17/~虚無の発動~
ルイズはデルフリンガーを左手に持って、動きの悪い足を無理やりに動かして、シエスタの生家へ向けて走り出した。
ここまではタバサのシルフィードで飛んできている。シルフィードには悪いことをしてしまった。学院についたかと思ったら、すぐさまにとんぼ返りでタルブまで運んでもらって、しかもそこは、ここは、戦場なのだ。帰ったら肉の一つでも奢ってやらねばなるまい。帰ったら、帰れるのなら。
上空から見えたタルブの草原は赤く燃えていた。火がいたるところから立ち上り、若草は踏みにじられ、可愛らしい花々はこれでもかと蹂躙されて。
『この草原を、いつかルイズさんに見せたいって思ってました』
優しく微笑みながら、少しだけ照れた様子でシエスタはそう言っていた。シエスタはかわいい。大きくて真っ直ぐな瞳はいつでも柔らかくて、少しだけ低い鼻は愛嬌があって、その口はいつでもルイズを励ましてくれて、肌は貴族が羨むほどにすべすべで。
ルイズはシエスタの事が大好きだ。優劣なんて付けれるものではないが、家族と同じくらいにだぁい好きなのだ。
そんな彼女が好きとだといった草原は、いま燃えている。どうしようもなく燃えている。
涙が出そうになった。とても悲しくなった。人間であれば誰でもそうであるように、きゅう、と胸の辺りがせつなくなった。
「シエスタぁ……!」
ルイズは村を走った。
トリステインの王軍はどうやらここに拠点を構えているらしいが、それは殆ど目に入らない。現実として視野が狭くなっている。とにかくシエスタが心配だった。
向かう先の家を視界に納め、扉を荒々しく開いた。
平民の家など、中を探すような事をしなくても、人間が居るのかどうかが分かる程度の広さでしかない。そしてこの家、シエスタの家には、人の気配はなかった。
よかった、と胸をなでおろした。ここに来るまで、村人達の姿は見えなかったのだ。どうやら他のものと一緒に非難しているらしい。
「よかった……、ほんと、よか、よかった……」
ほっと一息つくのもつかの間。
「ルイズ!」
聞き覚えのある声。
振り向けばそこにはアンリエッタが居た。角を輝かせるユニコーンまたがり、なぜだかドレス姿のアンリエッタは、ルイズの脳みそを若干馬鹿にして、ルイズは中々答えを出せずに居て、
「姫様。……、……姫様!? な、なにしてるんですか! こんな、敵の真正面に出てきて!」
「……なんですって? 私はここに居ると、伝えませんでしたか? あなた、手紙を読んでここに来たわけではないの?」
「は、えあ? す、すみません。今日学院に帰り着いて、それですぐさま飛んできたものですから」
「なるほど。それでそんなに大荷物なのね」
アンリエッタの瞳は、弱さを奥のほうに隠してしまっていて、ひどく危なげだった。
何かあったのだろうかとルイズは思ったが、相手は王族。ウェールズの考え同様に、完全に理解できるはずはない。さっさとその中身を知ることを諦めた。
アンリエッタが少しだけ考えるように俯いたのを見て、ルイズは緊張感を高める。
「ルイズ」
「……はい」
「戦ってくれますね」
「……」
くれますか? ではなかった。くれますね。アンリエッタはそう言った。
それは、ルイズが断ることの出来ない立場にあるのを知って、そう言ってきているのだ。相手は王族。こちらは貴族。確かに公爵家。断ろうと思えば、断れるのかもしれない。
ごく、とルイズは生唾を飲み込こんだ。ひどくベタベタしていて、逆に咽喉にからんでしまう。左手から、熱が伝わってくる。
「ルイズ」
「わ、わたしは……」
けれども、しかし、何の不幸か、ルイズには戦う力があった。以前までのような『ゼロ』なら、頼りになどされるようなこともなかったろう。しかし、アンリエッタは知っているのだ『土くれ』を相手に出来る程度の実力を持っていると。
「戦いなさい、ルイズ」
「わたしは───」
なんと言えばいいのか、分からなかった。目の前にある戦争に怖気づいて、それに背を向けるのは、貴族としていかがなものかと思う自分が居た。だけれど同時に、一方通行が悲しむ、いや怒る、と思う自分も居る。もう完全に怒らせているけれど、あれ以上怒らせたら、どうなってしまうのか。
ルイズが答えを出せないでいると、アンリエッタはユニコーンから降りた。一歩一歩、ゆっくりと歩を進めて、ルイズへと近づいてくる。ルイズはいやいやするように首を振って、瞳に溜まった涙は今にも落ちそうになっていた。
逃げるように後ずさるルイズをみて、アンリエッタが困ったように笑みを浮かべる。
「ルイズ、祈祷書は持っていて?」
「……? う、うん、もってきてる……」
「お出しなさい」
ルイズは背負ったサックからそれを取り出して、アンリエッタは目ざとく、紐(縄?)まで一緒に取り出した。
後ろを向いて、と言うアンリエッタの言うとおりに振り返れば、戦争が広がっていた。どこを見ても戦っていて、なにを聞いても剣戟と雄たけび。ぶるり、と体が震える。
そしてそれにぼんやりとしていると、紐がお腹の辺りを回っていた。脇の下にも通されて、少しだけくすぐったくって、最後に首の後ろできゅ、と結ばれる。なんだろうかと思ったら、始祖の祈祷書はルイズの背中に括りつけられていた。
なんだろうかとルイズが考える前に、彼女は後ろから優しく腕を回してきた。ちゅ、ちゅ、と首筋に二回キスをされて、ルイズは小さな肩にその額をのせられて、
「あ、あの……」
「……」
「ひ、姫様?」
「……戦いなさい、ルイズ」
その声には泣きが入っていた。ずる、と鼻を啜る音まで聞こえてくる。
「ルイズ、わたしを、たすけなさい……。貴族の役目を、はたしなさい……」
その瞬間、ルイズは理解した。いや、初めからわかっていたのかもしれない。彼女は王族なのだから何を考えているのか分からない。そう思い込もうとしていただけなのかもしれない。そう思っていれば、何をお願いされようと、諦めがつくから。
しかし、違ったのだ。ルイズがそう思っていたように、やはりアンリエッタも自身のことを友達だと思っていてくれていた。それが伝わってくる。首筋に感じる温もり。戦争に行けという言葉の裏側。
だって、
「……離してくれなきゃ、いけないじゃない」
ルイズはいつまでたっても離れないアンリエッタにそういうと、彼女は余計に強くルイズを抱きしめた。
「だって、あなた……、あなた、いくんでしょう?」
「姫様がそう言ったわ」
「そうだけど、わたしは……、……いえ、そうよ……そう。行きなさい、ルイズ」
「まかせてください、姫様」
「……昔みたいに呼んで」
まいったな、とルイズは頭を掻いた。視線をアンリエッタの後ろに控えている近衛に向け、聞こえないように、少しだけ声を小さくして言った。
「行ってくるわ、アン」
「……いってらっしゃい、ルイズ」
ルイズはアンリエッタにくるりと振り向かされて、その時には、彼女から弱弱しい気配は消えていた。凛とした、姫の、王族の気配が漂ってくる。
涙の跡をぐいとふき取ったアンリエッタが、杖をとった。たん! と一度だけ地面を叩く。
ルイズは膝を突いて頭を下げた。
「汝の忠義、我に示せ! 存分に戦え、戦女神!」
ああもう恥ずかしい。なによそれ。
そうは思うも、それは確かにルイズの背中を押した。
◇◆◇
本来ならばそれは、さっさと攻撃を仕掛けるところであった。
相手のトリステイン艦隊はほぼ全滅。補充された竜騎士もそう多くはない。そうなれば、次は地面だ。空から見れば米粒のようなそれらを蹂躙する。それこそがワルドの、アルビオン竜騎士隊の仕事だった。
だが、それは小さく、しかし戦場にいてなお馬鹿でかい存在感を放つそれに邪魔されてしまった。
「ルイズ!? なんでルイズが!」
「隊長! どうされましたか!」
風を切り、隣に隊員がやってくる。
まさか元婚約者がいるから攻撃したくないとは言えず、
「いいや、何でもない! はっは! 勝ち戦だなこりゃ!」
「ええ! どうされますか、制空権は取ったも同然です! 地上を殲滅しますか!」
「いいや! 地上部隊の仕事を奪うのは悪い! 僕も地上の連中に目を付けられるのは怖いからね!」
「なるほど確かに! では───」
「ああそうだ! 空の残党を狩る! 撃墜数は数えておけよ! 帰ったらそのぶん飲ませてやる! 地上の仕事を楽にしてやれ!」
「了解!」
竜騎士達は次々と、少しだけ離れた場所にいる空の残党へと飛んでいった。
そう、残党だ。最早空での決着はついたも同然。ワルドは確かに優秀だった。自身が先頭を切って敵へと突っ込むその姿勢も隊員たちから認められ、戦えば戦うほど結束は固いものとなっていく。『風』を使った指揮も、単純ながらも、それゆえに正確で、自身の手足のように部下を使うその手腕。ワルドは強かった。
その強いワルドがと大きくため息をついた。びゅうびゅうと流れる風のおかげで誰にも聞こえてはいまいが、つかずにはいられなかったのだ。
「……死ぬなよルイズ。こんなところで死んだら、つまらんぞ」
地上に向けられた視線には、ほんの少しの優しさが乗っていた。
◇◆◇
その男は今、まさしく今、死にかけていた。乗っていたマンティコアから叩き落され、その目の前には、迫る亜人の棍棒。太く、硬く、大きくて、若干黒光りしているそれ。そんな一撃を入れられてしまったら、一発での昇天は間違いなしだった。
しかし、そこに彼女が来る。人間が出せる速度を優に超えて、猫化の猛獣のようにも見えたし、今まで乗っていたマンティコアのようだとも。
男の目の前まで迫った棍棒は、
「───うぁらァ!!」
じゃぐ! と果実をかじるそれに似た音を立てて、二つになった。
信じがたい光景に放心する事無く、男は急いで体勢を立て直し、マンティコアへとまたがった。
「礼を言う! 所属はどこか!!」
「無い! ラ・ヴァリエールのルイズ!」
男を助けたのは、もちろんの事ルイズだった。
亜人、トロル鬼の自慢の一物を断ち切ったルイズは油断無くデルフリンガーを構え、叫ぶように答えたのだった。
「なるほど! 見れば目元がよく似ておる! 母親似だ! ヴァリエールもこの戦争には参加しておるのか!」
「それも無い! お父様とお母様には期待しないで!」
ルイズは大声で怒鳴った。
獲物を失い、素手で殴りかかってくるトロルの拳を一歩下がるだけで避け跳躍。人間を超えた身体能力は、目の前にトロルの顔を映すほどにルイズの身体を持ち上げ、
「っふん!」
剣の腹で、顎をピンポイントで殴りつけた。ぶぎゃ! と豚に似た悲鳴を上げてトロルは崩れ落ちる。
ルイズはすぐさまトロルから視線を外し、倒すのに時間と労力を割く亜人部隊を探した。さすがのルイズも一人で戦争が出来るとは思っていない。いえばルイズは遊撃隊のようなもので、戦線をなるべく混乱させずに敵を倒すのが自分の仕事だと割り切っているのだ。奇襲を受けている今、混乱する戦線など無いも同然なのだが。
騒がしい辺りを見回し、剣を振ってきた男を、その甲冑の上から裏拳の一発で昏倒させて、
「殺さんのか!」
そう、問いかけられた。
マンティコアに乗った男は、別に責めているという風には見えない。ただの疑問だったのだろう。
しかし、ルイズにとって、それは非常に大きなものだった。心の中心に居座っている彼を、どうしても思い出してしまう。
きっと怒るだろう、一方通行は。返ってきた能力に任せて、こんなことをして。だから、最後の一線。ここだけは譲らない。殺さないと、一方通行に言ったのだ。それだけは絶対に嘘にしたくなかった。
「わたしは人は殺さない!」
その怨念を殺す。とは言わないが、戦意さえ喪失させれば、殺す事は無い。
殺す覚悟? 笑ってしまう。そんなものを持つくらいなら、殺さない覚悟を立てろ。偽善だと、それは偽物だといわれても、ルイズはそうじゃないといけないのだ。誰よりも、一方通行のために。
「だって私はご主人様だから! 使い魔に言って聞かせるの! 私の、貴族の誇りを!」
意味わかんないのだ。ウェールズ殺したとか、ホント意味わかんないのだ。
意味の分からない事は、きっと、話し合いで解決しなければならない。分かり合わなければならない。すれ違いを起こしている心をすり寄せて、何を考えているの? って、どうしてそういうこと言うの? って。
だから! ルイズは叫んだ。鬱々とした気分を晴らすように。彼女の左手は、そういう気分を嫌う。力が抜ける感覚が、そこにはある。だから強がる。もっと気を張る。
「だからぁ! そっちに行くなぁ!!」
駆け出した。マンティコアと同等、それ以上。それほどの速度で。
タルブに向かって走る部隊があった。村を、村に入られてしまったら、きっとトリステインは終わる。トリステインの戦力は、そう多くない。何よりもシエスタの家があるそこを火の海にされてしまうのはたまらない。ばったばったと、まるで演劇のように人間を蹴散らし、ルイズはわああああ! と、とにかく叫んだ。
戦場で異彩を放つ学生服。女。その攻撃的な瞳。確かな実力。獣を超える速度。ルイズは非常に目立っていた。当然、戦場で目立つというのは、攻撃を呼び寄せてしまうのだ。
どこからともなく魔法が飛んでくる。『風』、『火』。攻撃に適したそれは、
「なんとかしてよ! デルフリンガー!」
「こんな時だけ名前呼んじゃって!」
ルイズはデルフリンガーを振りかぶった。
「たべて!」
「いただきますってなあ!!」
振りぬいた。魔法は消えた。たしかに魔法は消えた。
しかしとんっ、と小さな感触。
いた、とルイズは小さく口にして、その左肩に矢が刺さっていた。デルフリンガーは魔法を吸収する事は出来るが、さすがに矢はどうしようもない。『火』魔法の、眩しさに隠れて飛んできたそれ。ルイズはとりあえず抜こうと思って握るが、抜けない。かえしが付いている矢が簡単に抜けるはずがない。
「ぬ、抜けなっ、これ抜けないわよ!」
「抜けねえよ! 気にしてる暇があったら───」
雨のように矢が降ってきた。
ぎょっと目を開いて、とにかく移動しながら剣を振る。ピュンッ。ピュンッ。顔面のすぐ隣を通っていく矢。相手も魔法よりもこういった武器のほうが効果があると分かったのだろう。徐々に魔法は牽制に使われるようになり、矢や、槍を持った男など、そういった『武器』がルイズを襲うようになってきた。
太ももに刺さる。でも、気にしていたら、速度を緩めたら、その瞬間にルイズは死んでしまう。
もちろん、当たり前だが、想像していなかったとは言わない。心臓が暴れまわるこの現状。ルイズが信じるガンダールヴが『押される』という事実。そして、死。
「きゃっ!」
珍しく少女のような悲鳴。
じゃぶじゃぶ。
じゃぶじゃぶ。
脳が。脳に、ノルアドレナリンの分泌が、多くなってくる。怖くなってきた。だって、矢が、槍が、魔法が!
ううう~……、ルイズは唸った。ぐぅう! 獣のように唸った。
しかしそこで、
「馬っ鹿やろう! お前さん見せてやるんだろうが! 言って聞かせるんだろうが! 貴族の誇り! その何たるかってヤツを! 簡単に自分を見失うんじゃねえよ! この伝説の魔剣をなあ、このデルフリンガー様を使うお前が! 自分を簡単に見失うんじゃあねえよ!!」
デルフリンガーが鍔を鳴らす。
「使え! 虚無を、―――ガンダールヴなんてちっぽけなモンじゃねえ! お前さんが最初から持ってる、お前さんの力を! この状況! この現状! 必要になったら使える! いま使わなくて、いつ使う!!」
火照って冷えて、気持ちよくって怖くって。
ルイズはまともな思考が出来る状態にはなかった。だけれど、それこそまさしく、ゼロの状態。
指輪を付けろ。デルフリンガーがそう言った。ルイズはうん、と可愛らしく頷いて、指輪をつけた。
なぜか体が勝手に動いていた。戦場を爆走しながら左手に魔法を吸うためのデルフリンガーと、少し握りが悪いけれど杖を持って、右手に、背中から紐解いた祈祷書を。
「さぁ、さあさあ! 思い出したぜこれだよなあ! ガンダールヴってのはな、時間を稼ぐ存在なわけ! 主人の時間を、詠唱を完成させるためのそれを! だがなあ娘っ子! あんたにゃ使い魔が居ねえ! なんてったって自分に刻んじまってる! だからよお───」
彼(?)は興奮したように。
「───だから俺がなってやる! ルイズ、お前のガンダールヴに!!」
デルフリンガーはルイズを操作した。ゼロの状態に入っているルイズの身体は、ぼんやりとした表情のまま、それでも機敏に動き続ける。むしろ、それだからこそよかったのかもしれない。
デルフリンガーは自身を握っている使い手の身体を操作できる。それは当然、脳を操っているのだろう。魔法を吸ったぶんだけ、使い手の脳を操る事が出来る。けれど、使い手にも意思はあるのだ。使い手は右に行きたいのに、デルフリンガーが左に行かせようとするものならそれはかち合う。一つの身体に二つの意思。身体は癇癪を起こし、フリーズしてしまう。
だけれど、いま。ルイズの意識が虚無になっているこのゼロ時間。この時間は、デルフリンガーこそがルイズなのだ。
「えるおー・すーぬ・ふぃる・やるんさくさ」
詠唱が始まった。
何の疑いもない子供のような、ママあれ買ってーとでも言いそうな、素直な素直な声だった。
「おす・すーぬ・うりゅ・る・らど」
なにかを感じた。戦場に立つ誰もが感じた。
ルイズからではない。周辺にいくらでも存在する空気(?)から? 違う?
なにか危険な、神聖な、破壊的で、創造的で、何でもない、α、始まりのなにかのような、そんな力ともつかない、力ではなく、ただ虚無、なのに感じるなにか。ないはずなのだ。虚無なのに、ゼロなのに、0なのに、ルイズが詠唱を始めたとたんに感じる『なにか』。
「べおーずす・ゆる・すびゅえる・かの・おしぇら」
ああ、あんた達が虚無だったのね。
ぼんやり。ふわふわ。ぬくぬく。きらきら。どろどろ。ぎとぎと。かちかち。めとめと。ぱるぱる。ルイズは思考ともつかない、そんな思いで、『それら』を想った。
『それら』はルイズがいつも感じているものだった。生まれついたときから、ずっと。それはルイズにとっての当たり前だったのだ。当然皆も感じているものだろうと考えていたし……いや、そんなことすらも考えていなかった。
酸素だ。ルイズにとって、それは酸素と同じだった。太陽だ。ルイズにとって、それは太陽と同じだった。生命だ。ルイズにとって、それは生命と同じものだった。
あって当たり前のものをどう感じるかという質問をされたら、どうするだろうか。実際、ルイズはいままでそんな質問をされたことはない。
なぜなら、「ねえあなた、この『ここ』にある『ぼんやり』してて、『ふらふら』してて、『ぬくぬく』してて、『きらきら』してて、『どろどろ』してて、『ぎとぎと』してて、『かちかち』してて、『めとめと』してて、『ぱるぱる』してるもの、なんだと思う?」質問にすらなりはしないし、それには名前がついていなかった。
だが今、ルイズの中でそれに名前がついた。0でゼロで虚無。『零のそれ』。
「じぇら・いさ・うんじゅー・はがる・べおーくん・いる……」
ルイズの爆発は、どこで起こる。
それは『そこ』で起こるのだ。杖の先から放たれるものではない。『それ』は『そこ』で、ルイズの意思で。
「……えくすぅ───」
デルフリンガーと一緒に、杖を振り上げた。
選択は二つ。殺すか、殺さぬか。だったはずだが、ルイズはそんなこと考えていない。
己の、この十六年間溜まりに溜まった精神力を、全部『零のそれ』に返してやろうと思った。ただその時に爆発が起きる。なぜなら、詠むことの出来る呪文は『エクスプロージョン』だけなのだ。
殺すとは考えていない。殺さないとも考えていない。ただ爆発が起きる。それだけのことである。十六年間溜まった精神力で、どれほどの被害が出るかなど、ルイズは毛ほども考えてはいなかった。
「───ぷろーじょん!」
剣と一緒に杖を振り下ろす。
相変わらず、楽しそうで、子供のような、だけどもどこかぼんやりした表情だった。