人生には、思いがけない起伏が待ち構えている。
俺がそのことを悟ったのは八歳の頃。
当時、俺は某勇者が魔王を倒しに行くゲームを買ってもらって有頂天だった。
初めてそのゲームを手にした俺は、それはもう喜んだ。
すっかりそのゲームにハマってしまった俺は、すぐにクリアしてしまった。
当然、物足りない。俺の幼心はその程度の事ではまったく満足しない。
そこで幼き俺は何をトチ狂ったかリアリティを求めだした。
ゲームの勇者は他人の家に無断で入り、家捜しをしてアイテムを手に入れる。
勇者は間違っていない。それならば、それは許される行為のはずだよね?
そう認識した俺は、スーパーの袋を手に家から飛び出し、手当たり次第にアイテムを入手していった。
見知らぬ人の家、近くのスーパー。アイテムはそこにかしこに落ちている。
その時はとても楽しかった。
なにせ憧れの勇者と同じ行動をしているのである。
もしかしたらゲームのキャラに、俺の場合は勇者。ともかく、ゲームの勇者と同じ行動をすることで、自分が勇者になったつもりだったのかもしれない。
とにかく、勇者の真似事を始めてどのくらいの時間が経ったのだろうか……スーパーの袋がアイテムやゴールドでハチ切れんばかりになった時、俺の勇者タイムは終わりを告げる。
満足して自宅に帰った俺を迎えたのは、親父の鉄拳だった。
俺のことは既に警察に連絡されていたらしく、そのまま俺は警察に強制連行となった。
警察署内に居る時の父親の怒気というか、殺気は忘れられないトラウマである。
罪事態は特にお咎め無しで済んだのは不幸中の幸いだったのかもしれない。盗んだアイテムやゴールドを元の家の人に返して、額が地面に着く勢いで謝罪。実際土下座でしたけど。
そんなこんなで俺の勇者事件は終了したのだが、この後が大変だった。
俺が勇者の真似(盗み)を働いたことは即座に学校に知れ渡り、俺のあだ名は『勇者(笑)』になった。
幼い俺はむしろ勇者と呼ばれる事に苦痛はなかったが、両親はそうもいかなかったみたい。
勇者事件の一ヶ月後、俺は別の県の学校に転校した。
転校すると言われた俺は引越し作業中の父親に反論したが、帰って来た答えは鉄拳だけである。
新しい家に着いた直後――俺は父親から徹底的に"教育"された。
どのような教育かは推して知るべし。俺が入院したとだけ言っておこう。
そして退院して、新しい学校で心機一転がんばろーとなり、俺は新しい世界に身を投じることに。
この頃からの俺は、母さんの俺に二度と過ちはさせないという気概もあり、非常に礼儀正しい良い子に成長していた。
まず基本的に年上の人には敬語。そして誰にでも優しい態度を。さらに一人称はわたし。ふざけんな。
八歳で自分の事をわたしと呼ぶ人間はなかなか居ないと思いますよ?
脳内では"俺"なのだが話す時は"わたし"。えへ、癖になっちゃった。
さて、そんなことが俺の中で普通になり、九歳になった俺にある事件が起きる。
クラスメートの女の子に告白された。
大好きなんて言われてもう大パニック。
そんな突然の告白に困惑した当時の俺は、返事を保留にして一旦帰宅。
ニヤニヤしながら家に着くと、父親と母さんが言い争いをしていた。
荒れたリビング、割れた窓、TVから流れるニュースがやけに視界に入る。
ガミガミと凄まじい罵詈雑言が俺の聴覚を支配するなか、離婚という言葉が嫌によく響いたのを覚えている。
それで、母さんが「あんたなんかもう知らない。離婚してやるわムキー」とのことで、俺の両親はめでたく離婚した。
親権は母親。それでまた引越し。つまりは……転校。
告白してくれた女の子には悪いことをしたと思う。転校しちゃうんだ、って言ったら凄い勢いで泣かれてしまった。……ごめん。
それから七年ほど時間が経ち、俺が十六歳になったある日のこと。
母さんが再婚した。
新しい父親は誠実そうな人で、とても良い印象を俺は持った。
母さんとも仲良くやってるし、俺としては万々歳なのだが一つ問題があった。
新しい父さんには連れ子が居た。
当時七歳の女の子。大変整った容姿の女の子だったのだが、性格はとても控えめな女の子だった。
一緒に居ても特に会話も無く、家族としてこれは気まずいというか、なんというか……。
彼女はこちらから話しかければ反応してくれるのだが、彼女からは話しかけてくれない。
そこで俺はなにか会話のネタを探そうと思い、彼女を観察することに。
そして……わかったことは、彼女が毎週日曜朝九時から始まる魔女っ子が大活躍するアニメを欠かさず見るということ。
アニメを見ている彼女の瞳はどこか輝いて見えて、俺は嬉しくなった。
しかしそんな俺たち家族の問題もどこ吹く風。アニメは最終話を向かえ終了。次回からは特撮ヒーローやるよ。見てね! 誰が見るかちくしょ。
彼女は魔女っ子以外には興味を示さずに、毎日つまらなそうにして、日曜九時にTVをつけては悲しそうな表情になる。
これはいけない。遺憾の意を示した義兄たる俺は小遣いを握り締め、DVDショップに走った。
だが例の魔女っ子アニメは、まだDVDリリースしていないみたいだった。
……これは、非常にまずい。どうにかしないと。
焦った俺は女の店員さんに「魔女っ子アニメありませんか!?」と大声で聞いてみることに。
店員さんは目を見開き「……え?」と聞き返してきたから、もう一度言ったら哀れみの目で見られた。何故。
店員さんに聞いてもどうやら魔女っ子アニメはないらしく、途方に暮れていた俺の目にあるDVDが目に入る。
『魔法少女リリカルなのは』
これは、と俺は思った。
魔法を使うという点では、魔法少女も魔女っ子も大差ないのではないだろうか。
いざとなれば彼女はまだ七歳。こういう魔女もいるんだよと言えば納得してくれそうだしね。
そう思った俺は『魔法少女リリカルなのは』を購入した。会計を済ました時、何故か店員さんから生暖かい視線が送られた。さっきからなんなのさ。
そんなこんなで自宅に急いで帰った俺は、彼女にDVDをプレゼントだよと言って渡した。
喜んでくれるかわからず、最初は不安だったけど、DVD取り出した彼女の顔を見てそれが杞憂だったと知る。
パッケージを見た彼女は顔を綻ばせ、瞳を輝かせていた。その後の笑顔でのありがとうの言葉は、俺の心にとても心地よく響いた。
その後に、義兄ちゃんDVDの起動方法がわからないようわーんみたいなトラブルがあったものの、なんとかDVDを再生。
TVの前に不動の構えを取り始めた彼女を満足しながら眺めたあと、俺は勉強でもするかと思い部屋を出る。
するとどういうワケか彼女も付いて来た。
どうしたのと聞くと、上目遣いで義兄ちゃん一緒に見ましょとのお願い。
正直な話、アニメには興味を持っていなかった俺はイヤだったけど、涙目で見上げるその瞳にはさからえません。
かくして魔法少女リリカルなのは、始まりますとなった。
さて、みなさんはミイラとりがミイラになる……という言葉をご存知だろうか?
意味は大体の人がなんとなく理解していると思う。
そう、俺はリリカルなのはにドップリとハマってしまっていた。
じっくりと年月をかけて全話見たよ。DVDも全部持ってる。母親ドン引き。理解しかねる。義妹は家族で唯一の理解者。
無印とA'Sが個人的にグッときた。
なのは可愛いよなのは。フェイト可愛いよフェイト。はやて可愛いよはやて。
さて、そんなこんなで俺はリリカル大好きな二十一歳になった。
リリカルなのは見るか、勉強するかの二択での生活のおかげで、かなりの有名大学に入学。成績も良かった。奨学金最高。
そして残り少ない学生生活を楽しむかと帰宅途中に――
――俺は死んだ。
もうあっさりと。道路の横合いから突っ込んできた軽トラに撥ねられ即死。
家族が悲しんでくれるかなーなんて考える余裕すらありませんでした。
死ぬ直前にあ、死んだと認識出来るくらいの撥ねられっぷり。
そのあとに視界がブラックアウト。俺の人生、完。
……と、俺の人生を振り返ってみて、何が言いたいかと言うと、人生は何が起こるかわからないということである。
勇者の真似したら親父に殴れるとは思わなかった。
それが原因で離婚するとは思わなかった。
再婚するとも思わなかった。
義妹が出来るなんて思わなかった。
リリカルなのはに出会えて良かっっった。
そう。人生なにが起きるかわからないのである。だからどんなことにも対応出来るよう、心に余裕と覚悟を抱こう。
それが俺の八歳頃からの人生観。
だけど――
ゴポゴポと口から胃液と空気が出る。
上手く動かない身体。
異臭を放つ室内。
床にぶちまけられたような水。
――これは反則でしょ。