翌日、いのはナルトを呼び出した。場所は忍者アカデミーから少し郊外にある第8演習場。今日は休みではく、授業がある。さぼっているのはこの二人だけ。決して邪魔が入る事はない。少しの間、二人は無言で対峙していたが、いのが最初に切り出した。「遠い言い回しは嫌だから率直に言うわよ」真剣な表情のいのに対して、ナルトは困惑な表情を浮かべていた。その原因は昨日夜遅く訪ねてきた人物だった。―こんばんわ。夜分遅くすまないね。「おっちゃん、どうしたんだ?こんな夜遅くに?もしかして仕事?」―いや、違うよ。今日はちょっとお願いがあって来たんだ。「お願い?おっちゃんの頼み事なら大抵の事は大丈夫だけど…」―その言葉を聞いて安心したよ。…実はね、私の娘がナルト君の素顔を知ったみたいなんだ。「その娘って『いの』って言うんだろ?」―知っていたのかい?「ああ、シカマルが教えてくれた。…で何なんだ?そのお願いって?」―『暗部の掟』を破って欲しい。「何だそんな事か。大丈夫だって、優しくしてくれたおっちゃんの娘を傷物にするわけないだろ」―まあ、傷物にしたらナルト君に貰ってもらうけどね。「おっちゃん…その冗談笑えないってばよ」―動揺してるね。口調が表の時になってるよ。『暗部の掟』―それは仮面の下の素顔を見た者は誰だろうと消す。他にも色々とあるが、今回はこの事を言っているのだろう。「私見たのよ。あんたがミズキ先生と3人の暗部達と戦ってるのを!」「何言ってんだってばよ。アカデミー生の俺が何で戦わなきゃいけないんだってばよ。」今のナルトの表情を見れば誰もが騙されてしまうだろう。しかも筆記、実技の成績はダントツのドベである事が余計に拍車を掛ける。「あんたが忍者アカデミーの生徒じゃなくて、本当は暗部だったら?」「は?俺が暗部?だったら里のみんなが暗部になれるってばよ」大声で笑いだすナルト。しかし、いのは先程と同じく真剣な表情だ。「私が見たあんたの動き…普通じゃないわ。中忍に気付かれずに起爆札を設置、3人の暗部の背後をいとも簡単に取った抜き足…」ナルトの正体を見極める為に、次々に根拠を並べていく。「影分身の術だってそう簡単に使える代物じゃない。ダメージを受けたら普通は消えるはずなのに、くないが胸に突き刺さっても消えなかった。しかも血まで流した…半端なチャクラじゃあんな精工にはできないわよ」ナルトは感心していた。状況を把握し、自分の動きを分析する観察眼。術の特性をよく理解している知識。「誰かが俺に変化していた可能性もあるってばよ?」「それはないわね。あんたに変化しても何の得もないじゃない?」「俺が相手だと油断するとか…」「最初に先生と対峙した時、あんた今と同じ口調だったわ。でもその後、口調が変わった……違う、『戻った』のよね?」『戻った』―それは今のナルトが演じている姿で、裏の顔が本当だと言っているものだ。(さすが、おっちゃんの娘。ちょっと舐めてたかもしれないな)「先生の言ってた『化け物』って言葉。」ナルトの肩が少し揺れる。「ナルトが言ってた『俺の腹の中にいる【あいつ】』。そんな事、変化している人間が言うはず……っ!」いのは最後まで言う事が出来なかった。とてつもない殺気がいのを襲ったからだ。無言で睨み付けるナルト。物心つかない幼い頃から何度も、飽きる事なく言われ続けられた言葉。その言葉を発した大人を何度、消そうと思った事か。だが、その度に三代目火影に止められた。『化け物』その禁句に反応して殺気を放つのは条件反射になってしまっていた。「それよ!その殺気!首の後ろがチリチリする感じ!姿形は変化出来ても、殺気までは真似できないわ!」自分の中にあった仮説が確信に変わる。やっぱり、私ってば凄いわねー。そう思ういのだった。「ぷっ、くくく………」やや俯き気味なので表情はわからないが、肩が震えているのが目に見える。(俺に殺気を出させる事も計算の内か…)「ど、どうしたのよ?……ナルト?」「お前、凄ぇな。さすがおっちゃんの娘だ」いのは驚いた。何故なら、眼の前にいるナルトが別人に見えたのだ。金髪碧眼なのは当たり前だが、口調・雰囲気・表情が違う。「お前の推測通り、俺は『暗部所属第零部隊』のうずまきナルトだ」忍者アカデミーで見た、成績最低・万年ドベ・落ちこぼれとは掛け離れていた。「暗部所属…って、ならどうして忍者アカデミーにいるの?あんた強いんでしょ?」「……カモフラージュの為にな」「カモフラージュ?何の為に?誰から?」敵の攻撃から身を守る為に、姿を隠す事を示す。暗部の少年が身を守る程の相手とは?「里にいる全ての奴からだよ」「へ?」拍子抜けした声を上げてしまったいの。「俺の腹の中に何がいるか知ってるか?」「ううん。それだけは幾ら調べても駄目だった」誰も『化け物』の名前を口に出さなかった。それだけ忌まわしいのだろう。「ガキの頃から何度も殺され掛けたからな」「それが何の関係があるの?」「なまじ力があると、人はその存在を消そうとする。俺のような奴は特にな」ナルトは静かに語り出した。「だから自分を害の無いように演じてたんだよ。 こいつは弱いから、何も出来ないから、別に大した事ないから… そう思わせとけば悪口とかだけで済むからな」「あんた強いんだからやり返せばいいじゃない?」「少し頭を使え。お前の言った通り仕返しでもやって見ろ。奴ら徒党を組んでやってくんだぞ」「だから、自分を弱く見せてたのね」「まあ方法は後二つ程あるけどな」「二つもあるの?」「ああ、一つは俺が死ぬこと…」「なっ!」いのの瞳が大きく見開いた。「でもそれは不可能なんだよなあ」そう言うとナルトはくないを取り出し、自らの手首に刃を当てる。そして次の瞬間、真っ赤な鮮血が勢い良く飛び散った。「ちょ、ちょっとあんた!何やってんのよ!?」突然の行動に驚くいの。止血しようとハンカチを取り出し、ナルトの手首に巻こうとする。だが、ナルトはそれを制した。「まあ、見てろって」かなりの量の出血なのだが、痛がる様子はない。それ所か何度も見飽きたと言ったような表情をしていた。勢い良く噴き出す血が徐々に納まっていく。そして完全に血の流れが止まり、傷口が見る見る内に塞がっていく。「う、嘘でしょ…」ただ一言。それだけしか言えなかった。「俺は死ねないんだよ。腹の中にいる『こいつ』のお陰でな」手首の周辺に付着した血を拭い、具合を確かめる様に手を振る。「これで解ったろ?俺が化け物だって…だからさ……」少しだけ沈んだ声。「もう俺に話し掛けない方が良いってばよ。 お前まで変な風に見られて悪口言われるってばよ」口調が変わっていた。嘘の自分を装っている口調に。「え、ナルト?」自分の事を気遣う言葉にハッとしてナルトの方を向く。しかし、いのの瞳にはナルトの背だけが映っていた。「でも結構嬉しかったってばよ。 …こんな俺でも気に掛けてくれる奴がいる。それだけで十分だってよ……」―ありがとな…いの。そう言って振り向いた少年の表情は笑顔だった。女であるいのが、見惚れてしまうほどの綺麗な笑顔。そして、ナルトは走り去って行った。いのはずっと背を見つめていた、見えなくなるまでずっと…。「こんな事…こんな事あんまり信じたくないけど…」ナルトの笑顔を見た時、不覚にも胸がドキドキと高まった。「私…どうやらナルトの事…好き…になっちゃったみたい…」心も身体もサスケ一色だったのが、今ではナルトが徐々に侵食していた。「おい、ナルト。昨日はどうしたんだ?」「別に何でも無いってばよ」翌日、隣の席に座っているシカマルが怪訝そうに声を掛けた。昨日休んでから明かに変だ。だが、シカマルはそう深く詮索しなかった。それから暫くして、担任のイルカが出席を取りいつもの授業が始まる。いつもの様にヤる気のなさそうなシカマル。いつもの様に昼休みまで爆睡を決め込むナルト。いつもの様にそれを注意するイルカ。いつもと同様の授業風景。だが、その日。少しだけ、ホンの少しだけいつもと違った。それは昼休みの時間だった。