時間にして午後3時、ナルトとガマブン太の戦いから数時間が経過。爆心地を中心として森の木々は吹き飛び、荒地と化していた。その中にポツンと生えている小さな木が一本。根元には金髪の少年が横たわっていた。横たわると言っても、イビキを掻いて寝ているだけである。土や砂埃に塗れたままの格好で熟睡中。少し離れた場所にはこれまた巨大な蝦蟇…ガマブン太が青空に向けて肺に溜まった煙を吐き出していた。時々、ナルトの方を覗っている。《それにしても…久々に暴れたのう》そう呟き、『ガハハッ』と声を落として笑う。するとそこへ大柄な人影が近付いて来た。「えらく派手にやったのォ」ハナビを抱き上げた自来也であった。幸せそうに寝ているナルトのすぐ隣、ハナビが起きないように静かに置く。「…ん」小さな呻き声を上げ、不意にハナビの腕が忙しなく動き始めた。まるで何かを探しているよう…ズリズリと身体を徐々に移動させながら、ナルトの腕を掴む。すると思いっきり抱き寄せる。だが、体重はナルトの方が多い為…ハナビが逆に引き寄せられる形であった。ナルトの腕を抱き枕代わりにして安心したのか、幸せそうに眠りに付いた。「…起きとるのか?」微笑ましい光景を目の当たりにし、自来也は小さく笑う。そして、自来也はガマブン太の方を向いた。《自来也か…今まで何処に隠れておった?》「な、何を言っとる!!」必死に弁解しようとするが、ガマブン太の視線は冷たい。《まあ、良いじゃろう…所でこのガキは何者なんじゃて?》「…気になるのか?」《当たり前じゃのう…ワシと互角以上に張り合ったんじゃ、しかも…こんなガキが…》視線の先には眠っているナルトに向けられていた。寝顔は年相応に幼く、あどけない。「ワシも正直言って驚いとる…ただの下忍かと思っとんたんだが…」《何じゃと?…このガキが下忍…ガハハハッ!!バカを言っちゃいかん》「冗談だと思うんならこれを見てみろ」自来也は懐から一枚の紙切れを取り出す。そして、ガマブン太の方へ向けた。《ん~?何じゃそれは?》眼を細めて顔を近づける。それはナルトの下忍認定書の写しであった。「『うずまきナルト』…12歳、成績は最低最悪のどん底…アカデミーの卒業試験には3度も落ちとる」《これ…マジなんか?》「だからワシも言ったろ…正直驚いたってな」自来也の言葉に改めて驚いたガマブン太。自分と此処まで張り合った相手がただの下忍。忍の世界は実力主義、これは不条理すぎる。《…嫌がらせとちゃうんか?》「ナルトの担当上忍やアカデミーの教師にも聞いたが…どれも同じ言葉しか返って来んかった」《お前の話が本当じゃとすると…故意に隠してるっちゅー事か》再び、肺に煙をゆっくりと吸い込む。そして、青空に向かって吐き出す。《もう一つ…ワシと戦っとった時のコイツの眼…何がどうなっとるんじゃ?》「ナルトはのォ…体内に『九尾』を封印された、四代目の忘れ形見と言った所かのォ」《忘れ形見…ちゅー事はコイツ、四代目のせがれなんか!?》自来也は無言で頷く。《良く見ると四代目のガキの頃と面影が似とるのう》火影邸に飾られている肖像画と比べてみるとハッキリする。四代目と同じ金髪碧眼。冷静に考えれば理解できる事だが、里の大人達は憎悪で眼が曇っている為に気付かない。気付いたとしても認めたくないだろう。「そう言えば…ブン太ァ、お前はあの爆発に良く耐えられたのォ?」《バカ言え、こうして立っとるのだけで精一杯じゃあ》「だったら何故にこんな所にいる?」《ふん…無防備に眠っとるガキに何かあったらどうする?》「ほう、柄にもなく優しいのォ」《それこそバカ言え…仮にもワシと対等に戦った奴やぞ?決着を付けるまでは絶対に死なさん》口ではそう言っているが、ガマブン太はナルトを守っていた。激しい疲労で深い眠りに入っている中、襲われたら一巻の終わり。全力で戦った者に対しての敬意とでも言ったら良いのだろうか?「まあ、そう言う事にしてやるかのォ…じゃあ、ワシは戻るとするか」言うや否や、踵を返してそそくさと走って行く自来也。何気に全力疾走。すぐさま、姿が見えなくなった。《何を急いどるんじゃ?…あのエロ親父は…》後姿を眺めていたガマブン太の一言。《それにしても…四代目のせがれ…か》透き通るような青空を見上げ、小さく呟いた。その眼は遠くを見ている。《コイツらが起きるまで…見張っといてやるかのう》ガマブン太が優しく微笑み、キセルを口に咥える。こうして、ナルトとガマブン太の戦いは幕を閉じたのであった。同日、同時刻…その頃のシカマルはと言うと?ただ単に黙々と歩き続けていた。本来、面倒臭がり屋のシカマルだったが修行を真剣に取り組んでいた。何故ならナルトに『ビックリさせてやる』と言ったからだ。幼い頃に父親から教わった『影』を用いた術法の基礎を思い出し、応用できるかどうか考える。しかし、所詮は戦闘補助の術。そう簡単に戦闘攻撃用の術に転化するのは難しい。自分の父親は『影縛りの術』で相手を殺める事が可能。「『影真似の術』は初歩中の初歩…ってクソ親父が言ってたけど…その通りだよな」だが、未熟な自分は『影真似』で相手の動きを止めるのが精一杯。父親のように『影』を具現化させるなんて無理の一言。「せめてナルト並にチャクラがあったらなァ」以前、父親に教えられた事がある。『影』を操る術はチャクラの出力次第で強くも弱くもなる事を…発動に要するチャクラが大きければ大きい程、威力は増す。更に出力の調整次第で具現化もできると。「ない物ねだりも見っとも無ェし…何か良い方法はないもんか?」贅沢を言えば多勢を相手にできる術を編み出したい。これから先、一対一の戦いはまず無いだろう。「クソ親父にだけは絶対に教わりたくねェけどな…何かムカツクからよ」シカマルは独り言を交えながらひたすら歩き続ける。ボーッとしているようだが、頭の中はフル回転。忍術・体術・幻術の基礎、ナルトやいのが見せた術を応用できるか…しいては忍者アカデミーで習った事まで。此処でシカマルは自己分析の結果を出してみた。①忍術―胸を張って自慢できるのは『影真似』のみ。②体術―人並以上は使えるが…ナルトやいのみたいにはちょっと…な。③幻術―授業中、ずっと寝てたから覚えてねェ。「………全然ダメじゃん」自嘲気味に呟いてみる。『変わり身の術』や『分身の術』は標準レベルをクリア。だが、これと言った物をシカマルは持っていない。ナルトは『螺旋丸』と『影分身の術』いのは『八乙女』と覚えたての『影分身の術』「俺に残されてんのは『影真似の術』ぐらい…やっぱこれを昇華させるしかねェか」結局の所、振り出しに戻ってしまった。「…って此処は何処だ?」考え事しながら歩いていた為、シカマルは初めて自分が深い森の中に居る事を気付いた。辺りを見回してみるが、全て同じ風景。真上を見上げてると、無数に葉が重なり合っているせいか陽の光が弱い。いつの間にか奈良家の私有地から出てしまっていたらしい。「取り合えず…戻るとするか」そう言って、踵を返すシカマル。正直、嫌な予感がしてならない。周りの茂みから何かがこっちを見ている。残念ながら友好的ではないようだ…むしろ、その逆。肌が焼け付くような殺意と敵意を痛い程に感じる。(こりゃ…一匹や二匹程度じゃなさそうだ)自分を中心として正面と左右に無数の気配。結論から言うと野生の獣か何かだろう。(ゲッ、後方にも気配…やべェ、完全に囲まれた!?)ゆっくりと振り向くシカマル。その瞬間、正面から何かが飛び出した。「こ…コイツは…」自分に向かって飛び掛ったのは野生の狼であった。強靭なバネを備えた体躯、あらゆる物を引き裂く鋭い牙。急所である喉元を狙っている。「チィ!!」後方へ跳んで回避。だが、狼も着地と同時にシカマルに突っ込む。それに対してホルスターから取り出した手裏剣を投擲。狼は突然襲った激痛に動きを止めた。「話が通じれば良いんだがよ…獣相手じゃ無理か」ホルスターから今度はクナイを取り出して構える。感じた気配の数からしてまだまだ襲ってくるだろう。周りを囲む茂みに注意を向け、身構えた時…一斉に茂みが揺れ始めた。そして、わらわらと無数の狼達が姿を現す。大小様々、片目や片耳が喰い千切られた様子の奴もいる。「いや…これは多すぎだろ?」思わず狼に突っ込んでみるが返事は来ない。左右から二匹ずつ、計四匹が徐々に近付いた。「…逃げたら後ろからガブリ…だろうな」シカマルが苦笑いを浮かべたと同時に、四匹が同時に襲い掛かった。片方の手で手裏剣を取り出して投擲。最初の狼と同様に呻き声を上げて撃墜した。「へッ…そう簡単には行かないっての」だが、今度は真後ろから四匹がシカマルに襲い掛かった。その爪は刃の如く、突き立てようとする。「よッ…と!!」シカマルは高く跳躍して木の枝に乗った。「…にしても襲って来るのは決まって四匹…小隊でも組んでんのか?」すぐ下ではシカマルの居た場所に向かって狼が飛び掛っている様子が見える。そのまま行っては全くの無駄。何せ狼達の相手は木の枝にいるのだから…「無駄だって…どんなに頑張っても此処には…って嘘だろッ!?」突然、木の枝に乗っているシカマルの眼前に狼の姿。何と最初に襲い掛かった狼達の背中を踏み台にして別の狼が跳び上がったのだ。予想外の出来事に反応が一瞬遅れたシカマルは狼に爪を突き立てられ、地面へと落下。「痛ッ~!!」背中を強く打ったのか、鈍い痛みが広がって行く。しかし、そんな事を言っているのも束の間…狼が大きな口を開け、鋭い牙で喰らいつこうとしていた。さすがに焦るシカマル。狼の両前足を掴み、膝蹴りを腹部に見舞う。少し浮き上がった所を足の裏で思いっきり蹴り上げて投げ飛ばす。「喰われてたまるかってーの」反動を利用してすぐさま立ち上がる。その瞬間、背中に燃えるような激痛が走った。「ぐッ!!」背中には3本の深い裂傷が刻まれている。激痛に思考を奪われた瞬間、再び狼が襲い掛かってシカマルの肩口に噛み付く。「調子に乗んなよ、テメェ!!」シカマルは狼の喉元を右手で、反対の手で首根っこを掴む。そして、自分の身体ごと倒れ込むように狼の顔面を地面に叩き付けた。ゴキッと骨の砕けた感触が手に伝わる。口からは血を吐き出し、細かく痙攣を繰り返す。シカマルは狼の首から手を離してゆっくりと立ち上がった。「たった数匹の相手をしただけでボロボロかよ…情けねェ」周りを取り囲まれ、逃げる事は不可能。…かと言って全部を相手にするのも無理だ。「まあ、自分の不用意で招いた状況だしな」左右から一匹ずつの狼が襲い掛かる。しかし、シカマルに焦った様子は見られない。両手にクナイを持つと一歩を踏み出す。要するに二匹の狼とすれ違う形だ。すると、狼達が着地した瞬間に崩れ落ちた。首元の体毛が真っ赤に染まっている。「こんな所で人生終わらせたくねェし…少しだけ出してみるか…本気をよ?」口元を歪めると同時に、今度は十数匹で飛び掛った。だが、多勢に無勢。シカマルが幾ら本気になったとしても何処まで耐えられるかどうか……約30分程経過。『忍法 影真似の術ッ!!』胸の前で印を組み、自身の影を伸ばして無数の狼達を捕らえる。そして、両手一杯に持った手裏剣を八方に投げ付けた。力尽き崩れ落ちる狼達。「クソッ!!まだいるのかよッ!?」仲間の骸を踏み越えて次々と襲い掛かって来た。手裏剣の数も無限ではない。チャクラも有限だ。狼達が鋭い牙を剥き、今にも襲い掛からんとした寸前…《お前達…何をやっている?》《この臭いは…どうやら人間がいるようだぞ、兄者》木々の陰から低い声が響き、二匹の獣が姿を現した。その風貌は狼と同様。しかし、大きさが違った。今まで相手にしていた狼とは桁が違う。(デ、デケェ…いや、それよりも今のはコイツらが喋ったのか?)ゆっくりとシカマルに近付く大柄の体躯の獣。すると周りを取り囲んでいた狼達がまるで怯えるように後退った。《こんな深い森に人間だと?一体何の用だ?》《人間…黙ってないで答えろ!!》穏やかな口調で話しかけたのは体毛が新雪のように真っ白な狼。対する語気が荒いのは全身が漆黒の体毛を持つ狼。それぞれがシカマルの眼前まで辿り着いた。間近まで来ると凄まじい威圧感。(普通の狼とは全然違う…人語を解してるし、異様な気配…これが『妖魔』って奴か?)色々と推測を立ててみるが、実際の所…シカマルは『妖魔』を詳しく知らない。それもその筈、教科書で読んだ『金毛白面九尾の妖狐』ぐらいしか見た事がないのだ。人の前には滅多に姿を現さない事もあるが……意を決してシカマルが口を開こうとした時。群れのボスらしき狼が立ち塞がった。まるで自分達の獲物を横取りするなと言わんばかりに…《私もその人間に用事がある…大人しく退いてくれぬか?》白銀の狼が説得を試みるが、聞く耳を持たない。群れの頂点に立つ誇りだろうか。《兄者が優しく諭している内にさっさと消えろ…なんなら問答無用で噛み殺してやっても良いんだぞッ!!》黒曜の狼は完全な脅迫であった。体毛の色だけでなく性格までもが対のようだ。怒号が辺り一帯に響き渡り、遠くにいる小動物は言われない恐怖感に襲われて逃げ出す。至近距離にいるシカマルは身体が固まっていた。別に恐怖からではない。大音量のせいで三半規管が多少麻痺したからである。《まあ待て、弟よ…何でもかんでも力押しでは解決せぬぞ?》《だが、兄者…》白銀の狼が苦笑いしながら黒曜の狼を注意する。その際、視線が眼の前にいる群れのボスから外れた。それを見計らって白銀の狼へ牙を剥いて襲い掛かった。白銀の狼の喉元へ向かって跳躍した途端、真上から巨大な前足が振り下ろされる。するとボス狼の身体が地面へ思いっきり叩き付けられ、無残な姿へと変わった。因みに振り下ろされた前足の体毛は白銀。《人の話しを邪魔するとは…この痴れ者がッ!!》力押しでは何も解決しないと言っていた本人が殺してしまった。何と言う矛盾だろう。《他にも邪魔をする輩がいるのならば出て来い…残らず喰ろうてやるわッ!!》黒曜の狼以上の咆哮に大気が震えた。群れのボスが一瞬で殺され、残った狼達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。(や、やべェな…俺も早く逃げねェと…)何とか身体に言う事を聞かして走ろうとする。だが、余りの威圧感に身体が鉛のように重い。《待て…人間よ》今まさに駆けようとした瞬間、背後から呼び止められた。頬を引き攣らせ、ゆっくりと振り返るシカマル。二対の大柄な体躯を持つ狼が鋭い双眸を自分に向けている。(まさか…オレも殺られるって事はない…よな?)そう言って、自嘲気味に笑うしかなかった。シカマル…絶体絶命の大ピンチ。