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No.536の一覧
[0] 惨劇は終わりぬ[青の旋律](2006/08/16 08:00)
[1] 惨劇は終わりぬ(その2)[青の旋律](2006/08/16 08:14)
[2] 惨劇は終わりぬ(その3)[青の旋律](2006/08/20 06:43)
[3] 惨劇は終わりぬ(その最終話)[青の旋律](2006/08/20 07:05)
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[536] 惨劇は終わりぬ
Name: 青の旋律 次を表示する
Date: 2006/08/16 08:00







「ずいぶん山深いところでござるなー」

 くわえた骨をガリガリ言わせながら辺りをキョロキョロと見回す。
 首にかけられたネックレスの宝石が揺れると、逆立った赤毛と長い銀毛のツートンカラーの髪がふわりと
風に舞い踊った。

「拙者の里と変わらんでござる」

 袖をちぎったようなボロボロ仕立ての白いTシャツ、足の片方だけ太もものところで切れているGパン。
 へそやすらりと長い足をのぞかせ、しっぽを左右に振りながら、犬塚シロが歩いていく。

「まるでここだけ時間が止まったみたいよね。……まぁ実際止まっているわけだけど」

 地図を片手に、確認するように周囲を見ている女の子がその隣を歩く。
 金髪を九つのポニーテールにまとめ、白いYシャツに薄紫のニット、薄青で膝丈のプリーツスカート、紺の
ハイソックス、茶色の革靴。
 まるで高校の制服を思わせる出で立ちはタマモだ。

「まったく、こんな村を調査しろだなんて、西条どのも腕が鈍ったでござるかね」
「それも極秘に、この日に、だなんてね」


 舗装されていない砂利の道路。
 まったく手入れされていない荒れ果てた民家。
 影も形も感じられない人の気配。


 ここは放棄された村だという。
 二人はこの村の調査を依頼されていた。

「……まぁいいじゃない、報酬ははずむって言うし、さっさと終わらせましょ」
「そうでござるな! 早く終わらせて先生と合流するでござるよ!」

 夏を目の前にした六月の下旬。
 それは蒸し暑い日の事だった。









                     惨劇は終わりぬ
 
                        1









「これでいいんですね? ヒャクメ様」

 オカルトGメン東京支部。
 シロとタマモが退出して数分後、一人残っていたスーツの男が誰ともなしに呟いた。
 薄紺のスーツをキザに着こなした長髪の男、西条輝彦だ。

 ICPO超常犯罪課、通称 オカルトGメン。
 国際警察の中にあり普通の警察では処理できないオカルト関係の事件を担当する。
 高額な依頼料が必要となるGSに依頼ができない、中小企業や低所得層の人たちのために設立された組
織でもあり、GSの公務員的な存在といえる。

「ええ、感謝するのねー、西条さん」

 西条の声に呼応するように、部屋に女性が忽然と姿を現したのは左右を跳ね上げた髪に、目のようなア
クセサリを体のあちこちに付けたスレンダーな体型の女性。
 神界で情報調査官を務めているヒャクメだ。

「でも、これっきりにしてくださいよ?」

 西条は抗議の視線を向けながら訴える。
 この件はヒャクメ個人から直々に頼まれていた。
 英国で紳士学を学び名誉を重んじる西条にとって、神族に依頼を受ける事は誇るべき事。
 だがヒャクメは今回の依頼にあたり『ヒャクメからの依頼という事を隠す』という注文をつけた。

「令子ちゃんや先生にまで秘密だなんて、心臓に悪い」

 世界最強を自負する美神令子。その性格は傲慢にして不遜、しかも根っからの守銭奴。
 今までに受けた神族からの依頼では、必ずといっていいほど小判を要求してきた。
 彼女がこの件を知れば、抜け駆けした、と判断して激怒するだろう。
 また彼女の母親にして師匠である美神美智恵も、この件を知れば水くさい、と怒るかもしれない。
 美神母娘の恐ろしさを肌で知っているだけに、二人にバレた時の事を思うと……
 心臓はもとより、胃がキリキリと痛む西条だった。

「くすくす、そうね、もうこんなことはないと思うのねー」

 ヒャクメはくすくすと笑いながら、額の第三の目を斜め下に向けた。







 太陽が南中を示す時、地上から見上げた東京タワーはさながら天へと続くハシゴのようだ。
 その最頂上たるアンテナの上で、ヒャクメは目線を、シロとタマモが向かった遥か西の彼方に向けていた。

「これでいいのね?」

 地上を眼下に見下ろすこの場において、ヒャクメの他には誰もいない。
 だがヒャクメの後ろ、ちょうど一歩分ほどの後ろで、か細く声が上がった。

「はい、ありがとうなのです」

 消え入りそうなほど小さな声。
 存在を確認して、ヒャクメは少しため息をついて笑った。

「本当はいけないのよねー、神族も魔族も地上の事には不干渉が原則なのねー」
「あぅあぅ・・・」

 困った声。
 反応が面白くて、ヒャクメはイジワルな笑みを浮かべた。

「くす、でも私は何もしてないのねー、ただ調査をお願いしただけなのねー」
「あぅ」
「でもあの二人が気付かなければ、もうこの地上でこの件を解決できる者はいないのねー」
「あぅ・・・」
「その時はあきらめるのねー」
「あぅあぅ・・・」

 涙声になる声の主。
 さすがにいじめすぎたとヒャクメも思い始めていた。

「くすくす、大丈夫、このヒャクメさまの千里眼を信じるの!」

 笑いつつも、ヒャクメの目は強く二人の向かった先を射抜く。
 ヒャクメの言葉には力があった。
 揺るぎない信頼。それが分かった声の主の嗚咽が止まる。

「それじゃ、早く行くのねー。あの二人が着いちゃうのねー」
「は、はいです」

 ヒャクメが振り向いて促した途端、声の主の気配がかき消える。
 再び視線を西に向け、遠い目をする。

「きっとあの二人なら、惨劇を止められる」

 そう言い残して、ヒャクメもまた姿を消した。





「神社でござるな」

 村のほぼ中央に位置した小高い丘のふもと。
 階段を登って境内に入ると、小さな村に相応しいこじんまりとした社があった。

「何もないでござるなー」

 シロが社の中を覗き込む。
 中は真っ暗だが人狼の目には暗さなど大した影響はない。だが結局、社の中には何もなかった。
 匂いも気配も何も感じない。

「祭りとかやれそうね」

 木々に囲まれた参道を歩いてみる。
 存外に広い境内には集会所のような建物から宮司の家と思われる民家もある。

「祭りといえば出店でござるな! わたあめにリンゴ飴、射的にお化け屋敷!」

 シロがニマニマと笑う。
 提灯で明るくした境内に並んだいくつもの出店を、先生と一緒に浴衣姿で練り歩くのでござる。
 拙者の浴衣姿に悩殺された先生が、人目につかないところへ行こうかと誘ってきたら、その後は……

「先生、山が燃えるでござる~~~!」
「やれやれ」

 赤らめた顔を両手で押さえつつ石畳をゴロゴロと転がるシロ。
 その想像を読んだタマモが少しうんざりした表情でつぶやいた。

「あんたたちみたいのがいたら、さぞやかましい祭りになるんでしょうね」

 横島とシロだけで祭りに行けるわけがないじゃない。
 周りにはきっと、その光景を好ましく思わない浴衣姿が最低でも二つはある。
 亜麻髪の夜叉と黒髪の羅刹が発するどす黒いオーラが付近に強烈な霊的磁場を作り上げ、やがて小規
模なブラックホールとなって……

「……恐ろしいもん想像しちゃった」

 めちゃくちゃになった会場で横島と美神がドツキ漫才をする想像まで達してタマモは思考を停止した。

「おー、絶景かな、絶景かなでござる!」

 高台から眺めると、村の景観が一望できた。
 ここまでに調査に値するような不審な点は一つも見出す事はなかった。タマモが眉をひそめる。

「何か違和感あるのよね……」

 それはこの村に入ってからずっと感じていた。

「次、行くわよ」
「了解でござる!」

 西条はなぜ、ここの調査を私たちに依頼したのだろうか?
 地図を見て、次の調査場所を確認する。
 ともかく一度、全ての調査を終わらせる必要がある。感じる違和感の理由も、その時分かるに違いない。







「何これ……」

 地図上では村の南東に位置する沼。
 それを目の前にして、シロもタマモも呆気に取られていた。

「何でこんなことになったでござるか?」

 本来ならば潤沢な水が溢れる沼だったはずの目の前の風景。
 しかし今そこは、自然豊かな村には似つかわしくないほど、人工の臭いで埋め尽くされていた。
 一面のコンクリート。
 そこは今、すべて完全にコンクリートで埋め立てられていたのだ。

「……」
「それにしても広いでござるなー」

 呆れてものも言えないタマモに対して少し浮かれた声のシロ。ここを走ったらさぞ気持ちいいだろう、と顔
に書いてある。
 一目でシロの考えを見抜いたタマモがため息をついた。

「……バカ犬」
「何か言ったでござるかッ!?」
「いーえ」

 自然を都合よく改変する人間の行為は数あれど、ここまで大規模なのは珍しいのではないか?
 しかもこれだけの事をしておいて、付近には他に人工的なモノがまるでない。

(埋め立てるためだけが目的だったって事?)

 タマモが思案を巡らせている間に、シロがコンクリートの大地を一周して戻ってきた。
 東京ドーム何個分、と表現するのが相応しいほどの広さも人狼の脚力を以ってすればわずか数分。
 普段から横島と首都圏を一周するような散歩をしているシロには造作もない事だった。

「何にもなかったでござる」
「……不自然よね」

 これだけの土地を整地しておいて放置するなんて不自然だ。不自然を通り越してあり得ない。
 コンクリート詰めにする費用を考えたら、放置するつもりならいっそ何も手を加えないほうがいいに決まっ
ている。美神なら絶対に何かしらの金儲けに利用するはずだし、普通の人間だってそうだ。
 そして美神の事を考えた時、タマモはようやくさっきから感じていた違和感に気づいた。

「あんた、おかしいと思わない?」
「何がでござる」
「ここの空気よ」
「空気?」
「この村、霊的にものすごく清浄すぎない?」

 人の手を加えられていない自然豊かな森。そこには幾万、幾億の生命が息づいている。
 生命は多かれ少なかれ霊的要素を持つ。地球自体がある種の生命であり、海も山も木も水も火も土も微
量ながら霊的要素を持っている。自然が豊かとは、霊的にも様々な要素があふれているとも言えるのだ。
 なのにここの空気は霊的に澄み切っている。神を祀り、祈りを捧げる神社ですらそうだった。
 この村には成仏できずに彷徨う霊はおろか、雑多な低級霊すら存在しない事になる。
 そんな事、霊場などではない普通の土地ならほとんど考えられない。

「……確かにそう言われれば、そうでござるな」
「こんなの、都庁の地下でもない限り有り得ないわよ」

 アシュタロス戦役でGS本部が置かれていた新宿都庁の地下神殿。
 日本の霊的中枢であり、日本の繁栄を左右するほどの力を持つ。それ故に、完全管理された空気は霊的
にも清浄だ。
 タマモもシロもそこへ行った事はない。
 だが時々事務所に顔を出す美神美智恵が、神殿から来たのかと思うほど澄んだ空気をまとっているのを
感じた事があった。

「この村を霊的に浄化するモノがあるって事でござるかな?」
「もしくは、この村が何かしらの手を加えられた可能性、ね」

 タマモが周囲を睨むように見渡した。金髪がふわりと舞い上がり、ナインテールが全方向をむいてアンテ
ナのように張りつめる。それは警戒の意識。

「タマモ、落ち着くでござる。まだ何もござらん」
「分かってるわよ」

 証拠はないのに違和感だけが膨れ上がっていく。
 疑ってみればこの村の全てが嘘っぽく、造られたものにしか見えなくなってくる。

「ともかく、くまなく村中を調べるわよ」
「了解でござる!」

 そして村中の探索が始まる。
 数時間後……住宅の探索を終えて、二人が神社の階段に腰を下ろした。

「あの家からは何か見つかると思ったでござるがな」
「あそこねー……確かに何かありそうな感じだったけどね」





 それは住宅地から離れた小高い山のふもとにあった大きな屋敷。
 池や敷石、水車が配された日本庭園のような庭がある広大な敷地だ。
 恐らくはこの村を牛耳っていた豪族の建物だろう。

「こういう屋敷には、必ず何か秘密があるでござる」

 嬉しそうな顔のシロが呟いた。

「あんたの里にはたくさんありそうよね、そういうの」

 人狼ってバカばっかりだから、と言いたげに皮肉めいた口調でタマモが呟く。

「床の間の掛け軸の裏は抜け道でござるよ」
「あんたんちは忍者屋敷か」

 自慢げなシロに対して呆れ顔なタマモ。結局のところ、抜け道作っても、バカ正直な人狼はたぶん逃げず
に正面から敵と戦うだろう。
 それが眼前に浮かぶようなタマモだった。

 敷地の奥に、小さな小屋がまるで隠れるようにひっそり佇んでいる。
 岩をくり抜いたような空間に、頑丈な木材で組まれた格子状の柵。外からしか開かない小さな扉。

「こういうの座敷牢って言うんじゃない?」
「せ、拙者こわくないでござるよッ!」

 カビ臭い湿気のある空気に包まれたそこは、牢屋だった。
 シロがシッポを降ろして少し小刻みに震わせている。

「あんた、恐いの?」
「ち、違うでござる! 拙者は人狼、恐いモノなどないでござるよッ!」

 タマモの問いにシロが上ずった声で答える。
 その雰囲気からタマモはすぐに察した。

「あんた、もしかして昔ここに入った事あるんじゃ」
「違うでござるッ!!」

 皆まで言わせず否定する。
 しかしその事自体が証拠に等しかった。

「あ、あははははははッ!」
「違うでござる~~~ッ!!」

 タマモがゲタゲタ笑う。
 青から赤へと顔色を変えて狼狽するシロ。狭い小屋が騒がしい空気で包まれた。
 もしここで不遇の最期を遂げた者がいたならば、この二人にさぞ憤慨した事だろう。
 だがこの場所もまた、清浄な空気で満たされていた。

「……横穴がある」
「本当でござる」

 涙を流して笑っていたタマモがふと目をやった先に、ヒト一人がようやく入れる穴があった。
 タマモを先頭に、ほふく前進の要領で進んでいく。

「ちょっと押さないでよ」
「早く行くでござるよ」
「狭いんだから……あッ!?」

 伸ばした先の手が空を掴む。上半身が傾くのを、とっさに背中を逸らして体重を後ろへ流す。
 パラパラと小石が落ちていくが落着の音が聞こえなかった。

「カラ井戸よ」
「すごい深さでござるな」
「人間を落とすにはもってこいね」
「タマモ!」

 皮肉たっぷりのタマモをシロが睨む。
 こんな場所での冗談は笑えないでござる!
 別に自分が落とすわけじゃないのにと少し思ったがタマモは黙った。

「降りてみる」

 意を決してタマモが体を前に出していく。

「降りるでござるか!?」
「……たぶん抜けられる」

 全身を穴から出し、ぶら下がる状態になって下を見る。
 暗くてよく見えない。だが底無しという事もないだろう。

「じゃあね」

 そう言ってタマモは手を離した。
 数十秒後、地震のような振動とともに、タマモの悲鳴が上がる事になる。





「お尻が痛い上に、結局タダのカラ井戸。何もありゃしない」
「まぁ、底の少し上にまた横穴があって抜け道になってたから帰りは楽でござった」

 腰の辺りを撫でながら文句をたれるタマモ。シロがフォローにならないフォローを入れる。
 その後他の家も調べたが、特別に不審な点はなかった。

「ただ……この村、放棄じゃないわね」
「それは思ったでござる」

 全ての家に共通な点。それは、一切の家財道具等が全て残っていた事だった。
 ない場合は、村人がいなくなった後に第三者によって持ち去られたに違いない。
 家によっては、家宅捜索をされた痕跡まであったのだ。
 それら全てが、施策によって村人が移住する放棄という現象と決定的に矛盾していた。

「この村に何があったでござる?」

 寒村と呼ぶには少し規模が大きい村。そこの住人が、一切を残したままで全員消える。
 これは一種のミステリーといえた。

「携帯も使えないしねー……」

 言うまでもなく圏外表示の携帯を見る。
 時計が伝える時刻は午後五時。
 六月の後半で日が一番長い時期だけに、空は澄んだ色をしていた。

「帰る? そんで『調査して、何もありませんでした』って報告する?」

 若干投げやりな気持ちになってきたタマモが提案する。
 違和感はあるけど実際のところ何もないし、結局どっちでも別に影響なさそうだし……
 たまたまこの村の深いところに超巨大な精霊石とか埋まってて空気とか浄化してるのかも知れないし。

「何かやり切れないでござるなー」

 シロが不満そうに階段に寝転んで体を伸ばす。
 そのままゴロゴロと横に回転すると、神社の境内から少し離れた建物に目が止まった。

「あれは倉庫でござるかな」
「何かしらね」

 普通に境内を歩くなら、そこへ行くには少し遠回りが必要だ。
 つまり一般向けに公開しているものではなさそうだ。
 むしろ逆に、人目を避けるように建てられているようにも見える。

「お宝でござるかな」
「この分なら何も出てこなさそうだけどね」

 宝に目を輝かせるシロと対照に、ふてくされたような声でタマモがつぶやく。
 近づいて見ると、その倉庫のような建物はずいぶん堅牢な造りになっている。

「カギが開いてるでござるな」
「盗賊でも入ったんじゃない?」

 投げやりな回答をしてタマモが扉に手を当てる。
 かなり重い感触が伝わってきた。
 代わったシロが力を入れると、ギギギッという音を立てて隙間が大きくなっていく。

「すごい重さでござる。何か重要な物を入れていたのではござらぬか?」

 故郷の人狼の里でも、このような建物があった。
 その建物は宝物殿。里に伝わる秘宝が納められており、通常は誰も入る事はできない。
 犬飼ポチが強奪した『八房』も、宝物殿に安置されていた。
 そしてその日警備に当たっていた父が、その凶刃に倒れた……

「何暗い顔してんのよ」
「べ、別に暗い顔などしてござらんッ!」


 それはすでに過ぎた事。犬飼ポチは然るべき罰を受けたし、自らの仇討ちの願いも果たせた。
 何より、それによって里を出て外界に触れ、横島先生という師匠に巡り会えたのだ。
 不幸は幸運と背中合わせ。だから拙者は、後ろを振り返ったりはしないのでござる。


「ふん、そこまで開き直るならむしろ清々しいくらいね」

 ポジティブシンキングのシロにはタマモの皮肉も褒め言葉。タマモは内心で時々、本気で尊敬していた。
 絶対に口に出す事や表情に表す事はなかったが。
 開ききった扉を前に、タマモが一歩足を踏み出す。

「とにかく行くわよ」
「了解でござる」

 中に光が入ると、意外と狭い前室があらわになった。
 三畳分にも満たない部屋の奥に、古いがずいぶん頑丈そうな扉が見える。

「すごい装飾ね」
「ますますお宝の可能性が高まったでござるよ」

 意気上がるシロが扉に手をかける。さっきよりさらに重いのか、力を込める表情が少し真剣だ。
 ギギギ、というよりもゴゴゴッと音を上げて扉がずれていく。

「固いでござるなー!」
「まるで天ノ岩戸ね」

 開ききった扉の向こう。全く光の入らない空間へ、何のためらいもなく入っていく。
 何年も閉め切ったためにむせ返るような埃の臭いがあふれ出してきた。
 そして別の臭いも。

「お宝でござるー!」

 シロが感嘆の声を漏らす。
 それは二十畳ほどの部屋だった。東京なら、これほどの広さはワンルームマンションでも難しいだろう。
 そしてそこに、日本刀や鎧、壷や美術品がたくさん並べられていた。

「すごいでござるな! タマモ!」
「……」

 はしゃぐシロと対照的に、無表情のタマモ。
 タマモは確かに聞いた。それは違和感が確信に変わる瞬間の心の音だった。

「……何かあるわ」

 重い扉をあっさりと閉める。
 本来妖弧だから力だって人間以上。普段は力のないフリをして楽をしているだけの事。

「はぁッ!!」

 気合一閃、全身に力を込める。
 妖気が部屋中に充満し、ナインテールがビリビリと張りつめた。

「タマモッ!?」
「妖気の流れを見てッ!」

 締め切った部屋に充満した妖気。
 息苦しいような妖気の中に、シロはかすかに流れがある事を感じた。

「流れでござる!」

 その先、寸分も狂わず敷き詰められた床板の一枚が、ほんの少しだけ隙間を開けている。
 指で触っても人間には感じられないほどの隙間。そこに入り込む事のできるのは、霊気や妖気の類だけ
に違いない。

「出力を調節すれば……いけるでござる!」

 シロの人差し指から微かな霊波で形成された刃が出る。入り込んだ精密ドライバーのような極細の霊波刀
が隙間に沿って床板の一部を切り取っていく。
 それはおよそ正方形のカタチをしていた。

「隠し扉……やっぱりね」
「スゴいでござる、タマモ!」

 妖気を抑えて一息ついたタマモの肩をバシバシと叩いてシロが喜ぶ。
 埃が立ちこめ、ケヘッと咳き込むタマモだった。

「何で分かったでござるか? 骨董や美術品からの波動でごちゃごちゃしてたのに」
「だからこそよ」

 ふん、と鼻を鳴らしてタマモが不敵に笑う。

「木を隠すには森の中。でも逆に言えば、何かを隠してるから森があるって事」
「森を見たら木を疑え、か。ひねくれてるでござるなー」
「今までみたいに何もなくしちゃえば分からなかったわよ。この落差で不審に思わない方が変よね」

 売り言葉に買い言葉、皮肉の応酬で和む二人。
 そして、丁寧に切り取られた床板を外していく。扉というには分厚すぎるその床板は、その場所の利用を
放棄し、抹消を意図して塞いだ事を如実に語っていた。

「階段があるでござる」
「まぁ、当然といえば当然ね。こんな狭い部屋じゃ意味ないし」

 床板の下から現れた石造りの階段を降りていく。
 深く、深く。

「ずいぶん降りるでござるな」
「この建物、先にこっちを作った感じね」

 地下に潜む何かを隠す目的で上の倉庫が建てられた。
 だがその一方で当初は利用する目的で階段まで作っている。 
 その意味は……?
 体を折り曲げながら降りていく。やがて階段は、小窓のある最深部に到達した。

「お、開くでござる」
「早く行って、狭いから」

 シロがうつ伏せになって小窓を押し開く。
 ほふく前進の要領でその先へ進んだ。その先にあったのは……
 十畳ほどの広さの石造りの部屋。荘厳な雰囲気をたたえているのが暗闇でも感じられる。

「何か、神殿の一室のようでござるな」
「イイ線いってると思うわ、それ」

 床に視線を落とすタマモが表情を険しくさせた。
 消してはあるが、落としきれなかった残留霊気が円盤状に配されている。

「これは……」
「……何でござる?」
「原始風水盤……」

 事務所の資料で読んだ事がある。
 地脈を自在に操作できる、太古の風水盤。
 やり方によっては異界を地上に召喚する事も……

「その話なら知ってるでござるよ!」

 シロが目を輝かせて話し始める。

 それはまだ拙者が先生と出会う前の事でござる。
 戦友の雪之丞が先生のところへ助けを求めて参った。
 先生がすぐにピンと来て香港へ飛ぶと、出るわ出るわ超強力な魔族の大軍団!
 その中へ勇猛果敢に突入した先生は、戦いの最中に霊波刀、『栄光の手』を会得するのでござる!
 そして次々襲い来る魔族をバッタバッタと切り払い、囚われの美神どのを助け出す先生。
 原始風水盤の起動で一時魔界に侵食されるも、それを奪い取って逆操作し、一帯を浄化しての大逆転。
 敵の親玉にこそ逃げられたものの、見事に魔族の野望を打ち砕いたのでござる!

「いや~、さすがは横島先生でござるよ~!」
「いかにも横島から聞いた話っぽいわね。どこまで本当なんだか」

 熱く語るシロ。その語り口はまるで講談師のようだ。
 タマモは冷静に分析してみる。横島が活躍した下りは大半が脚色に違いない。

(『ゴキブリのように逃げるッ!』とか言って逃げまわっていそうな気がもの凄いする……)

 その姿が目に浮かぶようなタマモだった。

 それはともかく、かつて香港で原始風水盤を巡っての攻防があったのは事実。
 そこで実際に使われた原始風水盤は、地脈を思いのままに操る能力を存分に発揮し周辺一帯を一変させた。
 魔界に堕とし、宇宙に飛ばし、古代へ戻す。
 これを使えば千人だろうが二千人だろうが、村人全員を死滅させる事だってできる。

「これを西条は探してた……?」

 その瞬間、消えた円盤状の文様が浮かび上がる。
 風水盤の文字が輝き出し、部屋が光で満たされていく。

「な、何でござるッ!?」
「起動した? 針もないのにッ!?」

 風水盤の中央部を睨みつける。針のない風水盤が起動するはずはない。
 だがそこには、針ではなく別の存在があった。

「……よく見つけましたのです」

 金色の光がシロとタマモを包み込む。
 タマモが最後の瞬間に見たもの。
 それは、にっこりと微笑んだ巫女服の少女だった。








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