Side - シンジ
「つーかーれーたー」
えんとりーぷらぐとかいう操縦席から降りると、半端じゃない疲労が僕を襲った。
LCLの中に居るときって水の中に居るようなもんだから楽だったけど、空気中に出てみるとやたらと体が重い。
しかも肺の中に残ったLCLが気持ち悪い。
搭乗デッキの端っこで吐きまくってたら、何時の間にかデッキに人が集まり始めていた。
…え?ここで吐いちゃダメだった?フルボッコフラグ?
そんな事を考えていたら、人混みの中からリツコさんとマヤさんが出てきて口を開いた。
「お疲れ様、シンジ君」
どうやらフルボッコフラグが成立してたわけじゃなさそうだ、本当によかった。
すると、リツコさんの一言が引き金になったのか、集まっていた人達が一斉に声を張り上げ始める。
「お疲れ様だ!坊主!」
「よくやったぞー!」
「ずっと坊主のターン!」
気が付いたら僕はむさいおっさん達にもみくちゃにされていた。
ぐりぐりと頭を撫でられたり、胴上げをされたり、そのままLCLに落とされたり。
危うく溺死する所だった。
悪い気はしないがあまりにもしつこいので、とりあえず言っておく。
「はいはい!サインはだめですよー!」
リツコさんに叩かれた。
「馬鹿言ってないで来なさい」
「はい、調子に乗りました、ごめんなさい」
その後、リツコさんの一声で僕はむさいおっさん達の手によって医務室まで強制連行された。
胴上げされたまま。
何だかよく分からない検査を受けた後、僕はリツコさんの質問を受けていた。
「何か乗る前と乗った後で変化はある?」
預かってもらっていたニトロとマクロをいじりながら僕は答える。
「特には…強いて言うなら疲れました、凄く」
ホントに疲れた、それも筋肉がとかじゃなくて、衰弱した感じ。
何て言ったらいいのか分からないけど、丸一日百科事典の黙読をさせられた気分だ。
「疲労感?そんな筈ないけど…精神的なものかしら」
そう言ってリツコさんは書類に色々と書き込んでいく。
むう…
ていうか、半ばノリでこんな状況になっちゃったけど、これから僕どうなるんだろう。
そもそも何で僕がエヴァに乗らされたのかとか、巨神兵は何処から来たのかとか、色々と意味が分からない事は多い。
そんな事を考えてたら、質問も終わったらしい、リツコさんが思い出したように言った。
「あ、そうそうこの後司令室に行きなさい、司令が呼んでるわ」
「司令?」
司令って誰?
「お父さんよ、シンジ君の」
ああ、総統ね。
司令って言われたら違和感があるけど、総統って言われると全く違和感がない。
さすが僕の父親だと言わざるを得ないな。
「きっとこれからの契約の事とかあると思うから、真面目に聞くようにね」
それに対して「分かりましたー」なんて返事を返したけれど…
冷静に考えてみて気付いた。
契約?
ちょっと待って…
「契約?…乗るのって一回じゃないんですね」
てっきり一回だと思ってた。
戦うのはいいんだけど、もしかしてこれからも巨神兵みたいなのがわんさか来るの?
「騙すような形になって申し訳ないんだけど…」
そう言うリツコさんの表情はニコニコしていた。
ちっとも申し訳なさそうじゃないですね。
「乗るのは良いんですけど、僕みたいな子供より大人の軍人さんが乗った方が強いと思うんですけど、なんで僕なんですか?」
だって、大抵のアニメでロボに乗る為に訓練とかつんだりするし。
それなのにいきなり僕を乗せようとするなんて、完全に碇シンジ主人公フラグじゃないか。
「まさか…僕が主人公?」
「SS的にはそうね」
普通に言われたよ、おい。
「それにエヴァに乗るには適性が必要なのよ、本当は別のパイロットが居たんだけどそのこが出撃できなくなっちゃってね、シンジ君の適正はギリギリで判明したからこんなに急に呼び出す羽目になっちゃったのよ、それに時間がないから説明は省くけど、精神的な面で14歳という年齢も必要となってくるの」
14歳…だと?
「厨二病じゃないと乗れないって事ですか」
「そうそう…って違うわよ!」
「えーだってど真ん中だし」
前の中学では学内No1の厨二病と称えられた僕だ。
乗る資格はあると考えていいだろう。
そんなやり取りを続けていたら、背後からぼそっと声が聞こえた。
「先輩がノリツッコミ…」
マヤさん…いたんだ。
リツコさんも小声で「いたのね…」と呟いていた。
「ずっといました!」
そういえば最初からいた気もする。
空気なマヤさんも交えて色々とエヴァについての質問をした後、僕は司令室に行くことになった。
「じゃあマヤ、司令室まで案内してあげて」
「分かりました」
「それじゃマヤさん、行こ行こ」
「ちょっと、シンジ君待ってー!」
書類とかき集めているマヤさんは置いて、医務室を出て司令室に向かう。
いきなりT字路にぶつかった。
クラピカも言っていた事だし、折角だから僕は右の道を選ぶぜ!
ニトロとマクロもこちらが正解だと言わんばかりにナァナァ!と声を張り上げている。
宇宙の彼方に!さあ行くぞ!
「逆ー!」
マヤさんが涙目で僕を追いかけてきた、可愛いと言わざるを得ない。
Side - 冬月
ゲンドウが完全に丸投げした書類を片付けていると、不意に電話が鳴った。
どうやらシンジ君が到着したようだ、ゲンドウは何時も通り聞き取りにくい声で「通せ」とだけ言って電話を切る。
そして司令室のドアが開き、シンジ君の顔を見た瞬間。
彼はやはり碇ユイの息子なのだと実感した。
目元口元等と言うレベルじゃない。
碇ユイの性別が男だったらこういう顔だろう、それ程彼は母親に似ていた。
そして、シンジ君が入室した瞬間。
「碇シンジさんがログインしました」
中身まで碇ユイの息子だと言う事を実感し、私は絶望した。
薄々感づいてはいたが、突然の意味不明な発言、突拍子もない行動、悪乗りし過ぎる所、その他諸々。
完全に碇ユイの息子だ…
何だか頭が痛い。
まさかクローンじゃないだろうな…
そう思ってゲンドウを見ると、別に奴はいつも通りの無表情を貫いていた。
まあ計画がいきなり崩壊しかかっている状況だ、内心がどうなのかは知らないが。
一度深呼吸して心を落ち着ける。
そしてもう一度シンジ君を見ようとすると…
何故か目の前にいた。
口を開け、ぼけっとした表情で私を見ている。
しかも何故か両肩には白と黒の子猫が乗っている。
何だというんだ…一体。
「何だね?」そう言おうとした瞬間、シンジ君は私を指差し「あぁ!」と叫んだ。
「冬月先生だ!」
「私を知っているのかね?」
何故シンジ君が私の事を知っているのかが分からない。
「何言ってるんです?昔何度も会いましたよね?」
そう言ってシンジ君が浮かべる笑顔を見ていて、ふと思い出した。
ほんの数回だが、ユイ君がその時はまだ子供のシンジ君を連れて来た事があった。
そういえば一度食事に付き合ったような記憶もある。
「会った事がある事はあるが…君はまだ四歳かそこらだっただろう?」
「その位覚えてますよーホントは完全に忘れてましたけど」
「そ、そうかね…」
四歳の時の記憶を人は覚えているものだろうか…
案外普通に覚えているのかもしれないが、老いた自分では全く思い出せない。
年は取りたくないものだ。
この分だとシンジ君はユイ君がエヴァの中に取り込まれたあの実験の事も覚えているのだろう。
「座れ」
ゲンドウの声が静かに室内に響き渡る。
…そういえばいたな。
それに対して、シンジ君はソファーへとゆっくり歩いていくと、座る直前で突然崩れた形の敬礼をし、こう叫んだ。
「ヤルッツェ・ブラッキン!」
頭が痛い…
意味が分からん…
だが、次のゲンドウの発言は私の想像を超えていた。
「いい加減にキャシャーンから離れろ…」
分かるのか、ゲンドウよ。
「ガデッサー?」
「どうしても悪役にしたいようだな…」
「ヤックデカルチャー?」
「それは意味からして違うだろう…」
…何だこいつら。
完全にユイ君似かと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。
まあどちらに似てもロクなものじゃない。
生まれの不幸を呪うしかないようだ。
暫く意味不明なやり取りが続いた後、やっとシンジ君は席に着いた。
ようやく話が切り出せる。
そう思い、私は契約の書類を手に取った。
「で?父さん何か用?僕四時からレディス4見たいんだけど、ここテレビないの?」
と思ったらこれだよ。
「主婦向け番組等どうでもいい」
親子だ…
「えーじゃあ部下の人に録画するように言っといてよ」
「良いだろう」
そう言ってゲンドウが私に目線を送ってきた。
もう何だかどうでも良くなってきた。
電話を取り、一瞬誰に頼むべきか考えた後、そう言えば直属の部下で若いのがいたな、という事に気付く。
数回のコールの後、彼は電話に出た。
「青葉君かね、急ぎの仕事だ、レディス4を録画しておいてくれ、最悪の場合マギを使ってもかまわん」
『…は?何ですか?』
「主婦向けの生活情報番組だよ…知らんのかね!?急ぎたまえ!もう四時前だ!始まるぞ!」
そう言って電話を切ると、ゲンドウとシンジ君が何故かサムズアップでこちらを見ていた。
…無視だな。
もう契約書も書ける所を適当に書いておこう。
暫くゲンドウとシンジ君はレディス4の話題で盛り上がっていたようだったが、やがて話はエヴァの方向へ戻った。
「ユイに会ったのか?」
「会ったって言うか軽く話しただけだけどね、久しぶりに会った元近所のおばさん達程度に、何で?」
「…結構長そうだな、何と言っていた?」
ここで書類の手を止め、二人の方を見る。
当初の我々の計画では、ユイ君が目覚めるのはもっと後の予定だった。
それがシンジ君がユイ君の事に即気づいてしまった所為でこの様だ。
もうグダグダである。
それはそうとして、ユイ君が何と言っていたのか、それには大いに興味があった。
彼女が取り込まれて、もう十年になる。
あの破天荒な性格も今では懐かしい。
もっともそれは息子に遺伝というより移植に近いレベルで受け継がれたようだが。
シンジ君は暫く考えた後、口を開いた。
「んーっと、ヒス起こしてて何が言いたいのかよく分かんなかったんだけど…要約するとね…」
ヒス?
「浮気者はぶっ殺すって」
破天荒すぎる。
いきなりそれかい。
私が呆れ返っていると、ゲンドウは目に見えて焦り始めた。
「ち、違う!違うんだ!」
「碇、落ち着け」
ゲンドウがユイ君が居ないのをいい事に若い女に手を出していたのは知っている。
この男、これでも意外ともてるのである。
「権力で迫るのは犯罪とかも言ってたけど…」
「何故ユイが知っているんだ!?お前か冬月!?お前がバラしたのか!?」
「私は知らんよ…」
「うっわー本当だったんだ…」
だからエヴァの前でやるのはやめておけと言ったのに…
完全にパニックに陥ったゲンドウは、当初のシンジ君を冷たく突き放すという計画も忘れて、必死な弁解を始めた。
お前は何の為に十年もシンジ君を突き放して来たんだ…
「違う!違うんだシンジ!これにはワケが…」
「最低」
「さ、さいてい?」
「犯罪者」
「はんざいしゃ?」
「碇家の汚点」
「おてん?」
「戦国武将で言うなら浅井長政」
「あさ…浅井長政!?そ、それは誰だ!?戦国的にはどうなんだ!?冬月!?」
私に振るな…
浅井長政…
歴史の教科書に載るような人物ではない。
「…微妙?」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
ゲンドウは泣き叫びながら司令室を出て行った。
部屋に残ったのは私とシンジ君の二人。
奇妙な沈黙が辺りを包む。
シンジ君は暫くドアを見つめていたが、やがて頭をポリポリと掻きながら呟いた。
「虐めすぎたかな?」
「自業自得だよ」
奴もこれで懲りるといいんだが…
「あ、全国の浅井長政ファンの方々、微妙なんて言ってごめんなさい」
「何を言っているんだね…君は…」
その後二人で契約内容について話合ったが、その時のシンジ君の交渉っぷりは完全に碇ユイそのものだった。
気が付けばかなりの高額で契約を結んでいた事は言うまでもない。
そして、交渉も終わり、部屋を出ようとした所で、シンジ君は思い出したように言った。
いや、実際の所忘れていたのだろう。
しかしその内容は彼の気軽な口調とは裏腹にとんでもないものだった。
「そだ、母さんが外に出たいって言ってたんですけど…出していいですか?」
思わずお茶を吹いた。
慌てて出来上がったばかりの書類を拭く。
ちょっと待ってくれ。
何で今、このタイミングでそんな話をするんだ。
言った本人の顔を見ると、何と言うかぽややんとした顔をしていた。
事の重大さが分かっていない。
「…出せるのかね?」
「多分ですけど、出る準備しとくよーって言ってました」
ユイ君…
旅行に行くんじゃないんだぞ…気軽に言わないでくれ。
「困ったな…ユイ君を出すとエヴァが動かないんだが…」
「何か問題でも?」
人間はエヴァと直接シンクロすることが出来ない。
何故なら人間とエヴァ、その思考回路は大きく異なる。
エヴァの巨大すぎる思考の渦に、人間は耐えられない、結果飲み込まれた意識とエヴァの思考の間でシンクロ超過が起こるわけだが。
直接シンクロの際の搭乗者のエヴァへの吸収も、それが原因だろうとされている。
初号機で言うならば、それを防ぐための言わば通訳としてエヴァ内部に取り込まれた碇ユイが居るわけだ。
それを取り除いてしまったら次に取り込まれるのは恐らく碇シンジだろう。
「シンジ君、まだ使徒は沢山来るんだよ、ここでユイ君を外に出してしまうとエヴァが動かなくなってしまうんだ」
彼の言う通りに、すぐにユイ君を外に出せるのならば、なにも今それをやる必要はない。
もう一度ユイ君に会う、それを目的としているゲンドウが何と言うかは分からないが、この問題は簡単に結論を出していいものではない。
と言うより。
それを許してしまうと、我々が人類補完計画に参加する必要がなくなるのだ。
私一人で結論を出せる筈もない。
私が頭を抱えていると、シンジ君はまた頭を掻きながら言った。
「じゃあそこら辺どうにかならないかエレクトラに相談してみますよ」
「エレクトラ?」
誰だ?
「あ、エヴァの名前つけてあげたんです、友達になったんで、僕が一番好きな名前なんですよ、本当はハルクにしたかったんですけど母さんが反対して、まぁ確かに緑じゃないし…銀だったらシルバーサーファーにしたのにな~まぁエレクトラも赤じゃんって話ですけど」
気軽に言っているが、全く笑えない。
エヴァと、友達になった?
誰もが笑い飛ばすような話だが、彼の言っている事に嘘はないだろう。
そもそも普通ならユイ君を外に出せる等と言われても誰も信じないだろうが、ユイ君本人が外に出ると言っている。
では本当に彼はユイ君と話しをしたのか?という事になるが、嘘ならばゲンドウの女性関係の事を知っているのはおかしい。
それにそもそも。
碇ユイという人間は。
冗談は言っても、嘘は付かない女性だった。
この事が碇シンジにも適用されるのかどうかは分からないが…
何時の間にか俯いていた顔を上げ、彼を見た。
楽しそうにエレクトラエレクトラと口ずさむ少年の姿が碇ユイとダブる。
その瞬間。
冬月は自分達の計画が崩れ去る音を聞いた気がした。
何だか妙に疲れた。
「良い名前だね…」
それだけ言って、彼の退室を見送り、湯飲みを手に取る。
それを飲みながら冬月は、これから起こる事を想像して。
何だかもう、全部どうでも良くなって、一回だけため息をついた。
後で新しい胃薬を買おう。
後書き
年明けすぐに行ったスノボでした怪我の所為で更新が遅れたユスケです。
アバラ、右肩、右手首、右膝があぼーん。
てかふと気づいたんですが、エヴァ、乗ってみましたってのは第一話の題名であって、このSSの題名じゃないんですよね。
でも今更変えるのもめんどいんでもうこれでいいやっていう。
じゃあ言う必要なくね?っていう。
まあ元々の作品名も全然大した事無いので/*^ω^*\
実は話自体は虫食いのように所々抜ける形で最終話まで出来てます。
でも最後の方がやたらとシリアスなので、書き換え中。
次で第一話も終わりです。
こんなgdgdな作品ですが感想書いてくれる方に感謝を。