*元直その2となってますが、その1より前のお話です。
「そう言えば元直ちゃんとお兄さんはどういう風に知り合ったんです?」
「「え?」」
ふと思いついた。そんな朱里の問いに、俺と元直は顔を見合わせた。
初めてこいつを見かけたのは先生に紹介された時だがそんな事は朱里も分かっているだろう。知り合ったという意味を" 一人の個人として認識した"と置き換えると……やはりあの時か。
「別に構わないよ」
しかし、それをどう言うべきか。
そう、思考をまわしていた俺に元直は事も無げに言った。いいのか?
「今更どうということはないさ。と言っても楽しい話でもないんだけどね」
確かにその意見には同意だが……いいか。
別に隠すことでもないので、話すこと自体に拒否するような理由も無い。
「確かお前が私塾に来て4、5日位後だったか」
「6日後だね」
……細かいな。
「キミが大雑把過ぎるんだよ」
………………。
…………。
……。
結論から言ってしまうと偶然の産物だ。
私塾から出てぶらぶらと散策していた俺は記憶に残る人影を目にし、足を止めた。
特徴のある髪色は人物の特定にとても役立ち、話した事など殆ど無い俺でさえ名前との一致が一瞬のうちに完了したほどだ。
そいつ、徐庶は俺に背を向けた格好で、贔屓目に言ってもあまり柄が宜しくない男と向かい合っていた。
何となくお友達とはいえない雰囲気を感じ、妙なことに巻き込まれるのはごめんだと踵を返した俺だが、不幸というかお約束と言うか、足元の木の枝を踏み潰したことで二人に存在を知られる事になった。
頬をなでる風には3点リーダだけが乗り、静寂が妙な間を呼ぶ。
どうしよう。
このまま帰るか、親しげに話しかけるか。そんな事が頭の中でくるくる回って、動けずにいた俺を徐庶の青い瞳が射抜く。
それは間違っても友好的とはいえない視線であって、私塾での如才ない振る舞い、その時浮かべているものとは180度異なる表情だった。
とはいえ、前の世界にいた時ならば無条件で謝るところだが、ここに来て色々と耐性がついている俺だ。
その程度のプレッシャー、どうという事は無い。むしろ、そんな顔をされると逃げたくなくなってくる。
無駄かつ極めて低い確率で沸いた反骨精神が俺の足を後ろではなく前へ動かした。
正直なところ二人になんて話しかければいいのか分からないし、歩き出して3歩位したところで早くも後悔したのだが、幸いな事に近づく俺を見て男の方は舌打ちをすると背を向けて歩き出した。
やれやれ助かった。
胸のなでおろす俺だったが、徐庶の態度は未だに硬く視線は氷点下だ。
既にここに居る必要もないのでこのまま帰ってもいいのだが……帰るか?
こいつと深く付き合う予定など無いし、一時の気の迷いで当初の予定(有名人回避政策)を潰すわけにはいかない。
何しに来たんだという突っ込みは俺の胸のうちに眠らせることにしよう、永久に。
「どこから聞いていた?」
「来たばっかりだ。その様子だとかなり重要な話――」
と言うのに何故か問われた内容に対し律儀に返事をしてしまうのは21世紀を生きた日本人としての習性だろうか?
「それで、本当ののところは?」
徐庶さんには俺の返答はお気に召さなかったようで、銀色の前髪に半ば隠れた青の瞳が鋭く光る。
というかコイツ俺のこと全く信じてないな。そんな信頼関係を築いた覚えも無いことを考えれば妥当とも言えるが。
「本当に来たばかりだ。話どころか今始めて声を聞いた」
そう言って肩をすくめるも、背中は冷や汗でべっとりしてきた。何この人怖い。
男の格好からして予想は出来るが、何かヤバイ話だったのか? 白いクスリ関係だったらどうしよう。
「あいつが誰とかは正直どうでも良い……事も無いんだが、俺たちに被害が及ぶのか及ばないのかだけはハッキリさせて欲しい」
「先のことなんて分からないけど。その可能性は低いよ」
俺が嘘をついていないことを理解したのか、それとも他に理由があるのか。
俺の勘では前者の理由からだろう、徐庶は力を抜いた。
「罪を犯した僕が狙いだし、水鏡先生相手に吹っかけるほどの度量もない」
罪?
「あぁ、お友達に頼まれた敵討ちか」
しかし、あれって友達たちのおかげで助けられたんじゃないのか?
「何故知ってる?」
あ――。
迂闊だ、あほ過ぎる。
私塾のまったりした空気に染まって危機感が薄れているのかもしれない。
「一緒に生活する相手の経歴を調べるのが趣味で……」
「あまり気分の良いものじゃないね」
そりゃそうだ。俺もお近づきになりたくない。
………………。
…………。
……。
「あれ? それだけですか?」
「んー、まぁ始めはな」
「そうだね。名前と顔を覚えたのはその時だね。正直邪魔で失礼な男としか認識していなかったけど」
色々といいたい事はあるが、俺としてもお近づきになりたくない人その1だった事を考えるとお互い様なのだろう。
「何と言うか、奇妙な糸がひいてあったというか、落とし穴が口をあけて待っていたというか」
「運命じゃないかな?」
「無いだろそれは」
「…………」
徐庶と諸葛瑾の間にそんなものがあるとは思えないな。
「そ、それで! それからどうなったんですか?」
いきなり大声(普段の声量比)を出した雛里に驚きながら、顎に手をやって記憶を探る。
「えーと、なんだったか」
実のところ忘れがたい出来事だったので思い出す必要もないのだが、どう説明したら良いかが問題だ。
というわけでもう一人の当事者である元直に視線を向けたのだが。
「さあ」
考える気は全くありません的にあっさりと肩をすくめた。
何こいつ、何でいきなり機嫌悪いの?
「元直?」
「……はぁ、冗談だよ。分かっているしそもそも期待とかするのも間違いだしね」
「すみません」
何故か頭を下げる朱里。何かしたのかお前。
………………。
…………。
……。
現在私塾の外をとぼとぼ歩く俺は諸葛瑾、天才軍師・孔明の兄である。
兄であるのだが、最近妹にテストの点で負けそうな、何とも情けない事情を抱えていたりする。
兄の威厳を保つ為にも"負けそう"を"負けた"にするわけにはいかない。ならばどうするか。
簡単だ、ヤバイと感じた時は勝負をしなければいい。
上記の理由から返却されたテストの点に打ち負かされ、テスト返却後に良く見られる点数比べから逃げ出して来たわけだが、目を転じると当然のように徐庶が居た。
…………諸葛瑾と徐庶って接点無かったよな?
正直なところ諸葛瑾の一生など殆ど記憶に無いので何ともいえないのだが、多分無いだろう。
だったら何このエンカウント率? バグってない?
そもそも何であいつはまた人気の無いところに居るんだよ。
そしてどうして俺は後をつけているんだろう?
自分の行動に首を捻りながらも、歩き出した徐庶から見失なわい程度の距離の距離を維持する。
やがて礼の男が現れ、何事か話し始めたのだが。幸いな事に白いクスリは関係ないようだ。
しかし仮に関係あって、その結果あいつに何らかの不利益が生じたとしても、それは徐庶が招いた事態であって俺には関係がない。
赤の他人を心配するなんてらしくない事やってないで次回のテストに向けて勉強する方が時間を有意義に使えるだろう。兄の威厳を保つ為にも。
そう思い直して私塾へ戻ろうとした俺の瞳に一筋の光が映った。
冗談だろ? と驚愕に広がった瞳の中で男は剣を抜いていて…………流石に無視できる場状況ではないだろ。
………………。
…………。
……。
「冗談じゃない、何だあいつ」
「いるんだね、頭の中を母親のお腹に忘れてきたような人って」
色々あったが男から逃げ出すことに成功はした。最も徐庶にとっては問題の先延ばしに過ぎないのだろうが。
「頭の中まで筋肉が詰まっているんだろう」
「成る程、それは的を射ているね」
そう言って笑う徐庶だが、俺のほうには笑う余裕など無い。
「いい方法を思いついた」
笑ったままの表情である事に一抹の不安を覚えるが、徐元直が思いついた策である。聞く価値はあるだろう。
「興味深いな」
「ボクは隠れる、キミはおとりになる。あいつの剣をキミが身体で止めてればその隙をつける」
…………。
「それ、俺死んでないか?」
「上手くすれば虫の息だよ」
大して違わないし上手くやる自信もない。
「却下だ」
「残念」
徐庶は銀髪をかきあげながら全く残念で無さそうに言った。
「……ったく」
「――ありがとう」
「え?」
「流石にこの状況で礼を言わないほどひねくれては居ないよ。もちろん、時間稼ぎにしかなっていない事は理解しているけどね」
そう言って徐庶は小さく笑う。
ああ、それだけならとても綺麗な笑顔なんだろう。だ・が。
「…………後ろ半分が余計だと思うんだが」
「そうだね」
そう言うと、徐庶は元々決まっていたかのように俺に背を向けた。
その背中を黙したまま眺める俺の心中は自分自身でさえ解析不能なほどカオスとかしていた。そして――。
あー、あほな事やろうとしてるなぁ俺。
そんな一つの言葉に収束した。
客観的な視点からの声は「ソレ」を無駄だと断じた。だけど答えが既に出てしまっている以上そいつは無意味以外の何者でもない。
「どういう状況なのか話せ」
今の俺が聞くべきはそうなった経緯ではなく、今現在徐庶が陥っている状況だ。
ここで二人の間に中途半端な友情でも芽生えていたら遠慮があるのだろうが、今の俺たちにそんなものは存在しない。
徐庶が利を追求するのならば、既に事情を知っている俺のこの申し出を断る筈が無い。
仮に俺が「やっぱやめる」とか言ってもコイツが損をすることは無いのだから。
「どういう風の吹き回しだい?」
「ただの感傷。自己満足だ」
少し目を大きくした徐庶に向かってため息交じりの言葉を返す。
それを見た後徐庶は「まぁ、いいけどね」と口を開いた。
………………。
…………。
……。
友人に頼まれて敵討ちを引き受ける→役人に捕まる→友人に助けられる。というところまでは知っている通りだったが。
その事で妙な奴に付きまとわれているらしい。
「見た目通りの男だよ」
「さっきの策はともかくとして、結果的に消せれば一番楽なんだけど」
先程は直接的な排除法を述べたが、事はそう単純じゃない。
「そうだね、ただ……」
「水鏡先生に迷惑はかけられないよなぁ」
あんな男の命の重要性など論ずる必要性は皆無だが、そのごたごたを私塾に持ち込むことは避けなくてはいけない。
そうなった場合、少なくとも徐庶は私塾には居られなくなるだろう。……ソレはそれでありか?
「向こうもそのことは理解しているからね、ない頭を使ってあの手この手を考えてくるよ」
という事は、だ。
「向こうから手を引くように誘導できればいいんだよな」
「それは考えたんだけどね」
当然だな、その程度のこと徐庶ともあろう者が思いつかないはずが無い。
「とりあえず可能性をもっと広げてみよう。流石に直接的に手伝ってもらうわけには行かないけど、事情を話さない程度になら手伝ってもらえそうな奴はいるし」
一人と二人でも出来ることは大きく変わってくるだろうしな。
「そうだね、あてにさせてもらうよ」
徐庶の同意を聞いた後、手を貸してくれそうな奴を頭の中でピックアップする。
その数は予想以上に少なく、まさかこんな状況で自分の交友範囲の狭さを知る事になるとは思いもしなかった。
なんとかなる……よな?
………………。
…………。
……。
そして二日後、準備は整った。
二人で考えた策は、策と呼ぶのがおこがましいもので「本当にいいのか?」と何度徐庶に問うただろう。
現在、既に実行に移しているので、その問答の結果はいうまでも無いのだが。
今俺の目の前で徐庶と男が向かい合っている。
距離が離れているので詳細は不明だが、男は抜き放たれた剣を片手に何事か怒鳴っているようだ。
などと観察している俺の出番はまだ先だ。よってストーキング続行!
今だ男は徐庶に向かって怒鳴り続けている状況だ。頭の方は可哀想な奴だが、少なくとも肺活量はそれなりに優れているらしい。
そして、何の前触れも無く徐庶が動いた。
遠目の俺にさえ銀色の光が糸状に走った様にしか見えなかった。ただ、その結果は誰にでも分かる形で現れて……気が付いた時、男の手から剣が弾かれていた。
すごいなあいつ。徐庶といえば軍師の癖に武力が高いイメージがあるのだが、本人から聞いていたとは言えこれほどとは思わなかった。
っと、あっけにとられている場合じゃない、そろそろ俺の出番だな。
血で真っ赤に染まった衣服に身を包み、右手には同じく血に染まった弩。
靴は片足のみでその方がより"らしい"と徐庶が説明してくれた。
これが今回俺が使う小道具だ。
あとは、予定通りに。
隠れていた木の陰から出ると、俺はわざと大きな足音を立てながら徐庶と男に向かって歩き出す。
元々人が来ないという理由でここを選んだのだろう、予定通りに男は俺の存在に気付いた。
突然現れた俺に男はぽかんと、した表情でただ呆然と立ち尽くしている。
まぁ、予想外の反撃を食らってその上血まみれの女が武器を持って現れたのだからそりゃ驚くよな。
「な、なんだ……おめぇ」
「じゃ、邪魔です…………退いて下さいっ」
相手の話など聞く必要は無い。
演じるは少し精神的にイってるヒステリックな女性。
なるべく高い声を出しながら、震える右手を男と徐庶、交互に向ける。
「ひっ…………」
既に徐庶によって武装解除されている男は見た目貧弱な女の持つ弩であっても恐怖を抱くには十分だったようで、ここが一番の不安要素であっただけに俺は心の中で安堵のため息をついた。
「ど、どこかに行って下さい。すぐに!! 二人くらい殺す人数が増えたって、もう変わらないんですよ!」
「落ち着いて……何があったかは知らないけど」
打ち合わせどおりの台詞を、本当に"らしく"口にする徐庶には演技は主演女優の称号を与えても良い気がする。
「煩い! あ、貴女の言い分なんて知りません。撃たれたいならそう言って下さい!!」
言ってて穴に逃げ込みたくなる。この場に朱里と朱琉がいないことが唯一の慰めだ。
「だから、落ち着――」
とす――。
音は静寂に乗った為か想像以上に響いた。
眼前の徐庶の細い身体が2,3歩後ろに下がる。そして力なく草の上へ倒れこんだ。
「ひ、ひぃぃいいい!?」
徐庶を中心として草が赤く染まる。
それを見た男は腰が抜けたのか、大きな音を立てて尻餅をついた。
もしかして血になれていないのだろうか?
俺の方はこの血、量的にちょっと大げさじゃないか? ばれないのかこれ。などと不安を抱きつつ最速で石弓に次弾を装てんする。
男とすればこの間に俺を無力化するなり殺すなりしなくてはいけないのだが、徐庶曰く「その可能性は限りなく低いよ」らしい。
実際、男は四つんばいのまま後ろに下がるだけで俺に対して何らかの攻撃を加えようという気は全く無い様だ。
「あぁ、貴方も私の邪魔をするのですかぁああ!?」
もうどうにでもなれ。
やるならやりきってやる、とばかりに俺は叫ぶ。何か一つの境地に到達したのかもしれないし、そうだった場合ソレはソレで嫌だ。
「いいいいいぃぃいや、しない! 邪魔しない!」
やっといてなんだが、気の毒になるくらいに男は狼狽し、何度も転びながらも俺の視界から消えていった。
なんだかなぁ。
安堵が半分、何か大切なものをなくしてしまったような喪失感が半分だった。
………………。
…………。
……。
「なぁ、本当にこれで大丈夫なのか?」
男が消えた後、100程数えもう大丈夫だろうと、徐庶に話しかける。
「――――」
返事が無い、ただの屍のようだ。
「おい、じょ……」
「ふ、はは……」
耐え切れない。
そう、徐庶は全身で表していた。
肩を震わせ、声を押し殺している徐庶の姿はある意味で気の毒になるものであって、故に腹立たしいのだが怒れないという何とも煮え切らない気分を抱える事になったりするのだが。
「って、いい加減笑いすぎだろ」
「いや、だって……キミは、才能があるんじゃないか?」
「なんだそれ」
「褒め言葉だよ」
あー、そうですか。
それはお前の方だろ、と言い返しても良いのだが、そうなると水掛け論だ。
ただひたすら声を押し殺して笑う徐庶にため息を一つついたあと、俺は今回用いた小道具に視線を向ける。
大きく分けて3つだ細工した弩と木盾、そして血糊。
弩は私塾の蔵にあったものを徐庶と二人で試行錯誤したもので、木盾は説明する必要もないただの木製の盾だ(今回は防弾チョッキとして使用したが)。
血糊については朱琉に頼んだら調達してくれた。「クク……また何かおもしれー事思いついたんですか?」なんて言いながら。
正直末の妹の将来に不安を覚えたりもするが、今回に限って言えば凄く助かったから良しとしよう。
前準備として街で買った服と弩に血糊を塗りたくり、徐庶に木盾と残りの血糊を渡す。
芝居の内容は先程の通りだ。
正直何度も実験したとはいえ矢を撃つのは抵抗があったが、本当に上手くいって良かった。
「想像以上に上手くいったよ」
ようやく回復したのか、目じりに涙を浮かべている徐庶に向かって俺は先程と同じ質問を投げかける。
「本当にアレで大丈夫なのか?」
「十中八九大丈夫だよ。見ての通り自分の命をとても大切にする男だからね」
それは褒め言葉ではないのだろう。
よく観察すれば蟻塚みたいに穴が空いている芝居だと思うのだが、やはり想像だにしない徐庶からの反撃で気が動転したのだろうか?
などと風に揺れる木の葉を眺めながら考えている俺の視線の端で徐庶はおもむろに服を…………は?
「ちょ、何やってんだよ!?」
「何って……着替えるんだよ。こんな格好じゃ私塾に戻れないだろう?」
あぁ、いや……うんソウダネ。何もおかしくは無いね。
いやいやいや。
「って、どこかに隠れた方がよくないか、いいだろう。絶対いいって」
「どの道外で着替えないといけないのだから、変わりは無いだろう? 幸いキミ以外誰も居ないしね」
うん、まぁそれはそれで一見正しい判断なのだが、そこに一つ新たな情報が加わると途端に崩れたりするのだ。
しかし、ここでその情報を提示するわけには……うん、いかないよな。
あーうー、と唸る俺に怪訝な表情を浮かべつつも徐庶の手は止まることなく動いて……やがてハラリと何かの布キレが落ちる音がした。
その音に反応して目を向けた先には、色白ですらりとした……ってなに観察するように見てるんだ俺。拙いだろ。
ヤバイ……バレたらコロサレル。
私塾に通っている時点でこういう危機はあるだろうと思われるのだが、実際はトップである水鏡先生が承諾済みなので何とかなっていたのだ。
故に先生の手が届かないこの場において俺は……どうすればいいのだろうか?
「――――キミの番だよ」
「……………………は?」
煩悩退散と一心に祈っていた俺は、一瞬何を言われたのか理解ず、間の抜けた声がもれた。
何時の間にか着換え終わっていた徐庶を見て少し残念な気も……。
「は? じゃ無くてキミも血糊がついているだろう?」
ああ、そうだった。
「……この位なら大丈夫だろ」
「それは本気で言っているのかい?」
どう見ても大丈夫じゃないよね。そう見えるようにしたんだから当然だ。
「あ、ああそうだな。着替えないと拙いな、うん」
という事で徐庶から離れようとした、のだが。
「何で離れる?」
肩をつかまれ、動きを制された。
「何か怪しいな」
「そんな事は無い」
「一つ忠告するけど、無表情は過ぎると嘘を申告するようなものだよ」
成る程、勉強に――って違う!
………………。
…………。
……。
「じゃあその時に」
「…………バレた」
「自業自得です」
周りの視線が痛い。朱里も雛里両者ともに"認めたくない若さゆえの過ちを自分から話さなくてはいけない"という自爆プレイを強いられた俺に対して容赦がない。
過去の暗黒をあまりの黒さゆえに深く封印し、その深さ故に何を埋めたのかを忘れた事による悲劇だ。
不幸中の幸いは聞き手が引いていない事だが、その理由が「俺だから」とかだったら何を賭しても考えを改めさせる必要がある。もっとも、そんな訳が無いので確認はしないけどな。
「いや、正直驚いたけどね。話を聞いて納得は出来たよ」
「納得したんだったら、あの後の暴行はなしにしろって……」
正直なところはあれですんでホッとしたのだが。
「流石に男に裸を見られて平静を装える精神を持ってはいなかったということだよ、あの時のボクは」
「今なら大丈夫なのか?」
「見るかい?」
ニヤリと笑う元直。
俺は両手を上げて降参のポーズをとった。
「え、えーと。それでその事件を通じて仲良くなったんですね!」
空気を変えるというか話を元に戻す為だろう、無駄に大きな声で朱里が問うた。
「いや、流石にそれは無いよ」
「え?」
「それだけで信用するには二人ともひねくれていたしね、少なくともあの頃は」
「一緒にするなよ」
「事実じゃないか」
俺からすれば依然厄介であり、出来れば関わりたくない有名人で、元直の方では変態の女装野郎だ。
あれ? 何か俺最悪じゃないか?
「ま、あの事に関して感謝はしていたよ」
「出来ればその感謝で相殺してほしかった」
「目の保養料を加えないといけないだろ?」
そうですか……。だったらしっかりと見ておくべきだったか?
ま、過去は過去で変えられるものでもないし、変える理由としても些か情けないので身から出た錆として甘んじて受け入れよう。
そうすると、話は元直とこうして話すようになったのかに戻ってくるのだが。
「その後も色々と厄介ごとがあってわけだが……」
どう話すか、と考えた俺の耳に届く鈴の音。これは午後の授業の開始を告げる為に毎日水鏡先生が鳴らしているものだ。
「区切りもちょうどいいから続きは次回にしよう」