出撃準備は完了、いつでも出れる。
エントリープラグの中でふう、と一つ深呼吸をしてモニターを見つめれば、そこには新たな使徒の姿が映っている。
その姿はどう小難しく言っても巨大な八面体で、今までの奇抜で尚且つ生物的なフォルムとは全く違う、まあこれも奇抜と言えば奇抜なんだけど。
でもはっきり言ってでかいだけで凄く弱そうだ、そもそもアイツどうやって攻撃するんだよ、ワロス。
これは勝つる。
まあシンクロ率が100%まで落ち込んだ僕達には良い相手かもしれない。
とりあえず見たままの感想。
「なんて巨大なブルーウォーター…」
「言われてみれば…」
リツコさんもモニターを見ながら納得する。
…ん?
ハッ!?
とっさに冬月先生に向けて叫ぶ。
「冬月先生!塩の柱にされないようにね!」
危ない危ない、気付いた僕マジGJ。
すると冬月先生は爽やかに笑って言った。
「ハハハ、気をつけるよ」
うん、本当に気を付けた方が良い。
あの死に方は酷かったもんなあ…
そして冬月先生が、包帯グルグル巻きで何だかシュールな父さんに話し掛けるのが見えた。
「…どういう意味だ?」
「冬月」
「何だ?」
「…世の中には知らない方が良い事もある」
「そうか…」
ついでに言うと父さんは本来ならば入院しておかなければいけない所を、使徒襲来の為無理をして一時退院して来ている。
加害者の方は本来居てはいけない人なので関係者しか知らない病棟に戻ってもらっている
早く偽の戸籍作ってあげないと自由に出歩きもできないわけです。
て言うか父さん達焦ってて気付いてなかったのかもしれないけど。
母さんを表に出すために偽の戸籍を作ってあげなきゃーって、それはつまり母さんがサルベージされたのを知られたら困る人達がいるって事で。
それはつまり母さんがコアに入っていたって事を知っている人達だからNERVもしくはNERVの上の人達で。
いや、やめた。
僕バカだから分かんない。
ていうかこれ以上面倒臭い事に巻き込まれたくない。
目の前の使徒に集中集中!
色々と考えていたら出撃準備は整ったようで、いざ出撃。
エレクトラにそっと意識を向けると、なんだか違和感を感じた。
…なんだろ。
そわそわしてる?
僕がエレクトラに問いかけようとしたその瞬間、ミサトさんの声がプラグ内に響いた。
「シンジ君、準備はいい?」
「あ、おっけーおっけー!」
ま、いいや。
目の前の敵に集中集中っと。
そんなこんなで出撃でございます。
ミサトさんの合図でエヴァ初号機射出までのカウントが始まる。
そして射出の瞬間僕は叫んだ。
「僕、この戦いが終わったら…マヤさんと料理の練習するんだ…初号機、出ます!」
「何でわざわざ死亡フラグ立てていくのよ!」
即初号機が射出され、指令部にマヤさんの絶叫が響き渡る。
「内緒にするって言ったのにー!」
そう言って涙目になるマヤさんに、リツコさんが微妙な表情で問いかけた。
「料理?」
「教えてもらおうと思って…」
「えっと…頑張ってね…」
何か同情されてるし。
そういえば最近知らない職員の人にも料理の事で色々聞かれるな…何なんだろ。
そんな事を考えていたらだ。
涙目になっていたマヤさんが突如声を張り上げる。
「使徒内部に高エネルギー反応!」
え?
僕地上に出てもいないのに?
そして、エントリープラグ内に声が響く。
「「避けて!」」
「は?」
あれ。
今の声。
ミサトさんと…
もう一人誰だ?
でもそんな疑問は圧倒的なまでの熱量と衝撃の前に吹き飛んだ。
地上に出た瞬間網膜に焼き付いた光景は完全な純白。
そして訪れる熱量と衝撃。
使徒の攻撃だった。
超長距離からの砲撃。
はっきり言って、ひとたまりも無い。
「シンジ君!」
熱い!痛い!
「ッハァー!」
あまりの激痛に叫んでいた。
咄嗟にATフィールドを張ったけど、心の準備ゼロだったから一瞬で破られてしまった。
もう何て言うか、熱過ぎて痛過ぎて訳が分からない。
「マジで!?これ!ちょ!ハッハ!ありえね!」
でも、ただ一つだけ分かる事がある。
「戻して!爆砕ボルト!急ぐ!」
遠退く意識の中、エヴァが落ちていくのが分かった。
ミサトさんが咄嗟に表層都市から区画ごと切り離し、僕を回収したのだ。
初号機が回収されると同時に、エントリープラグが強制排出される。
そして救護班の手によって救出された僕に、リツコさんが呼びかけた。
「シンジ君!大丈夫!?シンジ君!」
あー。
こんな焦ってるリツコさん、初めて見たかも。
まあ大丈夫。
死にやしないって。
そして、呟く。
「…全然違う」
「何?どうしたの?」
「400も…100も…関係ないよ」
そうだ。
400%とか100%とか関係なかった。
きっと400%でも同じ目にあっていただろう。
それほどに…
「巨神兵とも、イカとも…違う」
今までの使徒達が。
「何が違うの?」
子供に見えるほどに。
「格」
今回の使徒は格が違った。
「すげームカついたよ」
くそっ。
「絶対、負けて…やんない…かんね…」
SIDE-ミサト
「シンジ君!?シンジ君!?」
リツコの呼び掛けに対し、シンジはぼそぼそと何かを呟いた後、意識を失った。
そして何故か呆れたような表情を浮かべるリツコに、私は問いかけた。
「何て言ったの?」
「エヴァがジャイアントロボタイプの乗り方じゃなくて良かった、だそうよ」
「あっそ…」
「まぁ、命に別状はないわね、シンジ君のATフィールドが強固で助かったわ」
それだけ言えるなら大丈夫だろう。
ATフィールド自体も一瞬で破られた訳だが、無意識なのか意識的なのか、その後も微弱なATフィールドの反応が検出されている。
しかし…
世界最高出力のATフィールドを持つシンジ君をもってしてもこの様である。
残ったのは起動実験すらできていない零号機と傷だらけの初号機、そして初黒星の世界最強パイロット。
頭が痛い。
レイは心配そうにシンジ君の横に立っていたが、やがて搬送されていくのを見届けると、そのままの表情でぼそっと呟いた。
「…茹で碇くん」
「レイ、笑えないわ」
…冗談よね?
第三話 ハハキタク、スグカエレ その4
薄暗い室内に映し出された使徒の映像を睨みながら、リツコが呟く。
「敵はおそらく、遠距離攻撃と防御だけに特化したタイプよ、その為に機動力、汎用性等は切り捨てたのね」
場所はNERV本部内にあるブリーフィングルーム。
淡々と説明を続けるリツコ以外は完全に口を閉ざしている。
まあ無理もない。
絶対的だと信じていたエヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジが不意打ちとは言え敗れ去ったのだから。
それほど時間は経っていないが、NERV内はお通夜ムードである。
しかし、分かっている。
あの敗北は私の責任だ。
作戦部長である私、葛城ミサトの責任である。
と言うより、使徒戦での敗北は他にどんな原因があったとしても私の責任なのだ。
今回の敗因は一つ。
シンジ君を信用し過ぎた事だ。
別にシンジ君が信用できないと言っているわけではない。
信用し過ぎた為に、油断し、基本中の基本である事前の戦力調査が不十分だった。
使徒があれ程強力な遠距離兵器を所持しているという情報を持っていなかったのである。
自分の愚かさに声も出なかった。
もしかするとここまで雰囲気がお通夜気味なのは、私が空気を悪くしている所為もあるかもしれない…
「計算によると敵のATフィールドの強度では、現段階で用意出来る兵器での物理的な突破は無理よ」
リツコがそう言って私へと視線を向ける。
いい加減喋れと言いたいのだろう。
まだ考えも纏まっていないのだが…
「ATフィールドにはATフィールド…しかないか」
だが答えなんて一つしかなかった。
現段階で用意できる最大火力は戦自研の荷電粒子砲だが、その最大出力をもってしても使徒のATフィールドを貫けない事が分かっている。
つまりこうだ。
「敵の舞台は遠距離、そこで戦ってやる道理はないわね、近距離戦でいくわよ」
そう言った瞬間、ブリーフィングルームの扉がバァン!と音を立てて開き、彼が姿を現した。
「だが断る!」
全員の視線が入口に集まる。
そこにいたのはユイさんに付き添われたシンジ君だった。
病院から連絡が来ていない事を考えると、起きて即こちらに来たようだ。
しかし、それにしても…
シンジ君が来ただけで場の空気が軽くなったのを感じる。
私の心もだ。
先ほどの戦闘に関して謝りたい事は山ほどあるが、それは後回しにして声をかける。
「シンジ君、もう大丈夫なの?」
「ふんどしがなければ死んでいた…」
こいつ一度殺してやろうか。
「危うく茹で死とか言う新しいジャンル作るとこだったよ!」
開拓出来なかった事を非常に遺憾に思う。
それはともかく、時間はない。
レイの隣の席についたシンジ君に問いかける。
「シンジ君、断る理由が聞きたいんだけど」
すると、シンジ君は100点満点をあげていい位のサムズアップを決めながらこう言った。
「あ、一度言ってみたかっただけなんだよね、続けて」
「ミサト、銃はダメ」
葛城ミサトの人生の中で最速で抜いた拳銃を、リツコは冷静に制してみせた。
「シンジ君、敵のATフィールドの強度はこれまでの使徒とは比べ物にならないわ」
「接近戦の使徒ばっかりだと思ってたら、今度は遠距離ですか…しかもATフィールドも段違い、無理じゃね?」
そう、最大の問題はあのATフィールドにある。
「そうね…エヴァの本領は近距離戦中距離戦にあるから、ある意味相性は最悪だわ」
近距離戦に持ち込んだところで、問題はシンジ君が使徒のATフィールドを中和できるのか、それに尽きるのである。
モニターに移る使徒の様子を見ていると、要塞なんて言葉が浮かんでくる。
それ程に今回の使徒は手強い。
しかし、これ程まで今迄とは違う一極型の使徒とは…
思わず呟いていた。
「近距離で勝てなかったから次は遠距離なんて、嫌な性格してるわねえ」
その時だ。
「「「え?」」」
私の言葉に反応したのはシンジ君、ユイさん、そしてリツコだった。
三人とも驚いたような表情でこちらを見ている。
「な、何よ?」
何となく距離を取っていたら、ユイさんが口を開く。
「ミサにゃん、今のもっかい良い?」
と言うかこの人普通にここにいて良いのだろうか…
とりあえず、もう一度繰り返す。
「え、近距離で勝てなかったから次は遠距離で来るなんて…性格悪いって…」
この言葉のどこにそんなに反応する点が…
聞いたまま押し黙ってしまったユイさんに、リツコが声を掛ける。
「ユイさん、まだ仮説よ」
「まあ考えとしてはぶっ飛んでるよね、ていうかそうだとしてもでっていう!」
「でもその仮説が当たっているとしたら…」
そのままシンジ君、ユイさん、リツコの三人でブツブツと何かを話し合い始める。
完全に置いてきぼりを食らった他の職員達と私を尻目に、三人だけの会議は進んでいく。
ふと脇を見れば、恐らくシンジ君に借りたのか、レイがよく分からない漫画を読み始めていた。
それをちらちらとマヤちゃんが盗み見ている。
そしてそのまま五分ほど経過し、ブリーフィングルームが帰りの会前の教室の様相を呈してきたところで、私は三人に声をかけた。
「えっと…何の話?」
私の問いかけに、リツコがうーんと唸りながら答える。
「いい?貴方言ったわよね?近距離で勝てなかったから次は遠距離って」
「ええ」
「確かに変なのよ、第三使徒、第四使徒と来て、第五使徒のこの形状と戦闘法、生物は独自の進化を遂げるものだけど、これ程の差別化を行う理由がある筈がないわ」
使徒に限ってはそこまで違和感のある話ではないと思うのだが…
確かに考えてみれば今回の使徒は今までの二体とは全く戦闘スタイルが違う。
「つまり、この使徒が誕生する上で、この形状になる為の何らかの介入があったという可能性は高い」
…介入?
「えっと…結論は?」
ちょっと良く意味が分からない。
すかさずシンジ君が横から口を挟む。
「使徒はどーやってんのか知らないけど、見た事とか共有してんじゃね?って事ですよ、僕達は使徒をそれぞれ別々の生き物だと思っていたけど、ここまでぽんぽん全くの別物で来るとなるともしかしたらそれぞれに関係があるのかも」
「…つまり?」
なんだかシンジ君の雑な説明が妙に分かりやすいのが逆に腹立たしい。
「もし知識の共有が行われているとしたら、第五使徒のこの形状も納得できるわ、第三使徒はビームは持っていたものの完全な近距離戦タイプ、第四使徒は身体能力で劣ると見て高速の鞭を備えた中距離戦タイプ、そして貴方が言った通り、近中距離で駄目だったから遠距離で来たのよ、推測ではね、よく考えてみれば目的が同じなのだから何らかの共有部分を持っていても不思議ではないのよね」
そして、ユイさんが呟く。
「しかも、シンクロ率400%のエヴァに対抗する為に」
「え…それって…」
それはつまり…
使徒はこちらに勝つ為に戦略を練って来ているという事か?
それも…
シンジ君の、シンクロ率400%のエヴァンゲリオンに勝つ為の戦略を…
それを迎え撃つのは、シンクロ率100%のエヴァンゲリオン。
あるぇ。
ブリーフィングルーム内にいる人間の内何名が今の説明で理解できたのかは分からないが、少なくとも理解できた人間は謙虚に行動に出ていた。
特にマヤちゃん。
「一度くらい彼氏とか作ってみたかった…うぅ…」
「いや、まだ負けてないから…」
そう言って崩れ落ちたマヤちゃんの肩を叩くが、どうやら精神が閉鎖モードに移行したようだ。
そんな空気の中、シンジ君がゴホンと咳払いをする。
「まあ、あくまで仮説だけど、もしこれが当たっているとしたら…簡単に言うとこうです」
ブリーフィングルーム内の視線が集まる。
そしてシンジ君はこう言ってのけた。
「あっちだけドラゴンボールの法則!」
「ぬあんてインチキ!」
「微妙に例えが違う気がするけど…」
そう言ったリツコを筆頭に、私以外の全員が微妙な表情をしていた。
あれ…分かりやすかったの私だけ…?
まあそうこう言ったところで私達は戦うしかないわけで。
そのまま作戦会議は続き、最後に私は言った。
「今回の使徒は完全な遠距離タイプ、デューク東郷とスナイプ対決しようなんて馬鹿げてるわ。作戦はさっきも言った通りの至ってシンプル、敵の不得意とは言わなくとも得意ではない分野」
一瞬深呼吸をして周りを見渡す。
最後に、シンジ君に目を向け告げる。
「正面突破、近距離戦で行くわよ」
「いえっさー」
ウインク混じりに、彼はそう言ってみせた。
NERV内がリベンジマッチへと動き出し、準備が進む中、私は格納庫でエヴァを見上げるシンジ君に語りかけた。
「シンジ君」
「んにゃ?」
「ごめんなさい」
突然の謝罪に彼は首を傾げてみせる。
「何が?」
「使徒の情報が不十分だった、私の所為で怪我を…」
いくら作戦部長で、全責任が私にあると言っても、実際に戦うのは私ではない。
一番の危険を背負って戦うのは、シンジ君やレイ、子ども達なのだ。
荷が重すぎる。
そう言った意味も込めて謝罪をした。
私のような立場の人間がそう簡単に頭を下げてはいけないのかもしれないが…
私が悪かった、そう謝った。
それに対し、シンジ君は満面の笑みでこう言った。
「うん!」
いや、うんって…
まさかここまで直球で肯定されるとは思っていなかったので、思わず顔を上げて彼を見ると、彼は笑顔のまま続けて言った。
「次は絶対あいつぶっ飛ばそうね!」
そして整備班の職員達に声を掛け、掛けられながらエヴァに乗り込んでいく。
ったくこの子は…
さてと。
仕事に戻りますか。
あとがき
相対的に使徒の方が強くなる、そういう意味でのスパシンじゃない話。
のつもりでしたけど100%もあるならやっぱスパシンか…と思い始めた今日この頃。
修正:そういえば歌詞ダメでしたね、修正。
誤字訂正