大声で泣き続けたせいか、喉が痛い。
「ううっ……くそぅ……太陽が眩しいよ……」
多少掠れた声で呟く。
結局夜通し泣き続けて、気が付いたら太陽がこんにちは。真上に見えるからちょうどお昼時なのかも。地球じゃないからわかんないけど。
陽射しが暖かく降り注ぐ。俺の心は氷点下ですけどね。
ああ、俺の第二の人生は本当にここで終わるのかも。ちょっとこんなところに転送したリニスさんが恨めしくなってきた。
「ねえ、スティレット」
『なんでしょう?』
「ほんとに魔法のデータ無いの?」
『マスター、その質問はもう六度目です。私の答えは変わりません』
「ですよねー」
当初は希望の光だった青色も、今じゃただの会話の出来る球体です。だって魔法のデータ入ってないんだもん。
会話相手が居るということで、孤独感が無くなったのはいいんだけどね。
「はぁ……ほんと誰か助けに来てくれないかな……」
『祈りましょう、マスター』
「そうだねー」
『返事に元気がありませんね』
「この状況で元気があるほうが異常だって進言しておくよ」
『そうですか』
とりとめの無い会話。特に意味なんてないけど、一人よりかは断然マシである。
そんな会話が途切れた瞬間……睡魔がこんにちはしてきた。
「ふあぁ……スティレット、わたし少し寝る。考えてみれば昨日から寝てないし」
『……了解です。良い夢を』
見れるとでも思ってんのか。
~~~~~~~~~~~~~~~
どうやら俺の祈りは通じたらしい。
先刻まで俺を見下ろしていた空は既に無く、目が覚めたら見知らぬ天井が……と言わざるをえない。お約束だね。
というより、俺が寝てる間に何があったんだろう。
知らない部屋で、ベットに寝かされている俺。
「……スティレット」
『なんでしょう。マスター』
スティレットに声を掛けると、寝台の近くに置かれた小さなテーブルの上から、機械的な声が上がった。
スティレットがあるということは、夢オチでは無かったらしい。
「わたしが寝てる間に何があったのか教えて」
『了解です。マスターが眠られた後に魔力反応が近くに出現。その反応の持ち主がマスターを発見し、転送魔法でこちらに運ばれました』
「…………ん、ありがと」
いったい誰が助けてくれたか知らないが、何にせよあの最悪の状況から脱せられただけ僥倖である。ありがたやありがたや。
さてと。とりあえずは…………状況確認だ。
簡易的なベットの上で上体を起こし、部屋を見渡す。
全体的に白を基調とした部屋。ベットも、スティレットが置いてあるテーブルも、窓を薄く遮るカーテンも白。
「なんか保健室みたいな部屋だね」
『保健室? 保健室とはなんですか?』
「ん~? あれだよ、学校とかにある簡易的な病院みたいな」
『そうですか』
なんか……案外スティレットって知識が少ないね。初期状態だったらしいからこんなもんなのかもしれないけど。
なんてことを思っていると、控えめにドアが開かれる。
不意に開いたドアに視線を向かわせ、目が合った。
「良かった……目が覚めたのね」
優しげな女性の声。
白衣を身に纏った、保険医のような女性がゆっくりと近づいて来る。
「大丈夫? 痛いところとか無いかしら?」
優しくそう言って……青い瞳が、俺のことを覗き込む。
年齢は二十代後半だろうか。背にまで届く金髪を後ろで緩く纏めていて、彼女が動くのに合わせて髪も揺れる。
俺からいったん視線を外し、テーブルに備え付けられたイスを引いて腰掛けた後、もう一度俺に視線を合わせた。
視線の高さを合わせたのは、こちらに警戒を抱かせないようにするためなのだろうか。
「ここは……?」
「うん、ここは私のお家よ」
即答せずに一瞬の間を空けて答える。貴女のお家であることはなんとなくわかっていましたが。
「……貴女は誰ですか?」
「私? 私の名前はルシィ。ルシィ・クライティ。……貴女のお名前はなんて言うのかな?」
「え、名前……」
思わず前世の名を言いたくなったけど……違う。
前世の俺はもう死んでいて、ここにいる俺は別物。
違うのだ。魂だかなんだかはしれないが、心は変わらずとも入れ物が違う。
「……レシア」
少し考えてそう呟く。名前が思いつかなかったからプレシアの"プ"を取っただけじゃないだからねっ。
「わかったわ。レシアちゃんね」
……ちゃん付けは少しやめて欲しいなーなんて思ったり。一応中身は男の子(21)なんで。
そんなことを考えているとルシィと名乗った女性が怪訝そうな表情になる。
「……レシアちゃん」
「は、はい……」
な、なんでしょう? どうしたんですか。
「ちょっと汚れてるからお風呂入ろっか」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
というわけでお色気シーン満載のお風呂場。
うん、冗談。鏡に写るこんなちっこい女の子に色気なんぞあるわけがない。
もし色気を感じてしまう人は……世間の風当たりは強いと思うけど、頑張ってください。
そんな憂いを思いながら、ゴシゴシと力を込めて身体を擦る。
砂の上で寝ていたから、多少の汚れは覚悟していたけど……これはひどい。
いったん身体を洗うのをやめて、お湯を被るとご覧の通り。
俺の身体から流れていくお湯の色が茶。服を脱いだ時に、ズシャーとかいって砂が出てきたから覚悟はしていたんだけどね。
こんなのをベットに寝かせていた、ルシィさんベットの惨状は推して知るべし。
そんな風に身体を擦ってお湯を被るのを何回か繰り返すと、お湯の色が変わらないようになった。
「ふぅ。どんだけ汚れてたんだわたしは……」
うむぅ……ルシィさんには悪いことをしちゃった。
あの嫌がらせみたいな状況から助けてくれたうえ、風呂まで貸してくれたのに。今頃はベットの掃除で大忙しだろう。
感謝してもしきれない。……そういえばお礼まだ言ってないや。風呂から上がったらすぐに言おう。
「……ん?」
ふと、鏡に写る自分に違和感。チラッと視界に入ったのだがこれは……
「これ、傷跡?」
ちょっと気になったところを凝視してみると、そこには一筋の線のような裂傷があった。
よく自分の身体を観察してみると、あちこちに似たような傷がある。
決して目立つようなモノではない。目立ってたらとっくに発見していただろうし。
まあこの身体はクローン体だからね。作ってる最中に出来た傷なんだろ。
別に気にする必要は無い。服を着ちゃえば見えないとこにしかないし。
そう結論付けて風呂場から出る。砂で風呂場を汚したので、湯船に入る気にはなれませんでした。
「あら、レシアちゃん。もういいの?」
風呂場から出ると洗面所があって、そこにバスタオルを持ったルシィさんの姿。
これ以上貴女のお風呂場を汚す気にはなれません。
「はい。……あの、助けてくれてありがとうございました」
「そんなの気にしないでいいのよ。困った時はお互い様! って言うじゃないの」
そう言って笑いながらバスタオルを渡してくれる。ああ、なんて良い人だ。この人に幸あれ。
お礼を言いながらも、バスタオルで身体を拭く。女性に見られて羞恥プレイの如く非常に恥ずかしいので、身体を隠しながらね。
「……(どうしてこの子こんなに身体を隠すのかしら)」
「ルシィさん……あんまり見ないでください(こんなナリでも俺、男なんで)」
「ふふっ、女の子同士なんだから気にする必要は無いじゃない」
ルシィさーん俺男なんでーすって言いたい。でも信じてくれるワケないので言わない。
前世にはあったモノが今は無いし。こんな状態だと最悪精神病院に連れて行かれるかもしれないし。
そんなあって欲しくない想像を膨らましているうちに、身体を拭き終わった。えーと、服はどうしましょ。
「ルシィさん。わたしの服はどこですか?」
とりあえずバスタオルを身体に巻きつけてから聞いてみる。
「レシアちゃんの服は汚れてるから洗濯中よ」
すると人差し指を立てながら笑顔でのたまうルシィさん。にっこり笑顔が素敵です。
「というわけだからサイズは合わないと思うけど我慢してね」
そう言っておもむろに女物のTシャツを取り出す。ところどころひらひらしたフリル付き。
「じゃ、バスタオルはこっちにちょうだいね」
「え、ちょ待っ……!」
静止を試みるも俺は身体に巻きつけていたバスタオルを剥ぎ取られ、スッポンポンに。
「もう、気にすることないの」
「あうぅ……(恥ずかしい……見ないでください)」
両手を使ってなんとか身体を隠すも、抵抗空しくルシィさんは俺の両手を持ち上げバンザイの体制に持っていく。恥ずかし過ぎるので俺はもう顔を背けちゃった。
「……ッ(これは、傷跡?)」
え、ちょなんで人の身体を凝視しているんですかっ? 早く終わらせて欲しいんですけどっ。
「あの……ルシィさん?」
「いえ……なんでもないのよ(この裂傷は……鞭の跡ね……だからこの子こんなに嫌がってたんだわ……)」
そう言ってTシャツを俺に着せる。あ~恥ずかしかった。
「レシアちゃん」
なんでございましょう?
「ちょっと私とお話しようか」
「は、はい……」
なんだか表情が重い。やっぱりお風呂場を汚しすぎたみたいです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、場所を移してルシィさん宅のリビング。
お茶の置かれたテーブルを挟んで俺とルシィさんは向かい合っている。
ルシィさんは先程から神妙な面持ちで言葉を発しようとして、思い留まるといった行動を繰り返している。
こちらから言うのもなんとなーく気が引けるので、とにかく待つ。
そんな状況が三分ほど続いたぐらいだろうか。
「レシアちゃん」
意を決したように、ルシィさんが先程思いついた俺の名を呼ぶ。
「どうしてレシアちゃんは……あんな場所にいたのかな? あんな人が入りそうじゃない場所に。よければ教えて欲しいな」
探るように、それでいて声色を柔らかく聞いてくる。
あんな場所、とは俺がリニスさんに転送された断崖に囲まれた場所のことね。
「……転送魔法で送られたんだと思います」
あの状況から察するにそれ以外は考えられない。
「そう……それじゃ、お母さんやお父さんはどうしてるのかな?」
「…………ぅ」
お父さんと言われて最初に思い出すのは勇者(笑)事件の親父の姿。……うわ思い出しただけで身体が震えてきた。
「ッ! ごめんなさい、なんでもないわ(震えてる……やっぱりあの傷跡は……この子、虐待されてたんだわ。そして、捨てられたのね……)」
そして沈黙が流れる。
ルシィさんは何か考えるように目を閉じたっきり動かない。
沈黙が場を支配して数分後、機械的な音声で沈黙は破られた。
『マスター』
隣の部屋からスティレットの声が聞こえる。おお、すっかり忘れてたよ。
「なんの音かしら?」
「わたしのデバイスの声みたいですね。ちょっと取って来ます」
そう言って立ち上がり、ベットにある部屋に行く。
俺が風呂に入っている間に掃除されたのか、ベットは既に純白の生地に戻っていた。
『マスター』
「ごめんスティレット、ちょっと忘れてた」
『忘れるなんて酷いです』
そう言ってテーブルの上で青く点滅する。拗ねているのだろうか。
「そんなに拗ねないでよ」
『拗ねてなどいません』
そう言って点滅速度を上げる。やっぱり拗ねてるね。
そんなスティレットを手にしてリビングに戻る。
「そういえば……レシアちゃんはそのコを大事そうに持っていたわね」
俺の手にしたスティレットを見て、ルシィさんが言う。もちろん大事ですよ。拾い物ですけどね。
「うん、問題無さそうね」
「?」
一つ頷きそんなことを言う。いったいなにが問題ないのですか。
「レシアちゃん。私、決めたわ」
「うぇ?」
唐突にそんなことを言うルシィさん。なにを思ってなにを決定付けたのか、今の俺には理解できない。
「貴女、今日からここに住みなさい」
…………はい?
「インテリジェントデバイスのマスターになれたんだから魔力もあるに違いないし、魔法学校にも通わせてあげるわ」
「あの……」
「大丈夫! 悪いようにはしないわ!(こんな子を放っておくなんて出来ないもの……!)」
えーと、なに? ちょ、ちょっと急展開過ぎてなにがなんやら……。
この勢いに圧倒され……気が付いたら、俺の名前はレシア・クライティになっていました。
戸籍とかその辺はどうしたんだろ……。