<レシア・クライティ>
「レシアちゃん起きて、朝だよ」
ゆさゆさと優しく揺すられ、耳に入る声で意識がぼんやりと覚醒する。
なんでユーノの声が……あぁ、今はスクライアにお邪魔してるんだったっけ。
起きたばかりのぼやける視界に、にっこり笑顔のユーノの姿。周りを見ると、見知らぬ調度品の数々。
うん、だいぶ思い出してきた。ここ、ユーノの部屋だったね。
えーと、たしか昨日からスクライアにお世話になって、まずはみんなの前で人生何度目になるかわからない自己紹介。
その後に軽く発掘現場の説明や、スクライアの人達の紹介、見学における注意点などなど……。
ユーノに説明して貰っていたら、あっと言う間に時間が経ちまして。
ユーノの大変美味しい夕飯を済ませ、さて寝る場所はどうしましょーとなり……迷惑かもしれないけどユーノ部屋を希望させて貰った。
さすがにいきなり見知らぬ人の近くで寝るのは抵抗がありまして……。とまあそんなワケで、ユーノも二つ返事で了承してくれたし、就寝場所は決定。
こんな流れで、俺はユーノの部屋で寝ることになったのでした。
そんなワケで今日はユーノに起こして貰ったんだけど……ちょっと新鮮で少し驚いちゃいました。
「んぅ…………」
うむぅ……視界は大分鮮明になったけど、まだ頭がボーっとする。慣れてない布団で寝たから、若干寝辛かったのが原因なのかもしれない。
布団の上で、未だに覚醒しきらない様子を見て、ユーノがクスクスと微笑んでいるのが……ちょっと悔しいかも。
「おはよ。レシアちゃん」
「……おはよう、ございます…………ユーノさん」
とにもかくにも、一先ずは上体を起こして、朝の挨拶を交わす。挨拶は大事な習慣なのですよ。
「ほらレシアちゃん。もう朝ご飯も出来てるよ。起きて起きて」
「はい……りょーかいしました」
うむぅ……ユーノはなんでこんなに朝から行動が早いんだろう……。
普段から早起きして、身体を慣らしているのかも。スクライアの発掘作業もあるだろうし。
まだ年齢は子供なのに……ユーノは凄いよねぇ。
そんな尊敬の眼差しでユーノを見上げると……ユーノの顔に違和感。
「あれ……ユーノさん、目が赤いですよ」
「えっ!? いや……その、気のせいだよ。きっと」
「む……じゃあこっち向いてください。ちょっとわたしに目を見せてください」
そう言って、ユーノの手を掴み、ユーノの瞳をジッと覗き込む。うん、やっぱり目がちょっと充血気味。
「ほらやっぱり赤い……って、顔まで赤くなってきてますよ。ちゃんと昨日寝ましたか?」
「え、いや……そ、それはレシアちゃんが」
前々から睡眠の大切さをユーノに説いていた身として、これは問題である。
う~ん……でも昨日は俺と同じ時間に寝たはずなんだけど。
「ほ、ほら、レシアちゃん。僕は大丈夫だから。朝ご飯食べに行こ? 冷めちゃったらあれだし」
「え、あ……はい、そうですね」
むぅ……気になるなぁ。
まあユーノも大丈夫って言ってるし、とりあえず朝ご飯を食べますか。
<ユーノ・スクライア>
「ユーノさん、あの建物は何ですか?」
「あれは……遺跡から出てきた調度品を仕分けるための建物だよ。発掘された物はあそこで詳しく調査しているんだよ」
「ふむ……でも、危険な物とかがあったりしたら……全部一緒にするのは問題があると思います」
「うん、その通り。そのことも考えて、予め遺跡の中で簡易的だけどある程度は品定めして、安全な物はさっきの建物に送って……」
「ふむふむ……じゃあ危険な物が出てきたらどうするんですか?」
「それは別の、そういったことに詳しい人達のところに運ばれて詳しく調べる。その後は売却してスクライアの生活費に当てるんだ」
「なるほど……やっぱり大変そうですね」
僕は今、レシアちゃんと一緒に朝ご飯を食べるため、スクライアが食事を取る建物へ案内している。
スクライアの建物が珍しいのかあっちこっちに視線を移して、あれこれと質問してくれるレシアちゃんにバレないように……小さく深呼吸。
…………レシアちゃんはどうにも、朝から僕を困らせたいみたいで……。
さっきのことを思い出すだけで……僕の鼓動は早くなるし、すぐに顔が赤くなるのが感じてしまう。
レシアちゃんに悪気もなんにも無いのが、余計に僕を困らせる。その反面、なんの抵抗もなく接してくれるのを嬉しく感じるのも事実だけど。
「ユーノさん」
「ん、どうしたの?」
「やっぱり目が赤いですよ。本当に体調は平気ですか?」
「あ……うん。大丈夫だから心配しないで。レシアちゃんは心配症だなぁ」
……レシアちゃん。君は僕の目が赤いって言うけど…………僕の目が赤いのは、他の誰でもなくレシアちゃんのせいなんだよ?
その……誰だって、好きな人が自分の部屋で寝泊りするなんてことになったら、緊張するに決まってるじゃないか。
一緒の部屋で寝たことなら、以前のお泊り会の時にもあったけど……やっぱり状況が違う。
そんな悶々とした考えを振り切れず、結局僕が本当の意味で就寝出来たのは深夜帯と言える時間だった。
睡眠不足には慣れているけど、それが表情に出ないようにしないと。
そんなことを考えながら、レシアちゃんの質問に答えつつも歩みを止めることはない。
レシアちゃんと連れ添って歩き、三分ほど。
今回の発掘現場の近くに設置された、食事を取るための建物に到着した。
流浪の一族であるスクライアは、長期に渡って遺跡発掘をする場合、遺跡のすぐそばに建物ごと転送して生活する。
今、目の前にある建物には食材や食器具、調理機材等がまとめて置いてあって、スクライアの食堂の役割を果たしている。
中に入ると、スクライアの人達の好奇の視線が少しくすぐったい。みんな昨日来たばかりのレシアちゃんが気になっているみたいだ。
レシアちゃんはそんな視線に特に気付くことも無く、トコトコと僕の後に着いて来てくれる。
建物の奥、日当たりの良いテーブルには、既に僕の作った朝食が用意してある。
レシアちゃんが座る椅子を引き……ふと、これからのことを考えてみる。
レシアちゃんがスクライアに居られるのは一週間だけ。さらには今回の遺跡発掘もそろそろ大詰め。
なら……少しスケジュールを繰り上げて、レシアちゃんに遺跡の一番奥から発掘された品物を見て欲しいな。
そう思い、僕は頭の中で今後のスケジュールの改修に取り掛かった。
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<レシア・クライティ>
さてさて、見学という名目のもと……スクライアにお世話になって三日が経った。
現在、俺はスクライアの所有している次元輸送艦の中で、ユーノと一緒の部屋で椅子に腰掛けているワケなのですが……。
実は…………ものすっごくピンチだったり。
そもそもなんで次元輸送艦に乗ってるのかと聞かれると、スクライアが古代遺跡からロストロギアを発掘したからなんですけれど。
その発掘したモノに問題があるのですよ。
最初にユーノから「もう少しで凄い物が発掘できそう!」なんて歳相応の笑顔で言われた時は、自分の事のように嬉しかったけどさ。
普段より幾分か興奮しているユーノに、どんなモノが出てきそうなんですか? ……って聞いてみたらさあ大変。
ユーノがすぐになにやら古めかしい文献を持ってきて、あるページを開いて見せてくれた。
そのページに載っていたのは……願いが叶う宝石、次元干渉型エネルギー結晶体などと題された…………ジュエルシードの絵が。
うん、おかしいよね……なんでこんなに早くジュエルシードが発掘されちゃったのさ!?
アニメを見る限り、原作が始まったのは春ぐらいのはずなのに! ミッドチルダも海鳴市がある地球もまだ冬ですよ!?
いやね、一瞬これでなのはさんやフェイトに会える! なんて考えたけど……やっぱり怖いのです。
なにが怖いかっていうと、既に崩壊した原作に関わることです。はい、もう今更感がひしひしと。
そもそも俺がユーノに関わらなければ……いや、やめよう。こういう考え方はよくないな。
ユーノは良い人だし、友達だもんね。友達になれたことを悔いる要素はどこにもない。
そんなことを考えていると……ふと、隣に座るユーノがこちらを見ていることに気が付いた。
「レシアちゃん……どうしたの。大丈夫?」
視線でどうかしましたかと問いかけると、ユーノからは心配の言葉。
うむぅ……どうやら俯いて考え事をしていたから、余計な心配を掛けてしまったみたいです。
「えっと……大丈夫です。ちょっと嫌な予感がするだけで」
嫌な予感は……もちろんこの船が原因不明の事故にあったりしちゃう予感。
……むしろ確信かも。この輸送艦絶対に襲撃されるよね。プレシアさんとかフェイトさんとかに。
襲撃される様を思い浮かべて……首に提げたスティレットをきゅっと握り締める。
いざとなったら自分でなんとかしないと。
「そう……。レシアちゃん、なにかあったら僕に言って。……力になるから」
頭に擡げた不安が表情に出たのか、ユーノがなにやら励ましてくれました。
「……はい。ありがとうご――――」
俺が言葉を言い切る前に、突然の轟音と衝撃。
輸送艦自体が傾いたのか、あらぬ方向へと掛かる負荷に耐え切れずにバランスを崩し――
「レシアちゃん!」
――地面に倒れこむ前に、ユーノに支えられた。
「大丈夫!?」
「あ、ありがとうございます……わたしは大丈夫です。ユーノさん、それより……」
「うん、なにか異常事態が起きたんだ。レシアちゃん、僕から離れないで!」
そう言って、耳を劈くような警報の中、ユーノは俺の手を引いて早歩きで進みだした。
うぬぁ……やっぱり襲撃されてる…………とにかく、一旦は避難しないとまずい。
ユーノに連れられ、ドアを開けて廊下に出る。赤く明滅する照明が、視界を少なからず阻害していて気分が悪い。
輸送艦から緊急脱出するための手段は二つ。
輸送艦に設置された、大人数を一度に転送できる装置を使うか、小型の緊急脱出船に乗り込むかのどちらか……って、この輸送艦の人達に教えて貰った。
おそらく、俺の手を引くユーノはそのどちらかに向かっているのだと思う。
駆け足で進むユーノに必死で着いていき……視界の奥、進行方向に発掘した数々の品物が納められている保管庫が見える。
遠目から見ても、無惨な状況がわかる。壁は崩れ、微妙に焼け焦げた跡もある。あの部屋が今回の衝撃の発生地点かもしれない。
近付くにつれ、中の様子も見える距離になってきた。
保管庫内部の……時空間に隣接する壁も壊され、そこから納められた品物が次々と飛び出して行く。
ジュエルシードだけは他の物より厳重に……トランクケースに入れられ、壁に固定されるように納められているため、まだ無事なようです。
「……ッ」
駆けるユーノの顔に、浮かぶ逡巡。
ただでさえ自分が発掘した……ジュエルシード。
しかもそれは凄まじいまでの危険物。だからこそ、ここで自分がなんとかしたいと考えているのだろう。
その証拠に、ユーノの足が崩壊した壁の前で止まる。
ユーノが足を止めたその瞬間、再びの衝撃と轟音。
ぐらぐらと揺れる床に立っていられず、壁に手をついてなんとかバランスを整える。
今の衝撃が輸送艦に多大なダメージを与えたのか、どこからか煙が立ち上ってきた。
その煙事態はすぐに時空間に吸い込まれていくので、人体にさしたる影響は無いと願いたい。
「ユーノさん! ジュエルシードが気になるなら、早いとこ回収しちゃいましょう! この船がいつまで持つかわかりませんし!」
ユーノはどうにも回収したいみたいだし、それなら迷っている時間がもったいないよね!
「レシアちゃん……わかった!」
意を決したのか、ユーノが俺の手を離し、アイギスを起動すると共に飛行魔法を発動。保管庫に向けて飛び立とうとした時――
――保管庫内部に、人影が現れた。
金色の髪、黒のバリアジャケット。その手には金の魔力刃を放つ鎌の形態を取ったデバイス。
保管庫の中で、飛行魔法によって浮いているその少女は……フェイト・テスタロッサに違いなかった。
絶対に来ているとは思っていたけど、まさか出逢えるとは思っていませんでしたっ!
おおぅ……内心すっごく嬉しいけど、ちょっと状況がよろしくないよ!
こちらの存在に気が付いたのか、無感情な瞳をこちらに向ける。
「………………」
しかし、それだけ。すぐに視線を外し、ジュエルシードに向かってゆく。
うむぅ……やっぱり今の時期のフェイトは、感情の浮き沈みがまったくと言っていいほど感じられない。
フェイトに会えたことに対し、大きな喜びと少しの落胆を感じるけど、それをどうのこうの言ってる状況じゃない。
フェイトがジュエルシードが納められているトランクケースに手を掛け……壁にくっつくようにされている固定具が邪魔だったのか、魔力刃でそれを引き裂く。
トランクを壁から無理矢理剥がし、そのまま立ち去ろうと――
「待て! それは僕達スクライアが発掘した物だ!」
――した瞬間、ユーノの放ったチェーンバインドがトランクケースを捕えた。
フェイトはトランクケースを見て、そのまま視線をこちらに移す。
「私の邪魔、するの……?」
そのままバルディッシュを振り上げ、強引にユーノのチェーンバインドを切り裂いた。
「くそっ! アイギス!」
ユーノのチェーンバインドから逃れたフェイトは、その機動力の高さで即座に撤退し……その間にユーノはアイギスを構えて射撃態勢を整える。
「フォトンバレッド!」
ユーノがこちらに背を向けて離れていくフェイトに魔力弾を放った。ユーノの射撃魔法を見るのは久しぶりだけど、以前見たモノより段違いに威力が上がっている。
背後からの、それも高速で放たれたその射撃魔法にフェイトは身を捩って避けようとした結果……ユーノの射撃魔法は、トランクケースを直撃した。
トランクケースはバラバラに破壊され、ジュエルシードは時空間にばら撒かれていく。
「あっ……しまった!」
「っ……このっ!」
堕ちていくジュエルシードを見て、二人はそれぞれ異なった反応を見せる。
ユーノは一瞬呆然とし……激昂したフェイトが俺とユーノに振り向いて。
「アークセイバー!」
鎌の役目を担っていた魔力刃を放ってきた。
むぅ……これはユーノが危ない! このままだと回避も防御も出来そうになさそうじゃない!
「スティレット!」
即座にスティレットを起動。少ないタイムラグで撃てる魔法は……!
『ディバインシューター』
「シュート!」
フェイトの放った魔力刃に向けて、数個の魔力弾を撃ちだす。
高速回転しながら迫る金の魔力刃。それに青い魔力弾が数度接触したものの、相殺しきれなかった。
僅かに軌道のずれたアークセイバーは保管庫の床を直撃し……その衝撃で、俺は吹き飛ばされてしまった。
うぐぅ……衝撃で頭がくらくらする……。
一瞬だけ前後不覚になって、気が付けば……俺は時空間に投げ出されてしまっていた。
ふわふわとしていて、堕ちていくという浮遊感がきもちわるい。
「レシアちゃん!」
いやにスローに感じる風景の中、最後に見たのは……俺に向かって飛んで来て、必死に手を差し伸べるユーノの姿だった。