<ユーノ・スクライア>
僕の通う魔法学校は冬休みに入ったせいか、いつものような活気が無くなっている。
僕が現在利用している図書館も例外ではない。
普段も静かだったけど、今は僕含めて片手の指で数え切れるほどの人数しか居ないから、寂しさすら感じさせる静かさだ。
自宅から魔法学校に通学している人は何か用が無い限り来ないだろうし、学校の寮に寝泊りしている人達も大多数が実家に帰ってしまった。
ちなみに僕は冬休みの間も学校の寮にお世話になっている。スクライアの元に帰るのは僕が一人前になってから……と決めている。
だけど最近は料理のことばっかり勉強していたから…………そういえばレシアちゃんは今なにしているんだろう。
文化祭すっごく楽しかったなぁ……まさかレシアちゃんが一緒に回ろうなんて誘ってくれるなんて……。
文化祭が終わってからも、図書館とかで会ったらお話も出来るようになったし。
もう友達と呼べるぐらいの関係にはなれていると思う。僕はもっと上に行く気だけどね。
これも料理が出来るようになったおかげ。最近はまた練習して、少し凝った感じの――――
「……はっ」
――――だめだ。油断するとすぐにレシアちゃんのことを考えてしまう。
ただでさえ、最近は魔法の勉強に身が入らないんだ。この冬休みで挽回しないといけないのに。
冬休みの間に一生懸命勉強して、飛び級して、スクライアのみんなに掛かる負担を少しでも減らしたい。
…………でも、飛び級するとレシアちゃんと一緒に居られる時間がなくなってしまう。
それを考えると、僕の勉強に対する気持ちが落ち込んでいく。でもスクライアのみんなに、迷惑は掛けたくない。
どっちつかずの感情。僕はどうすればいい?
随分前から考えていて、先延ばしにしてきたこと。
「はぁ……」
いつも思考が其処で停止する。まだ結論は出ない。でも、近いうちに決めなきゃいけないことだ。
半ば考えることを放棄して、何気なく窓から外の様子を見る。
閑散として、人気のまったく無いグラウンド……いや、僕が今居る窓に対面するように設置された魔法学校の正門から、誰かがグラウンドに入って来た。
あれは…………グラウンドに入って来た女の子を見て、思わず顔が緩む。
何故かって? あの人は僕が一番会いたい人だからだ。
――うん、今日はもう勉強はいいや。
そんな風に考えてしまい、スクライアのみんなに対して罪悪感が生まれたが、僕はこの衝動に耐え切れずに本を片付け、図書館から飛び出した。
<レシア・クライティ>
冬の寒さが身に染みる今日この頃。
寒さが一番厳しくなる時期に登校させるのはどうかと魔法学校も考えているようで、現在魔法学校は冬休み。
基本的に寒さが苦手な俺にとってはありがたい話である。
特にここ最近は一段と冷え込んで、朝は布団から出るのがすごく辛い。実際はベットだけど。
そんな怠慢な考えから朝ご飯を食べた後、俺は二度寝を実行しているのですよ。
それにしても……冬場における布団の魔力は凄まじいものがある。布団に入った瞬間に動く気がなくなりました。
おーぬくいぬくい……どうせ冬休みだし、ちょっとぐらいダラダラしてもいいよねっ。
「こらレシア、いい加減に起きなさい」
「ぅ………………」
そんなベットの魔力に取り付かれた俺を、ルシィさんがゆさゆさと揺する。
「……かぁさん、おねがい……さんびゃくびょうほどねかせて…………」
「……素直に五分って言えばいいじゃないの。それよりほら、今日はクレインちゃんとユーノ君が泊まりにくるんでしょ?」
むぅ……そうだった……。
それにしても…………一ヶ月ほど前に行った文化祭がきっかけになって、ユーノと仲良くなれてよかった。
学校内ですれ違ったときも、挨拶したり小話したりするし。図書館に行ったときは近くの席に集まるようにもなりましたし。
クレインちゃんと一緒に居られてユーノも嬉しそうだし、良いことだらけだね。
冬休みに入ってから、まだ魔法学校の寮に残っていたユーノをいきなりお泊まり会に誘っても快諾してくれたし。
誘った時のユーノの笑顔は凄かったね。お泊まり会は俺の家でやることになったんだけど……やっぱクレインちゃんが来るとなるとやる気が違う。
クレインちゃんもユーノと仲良くしてるし、よきことです。
という感じで本日がお泊り会当日というワケです。さっきまで忘れてたけど。
ルシィさんにお泊まり会のことを聞いたときはちょっとだけ後ろめたかったけど、ルシィさんは「そういうことはもっと早く言いなさい! さあ、準備が忙しくなるわ!」と言ってノリノリでした。本当にルシィさんは良い人だと思う。
「ねえレシア」
いまだに布団の中でごろごろと動こうとしない俺を軽々と抱き上げ、ルシィさんが視線を合わせる。
「……義母さん、どうしたの?」
「ん…………なんかね、嬉しいのよ」
小さくそう言って、俺を抱く力が強まる。…………ルシィさん、どうしたんだろ?
「この家に来たばかりの頃のレシアは、本当に大人しかったわ……まるでお人形さんみたいに」
いつもと違うルシィさんが不安になって、抱きすくめられた身体を少しだけ動かし、ルシィさんの顔を見る。
「……最近、やっと甘えてくれるようになったって思ってね」
そこには、優しそうに微笑むルシィさん。
「そう……かな?」
「ええ、そうよ。それが嬉しくって……」
甘えているのかな……? でも、思えばそうなのかもしれない。
最近になって俺もルシィさんと四六時中一緒に居るから、血の繋がりは無くとも、遠慮だとか気遣いだとかは無縁なくらいな関係になっていると感じる。
前まではこの家をルシィさんの家と思っていたけれど、文化祭の頃ぐらいからは自分の家と認識しだしていた気がするし。
もしそうじゃなかったらこの家に友達を呼ぼうなんて考えないだろう。これ、ルシィさんの優しさの力なのかもしれない。
でもルシィさんの言葉通り、出逢った当初はやっぱり遠慮という溝があった。
それは人と人との間に必ず生まれてしまうモノだし、仕方が無いモノなんだけどね。
ルシィさんと暮らし始めた当初はお互いに相手の出方を窺っていて、気まずい感じが抜け切らなかった。
前世の俺と義妹もこんな感じだったのかな。ふと、そんなことを思ったこともある。
「…………家族だからね」
「……うん、そうね」
ルシィさんが小さく頷く。
う~ん……でも、こういうしんみりした雰囲気は少し苦手なんだよね…………。
「ねえレシア……私達が家族になれた記念というワケで、この服を着てくれないかしら?」
そう言って俺に渡されたのは、フリフリのメイド服。
「…………」
「…………」
「…………義母さん。流れがおかしいよね? ほら、なんか……シリアスな感じだったじゃない? ここでそれを出す必要が……」
「…………気付かれたっ!?」
「ちょっと待って気付かれたってなにさ!? 今までのは演技だったの!?」
なんてこった! マジメに受け答えした俺がバカみたいじゃないか!
「いいえ、本心よ。そしてこの服を着て欲しいのも本心ッ! さあ、レシア! 着なさいッ!」
「これからユーノさんとクレインちゃんが来るのに誰が着るかっ!」
「だからこそ着るんじゃないの!」
「いやいやそれ間違ってるから! 絶対に着ないからね!」
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さて、朝ご飯が消化され、そろそろお昼ご飯が恋しいなーという時間。
「レシアちゃん! 来たよっ!」
ピーンポーン、とインターホンが来客を知らせる音を出したので玄関を開けると、そこには冬の乾燥した空気を吹き飛ばすような笑顔のクレインちゃんと、クレインちゃんのお母さん。
以前クレインちゃんの家に遊びに行った時にも思ったんだけど、クレインちゃんのお母さんはかなり若い。多分二十代中程だど思われる。
クレインちゃんも一人っ子だし、早期に結婚した人みたい。早く結婚すると苦労が多いと思うけど、頑張って欲しい。
さて、そんなクレインちゃんのお母さんの手には大き目のバック。多分クレインちゃんの着替えとかが入っているのかな。
「こんにちは、クレインちゃん、クレインちゃんのお母さん」
「こんにちはっ!」
「はい、こんにちは、レシアちゃん」
うん、挨拶は大切だよね。クレインちゃんの挨拶は元気があって大変微笑ましいし、お母さんのほうも優しく笑いながら挨拶してくれました。
「あらあら、いらっしゃいクレインちゃん」
玄関でクレインちゃんとこんにちはの言い合いをしていると、俺の後ろからルシィさんがやって来た。
「どうも、本日はクレインがお世話になります」
「いえいえ、うちのレシアも喜んでいますし」
そしてそのままルシィさんとクレインちゃんのお母さんの二人で立ち話スタート。
「それじゃクレインちゃん、どうぞ~」
「おじゃましまーす!」
このままだと母親同士のお話が長引きそうなので、先にクレインちゃんをリビングに御案内。女性の立ち話はどこに行っても長いモノですよ。
さて、今日はお泊まり会ということもあって、いつものリビングとは一味違う。
普段からルシィさんと俺で掃除してるからだいたいは綺麗なんだけど、昨日の内に塵一つ残さない勢いで掃除してからピッカピカ。
それに暖かすぎないように部屋の温度を調節し、テーブルの周りに座布団も人数分揃えて準備は万全。
「荷物とかは適当な場所に置いてね」
そう言うとクレインちゃんは「はーい」と応じて、自分が持って来た……というより先程お母さんからふんだくった荷物を部屋の端っこに置く。
そしてそのままお互いに座布団の上に着席。
「レシアちゃん、この荷物だれの?」
座布団の上に可愛らしく女の子座りしたクレインちゃんが、自分の隣に置かれた荷物に気が付いて俺に聞いてきた。
「あ、それユーノさんの荷物だよ」
そう。そこに置かれた荷物はユーノのモノである。
どうやらユーノはクレインちゃんに自分の作った料理を食べさせたいらしく、料理の材料を持って集合時間より早く来たのである。
最初は「子供に包丁を使わせるのはちょっと……」みたいなことを言っていたんだけど、ユーノの包丁捌きを見てまあ大丈夫でしょうとなった。
しかっしユーノは以外な才能の持ち主だよね。まさか七歳で料理が出来るとは。原作ではそんな描写なかったから全然知らなかったよ。
「あれ? じゃあユーノくんはどこにいるの?」
「ん、ユーノさんはキッチンに居るよ。ユーノさんがお昼ご飯作ってくれてる」
「あ、じゃあちょっと挨拶してくるねっ」
そう言ってクレインちゃんは立ち上がり「レシアちゃんキッチンどこー?」……まあわかんないよね。
そのまま俺の右腕にしがみつくクレインちゃんと共にキッチンへ向かう。キッチンから良い香りがするし、トントンと包丁の音が聞こえるから、もしかしたら道案内はいらなかったかも。
トコトコと歩くクレインちゃんを誘導し、トントンと一定のリズムが聞こえるキッチンに到着。
「ユーノさん、クレインちゃんが到着しましたよっ」
「ユーノくん! こんにちは!」
俺達が近づいているのを足音で悟っていたのか、落ち着きのある動作でこちらを向く。
「うん、クレインちゃん、こんにちは」
少しだけ微笑みながら挨拶を返すユーノ。う~ん、あらためて見るとユーノって女の子みたいな顔立ちだよね。まだ幼いからそうみえるだけかもしれないけど。
「えっと……レ、レシアちゃん。僕の顔になんか付いてる?」
「あ、いえ。なんでもないですよ~」
まじまじとユーノの顔を見ていたら、俺の視線が気が付いたみたい。
しっかし……ユーノは料理が上手いなぁ。今ユーノは包丁で野菜を切って人数分のサラダを作っているけど、既に完成されたサラダは盛り付けも丁寧で、視覚的にも美味しそうに見える。
「あ、そうだ。ユーノさん、なにか手伝うこととかあります?」
「あたしも手伝うよっ!」
まあ料理なんて出来ないんだけどねっ。でも配膳とかは出来るし、ユーノに作らせっぱなしってのも悪いしね。
「ん~っと、もう殆ど終わっちゃったし……特になんにもないかな」
「うむぅ……そうですか」
「……レシアちゃん、ごめんね」
「えーっと、ユーノさん。そこは別に謝るところじゃないですよ?」
……なんだか変な気を使わせてしまったみたいです。
でも殆ど終わったって言ってたけど、その料理の姿が…………あ、キッチンに備え付けられたオーブンが稼動してる。
ということはメインの料理はそっちかな。まあ何が出てくるかは後の楽しみにしておこう。
「……レシアちゃん、それじゃあ後でお皿とか並べるの手伝ってくれるかな?」
「あ、了解です」
「うん、もう少しで出来るから待っててね」
「は~い。それじゃクレインちゃん、邪魔しても悪いし戻ろっか」
「あ、うん。わかったっ」
クレインちゃんの手を引き、リビングに戻る。後少しということだから、おとなしくしていよう。
「ユーノくんってすごいね~料理できるんだもん」
トントンとリビングにも聞こえる包丁の音。そんななかクレインちゃんがそう呟く。
「たしかにそうだよね。わたしも料理の出来る人はすごいと思うよ」
「こんどおしえてもらおうかな、あたしも料理できるようになりたいしっ」
ん~……どうやらクレインちゃん、以前言っていた"女の子は料理が出来ないとだめ"というのをまだ気にしているらしい。いや単純に料理が好きなのかもしれないけどさ。
「そういえばレシアちゃんは料理のできる人と結婚するんだよね?」
「え?」
「レシアちゃん、図書館でそう言ってたよ」
「あはは……そういえばそうだったね……」
うぐぅ……そういえば図書館でそんなことを言ったような気が…………。
でも本当に俺は結婚なんかする気は無いんですよね……。同棲するだけならまだ、まだ許せるかもしんないけどさ!
仮に間違いを犯すようになったら……考えたくもない! 精神的にキツ過ぎるわ!
「ユーノくんだったら料理もできるし、いいと思うよっ」
あああまかり間違ってクレインちゃんはなにを言い出すかな!? 俺にユーノをオススメしないで! ユーノはクレインちゃん狙いだから!
……先程からトントンという包丁の音が止まっている? まずい、料理が終わってユーノがこちらに来てこの会話を聞かれたら、クレインちゃんにその気が無いのがわかって傷ついてしまうかもしれない! それだけは避けねば!
「いやまあうん、先のことはわからないよねっ! 結婚とかは特に!」
さあ早く話題を逸らすんだ! ユーノのことからね!
「それもそうだよね。……う~ん、じゃあレシアちゃんはどういう人が好きなの?」
なにこの修学旅行のノリ。いや、でもクレインちゃん自らユーノの話題を逸らしてくれたし、ここは普通に応えて平気だよね。
「どういう人が好きかって言われても……ん~そうだね」
ああ、どうして女の子はこういう話が好きなんだろう…………。
そんなことを考えながら……はてさて、俺はどういう人が好みなんだろうか。
前世は基本的に恋愛とは程遠い人生を歩んできたし……少しマジメに考えてみう。もちろん女性の好みですよ?
俺は料理が出来ないから、料理の出来る人がいい。それで優しくて気が利いて……あ、俺はなんだかんだで知識欲が多い気がするから、頭の良い人がいいなーなんて。あとリリカルなのはの世界に居るんだから魔法が使えたら最高だっ。
…………あれ? ユーノが女の子だったら良かったんじゃない? ユーノは将来、時空管理局無限書庫司書長にもなるんだし。
「いやまあユーノさんが女の子なら……」
ってちょっと待って! せっかくユーノから話題が逸れたのに俺はなに言ってんのさ! しかも今の俺の見た目だとちょっと特殊な性癖があるみたいじゃないか!
「え? なにレシアちゃん? もっかい言ってー」
「あ、いやなんでもないよ。うん」
「えーっ、レシアちゃんもっかい言ってよーっ」
よかった……結構小声で言ってたみたいで、クレインちゃんに聞こえなかったみたいだ。
さて、ユーノとは言わないが、自分の好みを素直に応えておきますかね。
<ユーノ・スクライア>
キッチンから出て行くレシアちゃんを見送って、小さく溜息を吐く。
「別に僕は邪魔だとか思ってないのにな……」
レシアちゃんが気を使ってくれたのはわかっているけど、正直に言えばキッチンに残って欲しかった。
でも、これで気落ちするほど、僕はバカじゃない。レシアちゃんに明確に拒絶されたら……考えたくも無い。
トントンと、包丁で一定のリズムを刻む。うん、一ヶ月前より大分上達してる。以前はよく指を切ったりして四苦八苦したものだけど。
今日、レシアちゃんのために作るのはドリアだ。これからは本格的に寒くなっていくし、少しでも暖まって欲しい。
ホワイトソースも丁寧に仕上げたし、バターライスも良い感じに出来た。あとは焦げ目が出来るまでオーブンで焼き上げるだけ。今まさに焼いている最中だ。
あとは栄養バランスを考えてサラダを作る。これはあと少しで完成する。……もう少し刻んだほうが食べやすいかな。
また一定のリズムがキッチンに響く。案外、僕はこの音が好きかもしれない。
なにかを自分が作っているという感覚が好きなのか、レシアちゃんのためになにかをしているのが好きなのか。……うん、多分後者だ。
《そういえばレシアちゃんって料理のできる人と結婚するんだよね?》
そんなことを考えながら包丁で野菜を切っていると、リビングからクレインちゃんの声。
うん。僕が料理を始めたきっかけはそれだったなあ……。実に単純な理由だと自分でも思うけど、こればっかりは仕方が無いんだ。身体が勝手に動くんだから。
料理の出来る人って聞いたけど、どのくらいのレベルまで出来たらいいんだろう?
…………盗み聞きとかはあんまり好きじゃないけど、レシアちゃんの会話が気になってしょうがない。
そう思った僕の行動は早かった。包丁をまな板の上に置き、キッチンからリビングまではフローリングの廊下で一直線に繋がっているから、キッチンの入り口のギリギリまで近づいて聞き耳を立てる。
《あはは……そういえばそうだったね……》
少し困ったような、レシアちゃんの声。……そういえばレシアちゃんってあんまり慌てないよね。僕が知る限り、慌てたレシアちゃんを見たのは文化祭での体育館だけだ。
《ユーノくんだったら料理もできるし、いいと思うよっ》
………………え? ちょっと待てクレインちゃんは何を言ってるんだ!? いきなり結婚の話で僕の名前を出してあーでも気になる!
《いやまあうん、先のことはわからないよねっ! 結婚とかは特に!》
これは……どうなんだろう? 嫌われてはいない、と思うけど……曖昧な返事に少しがっかりしたけど、逆に安心した。
《それもそうだよね。……う~ん、じゃあレシアちゃんはどういう人が好きなの?》
これはすっごい僕も気になる。レシアちゃんはどういう人が好きなんだろう。
《どういう人が好きかって言われても……ん~そうだね》
そこで少しの間。レシアちゃんも答えを考えているのだろう。早く聞きたいような、聞きたくないような気持ちが堪らない。
《…………ユーノさんが…………》
余りに小さくて、聞き取れなかった。でも僕の名前を言ったのはたしかだ! なんだろう、少し顔がニヤけてきた。
《え? なにレシアちゃん? もっかい言ってー》
《あ、いやなんでもないよ。うん》
《えーっ、レシアちゃんもっかい言ってよーっ》
出来ることなら僕ももう一度言って欲しいな。
《う~んそうだね……わたしは料理が出来て優しくて頭の良い……それに魔法が上手な人かな》
…………………………なんかすごく魔法が勉強したくなってきた。
<レシア・クライティ>
ユーノが作ったお昼ご飯はミートドリアとサラダ。
これがまた大変美味しくて、俺もクレインちゃんもルシィさんも大絶賛。ユーノは照れながらもありがとうと言って、嬉しさを表現していた。
昼食後はルシィさんを交えてのゲーム大会が開幕。某赤い配管工が出演してそうなレースゲームや、某ゲーム会社のキャラクターが総出演してるパーセントが高いと吹っ飛びやすくなるようなゲームで遊んだ。
……別にゲーム内容が似てるだけで、名前とかは違いますからっ。
みんなゲーム自体あんまりやったことがなかったから、実力が均衡してて異様に盛り上がったね。俺も前世での経験があるっていっても、ゲームなんてあんまりやってなかったし。
ゲームはルシィさんがこの日のためにわざわざ買ってきてくれて、本当に優しい人だなーっと再確認しましたよ。……あとは人を着せ替え人形にさえしてくれなかったらなお良いんだけどね。
んでやっぱり楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎるモノで、もう既にルシィさんが作ったいつもより多少豪華な夕飯を食べ終え、現在食休み中である。
「それじゃあそろそろお風呂入って来なさいな」
夕飯から二十分ほど時間が経ったころ、ルシィさんがそう言った。
「じゃあみんなで一緒に入ろうよっ!」
と、クレインちゃんが続く。一緒にお風呂ね……まあみんな年齢低いし、大丈夫だと思うけど……まさかルシィさんまで一緒に入るワケじゃないよね?
……あ、言っときますが俺はルシィさんと一緒に入ろうなんて望んだことはありませんよ。
一人で入れる、って言ってるのにルシィさんが無理矢理入って来た時があったけど…………あれは地獄でした。もちろんタオルで身体は隠して貰ったよ? 変な妄想はしないでね。
「えっと……それは僕も一緒に……?」
そんな過去の思い出を振り返っていると、ユーノが戸惑いながら声を上げる。
「あったりまえだよユーノくん! みんなで入ったほうが楽しいよっ」
「えーっと……」
……なんでユーノは俺を見るかな。別にこんな歳なんだから気にすることはないと思うけど。
「まあみんなで入るのも良いと思いますよ? せっかくですしね」
「あ…………うん。そうしよっか」
少し頬を染めながら頷くユーノ。別に俺は同性から見られても特に抵抗無いしね。
「じゃあ私も……」
「義母さんはおとなしくしててね? だいたい四人も入れるほどお風呂広くないでしょ?」
「…………レシアのいじわるっ」
さて、ルシィさんは置いといてお風呂に行こうか。
<ユーノ・スクライア>
嬉しいような恥ずかしいような……とにかく心臓がおかしいぐらいの速さで動いている。
この状況は目のやり場に非ッッ常に困る。
だってすぐ近くに裸のレシアちゃんが居るんだ。なるべく見ないようにしているけど、たまに視界に入ってくると動悸が跳ね上がるような錯覚に襲われる。
今は僕とクレインちゃんが湯船に入っていて、レシアちゃんが身体を洗っている。……つまり、身体を洗い終わったら湯船に入ってくるのだ。
……どうしよう。僕は正常で居られる気がしない。だいたいレシアちゃんは無防備過ぎる。
仮にも僕は男なんだから、もう少し恥ずかしいとかそういった感情を持って……いやまだお互い小さいからなんだろうけど。いちいち気にする僕が間違ってるのか?
だいたいレシアちゃんとお風呂に入るなんて今後あるかわからないし、だったら――
「それじゃ湯船入るよーっ」
そんな少しやましい感情を考えてしまった僕の思考を遮るように、レシアちゃんが声を上げ、立ち上がる。
ちょっと待ってまだ心の準備が……思わずレシアちゃんと反対方向を向く。視界に入ったレシアちゃんの白い肌を見て、動悸がさらにおかしいことになってる。
「レシアちゃんはやくはやくーっ」
「よっし、レシア入りまーすっ」
レシアちゃんが遂に湯船に入った。湯船はそこまで大きくなくて、僕とクレインちゃんの二人で入るだけならお互いが端に寄って悠々と入れた。
だけど三人目のレシアちゃんが入ると少しキツい。ちょっと動くとどこかに触ってしまう。
しかもよりによってレシアちゃんは僕とクレインちゃんの間に入ってきた。これは……いろいろとマズイ。
「あれっ、ユーノくんどうしたのーっ? こっち向いてよーっ」
僕の苦悩を知らないクレインちゃんが無邪気な声を上げる。
なんか…………もういいや。変に気にするからおかしいことになるんだ。なにも考えずに、自然体で居ればいいんだ。
そう諦めて、レシアちゃんとクレインちゃんのほうに振り返る。
湯気の中、レシアちゃんの白い肌が見えて――――
「ユーノさん? どうしたの?」
「……ッ、レシアちゃん……なんでもないよ」
――――これは、傷跡? 一つだけじゃない。よく見ないとわからないような裂傷が、無数にある。
先程まで僕の思考にあったやましい考えは一瞬で消え失せた。
なんだこれは。なんでレシアちゃんの身体にこんな傷跡があるんだ?
何故。その後、僕の頭にはその言葉しか浮かばなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
お風呂から上がったあと、もう寝なさいとレシアちゃんのお母さんのルシィさんが言ったので、既にみんなは就寝の体勢に入っている。
寝る場所はレシアちゃんの部屋。レシアちゃんが自分のベットを使い、僕とクレインちゃんはルシィさんが用意してくれた布団を使わして貰った。
すやすやと隣からクレインちゃんの小さな寝息が聞こえる。クレインちゃんは寝るのが早く、布団に入ったらすぐに寝てしまった。
そんなクレインちゃんと違い、僕はしばらく眠れそうにない。頭の中に、レシアちゃんの傷跡が浮かんできてしまう。
ルシィさんがレシアちゃんを傷付けるとは思えない。ルシィさんは優しい人だ。それは今日で充分過ぎるほどわかった。
もうわかっているけど、レシアちゃんとルシィさんは血が繋がっていない。
レシアちゃんはおそらく、ルシィさんの養女だ。なら前の親か?
「ユーノさん、起きてますか?」
自分の感情が悪い意味で昂ぶって来たとき、レシアちゃんが僕に話しかけてきた。
「え……うん、起きてるよ」
「あ、起きててよかった。ちょっと聞きたいことがあったので」
自分を少し落ち着かせて、返事を返す。レシアちゃん、どうしたんだろう。
「うん、なに?」
「ユーノさんって、今後の進路って考えてますか?」
進路、か。僕は飛び級して、早く卒業してスクライアのみんなの役に立ちたい。……と前から考えていたけど、今は……正直迷ってるっていうのが本音だ。
レシアちゃんと居られる時間が少なくなるならいっそ……とまで考えてしまっている。
「レシアちゃんは考えてるの?」
まだ迷っていて、答えが出せないから苦し紛れに聞き返してみる。……情け無いなぁ。
「わたしですか? う~ん、そうですね……」
レシアちゃんはいったいどういう進路を考えているんだろうか。
「わたしは管理局に行きたいかなーって」
「えっ?」
これは予想外だった。管理局といえば、すなわち時空管理局のことだろう。
「でも、管理局って勉強とか魔法とか使えないと大変だよ?」
「大丈夫ですよ、わたし魔法もそこそこは出来ますし」
そういえば、レシアちゃんが図書館で読んでる本は魔法の、それもかなり難しい本を読んでいた。
「勉強は?」
「そっちもまあそれなりに……まだ義母さんにしか言ってないけど、実はわたし飛び級しよっかなーなんて考えていたり……」
「えっ、それ本当なの!」
「ユーノさん、そんな声大きくするとクレインちゃんが起きちゃいますよっ」
「あ、ごめん……それで飛び級するっていうのは……」
「本当ですよー」
なんてことだろう。レシアちゃんが飛び級する? なら僕が飛び級するのになんの迷いも必要ないじゃないかっ。
もしかしたらそれで一緒のクラスにもなれるかもしれない。
「……それでユーノさんはどうするんですか?」
「うん、僕も飛び級しようと思ってる」
そういうとレシアちゃんがクスクスと笑いだす。
「じゃあ一緒ですね。同じクラスにならたらよろしくお願いしますね」
「こちらこそ……よろしくね」
まだそうなると決まったワケじゃないのに、気が早いかもしれない。でもそれでも僕は全然構わなかった。
レシアちゃんと一緒のクラスになれたらどんなに楽しいだろうか。想像しただけで、嬉しくなってくる。
「それじゃユーノさん、おやすみなさい」
「うん、レシアちゃん。おやすみ」
レシアちゃんとの会話はそこで終わり、少ししたらレシアちゃんも眠ったみたい。
思わぬレシアちゃんの言葉に嬉い半面、やはり傷跡のことが頭をよぎる。
……うん、今度ルシィさんに聞いてみよう。僕は少しでもレシアちゃんのことが知りたいんだ。
そう決意して、僕は目を閉じた。