<レシア・クライティ>
時間は誰にでも平等に流れるんだけど、やっぱり楽しい時間は短いと感じるモノ。
楽しい時間がもっと長く続けばいいのにと思うんだけれど、過ぎ去って行く季節にどこか寂しい気持ちを抱いてしまう。
短く感じた冬休み。すぐに始まる三学期。魔法の勉強。勉強の合間にクレインちゃんとユーノと遊んだり。ルシィさんに絡まれたり。……そして迎えた飛び級試験。
……うん。楽しかった。本当に毎日が早くて、あっという間だった。
これから環境は変わってしまうけど、またそういう楽しい時間が続けばいいな。
『マスター』
そんなことを魔法学校の入り口の前で考えていると、首から下げているスティレットが機械的な音声を上げる。
「ん、どしたの?」
『いえ、先程から俯いていたので……体調でも優れないのですか?』
「そういうワケじゃないんだけどね……ちょっと考え事かな」
そう言うとスティレットは『そうですか』と簡潔な応答。だけど心配してくれていたみたい。
感謝の意を示すつもりで、首から下げたスティレットを撫でる。それに応えるように、スティレットがチカチカと点滅した。
そんなことをして、時間が過ぎるのを待つ。もうすぐ魔法学校の……新学期、そして新学年の授業が始まる。感慨深いというかなんというか。
ユーノと待ち合わせしているんだけど、うむぅ……やっぱり待つだけの時間は長く感じちゃうね。
待っているうちは動かないので、風の冷たさが身に染みる。けれど、冬の残した僅かな肌寒さを暖めるような陽射しは心地良い。
春の訪れを実感しつつ……待ち合わせの時間を五分程過ぎた頃だろうか。
珍しくユーノが遅れてるなーと考えていると、校舎から見慣れた民族衣装を着たユーノが走ってくる。息も切れ切れな様子にちょっと吃驚したのは内緒ね。
「はぁっ……はぁっ……レシアちゃん、ごめん……遅れちゃって……」
「いえ、気にしてなんかいませんよ~」
気にしてないって言ってるのに、ユーノはなんか不満そう。ユーノは責任感が強いからねぇ。
「ほらっ、気にしてないって言ってるんですからもういいじゃないですかっ」
そう言って笑いながらユーノを軽く小突く。別に良識を疑うほどの遅刻じゃないし、五分くらいは全然気にしない。
「でも……」
「いいからいいからっ。友達なんだから細かい事は気にしない!」
そう言って俯き具合なユーノをぐいぐいと引っ張って歩き出す。
「……うん、わかったっ」
俺が全然気にしていないことを悟ったのか、ユーノも微笑みながら俺に歩調を合わせ始めた。
やっぱ男同士の友情は些細な事は気にしないのが一番だね。
「………………………………今はまだ友達、だね」
「え? ユーノさんなにか言いましたか?」
「ッ……い、いや……何も言ってないよ?」
ユーノが何か言ったような気がしたけど……じゃあ勘違いかな。まあ特に気にする必要もないよねっ。
「じゃあそろそろ始まっちゃうし、少し急ぎましょっか」
「あ、うん。そうだね」
「飛び級してから初めての授業なんですし、頑張りましょうねっ」
「もちろん!」
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さて、新学期の初授業も無事に終わり、現在は放課後。
新学期の初日にも関わらず、午後までバッチリ授業がありました。
まあ授業と言っても、今日やったことと言えばクラスの顔合わせみたいなモノと、中等部になってから使える施設の説明とかがメインだったんだけどね。
……ちなみに、飛び級試験に受かった直後に知らされていたんだけど、俺とユーノは同じクラス。
年齢も近いし、今年度に飛び級したのが俺とユーノだけなのを学校側が考慮したんだと思う。これは純粋に嬉しい。
だけどもクラスに入った瞬間、俺とユーノに視線が集まるのがすこーしイヤでしたねぇ……確かに珍しいんだろうけどさっ。
見世物を見るような目はやめて欲しいなーなんて思ったり。まあそんなことを気にせずに話しかけてくれた人も居たし、これからの授業が楽しみです。
「レシアちゃん、どうしたの?」
そんなことを考えながら歩いていると、隣を歩いていたユーノに声を掛けられた。
「えっ、なにがですか?」
「ええっと……なんか嬉しそうな顔してたから」
「うぐぅ……」
くそぅ……俺の心理はルシィさんに止まらず、ユーノにまで見破られるとは……どんだけ顔に出でるんだろ……。
「いや、これからの授業が楽しみだなーって思ってただけですよ」
「うん、確かにそうだね」
まあでも楽しみなのは事実ですしね。そんな会話をしつつ歩くこと数分。俺とユーノは図書館に着いた。
図書館のドアをユーノが開け、俺に入るように促す。うん、ジェントルマンみたいだなユーノは。
「レシアちゃーんっ!」
そんな紳士なユーノに感心していると、不意に響き渡る声。
日当たりが良く、窓際の端っこ。俺とクレインちゃんとユーノの三人のお馴染みの席。
そこでクレインちゃんが手をブンブンと振って俺の名前を叫んでいた。ああ、周りの視線が痛いです。
その視線に急かされるように、未だに俺を呼び続けるクレインちゃんの元に急ぎ足で向かう。
俺とユーノが近づいて行くと、クレインちゃんは自分の荷物を席に残したまま俺達に駆け寄って来た。
「クレインちゃんっ、図書館なんだから静かにしようね」
「はーいっ」
口に人差し指を当ててのジェスチャーを加えてクレインちゃんに注意を一言。するとニコニコ笑顔で返事を返されました。
そんなクレインちゃんは返事をした後、俺の手を引っ張り自分の隣に俺を座らせる。
「レシアちゃん、ユーノくん、授業どうだったー?」
俺を隣に座らせ、そのまま俺の腕に抱き付きながらクレインちゃんが聞いてくる。
「今日は……クラスの人達と顔合わせして、その後に新しく使えるようになった施設の紹介と……」
「それとこれからの予定……でしたよね? ユーノさん」
「えへへ……あたしもそんな感じ。それとねレシアちゃん! あたしね、もうたくさんお友達できたよっ!」
その言葉も聞いて…………安心した。
自惚れかもしれない考えだけど、俺が居なくなってクレインちゃんは大丈夫なんだろうかという不安があった。
俺が飛び級すると伝えた当初は、どういう意味かわからなかったみたいだけど、もう同じクラスどころか一緒の学年にすらなれないことを理解した時は瞳一杯に涙を溜めていましたし……。
クレインちゃんは「がんばってね……あたしもがんばるっ」って言っていたけど、俺は心に大きな蟠りが生まれて……。
だから、クレインちゃんに新しい友達が出来たみたいで良かった。
けど学年が別れようがなんだろうが、俺とクレインちゃん、そしてユーノと過ごした中で育んだ友情に嘘偽りはない。
出来る限り一緒に居たい。それが俺達全員の総意である。だから昼休みや放課後はこうして皆で集まろう――そう約束した。
「……良かったね。クレインちゃん」
「うん。とっても良いことだよ」
「うんっ!」
俺に続いてユーノがホッとしたようで、どこか嬉しそうに言う。やっぱりユーノもクレインちゃんが心配だったんだろうね。
「さって、それじゃあ本でも読みますか」
いつも通りのこの時間。もう残りは少ないかもしれないけど、だから卒業まで精一杯楽しんでもいいよね。
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<ユーノ・スクライア>
僕とレシアちゃんが飛び級して三ヶ月ほど経った。
僕はレシアちゃんとは違う授業の帰りで、現在自分のクラスに向かっている。自然と急ぎ足になりながら歩く僕に対して送られる視線は好奇な色が見えて、少し居心地が悪い。
まるで飛び級して間もない頃みたいだなー、と思う。初めてクラスに入った時もすごい注目されたし。
しばらくは僕もレシアちゃんもその視線を気にしていたんだけど、もう慣れた。今ではクラスにもすっかり馴染んで、レシアちゃんと楽しい毎日を送っている。
特に同年代の人が居ないから、僕とレシアちゃんの距離も縮まったように感じて、ものすっごく嬉しい。
ついこの間なんてレシアちゃんと二人っきりで買い物にも行ったんだ。
当日は緊張でガチガチになっちゃったけど、レシアちゃんと一緒に時間を過ごせて、幸せはこういうものなんだと考えてしまった。
そう考えてしまった原因もわかっている。
…………僕は、魔法学校に入った時から周りの子供達より幾ばくか浮いた存在だったから。
入学してから、僕はスクライアのみんなに面倒を掛けないように一生懸命勉強した。遊びに行こうと言われても断り、ただひたすらに勉強の毎日。
僕はさぞかしつまらない人間に見えただろう。事実、次第に遊びの誘いも少なくなり、交友関係も浅く狭くなっていった。
客観的に見たら僕は機械染みた生活を送っていたに違いない。
朝早く起きて勉強。学校に登校して授業を受ける。放課後になって勉強。図書館が閉館すれば寮に戻ってまた勉強。
そんな生活を送っていくうちに、僕は次第に感情の起伏が薄くなっていくの自覚していた。クラスで少しは話す知り合いは居たが、友達と呼べるような間柄ではなかった。
先生からは落ち着いているねなんて言われたけど、嬉しくもなんともなかったし。
僕は別にそれでもいいと考えていた。そうやって勉強して、それでスクライアのみんなの役に立てるならそれで構わないと、わりと本気でそう思っていた。
そうやって一年間と半年ほどを過ごして――――僕はレシアちゃんと出逢ったんだ。
何時ものように図書館で勉強をしようとして、レシアちゃんが居て、この学校にきて初めて心臓の鼓動が高まって、酷く慌てたのを覚えている。
本当に久しぶりに……僕は感情に赴くまま行動した。
気になって、レシアちゃんのことを調べた。
少しでも話したくて、図書館に来たレシアちゃんの視界にわざとらしく入った。
レシアちゃんが料理の出来る人と結婚するって言ったから、僕は魔法の勉強を放り投げて料理の練習をした。
そうして、もやもやと落ち着かない日々が続いて……僕は我慢出来ずに、レシアちゃんに声を掛けた。
それから文化祭があり、それが終わると……僕の生活は激変した。
レシアちゃんと友達になれた。すると毎日が楽しくなった。学校が終わり、レシアちゃんが帰ると早く明日にならないかと毎日思った。
僕は、こんなに学校生活を楽しくしてくれるレシアちゃんが…………好きだ。出来るなら何時も一緒に居たい。
だけど、最近は一緒の授業を受けられない時があって、僕はそのレシアちゃんと一緒に居られない授業が嫌いだ。
僕は結界魔法やバインドとかの補助魔法が得意で、攻撃魔法が苦手。レシアちゃんは射撃や直射型の攻撃魔法が得意で、補助魔法が苦手。
授業が始まった当初は基礎的なことからやっていったから、レシアちゃんとも同じクラスで授業を受けれた。けど二ヶ月も経つと射撃や結界魔法などの授業は成績順にクラス分けされてしまい、その弊害を受けてしまった。
以前の同じクラスどころか学年すら違った頃と比べたら全然いいんだけど……やっぱりイヤなものはイヤだ。
それに……レシアちゃんの身体にある、傷のこと。お泊り会で見てしまった、レシアちゃんに刻まれているモノ。
僕はまだそのことについて何も知らない。いや、知らされていない。ルシィさんに聞いてみても、教えてくれはしなかった。
ただ、あの時のルシィさんの雰囲気から、詮索して欲しくないということだけが窺えた。僕は知りたい。けど……知ってしまうことがレシアちゃんに悪影響を及ぼすなら、知らないほうがいいのかもしれない。
「…………あっ」
そんな事を考えていたら、もう自分のクラスの教室を通り過ぎていた。
はぁ……レシアちゃんのことを考えていたとはいえ、何をやっているんだか……。気恥ずかしさを隠すように、素早く踵を返して再び歩き出す。
なるべく早く歩き、教室に入る。レシアちゃんの席は窓際の一番前で、僕はその隣。これは学校側が考慮してくれて、本人達が希望するならばこうして隣同士になることが許されている。
当然僕はそれがいいし、レシアちゃんも拒まないでくれている。嬉しい限りだ。
そんな僕の席に近づいて行くと…………レシアちゃんが居ない。授業開始まではあと三分ほど。普段は開始五分前には必ず準備を済ませて座っているのに……なにかあったんだろうか。
少しの逡巡。そして僕はレシアちゃんを探しに行こうと立ち上がると――レシアちゃんが少し慌てながら教室に入って来た。
転ばないように注意しながら僕の方に走ってくるレシアちゃんに、思わず頬が緩む。
「…………よしっ、間に合ったっ」
席に着くとすぐに教室の時計を確認、間に合ったことがわかるとレシアちゃんが嬉しそうに微笑む。
「レシアちゃん、なにかあったの? レシアちゃんがこんなに遅れるなんて珍しいよね」
「ちょっと授業の連絡事項が長引いちゃって……わたし、こんなギリギリなのは初めてですよ……」
そう言いながら、次の授業に使う教科書を準備し始めるレシアちゃん。
さっきレシアちゃんは結界魔法とかの補助魔法が苦手とは言ったけど、それは攻撃魔法に比べたら……という意味。
補助魔法もクラスのみんなと同じぐらい出来てるんだけど、攻撃魔法が物凄くてそれが霞んで見えてしまう。
初めての攻撃魔法の授業。内容は的があって、それに射撃を行うというモノだった。周りの年上の人達が四苦八苦しているなか、レシアちゃんは一撃で的を貫いて見せた。
威力も、精度も圧倒的で、その場に居た全員が唖然としたのをよく覚えている。
「そういえば……そろそろ模擬戦ですね」
授業の準備をしていたレシアちゃんを見守りつつ、過去のことを思い出していると、レシアちゃんが不意に呟く。
……そう。初等部とは違って、中等部に入ってから模擬戦が行われる。僕達が中等部に入ってから模擬戦の許可が出るのは今回初めてだ。この三ヶ月間で魔法に関して少しは認められたということだろう。
ちなみに出るか出ないかは志願制。つまり、ずっと拒否し続ければ模擬戦なんかしなくてもいいのだ。出れば成績に加算はされるけど、出なければ減点ということはない。
「そうだけど…………レシアちゃん出るの?」
「ん、まあ一応やってみようかなー、なんて思っていたり……」
「僕はやめたほうがいいと思うけど……」
たしかにレシアちゃんの魔法の実力は圧倒的だ。周りの人達と比べても……頭一つどころか二つ三つ飛び抜けている。
だけど、レシアちゃんはまだ子供なんだ。たとえ模擬戦とはいえ戦いには違いない。
「レシアちゃん、やっぱりやめたほうがいい。もっと大きくなってからのほうがいいんじゃないかな」
「わたしは子供じゃありませんっ」
少しだけムキになって言うレシアちゃんも可愛いなぁ…………ってダメだ! 流されるな僕! ちゃんと注意して考えを改めて貰わないと!
「でもね……」
制止する言葉を紡ごうとした瞬間……ふと、背後から感じる視線。
それが気になって、振り返る。そこにいたのは、いかにもガラの悪そうな二人組み。
たしかあの二人の名前は…………うん、思い出せない。余り近付きたくない人種だったし、特に興味も無かったからなぁ。
実際にあの二人には悪い噂が多い。しかも少しばかり魔法の成績がいいから、それを盾に付け上がっているような連中。
そんな連中がいったいなんで僕を見ているのだろうか。僕はあの二人とは極力関わらないようにしていたし……見当もつかない。
「あれ? ユーノさんどうかしましたかー?」
「あ……いや、なんでもないよ」
よく見たら、僕じゃなくてレシアちゃんを見てる……? あの二人……いったい何を考えているんだ。
なにか、イヤな予感がする。あの二人はそれなりに攻撃魔法も出来たから、多分模擬戦にも出るはず。……ダメだ。なぜかはわからないけど、あいつらとレシアちゃんを関わらせてはいけない気がする。
「レシアちゃん……やっぱり模擬戦は」
やめたほうがいい――僕のその言葉は、チャイムと共に教室に入って来た先生によって遮られた。
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結局、レシアちゃんは模擬戦に出ることになった。
何度か止めたのだけど、レシアちゃんが「一回だけ様子を見させてくださいっ。それでダメみたいでしたらもうやめますから……」と涙目で訴えられてしまっては……僕としては首を縦に動かすことしか出来ない。
授業も終わり、現在は放課後。模擬戦の希望者はグラウンドの一角にある模擬戦専用の場所に集合で、レシアちゃんはすでに集合場所に居て、僕はレシアちゃんとは少し離れた場所に居る。
レシアちゃんが不安だから、模擬戦を見学させてもらうことにした。特に何も起こらなければいいんだけど。
今回の模擬戦の参加者は……様子見の人が多いのか、かなり少ない。大体二十名ほどだろうか。周りにも僕を含め少しの野次馬がいるだけでかなり閑散としている。
そんな静けさの中、グラウンドに居る参加者の様子を窺う。……例の二人が居た。
……イヤな予感は、未だに胸の中で燻っている。一応レシアちゃんに、あの二人にだけは気を付けてと言ったけど…………ただの杞憂であって欲しい。
僕も少しくらい攻撃魔法が出来れば、レシアちゃんの模擬戦の相手をしたい。だけど、今の僕では無理だ。
僕は攻撃魔法を失敗することが多いし、コントロールも甘い。前々から思っていたけど、どうも僕には攻撃魔法の才能は余り無いらしい。
その代わりと言ってはなんなんだけど、結界魔法はかなりのものだと思っている……自慢に聞こえちゃうかな。
そんなどうでもいいことを考えていると、どうやら模擬戦が始まったようだ。
どうやら模擬戦の形式は一対一のシンプルなモノで、監督の先生が模擬戦を取り仕切っている。その先生の監督下の中で、僕より年上の人がそれぞれのデバイスを介して魔法の撃ち合いを始めた。
レシアちゃん以外の試合はたいして興味が無いので、感慨も何も無い。早く終わればいいのに。
一戦が約五分ほどで終わり、二十分ほどの時間が流れ…………レシアちゃんの番が回ってきた。
模擬戦の相手は……くそっ、例の二人の片割れじゃないか。やっぱりイヤな予感がする。
「スティレット、セットアップ!」
不安に駆られる僕を尻目に、レシアちゃんが自身のデバイスであるスティレットを発動させ、その小さな身体にダークブルーの光を纏い……バリアジャケットを装着する。
バリアジャケット姿のレシアちゃんを見るのはこれで何度目かな……一見ちょっと大人みたいな落ち着いた格好なんだけど、胸元の大きなリボンがレシアちゃんの幼さと可愛らしさを引き立たせて、物凄く似合ってる。
そしてその手に持つのは、レシアちゃんの身長の二倍以上ある槍のようなモノ。たしかレシアちゃんはこれは薙刀ですよって言ってたっけ。リーチはあるけど、少し扱いずらそう。
その薙刀の先端部分には魔力で形成したダークブルーの刃が輝やいて……レシアちゃんは静かにスティレットを構えた。
そんなレシアちゃんに向き合うあの男もデバイス……杖の形をしたデバイスを構える。
「それでは……始めッ!」
先生が号令を掛けた瞬間――レシアちゃんは青い光を身に纏い、空に向かって一気に飛び上がった。
<レシア・クライティ>
制空権を取るというのは戦いにおいて重要……だと思う。
模擬戦が始まり、そう思ったから飛んでみたんだけど……これからどうしよう。……あ、ユーノがこっち見てる。手でも振ってみようかな。
そんな風に空からユーノを眺めていると、いきなり撃ち出される射撃魔法。かなりの速度の射撃なんだけど、これは距離が離れているのもあってなんなく避ける。
俺が空を飛んでいるのに対し、模擬戦の相手……名前はわかんないけど。……ん、あの男の人は……ユーノに注意しろって言われた二人組みの一人だっけ。
なんか悪い噂があるみたいだけど……まあいっか。とにかく、相手の男は飛ぶ気配を見せない。ふよふよと浮いてる俺を、手で目元を覆いながら眩しそうに見上げている。微妙に太陽と俺が重なっているみたい。
そんなに眩しいなら飛べばいいのに……いや、飛べないのかな。原作じゃ飛べない人も結構居たし、ありえない話じゃない。
それにしても……ユーノも心配性だよね。俺が模擬戦に出るのを快く思ってないみたいで、何度もやめるように言われましたし。
俺だってこの一年ぐらいの間に必死に勉強したし、この身体の元々のスペックが良いってのもあったんだろうけど、周りと比べてもかなり出来ると思う。
特に射撃と放出とかの攻撃魔法は、この学年で俺より上手い人は見たことがないし、結界魔法だって人並みには出来る。戦闘経験はゼロですけど。
その戦闘経験がゼロだからこそ、経験を積むために模擬戦をする。多少は怖いんですけどね。
今回は一対一だけど、今度はタッグを組んでやってみたいかな。それにもしかしたら将来戦うかもしれないし、経験はあるだけあったほうがいいと思うのですよ。
「よっし、じゃあスティレット。こっちも攻撃するよっ」
『了解です、マスター』
スティレットの機械染みた音声の直後、りん、と涼しげな音と共に魔方陣が展開され、俺の中にある魔力が意識的に動きだし四つの魔力の塊を生み出した。
『ディバインシューター』
「シュート!」
掛け声と共にディバインシューター……なのはが使っていた魔法を撃つ。発射タイミングをずらした四つの魔力弾が男に殺到するも、身を投げ出すようにして地面を転がり避けられてしまった。
ちなみに俺が使える魔法は大体がなのはとフェイトと同じ。せっかくなのでそういう風にスティレットにプログラムしてみたんですよ。威力は二人と比べたらかなり劣るだろうけどねっ。
それでも同学年の人達より威力がある。まだまだ成長するらしいし、どこまでいくのか実は期待していたり……。せめて管理局入り出来るくらいにはなりたいです。
そんな風に自分の将来を夢見ていると、地面を転がった男が立ち上がり、再び魔方陣を展開し始めた。
その魔方陣を展開する様子は空中からよく見えるので、射撃までのタイムラグを使って距離を取る。先程より距離が開いていたので、これも俺に当たることはない。
ん~、なんというかジリ貧な戦いになりそう。どっちかが大きく動かないと決着しそうにないような……。
魔力量に依存して、空中からの射撃で相手の体力を削ってもいいんだけど……なんか卑怯だからイヤだし…………。よっし、決めた。
相手がもう一度射撃魔法を使った時を狙って、スティレットの魔力刃でカウンターを狙ってみよう。確実に決めるためには射撃と同時に突っ込まなきゃいけない。
うぅ……少し緊張してきた……。
「スティレット……次でカウンターするよ?」
『了解です』
うぐぅ……緊張を誤魔化すために話しかけてみたけど……そんなにそっけなく返さなくてもいいじゃないかっ!
『マスター、心拍数が上昇しています。大丈夫ですか?』
そう! そういう言葉を待ってたのさっ!
「大丈夫じゃないかも……結構緊張してるみたい……」
『大丈夫です、マスター。自身を持ってください。今回の相手はマスターと比べて格下の相手です。負けることはそうそうないと思われます』
スティレットがこんなに長く話すの初めてだね……しかも励ましてくれてるしっ。…………微妙に相手を貶めてるような気がしないでもないけど。
「…………よっし、じゃあ頑張ってみるかなっ」
『サポートはお任せください』
……あ、相手のことを忘れてスティレットと話しちゃってたけど……この間に攻撃されなくてよかった。
なにはともあれ、スティレットを構える。現在の小さな身体だと、魔力刃を含めて二メートルを越えるスティレットを振り回すのは非常に難しい。
そういうことなので、俺が出来る攻撃は突くことぐらいである。空中から滑空して突っ込んで行けばそれなりの速度は出るだろうし。これが今のところ思いつく攻撃手段かな。
俺がスティレットを構えるのを見て、相手の男も杖型のデバイスを構える。
わずかな時間、お互いが相手の出方を窺い……こちらが動く気がないのを悟ったか男が再び魔方陣を展開。
男の周りに生み出された魔力弾が発射されると同時、男に向かって一気に加速。俺の移動速度と、魔力弾との相対速度があいまって、撃ち出された魔力弾が異常に速く感じる。
幸いにも男の射撃は誘導性が無いらしく、移動の軌跡を少しずらすことで回避。よっし狙い通りっ!
こちらの行動が予想外だったのか、目を見開いている男。そのままの速度で突っ込み、スティレットを突き出す。
ここまでは狙い通りに行ったモノの、男は存外反射神経が良いらしく、スティレットの魔力刃は腕を掠めるだけに終わった。
当然、非殺傷設定なので、肉体を傷つけることはない。……けれども魔力にはダメージを与えられたらしく、男は腕を押さえ顔を歪めていた。
再び距離を取りつつ、スティレットを構える。男もカウンターを警戒しているのか、なかなか射撃に移ろうとはしない。
うぐぅ……やっぱり一撃で倒せなかったのは痛いよね……。
男と向き合っていると……不意に男が視線をずらす。なにやってるんだろ。
幾ばくかの間。そして再び男が魔方陣を展開し始めた。
「スティレット、次で決めるよ」
『了解です』
スティレットに一言声を掛け、もう一度カウンターを成功させるべく身構える。
男が魔力弾を撃ちだすと同時に、再度加速して男に突っ込む。先程の魔力弾と同じく誘導性は無いようで、少し軌跡をずらし男に近付いていき――――
――――衝撃と共に俺の動きが止まった。
一瞬、なにが起こったのか理解出来ず呆然となる。
思考が正しく機能しないけれど、身体が締め付けられるような感覚だけはわかった。何事かと身体を見ると…………これは、バインド?
胴体と両手足がバインドによって固定されていた。
おかしい。男は魔力弾を撃った直後で、そんな余裕は無いはず。ランクが高いような人ならこれくらい出来るだろうけど、学生の範疇では出来るはずがない。なのになんで……。
思考がぐるぐると廻り出し……反応するのが遅れた。りん、と魔方陣が展開する音が聞こえる。監督の先生が制止の声を上げるが、お構いなしに撃ち出される射撃。
『プロテクション』
スティレットが咄嗟に結界を張って……防御出力が足りない。結界は容易く打ち破られ……直後に激しい衝撃。
非殺傷設定でも痛いなー、なんてことを一瞬考えたが、すぐに視界が悪くなってきた。多分、この身体はまだ弱くて、自衛のために気絶させようとしているのだと思う。
気絶する間際……俺が何故バインドによって拘束されたか理解した。
俺が気絶する直前に見たもの。
それはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた――俺が戦っていたのとは違う、ユーノに注意するように言われたもう一人の男だった。
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目覚めると……保健室のベットに寝かされていた。
瞬きを数回して、上体を起こそうと……やめた。頭がくらくらする。
中途半端に身を起こしたせいか、掛けられていた毛布がずれてしまった。後で直そう。
目を動かして、周りを見回す。白が基調の部屋、少しの薬品の臭い。ここは……保健室?
「あ……レシアちゃん、起きた?」
自分の置かれた状況を確認していると、横から聞きなれた声。
「ユーノ、さん……」
「レシアちゃん、もうちょっと寝てたほうがいいよ。射撃魔法が直撃したんだし」
「ここ、保健室ですよね……? 義母さんは?」
「さっきまで居たんだけど……どうしても外せない用事があるんだって」
そう言ってユーノがずれた毛布を掛けなおし……それから沈黙が生まれる。
そのまま五分ほど経った頃だろうか。
「レシアちゃん」
ユーノが沈黙を破り、声を発する。
「僕は言ったよね? 模擬戦はやめたほうが良いって」
「…………はい」
「確かにレシアちゃんは凄いよ。攻撃魔法だって学年で……いやこの学校で今一番上手いかもしれない。けどね……」
一つ一つの言葉を、確認するように、言い聞かせるようにゆっくりと言う。
「まだ僕達は子供なんだ。危ないことはしないほうが良いに決まってる」
そうユーノは言って、一呼吸だけ間を空けた。
「監督の先生が居るからって、模擬戦はやっぱり危険なんだよ?」
「でも、わたしが負けたのは……」
「レシアちゃんの言いたいことはわかってる」
俺の言葉を制し、数瞬の沈黙。その後、ユーノが続ける。
「僕、実はね、ものすっごく怒ってるんだ。……あ、もちろんレシアちゃんにじゃないよ?」
唐突に、ユーノが切り出す。
「ほら、模擬戦の前にレシアちゃんに注意したあの二人のこと」
「え……はい、そうですね」
あの二人と言われて……先程の模擬戦が脳裏を駆け巡った。途中までは優勢だった。だけど、あいつらの卑怯な手に嵌ったことを。
「あれ……ユーノさん。どうしましょう。わたし、すっごくムカついてきました」
「だよね。僕、見てたんだよ。あいつらの片割れ……模擬戦を見ていた方の奴がレシアちゃんをバインドで捕まえたの」
「そうですか」
「そうなんだよね」
そう言い合って……二人で笑う。あの二人にとって、俺が気に入らないからこういう目に遭わせたんだろうけど……お前等が思っているよりこの代償は大きいよ?
「ユーノさん。次の模擬戦……手伝って貰えませんか?」
「正直、もう模擬戦はやって欲しくないんだけど……仕方ないよね」
うん、どうやら俺とユーノの心は一つみたい。
「「あの二人、ブッ潰す」」