孫堅がすでに死んでいるというミステリー。
孫策は袁術の客将となっているようなので目指せ、荊州な現状。
情報をくれた旅人っぽい人に「孫堅、孫策って女?」と問うたら怪訝な顔で是と返された。コレは本格的に性別が逆転しているらしい……狂ってやがる。
正直なところ孫家に仕官するかどうかは今後の状況次第だが、可能性が高い以上この目で見ておいて損はないだろう、孫家だけに……。
何かおかしなことをいっている気がする。落ち着け諸葛瑾。
ノリがおかしいのはきっと現在の体調が関係していて。
「ごほごほ、がふ……」
咳がひどくて呼吸がままならないし頭がふらふらする。
体調最悪。初めは風邪だろうと甘く見たのが間違いだった。風は万病の元、決して馬鹿にしてはいけない。
こんな事なら早めに医者に行っておけばよかったなぁ……先に立たないからこそ後悔なのだが、この教訓は必ず次回に生かそう。
次があるのか。
ふと、そんな不吉な考えがよぎる。『見知らぬ地』、『一人旅』、『体調を崩す』。全てそろうとかなり心細いと知りました。
実のところ体調自体は水鏡先生に引き取られた直後に比べれば大分ましなのだが、あの頃はただ寝ているだけでよかった(正確には意識が無かった)。対して今は一人だ。寝ているだけでは誰も何もしてくれない。
寂しいと死んでしまうウサギの気持ちがが少し理解できてしまったが、何に役立つかは現在調査中。
いや、ウサギなんてどうでもいい。
今俺に必要なものは医者だ。路銀にあまり余裕は無いが、そうは言ってられないか。金を後生大事に取っておいて死んでしまっては元も子もない。
医者に……。
…………。
今一瞬意識とんだぞ。
冗談じゃない。しかも気づいたら大地にキスしてた。
オーケー、まだ大丈夫だ、ただ天と地がひっくり返っただけだ。大した事じゃない。とりあえず立て、俺。
体に残る全エネルギーを振り絞り重力に逆らわんと足掻く。
くそ、100倍の重力とかかかってないか? アニメ的描写だと世界が赤くなってるぞ。
何とか苦労して起き上がるが、その瞬間ぐらりと視界が回る。
……医者まで…………。
最後に残った意思は懸命に足を動かすが、身体が「や、無理っす」と言う事を聞かない。
まずひざが落ち、まずいと思ったときには体勢を立て直すことは不可能だった。
あーこれ、やばいな。
他人事のように緊張感の無い考えが浮かび、視界には地面が近づいて――。
「ちょっと貴方――」
誰かの声がした気がするが、幻聴だろう。
………………。
…………。
……。
目を開ける。
知らない天井だった。
――っ!?
がばっと起き上がり、身体に力が入らず布団に崩れ落ちる。
何で? 布団? ……知らない天井だ。
いやそれはもういいから。
自分で突っ込んで活を入れると少しばかり頭がはっきりとして、知らないのは天井だけじゃない事が分かる。ここどこだ?
まったく繋がらない記憶と現状に混乱しながらゆっくり視線を動かすと、備え付けの机に見覚えのある袋。
よかった。起きたら別の世界にいました、的な事態は回避されたようだ。さすがに二度も体験したくない。
しかし、するとここはどこだ? 分かっているのは水鏡私塾ではなことのみ。
はて、と途方にくれている俺の耳に部屋の外から響く足音が近づいてくる。
やがて小さな音を立てて扉が開くと一人の少女が入って、いや二人だその後ろにもう一人何故か俺を睨みつける怖そうな女が続いていた。
「目が覚めたのか」
そう言って微笑むのは前に立つ長い桃色の髪の女性。
「えーと」
桃色の長い髪といえば劉備さんがそうだったけど違う。なんとなくパーでほわほわしていたあの人とは違い少し緊迫した空気を纏わせている。つまり、知らない人だ。
目が覚めたばかりの混乱から立ち直っていない俺はただ首を傾げる事しか出来ない。
「蓮華様が散策の途中で倒れていたお前を見つけたのだ」
俺の考えを読んだのか、後ろにいた髪の短い人が簡単に説明をしてくれた。目つきの割りに実はいい人?
「それはなんとも……」
つまり道端で倒れた俺を拾ってわざわざ面倒を見てくれたらしい。いい人だ、近年まれに聞く良い話。全俺が泣いた。
待て待て、泣いてる場合じゃなくて言うべき事があるだろう。
「助けていただいてありがとうございます。私は諸葛瑾。字を子瑜といいます」
助けてもらったらありがとう。コレ常識。
心温まる人情に俺の胸も温かくなる。
「そうか、私は――」
俺の礼にうなずいた後、蓮華と呼ばれた女性は口を開いた、のだが。
「む?」
どこから沸いて出たのか、第三の女が目つきの悪い人に耳打ちしていた。
やがて話を聞き終えた目つきの悪い人は先ほど蓮華と呼んだ髪の長い人に近づく。
「蓮華様――」
何か用事が出来たのだろうか? そう言えばこの人たち何する人だろう?
正直なところ目の前で内緒話はあまりいい気はしないが、この場合俺が異分子だ。文句を言う筋合いは無い。
「すまない、少し用事が入った。まだ体力も戻っていないだろうからこの部屋でゆっくりしてくれ」
「あ、はい。何から何までありがとうございます」
まだ動くにはつらいのでその申し出はありがたく頂いておく。
見知らぬ俺にこんなに良くしてくれるとは、世は乱れているがこういった人情はあるとこにはあるんだなぁ。
………………。
…………。
……。
遠ざかる二つの足音を聞きながら俺は全身の力を抜き布団に身体を預けた。
あの二人、もしかして忙しい人たちなのか、それなのに俺を見に来てくれたのだろうか? だとしたらやはりいい人達だ。
次に視線を部屋に向けてみる。
なかなかに立派な部屋だ。豪華絢爛というわけではないが、つくりのよさが伺える……素人目の判断だけどな。こんな家に住むあの人達は一体何をしている人なんだろう? お付の人っぽい目つきの悪い方が蓮華様と呼んだわけだからピンクの人はこの家の娘なのだろうか?
分からない事は沢山あったが、やがて答えの出ない問答に飽きた。
そこでようやく俺自身に考えが回ってきて、
しかし運が良かったな。あのまま死んでいてもおかしくない状、きょう……。
待て、今までの経験から言って俺にこんな幸運が振って沸くか? 色々あっただろう、思い出せ諸葛瑾。思い出したならば理解できるはずだ、こんな幸運が我が身に起こる事などあるわけが無いと。
そう、つまり……答えはノーだ。
とすれば一見ラッキーとしか言いようの無いこの状況も実は何らかの落とし穴があって……。
…………!
まさかとは思うが法外な値段を吹っかけられて、払えなかったら身売りしろとか言われたり。
はは、まさかな。いくらなんでもそれは無いだろう。そもそもそんなことを考えては善意で俺を助けてくれたあの人たちに失礼だ。
うん、だからあまり長々と長居するのは悪いな。意味が被るくらい悪いな。御礼と払えるだけの謝礼を受け取ってもらってここを出よう。可及的速やかにここを出よう。
………………。
…………。
……。
「蓮華様、何故あのような者を?」
「思春……。何故といっても、あの状況で見捨てるわけには行かないでしょう?」
あの男、つまり諸葛子瑜と名乗った彼のことだろう。思春らしいと思いながら蓮華は本心を包み隠さず話した。
「それはそうですがあのように不審な男を連れ込むなど」
「その言い方は止めて欲しいのだけど」
何かいかがわしい事をしたような響きだ。
「身なりはしっかりしていたから見聞を広めに旅をしている書生じゃないかしら?」
「そのように扮した密偵やもしれません」
「姉様ならともかく私を? ありえないわ」
そう言って蓮華は自嘲気味に笑う。
「そのような事はありません! 蓮華様はいずれ孫呉を継ぐお方!」
思春の強い口調は強く、彼女が本心でそう思っていると分かる。
「その事は分かっているしその為の努力なら惜しんでいない」
でも、それはあくまで将来なりうる可能性であって、現実に対処するために必要なものではない。
「今は孫呉を蘇えらせる段階よ。それは私などには到底出来ない事……」
自分に姉のような麒麟児と呼べる才能は無い。その事は蓮華自身が一番良く理解していた。
今孫仲謀がいなくなっても孫伯符さえ存命ならば孫呉の再興は成る、それは動かしようの無い事実だ。少なくとも蓮華はそう思っている。
「とにかく彼を見つけたのも何かの縁、人の縁は大切にしないといけない」
そう言って蓮華はこの話はここまでとばかりに口を閉ざした。
それが仕組まれたものではないのか。
そう言おうとして思春は思いとどまった。
柔らかな物腰に反して彼女の主は頑固だ。このまま反対しても結果は変わらないだろう。
しかし思春は諸葛瑾という男を信用できない。
……ならば。
………………。
…………。
……。
やがて先ほどの部下がもたした"仕事"が一段楽したとき、思春が再び諸葛子瑜という男の話を持ち出してきた。
どうにも彼女は立場的にも性格的にも他者に対して疑いの視線を向ける傾向が強い。
それでもその気持ちが主を心配するものであることを理解しているので蓮華は続きを促す。
「まともな精神のものならばそう長居をしようとはしないでしょう」
「それは……そうね」
もともと孫家に関係のある人物ではない。身体さえ癒えればここに居座る理由も無いだろう。
「もし何らかの理由をつけて滞在を伸ばそうとするならば……」
なるほど、そういうことか。蓮華は思春の言わんとすることを理解した。
確かにそうならば少し考える必要もある。
その時どうするか。
話がそちらに移ったとき、一人の部下が蓮華に一礼して近づいてきた。
「仲謀様」
彼女は今話している男の世話役を命じていた筈だ。
しかし、今の彼女の表情は……困惑?
「どうした?」
「諸葛子瑜殿がここを出るのでお二人を呼んで欲しいと」
もう?
いくらなんでもまだ身体はいえていないだろうに。よほど急ぎの用でもあるのだろうか?
怪訝な表情を浮かべながらも蓮華は小さく微笑む。どうやら思春の考えは思い過ごしだったらしい。
見ると彼女は、どこか憮然とした表情をしていた。
………………。
…………。
……。
「いえ、急ぎの用が無いのならば……」
法外な値段を吹っかけられる前に、ではなくあまり長居をすると迷惑になるので早めにこの家を出ようと試みた俺だったが、何故か先ほどの二人の女性と長話をする羽目になった。
まずい、まずいですよ。気のせいか引きとめられているような……。
これはもしや本格的にそっち方向か? 俺が大金を持っていないことなど一目で分かるだろうに……この時代で臓器と言う事は無いだろうから、やはり目当ては労働力か? 冗談じゃない。俺の体力など金の次に無いぞ。
俺がここから出るというと、蓮華と言う少女がまだ病が癒えていないだろうと返す。
いい人だった、あまりにいい人過ぎてひねくれた俺の目には怪しく映るほどに。
その後勃発した帰る帰さないの問答。
何がどうなってるんだ……。
………………。
…………。
……。
「まったく」
表向き無表情にその場に立っている思春だったが心の中では大きなため息をつく。
外を見ると日が落ちようとしていた。
未だここを出ようとする諸葛瑾という男を蓮華様が引き止めている形で続く討論に終わりは見えない。
熱くなるのは蓮華様の悪い癖だ。
すでにこの男を引き止める理由は彼女の意地に変わっている。
出て行くというのならそれでいいではないか、そう思春は思うのだがすでに当初の目的など忘却の彼方。目の前の男も困惑している……いや何故か顔色が悪くなっている?
とはいえ思春もこの男が密偵の類という考えは9割方捨てていた。もしそうならばここまで頑固に誇示する必要は無い。
故にこうして主の好きにさせているのだが。
「埒が明かないな」
二人には聞こえないように注意しながらつぶやいた。
「蓮華様」
「――って、少し待って……何思春?」
「このまま言い争っていても埒が明きません」
「それはそうだけど、彼かなり頑固で」
それは貴女もでしょう。
忠実な家臣である思春は思ってもそんなこと口には出さない。
「とりあえずはこの男をここにとどめる事が肝要かと」
「何か考えがあるのか?」
「――はい」
………………。
…………。
……。
なにやらまた目の前で二人が内緒話を始めた。
何故にここから出る事をこうまで拒絶されなくてはいけないのだろうか。もしかしたら俺にかかった治療費が高かったのかもしれない。
それならば何とかして払わないといけないなぁ。
問題は俺の予想があたっていた時……もしそうならば、最悪だ。
「子瑜殿、一ついいか?」
「……何でしょう」
「今貴方に出て行かれるといささか困った事態になってな」
そう言うと蓮華という少女はいたずらっぽく微笑んだ。そう形容してよい笑顔だったのかもしれない。しかしこの時の俺には「兄ちゃん、そんな勝手はあきまへんで」と言っているように思えた。被害妄想って恐ろしい。
「えぇと、それはどういう」
恐る恐る、口を開いた俺は帰ってきた答えにスイッチオフ。
「世の中なにするんもゼニが必要なんや。どうしても出て行くと言うんやったら、あんたにかかった治療費耳そろえて返してもらおか。まぁ全額は無理やろうが、その場合は……わかるな?」
耳から入って途中で分かりやすく変換された言葉が脳に伝わった。変換の途中でおかしくなっているし何か余計なのが付け加えられてる気がしなくも無いが、大意はあってる……筈だ。
「あー、うー」
声にならない声を発しながら俺は必死に頭を働かせる。
恐れていた事態キター。しかも値段聞いてみるとすごい事になってる!?
「先ほど行くあては無いといっていたからここで働くのはどうだ?」
しまった!
行く当てが無い=ここで使いつぶしても大丈夫。
この人たちにとってはカモがねぎしょってきた状況か!
いやまて、治療費を出してもらっている関係でその分働くというのは間違った論法じゃない。決めてかかるのは早計だ。治療費に関しても相場に詳しくない俺に判断できる事ではない。
そうだ、何も悪い方悪い方に考える必要は無いじゃないか。
なのに気分はまな板の上の鯛。
もうどうにでもなれ。とりあえず話しを聞いてみよう。
「えーと、それじゃあ」
あー、蓮華っていうのは真名だよな。呼んだらまずい。どの位まずいかと言うと相手によっては命に関わる程度に。
「あぁ、そう言えば名乗っていなかったな。私は孫権、字を仲謀」
…………あれ?
「すみませんもう一度いいですか?」
「別に構わないけど……孫仲謀だ」
孫権、孫仲謀…………呉の皇帝じゃないか!
それじゃあこっちの人は?
「甘興覇だ」
甘寧! 鈴の人だ!
え? じゃあ、どういうこと?
ここで考えられるパターンは二つ。
パターン1、名前を孫権というヤクザな人。
パターン2、いや全ては俺の勘違い。
正直パターン2であって欲しい。
しかし、史実で人攫いしに海の向こうまで兵を送るなんていう読んでた俺もびっくりな戦略をとった前科(?)がある。そう考えるとむしろさらに怪しい。
そして今現在の問題は孫権さんが俺にどんな仕事を課すのかという所。話によっては何とかして逃げなくてはいけない。今の彼女にはそれほど力は無いだろうから、恐らく逃げられるはずだ。
もっともそうすると呉に仕える可能性は限りなくゼロに近づくのだが。
俺は神に祈りながら、何事か思案している孫権さんの言葉を待つ。
「そうだな、とりあえず……」
………………。
…………。
……。
孫仲謀様に仕えるようになって1週間がたちました。
結論から言おう。間違ってたの俺。そもそも俺にかかった治療費マジで高かったんだよ。
そして何より孫仲謀様、すごくいい人だった。治療費に関しても俺を引き止める口実で実際に受け取る気は無かったらしい。もっともちゃんと返してるけどね。受け取ってもらえるまでに一苦労あったが……。
この人が将来海の向こうまで人攫いに行くのなら命をかけて止めてみせよう。それが恩というものだ。
ていうか助けてくれた上に職までくれるなんて……。妹達が軍師として働いているのに兄・無職、というな情けない事この上ない状況からようやく脱する事が出来たよ。やったね!
「な、何故拝む!?」
おっといけない、嬉しさと感激のあまり仲謀様に後光が射して見えた、反射的に拝んだ俺を誰が責められるであろうか。
「いえ、助けてもらった上に職までもらえるとは。今俺の胸は感謝の言葉でいっぱいなのです」
「そうか……理由があるなら、まぁ……それでも拝むのは違うと思うのだが」
気にしないで下さい。
しかし……。
今回の事で俺の胸にはいささか不安が残った。
倒れたら孫権さんに拾われました。いくらなんでも都合よすぎやしないか? なにか得体の知れない力を感じる。
もしこれが歴史の流れだとしたら、そいつは大河だ。俺一人で捻じ曲げられるものなのだろうか?
しかし、一つだけ変えたいイベントがある、その為には……。
…………。
どうでもいいけど後ろから聞こえる鈴の音何とかならないかなぁ。