#注意。
この番外編には多分にネタバレが含まれています。用法用量をお間違えのないようにお願いいたします。
紅い光が射し込むサロン風の一室。
年代を感じさせる古風で華美な造りの部屋の中心にある、椅子に腰掛ける人影。
それは床まで届くほど長い艶やかな黒髪を持ち、感情をあまり感じさせない、しかし大変整った容姿をした十八歳ほどの少女だった。
彼女は青い優美なデザインのロングドレスを身につけ、膝の上には分厚い古びた書物を乗せている。
「……紐解きましょう、世界の真実を」
透明な、鈴を振ったような声が紅い世界に響き渡る。
そして、少女は膝に乗せた書物をゆっくりと開く。紙と紙がすれる乾いた音が聞こえた。
「……これはあり得るかも知れない未来のひとつ。無数に枝分かれた可能性の先の事象……、あなたはそれを知る覚悟があるでしょうか?
もっとも……真実を知ることも、目を逸らすことも、所詮は等価値。……なぜなら、知っていようといまいと“真実”とは常に在り続けるものなのですから」
少女が冷酷に薄く笑む。
「ふふふ……、すべてはこの書物に書いてあるとおりに」
紅い光が差し込まない深い影が彼女の言葉とともに妖しく蠢き、少女は言葉だけを残して陰の中に消えていった。
魔法大戦リリカルなのはwizards
〜The brute who lost a whereabouts〜
超☆番外編 「チョコレートの味は何色」なの?
それは、年明けの慌ただしさもとうに過ぎ去った二月のとある朝のこと。
「……どうしよう」
私、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは悩んでいた。同年代の女の子の大半が頭を悩ますこの季節特有の“あること”に、である。
「どうした、フェイト」
私の呟いた言葉に反応して、隣を並んで歩く白いラインの入った黒い制服──いわゆる学ランに蒼いマフラーを身につけた男の子が、不思議そうにこちらをのぞき込んだ。
彼──ユーヤと知り合ってから今年ではや七年になる。
悲しいこと。辛いこと。楽しいこと。……いろいろあったけど、彼と出逢ったあの一年の思い出は私にとって大切な宝物だ。
ちなみに、今彼が使っている蒼いマフラーは私が彼の誕生日に初めて贈った物だ。もっとも、私がもらったもの──物質的な意味じゃなく、思い出とかいろいろ──の方がたくさんで、釣り合いなんて取れてないけれど。
「え、あ、ううん! なんでもない、なんでもないよ?」
私は慌てて取り繕った。
あの頃よりもずっと背が伸びた彼に、軽く見下ろされる形で私の大好きな蒼い澄んだ瞳に見つめられて、きっと私の顔は茹でたタコのようになっていることだろう。
「そうか、ならいいんだけど。……なにか悩みがあるなら遠慮するなよ? 一応、俺はフェイトの“恋人”なんだからさ」
ユーヤがすっかり聞き馴染んだ“俺”という一人称と、少し聞き慣れない“恋人”という言葉を紡ぐ。
幼さが抜け、精悍になった面立ちには昔と変わらない、いたずらっ子のような笑みが浮かぶ。
私とユーヤが恋人同士になったのはつい半年ほど前のことだ。
親友たちに多大な迷惑をかけたドタバタの末、と一言で片付けてしまうとなんだか腑に落ちないけれど、ここではそういうことにして割愛する。
兄さんとユーヤの間で、はた迷惑な大規模戦闘が勃発したことも割愛するったらするのだ。
「う、うん。わかってるよ」
私は少しどもりながら答えた。
ユーヤの言葉に私の胸の内は暖かくなったけど、悩みのそもそもの原因である彼に相談なんてできるわけがない。
「っと、ここでお別れだな。またな、フェイト」
「……またね、ユーヤ」
ぽんぽんと、私の頭を左手で軽く撫でてから歩き去るユーヤの後ろ姿を眺め、考える。
通う学校は違ってしまったけど、小学生の頃はミッド人の私に難しかった日本語を教えてもらったり、リンディ母さんが現役の艦長だった時期はお昼のお弁当を用意してもらったりと本当にお世話になりっぱなしだった。
────彼は、私が私であるために必要な一番大事で欠かすことのできないピースだ。もちろん、なのはを初めとする幼なじみたちや、“執務官”として接している人たちも確かに大事だけど、それ以上にユーヤは大切で……居なくなってしまうことなんて想像することもできない。したくもない。
今なら取り払えないほど深い狂気に染まってしまった“母さん”の気持ちが、少しだけ理解できる気がした。
「はぁ……」
だからこそ、私は悩む。
────近いうちに離ればなれになってしまう彼に、なにか特別なものを渡したいと。
そう────“バレンタインのチョコレート”をだ。
「で、そんなに元気ないんか」
「うん。母さんとエイミィにも聞いてみたんだけどいまいちピンとこなくて」
授業の合間の休み時間。幼なじみの中で一番こういった話題に強そうなはやてに相談した。
彼女はいろいろと目敏いし、ユーヤとはユーノに次いで仲がいい──それで以前一度、「ユーヤことどう思ってるの?」と軽く嫉妬に駆られて尋ねたときには、「タイプやない。私はもっと落ち着いた年上のヒトが好みなんや」と切り捨てられたあげく、「フェイトちゃんが攸夜君を好きなのはわかっとるから盗ったりせえへんよ」とまで言われた──から相談相手にはピッタリに思えた。
「卒業して、離れ離れになっちゃう前になにかできるチャンスだと思うんだ」
「せやなぁ、私らもうすぐミッドに移り住んでしまうし」
私となのは、はやては中学卒業を機にミッドチルダに移り住む予定だ。私も含め、みな管理局で実現したい夢があるから。
だけど、ユーヤはそのまま地球に残って、少なくとも高校までは通うつもりでいるという。その話が出たときは、みんな考え直せと説得したものだ。私は、彼が素直に管理局に恭順するなんて最初から思ってないから意外じゃなかったけど、それでも離れるのはイヤだから説得に回った。その中でも特に熱心だったのがなのはで、唯一ユーヤを養護したのがユーノだったのが印象的だ。
結局、ユーヤの意志は微塵も変わらず────私たちの道は分かたれることになる。もちろん、ずっと逢えないというわけじゃない。だけど、今以上にすれ違うことは日を見るより明らかで。
……だから、不安なんだ。離れている間に、ユーヤが私を嫌いになってしまわないかと。他の誰かに気持ちを移してしまわないかと。
そんなことになったら、もう私は二度と立ち上がることができないような気がするから。
ここ最近苛まれている陰鬱した気持ちでネガティブな思考の海に沈んだ私の意識を、はやての発した言葉が引き戻した。
「うーん、ここはやっぱり王道で手作りとかか?」
「……私にユーヤ以上の物なんて作れないよ」
「あー……言われてみればそらあかんわ。攸夜君のお菓子づくりの腕は異常やし。私もそれだけはよう勝てん」
私の言葉に同意して、遠くを見るような目をするはやて。
ユーヤの料理の腕は初めて逢った頃からは段違いに上がっていた。もともとお菓子づくりは特に上手かったけど、最近では和洋中様々な国の“ごはん”の勉強をしている。どうやら将来は海鳴市で洋食屋さんを開きたいみたいで、なのはのご両親から翠屋の経営の話を聞いたりしているらしい。もちろん、私も管理局を退職してでも手伝いたいと思っている。
「せやったら……」
なにか悪巧みを思いついたように薄く笑ったはやてに、私はゾクッといやな予感を感じた。
「“今年のチョコレートはわ た し”とかゆーて女体盛り、とかな?」
にょたいもり?
女体、盛り────
「!!!!!!」
はやての言葉の意味を理解して、その様子を頭の中で想像してしまった私は、朝以上に真っ赤っかに染まってしまう。
「な、なななななななっ、なに言ってるのはやてっ!? わわ、私はそんなっ! 〜〜〜〜っっっっ!!」
動揺を極めた私の口から発せられるのは、言葉にならない音の羅列。頭の片隅で「それはそれでアリかもしれない」とか思ってしまったことでさらに沸騰した私は、ここが教室であることも一時忘れ去る。
「あはははっ、冗談やじょーだん。フェイトちゃんにそんな大胆なマネできるとは思えんしなぁ」
「──っ。もう、からかうなんてひどいよっ。……私はまじめに相談してるんだよ?」
はやての意地悪なセリフで我に返った私は、彼女に恨みがましい視線を送る。……あまり通じていないみたいだけど。
「かんにんな。でも、ま、私が思いつくのはこんなもんや。……なのはちゃんとかには聞いてみたんか?」
「うーん、アリサやすずかはともかく……なのはは、ね」
「こういう話題じゃ頼りにならんわな」
私たちは別になのはを悪く言っているつもりはない。ただ、いかんせん色恋沙汰に鈍感すぎるのだ、なのはは。
自分のことを敏感だとも思わないけれど、それでもなのはのことを七年間も想い続けてるユーノの気持ちくらいは察せる。
彼のことは応援している。危なっかしいなのはを支えられるのは、ユーノくらいだと思っているから。
────一瞬、ユーヤがいなかったら私たちの関係はどうなっていたんだろう? という疑問が頭をよぎった。……なんだろう、このことは深く考えちゃいけない気がする。
「ウチの子らもこういう人の機微にはどうもなぁ……。あ、せや。こういうときは攸夜君に一番近しい人に聞いてみるんはどうやろ」
「一番近しい人……?」
はやての言葉にオウム返しする。
「────“お姉さま”や」
ニヤリと悪そうに笑って、はやてが言った。
“お姉さま”、か。たしかにこの悩みに的確なアドバイスをくれそうな人だけど……。
私は“彼女”のことを考えて若干気が滅入った。
……それにしても、そんな顔するから“子だぬき”とかって言われるんじゃないだろうか。
その日の夕方。
管理局の仕事がオフの日は、私が夕飯の買い物をすることになっている。母さんの手伝いはやっぱりしたいし、なにより────
「んむ、ウチの分はこれで揃ったかな。そっちは?」
「えと、あと寒ブリだって」
「それじゃ、次は魚屋だな」
こうしてユーヤと一緒に過ごすことができる時間は貴重だ。
未だに依託魔導師の立場で通している彼と、仮にも執務官という私では生活サイクルが違いすぎて違ってばかり。だからこういう小さな時間のひとつひとつを大切にしていたい。
「ユーヤ、お魚屋さんはそっちじゃないよ?」
「え? あ、あははは……。や、やだなぁ、フェイトさん。それくらいわかってますよ? ……わかってるってばっ!」
相変わらずの方向音痴ぶりに私は微笑みを漏らし、ユーヤの腕に思いっきり組み付いて目的地へと引っ張っていった。