<ユーノ・スクライア>
前々からわかってはいたけど、改めてその現実を突き付けられると苛立ちが募る。
――僕には攻撃魔法の才能が無い。
その代わり、補助魔法が周りの人より少し上手に出来る。
……だからどうした。そんなことを考えても慰めにもならないし、余計に自分に嫌気が差すだけ。
魔法学校に設けられた寮の自室のベットに腰掛け、僕は自分一人なのを幸いに、不機嫌さを隠さずに思考に没頭していた。
あの模擬戦…………思い出しただけで腹立たしい。
あれは一対一の模擬戦なのに、外野が手を出したあげく、レシアちゃんを墜とすなんて……絶対に許さない。
レシアちゃんと直接戦った奴と、横合いからバインドで邪魔した奴。模擬戦が終わって、レシアちゃんが帰路に着いた後……僕はこの二人の情報を調べ上げた。
模擬戦でレシアちゃんと戦ったのがクルカス。バインドで外野からちょっかいを出したのがブシャイム。
こいつらはどちらもそこそこ魔法が上手く使えることを理由に増長している腐った人種。
大きな問題は起こさないけど、それはこいつらが公になりにくい陰湿な行動を主としているからだ。
この学校で、こいつらに好意的な感情を抱いている人間は居ない。もし居るならそいつもこの二人と同じ人種の人間だろう。
飛び級した当初はそんな連中がなにをしようと気にならなかった。
所詮は他人事だと、そう思っていた。同時にくだらない、卑しい人間だとも思ったけど。
だが、今回は違う。奴等はレシアちゃんにその陰湿な矛先を向けてきた。
保健室ではレシアちゃんと一緒だったから抑えていたけど……僕の頭は怒り一色に染まっていた。
模擬戦で、レシアちゃんが墜ちるのを見て…………僕の人生で初めてだと思う。
ただ、どこまでも純粋に――――人を、潰してやりたいと思ったのは。
けど、ここで行動しちゃダメだ。この衝動に囚われるまま行動したらいけないと、感情的になる僕を……かろうじて残った冷静な部分が、あの時僕を止めた。
――ここで僕があいつらに殴りかかってなんになる? そんなことより気絶したレシアちゃんをさっさと保健室に運ぶんだ……。
その言葉が頭に浮かんで……僕はこの衝動が向かう矛先を睨みながら、監督の先生を振り切って僕がレシアちゃんを保健室に運んだ。
この衝動を抑える気は、無い。あいつらは絶対に僕が潰す。
あいつらはちょっと魔法が出来るからと、鼻っ柱を高くしている。それを魔法で、模擬戦で叩き折ってやりたい。
だけど…………そう思っても、僕は攻撃魔法が上手くない。
「くそ!」
苛立つ衝動を拳に込め、ベッドに叩きつける。攻撃魔法が上手く扱えない自分を、ここまで恨んだことは無い。
別に、成功しないワケじゃない。初歩的な魔法なら魔力弾も生み出せるし、ちゃんと撃ち出せる。
……だけど、威力も、速度も、数も、全てが平均かそれ以下。それは攻撃魔法の射程が大きくなるごとに酷くなっていく。
魔法学校に入った時にスクライアのみんなから貰ったデバイスも、僕には使いこなせていない気がして……。
そもそも僕が得意としている補助魔法の殆どがデバイスを必要としない。
スクライアのみんなから貰ったデバイスは確かに高性能なんだけど……それが逆に僕に合っていない感じが拭いきれない。
高性能だけど、自分に合わないデバイス。そんなんじゃダメだ、自分に合うデバイスが欲しい。…………そうだ、だったらいっそのこと――――
――僕に合うデバイスが無ければ作ればいい。
そう、僕だけのデバイスを。
僕の…………攻撃のためのだけのデバイスを。
そうと決まれば話は早い。早速明日にでも材料を揃えて……絶対に作り出してやる。
……このことはレシアちゃんには秘密にしておこう。レシアちゃんは優しいから、もし言ったら手伝ってくれるだろうけど……それじゃあ意味がない。
レシアちゃんに余計な手間を掛けさせたくないし。それに……少しびっくりさせたいしね。
…………僕もまだまだ子供っぽいかな。
ふと、そんなことを思った。
<レシア・クライティ>
さて、あの模擬戦から三日が経った。
現在は放課後。俺はルシィさんと一緒に魔法の練習場みたいな場所に来ています。
そんなところに来てなにをするかというと、あの二人組みを叩きのめすために気合を入れて魔法の練習をしようかなと思いまして。
魔法の練習をするというのに、何故ルシィさんと一緒にいるかというと……練習場を使用するには、必ず魔法学校の先生の監督下で行わないといけないという規則があるのですよ。
最初はそんな規則があるとは知らず、門前払いをくらってしまった。くそぅ。
そんな門前払いを受けたけれども、魔法の練習をしたい俺はなんとか練習場を使いたいワケで……。
そう思いあぐねて、ルシィさんに練習場に一緒に来てーっと相談してみると快く承諾してくれた。
ルシィさん曰く、暇を持て余しているとのこと。
最初は保健室の先生が来て平気なのかなって思ったんだけど、保健室の先生もルシィさん一人だけじゃないらしく、今日の放課後は大丈夫みたいです。
そんなことを思いつつ、練習場の端っこで屈伸とかのお馴染みの準備体操をして身体をほぐす。
前世の俺の身体と違い、この身体ってものすごく柔らかいんですよね。長座体前屈が大好きになりました。
さて、そんな俺の柔軟性はどうでもいいとして。
……これから俺が行おうとしている魔法の練習は、授業でやっていた内容に少しだけ改良を加えたモノである。
今まで授業で行っていた射撃魔法の練習は、両足を地面に付けての……同じ場所に立って的に向かって魔法を撃ちだすという簡単な内容。
ちょっと考えたら、その練習方法……あんまし意味無いんじゃないかなーって思ったり。実践じゃ敵は常に動き回っているわけですし。
学生のうちはそんなもんなのかもしれないけど、俺としては実践向けの練習がしたいワケで。
そう思った俺は先生に頼んで、見た感じソフトボールぐらいの大きさの、丸っこい鉄の塊みたいなモノを貸してもらった。
実はこの丸っこいの、空中をランダムに移動してくれる優れモノの的なのである。
本当は個人にこういう道具を貸し出すのは、授業内容の足並みを揃えたい学校側が余り認めてないんだけど……今回は特別に貸してもらった。
最初は俺の要求が突っぱねられて泣きそうになったけどねっ。それでもめげずに、涙目になりながらも何度もお願いしたら貸してくれました。ありがたやありがたや。
さらにこの練習では、動くのは的だけでなく……今回からは俺も動きながら射撃を行ってみようかなと考えていたり。
ちょっと模擬戦を思い返してみると……俺って射撃魔法を絶対に止まって撃っているんですよね……。
せっかく空中から射撃できるというアドバンテージがあったのに、空中を移動しないでいちいち止まって撃ってたらたいして意味が無い気がひしひしと……。
とまあ、それらの反省点を念頭において今回の練習を頑張ろう。そういう意味ではあの模擬戦にはちゃんと収穫があったんだね。もっともあの二人組みにはムカついたけどねっ!
「さって、じゃあ始めようかな。……スティレット、準備はいい?」
『問題ありません、マスター』
「よしよし。それじゃ……スティレット、セットアップ!」
その言葉の直後に、青い魔力光が俺から発せられる。
その魔力光が集束し、俺は長い棒状の形のスティレットを手にしたバリアジャケット姿に……ルシィさん、なんでカメラを構えて凄まじい勢いでシャッターを切っているのでしょうか。
「……義母さん、なんでカメラなんて持って来てるの?」
「えー、だってレシアが魔法の練習したいって言うし。せっかくだから……ねっ?」
「へー、そうなんだー。じゃあ義母さん、後でそのカメラ貸して……ねっ?」
「別にいいけど、このカメラのデータを消しても無駄よ。もう家のパソコンにレシアのバリアジャケット姿のデータは送ってあるからね~」
「義母さんはなんでこういうことに関してはそんなに行動が速いのっ!」
ちくしょう! このままではルシィさんが作っている【レシアの成長アルバム】なるモノにまた俺の写真が追加されてしまう!
あのね、写真を撮るだけならまだ良いですよ?
それだけなら思い出として残すとまだ納得出来るけど……ルシィさんはそれだけじゃ飽き足らず、そのアルバムをルシィさんの友人達に自慢げに見せて回ってるんですよね……。
しかもそのアルバムの中には、ルシィさんにあらゆる衣服を着せられた俺の写真が満載ですよ? 羞恥プレイなんてモンじゃない。
ちなみにそのアルバムを破壊しようが、カメラ内のデータもパソコン内に入ってるデータも残るし、仮にそれらのデータも消しても……ルシィさんのことだから、別のメモリースティックに予備としてデータを残すぐらいのことはしてるだろうし……。
だから、あのカメラを何とかしたところでたいした意味は無いんですよね……。
「ほらレシア。この場所もあんまり長く使えるわけじゃないんだから……練習するなら早く始めちゃいなさい」
「え、うん。そうだね」
そういえばこの練習場、五時ぐらいまでしか使えないんだよね。う~ん、こればっかりはこの見た目じゃ仕方ないことと諦めるしかない。年齢制限はどこに行ってもあるモノです。
ルシィさんに誘導されてるなーと思いつつ、学校から貸して貰った的を起動させる。
極々小さい起動音。その音が数秒ほど聞こえて……ソフトボールぐらいの大きさの的はフワフワと浮き上がっていく。
うむぅ……こういうのをあらためて見るとなかなかシュールな光景だねぇ。
「さてと……それじゃあはじめますかっ」
一声、自分を鼓舞。そして俺も空中へと舞い上がった。
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規則ギリギリまでの練習を終え、現在は自宅のリビングでふかふかのクッションの上に寝っ転がり、まったりとした時間が流れている。
「ほらレシア。ご飯できたわよ~」
ルシィさんがそう言ってキッチンから顔を覗かせるが、リビングでごろごろしている俺は動かない。……正確には動きたくないだけだったり。
だって…………ものすっごく疲れたんだもん。そんな弱音を吐いているんだけど、実際に練習をしていたのは大体二時間ぐらい。
それだけの時間しか練習してないけど、普段の授業と違って空を飛び回りつつ、動き回る的を相手に射撃魔法を撃ちだすっていうのは……なかなかに疲労が溜まるモノだと実感しました。
しかも俺は子供の身体。体力なんぞあるワケもなく……むしろこの年齢の子供と比べて体力が低い気がするし。もう練習で疲れて動きたくないというのが今の心情です。
まあそれをやりたいっ、って言い出したのは俺ですけど……疲れちゃったもんはしょうがないよねっ。
「ほらっ、いいかげんに起きなさい」
「んぅ…………」
寝っ転がって動く気配を見せない俺に対し、ルシィさんがしょうがない子ねーみたいな微笑でゆさゆさと軽く揺する。
どことなく優しさが見え隠れするルシィさんを見て…………なんか眠くなってきちゃいましたよ……。
「こら、寝るならご飯食べてからにしなさい」
「……ん…………ぅ……」
ダメだ……もうこの身体が完全に睡眠を欲している。前世までの身体と違って、眠くなったらもう止められないんだよね……この子供ボディは。
「……レシア。起きないとメイド服着せるわよ?」
「……うん」
やばい。瞼がすっごく重い……ルシィさんがなにか俺になにか言ってるけど……頭に入ってこない。
「あら、いいの? じゃあ……この前買ってきたこっちの服もいい?」
「…………うん」
「………………」←ルシィさん、テープレコーダー準備中。
「……っと、準備完了したわね。ふふふっ、言質を取るわよ~」
ルシィさんがなにやら俺に聞いてくる。それを曖昧に答えていき…………しばらくして、眠りに落ちた。
<ルシィ・クライティ>
「……レシア、眠っちゃったのね」
あら残念。もうちょっと言質が欲しかったけれど……まあいいわ。もうたくさん取れたことだしね。
この子は自分の言ったことには責任を持っているから、ちゃんと着てくれるでしょう。
テープレコーダーのスイッチを切り、立ち上がる。
このまま寝てたらレシアが風邪を引いちゃうかもしれないし、毛布を持って来ましょうか。
……あ、良い事思いついた。今日は布団をリビングに持って来てレシアと一緒に寝るのもいいかもしれないわ。
うん、そうしましょう。前にお泊り会の時に使った布団もあるし、それに決定。レシアは手の掛からない子だけど、その分甘えてきてくれないのよねぇ……。
家族に成り立ての頃に比べたらいいんだけど、私としてはもっと甘えて欲しいのに。
あんまり甘えてくれない愛娘の愚痴を思いつつ、布団を運ぶ。その流れのままリビングで静かに寝息をたてているレシアを起こさないように布団を敷く。
「さ~て……レシア、今から抱っこして布団に運ぶけど……起きないでね」
なんとなく、寝ているレシアに声を掛けてみる。当然返事は寝息なんだけどね。
その寝息を勝手に了承と受け取り、レシアを抱え上げる。う~ん、やっぱりレシアは同年代の子供達と比べても軽いわ……もっと食べさせたほうがいいかしら。
レシアは好き嫌いは無いんだけど、ちょっと小食気味なのよね。
そんなことを考えながら、慎重に移動開始。この年頃の子供は一度眠り始めたら全然起きないものだけど、だからといって乱雑に扱っていいわけがない。
レシアを起こさず、布団に寝かせて毛布を掛ける。さて、次は料理にラップをかけておきましょう。
幸いにも今日作ったのはシチューだし、温めればまた美味しく食べられるわ。
手際良くラップをかけた後、洗濯物などの家事を済まし、リビングに戻る。
「…………ん……」
レシアが穏やかな顔で眠っている。うん、やっぱり可愛いわ。写真を撮っておきましょう。
普段から懐に忍ばせているカメラを手に、レシアをロックオン。そのままパシャパシャと。デジタルカメラはメモリがある限り何枚撮っても平気だから便利ね。
…………よし、これだけ撮ればいいでしょう。そろそろアルバムも新しいのを買ってこないといけないわねぇ。
それにしても…………眠っているレシアを見て、思う。
最近は魔法の練習を以前にもまして頑張っている。……まあ頑張っている理由はわかっているけど。
…………模擬戦、悔しかったみたいねぇ。
そこで一つ溜息を吐く。
「よくもまぁ、私の愛娘相手に酷いことをしてくれたわね……あの二人は」
魔法学校でたびたび問題を起こす二人組み……クルカスとブシャイム。
三日前にユーノ君が気絶したレシアを保健室に連れて来た時は、本当になにがあったのかと酷く動転した。
ユーノ君の説明によると、レシアがグルカスと模擬戦をしている最中にブシャイムがバインドでレシアの邪魔をしたとのこと。
正直に言うと……私はその時、頭に血が昇っていた。ユーノ君にはずせない用事があると言って、模擬戦の監督をした先生に問い詰めに行くほどに。
その先生曰く、証拠はなにもない。それにあの二人に聞いたところで知らぬ存ぜぬな態度を取られるだけだと。
なんのために監督の先生としてあなたがその場に居たんだと、言ってやりたかった。
けれどそれを言っても、責任逃れをするのが目に見えていたので言わない。無駄だから。
学校側の不手際に、もう一度溜息を吐く。
さて、あの二人……今までは子供だからといって学校側も大目に見てきたけど……今回は少しお灸を据えてあげようかしら。
でも…………うん、とりあえずレシアとユーノ君が今度は模擬戦であの二人と戦いたがっているから、それまで待ってみましょう。
レシアもユーノ君も、あいつらにしかえしをしてやりたいでしょうからね。
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<レシア・クライティ>
さて、魔法の練習を始めて一週間。自分で言うのもなんなんだけど、射撃魔法の精度はなかなか上達したように感じる。
やっぱりほら……人間って自分の好きな事には無心で打ち込めるモノですし。最初はランダム移動する的に全然当たらなかったんだけど、今で六割ぐらいは狙って当てられる。
そんな思わぬ集中力を発揮したんだけど、学校から貸してもらった的はもう手元に無い。
俺としてはもっと使っていたかったんだけど……これ以上は貸せないと、朝のHRの時に先生に持ってかれてしまった。くそぅ、もうちょっとくらい貸してくれてもいいじゃないか。
そんな先生に対する愚痴を思っていても、魔法学校の授業は進んでいく。
もちろん授業中に考え事をしていても、俺の右手はせっせとノートを書き取ったり、個人的に気になったところをメモしたりと大忙し。
先生の講義の声と、書き取る音が続く。
ノートに写し取る部分を書き終え、一休みしていると……俺の机の端に、隣に座るユーノからノートの切れ端を渡された。
おお……ユーノが授業中にこんなことをするなんて珍しい。ちょっとビックリしちゃいましたよ。……えーっと、なんて書いてあるのかな。
『魔法の練習、調子はどうかな? 手伝えることがあるなら言ってね』
ふむ……心配してくれてるみたい。でも……俺としてはユーノの方が心配なんだど。
『調子はなかなか良い感じですよー。わたしをのことより……ユーノさん、最近ちゃんと寝てますか?』
なんというか、一週間ぐらい前から目の隈が酷いんだよね……ちゃんと寝ているか不安ですよ。
『うん、二時間ぐらいは寝ているから大丈夫』
………………いや、それは大丈夫ではないよね。
『ユーノさん……もっと寝てください。だいたいなんでそんな時間まで起きてるんですか。身体壊しちゃいますよ?』
『心配してくれてありがとう。でも、それはまだ秘密かな』
うむぅ……別にやましいことをしているワケじゃないだろうに。
『まだ秘密、ってことは……そのうち教えてくれるんですか?』
そう書いた紙を渡すと、ユーノが苦笑したのが雰囲気で伝わってくる。
『うん。……来週の模擬戦までに必ず』
ユーノがそう書いた紙を渡すと同時に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。