12/~くるかもみさか~
むう。寝言のようにルイズは呟いた。
いや、実際目は瞑っているし、ベッドの上で寝かされているもんだから、寝言のようなものかもしれないけれど、しかしルイズは起きているのだ。もうばっちり覚醒中である。
だって、だって、
「痛いわ。うん。身体が凄く痛い」
最早痛いを通り越して痺れのような感覚まで生まれ始めている。
まずい。非常にまずい気がする。もしかしたらものすごくひどい怪我をしているのかもしれない。
なぜなら相手はあのワルドだったのだ。
そう、ワルドは敵だった。
「……レコン・キスタ、だったかしら」
ワルドはそのような事を言っていた。
ルイズを物の様に、こちらに来いと行っていた。
戦っていたときの事はなんだか現実感が伴わなくって、まるで夢のようにふわふわしている。でも、確かに戦ったのだ。夢であるかを否定するように身体は痛いし、この手に残っている、人間を切った感触。
ザクリ、と野菜を切るような感覚ではなかった。もっと重くて、硬くて、後味の悪いもの。どちらかというと、『断ち切った』。ぶちん。刺したときは、ステーキにフォークを刺すときとよく似ていた。ぶちゅぶちゅ。
とたんに湧き上がる吐き気。
何とか抑えようとお腹に力を入れようとしたけれど、身体が痛くてそれも出来ない。
「おぅべろろろ~~! げほっ、うおえ! かぁーッ、ぺっ!」
ルイズは見事に寝ゲロした。ついでにベッドの脇に唾まで吐いた。
「あ~、気持ち悪い……、もう、何なのよ……」
ゲロまみれになった枕元を何とかしようと思っても、やっぱり身体は動かないので、
「誰かー、誰かいないのー? いやもう恥ずかしいけどやっちゃったものは仕方ないので片付けてこれー。自分のゲロにもらいゲロしちゃいそうよー」
がちゃりと部屋のドアが開く音がして、ふと、ここはどこなのだろうと思った。
町医者にしてはやけに部屋が豪奢で、まるで王様が住む部屋のような。
寝こけるルイズの側にやってくる人物は、
「目が覚めたのね。すぐに片付けさせます。少し待ってなさいな」
「……」
OH! アンリエッター!
◇◆◇
お姫様が用意した部屋で、ちょうど半日がすぎた。
一方通行は特に何をするでもなく空に浮かぶ双月を覗き込んで、はぁだのふぅだのとため息をついている。
その様子を見て、キュルケが恋する乙女みたいねと呟いた。
「あン?」
「女の子はね、あの双月を男女の関係みたいに捉えるの。くっついたり離れたり」
「そォかい」
「あなたとルイズは、ずっと同じ距離みたいだけどね」
一方通行は適当に返事をしながらベッドに寝転んだ。先に寝ていたタバサがむぎゅ、と苦しそうに唸る。
あの後、ルイズを適当な町医者に見せて、そのあと水のスペルで癒してもらって、そしてシルフィードでアルビオンを抜けてきた。
空で見た光景と、どうやっても入ってくる噂では、どうやら貴族派が勝利したらしい。王政は崩れたのだ。これからは貴族の、横のつながりがアルビオンを治めるのだとか。
正直、一方通行はそんなことに微塵も興味が無いのでどうでもいい。
ただ気になるのはレコン・キスタ。あのワルドが所属している組織である。聖地の奪還がどうとか。
聖地って何なの?
さあ。
ふざけるな。スカウトなら真面目にやれってンだクソッタレ。
ワルドは一方通行に来いといったが、一方通行にその気は無い。一方通行は、そういった寄り道をしている暇は無いのだ。帰る手段も見つけなければならないし、何よりも虚無。何よりもレベル6。やることが沢山ある。
沢山あるのに、ルイズは戦争に行った。
はぁ。
「っだらね」
「なにが? ていうか、タバサ潰れてるわよ」
「潰してンだよ」
子供のように言う一方通行に、キュルケがくすりと笑みをこぼした。
「それで、なにがくだらないの?」
「さァな」
「素直じゃないわね。いいから言いなさいよ。お姉さんが聞いてあげる」
「はっ、ガキがほざいてンじゃねェよ」
「だから、絶対私のほうが年上だって」
「知らねェよ」
キュルケがたまらないといった調子でケラケラ笑い、一方通行はまたもため息をついた。
思い出されるのはワルドの言葉で、ルイズの側からいなくなれといったものであった。
ちょっとまて。あいつが勝手に呼んだんだ。それなのにいなくなれとはどういうことだ。ルイズが言ったわけではないが、魔法使いは勝手がすぎるのではないだろうか。
帰る手段があるのならさっさと消えてやる。でも、それがないのだろう? だったら、こっちでやれることをやる以外に、一方通行にすることはないのだ。
ルイズが一方通行に影響される?
知った事ではない。
簡単に影響されるほど自分がない女なら、それまでの人物だっただけの事。
一方通行がそこまで考えたとき、部屋の扉が二度叩かれた。
はい、とキュルケが返事をし、一方通行の隣で寝こけるタバサの目がパチリと開く。
「やほ」
入ってきたのはルイズとアンリエッタであった。
ルイズは車椅子(本当に椅子に車がついたようなもの)に乗って、アンリエッタに押されての登場である。
そのアンリエッタは深々と頭を下げた。
「皆さん、大変なご迷惑をお掛けしました。そしてルイズ、ご苦労様。これまでのことを、話していただけますか?」
◇◆◇
ニューカッスル城。かつては名城と謳われたこの場所も、今となっては瓦礫の山。
ワルドはフーケを連れて、皇太子を殺した一室を目指した。
「旦那、旦那、休んでなくていいのかい?」
「旦那はよせ」
「じゃあ、旦那さん?」
「旦那から離れろ」
「それなら、ワルド」
「それでいい」
右を見ても左を見ても傭兵達が火事場泥棒に執心していて、ワルドはため息をついた。
「……ああいうのは嫌いかい?」
「ん? ああ、違う違う。馬鹿な奴らだと思っただけだ」
「馬鹿? 火事場泥棒は馬鹿?」
「そうじゃなくてな……、こっちに来てみろ」
ワルドが向かった先は宝物庫だった。
当然ながら、すでにそこは傭兵たちが荒らした後で、あるのは重くて持っていけなかったものや、壊れてしまってガラクタ同然のものばかり。
ワルドは髭をなでつけながら宝物この中をぐるぐると歩き回った。一歩一歩、何かを確かめるように。
銅像があって、その足元を見て。そこで確信した。
「ワルド?」
「まぁ見ていろ。たぶん、このあたりだ」
ワルドは魔法を放った。銅像が砕けて、その奥の壁も一緒に砕いて。
ガラガラと瓦礫が崩れ落ち、砂煙がはれたそこにあるのは、
「わお。さすが王様」
フーケが口笛を吹いた。
宝物庫の、その壁の先にはもう一つ部屋があった。そこには、いやもうホントのホントに金銀財宝の山があったのだ。
ワルドは事前に物事を調べてから、これで成功すると確信してからしか動かない人間である。
トリステインの王立図書館。そこには膨大な数の資料が眠っている。その中にはニューカッスル城に関する資料もあって、妙な部屋があると思っていたのだ。
ワルドはずかずかと宝物の中に足を進め、マントを脱ぎ、そこに入るだけの宝石や金を詰め込み始めた。
フーケがあっけにとられているのが見えて、にやりと笑ってみせる。
「どうした、いらないのか? 宝石だぞ」
「いや、あんた、なんだその、プライドとかそういう……」
「役に立たんプライドなど随分昔に犬に食わせた。今のプライドはその犬がひりだしたクソ程度さ」
「……は、ははは! いいね、そういうの」
「お前も持てるだけ持っておけ。金は要るぞ」
「あいよ。旦那がそういうなら、そうしようかね」
「だから旦那はよせ」
「ワルド」
「そうだ。ただのワルドだ」
ワルドとフーケはぱっつぱつになったマントを固く結び、さらにワルドなどはポケットまでもパンパンに張らせた。
フーケが笑っているのが聞こえたが、これでいいのだ。金はワルドの目的のためには沢山必要だし、あって困るものではない。他の貴族に後ろ指を指されようとも、これでいいのだ。
金目のものを大分せしめたワルドは宝物庫から出て、そこらの死体から宝石をあさっている傭兵に声をかけた。
「おい、あそこの宝物庫、まだ金目のものが残ってたぞ」
「まじかよそれまじかよ」
「ああ、まじだから行って来い」
「まじかよまじかよ」
頭の悪そうな傭兵は仲間を引き連れて宝物庫へと向かった。
さて、とワルドは一息ついて、そして上へ上へと城を上る。目指す先は天守閣。ワルドが皇太子を刺した部屋である。
階段を上るあいだ、静々とついてくるフーケがおかしくってワルドは小さく笑った。
上りついて、廊下を渡って、そして扉の壊れた部屋へと。
部屋の中はぼろぼろになっていて、壁にはなんと大穴まであいている。というかワルドが開けた穴である。
自分のした事なのによくもまぁこれだけ暴れたものだと感心した。
いや、あのときのルイズはちょっと本気で怖かったのだ。やべぇこれ殺されるんじゃねぇかと本気で思った。きゃああ! とか絶叫しながら剣を振ってくるのである。恐怖を感じない人間なんかいないだろう、あんなの。
虚無も大概だが、あのガンダールヴは余計に厄介なものだ。まさか、自分があそこまで押されるとは思わなかった。
「悔しい?」
「うん?」
「手、拳握ってるよ」
「あ、はは……なんだろうなこれは。悔しいっていうよりも……そうだな、寂しい、だな」
「婚約者だったんだろう?」
「親同士が酒の席で決めたことだ。本気になんかしちゃいない」
「愛していなかった?」
「なんだ、恥ずかしいな。そういうこと言うなよ」
ワルドはこの話は終わり、と両手を振った。その時に腕が片方しかなくって、それがなんだか笑えてきた。
ちっくしょう、腕がねえよちくしょう。腕、そうだ、俺の腕は。ワルドはベッドの上にちらりと視線を。あった。ぽとん、と寂しそうに腕が一本落ちている。
ワルドはそれを拾い上げて、
「王子一人で腕一本か」
「安い買い物じゃないか」
「どこがだ。この調子じゃ目的にたどり着く前に俺がなくなっちまうよ」
「俺」
「なんだ」
「はは、俺だって」
「いいだろう。気を遣う相手がいないんだ。俺だろうが何だろうが、俺は俺だ」
「いいね、あんた。鼻につく感じが無い。気に入ったよ」
ワルドは何となく居心地の悪さを感じて、皇太子の死体へと近づく。うん。死んでいる。
足で皇太子を仰向けにさせて、胸のあたりは真っ赤に染まっていた。うげ、結構えぐいな、と自分がやったことなのにそんな感想を漏らして、そして、その指先に光る指輪を見つけた。
指輪。恐らく、アルビオン王家に伝わるという風のルビー。
「……」
ワルドは何でもないしぐさでその指輪を抜き取り、団子のようになっているマントの中に入れた。
そして。
「おっとと、これはこれは、随分と暴れたようだね子爵」
思ったとおりのタイミングで現れた男。かけられた声。
それは三十台半ばほどの男だった。一見すると聖職者のような格好をしていて、しかしそれを払拭させる軽い雰囲気。
「どうだね、手紙は見つかったかね?」
「申し訳ありません、閣下。やはり、持っていかれたようです。何なりと罰を」
「なにを言うか、子爵。君は一人だった。一人でそこの皇太子殿を殺して見せたのだ! はは! これが君以外に出来ようか! 褒美は取らせても、罰など与えはせんよ!」
「ですが……」
「よい。手紙よりも、ウェールズのほうが重要だ。君はしっかりと仕事をこなした。誇れ」
「は……、ありがたきお言葉」
ワルドは頭を下げて、
「それで……そちらの女性は?」
「ああ、彼女は『土くれ』のフーケ。私の手伝いをしてもらいました」
「おお、では君がミス・サウスゴータ! 始めまして、私はオリヴァー・クロムウェル。まぁなんだ、今ではアルビオンの皇帝などをやっているよ」
「そうですか」
「ふむ。なんともクールな女性だな」
せめて頭でも下げたらどうだとワルドは思ったが、まぁ、正直ワルドもクロムウェルなど三流だと考えているので結局は言わずじまい。
そう、ワルドはこの男、オリヴァー・クロムウェルになど忠誠を誓ってはいない。
ワルドは自分のためにしか動かない男だ。自分がやりたいように動くのが、一番好きなのだ、ワルドは。
自分が世界の真実を知りたいと思っているから動いているのであって、こんな男のために働いているわけではない。ただ、今はここにいるだけだ。組織に入るということは、少しだけ足が遅くなったりしがらみにとらわれる事もあるが、悪いことはない。食えるものは食えるし、着る物も寝るところも用意される。
そう、レコン・キスタは、ワルドにとって、衣食住なのだ。
心の中でワルドは鼻をほじっていた。
「ふふふ、それでは見せようか、私の虚無を」
「おお、虚無ですか。すばらしい」
とか言いながら、ワルドは今夜何を食べようかと考えた。
「おはよう皇太子」
「おはよう大司教」
「すまんな、今は皇帝だ」
「失礼した、皇帝閣下」
そんな光景を見ながら、ワルドはちょっとおしっこがしたくてもじもじした。
「それでは行こうか、おともだち」
「ああ行こう」
そしてクロムウェルとウェールズが消えて、
「ワ、ワルド! アイツ、あの男は、虚無の───」
「はは! 見ろフーケ! 虹が架かったぞ!」
「きゃあ! なんっ、なにやって!」
ワルドは大穴があいた壁から立小便をかましていた。フーケが顔を両手で覆うのを見て、なかなか初心なのかな、何て思ったり。
いやいや、話が長くて困っていたのだ。まさか漏らす訳にもいかないし、ここからトイレまでいくには、自分の膀胱が信用ならない。そうなればもうね、ほら、これしかないじゃない。
「あんたっ! 仮にもここには皇帝がね! いるんだよ! 皇帝閣下が!」
「なんだフーケ、君はあんなのが怖いのか?」
「で、でもね、死者を蘇らせるなんて、あんな」
「気にするな。ありゃ小物だ」
「え?」
腰を二、三度振って雫を切った。
なにやら顔の赤いフーケに向かってもう一度。
「ありゃ小物だと言った」
「で、でも、虚無……」
「確かに。俺には虚無かどうかを確かめるすべは無い。けど、多分あいつは違うよ」
「何を根拠にそんなこと言ってんだい?」
「簡単さ。アイツからはゲロくせぇ小物臭がぷんぷんしやがる。それだけのことだ」
「い、いや、だから……っていうかアンタね! ちったぁ隠しな! 前!」
「あっはっは! あまり初心を気取るなよ! 女の子から嫌われるぜ?」
ワルドはほれほれどうだー! と自慢の息子を見せびらかし、フーケはぎゃーぎゃー言いながら部屋をぐるぐると回った。
部屋を二週三週と回って、ついにワルドはフーケから殴られた。若干涙目だったので、少しだけ悪いことをした気分になり、その涙をふき取ろうとすると、
「きたない!」
「なかなかグサッときたな」
「ち、ち、ちち、ちん! っあれ、アレ触った手で! 女の顔触るんじゃないよ!」
「なんだ君! 処女か! そんなの気にしてたら本番なんか出来ないじゃないか!」
「だまっ、黙れぇ!」
「あっはっは! 声裏返ってるよ! あっは!」
ワルドはげらげらと腹を抱えた。
フーケがその様子を見ながらはぁ、と大きくため息をつく。
「……、もう……、何でこんな男について来ちまったんだか……」
「悪いことをしたな」
「いや、別に……本気で言ってる訳じゃ」
「僕が魅力的すぎるのがいけないんだろうね。婦女子は僕を見ると大抵骨抜きだから」
「……」
「……おっと」
無言のままに拳を降らせて来るフーケのそれをワルドはひょいひょいと馬鹿にしたような動きで避けて、フーケの顔はさらに真っ赤になっていく。
単純な女だ。だからこそ使えるし、可愛げもある。
ワルドがフーケを助け出した理由は、ただ部下を作るためだけではない。ここはレコン・キスタだ。部下が欲しいといえばクロムウェルが用意してくれる。
だが、それではダメなのだ。レコン・キスタではなく、ワルドのために動いてくれる部下が欲しかった。ワルドはレコン・キスタなどに尽くす気は無い。だからこそのフーケ。だからこそのスカウト。
「フーケ」
「今度はなんだい」
「ちょっと真面目な話をする」
「……いっつもそんな顔してりゃあねぇ」
「お前の知り合いに、使える者はいるか?」
「うん? それはどういう?」
「そうだな、戦闘よりも尾行や隠密に長けた奴がいい。もちろん弱かったら話にならないから強いほうがいいが、まぁそりゃ二の次だな。あまり目立つ容姿はしていないほうがいいし、出来るだけ平民くさい奴」
「……いや、まぁ、うん、なんて言ったらいいのかねぇ……」
詰まったような言い方をするフーケにワルドは疑問を。
「いるのか?」
「いやまぁ、いるっちゃいるが、その子も、頼めば断らないだろうけど……」
「なにか問題が?」
「いやぁ、うぅん……えぇとね、うん、まぁうん、いや、うん、よし、聞くだけ聞いてみよう。そうさね、こりゃアイツの自由意志だ。あいつに決めさせるんだ。無理強いは無しで、それでもいいかい?」
「まぁ、使えるんならそれでいい。裏切りは無しだぞ」
「ああ、それは安心しとくれ。裏切りとか、そういったところまで感情が育っちゃいないよ」
◇◆◇
「そうですか……」
全てを話し終えたとき、アンリエッタは静かにそれだけを口にした。
そうですか。それだけ。
恐らくまだ理解が追いついていないのであろう。呆然とした面持ちで天井を見上げている。
ルイズは小さく姫様、と呟いた。
それはそうだ。呆然となってしまうのも無理からぬ事であろう。ルイズ達は手紙を取り返してきたが、それでもウェールズは非常に凄惨な最期を遂げてしまった。
そう、ウェールズは『ワルドに刺されて死んだ』のだ。一方通行は言っていた。自分が何かしようとしたときにはもう遅く、すでに死んだ後だと言っていたのだ。
ルイズもワルドの裏切りはショックである。
ショックというか、まだ現実感が伴っていないと言ったほうがいい。だって、魔法衛士隊の隊長が裏切るなど、これは前代未聞の事である。
「姫様」
ルイズはアンリエッタの顔をのぞきながらもう一度。
「あ、ああ、そうね。はい、本当にあなた方には迷惑と苦労をかけました。子爵の裏切りはさすがに予想外で、それで、ウェールズ様も、ああ、……死んでしまったのね、ウェールズ」
「皇太子は勇敢でした」
「ありがとう」
「あなた方には、公には出来ませんが何か褒美を取らせないといけませんね」
キュルケがぴく、と反応したのを横目で捕らえ、ルイズはじと目を送った。
「今日はこのまま休んでください。では明日、あなた方を学院へ送るついでに褒美を。このことは内密にお願いします」
アンリエッタはぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。
すこし、なんだか、少し危ない感じがした。一国の姫ともなると脆くて繊細だから、これで壊れてしまわないかと。
「……それであなた、身体は大丈夫なの?」
キュルケが顔を覗き込んで言うものだから、ちょっとだけ恥ずかしい。
「だ、大丈夫よ。姫様が直々に魔法をかけてくれたんだから」
「そ。そりゃよかった。あんた運んでるときにさ、膝とか肩とかぷらぷらしてたからちょっと心配だったのよね」
「おかげで私はしばらく車椅子生活ですよ」
「あなた、しばらく療養に出なさいな。ゲルマニアに来る?」
「い、いやよ。何だかうるさそうじゃない」
「まぁ、そうね。トリステインよりは喧しいけど、国土は広いし、きれいな場所も沢山あるわよ」
「いいのいいの。私はシエスタに看病してもらうんだから。あーんとかしてもらうんだから。それに、シロもいるし。ね?」
ルイズは一方通行に視線を送った。
一方通行はタバサから取り上げた本を読んでいて、タバサが返して返してとじゃれ付いている。
ピク、とこめかみがひくついたが、そう、私は大人。私は大人。そしてタバサは子供。
「あァ?」
「あんた、ちゃんと私の看病してよ? たくさん怪我しちゃったし、少しのあいだ歩いちゃダメって言われたし」
「ドタバタうるせェのがなくなってすっきりすらァ」
一歩通行はタバサの首根っこを引っつかみ、そして自身の膝の上に押し付けた。
タバサももう諦めたのか、そこで大人しく。
ピクピク、とルイズのこめか(ry そう、私はおと(ry
「ふ、ふーん! そういうこと言うんだ!」
「ンだよ」
「私のこと好きなくせに! そういうこと言うんだ!」
「また妄言の類か。知らねェのかよ、寝言ッつーのはな、寝てから言うモンなンだぜ」
「あたしの後ついてきてアルビオンまで来て! そういうこと言うんだ!!」
「……?」
「な、なによ」
「あァそォか、勘違いしてンだ、オマエ」
何だか嫌な予感がした。一方通行が鼻で笑うのを見て、何だか嫌な予感しかしなかった。
「俺ァ女に会いに行ってただけだ。ちょっと、手紙で呼び出されてな」
聞いて。
それを聞いて。
「げふぁっしゅ!!」
ルイズは血を吐いて車椅子からすってんころりん落下した。