【1】
コンクリートジャングルです。
グルグルなのです。
「ケホケホ……」
夜のひんやりした風が肌を撫で上げ、思わず咳き込んでしまいました。
夜半の山間部はひたすら冷えます。周囲に立ち込める靄が視界を覆い隠して、まさに一寸先は闇の状態。
霞の向こうから仄かに見える月明かりも、周囲に点在するコンクリート造りの廃墟群を虚しく照らすのみ。まったく現在位置がわかりません。
「だいじょぶですか?」
「ええ、大丈夫。少しむせただけですから」
「それはよかた」「よかよかです」「さんそのおせんはしんこくだな」「きょうもかいがんせんはじょうしょうちゅうよ」
すぐ足元からこちらを心配そうに見上げる、10センチサイズの知性体──妖精さん達の姿がありました。わたしは彼らに心配ないと微笑みます。
そう、妖精さん。
極端に短い頭身にボタン一つつけただけの厚手の外套。三角帽子を載せた頭に、ちんまい手袋とブーツ。
誰もが似たような姿をしていますが、まとう衣装は色とりどり。アクセントとしてアクセサリのようなものを、一人一人が身につけています。
わたしたち人類が初めて接触した、ヒト以外の知性体。それが妖精さんです。
かく言うわたしは、そんな妖精さんと人間の間を取り持つ専門家、国連が満を持して新たに設立した調停官だったりします。
いまだ新設されたばかりの役職ですが、人類の中でも上から数えた方が早い重職となることは確実。
所謂、超エリート候補なのです。
……実際に行った仕事は、妖精さんたちにお菓子を振る舞ったことぐらいなのですけど。
「どしました?」「さむいですか?」「さむさむ?」「あたためますか?」
「是非お願いします」
最後の発言者に縋り付き、震える手足を擦りながら待つこと数秒。
「できました」
「さすがです、妖精さん!」
目の前で盛大にたき火が焚かれていました。あまりの早業にグッと拳を握り称賛します。
「いやーてれますな」
てれてれと恥ずかしそうに頭を掻く妖精さん。彼らは総じて照れ屋さんです。
わたしは冷えた身体を温めるべく、たき火のすぐ側に腰を下ろすと、そのまま両手をかざします。
パチパチと燃え上がる炎に、モクモクと吹き上がる煙。
ふとした拍子に、意図せず煙を大量に吸い込んでしまいました。
激しくむせ返る自分の姿を予期して、胸元をぎゅっと抑えるわたしでしたが。
「……あら、苦しくない?」
むしろ、何故か口の中に広がるデリシャスな味わい。
「けむりのにさんかたんそ、けっこうあぶないので、かわりにあじをつけてみました」
「それはもう煙ですらないのでは……」
よくよく見てみると、たき火の炎はまったく揺らぐことなく一定の温度と明るさを保っています。
厳密な意味では、たき火ですらないのかもしれません。
「ちなみに、さばあじです」
どおりでちょっと生臭い風味があるわけです。
どのような原理でそんなこと可能にしたのか、なんてことを考えてはいけません。
妖精さんはとかく不条理な存在なのです。
きゃいきゃいと妖精さん達はたき火を囲み、わたしの持参したお菓子を食べながら、それはそれは楽しそうに盛り上がっています。
盛り上がる彼らを横目に、わたしは空を見上げます。真っ暗な空に、星は見えません。
現在、何度目かの大規模な文明の再編期を迎えた人類は、これまでのヤンチャを反省して、自然の復興を当面の目標に据えていたりします。
結果として、文明の力は一部地域に集中。都市部から一歩離れると、そこでは野生の王国が着々と領土を広げる光景を目の当たりにすることができます。
そして、ここはそんな野生の王国。都市部から僅かに距離を離した山間部。
生還する為の道標が、そう簡単に見つかるはずもありません。
「はぁ……どうやって帰りましょう」
はたして、わたしはお家に帰れるのでしょうか?
話の発端は、数日前にさかのぼります。