ふと気付いた時、俺は知らない天井を見上げていた。今思えばそれが最初に覚えた違和感だったのかもしれない。
とはいえその時俺は生後ンヶ月。何かおかしい、と曖昧に思っただけですぐに忘れた。
その後喋れるようになり歩けるようになり、そう、人は成長する。成長とは当然ながら身体だけではなく頭の方も賢くなってくるわけで。
"自分"というものを確立した時俺は改めて事の異常さに気づいたのだ。それは違和感の正体、"俺"が数年前まで21世紀の日本で大学生をしていたという事、正確に言えばその記憶をようやく歩けるようになった俺が持っているという事だ。
「…………」
少し間を取った後辺りを見渡す。
うん、どう見ても21世紀の日本じゃない。ガスも電気も水道も無いってどこの未開の地だよ!
さらに言うと今の俺、姓は諸葛、名を瑾。
あれ? 三国志?
しかも諸葛瑾! 後に呉の孫権に仕えることになる。そして何より、あの何でもかんでも自分の所為にされる孔明の兄ですよ!
俺もつい先ほど叫びましたよ「孔明の罠か!」
…………。
落ち着け俺。俺が本物の諸葛瑾ならば奴はまだ生まれていない。ならばいくらなんでも罠を作る事は出来ないだろう。
それに大事な事はこれからどうするかだ。
何故こうなったのかは知らないが異世界迷い込みではなく憑依モノであることを考慮すると、もとの時代には帰れない、のか?
もしかしたら魂(?)だけ帰れるのかもしれないが、その場合この諸葛瑾はどうなるのか……いやまぁそれはいいか、帰れるに越した事はないのだから。
問題は帰れない場合で、そうなると当然諸葛瑾としてこの時代を生きなくてはいけない。
その時は史実どおり呉に仕官した方がいいのだろうか? そすうると江東に引っ越さないといけないなぁ。
そもそも諸葛瑾って……どうせなら諸葛亮にしてくれればいいものを。簡単な経歴と地味に使える内政型武将って位しか知らないぞ。
その超有名人の諸葛亮は三顧の礼とか言うストーカー行為に根負けして劉備に仕えるだろうし、俺が呉に仕えると立場的にどこぞのチート一族・兄みたいになるんだろうなぁ。ちょうど兄弟間の知名度の差も似た感じ。
とはいってもどこぞの兄が逆境の中、家を守りぬいた様に諸葛瑾は大将軍、左都督を兼任したんだよな確か。それ考えるとかなりすごくね?
だけどなぁ……。
すごいことはすごいのだが、それら全て史実の諸葛瑾がやったこと。いくら歴史の知識があろうと二流大学生だった俺にそれをなぞれるとは思えない。転生主人公と言う事で何かステータスブーストがあればいけそうな気もするが、今のところそういった兆しはない。
浮いたり沈んだりする気持ちを落ち着けて今の俺に出来る事を考えてみる。
あるか分からないものを期待するほど楽観的ではないので今のところ歴史の知識が俺に残された唯一にして最大の武器だ……武器、なのだが。
残念な事に俺が知っているのは大まかな流れであって細かな人の動きなど分かるわけがない。そんなんで歴史どおりに事が上手く運ぶのだろうか? 世の中そんなに甘くなさそうだぞ。
こうして考えると歴史を再現するか否かの前に例え再現すると決めても果たしてそれが出来るのか? と言う問題に直面するわけだ。
無理なんじゃないかなぁ、と言う気持ちといやいや流れに乗れば後は何とかなるっしょ、と言う気持ちが半々で押し合いを演じている。
かつてこれほど深刻に何かを考えた事があっただろうか(反語)。
次第に思考は何故こんなに深刻に悩んでいるのかという方向へと舵をきった。…………あぁ、命がかかってるからか。
うん、答えは得た。大丈夫だよ――じゃない。ちっとも大丈夫じゃない。俺がこれからどうするか、全く決まってないだろ。
それでどうする?
俺は自分に問いかけてみるが、そう簡単に答えが出るならこれほど苦労はしていない。
あ…………。
そーだ、よくよく考えてみたら諸葛瑾の幼少時代とか俺知らないぞ。つまり、知らないのだからさし当たってすることはない、いや出来る事が無い。
それに諸葛瑾もこの年から明確なビジョンを持っていたわけじゃないだろう、むしろ下手に何かする方がまずいかも知れん。とりあえず俺を見てひそひそ話しをしている両親を何とかしよう。その後は7年後、だったか? に生まれてくる弟のサインをもらう。
こんな流れでいいだろう、少なくとも今の俺に出来るのはそこらが限界だ。
ていうか両親よ、俺の頭は正常だ。
………………。
…………。
……。
そして7年後、お腹の大きくなった母親を見るたびに孔明キターと心の中で叫ぶ俺がいた。時たま声帯を使って叫ぶ俺がいた。
諸葛亮。字を孔明。
簡単に説明すると。
知略100。
天下三分の計。
幾億の配管工を奈落の底へと叩き落した。
クリムゾンフレア最強。魔力だけじゃなくて隠しパラも最強。
後ろ半分違う気はするが、誰もがその名を知っているほどに活躍した俺の弟、へへ……オラわくわくしてきたぞ。
周囲が引き気味に精神的にも物理的にも距離をとる中、歴史上の偉人に会える。その事に俺は普段信じない神仏へ感謝の踊りを捧げる。
更なる誤解を360度くまなく撒き散らしながらも俺は弟の誕生を今か今かと待つ。待ち続ける。正直眠たくなってきた。
そして……。
おぎゃーおぎゃー、と甲高い声。
キター!
とばかりに飛び出す俺。それは弟の誕生を心待ちにする兄そのものだった。今までの奇行を考えなければとても良い兄だ。
一仕事終えたお産婆さんは汗を拭いながら微笑ましげに俺を見ると。
「元気な女の子ですよ」
…………あるぇ~?