<ユーノ・スクライア>
最近、勉強に身が入らない。
魔法学校の寮に設けられた僕の部屋。その部屋の中、僕は形だけ机に向かっている。
今日出された宿題を広げてはいるが、ペンは遅々として進まず、宿題は一向に終わる気配が無い。
時計の針が定期的に音を奏でる。窓からはあと少しで夕暮れといった程よい明るさが差し込んでいて――
カチッと時計の長い針が高い音を出した。
――だめだ。
これ以上やっても終わる気がしなくて、ペンを置く。
宿題を机に出したまま立ち上がって、僕はベットに身を投げ出した。
「……はぁ」
思わず溜息が出る。何をやっているんだ、僕は。
こうしている間にも時間は確実に進んでいるっていうのに……。
僕はスクライア一族のお金で学校に通わせて貰っている。僕個人のお金じゃない。
みんなに迷惑を掛けて、この学校に通っているんだ。
スクライアのみんなは"子供がそんなこと気にするんじゃない"なんて言って笑いながら見送ってくれたけど……。
幸いこの学校には飛び級制度がある。たくさん勉強して、飛び級して、早く卒業してみんなの役に立ちたい。
だから、僕は時間を無駄にしちゃいけない。そう、いけないんだ。
一生懸命勉強して、魔法を覚えて、それを先生に認めて貰って、飛び級して、スクライアのみんなの元に帰る。
そのためにはこんな風にしている余裕など無い。
それなのに――――
――――頭の中にはあの子の笑顔で埋まってしまう。
一ヶ月前に図書館で会った……いや、目が合っただけの女の子。本当に綺麗で、でもどこか儚いような……そんな笑顔。
あれ以来、その子のことで頭が埋め尽くされてしまう。
……もしかしたら、これが一目惚れなのかも。そんなことを考えてしまうほどに。
僕は気になってしまい、彼女にことを調べ上げた。
わかったことは……名前はレシア・クライティ。学年は僕の一つ下。一ヶ月前にこの学校にやってきた。
"クライティ"というセカンドネームを何処かで聞いたな……なんて思っていたら、この学校の保健室の先生の名前。
以前、僕が怪我をした時に優しく治療してくれた。金髪と青い瞳が印象的な人だった。
髪の色とかが全然違うけど、レシアちゃんはルシィ先生の子供なのかも。
そんなレシアちゃんは……放課後はよく図書館を利用している。
初めて会ったのも図書館だし、僕もよく図書館を利用しているから放課後に会うことも多い。
彼女に会えるかもしれない――そんな理由で、最近僕が図書館を利用する割合は増加するばかりだ。
――ああ、今日も行ってみようか。
どうせ宿題も進みそうにないし、いや、宿題が進まないから図書館に行くんだ。わからないところは調べないと。
そう自分に言い訳をして、僕は部屋を出た。
<レシア・クライティ>
俺が魔法学校に入学してから一ヶ月が経った。
人間は普段どのような感情を抱きながら生活しているかによって、時間の感じ方は変わるモノである。
上向きの感情を持っていれば、時間は矢の如く過ぎて行き。下向きの感情だったのなら、時間は鈍く滞る。
……まあ、単純に言えば時間って楽しければ早く、つまらなかったら遅く感じるよねーということである。
ちなみに今の俺が抱いている感情は前者。最近はもう楽しくて楽しくて仕方が無いのです。
なにが楽しいかって、魔法を学べるということに尽きる。
人間だったのなら……一度くらいは魔法を使いたいと思ったことがあるだろう。
空を飛んだり、ビームを撃ったり。その他諸々。
それを実践しているのだからもう……たまりません。
実際のところ、初等部の学ぶことなんてそこらの小学生と変わらないんだけどね。
魔法を使うにもまずは心構えから――てな感じで、道徳の授業に近いかも。
割合的に普通の一般常識を学ぶのが八割、魔法を学ぶのが二割、と言った感じです。
一般常識なんて言っても……それこそ普通の学校とほとんど同じと考えて、まったく問題無い。
ミッドチルダ語が日本で言う国語。あとは普通に算数、社会、道徳、体育といった感じ。
今言った五科目と魔法が俺の必修科目にあたる。
一応、理科とか家庭科とか音楽とか……副次的なものもあるっちゃあるんだけど、それはそれ。
魔法学校は魔法を学ぶ所。それらの授業を受けたい人は好きに受けてくださいね、といった感じで。まあ所謂選択科目みたいな扱い。
当然俺はそんな授業を受ける気はありません。家庭科や音楽には興味が無いし、理科なんかは教科書見たら全部知ってる事だった。
それもそのはず。一応俺は元大学生。大学生の学力を舐めてはいけません。
それと同じ理由で……算数も簡単過ぎる。
俺が今居るクラスは初等部の一番下の学年である。つまりは日本で言う小学校一年生。
小学校一年生なんて、いちたすいちはにーとか言って喜んでいるお年頃。そんな算数の時間は、二十歳過ぎた俺にとって無為な時間でしかない。
まあ算数の授業中は、図書館で借りてきた本をずっと読んでますが。
だからといって授業がイヤなわけではない。
あれだね、ある程度成長した人間なら昔を振り返ると良かったな~と思える時があったと思うのですよ。
経緯はどうあれ、小学校に戻って来た俺は何気ない授業が楽しく思えちゃうワケでして。
さて、そんな俺の一番の楽しみはやっぱり魔法を学ぶ事。
もちろん初等部からまともな魔法が学べるワケが無い。
最初の魔法の授業を要約すると「魔法は危険なモノですよー、だから気を付けて使いましょー」ぐらいなもの。
多分に、新しく来た俺を気遣ってくれたのだろうけど。
その後の授業である程度進んだけれど、念話とかの簡単な魔法しか習ってない。
当然物足りないので、図書館での独学学習を強行しているワケです。
独学と言っても、やることはデバイスにプログラムを入力したりするだけ。
最近その成果が出たのか、空を飛べるようになりました。念話は授業でやったから出来るし。次は攻撃魔法あたりやってみたいかも。
さて、そんなことを考えていたら午後の授業も終わり、現在放課後。さて、どうするか……。
「レシアちゃん、これからひま?」
そんな放課後の予定を決めかねている俺に、話しかけてくる女の子が居た。
彼女の名前はクレイン・ティエスタちゃん。一応俺と同い年で六歳。
どうやら俺は彼女に懐かれてしまったようで、よく行動を共にする。まあ一緒に昼ご飯食べたり、グループ作って~とか言われた時に真っ先に組んだりしたり。
思い返してみると、この一ヶ月間で彼女以外にも懐かれてる気がする。
一応見た目はアレでも中身は大学生、低年齢層の集団の中で、俺は一人だけ妙に落ち着いているワケでして。
その落ち着きを感じ取った周りの子供達が、俺のことを頼れる人間だと思ったみたい。
そういえば休み時間中、一人で居た記憶もあんまり無いし。まあ懐かれて嬉しいという感情が無いわけじゃない。……ロリコンとか思ったらイヤですよ?
その子供達の中でも、一番一緒に居るのがクレインちゃんである。いつもこうして放課後になって暇? と聞かれる。その後はだいたいが図書館に行ったり、遊んだりしたり。
「どしたの? わたしはこれから暇だけど……」
「やった! じゃあ図書館に行こうよ!」
「ん、りょ~かい」
そんな風にして、肩まで伸ばした亜麻色の髪を揺らすクレインちゃんに引っ張られ、図書館に向かった。
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さて、そんなこんなでユーノと出会った思い出の図書館。
最初はユーノと出会えて嬉しかったけど、どうやら俺とユーノは学年が違うらしい。
詳しく調べてみたところ……ユーノは俺の一個上の学年で七歳。成績優秀で飛び級する気なんだとか。思わず頑張ってるなあと関心しましたよ。
そんなユーノ、なかなかの頻度で図書館を利用している。なんだかんだで図書館に来ると絶対見かけるし。
図書館は勉強をするのに最適な環境だし、それでよく来るんだろう。
話してみたいんだけど、まだ話したことは一度も無い。だって勉強の邪魔しちゃ悪いしね。
さて、そんな図書館を放課後に利用する人はそこそこ。それに来ている人の年代はバラけている。各世代の勤勉家が集まっているのかもね。
そんな図書館の中、俺とクレインちゃんは各自に本を取ってきて後に窓際の席を確保。向かい合う形で座った。
「今日はどんな本を読むの?」
「えっへへ~、今日はこれ!」
何気なしに聞いてみると、クレインちゃんは嬉しそうに表紙を見せてくれた。
表紙に描かれているのはシチュー。端的に言って料理の本であることはあきらかです。
「クレインちゃんって料理出来たっけ?」
「あたし? できないよ。できないから本を読んでがくしゅーするの!」
そう言って本を開く。元気良く本を読んでいる……と言ってその光景を想像出来る人は少ないかもだけど、クレインちゃんの場合はそう表現するしかない。
なんというか、身に纏っている雰囲気が活気に満ち溢れているから、そう思ってしまうのですよ。
さて、そんなクレインちゃん。実のところなんにでも興味を持ってしまう女の子なのだ。
前回来た時は生物図鑑。途中で飽きてたけど。さらにその前は数学の参考書。全然わかってなかったけどね。まるで統一性が無い。多種多様な興味は子供故のモノなんでしょうが。
「レシアちゃんはどんな本を読んでるの?」
クレインちゃんが聞いてきたので、表紙を見せる。
「う……むずかしそう」
「ん、そうかもね」
俺が現在読んでいるのは、攻撃魔法のプログラムに関する本。通常六歳が読むような本では無いから、難しく見えて当然だろう。
その後は料理の本を読んでいるクレインちゃんが、あれこれと聞いてくるのに相槌を返しつつ……時間が過ぎていく。
本を読み始めて一時間ぐらい経ったころだろうか。
「そういえば、レシアちゃんって料理できるの?」
「わたし?」
クレインちゃんが唐突にそんなことを聞いてきた。
「うん。レシアちゃんならなんでも作れちゃいそう」
純粋な瞳でクレインちゃんが見つめてくる。ふむ、料理ね……。
まあ、一言で言ってしまえば出来ない。
生まれてから二十余年。学校の調理実習以外で料理なんぞしたこともないのですよ。
「わたしは料理なんて出来ないかな」
だから素直に言っておく。俺ならなんでも出来るみたいに思われるとさすがに困るし。
「そうなんだ……」
あああ、あからさまにガッカリしないで。ちょっとなんとも言えない気分になるから。
「でも、料理とか作れないとお嫁さんになった時に大変だよ?」
いや、その……お嫁さんになる気なんて欠片ほどもないから大丈夫。うん、問題無い。
「女の子は料理ができないとダメ! ってお母さんも言ってたし……」
いや男なんです。……といっても信じて貰えないだろうね。
「クレインちゃん」
「ぅえ? なにレシアちゃん」
どうやらクレインちゃんは俺に料理をさせたいらしいのだけども、俺は料理をする気は無い。
それに……先程から攻撃魔法の本のページを進めたくてしょうがない。
相手がかつての同級生だったら、うるさいよの一言で終わりなんだけど、クレインちゃん相手にそんな無碍に言い放つことなど出来ない。
というわけで女の子は料理が出来ないといけない、というのが間違いだということを優しく諭すことにする。
「別に女の子は料理が出来なきゃいけないワケじゃないんだよ」
「……そうなの?」
「うん。確かにお嫁さんになった時に料理が出来ないと不便かもしれないけどね。でもね、お嫁さんが料理を作れなかったら、旦那さんが作ればいいんじゃないかな? ほら、夫婦は支え合って生きていくものだし」
言ってて自分を殴りたい衝動に駆られるっ。だけど、ここは我慢しないと。
「ん~、じゃあレシアちゃんは料理のできる人と結婚するの?」
「……今の理屈でいけばそうなっちゃうね」
というか、絶対に結婚なんてしないだろうね。男と結婚するなんて考えたくも無い。
「そっか、夫婦で一緒にがんばっていけばいいんだね」
「そうそう」
おお、クレインちゃんが納得してくれたみたいでなによりです。
さて、そんなやりとりをしつつ読書を再開……といきたいところだけど、気付けばもう四時半。良い子は帰る時間です。
「クレインちゃん、そろそろ帰ろっか」
「え~」
ちょっと不満気なクレインちゃんを宥めつつ、攻撃魔法の本を借りるため、図書館のカウンターに行く。
出されたプリントにサインして、返却は一週間以内にというカウンターに居た人の言葉に笑顔で答えて……図書館を出ようとすると、そこには見慣れた民族衣装を着た……ユーノがそこに居た。
「あっ……」
目が一瞬合ったんだけど、ユーノはすぐに行ってしまった。うむぅ……少しは話したいんだけどな。
それにしても勉強してたんだと思ってたけど…………なんでユーノは料理の本なんて持ってたんだろ?
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「ただいま~」
気の無い帰りの挨拶と共にルシィさんの家のドアを開ける。一応自宅なんだけど……深層心理では慣れないもんだね。
俺が玄関で靴を脱いだ辺りで、家の奥から┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛という足音が聞こえてきた。
ああ、この足音はアレだね……と悟りきった僧のような気持ちになる。
「レシアあああおかえりいいい待ってたわああああっ!」
当然足音の正体はルシィさん。この異常なテンションの上がり方は……やっぱりアレか。
先程からアレアレと代用語を使っているけど、ルシィさんが荒い息をしながら持って来たモノを見たら、アレというものがよくわかると思う。
ルシィさんが俺の目の前に立つ。その手に持っているのは……ひらひらとしたフリルがいっぱいの黒いお洋服。
まあいわゆるゴスロリという服なわけですよ。
ルシィさんに引き取られて二ヶ月近く経ったのだけど、時折ルシィさんは俺を着せ替え人形みたいにして、いろんな服を着せて遊ぶという、恥ずかしさ満点の羞恥プレイを強行してくるんです。
今まで着てきた服は……うわ思い出したくもないよ!
当然の如く遠慮したいんだけど、抵抗すればよけいにルシィさんに火を点けることになるので、これまた大人しくしているしかない。ちくしょ。
「さあレシアっ、早くこっちに来て!」
「は~い……ってちょっと待ってその手に持ったカメラはなに!?」
「え、コレ? だってレシアが可愛いから、ちゃんとカメラに残しておきたいじゃない」
「義母さんそれだけはやめてえええっ!」
…………その後、俺の人生に残るであろう黒歴史が形となって残ってしまった。くそぅ……。