいるものがいたら話は変わってくる。
この道沿いでありうるのは下沢町の住宅街のほうか。
バスに乗った面子を思い浮かべる。
鞠川先生や平野の家のことは聞いたことがないし、紫藤らと乗り込んでいたメンバーは正直誰が誰だかさっぱりだ。
だとするとあとは……。
「そういえば有瀬の家がこっちのほうだったかもしれないな……」
「確かか?」
「いや、はっきりと聞いたことがあるわけじゃないんだけど」
「ふむ……決断は任せよう」
頭の中に地図を呼び出ししばし黙考する。
どっちにいくにしろ進行方向は同じだ。
住宅街のほうを通ると少しばかり遠回りにはなるが、上手くすればバスに追いつける可能性もある。
もしくは真っ直ぐ御別橋のほうに向かうかだが……。
1.真っ直ぐ御別橋に向かおう。
2.住宅街のほうを周ってみよう。
/*/
まだ告白じゃないよ?
昨日中に上げるつもりだったのに、思いのほか押してしまいまして申し訳ない。
ここはどちらに進むかでちょっと展開が変わります。真のヒロインが登場したりしなかったり。
>ショーン・オブ・ザ・デッドはゾンビーノオチが微妙。
・ゾンビーノ観てるとかなかなかコアですね。もしくはゴアですね。
私も観たけど! あの古い未来観が如何ともしがたいです。いや、面白かったかって言われると答えに窮しますが。
あとヘルゾンビはゾンビじゃねえ、もっと別の何かだ。
>AA止めたほうが。
・オウフ。マジですか。
消しておきますね。
>話進まない。
・マジ申し訳ありません。
死亡ルート選んだ時はなるべく急いで次の話をあげていくようにしますのでなにとぞご了承ください……。
>L4Dは……。
・あ、好きですよL4D。といっても仲間内でやろうと思ったけど面子集まらなかったので体験版しかやってませんが。
デッドライジングもバイオハザードも好きです。バイオはどんどんキャラゲーになってしまいましたが。
前回はああ言いましたが基本的には面白くて1つの作品としてまとまってるなら何でもありだと思います。
ただ個人的にゾンビものはロメロの描いた一種のシチュエーションホラーのようなものと、あるいはモンスターパニックのような作品に分けられると思っています。
そんで私はどっちかというと前者が好きで、ゾンビがいるという世界そのものに対する絶望や虚無感、寂寥感を楽しみたいのに超能力は無粋だろう、という次第です。
タイラントの類もやはりモンスターパニック向けの素材ですね。
ゾンビを恐怖の存在とするか、脅威の敵とするかが分け目ではないでしょうか。
ちなみに毎度物議をかもす走るゾンビも嫌いではないです。モンスターパニック寄りにはなりますが。
ナイト・オブ・ザ・リビングデッドから42年、いい加減観客の目も慣れきってしまいただのゾンビで恐怖を描くのは難しくなってしまったのではないでしょうか。
ゾンビも進化しなければやってられんのでしょう。ロメロはその進化を知能のほうに求めてたようですけど。
賛否ある作品ですが走るゾンビの中でも28日後は割とロメロの描いたイメージを踏襲してるんじゃないかなーと思っております。
緊張感だけでなく全体に漂う寂寥感や垣間見える倦怠感のようなものがイイです。
まあその感覚で行くと学園黙示録はどっちかというとモンスターパニックの気が強いかなーという感じもするんですけど。
この辺は登場するキャラクターの気質ですかね。
つまり何が言いたいかというと。
ゾンビ好きなんですよ! ゾンビ! でもリアルに出てくるのはかんべんな!!
理想郷のゾンビSSもっと増えろ! 作者を食らって増えろ! 主人公がネメシスとか楽しみすぎるんですけど!
>毒島先輩死んでざまぁwwww
・えー、まあ先の話じゃないですけど、この作品も「士郎がゾンビ相手に頑張る」というシチュエーションを楽しんでいただきたいなと。
そして士郎とデッドエンドは不可分なわけで……(酷。
あんまり進まないようでしたら死亡ルート多少減らします。なので喧嘩せずに仲良くお願いね!
>2秒で何が出来るんだよ!
・すみません映画ネタです。
あるキャラの口癖なのでした。
>これ死徒化じゃね?
・死徒とか出ないよ! 超関係ないよ!
ゾンビのお決まりとして原因は不明でございます。原作のほうで言及されたらその次第ではないですが。
ちなみに折角の日曜、朝からゾンビ(ドーン・オブ・ザ・デッド/米国劇場公開版)観てたのは秘密な。