15/~赤色の王様~
宝探し(という名のラヴラヴ・レクリエーション/仲直り計画)出発の日、夏の近い朝は太陽が弾けたような晴天で、それだけでルイズの心は踊りだしそうだった。というか踊った。
「コッコォロオドル アンコールわか───」
これ以上はなんだか危ないようなので誰にも聞こえなかったし何も見えなかった。
ルイズは隣で未だに寝息を立てるシエスタの髪の毛をサラリと流し、出発まではまだ時間があるので寝かせてやるか、と。
準備はすでに終えている。遠足の前日になると寝られずに夜をふかしてしまうタイプの人間であるルイズは、結局この日も眠る事が出来なかった。出来なかったが、体調は驚くほどに良い。身体が求めているのだ、使い魔との接触を。
「シロ、ちゃんと準備してるかな……」
私と居たくないのは分かったから、とルイズは数日前から自分の部屋を空けている。キュルケの部屋に泊まり、タバサの部屋に泊まり、そして最後はこの部屋、至福のシエスタの部屋に泊まった。狙い通り、一方通行は誰もいない(喋る剣が居る)ルイズの部屋で生活をしている様子。それを見たルイズはにやりと口角を上げて、計画通り、と呟いたものだった。
ん~っ! と大きく伸びをして、ベッドの脇に立てかけてる杖をとった。魔法杖ではなく、歩く手助けをしてもらうための杖。水の薬や魔法で治してもらおうとも思ったのだが、医務室で居眠りばかりしている彼はこう言った。
『いいかい? 人間には自己修復機能がきちんと備わっている。『水』に頼りすぎるとそういう……わかるかな、メイジの間じゃあまりこういう話は出ないから……、まぁとにかく、免疫力とか、耐性とかが減っちゃうわけ。怪我は中々治らなくなっちゃうし、簡単に風邪をひいたりしてしまう。君、筋トレ好きなんでしょ? それと一緒さ。人間の身体はね、サボっちゃうと衰えていくばかりだ。自分で治せるぶんは、苦労してでも自分で治しなさい。死に掛けたときに、また来るといいさ』
そう何度も死に掛けてたまるものかと思ったが、なんだか自分の未来予想図は、そういう血みどろに塗れている様な気がしないでもない。なるほど、と納得して、この足の怪我は自分の力で治そうと誓った。
「よいしょこらぁ」
ルイズはシエスタを起こさないようにベッドから立ち上がり、こつんこつんと杖をついて廊下へ。よほど朝早いのだろう、使用人の寮はまだ静かだった。
このまま自室まで行って、一方通行を確認して、出来ればそのまま拉致気味に出発してしまいたい。異世界からどうだのこうだのというのは、シエスタが思いついた嘘なのだ。親指を立てたシエスタはいい笑顔で嘘をつけと言って、バレたらどうするのと聞くと、
『な、仲直りがしたくて……、うそ、ついちゃったの……、と泣きます』
なるほど成功しそうな作戦であった。そのときのシエスタの上目遣いと言ったら鼻血が噴出するほどの威力を持っていた。ルイズはかなりアレなのでそれをそのままマルっと信じたのだ。くすくすと楽しそうに笑っているシエスタには全然気がつかなかった。
わくわくと心を躍らせて、ルイズは女子寮へ。階段を上るのが少しだけきつかったが、このわくわくがそれすら消してくれた。
ふぅ、と息を付きながら廊下を曲がって、そして、そこで自室の前に誰かが居た。誰かというか、オスマンが居た。見紛うわけがない立派な髭を蓄えて、それを困った様子で撫で付けている。
「が、学院長?」
「おお、ミス・ヴァリエール」
「どうなさったんですか? ……ここ、女子寮ですけど」
「そんな目で見るでない。いくらわしでも分別くらいは持っておるよ。覗くのが楽しいのじゃ、覗くのが。ここまで身を現すなど、馬鹿のすることよ」
「……」
「冗談じゃよ。冗談じゃよ」
「……なんで二回言うのよ……」
いつぞやの会話を再現したようなそれだった。
「で、じゃ」
「なんじゃ?」
「おぬし、どっか行く気?」
「……あぁ、えぇと」
はいそうです。授業をサボって宝探しへと。
言える訳がない。この目の前の老人は、この学院の長なのだ。言えば当然止められる。ルイズは何とか言い訳を考えようと足りない頭を総動員して考え込むが───、
「宝探しと称して仲直り計画ラァヴラヴ・レクリエィショ~ン……、行く気?」
「変ッ態! この変態じじい! ホントに覗いてるのね! 決闘よ! 乙女の肌と誇りをかけてッ、決闘よ!」
ルイズは補助杖でオスマンの脛をバシバシ叩き、オスマンがギブギブ! まじギブ! と手のひらを向けてくるまでそれは続いた。
脛をすりすりと擦りながら、オスマンは言う。
「……おぬしね、わしの名前知っとる? トリステインにこの人ありと言われとるオスマンよ? オールド・オスマンよ、わし? そのわしの趣味を、脛を叩いて妨害とは何事?」
「時代の流れをわかってないのね。今は女の時代なの。女が男を食べる時代……そう、私はクーガー女。若さに任せて捕食する。流れに乗れない老人は、私に蹴られて地獄に落ちろ!」
「ぬぐぅ、ヴァリエールの鬼子っ、じじいの楽しみをッ! それをこうまで!」
「あっはっは! この私を止めたくば、始祖でも連れてくることね!」
「……」
「……」
「それでの?」
「はい」
何でもないように二人の会話は続いた。
結局、オスマンはルイズを止めなかった。
「行け行け。わしゃ知らん。見とらん。覗きなんぞ、なんもしとらんわ。脛を叩かれるのは勘弁じゃて」
一冊の本。古めかしいそれと、非常に厄介な役目をルイズに渡して、オスマンは去った。
ずしりと重量感のある本、それは、始祖の祈祷書と呼ばれる国宝であった。姫の結婚と共にこれを携え、ルイズはなんと詔をくどくどと述べる権利を承ったのである。
なんと面倒な役目を押し付けるのだろうか、とオスマンを見たが、それはオスマンが決めたことではなく、結婚するアンリエッタ自身が「せめてルイズに祝福して欲しい」と言った結果だという。そう言われてしまうと、ルイズはどうしても断ることが出来なかった。
アンリエッタの結婚式まで、あと二週間。それまでに詔を完成させなければならない。
「あーもう、なんだってこんな……、私はねぇ、そりゃお勉強は出来るけど、体育会系なのよ」
一週間は、宝探し。それはもう決めたことだ。
ルイズは自身、よく感じている事がある。『深く考えたって、いい事なんかない』。これはあくまでルイズ自身のことなので、他人に当てはまるかといったらそうではない。そうではないが、しかしルイズは“そう”なのだ。詔なんか全然思い浮かばない。それならば、この本とにらめっこをしているより、動いて、活性させて、天啓を待つ。ある意味、いさぎよかった。
何より、ルイズには最終手段が残っている。一方通行だ。
彼がとんでもない脳みそを持っているのを、ルイズは知っている。こちらの文字を一日で完全にマスターし、こちらの生活様式に順応し、こちらの『魔法』という、彼にとっての常識外に、すでに理解を示している。何も思い浮かばなかったら、一方通行の脳みそを使う。うんうん、とルイズは頷いた。
それは、普通の人間並みに打算的で、普通のメイジ並みにご主人様的で、実に、一方通行という、泣く子も恐怖で黙らせる、メイジも風で吹き飛ばす、貴族も力でねじ伏せる、そんな凶悪な一方通行を、だけれど心底好きなルイズ的考えだった。
そのためにも! とルイズは拳を握る。そのためにも、シロたんぺろぺろ出来るくらいには、仲直りする必要があるのだ。
「頑張れわたし。ルイズ、やれば出来る子!」
自室の扉を、開く。シロの寝顔、最近見てない!
◇◆◇
宝探し(という名の帰還方法/それに関係するもの探し)出発の日、夏が近いらしい朝は、まるで高電離気体が弾けたような快晴で、それだけで一方通行の眉間にはしわが寄りそうだった。というか寄った。
「ちッ、眩しィっつの……、クソッタレ……」
遮光カーテンなど上等なものはこの世界にはない。光はカーテンをらくらくと通過し、一方通行を覚醒させる。
もう一度の舌打ちと共に身体を起こし、ぬぼー、と数分間天上のシミを数えた。一方通行は基本的に寝つきはいいし、一度も行った事はないが、遠足の前に興奮するような性質でもない。なのに、なかなか働きがよくならない頭。
もちろん原因はウェールズだ。考えていたら、いつの間にか夜よりも朝が近くなっていた。考えないようにしていても、一方通行の聡明な頭脳はそれに答えを出そうと勝手に働いてしまう。
「……、……」
「おう、起きたか?」
少しだけ低めの声。デルフリンガーだ。
ベッドの脇に、ルイズの杖の代わりのように立てかけられている彼(?)は、かちゃかちゃと鍔を鳴らす。
「今日だろ、お前さんの世界とやら、その一片を探しに行くのは」
「あァ」
「俺は反対なんだけどねえ」
「アイツが行くっ言ってンだ。諦めろ。俺の帰還方法も、何かしら見つかるかも知れねェしな」
「あっるぇ? お前さん、そんなの信じてんのか? んなもん、嘘に決まってんだろうさ。あの娘っ子が簡単にお前さんを帰すかよ。ベタボレだぜ? 寝言で何度『シロたんぺろぺろ』って聞いたかわかんねえもんよ」
「……」
「男だね。女の嘘は黙って見逃す。女みてえな顔してっけど、ニィさん男だね」
「黙ってろテメエ」
そう、一方通行は気が付いていた。おそらく、餌として吊るした『元の世界』は嘘なのだろう。ルイズは現状が嫌で、それを変えようとして、それでこの作戦を思いついたというわけだ。
多分、と一方通行は考えた。宝探しのどうのは、恐らくキュルケが思いついたのであろう。あの女の性格を鑑みるに、そういったことが好きそうな気がする。一方通行が付き合ってやるかと思ったのは、いつもの気まぐれではない。彼自身、このイライラに決着を付けたいのだ。こういう心理的な障害は、一方通行にとってなんら益になることはない。それは、身をもって知っている。分裂する前に己の中で決着をつけるのが一番だとわかっているのだ。
一方通行はそう考えて、うむ、と心中頷いた。殺したと、言ってみようと。言わなければならないことなのだと。
どうせ死んでいた命。そう考えるのは簡単だった。戦争をしていて、皇太子だったのだから。どっちみち死んでいた。しかし、どうせ死ぬ命というのならば、それは一方通行だってそうだ。寿命がくれば死ぬ。だれだって死ぬ。今に意味が無いのなら、今すぐ死ぬのがいいのだろうか。そうではない気がしているのだ、今の一方通行は。
人は、何かをするのだから生きている。ウェールズのすることを、一方通行は勘違い(?)で奪った。
一方通行も『無敵』のために生きていると言っていい。もし一方通行よりも上位の存在がいたとして、その勘違いで『無敵』を消されたら、一方通行は怒る。怒って、怒るけれど、その時は、多分死んでいる。
だからこそ、一方通行は考えた。ウェールズの“何かをする”は、どこに行ったんだろうな、と。殺した事よりも、“それ”はどこに行ってしまったのかと。
またも深く沈みそうな思考の波にとらわれ掛けたとき、デルフリンガーが言った。
「だからさ、ニィさん、ちゃんと守る気ある?」
「あァ? 自分で行くンだろォが。そこまで面倒見切れねェっつの」
「ほら出たこれ」
「あン?」
「お前さん、どこかおかしいや」
「ンだよ、剣が人間様に説教か? 舐めンじゃねェぞ、テメエ」
一方通行は笑ったが、デルフリンガーは違うようだった。
表情がないためにそれがどういう心情で語られているのか、それはわからないが、ただ真剣な声色が響く。
「娘っ子よ、まじでやばいよアレ。ちょっと思い出したんだけどね、前にもいたぜ、あんな感じで騒ぎながら戦うガンダルールヴ。霞がかってよく思い出せないが、ありゃなかなか壮絶な死に様だった。悲しいね。寂しいね。そうだ、これ以上、戦わせないほうがいいんだ」
ぶつぶつ、と独り言のようになっていくそれに、一方通行は首を傾げた。
様子がおかしいといえばそうだが、そもそも剣が喋るというこの現状がおかしい。特には気にとめなかった。
「ああ、そう、たしか、そうなんだよ。なんかよお、俺にはあったんだよ、そうならない為の、能力が。なんだったかなぁ、なんだったかなぁ。魔法を、……いや、魔法が、俺が、使い手を守れる、そんな能力が、俺にはあったんだよなぁ。娘っ子は、死なせたくねえなあ……。今まではみんな死んじまったから、娘っ子は、死なせたくねえなぁ。死なせたくねえよ、ニィさん」
「そォかい」
「冷たいねえ」
「……『守る』っつーコマンドはな、俺にゃ付いてねェンだよ。今までがそォだ。だからこれからも、きっとそォだ」
「冷たいねえ」
「だろォよ」
ふん、と鼻で笑い、そして、部屋の外がやけに騒がしくなった。覗きがどうのこうのとルイズの大声が聞こえる。いつものごとく、あの頭の悪さを発揮しているのだろうな、と一方通行は思った。
馬鹿にしたような笑いだろうが、凶悪につり上がった笑いだろうが、ルイズの側に居る一方通行は、以前より口角が持ち上がっている時間が長い。
「シロたんぺろぺろ……ふひひ」
きぃ、と扉が静かに、緩やかに開いた。入ってくるのはもちろん、変態性を止め処なく発揮する女。
守る気はない。欠片ほどもない。ただ一方通行が思うこと。
虚無(ゼロ)は、自分をどこかに連れて行く存在。そんな薄ら寒い予感がした───、かもしれない。
◇◆◇
隣の部屋がばたばたと騒がしくなり、取り敢えずは第一関門クリアなのかな、とキュルケはほっと息を付いた。
一方通行を連れて行く。それこそがこの宝探し計画の、一番の問題なのだ。一方通行がルイズと離れたままではまったく意味をなさない。
思うに、ルイズも一方通行も、子供過ぎるのだ。妥協を許さず、深くまで考えて、互いを傷つけあう。
それは、キュルケには出来ない事だった。どこまでも『微熱』でしかないキュルケは、そこまで行く前に自分から身を引くし、どうしても踏み込めないし、踏み込まない。そんな一線がある。
しかし、ルイズは違う。恐らく、一方通行も違う。彼等はぶつかり合う。衝突しあう。そして、それでしか先に進むことが出来ない人種であるようにキュルケは感じた。要するに彼等は、
「馬鹿なのよね。馬鹿。それでへったくそ」
傍から見ていてはらはらとするような場面があったかと思えば、今度はつんと顔を逸らして消えてしまいそうになる。一方通行のお子様具合がよく分かるし、そういう所があるからこそ、ほっとけない。
キュルケはベッドから身体を起こし、どたばたとうるさい隣室に笑い、そして化粧を始めた。念入りに、念入りに、しかしあざとくなく、それらしく見えるように眉毛をかいて、紅を塗る。ウォータープルーフなので、今度は落っことさないだろう、眉毛。
よし、と鏡の前で一声上げたキュルケは、前日に用意したバッグを抱えて、タバサの部屋へと向かった。
扉をノックノック。あいてる、と小さく聞こえる声。
「おっはよ」
小さく手を上げると、タバサはこくりと頷いた。
「準備、出来てる?」
タバサはこくりと頷いた。
「それじゃあちょっと早いけど、外行きましょうか」
タバサはこくりと頷いた。
空は青く、祝福しているような晴天だった。
キュルケは笑みを浮かべてよかった、と呟く。出発が雨では、気持ちも中々上がるものではない。
ん~、と大きく伸びをしていると、タバサがぴぃ、と口笛を吹いた。翼で風を切りながらシルフィードが降りてくる。今回はシルフィードで行くかどうか迷ったのだが、一応授業もあるのだし、行きと帰りの移動時間は短いほうがいい。結局はそうすることに。
「よろしくね、シルフィード」
キュルケはシルフィードの頭を撫で付けた。目を細めてきゅるきゅると鳴くシルフィードは、本当にこちらの言葉を理解しているよう。
これで準備完了である。あとは人を待つのみ。
のんびりと、本を読んでいるタバサの頭に顎を乗せてぐりぐりしている時、馬鹿でかいサックが目に入った。まさしく『馬鹿』でかいのだ。人間一人の身長と重量を超えるようなそれを軽々と背負う平民、シエスタのスペックが気になるところである。
「あらまぁ。あなたどうしたの、それ?」
「皆さんの日用品と、食料と、調理道具と、お菓子と、お紅茶と、こっそりワインと、あとテントです」
何でもないように言う彼女に、キュルケは目をぱちくりと。
「出来たメイドだこと。あなた、家で働く?」
「あは、ありがとうございます。ですが、私は学院つきのメイドですから」
「んふ。そんなこと言って、ヴァリエールが誘ったらすぐに飛んでいくのね?」
「あ、いえ、そんなことは……」
「いいのいいの。ヴァリエールで働くなら、家にも来なさいよ。出張でいいわ。お隣だからそんなに遠くないし、メイド交流会でも開きましょ」
「ふふ、考えておきます」
シエスタがそう言って微笑んで、こりゃ脈無しね、とキュルケは肩をすくめた。
彼女は、見ていてわかるように、ルイズのことが大好きなのだ。ぴったりと張り付いているのはやや過保護に見えるが、キュルケはそれもありだろうと考えていた。ルイズはもともとあまり貴族らしくはないし(馬鹿にしているわけではなく)、平民に好かれるのも納得がいく。
シエスタがうんしょ、と荷物を地面に置いた。ずしん。ずしんである。おいおい、とキュルケは再度目をぱちくり。
そして、そしてその荷物の影に、土下座男が居た。なにをどう見ても、土下座男が居たのだ。びく、とキュルケとシエスタは肩をすくめて、
「わっ! なにしてるのあなた!」
「今度は……、今度は僕も連れて行ってくれないだろうか」
彼は、恐らくリーダー格をキュルケと見たのだろう。地面に額をこすりつけて、キュルケへと。
「置いてけぼりはもう嫌だ。土下座すらするぞ、僕は! 格好悪くてもするぞ、僕は!」
まぁ、ギーシュだった。
「どうせまた、ルイズは怪我をするんだろう? 僕はギーシュだ。『青銅』のギーシュで、戦乙女(ワルキューレ)のギーシュだ! 戦乙女はね、戦女神を守るための存在なんだ!」
「あ、ああ……、だから『戦女神』なのね?」
「そうさ! 僕も役に立つぞ! 頑張るぞ! 最近ね、以前とはちょっと魔法の感じ方が違うんだ! ギーシュ・ド・グラモン、ちょっと違うんだ!」
「いや別に……」
困ったようにキュルケは頬をかいた。
本人さえそれでいいのなら、勝手に付いてこいというところである。なにも強制参加というわけではないし、来る者拒まずのこの宝探しに、まさか決死の覚悟を持って望む男が居るとは、さすがに予想が付かなかった。
ギーシュは頼む! 頼む! と顔面を地面に、最早埋もれさせて、キュルケは慌てていいから、わかったから! と。
キュルケがギーシュを立たせ、服に付いた汚れをシエスタがはらい、タバサが汚れた顔面に水を浴びせた。そしてようやく、今回のメンバーが集まる。
「なにやってんの、あんたたち?」
「ちッ、うぜェのが居やがる」
仲良く寮から出てきた二人を見て、キュルケはにっこりと笑顔を作った。
◇◆◇
出発。
そこには汗。喜び。落胆。
そこには努力、友情、勝利。
俺たちの旅はまだまだ続く。
夕日に向かって競争だ。
キュルケは相変わらず、皆に優しかった。深くは入らず、浅くもなく。その距離感は、安心を感じさせるものであった。
タバサも相変わらず、無口の中に愛らしさを湛えた。戦闘では先頭に立ち、小さな体から吐き出す魔法は強力だった。
ルイズは全然、役立たずだった。けれども満足のいく笑顔。にぱー。
ギーシュは動かない己の足に怒りを覚え、叫んだ。彼は、もう一歩だけ先へと進む。
シエスタは、こっそりと隠し持ってきたワインをぐびぐび飲んで『ルイズさんお世話します』した。本人は覚えていないが、次の日のルイズの様子は少しだけおかしかった。
一方通行は皆のそんな光景を見、皮肉げに唇をゆがめた。
何が言いたいかというと───。
キング・クリムゾン。
そこには、結果だけが残る。五日間を、宝探しを、戦い抜いたという結果だけが。
◇◆◇
「なかったわねー」
「なかったですねー」
ルイズとシエスタがワザとらしく口にして、一方通行はそォだな、と。
この五日間、やけにルイズが迫ってくるものだから、一方通行は少しだけ疲れた様子を見せていた。シロ、シロー、シロぉ、シーロー。かまってかまって、とルイズは頭を差し出してくる猫のように。一方通行はこの宝探しの意味をわかっているだけに、なんだか気恥ずかしいような、そんな寒気が背中をずっと彷徨っていた。
学院に付いたら、話す事を話そう。一方通行はそう思っており、そのための準備を、心の中で終わらせている。ルイズがどんな顔をするのか。楽しみはそればかりだ。彼女はどんな反応を見せるのだろう。彼女はどんな言葉をつむぐのだろう。彼女は自身を、どうするのだろう。
自分の精神状態がよく分からない一方通行は、はぁ、とため息をついた。
「なぁに疲れた顔してるのよ」
「……俺ァな、ンなガキみてェな事しなくても、話しくれェ出来ンだよ」
「な、何のことかさっぱりでござる」
ぴゅー、とルイズはシエスタの陰に隠れてしまった。シエスタから頭を撫でられて、その顔はすぐに元通り。単純な女だな、と一方通行は呟いた。
あとは帰るだけ。何箇所か回ったが、あるのはボロかゴミクズばかり。決して宝といえるようなものではなかった。そもそもが胡散臭い地図。ゲルマニアの商人から買ったというそれは、あまりにも嘘だらけだった。
だが、これに助けられたのも事実なのかもしれない。一方通行は「話くらい出来る」と言ったが、事実として一週間、ルイズの事を避けてきた。彼は自分が思っているよりも子供で、他人との接触に慣れていない。他人との距離のとり方が、不器用なのだ。『きっかけ』は必要だった。
「それじゃ帰るわよー!」
キュルケが言って。
「あ、その前に、最後の宝探し、あります!」
シエスタが手を上げた。
「異世界からの宝、見に行きましょう!」
それはシエスタにとって、予防線のようなものだったのだろう。一方通行が怒ったときの、予防線。
彼女は常にルイズのことを考えているのである。簡単に「嘘を付け」といって、その後のことを考えていないような女ではなかったのだ。
一方通行はまだなにかあるのかと、面倒臭そうに頭をかき回し、次はまともな物であってくれよと祈った。シエスタの村に、何の期待も持たず、しかし、行く先には確かに宝があるとも知らずに。