06/~赤色アルビオン・裂~
ルイズ達一行がラ・ロシェールに着く少し前、すでに街に到着していた一方通行は、とりあえずスタジオ・ジヴリが大喜びだなと思った。
なんとなんと、空を飛ぶ島とな。笑うぜ畜生くそったれ。呟きながら、面倒臭そうに狭い道を歩き三件目の酒場に入る。
とたんに耳を劈く喧騒。うるさいとは思いつつも、いま音を反射してしまうわけにも行かなかった。一方通行は人を探しているのだ。
手紙に書かれていた内容。いや、内容よりも驚いたのが、日本語である。表に書かれた『一方通行へ』以外は、全て日本語で書かれていた。
『わたしはあなたをしっています しりたかったらら・ろしぇーる さんのきかだるていえきて』
下手糞な字を、文章を見て、恐らくハルケギニアの人間が書いているのだろうとは思ったが、しかし日本語がある。
日本語があるということは、少なくとも一方通行以外の日本人がこの世界に迷い込んでいる事を指す。最初に思い浮かんだのは王都で見かけたやつだったが、あいつならばここまで汚い文字は書くまいし、さて。
オスマンの部屋で手紙を読み、一方通行はラ・ロシェールに向かって飛んだ。
上昇と滑空。繰り返せば割と早く着く。町が見えたところで、以前のように騒がれては面倒だと思い山道に降り立つと賊が襲ってきた訳だが。
当然だが、殺す気でかかってくる人間は反射。別に特に何かを考えた訳ではなく当たり前のように反射した。
「ごちゃごちゃしやがって。何処に居ンだァ?」
岩を切り崩されて出来た町並みは物珍しかったが、もう飽きた。
酒場のカウンターに近づいて、まずは探し人の片方。一方通行を襲うように指示したと思われる女を捜す。もう片方は勝手に向こうが接触をはかってくるだろうと高を括った。目立つ風貌をしているのは自覚している。
人ごみを掻き分けてカウンターへと。
「あァ、なンつーかな、探してる人間が二人いンだが、まずは女だな。切れ長の目に、高い鼻。メイジで、土を使ったって言ってたな。美人だそォだ。メイジだが貴族じゃねェとよ。心当たりは?」
「ここは酒を飲む場所なんだけどな?」
「……これで足りる分だけもってこい」
そういって一方通行は金貨を三枚放った。盗賊が持っていたもので、なにかの役に立つかと思って一応盗ってきたのだ。
カウンター主人はわお、と口笛を吹き一方通行の前に一杯のミルクを置いた。
「その女なら上に居るよ。部屋を取ってたから、そこだろうね」
一口だけミルクを飲み、馬鹿にされているのはもちろんわかっているが、一方通行の口角はつりあがる。
さてどうしてくれようか。人に命を狙われる覚えはそれはそれは沢山あるが、しかしこちらの世界ではあまりないはずである。大人しく、静かに、まるで子猫のように過ごしてきた一方通行を殺すように指示する女とは、とても興味深い。
(……うン?)
興味深くて、考えてみれば、そうである。
わざわざ人を雇ってまで襲われる理由はないのではないだろうか。確かに多少暴れはしたが、それだってとても小さな事である。多少学院の生徒を殺しかけて、二人目を殺しかけて、学院を囲っている塀を半壊させ、土人形をぶっ壊し、それだけである。
たったのそれだけで、まさか殺そうとする人間はいるだろうか。
学院の関係者だとするならば随分と短気なヤツだな、と自分のことを棚にあげて一方通行は呟いた。
呟いて、勢いのまま行動をしている自分に気がついて、そこで己の馬鹿さ加減にうんざりした。
「……アホか俺ァ。あァくそ、手紙のせいで気が回ってねェ。ありえねェ」
同一人物に決まっているではないか。
そうだ、手紙を寄越したやつと盗賊を寄越したやつは同一人物だ。
そもそも一方通行がラ・ロシェールに来る事を知っているのはオスマンと、手紙を寄越した人物だけだ。そして待ち伏せをしたようなタイミングで現れた賊。
もしかしたらオスマンが一方通行を殺そうとしているのかもしれないが、それならそれで、なかなか面白そうである。
しかし恐らくそれはないし、そうなると間違いなく手紙の主しかいなくて、
「信じらンねェ……。アイツのアホが伝染ってンじゃねェだろォな」
ルイズのアホを思い出しながら薄ら寒いものを感じ、一方通行は腕をさすった。あのアホには伝染する可能性があるのかと真剣に考えてみて、ンな訳あるかと唾を吐く。
ただ、本当のところはただ一方通行は頭が一杯だっただけだ。こっちで見かけたあの子の事で。一方通行との関係が深い、あいつの事で。
いったん働き始めた脳は次々に可能性を見出していく。このままならあいつにたどり着くのも遠くはないと一方通行は思った。
当然である。ここまであからさまに日本語を使われて。ここまで誘われていて。
はっ、と自嘲気味に息を吐き、いったんはね扉を開いて外へと出た。
そこでもう一度手紙を開き、読んで、日本語の難しさを再確認。
『わたしはあなたをしっています しりたかったらら・ろしぇーる さんのきかだるていえきて』
手紙をぐちゃぐちゃに潰して、酒樽の形をした看板を見て、
「“き”んの“さ”かだるていだろォが」
正直に『さんのきかだるてい』を探していた自分がアホのようだった。
はぁ。
深々とため息をついて二階へと上がる。階段を上りながら自分の心臓の具合を確かめ、神経伝達物質も正常で、何か特別な思い入れもないようである。だから緊張はなくて、一方通行は店主から聞いたとおり、角部屋から三つ目の部屋をノックノック。
中からはぁい、と若い女の声が聞こえた。
頭をぼりぼり掻きながら、なんと言えば良いだろうかと考えていると扉が開く。あの賊の言うとおり、目は鋭く、鼻は高くて、美人という言葉がぴったりの女性が出てきた。
何処かで見たことのある顔をしている人物で、ああ、そういえば学院でみたような。
「おや、えらく早いね」
学院で会ったときとは随分違う印象。人違いかもしれない。
「あァ……アレ、足止め?」
「まぁそういう意味合いもあったけど……、どうだった?」
「くはっ、全部死ンじまったよ。意外と親切すンのなオマエ」
きゃはきゃはと一方通行は笑って、女も笑った。
一方通行と一緒になって、女も笑ったのだ。
背中を冷たくて黒いものが走った。
女と一度だけ目が合う。
空気が凍りつき、
瞬間、一方通行は笑う女の髪の毛をつかみ取り、強引に部屋へと入り込んだ。
「なァに笑ってンだテメエ!」
面白いことをしてくれたものだ。無駄に人殺させてンじゃねェよ、と。能力は使わずに腕力だけで頭を揺さぶりどォしてくれるンですかァ?
まさか笑うか。自分のせいで、人間が七人死んでいて笑う。たまらない、こいつはイイ悪党ではないか。自分以外でこんなに頭がイっちまってるヤツは久しぶり。
一方通行は笑顔のままに女をベッドへと叩きつけた。きゃ、と小さな悲鳴が。
それでも女はにやにやとした笑みを貼り付けたままだった。頤をさらしながらもその眼光は鋭く。
楽しい。そう思った。炭酸の抜けたような人殺しをやった後だからだろうか。こいつは面白いと思った。
「……っ! は、いけない坊やだ。欲情でも、しちまったかい?」
「あァたまンねェ、たまンねェよ。ゆっくりシてやるからさァ、ちょっと話してみろ、お前が知ってる事をよォ」
演算という意識はしなくとも、その計算に沿うイメージを持てば、一方通行の脳は勝手に能力を行使する。
何がいいか。面白いことをしよう。自分に殺された七人の痛みをちょっとでも思い知るといい。それはとても理不尽で、とてもとてもいいことではないだろうか。
一方通行は女に馬乗りになり、顔面を引っつかむと掌に力を込めてベクトル操作。
女の右腕はちょうど肘の辺りで逆を向いた。ぼき。女の肘は山折になってしまったのだ。
「……え?」
「あァ? 話してみろって言ってンだけど?」
そこまでやって、初めて女の顔に腹の立つ笑み以外が生まれた。
困惑。女は困惑しているようだった。己の身体に何が起こっているのか分かっていないよう。
「───あっ、ぐ、ぁあ!」
苦痛の声が聞こえるが、それでも女の瞳には諦めが映っていない。絶望のようなものは全然見えない。
さっき殺した盗賊さんは簡単に見せてくれたのに、この女は見せないのだ。
さすが親玉。一方通行は笑いながら、女がのた打ち回るベッドに立ち上がり、足で目いっぱい肘を踏みつけた。
「んっ、ぅ、ぐっ!」
「……話せって言ってンだけど……理解してマスかァ?」
一方通行は踏みつけながら。
しかし女の表情は笑みに変わる。
「く、ふ、っふふ、話してくださいだろう、坊やッ」
「……どの辺からその余裕は出てくンだろォな。オマエ、もしかして自分が死なないとでも思ってンのか?」
「その通りだよッ、アンタにゃ私は殺せないね……!」
「だっせェ。違ェよなァ、そうじゃねェよなァ? お前が出来ることってさァ、そうじゃねェンだよ」
「いいや、これが正解だよ、クソガキ」
「面白ェこと言ってンじゃねェかよ」
美しい笑顔のままで一方通行は能力を行使。蹴り付けた腕から更に力の向きを変更。女の顔面向けて流した力は、その口を広々と広げた。
ぱかり、と間抜けな顔をさらす女は、まだまだ挑発的に笑う。
ああ、とても楽しくなってきた。冗談ではない。とても面白くなってきた。
筋繊維の一本を破壊するくらい、指先一つの力で十分。ぴり、と女の口の端が繊維単位で裂けて、血の珠を浮き上がらせて、それは口の中に零れていった。
「ふぅ! ん、んッ!」
女は気丈にも涙を流さない。だがその様が一方通行を興奮させるのだ。
一方通行は咽喉を震わせた。たまらない。
「く、くひ、……、だ、だから、話せって、あいつのこと」
ついつい一方通行は力を入れすぎてしまった。ちょっと楽しくなりすぎた。
そう、決してわざとではないのだ。人間誰しもそういうことはあるだろうし、だからこれは故意ではなくて、過失なのである。
がこッ! と変な音。
「あゃぁ! はぁっ、あぁ!!」
「ぎゃはッ! だからさァ!」
けれども口が開くのは止まらなかった。
みりみりみり、と肉の裂ける音を小さく響かせながら、口の端からそれは頬へと進んでいく。
ついに女の瞳に涙が浮かぶが、残念ながら一方通行に女の涙は効果なし。
ちょっと、頭が気持ちよくなってきているのだ。こんなところで涙なんか見せられたら、なんだか殺したくなってきてしまうではないか。大変である。そうなったらあいつの話が聞けなくなるし、ああでも、もうそれならそれでもいいのかも知れない。過去は全部過去。過ぎ去った事を一方通行の脳みそは許さないけれど、わざわざ未来に繋げる話でもないのかも。
冷たい光が瞳に宿る。
それを見た女は、いよいよ暴れ始めて、それを感じた一方通行の背筋に愉悦による快感が。
「ひ! は! はぁ!」
「……あン?」
「ひぃ! はぁ! はぁ!」
大きく“開きすぎた”口の中で、舌だけが何かを伝えようと必死に動いていた。
赤く湿っていて、赤く濡れていて、やけに扇情的に動くそれをえっちだなぁと思い、一方通行は頭を掴んでいる反対の手で舌を摘んだ。
この器官で人間は味を知る。いま、真っ赤に染まっているこの女の味覚は何を伝えているのだろうかと思い、それは当然ながら血の味に決まっているかと自己完結。
人間の血なんて、美味しいものでもなんでもない。というか、多分人間は全体的に美味しくない。指を食べた一方通行が言うのだ。間違いない。
その情景を思い出しながら、そういえば何だか味のないガムを噛んでいるような、そんな感触だったのを覚えている。焼いて食えばもう少しマシだったのか等と楽しい思い出に耽り、指先で舌を弄びながら、呟くように言った。
「……人間の舌って、美味ェのかな……」
ただ単純に気になった。
「んぅ! はぁッ、ッん」
「わっかンね」
「んー!」
「あァいや、お前の言いたいことは分かってンだよ。けどさ、それを聞いて俺はどォすンだろォなって。なンつーか、俺って結構ガキみてェだ。意外と物事考えてねェの。わりとあンだよな、あの時こうしときゃよかったって。でもそれって今さらっつーか、今が楽しければそれでいいみてェな、そォいうトコあンだよ」
一方通行は一度だけ目を瞑った。
さぁどうしようかと自分に問いかける。わざわざ空を飛んでここまで出向いたのだ。何の情報も無くさようなら、ではちょっと遊びがすぎるであろうか。
だが、組み敷いたこの女が余りに愉快なのも事実。思わず殺したくなるほどにイイ女だ。
話を聞きたい。
殺したい。
女は暴れながら何か言っていて、ぐらりと揺れた一方通行のポケットでちゃり、とコインが鳴った。
「……」
決めた。
コインを一枚ポケットから取り出して、一方通行は女には何も言わずに、視線すら合わせる事無くそれを放った。
女の目は見開かれ、何がどうなればどうするのか分からないのに、ただその視線はコインを追う。
くるくる回って、ぺたりとベッドの上に。
「オマエ、最ッ高に運いいじゃねェか」
一方通行は子供のように笑いながら。
取り敢えず女の、フーケの命は助かったらしい。
とんだ○○○○ヤローだよ、とフーケが言った。
現在日本では口にしてはいけない言葉だったのだが、ここはハルケギニアだし、それは自分を表すには非常にぴったりの言葉だと一方通行は思った。
フーケは化粧水を浸すように水の秘薬を肘と頬にぺたぺたしていて、怪我自体は見る見るうちに治っていくが、頬には傷跡が残ったようだ。
一方通行はにやつきながらそれを見、更にフーケが口に含んだ秘薬が頬から噴水のように吹き出るともう抱腹絶倒。どうにも傷が塞がりきれていなかったらしい。
「ちっ、クソガキ」
「年増が妬いてンじゃねェよ」
「アタシはまだお姉さんだよ!」
「はいはいそォかいお姉さん」
一通りの話を聞き終えた一方通行はテーブルに置いてある水を一口飲み込んだ。
フーケはレコン・キスタという組織に所属しているらしい。何でも聖地(笑っちまう)を奪還するのが目的なんだとか。
その聖地とやらには何があるのかと聞いても、さぁ? としか返ってこなかった。正直に話しているのかどうかは分からないが、もし本当だとして、何があるのかもわからないのに随分とまぁ。そう思った一方通行を責める者は居まい。
次いで俺を襲ってきたやつは何だ、である。
そんなの指示されたから送っただけだよ。事も無げに言うフーケは悪びれた様子もなく、中々どうして、いい悪党ではないか。
実力を調査せよ。もしくは殺せ。そう言われただけで、特に生きようが死のうがどっちでもよかったとフーケは言った。
そして、
「ンで、あの手紙だがよォ」
「ん、まぁ気付いてるとは思うけど。聞いた話じゃ随分と頭が良いそうじゃないか」
「……」
「どうしたらいいか分からないって、あの子は……ミサカは言ってたよ」
一方通行はピクリと反応した。
「今までさ、殺す事だけを考えてきたって。強敵を倒すのにどうすればいいか、姉妹達と一緒に考えて、考えて……、そしたら急にやることが無くなったって。殺す事だけを考えてきたミサカは殺す以外のことを考えなければならなくて、だけどどうしていいか分からない。だから姉に、妹に聞こうと思ってお話しようと思ったら、いつの間にかこっちの世界に来ていました。……だとさ」
フーケが言うと、一方通行は静かに瞳を閉じた。
ミサカ。一方通行が今までに一万三十一人殺した女。指があまり美味しくなかった女。
一方通行が王都で見かけた人物はミサカだったのだ。遠目からだったが、絶対に見まがう事はない。何せ沢山見てきた。毎日見てきた。
今さら彼女をどうこうしよう等という気はないが、それでも会ってみようかなとは思った。ミサカオリジナルに会って、結局何もいえなかった一方通行だが、それでも会ってみようかと思ったのだ。
一方通行は俯き加減のまま足を組み替えた。
一息ついて、
「あいつは何処にいる」
「教えると思ってるのかい? あの子の姉妹を殺したんだろうが、あんた」
「あいつは、今、何処にいるッ」
「……初めは妄言の類かと思って相手にもしてなかったんだけどね。でも、私のゴーレムを簡単に壊すくらいだ。あれだけのことが出来るなら一万人くらいサクっと殺せるね」
嘲笑うようにフーケは続けた。
「そもそも会ってどうしようって? 謝る? 殺す? ……とてもじゃないけど、会わせる訳にはいかない」
「だったら……、だったら何でアイツは王都に居た。お前が呼んだんじゃねェのかよ」
見なければこんな思いはしなかったのに。口にはしなかったが、一方通行はそういう思いでいっぱいだった。
素敵で無敵な悪党になろうと思っているのだ、一方通行は。
悪党には悪党の美学がある。そう言ったのはつい最近である。決して忘れてはいない。どんなに暗かろうが、どんなに汚かろうが、それでも一方通行は前に一歩踏み出したのだ。
それなのに、後ろから袖を引く存在が。断ち切ろうと思っても、会わせてもらえない。今度は自分ではなく他人が絡みついてくる。
「ちっ。じゃあなにか? 俺をここまで呼んどいて、たったこれだけかよ? さすがに殺すぞ」
「やかましいね、吠えるんじゃないよ」
「テメエ……」
フーケを睨みつけ、
「ほら。これは学院に置いてくる訳にもいかなかったから。あんたに宛てた手紙。あの子から」
一方通行の足は前にいく事無く、その場に止まった。
「読むだろう?」
返事をする時間すら惜しい。そう言わんばかりに手紙をフーケから引ったくり、封を無造作に破り取った。
几帳面そうな文面。綺麗な日本語で書かれたそれに一瞬だけ懐かしさを感じる。
『一方通行へ。
お元気でしょうか。私は最近死に掛けましたが、どうにか生き残っています。手紙を書くというのは何だか気恥ずかしいですね。
マチルダ姉さんからあなたの事を手紙で知らせてもらい、私はすぐに学院の近くまで行きました。会っては駄目だと姉さんから言われたので遠くからこっそりと。変わらず不健康そうで何より。胸の大きな女の人と腕を組んでいましたね。恋人でしょうか? 私には恋がどういうものか分からないので羨ましいです。
絶対能力。あの実験が終わり、私はすぐにこちらに来てしまいました。恐らく、あなたよりも早く召喚されたのでしょう。始めは戸惑う事ばかりで、姉妹達とのリンクも切れ、最終調整すら済んでいない身。死に掛けました。
魔法の力は凄いですね。能力者では太刀打ちできないのかもしれません。ですがあなたのことです、きっとわがままに過ごしていることでしょう。あまり召喚主に迷惑をかけないよう気をつけてください。
私はいつもあなたの事を考えています。目を瞑ればあなたのことを考えます。あなたは今、何をしているのだろうと。
人生の七十パーセントはあなたのことを考えています。当たり前ですね。あなたとの決められた戦闘の中で、何処まで生き残れるかが私の命題でした。常に一方通行のことを考えて、常に自身の戦闘スキルを照らし合わせます。今までずっとそうでした。
ですが、最近は少しだけ違っていて、一方通行という人間が気になってきています。これが恋の前兆だろうと予想していますが、どう思いますか?
私の脳内の半分以上を占めているあなたは今、何をしてるでしょうか。
私は最近『生』の意味が見え始めて、人生というものをそれなりに楽しんでいます。決して殺されるためにあなたに挑むような、過去の私ではありません。
ネットワークを通して聞いた、わざとこちらを挑発するような物言い。自身が危険な存在だと思わせる振る舞い。戦闘中の無駄口。考えれば、あなたのような聡明な人物がするには余りに不相応な行動でしたね。
あの時の言葉は、あれがどういう意図から生まれたものなのか、いつかあなた自身から聞きたいと思っています。
いつか私を殺しに来るのなら、もちろん受けて立ちましょう。ですが私は、あの時と同じ、優しいあなたを想像しています。
ミサカ一一〇七二号より。
追伸。私のシリアルナンバーでいやらしい想像をしないように、とミサカは筆に力を込めながら念を押します』
「……?」
どう反応したらいいものか。それが分からなくて一方通行は静かに手紙を閉じた。
これを本気で、真剣に書いたというのならまだいいが、そこはかとなく馬鹿にされているような、なんだかよく分からない気分に陥ってしまった。
もともとが本気か冗談か分からない存在なので頭の出来はよくないだろうとは思っていたが、これを真面目に書いたのなら本物の馬鹿だ。
一方通行の言葉に意味はない。
実験中に言ったことなんて、覚えてはいるが、意味なんて無い。ただそう思ったから口にした言葉。そう感じたから口にした言葉。
と、あのときは本当にそう思っていた。
今になって思い返せば、あれはSOSだったのだろう。一方通行から、何処かの誰かへ。
向かってくるなと強がって、反射するぞと威嚇して、なのに逃げない『妹達』。当たり前だ、そういう風に創られている。それを前にして騒ぐ一方通行は確かに子供だったのだ。
ネットワークから切り離されたミサカはそれに気が付いたというのだろうか。気が付いたのなら、ありったけの罵倒でも書いてくれればいいものを、優しいあなたを想像していますとは。馬鹿だ。馬鹿すぎて話にならない。
一方通行は右手で顔を覆ってくつくつと咽喉を振るわせた。馬鹿だ、馬鹿だと笑う。
みんな馬鹿だ。俺も、ミサカも。もしかしたら誰も傷つかないエンディングを選ぶ事だって出来たのかもしれないのに───カット。もうこれはいい。もう終わった。後悔はもう沢山したはず。選ぶのはその先だ。
「なんて書いてあった? カンジ……だっけ? それは私には読めないしね。あんた等のお国の言葉は随分と難しい」
「……俺に惚れてンだとよ」
「何だって?」
「とンでもねェ馬鹿だぜ、ったくよォ。笑わせてもらった」
「……はぁ。まぁいいよ、アンタが暴れだしやしないかとこっちはヒヤヒヤでね」
「暴れるなんて、まさかまさか。こいつに言わせると優しいンだぜ、俺は」
「その手の冗談はもういいよ」
フーケは右手をふりふり。そして、
「んで、まぁ本題っちゃ何だが……アンタ、レコン・キスタに入る気は?」
「あン?」
「だから、私達と手を組まないかって事」
「戦争なんざ興味ねェよ。勝手にやってろ」
「はぁ……だろうねぇ。でもこっちもはいそうですかと帰す訳にも行かなくてね」
「やろうってかァ?」
「いやいや、もう十分。生き残ったのならこちらに取り込め。それしか言われてない。この傷見せれば納得してくれるだろうよ」
「……」
「まぁ、身体を使ってやってもいいけど……、その辺はどうだい? 結構だらしないタイプ?」
「……」
「アンタ整った顔してるし、モテるだろ。こっちになびくってんならしてもいいよ」
「ありえねェ」
「だろうねぇ」
一方通行が笑いながら手を振るとフーケはあーあ、と少しだけ残念そうにベッドに横になった。
誘ってんじゃねェよ。一方通行は呆れたように口を開き、ミサカのことを考え、フーケのことを考え、マチルダのことを考えた。
ミサカがマチルダ姉さんと書いているのは間違いなくフーケの事であろう。ルイズと同じように人間を、ミサカを召喚しているという事は、もしかしたら虚無。もしくはミサカを召喚した人物は別にいて、それに従っているか。
所属している組織に虚無がいるのかもしれないが、一方通行はそういう戦争とか、貴族とか王様とか、そういうものに興味がもてない。そんな事をしている暇があるのなら、レベル6を見つけ出すほうが先である。
しかし、もしマチルダが虚無だとするならば間違いなくルイズよりも優秀な使い手である。なんと言ってもあれだけの土人形を動かして、更に一方通行には理解できない物まで操るのだ。
戦争にはまったく興味はないが、保険はいる。ルイズは阿呆だから何時死ぬか分からないし。
「レコン・キスタ、ねェ……」
「えろガキ」
「あァ?」
「興味無い振りして、実はドキドキ?」
「何言ってンだオマエ」
「したくなったんだろう?」
片眉を上げて、にやけながら口を開くフーケに一方通行は黙ってろと視線に乗せた。
「つーか、そもそもアイツは今何やってンだ。その組織に入ってンのか?」
「だったら、入る?」
「……さァな」
「臆病者。ホントはあの子に会うの、怖いんじゃないかい?」
「言ってろ」
関係ないことだ。ミサカが何処で何をしようが、一方通行に止めろとは言えない。
自分がわがままだと自覚している部分がある。だから他人のわがままには口出しする権利なんてないはずなのに、だけど、気になるのだ。
もしミサカが、ルイズが死んでしまったら、いったいどうなってしまうのだろうか。自分自身にもわからない。
ただ言えるのは、ミサカやルイズが自分以外に傷付けられるのは、何だかいやだ。
一方通行は何となく思い、それこそわがままか、と自分の考えを鼻で笑った。
フーケが不思議そうな顔でこちらを見、
「そう言えばあのお嬢ちゃん、虚無だろ。いいのかい、あんなに簡単に置いてきちまって」
「そりゃそっちだってそォだろ。あいつを連れてきてねェ」
「まぁね」
「……」
「よしなよ、私は何にも喋らない。今疑ったろ、私が虚無かどうか」
「わかってンなら言えよ。あいつを召喚したのは誰だ? オマエじゃねェのかよ」
「さぁ?」
「ッテメ……」
一方通行はテーブルを蹴りつけ、
「まぁ、私が言えるのは一つ。……狙われてるよ、アンタのご主人様」
「……」
結局数分間、一方通行はそこから動くことが出来なかった。
。。。。。
思案顔で一方通行が出て行くまでベッドの上でごろごろとしていたマチルダは、彼が出て行くと一気にワインをあおった。
ごくっ、ごくっ、と音が鳴るほどに飲み下し、ぷはぁ! と息継ぎ。テーブルの上に荒々しく瓶を叩きつけ、
「……死ぬかと思ったぁ!」
必死に必死に作っていた仮面がぼろぼろと崩れ落ちる。ついでに涙もぼろぼろ零れ落ちていく。
「何だってんだいアレ! 無茶苦茶!」
ミサカを知っている。
マチルダのアドバンテージはそれだけだ。それだけで一方通行と敵対した。よく生き残ったものだと自分自身を褒めてやりたい気分である。
可愛い妹分の妹分の頼みなので手紙を届けたが、こんな事なら手紙だけにするんだった。あの時の恐怖がよみがえって来る。死んでもおかしくなかったというよりも、死んでなくてはおかしい状況だった。
レコン・キスタの命令と一緒にしたのが悪かった。いくらなんでも平民の傭兵をあそこまで簡単に殺してくるとは思いもよらなかった。女の顔にでかでかと傷を残して去っていくところなど、まさしく外道。本当に、死ぬかと思った。
マチルダはぐずぐずと鼻水をふき取り、
「どこが優しいんだい。まったく、これっぽっちも優しくないよ」
妹分の妹分に恨み言をぶつける。
一方通行は意外と優しいと思うので素直に受け取ってくれると思います、とミサカは静かに手紙を差し出します。はいはい冗談ではありません。死に掛けましたよ、と。
恐らくマチルダはもう一度ミサカは何処だと尋問されていたのなら、笑いながら“孤児と一緒に養ってまーす!”とでも言ったであろう。そのくらいの緊張感の上に立っていたという自信がある。
意外と話の分かる男で助かったものだ。
対面しての感想だが、一方通行は極端だった。とにかく極端だった。
子供のくせにすでに自分の生き方を持っていて、ミサカの為だけにマチルダは生き残った。
白か黒かで決める訳ではなく、白かろうが黒かろうが自分の生き方で決める人間である。昨日まで大切だったものが、ふとした事でゴミに変わってしまう人間。そんな印象を受けた。とにかく無茶苦茶だったのだ。なんだアレほんとに。
必死に必死に強がって、何とかお姉さんを演じていたが、さて、アレは効果があったのだろうか。
マチルダは金の払いがいいからレコン・キスタに所属しているのだ。
そうでなかったらこんな所、すぐにでも出て行っていい。ただ金がないと妹分やミサカを養えない。どうにもミサカは隠れてこそこそと盗賊の真似事をやっているようで、これは言わなくてよかった。一方通行に知られたら、監督不行届きとか、そんな冗談のようなことで殺されていたかもしれない。
あんなのと敵対していたら命がいくつあっても足りはしない。アレだけミサカを前面に出して、レコン・キスタの目的を教えて、ご主人様の危機を教えて。いつか戦場であったとき、手加減、してくれればいいなぁ……、なんて。
「……」
ため息をつきながらフーケは下着を取り替えた。
別に何かあったわけでは断じて無いが、ただ下着を取り替えただけである。断じてそうである。
ぽい、とゴミ箱に放り、
「あたしゃ今日ほど上手い酒は知らないよ……ったく」
もう一口ワインを飲み込んだ。
。。。。。
『ぎゃふーんっ!』
何処かから聞こえた悲鳴は、何となく聞いたことのある声だったような。
一方通行は眠たそうに目を擦りながら街を歩く。狭い道。多すぎる人間。
マチルダの話を聞き、レコン・キスタの目的が虚無である事を知った。随分と親切に口を開いたものだが、まぁ所詮は雇われ者だという事だろう。
ルイズのことを心配するなど、そんな愚かなことはしない。なんと言っても戦場である。殺し殺され、そんなところに自分で行くといったのだ。いくら危険が少なかろうが、自分で決めて自分で行った。心配などする必要はない。
ルイズ達もこの街を通ったのだろうな、と一方通行は町並みを眺める。
一方通行が学院を出て、すでに一日以上が過ぎている。大至急手紙を取り返してこいというのなら、恐らくはもうアルビオンに飛んだ後だろう。
「……帰るか」
帰ると言うのも不思議な話で、一方通行のあるべき場所は学園都市。帰る場所はトリステイン学院ではない。
胸中にもやもやした物が溜まっていく。自分がどうしたいのかさっぱり分からなかった。
ルイズに人を殺させたくない。
これは間違いない事である。でもこれは一方通行の押し付け。
ルイズをレコン・キスタに持っていかれるのも困る。
これも当然。帰る手段が無くなるのは駄目だ。だけど、今日、たった今別の虚無の可能性を見つけた。ルイズは代わりが利く存在である。
ふむ、と右手で顎をさすった。
アイツだったらこんな時どうする。
一方通行を殴り倒したあの人物なら。
「……」
少しも頭が働かない。
何を考えてもイライラする。ミサカだと知ってちょっとホッとしたのに、ルイズのことを考えるとイライラする。
ち、と舌打ち一つ。狭い街道、肩がぶつかった傭兵が喧嘩を売ってきて、一方通行の瞳を見るだけでごめんなさいしてきた。
「わっかンねェなァ。全ッ然わかンねェ」
イライラとした調子で一方通行は頭をかいた。
何が分からないのか分からないし、分からない事を分からないままにするのは嫌いなのに、とにかく一方通行には分からなかった。
俺はどうする?
そればっかりが頭の中をぐるぐる。
一方通行は手近な宿を視界にいれ、さっさと寝てしまおうとポケットに入った金貨をカウンターに放った。