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No.525の一覧
[0] 心、未だ折れずに(全編了)[雪豹](2005/10/23 13:22)
[1] 心、未だ折れずに(中)[雪豹](2005/10/23 03:30)
[2] 心、未だ折れずに(後)[雪豹](2005/10/23 03:47)
[3] Re:心、未だ折れずに(終)[雪豹](2005/10/23 03:49)
[4] 戯言[雪豹](2005/10/23 04:01)
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[525] 心、未だ折れずに(全編了)
Name: 雪豹 次を表示する
Date: 2005/10/23 13:22
「金毛白面九尾の妖狐を拿捕、後に身柄を内閣府国家公安委員会に引渡せよ」


 飾り気のない文面が、余計に寒々しさを感じさせる。
 何度も見直していたために、既に手垢に塗れてしまっている書簡の内容を今一度確認した後、西条輝彦は執務室に響き渡るような大きな溜息を吐いた。
 
オカルトGメンの要職に就いて以降、解決困難と思われる事態に直面したのは一度や二度ではない。
それは、ただ単に人間と言う種の持つ力で対抗するには余りに強力すぎる敵との対決であるときもあったし、極限まで神経をすり減らすような調整能力を必要とされる交渉事である時もあった。
出産以来アドバイザー的な存在に下がり、実質形骸化してしまっている美智恵のポジションを埋めるべく奔走してきた西条であるが、その彼をしても、今回の依頼――というか命令は、頭を抱えざるを得ないものであったのだ。
 
そもそも、件の妖狐――タマモの扱いについては、半年前の事件の際に、美神令子が身元保証人を務める事で、一応の決着を見ている筈だ。それが何故今になって、その契約を反故にするような命令が下りてきたのか。

「……全く、難儀なことだよ」
 そう一人ごちてしまうのも無理はない。書簡を最後まで読むと、「目的の生死は問わず」との記述がある。要するに同じことなのだ。引き渡す対象が死んでいてもいいということは、仮に彼女を説得して出頭させたとしても、「上」によって最終的に消されてしまうことは目に見えている。
 
公僕の立場としては、命令に従うべきなのであろう。
軍隊ほどに忠実である必要はないにせよ、それが組織を上手く回していく方法なのだ。
しかし、そう簡単に割り切れない感情があるのも事実。彼女には人狼の娘と共に、幾度と捜査に協力してもらっている間柄である。それに、既に仲間と認識しているであろう身元保証人や、心優しき巫女の少女が烈火の如く反対してくるのも目に見えている。
……何のことはない。既に彼女は少しずつ人界に溶け込みつつある。そして、美神令子を筆頭とする群れの一員であるのだ。上手く行きつつある現状を破壊してまでも、理不尽な命令に従わなければならないのか。

「それに、横島君が、な……」
 命令を遂行する場合、おそらく最大の障壁となるであろう存在に思いを馳せる。
きっかけは、些細な偶然の産物であったのかもしれない。しかし、もたらされた結末は余りに残酷であった魔神との戦争。
大切な存在を喪った代償に、彼は誰よりも強く、そして優しくなった。彼もまた、持てる力の全てを発揮して、タマモ嬢を守ろうとするだろう。素晴らしいことだ。
空気に流され、へらへらしているだけだった少年の面影は消えうせ、時折見せる男の顔に、確かな成長を感じて嬉しくなる。
……その成長の発端が自分達大人の力不足にあるのだという負い目を感じ、自らを戒めることを忘れたことはないが。

「とにかく、どうするにせよ隊長と、令子ちゃんに相談しないとな」
 事は自分だけの判断で進めるには手に余る。そう判断した西条は、向かいの事務所へと向かうべく、何本目かも分からない煙草をもみ消した。




「ふざけるんじゃないわよっ!」
 
思わず中身の入ったグラスを壁に叩きつける。人口幽霊一号が取り成しの声をかけるが、今の美神令子にそれを聞き入れろというのは少々酷であった。
 
西条が持ってきた案件。
一体どこの馬鹿がタマモについて蒸し返してきたのか。傾国の美女と呼ばれる伝説は捻じ曲げられたものであり、現在のタマモのせいで日本がどうこうなることなどないと、頭の固い連中にも分かるように説明してきたではないか。
 
それにしても、西条には頭が下がる。彼の立場からすれば、問答無用で引き立てようとすれば出来たはずだ。事前情報を全く持たずに奇襲を受ければ、結界を持つ事務所とはいえ、落とされるのは時間の問題だっただろう。
自分やおキヌちゃんは勿論のこと、タマモやシロを心配しての行動であることは、容易に想像できる。

「……でね、そのときの横島さんって」
「らしくないわね。おキヌちゃん嘘ついてない? だってさ……」
「馬鹿狐の妄想でござる。そもそも拙者が……」
 
階下から聞こえるたわいのない話に耳を傾ける。
そこには確かに、幸せがあった。家族があった。
少女期に欲しながら、終ぞ得ることの出来なかった空間を、やっと得ることが出来たのだ。
壊させない、壊させてなるものか。
自分のためにも、彼のためにも……
 
ふと、脳裏に浮かび上がってきた顔を、様々な思い出と共に撫でていく。
面識もないのにいきなり抱きついてきたアイツ。
情けない悲鳴を上げながらも、雪乃丞の霊波砲を避けていくアイツ。
飛ばされた過去世界で、氷片を胸に受けて倒れこむアイツ。
涙を流しながらも、決意と共に万年氷に刃を立てるアイツ。
……愛する彼女の最期を看取ることも出来ずに、慙愧の悲鳴を上げ続けるアイツ。
 
傷が治ることは決してないのだろう。あの戦いは、彼をはじめとする多くの人間にしこりを残した。
しかしここでは、この場所では、彼は笑えるのだ。
始めは無理していたのかもしれないけれど、おキヌちゃんの優しさが、シロの無邪気さが、タマモの自然体が、確かに彼を――私を癒してくれている。そんな大切な場所を、物を知らない馬鹿の不条理で破壊されてはたまらない。

「……やってやろうじゃないの」
 奪おうとするのならそれでいい。私は力の限り対抗するまでだ。
だけど覚えておくがいい。国家だろうがお偉いさんだろうが、相手はこの私に向けて弓を引いたのだ。
存在意義を賭けてでも、私はソレを否定して見せる。
だって……

「私は美神令子なんだから!」
 決意は既に、覚悟へと変わっていた。




絶望・侮蔑、後に理解と納得。それがタマモの人間に対する見方の変遷である。
 
転生を果たしてすぐに逃亡の身となった己の運命を、当時は嘆いたものだ。理由も知らされずに明確な殺意を放って追ってくる「人間」という種の凶悪さに慄れ、また憎悪した。
時代を経ても変わらぬモノはある。それが美徳の類であれば結構な話なのであろうが、自らを滅ぼそうとする意思がそうであったのでは、洒落にならない。
手傷を負いながらも逃げ続け、なけなしの体力が底を尽き掛けて、玉砕覚悟で打開してみようかと考え始めた折に、邂逅したのだった。

「そう言えば、あの時もまぬけ面してたっけ」
 突然目の前に現れた自分を見て、ぽかんとしていた表情を思い出し、小さく微笑む。
 
紆余曲折はあったにせよ、自分を隠さずに「タマモ」として存在できるここは心地よい。
確かに人間全てを信用することは出来ない。けれど、それはどの集団に属そうが同じことなのだろう。心地よい場所があれば、気に入らない輩も存在する。それが世の常なのだ。

「さーて、今日は何してからかってやろうかな」
 蟲惑的な表情を浮かべながら、柔らかい日差しの中を歩く。
込み上げてくる陽の衝動を抑えることが出来ない。
何故、そんなに気持ちが昂ぶるのか。始めは認めたくない自身との葛藤の連続だったような気がする。
だけど、認めてしまえばこれほど馬鹿らしく、爽快になる感情もないだろう。……そう、自分はアイツに女として惹かれているのだ。
情けない動作の中に、確固たる自分を築いているアイツに。
包み込むような暖かさの中に、守護のための鋭い牙を隠しているアイツに。
出逢った頃からの優しさだけは決して変わることのない、アイツに。

――これじゃ、馬鹿犬のコトなんて笑えないわね――
 
お師匠べったりの親友のことを思う。
そう、ライバルはことのほか多いのだ。おキヌちゃんは控えめながらも明らかな好意を寄せているし、ミカミだって本当のところどうなのか分かったものじゃない。
だけど最終的には、必ずアイツの心を奪ってやる。
決めたのだ。アイツの中の闇を知ったときから。何より、自らの想いを自覚した瞬間から。
 
だからこそ、今日も適当な理由をつけて、アイツの元へと赴く。
嘘の理由で事務所を出てきたことには気がひけるけど、その位は戦術として許容してもらおう。恋する乙女は無敵なのだ。

「ヨコシマっ、遊びに来たわよ!」
 殊更明るい声と共に施錠されていないドアを開く。
 追われていた記憶も、人間への憎しみも、ただこの瞬間だけは忘れることが出来た。




夕焼けを見ると、否応なく思い出してしまう感情がある。
 それは無力感。己の力不足故に、大切な存在を喪ってしまった、哀しい記憶。
 
横島忠夫の人格は、あの時一度死んでしまったのだろう。それ程に打ちのめされ、楽になろうと本当の死すら望んだこともある。
けれども、どん底の状態は長くは続かなかった。
引き上げられたのだ。他でもない、事務所の面々に。
懇願され、必要とされ、罵倒されながらもあり方を説いてくれた。そのおかげで今の自分が在るといってもいい。
 
腫れ物に触れるようだった扱いはなりを潜め、今では誰もがあの戦争を話題にする。苦労話であったり、笑い話であったりと様々であるが、そこに悲嘆の色はない。
自分自身このことで笑えるとは思いもしなかった。
風化してしまったわけではない。恐らく、成長出来た証拠なんだろう。哀しみを内包しながら、糧として前に進んでいる自分を感じることが出来る。

「それに、タマモ……な」
 何故か懐いてしまった愛くるしい狐の少女を想う。
 好きか? と問われれば肯定するだろう。では愛しているか? と訊かれればどうか。
答えに窮することは確実だ。
彼女との別れがあって以来、誰かを好きになることなどないと思っていた。冗談交じりに女性遍歴を尋ねられたときに、見損なってくれればいいと、思わずあの戦いのことを洗いざらいぶちまけてしまったこともある。
「……それでも、私はヨコシマのコト、好きだと思うよ」
溜まった涙は、決して同情に起因するものではなかった。
話を振っておきながら男泣きに咽ぶ自分を、何も言わずに抱きしめてくれた感触は、今でもしっかりと覚えている。
すぐ傍で感じるタマモの息吹に、自分が自分を赦していく過程を見たのだ。

それからだろう。タマモのことを女性として見るようになったのは。
子供だと思っていた存在は、美神さんやおキヌちゃんと同様に大人だった。

「あ~、今日も暑くなりそだな」
 カーテンを開け、朝の生命力を喧騒ごと取り入れる。
相変わらずの万年床生活は変わらないが、それでも健康的な気分になれるこの瞬間はいいものだ。爽やかな空気を胸に取り込むと、何か良いことがあるような予感がしてしまう。
 
さて、たまのオフの休日だ。何をしようか。

「ヨコシマっ、遊びに来たわよ!」

ほら、良いことがあっただろ?

暖かなモノが胸を流れていく。
吹きすさぶ風が、凪いだ気がした。捨てたもんじゃない世界はやっぱり、優しかった。




「何、まだ寝てたの?」
「うるへーやい。たまの休みなんだからこれくらい良いだろ」
 突然の乱入にも、驚いたそぶりを見せない。それは、自分がこの空間にいることがとても自然なことのような気がして、嬉しくなってしまう。

「しかし休みの日までこんなとこに来るなんて、お前もよっぽど暇なんだなー」
 む、前言撤回。少しはデリカシーってものを勉強して欲しいものだ。
「うるさいわね。一ヶ月くらい前からミカミが何となくぴりぴりしてて、居づらいのよ」
「あん? まーたお前が何かやったんじゃないのか?」
「どうしてそうなるのよ!」
「だっておキヌちゃんが何かするとは思えないし。ってことは原因はシロかタマモってことだろ?」
 そう良いながら、コップを差し出してくる。勿論中身はただの水。経済状況は知っているから、お茶とか気の利いたものが出てくることは、最初から期待していない。

「全く覚えがないんだけど……あ、カップうどん貰って良い?」
「お前な、ぽんぽん食われちゃ生命線の意味がないだろ。……あ~、でも、給料入ったばっかりだったな。約束してたあの店のうどん、今日食いに行くか?」
「本当! だからヨコシマって大好き!」
 そう言って胸元に飛び込む。ちらりと上を向いてみると、目を白黒させたヨコシマの顔が目に入る。
「こんなに可愛い女の子に抱き付かれるんだから、役得でしょ?」
「お前な……」
 どっちにとって役得なのかは分かったもんじゃないけどね。
 
もう少し他愛のない話を続けていたい気もするが、それは歩きながらでも出来ること。そう判断して、まだ時間が早いと渋るヨコシマを引っ張る。
「お、おい。今行ってもまだ店開いてないぞ」
「いいのよ。他にも寄りたいところがあるんだからさ」
 そう、機会は最大限に活用しなくちゃ。今日一日は私のために使ってもらおう。
 浮かれて逸る気持ちを抑えながら、階段を一段飛ばしで駆け下りた。


と、不自然な緊張感が辺りを包んでいるのに気付く。
見渡してみても変わったところはない。
けれども、忘れかけていた妖狐の本能は、盛んに警鐘を鳴らしている。おかしい。変だ。

突然右手がぎゅっと握られる。
いつの間にか隣に来ていたヨコシマが、手を取ってくれているのだ。
しかし、その表情は先ほどまでのものではなく、甘い雰囲気は微塵もない。ヨコシマも異変を感じているのだろう。滅多に見せない真剣な表情が、事態が逼迫していることを如実に表している。

「……隠行結界?」
 ヨコシマの口から漏れた言葉の意味を理解する知識は、私にはなかった。




「令子ちゃん! タマモちゃんの居場所は?」
 突然駆け込んできた西条のただならぬ気配に、思わず立ち上がる。
「タマモならちょっと前に出かけたけど……何かあったの!」
 そう尋ねると、苦虫を噛み潰したような表情で、西条が漏らす。
「あの命令を突っぱねてから一月ほど何もなかったから、すっかり油断していた。……今電話があったよ。断られるとは思わなかったが、仕方がない。それならばこちらで全て行う、とね」
 あの口ぶりでは、もうタマモちゃんを捕捉しているはずだ、と続ける。
「ちっ、公安が暗殺なんて、やることがセコいのよ! とにかく探しましょう、西条さん。人口幽霊一号! あんたはエミに連絡して、公安関係で情報が流れてきてないか確認! 何か分かったら私の携帯に掛けるよう言って!」
「わかりまし……オーナー! 横島さんのアパート付近で、大規模な結界の反応が!」
「まさか、横島クンまで!」
「令子ちゃん、急ごう!」
 
二人とも、無事でいて……祈ることしか出来ない自分を、歯痒く思うしかなかった。


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