08/~赤色アルビオン・羨~
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! きゃーきゃー! ちょっと待ちなさいよ! わッ、ちょ、待った! 待って! 待ってくれないかしらッ!?」
「待ったなし!」
「聞いてみただけよ!」
キュルケはルイズが打ち倒した傭兵を踏みつけて屋外へと遁走した。
いやもう、ホントに死んじゃう。そんな思いで逃走を開始である。初めから勝てるとは思っていなかったし、そもそも真面目に戦う気がなかったのだから、これはこれで正解である。
とにかくルイズを先に進める。これがキュルケの思惑。さっさと任務を終わらせて、さっさと学院に帰って、そしてのんびりお茶でも飲もう。その時にはまたあのメイドを呼んでお茶を入れさせよう。なかなかよくできたメイドだ。一家に一台シエスタ。
ぶるんッ! ぶるんッ!
走るたびに揺れる乳がちょっと痛くなってきて、後ろを振り向けばゴーレムの肩に乗ったフーケが追ってくる。
「ああもう、そろそろ諦めればいいのに……!」
走りながら毒づいて、息を切らせながらも全力疾走。キュルケはメイジなのである。さっさと空でも飛んで逃げればいいのに、しかし今は精神力が空っぽなのだ。フーケをひき付けるためにちょっと調子に乗りすぎた。
シャツから胸がこぼれてしまわないように抑えて、ついでに役に立たない杖を胸の間に押し込んで、まだ行けると息巻いた。
何の騒ぎだとそこらじゅうから平民やら傭兵やらが出てくるが、キュルケには相手をしている暇がない。さっさと逃げなさい。その一言すらも酸素が惜しい。逃げる。ただ逃げる。貴族なのに走って逃げる。運動はわりと得意なので、今のところは大丈夫だけど、それも何時まで続くだろうか。
狭いラ・ロシェールを一周二周と走り回って、ついにキュルケの肺が悲鳴を上げ始めた。もう無理限界。足が動かない。そろそろ止まってもいい頃だと思う。何とかなるか。
ぜぇぜぇと荒い息をついて、わいてくる吐き気を無理に飲み込んだ。汗が地面に零れ落ちて、キュルケは珍しくスッピンをさらした。もう化粧なんて何にも残ってない。
「鬼ごっこは終わりかい?」
「あら、自分を、鬼に例えるなんて、分かってるじゃない、あなた」
死にそうになりながらキュルケはか細い声を上げる。
フーケの口元が引きつったように動くのを見て、それだけは勝った気がした。
「死にっ、死にたいようね……」
「死にたいはず、ないでしょう。生きたいわよ」
「ざぁんねん。あんた、調子に乗りすぎたよ」
キュルケはそのフーケの言葉を聞いてないように続けた。
「ふぅ……。誰だってね、生きたいのよ。分かる? 私なんか、こんな、普通ありえないわよ? 私のスッピン見たのなんて、タバサ以外じゃなかなか居ないんだからね。私はね、生きてタバサに会いたいし、生きてルイズに会いたいわ。あの子達のこと、心配だもの。二人とも下手糞なのよね、生き方が。その点私はどう思う? いい男が向こうからよって来るのよ? そして私はね、『うぃ』って言うだけなの。とても上手に生きてるの。勝手に勘違いした男達が勝手に貢いでくれるの。どうよこれ。私って、とてもお上手に生きてきたわ」
「何言ってんだい? 狂った?」
「まぁいいから聞きなさいって。上手に生きてきた私はね、きっとこれからも上手に生きていくわ。だって、この生き方を変えようとは思わないもの。私はちゃんと考えて行動できる女なの。ルイズみたいに考え無しじゃないわ。上手に生きて、ま、上手に死んでいくんでしょうね。人の人生に干渉しようなんて私は思わないし、されたくもない。そんな私がね、ここ最近とても困った事に、なんだかおかしいのよね。狂った? まさしくその通りかもしれない。狂わされてるのかも。馬鹿は一生なおらないらしいけど、アホなら何とかなるかなって思って構ってるんだけどね、これが中々難しいわけ。そもそも私が守ってあげたいなんて思うの、あの二人だけよ、ホントに。もう二人ともダメダメ。この私が言うんだから間違いないわ」
「そろそろいくよ?」
「後ちょっと。それでね、これまたアホの子みたいなこと言うのよ、ルイズったら。あの子ね、殺さないんだって。殺さないほうに覚悟完了しちゃったんだって。ここに極まるって感じよね。きっとアホも一生なおらないのよ。……あの子はね、戦争なんて似合わないの。あの子達に戦争なんてさせたくないの。ほら、あの子達ってさ、生きるのがヘタクソじゃない。すぐ死んじゃうって、あんなの」
一息に話して、フーケが大きな疑問を頭の上に生み出しているのが分かる。
キュルケはそれを無視して、舌を丸めて指を咥えた。ぴぃ、と甲高い音が鳴って、キュルケの身体に影がかかる。
「なっ!」
「どう思う? ヘタクソでしょ? これね、タバサが置いていったのよ」
一匹の翼竜が空を舞っていた。蒼い鱗に覆われた竜は、間違いなくシルフィードである。
「普通さ、自分が一番じゃない? 逃げるにしても戦うにしても、普通自分が一番でしょ。でもね、あの子達はどうにもその辺りの回路っていうか、何て言ったらいいのかしら、もう病気よね。こんな事されたら、どうにかしたいって思っちゃうでしょ? 可愛いでしょ? 可愛いのよ私にとったら。それでね、今シルフィードが上空に居る訳だけど、私はゴーレムの拳が落ちてくるほうが早いと思うのよね。どうかしら?」
「その通りだよ!」
フーケは杖を振って、キュルケに対してゴーレムの腕を振り下ろした。確かな速度を持っていて、確かな威力を備えている。
当たり前だが、キュルケにそれを防ぐすべはない。精神力は切れていて、走りつかれて、喋り疲れて、もう身体だって動かない。
人間は、奇跡の生還を果たすかと思えば、逆に「え、それで?」といった事で死んでしまう。振ってくる拳は、多分死ぬ威力。あくまでも多分だけど、手加減してくれるなら死なないだろうけど、うぅむ、これはどうであろうか。死ぬほうが、多い気がする。
そんな事を考えながら、キュルケはやけにのろのろした調子で胸を持ち上げた。視線はすでにゴーレムを捕らえていなくて、どうやれば一番綺麗に見えるか、なんて事に疑問を抱いて。
そして一言。
「また触っていいわよ。だから助けて、シロ君」
ぽぉん、とゴーレムの腕がすっ飛んでいった。フーケがあんぐりと口を開けているのがとても面白かった。
そして、隣の宿の窓からふってきた白い人。一方通行はやっぱり来ていて、そしてここに泊まっていた。窓に頬杖を付いて、こちらを見ているのになんか、ラ・ロシェール一週目で気が付いていた。
キュルケは一方通行へ顔を向けて、そしてくすくすと笑いかけた。
「……ンだよ」
「結構エッチなのね、あなた」
「……」
「なぁに? 触りたいの?」
視線の外れない一方通行に、キュルケはたっぷりとした胸を持ち上げた。
しかし一方通行は真剣な顔でキュルケを見つめながらこう言うのだ。
「オマエ、眉毛どこに落としてきた?」
ああ、そんなもの、とっくの昔に地面のシミになっている。
。。。。。
系統は何が得意かと聞かれれば、それはもちろん風である。
思ったとおりだとワルドは言った。だったら二人で船を飛ばそう、と。
「……」
断るべきか。もちろん迷ったが、ここで断ってしまえば何故だと聞かれるだろう。何故だと聞かれれば、あなたは怪しいからと答えるだろう。あなたは怪しいと答えれば、ガリアのタバサが、トリステインの姫を護衛する魔法英士隊の隊長に、あなたは怪しいなんて答えてしまったら、国際問題に発展しかねない。証拠も無い今、侮辱しているのかといわれれば、どう言い訳をしても通用しないのだ。
タバサは杖に精神力を込めて、風石へと力を送った。
ワルドと二人、トライアングルとスクウェア。こんな船一隻を飛ばすのには十分な力である。
「いや、悪いね。ルイズの護衛を任されているから、精神力は無駄にしたくなかったんだ」
「はい」
「はは、おとなしいレィディだ。ルイズと付き合うのは楽しいかい?」
「はい」
「だろうね。彼女は小さい頃からいつも違う世界を見せてくれる。魔法が使えない事を嘆いても、あれでなかなか諦めないから」
「そう」
「羨ましいな、君達が」
言葉の通り、心底羨んでいるという視線がタバサを貫いた。嫉妬ではなく、純粋な羨望。本当に羨ましいと思っている視線。
タバサは何となく息が詰まってしまって視線をあっちにうろうろこっちにうろうろ。髭は嫌いなのに高鳴る心臓がやかましかった。
自分でも挙動がおかしいことが分かるので、ワルドから見るならばたいそうおかしな女だと思われたことだろう。はっはっは、とワルドは大口を開けて笑い、その大きな手をタバサの頭の上へと乗せた。
「君はなかなか筋がいい。同じ風だからこそ分かる。君はきっとスクウェアに届く。……ただ真っ直ぐ、自分の目標へと向かいたまえ。わき道にはそれないほうがいい。大きな大きな落とし穴があるかもしれないからね。自分の信じた道を進めば、それはきっと君の力になるだろう」
どきり。
駄目だと思っても、心臓はバカみたいに反応してしまった。何だこの男。
表情には出さないが、タバサの顔はちょっと赤い。それを見てワルドはまた笑った。豪快に撫で付けられる頭は、駄目だと分かっているのに気持ちがいい。
まずいな、と心中で呟いき、どうしたものかと考えて。そのときばたん! と扉が開いた。
「こらロリコン! 今まで手ぇ出した女に殺されるわよ!」
「おっとと、誤解は止めたまえよ、ルイズ。僕は全員を愛しているんだ。女性に優劣なんて付けられるものか」
「変態変態! いくらなんでもタバサは無いでしょう!」
「ふむ、嫉妬かい? 嬉しいじゃないか。君がそんなに僕のことを想っているとは考えなかったよ」
「ア、アアアホ言うでねっ! わしゃシロ一筋じゃ!」
「ぐはっ、くく、ははは! ひさっ、久しぶりに聞いた、その変な訛り!!」
「文化をバカにするんじゃない!」
「今どき爺さんも使わないよそんなの!」
「ぐぬぬ……ほら、行くわよタバサ! 子供出来ちゃうわよ! 膜破られるわよ! あいつの股間はモンスター!」
「ひぃっ! くく、く、っあひゃはははは!」
腹を押さえ馬鹿笑いを続けるワルドに、ルイズはぷんぷんと頬を膨らませ、タバサはそのルイズに手を取られた。
機関室から出る直前、ワルドのほうから小さく小さく。
「本当に、羨ましいな……」
聞き違いかもしれないけれど、声も小さかったし、もしかしたら違うのかもしれないけれど、しかしその声質はタバサの警戒心を上げるのに十分な役目を果たした。
。。。。。
「う、うう嘘吐き!」
「あン?」
「あんた帰るって、昨日帰るって言ったくせに!」
「あァ、眠かったから。そもそもオマエ、悪党の言うこと素直に信じてンじゃねェよ」
「ううう~~!」
呻きながらフーケはキュルケへと視線を合わせ「覚えておきなっ!」と、それこそ悪党のように去っていった。
一方通行はため息をつきながらそれを見届け、キュルケにさっさと背を向けた。自分が何をしたのか、理解しているだけに気恥ずかしくて。
「なに、昨日会ってたの?」
「さァな」
後ろから付いてくるキュルケに曖昧に返し、するといつものように腕をとられた。
「ちょっと話聞いていきなさいよ」
「断る」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「何で俺が」
「ルイズが危ないの。死んじゃうかもしれないの」
またも、昨日のように一方通行の身体は言う事を聞かなくなった。むにゃりむにゃりと腕に圧し掛かる胸の感触すら何処かへと飛んでいったよう。
だからどうした。この一言がなかなか咽喉を上がってこない。何がなんだかわからなくて、それに怒りを感じて、しかしそれは自分の事なのだ。自分が何を考えているか分からないなんて、それこそビョーキみたいで。
関係ない。まさしく現代日本人のように、脳裏でそう呟いた。
でも、口から出て行く言葉は別物で。
「……話してみろ」
「あら素直」
「いいからさっさとしろテメッ」
「はいはい」
キュルケの語った内容は裏切り者がいるかもしれないという事。ワルド。その人物が裏切り者かもしれないという事だけ。
まず腹が立つのが、そこまでわかっているならさっさと殺してしまえばよかったのではないだろうかという事である。いや、殺すのが実力的に難しいなら、とにかく逃げてしまえばよかったのに。
「あのね、相手は魔法英士隊の隊長様なのよ? ただでさえトリステインと仲悪いのに……ゲルマニアの私がそんなこと言ったら首が飛んでいっちゃうわ」
なるほど。一方通行には全然分からない話だが、とりあえずなるほどと自身を納得させた。
次に腹が立つのが、
「クソが。あの女、話が違うじゃねェか」
もちろんの事、フーケである。
彼女はルイズが狙われているといった。どこの誰かは知らないけれど、とにかく狙われていると。
しかし話を聞く限り、どうにもそのワルドはレコン・キスタなのだろう。だったらどこの誰かなど、分かりきっているではないか。
フーケが嘘を付いた可能性が出てきて、
(……いや)
それは無いのかもしれない。人の心の機微を感じる事が下手糞な一方通行だが、何となく嘘ではないだろうと思っているのだ。嘘の可能性は、状況とか、その辺を色々踏まえて、低い気がする。
だったら、フーケの知らない第三者の可能性が出てくる。フーケが本当に知らない人物。
ワルドとフーケがつながっていて、恐らくこれはもう間違いないことだろうと一方通行は考えた。ルイズは虚無で、情報が出回っているなら何処からでも狙われる存在である。
『狙われてるよ、あんたのご主人様』
フーケはレコン・キスタでそれを知った。狙われてる、と言ったのだ。レコン・キスタが狙っている、ではなく、狙われている。誰に? フーケも知らない誰かに。
薄暗くて、やや黒い影が見え隠れ。いるのかいないのかもハッキリしない第三者的存在。
めんどくせぇ。一方通行は呟き頭を掻いた。
本当にルイズは狙われているのだろう。レコン・キスタではないどこかに。フーケはその情報をレコン・キスタで手に入れて、一方通行へと渡したのだ。レコン・キスタの目的は聖地の奪還。虚無がどうとかという話は、今のところ聞いていない。
「何処のどいつだァ、イライラさせやがって……」
「……?」
「そのワルドってヤツ、本当に敵かよ」
「え、ええ……いや、間違いないかと言われれば自信は無くなるんだけど、まぁ勘で言えばそうね」
「オマエ、アイツを狙うやつに他の心当たりは無ェのか? 大体分かってんだろ、アイツの力」
「……もし虚無だとしたら、その力を狙うヤツなんて多すぎて分からないわ」
「そォかい」
大きくため息をついて、一方通行は上空を優雅に旋回しているドラゴンを見据えた。
状況は思ったよりも複雑で、面倒で。
もしも、仮に、絶対に無いが仮に一方通行がルイズの立場にあるとしたら、その時自分はどうするのだろうかと考えた。
まず怪しいと思えば、恐らくそのワルドという奴を殺しているし、そもそもアルビオンには行かないかもしれないし、いや、行ってもいい。行って、全部殺した上で手紙とやらを手に入れるのも楽しそう。
「……はぁ……」
まるでガキみたいだと自重した。頭を乱暴に掻き毟り、この日何度目かになるため息。
何でこんなことを真剣に考えているのだろうか。『もし』の話は嫌いなのだ、一方通行は。『もし』は希望だろう。そういうのは、見慣れていない上に輝いてるから嫌い。
もし一方通行が、小さい頃にたくさんの経験をしていたら。
もし一方通行が、上条のようなヒーローだったら。
もし一方通行が、もっと他人のことに興味がもてたら。
そして、もし一方通行がここで動けば。
もしとかかもとかあやふやあやふやいらないモノはいらないモノなのに、だけどその『もし』は、今の一方通行には非常に魅力的なものに見えた。見えてしまった。
昔だったら鼻で笑っている事が魅力的に見えたということは、一方通行の感性が変わっている以外にないのだ。
「……アホくせェ」
たまらない。こんなことに巻き込まれている時間は無いのだ。さっさと虚無を理解して、レベル6へと上りたいのに、それなのにルイズが居ない。
何でルイズが居ないのか。
くだらない事やって、人殺してるバカがたくさんいるから。
(っだらねェな、クソが)
心中呟いて。
「おい、そのアルビオンってトコの方角は」
「え? えぇと……あっち、かな?」
「曖昧だなテメエ……、ホントに分かってンのか?」
「アルビオンはいつも動いてるの。きちんとした方向なんて、船の船長さんくらいにならないと分からないわ」
眉毛の無いキュルケに舌打ちをかましながら空を見るが、もちろんそこには青色が広がるだけである。
いや違う、一匹だけ空を楽しそうに旋回している竜がいる。そう、こっちの世界の住人は生き物を乗り物にするのだ。そして竜といえば、一方通行の世界でだって、お話の中だけでならたくさん活躍する乗り物である。
キュルケは一方通行がシルフィードを見ているのに気が付いたのだろう。笑い声をもらしながらもう一度指笛を吹いた。ぴぃ、と甲高い音が鳴る。
「降りてきて、シルフィード!」
降りてこなかった。
「あら? シルフィードぉ?」
降りてこなかった。
「おい」
「も、もうちょっと待って」
そこから数分間、キュルケは指笛を鳴らし降りて来いと叫ぶが、シルフィードはこちらの反応を見て、それで愉快そうに空を飛ぶ。
とてもではないが、我慢できることではない。アレは何だ。動物だ。それがそれが、あの馬鹿にしたような飛び方、旋回、滑空、翼、それが起こす風、全部が全部、
「……ムカついた」
「え?」
一方通行はその場から一歩も動かずに、右手の人差し指を軽く折り曲げた。空間に干渉。意図して、気圧、圧力差を作り出す。
するとどうだろうか、一方通行のだらりと垂らした右手の付近に、ゆらめきが見えた。蜃気楼のようなそれは、当然風である。いや、風というのはおかしいかも知れない。なぜなら空気の『流れ』こそが風で、これからこそが、風に成るのだ。
曲げた指先を伸ばす。
纏め上げた風たちを解き放った。それ自体が空気のくせに風を突き破り、弾丸のようにごうごうと音を立てて迫る先は、もちろんの事舐め腐った竜である。
ひらりと一発目をかわした竜は、さすがに風竜と呼ばれるほどはある。目には見えないもの、どうやって避けているのか。人間には無い特殊な感覚器官でも備わっているのか。
一方通行は苛立たしげに舌打ちをし、二回三回と指を折り曲げて何度も何度も風を解き放った。
はらはらとシルフィードと一方通行の、ある種ダンスとでも呼べるものを見ているキュルケだが、んなもん一方通行には関係ないのである。
叩き落す。とにかくアイツを叩き落して、実力を持って言う事を聞かせる。それしか考えていない。それしか考えていないけど、けれども、いい加減に当たれ。ちょっと意固地になってきているのは自分でも分かっているのだ。シューティングゲーム感覚やっているだけ。そう、これはゲームみたいなもので、こんなことに本気で怒ってしまうのは美しくない。まったく美しくない。この風で叩き落すのが美しいのであって、他の方法を取るのはなんだか負けたような気分に───、
「───いい加減ッ! 当たれクソッタ」
両手を広げた一方通行はついに竜巻に近い暴風を作りだそうとして、
「だぁ! ちょっと待って待って待って!!」
キュルケの胸にすっぽりと収められてしまった。
何度も言うが、キュルケは身長が高い。一方通行は低くはないが、高くない。身長だけで言うならば一方通行 < キュルケなのだ。
年齢と身長以外、何一つとして負けている部分などないが、この差だけは如何ともしがたい。すっぽりと胸の谷間に収められてしまって、一方通行はちくしょう、と小さく呟いた。
「……離せ」
「あのね、シルフィードはタバサの使い魔なの。言いたいこと、分かるわよね?」
「……」
「はい、は?」
「……」
「ホントひねくれものなのね、あなた」
キュルケはクスクスと笑いながらそう言って。
きゅいきゅい楽しそうに、ゆっくりゆっくり降りてきたシルフィードに殺意を覚えたのは、これは間違いではなかった。