ユピテルは、原稿用紙を開いた。
「読者様方各位。
この度はわたくしめの身勝手な行動により、本編の進行に多大なる影響を与えてしまった事を深くお詫びします。
これからは作者共々今までの行動を振り返り、心を入れ替えて誠心誠意努力に励み、悪人を続けていく所存であります。
・・・・・・ぶっちゃけ、スピンオフ作品だから何やっても良いと思っていました。ごめんなさい。」
露骨に顔を顰めながら棒読みでそれを読み上げた。
「うわ・・・スゴイ。ユピテルさんに謝罪させるなんて流石は作者の絶対権力。
流石に京都編を私たちの出番無しの方向で再構築するなんて言われたらそれくらいしますよね。」
オリビアはこの世の終わりでも見たような感じにユピテルを見ながら呟いた。
現在進行形で世界が終わりそうなのだが、突っ込んではいけない。いけないったらいけない。
「あー、ごほん!!」
セルクがあからさまに咳をした。
そう、現在、世界終了五秒前みたいな状況なのだ。忘れてはいけない。
「何か拙い事になってるねぇ・・・・・」
原稿用紙をくしゃくしゃに丸めながら、ユピテルは至って真面目に呟いた。
周囲はすっかり星の光で明るくなっている。
ユピテルもこんなとんでもない魔術を見るのは初めてだ。
「魔術が魔法だって時代に滅び去ったと言う、天体魔術だね。
三千年以上前の魔術だって言うのに、悪魔とは言え、あの“月光”以外に使い手が存在する事にびっくりだよ・・・」
「そんなこと言っている場合じゃないんじゃないですか、ユピテルさん。」
「流石にされを防ぎ切る自身は無いぞ、主よ。」
後ろから聞こえる弱音にユピテルはため息を吐いた。
「・・・・・・・・・私は、どうすれば・・」
そこで、セルクは迷い、歯噛みしていた。
自分の歪みなど、当に理解している。
その上で、戦おうと決めたのだ。
なのに、この『悪魔』と相対すれば、そんな決心も脆くも突き崩される。
そう、所詮、その程度の決意で有ると言うことなのだ。自分の決意など。
「そうだね、こんなのは奇跡でも起こらない限り無理だろう。
だけど、君達は分かっていないね。あの人は“魔王”。僕が何であの人に心酔しているか、これから分かるだろうさ。」
そう言って、ユピテルは顔を見上げた。
そこには、楽しそうな表情が刻まれていた。
―――――――――――――丁度、その時、星が落下した。
「まったく、つまらないことをしてくれるね。」
魔王アヴァンギャルドは、一言で言い表すと怒っていた。
「どうしてくれる。
これで人類が死滅したら、ボクの大好きな絵が描けないじゃないか。―――――ボクの大好きな戦争の絵が。
いいかい? 人間を滅ぼして良いのは、人間だけだ。
どうしようもなく愚かで、どうしようもなく脆く、しかしどうしようもなく美しい彼らを。
第三者が滅ぼしてはいけないんだよ。ボクらが戦争を起しても、滅ぼしてはいけない。それじゃあ詰まらないからね。」
何とも身勝手な、美学。
「高々初代の眷属のくせに、君の主が出来なかった事は君が出来る筈が無いだろうに。
人間を舐めちゃいけない。特に人間に味方をするボクを甘く見た事を後悔するが良いさ。
―――――――――――教えてやろう、これがこの世で最も理不尽な力だ。」
モゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!
ゴガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!
メギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!
魔王の言葉に応える様に、牛と人と羊の顔が吼える。
「―――――――――――これで、終わりだよ。」
シュン、と魔王は腕を振るった。
そして、その直後に、―――――――夜空の星が落下してきた。
その莫大な魔力を纏った攻撃を見て、世界中の魔法使い達は絶望していた。
いや、少しでも魔力を知るものならば、この突然に訪れた理不尽な世界の終焉に怨嗟の一つでも投げる事だろう。
ある神学者は神に祈りながら言った。
最後の審判である、と。
ある魔法使いは呆けながら夜空を見上げて言った。
世界の終焉である、と。
ある芸術家は今描き上げた絵を破りながら言った。
なんて美しいんだ、と。
ある男は恋人に向けて言った。
君の方が美しいよ、と。
ある少女が家に駆け込みながら言った。
すごいよ見て見てお母さん、と。
ある天文学者は卒倒しながら言った。
私はこの世の真理を見た、と。
ある魔法使いは家族を抱きしめながら言った。
お父さんが守ってやるぞ、と。
そして、星が落下した。
「え・・・・・・・・?」
そんな間抜けな声を出したのは、ネギだけではなかっただろう。
先ほどから目まぐるしく変化する状況に目を回しながら、しかし逃げなかった所は彼の勇気を褒め称えるべきだろうか。
漠然と世界が滅びそうになった瞬間、彼は燦然と輝く明るい夜空を見上げていた。
それを見て、何も考えられなかった。
否、何も考える必要も無かった。これから死ぬと言うのに、何を考えろと言うのか。
なのに、それが今は返って間抜けさが強調させている。
そう、世界は滅びなかった。
ネギの客観的な視点から言えば、落っこちてきた恒星が――――――跳ね返ったように見えた。
事実、その通りであった。
地球全体を覆う超巨大破壊魔術は、地球の表面――――より正確には大気に触れた瞬間に、跳ね返った。
魔法使いたちには何が起こったのか分からず。
一般人達はその惑星規模の花火のような光景に歓喜した。
その現象を、正しく理解した人間は居なかった。
そう、人間は。
「これは、・・・まさか!!!
旧約聖書の『創世記』、唯一神ヤハウェが宣告した、―――――――“楽園からの追放”!!!」
ここに、存在していた。
そう呟いたのは、先ほどまで身悶えていたリード。死神リードだ。
「なに・・・?」
それぐらいは、ディベインも知っている。
アダムとイヴが犯した原罪の果てに、二人はヤハウェにエデンの園から追放を言い渡される。
如何いう仕組みかはディベインの知識でも全く理解できないが、あの恐るべき魔王はそれをやってしまったと言う事だ。
しかし、もっと驚いたことは別にあった。
「魔王が、神聖白魔術を使っただと・・・・?」
ディベインが驚いたのは、実にそこであった。
神の力を借りる神聖白魔術と、それの敵対者であるシャイターンの後継である魔王。
相性が悪い所とかそう言う問題ではなく、全く正反対の力だ。
頑張れば出来るとか、反則を用いれば可能だとか、そう言うレベルの話ではない。
根本的に、魂が拒絶する。
一体、どんな抜け道を利用すればそれが可能となるのか、ディベインの頭脳と知識を総動員しても全く理解できなかった。
「流石は、最も古き“美学”の魔王・・・・・。」
余りに素晴らしい芸術的な魔術を目撃して卒倒したリードを尻目に、ディベインは心底感嘆の声を挙げた。
「ははは!! 何て冒涜的なんだろう!!
陛下は、陛下は自身を“神”と定義してあれを行っているんだよ!! 魔王なのに、魔王なのに!!!
魔王なのに神の業を使うんだ。これほど可笑しい事は無いだろ!! ――――――――あはははははははは!!!!!」
ユピテルは嗤う。
これこそ、真なる冒涜であると。
自分などは、まるで足元に及ばぬ、ただ一匹の悪魔でしかないと嗤っているのだ。
「ハッ・・・・・・・・おいおいおいおい、嘘だろ、おいおい、どうなってやがんだよこれは・・・」
余りにも常識外れな光景に、千雨は半狂乱状態になっていた。
縛っていた髪の毛を解いてボサボサになるまで掻き毟り、妥協の許されなかった子供のように叫んだ。
「ちくしょーー!! いったいどうやったら出来るんだ!!
なんなんだ、あれは!! どうなってるんだよあれは!! ちっくしょう、あはははははは・・・・・」
そのまま、気を失った。発狂寸前だった。
彼女も、あの余りにも途轍もない魔術の魔性に魅せられてしまったのだ。
「え・・・・・・あれ・・・?」
無論、夕映も何が起こったか分からず、そして恐怖に襲われた。
そうなのだ、何が起こったか何も分からない。それは即ち、対策が立てられないと言う事だ。
理解できないのは、魔術師にとって何よりの恐怖なのだ。
それ以前に、次元が違う。桁が違う。立っている位置が違う。
「ゆえ、ゆえ!! しっかりして!!」
「え・・・」
のどかに体を揺さ振られて、漸く意識が戻った。
どうやら、放心状態に居たらしい。
「ああ、千雨殿。大丈夫でござるか!?」
楓の声が聞こえた。
「あ、ああ・・・」
気を失った千雨もすぐに正気を取り戻して起き上がったようだ。
「大丈夫、私は大丈夫ですから・・・」
そっと、のどかの腕を掴みながら、夕映は呟いたのだ。
「はははははははは!!!
そうら、羞恥心に塗れろ!! イチジクの葉で体を隠せ!!! 汗水垂らして働くが良い!!!」
魔王は喜劇のように高らかに嗤う。
彼女が何をしたかと言うと、口で言うのは簡単だ。
創世記の、“楽園からの追放”。
彼女はあの魔術が発動する瞬間に、黄金の光を帯びたリンゴをアスモデウスに投げ付けたのだ。
それにより、原罪の魔術が発動する。
そのリンゴを食した者は、原罪を浴びるのだ。
当たるだけで良い。
皮膚吸収で体内に取り込める至極のリンゴだ。
そしてこの地球を“楽園”と定義し、そこへのあらゆる干渉を断絶させたのだ。
それが、“楽園からの追放”。
その瞬間から、アスモデウスはこの地球上に存在する蟻一匹ですら殺せなくなってしまった。
出来ないとは言わないが、流石に何の準備も無しに地球を破壊し切るほどの大魔術を止める事は出来ない。
だったら対象を限定してしまえば良いだけの話だった。
それだけではない。
モゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!
ゴガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!
メギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!
アスモデウスが、潰れていく。
地球の大気が、あの魔神を拒絶しているのだ。
風が吹く。
それだけで魔神が鉄の壁に押し潰されたかのように潰れるのだ。
そう、この地球が、この星が、魔神を拒絶している。
この自然全てが、魔神と敵になったのだ。
「えい☆」
魔王は、指先で魔神を突付いた。
何の魔力も力も篭っていない、ただ触れるだけのような突付きだ。
それだけで、―――――――――魔神は全身を大気に抉り取られながら地球の外まで弾き飛ばされるように放逐された。
「地獄でシャイターンによろしく言っておいておくれ。」
そして魔王は、自らの体から木製の剣を引き抜いた。
ただの木剣だと思うな。
これこそ魔王の手によって復元された神をも殺すヤドリギの剣、ミスティルテインである。
そして、同系列にして同質の矢―――全く同じく神バルドルを殺したと言う伝承を持つヤドリギの矢を、同時に投げはなった。
魔性に反転しようが、神を殺す剣と矢が、魔神を切り裂き射抜き、そして殺した。
そして実態を保てなくなったアスモデウスは、強制的に魔界へと送還されたのだ。
血潮の如く流れた瘴気すら、ヤドリギの神性にて浄化されて、初めから存在しなかったかのように、魔神は消滅した。
「・・・・・・・・・あぁ!!」
そこで、魔王は気付いた。
供物にするはずであったのに、ぶっ殺してしまったのだ。
「・・・・・どうしよう?」
「僕に聞かないで下さいよ。」
オリビアはユピテルが苦労人になっているレアな光景を眺めると、おぞましい何かを感じ取って背後を振り返った。
それは、生物学的な観点から見れば、―――――喜んでいた。
しゅるしゅる、と触手のような植物の蔦や蔓を収納しながら、収縮し、最終的に蚕の纏う様な繭へと変貌した。
醜かった外見もここまで落ち着けば、見れた物だ。
ちなみに、その際に二つほど人影が湖に落っこちた気がするが、その辺は二人の名誉の為に見なかったことにしておこう。
「おやぁ、予想以上に早くボクの意識が覚醒しているようだね。
自らの時間を急速に早めて魔力を回復しているみたいだね。ボクって生殖魔術得意だから成長速度を操るくらい簡単さ。」
「創世記に出てくる“知恵の木の実”を生殖魔術で再現できるのは、得意ってレベルじゃないような・・・・」
オリビアは思わず、大いに喜んでいる魔王陛下を見ながらため息を吐いた。
あれは、概念を読み解くオリビアにも理解しようとすれば頭が逝かれる類の代物であった。
と言うか、今の話が本当なら、不老不死であるこの魔王は使ったそばからほぼ無限に魔力を回復できるのではないだろうか?
反則にも程があるだろう。オリビアはもう考える事を止めた。
そして、この魔王陛下はなにやら瑠璃色の光球を作り出す。
これもまたオリビアにすら理解できない難解な術式だ。
「術式名“我ハ、此処ニ在リ”を展開する。
ウェルベルハルクの言っていた理論が正しければ、これで時を越えられるはずだ。」
そして、それを魔王の繭に投げ入れた。
すると、何処からとも無く時計の音が聞こえた。
くたくちくたくち、くたくちくたくち……
くたくちくたくち、くたくちくたくち……
ちくたく、と秒針が進む音がする。
これは人間の認識できる範囲で時間の流れを音にしたものだ。
ならば、くたくち、とは秒針が戻る音に違いない。
くたくちくたくち、くたくちくたくち……
くたくちくたくち、くたくちくたくち……
時が、巻き戻るのがオリビアには見えた。
いや、もっと正確に言うのならば、それは“移動”だった。
時間移動。
あの大魔術師、『黒の君』にすら不可能であった、過去への渡航。
それを、この魔王は彼の齎した理論で成し得てしまった。
「・・・・・・・どうやったんですか?」
ユピテルは、開いた口がふさがらないようだった。
彼のこんな表情を見るのはオリビアも始めてである。
「アルファベットを数えるようなものだよ。
ABCDEFGってね。だけど、ボクは今Gを数えたけど、実はGの後にAは在ったんだ。これを時間の流れに例えるんだよ。
ABCDEFG“A”HIJKってな感じに。すると、そこに矛盾が発生して、時間の接続がおかしくなる。
故にBCDEFG“A”HIJKは、“A”BCDEFGHIKと、修正される。それを利用したんだよ。」
得意げに話す魔王様。
「・・・・・オリビア、砕いて言うと?」
「ええと、つまり、私が産まれる前に私が“居た”と言う事にして、その時間へ飛んだってことですよ。
そもそも産まれていないのに、“どうして存在していたのか”、と言う矛盾をどう攻略したのかはわかりませんけど。」
故に、ウェルベルハルクは時間移動―――過去への移動が不可能であった。
そもそも存在していないのに、存在していると言う、矛盾。
引っ繰り返してしまったお盆の上の水と、お盆の上に水が存在すると言う状態が同時に存在する、矛盾。
そんな事が出来るのは、それこそ法則を管理する事の出来る神サマ以外の何者でもない。
「だって仕方が無いだろう?
ボクはこの世界を五万年以上前の時間軸に、今日この日に放り込まれた。今日のボクに。」
自分でも説明の仕様のない、とでも言うように魔王は肩を竦めた。
パラドックス。
時間的矛盾の円環。
それは正しく『∞』の字の如く、永遠無限に掘り返しても真実に辿り着けないヒトの限界。
何のことは無い、この魔王は神の奇跡など用いていない。
“本当に”過去に存在していたのだ。
今日、この日に、この時間に、この時に、その時間へ移動する事が決まっていたのだ。
故に、それは矛盾ではない。ただの事実である。
そして、気の遠くなるような時間を経て、今日、この日に、この時間に、この時、自らの半身を過去へと送った。
その、繰り返し。
むしろそれをしなければ、この魔王の存在が矛盾とされて、消滅していただろう。
だから、この魔王はユピテルに助力を依頼したのだ。
万が一にも、不備が無いように、と。
事実を嘘にしないように。
事実を事実の通り、なぞっただけなのだ。
誕生祭にして復活祭。
その意味が、今漸くして分かった。
「ふん、どうせ今頃ウェルベルハルクの奴は実験が成功したってほくそえんでいる事だろうさ。
これで正真正銘、奴は完全無欠になってしまった訳だ。まぁ、五万年前から分かっていた事だけど。」
「それは在り得ません!! 過去に存在していると言う矛盾を、幾らかの魔術師とて・・・・」
オリビアが否定するが、いいや、と魔王は首を振った。
「―――――――この世界に限り、その矛盾は容認されている。
恐らく、矛盾を指摘する呪詛でも仕掛けない限り、その修正作用は発揮されないだろうさ。
・・・・・・・・奴は、紛れも無く天才だよ。
例えるなら、火の法則が存在しない世界で、車を作ってしまったようなものだ。
魔力の性質を解析するだけで、奴は過去への時間移動の方法を導き出したのさ。・・・それが可能か不可能かは、別としてね。」
しかし、この世界に限ってその制約が無いと、今この魔王が証明してしまった。
ウェルベルハルクの悲願である、“万能なる究極”の達成を見た歴史的な瞬間だった。
彼が出来るとか出来ないとか、そんな事は些細な事だ。
――――――――彼は、正しかった。
元世界に戻ったとしても、環境的に差異の無いこの世界で成功したのならば、それは同じだ。
彼の理論は完璧で、それを実施できる環境で成功し、それを証明した。
彼の名声は、揺るぎの無いものと成るだろう。それこそ、永遠に。
彼は、“絶対”を体現したのだ。
もはや、ユピテルもオリビアも、その魔術に対する執念にため息を漏らす事しか出来なかった。
「さてと、これでパーティも御開きだね。ご苦労様でした。
お疲れ様~~・・・・・・・って、訳には行かないみたいだね。」
と、それはまた唐突に現れた。
「――――――――ハッハァ!!! 今宵のソウルイーターは、上質の魂を欲しがっていやがる!!!!」
血塗れの魔剣士が、ユピテルと魔王目掛けて魔剣を振り下ろしたのだ。
夜は、まだ終わらない。
「おめでとうございます、大師匠。」
「ん? ああ、そうだね。」
先ほど狂死した死体を回収しに来た“メリス”が、教会を訪れていた。
ウェルクは、―――――ウェルベルハルク・フォーバードは、詰まらなそうに星空を眺めていた。
もう、あの悪夢のような星空は消えていた。
オーネはさよを用意された家へと送っているので居ないので、今は彼女と彼だけだ。
「情報規制、ありがとうございます。」
「気にすることは無い。神秘の秘匿はこの世界じゃ常識だろう。
“あれは神秘ではない“って認識を世界中にばら撒いておいたから、麻帆良の結界よろしく世界中の誰もがあれをただの自然現象だろうと思うはずさ。君も僕の事を知っているのに最初は分からなかっただろう? それと同じ術式だよ。
強制認識の魔術はやり過ぎると効果が薄まるから緊急措置だけど。」
と、なんでもない風に、彼は言う。
だけど、“メリス”はその魔術の凄まじさに言葉を失うしかなかった。
あの魔神でさえ巨大な魔方陣を使用したのに―――そう言う特性の魔術であったが―――、彼は呼吸をするようにそれを行う。
これが、“絶対性”と言う特性。
唯一神にのみ許された絶対的な霊格に至った、魔術師の力。
だから“メリス”は彼に対する畏怖の念を忘れた事は無い。
「何か祝いの品でも送りましょうか?
過去への時間移動の証明に成功し、始祖の悲願を達成した祝いに―――――」
「要らないよ。
だいたいそんなものに何の意味があるのさ。」
しかし、ウェルクはそんな言葉を突っぱねた。
まるで、本当に無意味な事であると思っているかのように。
「・・・・・・・・・・」
今度こそ、“メリス”は絶句した。
これほどの偉業など、取るに足らないとでも言うような衝撃を覚えたのだ。
彼女には、この少年の姿をした魔術師が何を考えているのか、まるで想像も出来なかったのだ。
「そうさ、何の意味がある。
たかが過去に戻れる程度の事で、何が素晴らしいんだか・・・・・」
誰も居なくなった教会の一室で、彼は独り、呟いた。