<ルシィ・クライティ>
魔法学校がお休みで、ゆったりと時間が流れるお昼過ぎ。
陽射しが燦々と降り注ぐリビングで、クッションにうつ伏せに身を預け、足をパタパタさせながら一枚のプリントを眺めているレシア。
とても平和な風景なのだけど、不満が一つ。
「ねーレシア」
「んー?」
「さっきからなんのプリント見てるの?」
「んー」
先程から私の問い掛けに、レシアが気のない返事を返すのよねぇ……。
「……親に対してその態度っ。悪い娘ねっ。これはお仕置きが必要だわっ」
小声で決意した私のことなどお構いなしに、プリントを見ているレシア。
そんなレシアに気付かれないよう、私はそーっと近付いていき……一定のリズムで動いている足を掴む。
「……?」
プリントから視線を外して、レシアは不思議そうな瞳でこちらを見る。けれどそれも数秒のことで、レシアは再びプリントに意識を戻す。
む、まだこちらに意識を向けないわねっ。それならばと今度はレシアに抱きつく。
「わっ、ちょなに…………うぅ」
少しだけ恥ずかしそうに、私の腕の中で身をよじるレシア。それでもレシアの視線はプリントに向けられている。
それならば……私はレシアを抱え上げ、そのまま――
「……義母さん。さっきからなんなのさ?」
――私の部屋に抱かかえていこうとしたら、レシアから抗議の声が上がる。
「レシア。これはお仕置きなのよ」
「…………んーっと、義母さん、それはなんでか聞いていい?」
まるで意味がわからないと言いたげな表情で私を見上げるレシア。
「だって」
「だって?」
「だって……レシアがさっきからプリントばっか見てて、構ってくれないんだもん……」
「………………………………」
「そういうワケで、これはお仕置きしかないなーっていう結論に」
「おかしい! 話が飛躍し過ぎてるし、なにか間違ってる気がするよ!」
その言葉と共に、じたばたと動きだすレシア。
「はいはい、そんな風に暴れたってもう逃げられないからねー」
レシアはまだまだ幼いから、まったく力が無い。がっちりと捕まえてしまえば、レシアが私の手から抜け出すことなど不可能。
暫くはなんとかして私の拘束から逃れようとしていたけど、やがて観念したのかすっかりおとなしくなる。
「うぅっ…………ただ静かにプリントを読んでいただけのに……」
「レシア、親とのスキンシップを無碍にした罪は重いわよ? ……それにいったいなんのプリントを見ていたの?」
「えと……今度の模擬戦のプリントだよ」
あらあら、それじゃあこの子が真剣になって見るワケだわ。だからといってお仕置きすることに変わりはないけど。
私の腕の中で、完全に力が抜けているレシアからプリントを拝借。それをざっと流し読みして…………リビングのテーブルに置き、私はレシアを抱かかえて歩き出す。
「えっちょ義母さん、どこに行くの? それにプリント……」
「ウフフフフフ、お仕置きにそんなモノは必要ないわよ……ねえレシア?」
「………………義母さんがこわい……なんか変なオーラが出てるよ……」
「それはきっと愛よ。……それじゃあ私の部屋に行きましょうか……」
もう諦めたのか、レシアはぐったりと力を無くして「ドナドナってこういう感じなんだろうね……」と呟いている。
そんなレシアを見て、やっぱりレシアは可愛いわーなんて思ったり。まあ実際可愛いけど。
「さっ、楽しい楽しいお仕置きの時間よ?」
「わたしは楽しくないと思う!」
「私は楽しいわよ!」
それにしても……今度の模擬戦、タッグマッチなのね。相方は……まあユーノ君でしょう。
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<レシア・クライティ>
涼しげなチャイムが午前の授業の終わりを告げ、先程まであった授業独特の微妙な緊張感が一気にほぐれていく。
周りの生徒達は立ち上がり、教室を出る者や、その場で自分達が持ってきたお弁当や菓子パンなどを取り出す者、各々が昼食を食べ始めるために行動を起こす。
普段ならここでユーノと一緒に、学食でランチセットなりパンなり買って、一緒にお昼を食べるクレインちゃんとの集合場所であるフリースペースに行くんだけど、今日はまだユーノが教室に姿を見せていない。
う~ん…………いったいどうしたのかな。まじめなユーノが授業をサボるとは思えないし。もしかしたら体調でも崩したのかも……最近寝てないみたいだし。
今の俺がもっとも気にしている懸案事項の模擬戦は今日の放課後。うむぅ…………ユーノは大丈夫なんだろうか。
今回の模擬戦はタッグマッチということで、既にユーノと組むことはプリントを貰った時点で、お互いに了承し合っているんだけど……。
けど、もしもユーノの体調が優れないなら、今日の模擬戦は出ないほうがいいよね。
あいつらにしかえししてやりたいけど、ユーノに無理はさせたくない。俺にとってしかえしなんていう感情より、友達であるユーノのほうが大事ですし。
そんな風にユーノの安否を思っていると、教室のドアが開き…………見慣れた民族衣装。
俺の姿を見つけて、ゆっくりと近付きながら軽く手を持ち上げて会釈してくるのはもちろんユーノである。
「レシアちゃん、おはよう」
「ユーノさーん、ちこくちこくー」
「あー、うん。その、ね……寝坊しちゃったーなんて、あはは……」
「夜更かしするからですよー」
しっかし随分とまあ……盛大な遅刻ですね。そりゃ一日二時間しか寝てなきゃそうなるだろうけどさ。
「それで……またやってたんですか?」
俺が言いたいのは……先日、授業中にノートでやりとりした時にあった秘密について。文の主語を意味する言葉が抜けているけど、ユーノにはちゃんと伝わったらしい。
嬉しさを表すように微笑んで、ユーノが口を開く。
「あー、うん。それなんだけどね。昨日には完成してたんだけど、微調整に手間取っちゃって。今朝ようやく終わったんだ。……そのせいで気が抜けて寝ちゃったけど」
最後に冗談めかしたように言い終えて、ユーノが自分の座席に肩から提げた鞄を置き、普段の定位置である俺の隣に座る。
「完成……ってことはユーノさん、なにか作っていたんですよね?」
「うん、そうだよ」
「ふむふむ……で、なに作ってたんですか?」
「それは今日の模擬戦でのお楽しみ……かな」
「むぅ……別に教えてくれたっていいじゃないですかー」
「あ、そういえば…………レシアちゃん、お昼ご飯まだだよね?」
「んぇぁ? あ、はい。まだですよ。これから食堂に行こうかなーって」
ユーノの唐突な物言いに、思わず素っ頓狂な声が出ちゃった。
というか……思い切り話を逸らしたなユーノ。……まあ、そこまで秘密にしたいならってみよう。模擬戦までには教えてくれるって言うし。
「えーと、レシアちゃん、実は…………」
そんなことを考えている俺を気にせず、ユーノが鞄に手を入れてモゾモゾと。どうしたんだろうね、ユーノは。
視線を泳がせ、躊躇いがちにユーノが鞄から取り出したのは……布に包まれた二つの箱のようなもの。
「あれ? ユーノさん。それ、なんですか?」
「うん、その…………お弁当」
「うぇ?」
あ、また変な声出た。……ってお弁当?
「お弁当作ってきた、から…………その、レシアちゃん。良かったら……食べて欲しい」
うむぅ、聞き間違えではなかったみたい。しかしお弁当ね……ユーノの料理の腕は知っているけど、なんで頼んでもいないのに作ってきてくれたんだろ。
「えーと……また突然ですね」
「ダメ…………かな?」
ってなんでユーノはそんな捨てられた子犬みたいな瞳をしているの!? 俺が悪者みたいじゃないか!
「いえいえっ、ユーノさん、ありがたくいただきますっ」
そう言ってユーノから一つ、布に包まれたお弁当箱を渡してもらうと……ユーノはホッとしたように表情を綻ばせる。
そしてそのまま俺は立ち上がり、ユーノと並んでクレインちゃんとの集合場所へと歩き出す。
それにしても、なんでユーノはいきなりお弁当を作ってきてくれたんだろ。
う~ん………………閃いたぞっ! ユーノはいつかクレインちゃんにお弁当を作ってあげようと考えているんだな!
それでまず俺にお弁当を食べさせて、評価して欲しいワケですね!
うんうん、そういうことならお安い御用だぞユーノ。それにユーノは料理上手だから問題ないと思うし。
それじゃあユーノの期待に応えて、お弁当を食べさせてもらいますか。
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さて、そんなこんなでユーノのお弁当を美味しくいただき、待ち望んだ放課後。
前まではお昼休みに俺、ユーノ、クレインちゃんとの三人で昼食を食べていたんだけど、最近は新しく出来たクレインちゃんの友達も昼食を一緒するようになってきたんですよね。
うむうむ、友達の輪が広がることはよきかなよきかな。
クレインちゃんはユーノが料理出来る事は知っていたけど、クレインちゃんの友達は知らなかったみたいで純粋に驚いていたね。
それにしても、ユーノのお弁当は本当に美味しかったね。ユーノにそう伝えたら今度から作ってこようか? なんて言われちゃいました。
ユーノも料理好きだねぇ。まあクレインちゃんのためってのもあるんだろうけど。
俺としては美味しいし、是非ともお願いしたいところなんだけど、それがユーノの負担になっちゃうんじゃないのかなーなんて考えたり。
ユーノにそう伝えたら一人分も二人分も大差ないよ、なんて言ってたけど……正直どうなんだろ。
俺が普段昼食を食堂で取るのは、やっぱりルシィさんも朝はそれなりに忙しいので、お弁当を作る暇がないからである。
とまあそんな感じでお弁当を作ってきて貰えたら、俺としてもルシィさんとしてもそれはいろいろと助かるんだろうけど……そういうことは親の許可無しにやっちゃいけないよね、と結論を出し保留。
そんな風に昼休みのことを思い出して歩いていると、気が付けば模擬戦が行われるグラウンドに到着。
「もう大分集まってるみたいだね」
「そうみたいですね」
辺りを見渡して、そう呟くユーノに同意する俺。
ユーノの言う通り、模擬戦専用グラウンドに集まっている人達はそれなり多く、おおよそ二十人ほどか。
一応集合時間よりちょっと早く来たんだけど、みんな考えることは同じみたいだね。
だいたい集合時間まであと五分ほど。その待ち時間中やることもないので、グラウンドの端っこにあるベンチに二人で腰掛ける。
座る勢いのまま背凭れにだらしなくよっかかる……のはちょっと躊躇われたので、腰を落ち着けて、グラウンドに居る人達を見てみる。
それぞれのデバイスの調子を見ている者、仲の良い友人等と談笑している者などなど。
なんというか、模擬戦前だけど和やかな雰囲気だねぇ。まあ模擬戦っていっても本気で戦り合うワケじゃないし、ゲーム感覚で来ている人が多いのかな。
そんな風に周りの人達を眺めていると、周りの人達の輪から少し離れた場所に居る二人組みの存在が俺の視界に入った。
うん、間違いない。前に俺と模擬戦をした奴と、横合いからバインドで邪魔した奴。……確か、ユーノが言うにはクルカスとブシャイム。
あんまりあいつらのことを記憶に留めたくないんだよね……なんかムカつくし。
俺の視線に気付いたのか、あいつらはこちらを見て……ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた。
それを認識した途端、なんか頭に血が昇って来ましたよ…………そうやって笑っていられるのも今のうちだぞこのやろう。
イラつきを抑えぬまま、二人にガンを飛ばしてみるけど、俺の外見じゃ迫力なんて欠片ほどもないよね……。
そんなことを思って、ちょっと悲しくなっていると今回の模擬戦の監督をする先生が到着した。
「今回のタッグマッチ形式の模擬戦に参加する者は集合しろ!」
監督である男の先生が、大声を張り上げる。なんていうか、体育会系の先生みたい。ちょっと怖いと思ったのは内緒。
先生の声を合図に、ワラワラと集まりだす参加者達。
うむぅ……やっぱりなんだかんだで結構な人数がいるね…………ふと思ったんだけど、こんなに人数いたら誰と戦うとか選べないんじゃない?
模擬戦前に配られたプリントには、どういう風に対戦相手を決めるとかは書いてなかったし……どうなるんだろ。
監督の先生が模擬戦の説明を始めているけど、どうやってあいつらを対戦相手に選ぶのか気になるし……うん、ユーノに聞いてみよう。
隣に居るユーノの袖をちょちょいと引っ張り、ユーノの意識をこちらに向け、疑問を口にする。
「ユーノさん、こんなに人数居ると戦う相手って選べないんじゃ……」
「ん、それは大丈夫だよ。前に調べてみたんだけど、タッグマッチの模擬戦は戦う相手をその場で選ぶみたいなんだ」
自らの疑問をユーノに聞いてみると、事前に調べていたらしい情報を教えてくれた。
その場で選ぶねぇ……まあ相性悪いとか、誰々とは戦いたくないって言う生徒への救済措置なのかな。
「だから、あの馬鹿二人と戦いたがる人なんてまずいないだろうし、大丈夫」
監督の先生の話を右から左へ受け流しつつ、ユーノの言葉を反芻する。
まあ一言で言えば、なにされるかわからないから戦いたくないっていうのが、周りの生徒の考えなんだろう。誰しも平和に過ごしたいってことです。
「たしかにそうですね……あいつらと好んで戦う人が居るとは思えませんし」
「うん。仮に居たとしても、模擬戦の相手を決定するには双方の合意が必要だから、あいつらが僕達と戦いたくなるように挑発でもすれば問題無いよ」
そんなユーノの言葉に頷きを返しているうちに、先生の説明が終わったみたいで、先生の「それでは各自で対戦相手を決めろ!」と、ユーノの情報通りの言葉を張り上げる。ちょっと喧しいと思ったのは内緒。
「それじゃあレシアちゃん。どうせあいつらはあぶれるだろうし、ちょっと待ってみようか」
「ん~それもそうですね」
ユーノの言葉に頷き、参加者達から少し距離を置いて暫し待つことに。
ガヤガヤと周りの参加者達が対戦相手を決めるため、適当な人間に話しかけたりするなか……やはりというか、あの二人組みは見向きもされない。
まあ普段の行いが悪ければそうなるのも当然かな。声を掛けたりはしているんだけど、なんだかんだで全部断られてるみたい。
待っている間に、俺とユーノに声を掛けてくる人も何人か居たけど、それは丁寧にお断わりさせてもらった。それ受けちゃったら意味ないし。
さて、五分ほど経った頃だろうか。だいたいの参加者達が各自の対戦相手を決め終え、決まっていないのは俺達を含め極少数。
うん、そろそろ頃合かな。あいつらを観察するのも馬鹿らしくなってきたしね。
「それじゃ……ユーノさん。そろそろ行きましょうか」
「うん、そうだね」
ユーノと一つ頷き合い、俺達はあいつらに向かって歩き出した。
<ユーノ・スクライア>
「あ? なんだテメェら」
レシアちゃんと僕が近付いたのに気付いたのか、クルカスが僕達に視線を向け、言葉を発する。
それにつられて、ブシャイムの方も視線をこちらに向け……レシアちゃんを見た途端、表情が下卑たものに変化した。
「おいクルカス。こいつ、前の模擬戦でお前が戦ったガキじゃねえか」
「へっ……よく見りゃそうみてえだな」
そう言って、見ているだけで僕の不快指数を跳ね上げるニヤけた顔になる。
「で、お前らこれからここでなにやるのか知ってんのか?」
「ええ、もちろん」
顔を顰めて嫌そうにしているレシアちゃんに代わり、僕が問いに答える。
こいつらとの会話はイライラする。レシアちゃんにこいつらの声なんて聞かせたくないし、さっさと終わらせよう。
「僕達とタッグマッチで勝負しろ」
「あぁ?」
簡潔に伝えたのに、こいつらは理解出来なかったらしい。
「頭だけじゃなく耳まで悪いのか? 僕達と勝負しろって言ったんだ」
仕方なしに、もう一度言う。言葉遣いが悪いが、こいつら相手ならこれで充分だろう。
「おいなんだテメェ。舐めてんのかおい」
「もちろん。……で、勝負するのかしないのかどっちなんだ?」
どうせこいつらは先生の居る場所じゃ、大きなことはなにもできはしない。
短い間。あいつらの表情に浮かぶのは少しの逡巡と、大きな驚き。
なにげなしに隣のレシアちゃんを見ると、レシアちゃんも驚いた顔をしている。
驚いたレシアちゃんも可愛いけど、ちょっと怖がらせちゃったかもしれない。少し自粛しないと。
ふぅっと、溜息を一つ。それで少しは落ち着いた。
改めてクルカスとブシャイムを見ると、未だに悩んでいるみたいなので、少し挑発してみようか。
「あー、勝負するのが怖いなら別に構わないから。あんたらは卑怯な手を使わないと勝てないしね」
「……ケッ! いいぜ、そこまで言うならやってやろうじゃねえか!」
こんな簡単な挑発に乗るなんてやっぱ馬鹿だなこいつら。台詞も三下っぽいし。
うん、もう対戦するのは決定したし……こいつらと話す事なんて何も無いな。
「じゃあレシアちゃん、行こう」
「え、あ……はい」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
既に何組かの模擬戦が終わり、いよいよ僕達の模擬戦が始まろうとしていた。
グラウンドの中央で僕達はクルカス、ブシャイムの二人と対峙して、監督の先生の話を聞いていた。
僕が先程行った安い挑発が気に障ったのか、二人揃って馬鹿みたいにこちらを睨んでくる。
そんな視線にはさして興味が無いので、特に気にすることもなく、監督の先生の模擬戦前の注意事項に耳を傾けていた。
「――であるから、お互いにフェアな戦いを行うように。では各自デバイスの準備をしろ!」
説明が終わり、先生が少し離れた距離に引いていく。僕達とあいつらもそれに倣うように、お互いに少しの距離を取り合う。
「いよいよだね。レシアちゃん」
「はいっ」
何気なしにレシアちゃんに声を掛けると、模擬戦前で高揚しているのか、普段より二割増しぐらいの元気で返事をしてくれた。
返事の後、レシアちゃんはペンダントのように首から提げたスティレットを手に取る。
「スティレット、準備はいい?」
『もちろんです、マスター。今度こそ、あの不届き者どもを叩きのめしてやりましょう』
「……なんかヤル気全開だね。……まあいいや。スティレット、セットアップ!」
短い会話。その直後に、眩い青の魔力光がレシアちゃんから発せられ……数瞬後、青い魔力刃を輝かせるスティレットを持ち、ダークブルーのバリアジャケットを身に纏ったレシアちゃんの姿が現れる。
うん、やっぱいつ見ても可愛いね。レシアちゃんは。
「……ぅん? ユーノさん、どうかしましたか?」
「え、あ、いや……なんでもないよ、レシアちゃん」
まさか見惚れてたなんて言えるワケがない。不思議そうに僕を見つめるレシアちゃんの視線に……なんというか、恥ずかしさを感じる。
なんとなく、小さく咳払い。それでなにが誤魔化せたとかはわからないけど。
「そういえば……ユーノさん、デバイスを出さないんですか?」
魔力刃を含めると、自分の身長の二倍以上あるスティレットを両手で持ち、レシアちゃんが僕に聞いてくる。
その言葉を聞いて、少し緊張してくる。いよいよ僕の新しいデバイスを、レシアちゃんに見せる時がきたんだ。
「うん。今から出そうと思ってたところだよ」
そう言ってレシアちゃんと同じく、ペンダントのように首から提げたライトグリーンの球体を取り出す。
「え……それって、あれ?」
以前レシアちゃんに見せた待機状態のデバイスとはまったく違う色に、レシアちゃんが気付いたみたい。
「このデバイスをレシアちゃんに秘密で作ってたんだ」
「あ、ぅえ? それ……ユーノさんが作ったんですか?」
「うん、そうだよ」
「あ、あの……夜更かししてまで作っていたのが……そのデバイスなんですか?」
「うん」
予想以上にびっくりしているレシアちゃんを見て、思わず表情が緩む。うん、僕のレシアちゃんをびっくりさせる作戦は成功だねっ。
「えーっと……それじゃあ、あのスクライアの人から貰ったっていうデバイスは……?」
「ん、あっちのデバイスは無駄に高性能だったから、僕にちょっと合わなくって。だからこれからはこっちのデバイスをメインで使おうと思うんだ」
その言葉を聞いて、呆然としているレシアちゃん。うん、ぽへ~っとしているレシアちゃんも可愛い。
もう少しレシアちゃんを眺めていたいけど、そろそろ監督の先生が注意してきそうだし、さっさと準備を終わらせよう。
「もしもーし、レシアちゃーん、大丈夫かなー?」
「…………はっ! あ、いえ、大丈夫ですっ。ちょっとびっくりしていただけで!」
まだ現実に帰って来ていなかったレシアちゃんの声を掛け……新しい僕のデバイスを掌に乗せる。
「それじゃあ……"アイギス"、セットアップ!」
その言葉の直後、僕の身体をライトグリーンの輝きが包み込んだ。
<レシア・クライティ>
淡い緑の輝きが収束していき、スクライアの民族衣装を基調としたバリアジャケットを身に纏ったユーノが姿を現れた。
その右手に握られているのはスティレットによく似た……薙刀のようなデバイス。
ユーノの身長を軽く上回る長い柄。その柄の先端から伸びるライトグリーンの魔力刃が輝いている。
……………………ってなにこれ? なんでユーノがこんな自分専用のオリジナルデバイスなんか作ってるのさ! 俺こんなの知らないよ!?
「レシアちゃん……どう、かな? せっかくだからレシアちゃんのスティレットと、同じようなタイプのデバイスにしてみたんだけど」
「え? あ、……たしかにスティレットとそっくりですね」
ユーノから不意に聞かれた質問に答え……たしかにスティレットとユーノの新デイス……"アイギス"って言ってたよね。とにかく、俺とユーノのデバイスの形状は、色違いの同じモノと言われても納得出来るほど似通っていた。
ってそれより! なんでユーノはデバイスを作ろうなんて考えちゃったのさ!? 前に見せてもらった赤い球体のデバイス(おそらくレイジングハート)がかわいそうじゃないか!
脳内にいろいろと変な考えが浮かんでくる。主にユーノが新デバイスを持ったことでの原作への影響についてとかね。
うぐぅ…………とにかく、作っちゃったモンは仕方が無い。別にあって困るモンじゃないし、それにユーノが強くなったってきっと不利益は生じないはずさ!
そう勝手に自己解決して……現実逃避とか言っちゃダメだよ? とにかく、改めてユーノの右手に握られた……アイギスに目を向ける。
「……僕はあんまり攻撃魔法が得意じゃないから。それを補うために、内部のデータとプログラムの殆どを攻撃に特化させた……このアイギスを作ったんだ」
「ふむぅ、なるほど」
「攻撃特化と言っても、時間が無かったから基本的な魔法しかプログラムしてないんだけどね」
俺が興味津々の視線に気付き、ユーノがアイギスの説明をしてくれた。
それにしても攻撃特化型デバイスね……また大胆なモノを作ったもんだねぇ。
「えーっと、それじゃあ防御魔法とかはどうするんですか?」
「うん、防御魔法はデバイスが無くても出来るから大丈夫かなって」
俺の問いに、ユーノは微笑みながら答えを返す。
つまり……攻撃はデバイスで、防御は自分のみで行うってことですか……結構難しそうだけど、大丈夫なんだろうか。
「そのデバイス……アイギスはテスト運転とかはしたんですか?」
「ん、昨日の夜……というより今日の朝方にやったけど、問題なく使えたよ。……でもアイギスはストレージデバイスだから、融通はきかないけどね」
しかもアイギスはストレージデバイスですか……処理速度とかはインテイジェントデバイスより早いけど、適切な魔法の選択をするために高い判断力を必要としていた気がする。
「おい! いつまでも何をしている! 準備が終わったなら早く指定の位置につけ!」
「あ、すいませんっ」
うぐぅ……ユーノと話し込んでいたら先生に怒られてしまった……。少し慌ててユーノと二人、指定の位置……クルカスとブシャイムから十メートルほど離れた位置に向かう。
うん、あいつらがすっごいこっち睨んでる。どことなく小者臭を感じるからあんま迫力は無いけどね。
お互いが対峙し合い、先生が最後の説明と銘打って話を始める。それを軽く聞き流しつつ、ユーノに声を掛ける。
「あの……ユーノさん。わたしたち作戦とかは決めてないんですけど……どういう風に戦いましょうか」
なんで事前に作戦ぐらい決めておかないんだとか言わないで。俺もユーノも自分の事で忙しかったんですよっ。
そんなことを考えているうちに、ユーノが一つ頷いて口を開く。
「それなら……レシアちゃんの好きなように戦って欲しい。僕がレシアちゃんをサポートしてみせる」
「……はい、りょーかいですっ。ユーノさん」
ユーノに力強くそう言われて……不思議と安心感を覚えた。
「――ではこれより模擬戦を始める」
ユーノとの短い会話をしているうちに、監督の先生の話も終わったみたい。先生が俺とユーノ、クルカスとブシャイムを交互に見て、その視線で模擬戦の開始を訴えかける。
それに触発されるように、胸の鼓動が高まっていく。そして俺も、ユーノも、目の前にいる敵も各自のデバイスを構える。
監督の先生が全員が模擬戦に入る準備を終えたことを確認し、数歩後ろに下がる。そしてその右手を上に持ち上げ――
「それでは……模擬戦始めッ!」
――号令と共に振り下ろし、俺はそれと同時に空中へと飛び上がった。