『ヒュウガ・ヒナタ VS ヒュウガ・ネジ』双方の実力差は既に明確であった。一族始まって以来の天才。争いを好まず、他者の身を案じてしまう宗家の跡取り。「キャッ!!」ネジの放った掌底がヒナタを弾き飛ばす。小柄な身体が宙を舞った。「ヒナタ様…これが変えようのない力の差だ。『エリート』と『落ちこぼれ』を分ける差……」一族特有の純白の瞳がヒナタを見下していた。「俺と戦う事を選んだ時点で全ては決まっていたんだよ…貴方では俺に絶対に勝てない」全身で呼吸をしてヒナタはネジを見上げる。「これが最後の忠告だ…棄権しろ!」「…私は…ま…まっすぐ…」生を受けたばかりの小鹿のようにヒナタは四肢に力を込めて立ち上がった。「自分の…言葉は曲げない…私もそれが忍道…だから…!!」顔を上げるヒナタ。その瞳には強き意思が宿っていた。「ヒナタ…もうボロボロじゃない!?」サクラが放った言葉は誰もが思っていた事であった。【あんなに凄かったのか…ヒナタは…】忍者アカデミー時代の頃と比べて雲泥の差。大人しそうな女の子だったが、これ程の闘志が秘められていたとは思わなかった。「分かった…もう何も言う事はない…来い、ヒナタ様!!」ネジの目の周りに無数の筋が浮かぶ。「行きま…すッ!!ガハッ!!」構えを取ろうとした瞬間、大量の吐血が会場を染めた。「ネジの『点穴』を突く攻撃は、ヒナタのチャクラの流れを完全に止めてしまった…。 つまり、相手の身体にチャクラを流し込む『柔拳』が封じられた…この勝負、見えたな」冷静に戦闘力の分析をしているカカシ。(しかし、まあ…これ程の奴がいたとは…はっきり言ってウチのサスケでもまるで相手にならないぞこりゃ…)内心ではネジの実力に舌を巻いていた。(恐らくこの試験…ネジが勝ち残る。あの子程度では勝てない…)カカシと同じ上忍、ガイも胸の内で呟いていた。「オイ…いの。アイツの眼…何かやばくねェか…?」「凄い殺気…でも、まさか……」いのとシカマルは何かしらの違和感を感じていた。名家の生まれである2人には『宗家』・『分家』の関係は知っている。中忍選抜試験と言えども『分家』が『宗家』を手に掛けるなど……。(こりゃ…不味いな…)煙草の煙を深く吸い込み、担当上忍アスマの眼差しが鋭くなった。(まだ…ダメッ!!倒れる理由には行かない……)全身の感覚が麻痺しているように感じているヒナタ。それでも何とか立ち上がり『白眼』を発動。(先ほどよりも眼に力が……)その一瞬、ネジが隙を見せた刹那、ヒナタは仕掛けた。掌底の構えを取り、力強く一歩を踏み出す。(ナルト君…私はずっと見てきた…)繰り出された掌底はネジ目掛けて打ち込まれる。(何年間もずっとアナタを見て来た!!)ネジはヒナタの手の甲に手を添え、軌道を変えて回避。(何でか分からないけど…ナルト君を見てると…だんだん勇気が湧いて来る)やはり一筋縄では行かない、ヒナタは足技も加えて放つ。(私でも頑張れば…出来そうな気がしてくる。自分にも価値があるんだと…そう思えてくるッ!!)しかし、容易く受け止められ、軸足を払われた。バランスを崩したヒナタは無防備となる。ネジの掌底が視界全体に広がった。「うぐッ!!」次の瞬間、凄まじい衝撃が突き抜けた。だが、ヒナタは倒れない。吐血しながらも必死に踏ん張っている。(ヒナタ…アナタは忍者に向いていない…私は初めて会った時、そう思った)忍者アカデミーの生徒として、自分の教え子として紅はヒナタを見ていた。(アナタは優し過ぎる…敵にさえ情けを掛けてしまうだろう)下忍は兎も角、それ以上の階級になっていくと当然『殺し』の依頼も入ってくる。いざと言う時、トドメを刺せなければ死ぬのは自分だ。(でも、忍者アカデミーに入学してからのアナタは変わった…強くなろうと必死だった)授業が終わり、ヒアシとの修行が済んでからもヒナタは1人で鍛錬していた。(いつも任務で失敗ばかり…本番に弱くて落ち込んでいた事もあったけど…今日のヒナタは違うッ!!)紅の眼に映っているのは気の弱い少女ではなく、1人の『くの一』であった。(あの子のあんな…あんな眼は…初めて見る…!!)体力は既に底を尽き、ヒナタは気力だけで立っていた。(今まではずっと私が見てるだけだった…でも今は…アナタの隣に立ちたい…!! ナルト君がいのちゃんを好きでも構わない…私がナルト君を『好き』って言う気持ちは変わらないから…!!)言葉には出さないが、その想いはいのに勝るとも劣らない。全てを振り絞り、ヒナタは尚も一撃を繰り出そうとする。「ヒナタ様…アナタはよく戦った。これで終わりにしてやる」掌底を繰り出し、自分に向かってくるヒナタに言い放つ。そして、腰を低く落とす。『八卦 剛掌打ッ!!』ヒナタが繰り出した日向の技をネジはカウンター気味に打ち放った。ネジの踏み込んだ足が石の床に蜘蛛の巣のようなヒビ割れを作る。「…ッ!!!」凄まじい衝撃が走り抜け、ヒナタの呼吸器官が動きを止めた。更に後からジワジワと激痛と鈍痛が襲って来た。「うッ…ぐッ!!」ヒナタから『白眼』が失われ、膝から崩れ落ちる。今までのダメージ量は半端ではない。「これで理解できたろう?…絶対的な実力差と言うモノが……」対するネジは大したダメージは受けていない。油断していた時に喰らった『八卦 剛掌打』ぐらいだ。(ヒナタ、もういい…試合は負けたけどアナタは昔とは違う…良くやったよ)教え子が傷ついていく様を沈痛な表情で見ている紅。「心臓を狙ったネジの決定打だ…可哀想だが、もう立てまい…」ガイも静かに呟いた。「もう限界よ…これ以上やったら死んじゃうわ!!」サクラもたまらず叫ぶ。《ギシ…ギシッ…》すぐ近くから妙な音が聞こえ、サクラはその方向へ視線を向ける。(ナ…ナルト?)そこには不細工に変形した鉄製の手すりであった。ナルトの握り締めている部分が歪んでいるのだ。更に視線を上に向けるとナルトの表情。奥歯を噛み締め、必死の形相で耐えていた。―ヒナタ…これ以上は……。ナルトは凄まじい葛藤と戦っている。ヒナタがこれ以上傷付く姿を見たくない。だが、ヒナタのチャクラは戦う事を止めていない。耐えるしかない。今は耐える事しか出来なかった。(実力の差は歴然…このままではヒナタさんが危険ですね…)ゴホンッと咳を一つ、試合を中断させるべきか考えていた。どちらかが『死ぬ』か『負けを認める』か…。今までの戦いを見て後者を選ぶとは思えない。「これ以上の試合は不可能と見なし……」審査官であるハヤテが試合中断を告げようとした時……。「止め…ないでッ!!」凛としたヒナタの声が響き渡る。気絶したと思っていた他の者達に驚きの表情が見えた。その中でも一番に驚いているのは日向ネジ。「…何故…立ってくる…無理をすれば本当に死ぬぞ…」冷静沈着なネジの額には薄っすらと汗が浮かぶ。完璧に決まった己の技。立てる理由がない。それなのに立ち上がったヒナタを垣間見て、焦りを隠せなかった。やっと私を見てくれてる…憧れの人の目の前で…格好悪いところなんて見せられないもの…ここで諦めたらナルト君の隣に…立てなくなる…それだけは絶対に…絶対に嫌……ボロボロになりながらも純白の瞳だけは力を失ってはいなかった。「ま…まだまだ…」「強がっても無駄だ…立っているのがやっとだろ…この眼で分かる…」ネジの『白眼』が更に険しくなった。「アナタがどんなに努力した所で俺に敵う理由がない…これは全て決まっている事だ。 日向宗家に生まれた事、その跡取りとして生まれた事…全て変えようの無い事実。 力のない自分を責めた事もあるだろう…けれど人は変われない…これが運命だ」物事は予め決められており、自分達はその流れに逆らえず身を任せるしかない。そうネジは言う。「もう苦しむ必要はない…楽になれ!!」「確かに…私は最初、自分が弱い事に悩んでいた…でも今は違うわ!!」ヒナタも負けじと言い返す。『ナルト君の隣に立ちたい…その為に私はもっと強くなりたい』その想いが彼女を此処まで強くさせる。「だって…私には見えるもの…私なんかよりずっと…苦しんでいるのはネジ兄さんの方……」「…何だと?」「『宗家』と『分家』…日向の掟に迷い苦しんでいるのが私には……見える」「……黙れ」「兄さんは私やハナビちゃんと比べ物にならないぐらい強い…だからこそ余計に…アナタは苦しんでる!!」「黙れと言っているッ!!」常に冷静な表情を保っていたネジが激しい感情を見せた。奥歯を噛み締め、肩をかすかに震わせる。「アナタに……俺の何が分かる」『ネジ…お前は生きろ…お前は誰よりも日向に愛された男だ』「何も知らない癖に…知った風な口を……」『お前を…宗家に生んでやりたかったなァ…』俯いていたネジの顔が上げられた。その純白の瞳に込められたモノは『憎悪・殺意』と言った尋常ならざる負の感情。「……叩くなッ!!」『白眼』を更に発動させ、ネジはヒナタに向かって一直線に駆け出した。(…この殺気は…不味い!!)試験官を務めているハヤテはネジの殺気を感じ取った。「ネジ君…もう試合は終了です!!」いらぬ死人を出さない為、ハヤテは急いで止めに入る。いや、ハヤテだけではなかった。カカシを含む上忍達もネジを止めるべき動く。既にヒナタは満身創意。ネジの言った通り、立っているだけで精一杯。とてもじゃないが避けられる状況ではない。『柔拳法奥義 八卦六十四掌ッ!!』疾風の速さで間合いを詰め、稲妻の如く突きを繰り出す。予想外のスピードに他の上忍・特別上忍達が一瞬遅れ出る。ヒナタとネジの距離が徐々に縮まって行き、最悪の事態がすぐそこまで迫っていた。(……ナルト…君)霞がかった意識の中でヒナタは好意を抱いている少年の名を呼ぶ。身体は動かないが、ネジが自分に向かってきているのは何故か分かった。(……ナルト君)自分に向かって突き出される掌底。狙いは心臓…この一撃を受ければ無事では済まない。そんな事はヒナタでさえも分かる。だが、ヒナタは逃げなかった。それ所かまだ戦う気でいた。(私は…まだ、戦える…)己の鼓動がハッキリと聞こえ、ネジの動きがスローモーションに見えた。ネジがヒナタの心臓に貫き手を放つ。会場にいる全員が息を呑むのが分かった。「何のつもりだ………うずまきナルトッ!!?」ヒナタの眼前に壁となって現れたのは『金糸の人影』ナルトがネジの貫き手を掴み受け止めた。【それは俺の台詞だ…お前、ヒナタを殺す気だっただろう】掴んでいる腕に更なる力が込められる。「『死ぬ』か『降参』するか…それがルールだ。ヒナタ様は後者を選ばなかった…だから前者の方法を取ったまでだ」ネジの『白眼』がナルトを真正面から射抜く。【ふざけるなよ…話は全て聴いていた…図星を指されて我を忘れていただけだろうが!!】怒号と共にナルトの拳がネジを襲う。しかし、もう一方の手で拳を受け止めた。(チィ!!…何だこの力は…!?)余りの衝撃にネジの手が悲鳴を上げる。掴まれていた手を振り解き、その衝撃を利用して後方へ大きく跳ぶ。そして、暫くの間2人が睨み合っていた刹那……。「ガハッ…カハッ!!」ナルトの背後、ヒナタが膝から崩れ落ち激しい吐血を始めた。血の色はドス黒く、内臓にかなりのダメージが蓄積されているのが分かる。「ヒナタッ!!」彼女の担当上忍、夕日紅が駆け寄るとヒナタの上着を脱がせた。そして、胸部から腹部に掛けて添えた。次の瞬間、紅の顔色が険しくなる。(『心室細動』を起こしてる……殺すつもりだったのか!?)キッとネジを睨み付ける紅。「俺を睨んでいる暇があるんなら…彼女を看た方が良いですよ」微かに見える嘲笑。「医療班、何してる!早くッ!!」言い争っている時間はない。紅は医療班を急かすが、まだ来る気配がない。「一体何をしている!何の為の医療班かッ…!!」横たわっているヒナタの側にナルトはしゃがんだ。それから小さな傷だらけの手を優しく握る。【済まない、ヒナタ…お前の戦いを邪魔してしまった。どうしても我慢が出来なかった。 怪我が治ったらお詫びに俺を幾らでも殴れくれていい…だから、死ぬなよ…ヒナタ】ナルトは心の底から後悔していた。僅かながら医療忍術『掌仙術』を使えるが、あくまでも応急処置。患部の治癒能力を高め、若干なら傷を癒せる。しかし、臓器や神経と言った複雑な器官は治せない。その理由はただ一つ…『チャクラの性質』ナルトは完全な戦闘型。『火遁・水遁・風遁・土遁・雷遁』と言った戦闘用の術は難なくこなせる。だが、医療忍術は戦闘用の忍術とは根本的なチャクラの種類が異なるからだ。「遅れましたッ…早く担架へ!身体を揺らすなよ!!」「このままでは危険です!後10分と持たない!!」医療班が到着して、ヒナタを真っ白いシーツの張られている担架へゆっくりと乗せる。極めて丁寧にそれでいて急いで治療室へ運んで行く。紅も付き添いとして治療室へと向かって行った。【………ヒナタ】ナルトは小さく呟き、後姿を見送ることしかできない。その一連の様を見ていたネジは歩みを進める。2人の間の距離はホンの数メートル。「うずまきナルト……お前に2つ程だが忠告しておく……」ナルトはゆっくりと振り返る。「忍なら見苦しい他人の応援など止めろ!!それと才能のある者とそうでない者との境界線に気付け!!」【……どういう意味だ】「忍者アカデミー時代がどうかは知らんが…貴様は十分に強い。だから分かる筈だ…『強者』と『弱者』の差が…」【…………】「まだ理解できないか…簡潔に教えてやる…所詮は『落ちこぼれ』…変わる事などできないと言う意味だ!!」ネジの言葉を聞いた瞬間、ナルトの眼が大きく見開かれる。だが、すぐに無表情へと変わった。「おい、いの…今度は本気でやばいんじゃねェのか……」会場の2階にいるシカマルが隣の少女に話し掛ける。「言われなくとも分かってるわよ!シカマル、行くわよ!!」いのは鉄製の手すりに足を掛けると中央の試験会場に向かって跳ぶ。「あのナルトの表情…いのとサクラが音隠れの奴らに傷付けられた時と似てやがる」シカマルの額から頬を伝って一筋の汗が流れ落ちた。正直言って不安は隠せない。暴走したナルトを止められるのは自分の父親を含む『イノシカチョウ』の3人だけ。三代目火影でも可能だろうが、年齢が年齢だ。「面倒臭ェ……なんて言ってられねェな」シカマルも手すりに飛び乗り、会場の中央へと向かう。ネジに向かってゆっくりと歩みを進めるナルト。真正面にネジが見え、それらを取り囲むように特別上忍・上忍の姿もある。無表情のまま数メートル歩いた所で、別の人影がナルトの行く手を遮った。「ナルト君の気持ちは痛いほど分かります…しかし、勝負はちゃんとした試合で行うべきです!」人影の正体は『ロック・リー』背を向け、両手を広げていた。「才能が何だと…落ちこぼれが何だと言っている『天才』を打ち負かす…本戦が楽しみじゃあないですか…最も彼の相手はボクかも知れませんがね」ナルトは以前として無表情。少しだけ顔を俯かせていて詳しくは分からない。「もし、それがナルト君の方だったとしても……恨みっこ無しです!!」顔だけを振り向かせ、リーはナルトの返事を待つ。だが、暫く待っても返って来ない。リーは思わずナルトの顔を覗き込む。「……なッ!?」そこにあったのは人外の…獣と化した縦に裂けた瞳。【それがどうした…俺の邪魔をするのなら………】最後まで言葉を紡がず、ナルトは左手を振り上げる。そして、無造作に横薙ぎに払った。人外のスピードにリーは自分に向かって放たれる一撃さえ見切れない。「危ない、リー!!」担当上忍マイト・ガイが熱く叫び、リーの代わりに攻撃を受け止めた。片手ではなく、両手を使って受け止める。だが、予想以上の威力に驚きを隠せなかった。(な…何て重さだ…)上忍でトップの『剛力』と『神速』を誇るガイの言葉が、その凄まじさを物語る。ガイは瞬間的に力を込め、ナルトの腕を弾いた。それからリーを連れて離れた。ナルトの縦に裂けた片方の瞳。それを見た上忍・特別上忍達は第3者に聞こえる程の喉を鳴らす音が聞こえた。ネジからヒナタを守る為に出てきたカカシ達、今はナルトとネジの戦闘行為を止めるべき入って来たのだが…。(このチャクラは何だ…12年前に感じたモノとは何かが違う)そう呟いたのはカカシ。(ナルトの奴に『九尾』が封印されてるのは知ってたが…何てチャクラのデカさだ…)とても下忍とは思えない凄まじいチャクラ。常日頃、自由奔放・伸び伸びとを信念のアスマも焦りを隠せない。【そこを退け…用があるのはソイツだけだ】たった一人の子供、下忍に圧倒されている上忍達。それは余りにも異様な光景であった。