母さんが帰ってきてから一週間ほど経ったある日、見舞いに着た僕に母さんが突然こんな事を呟いた。
「シンちゃん」
「ん?何?」
「ごめんね」
突然の謝罪に驚いた僕が母さんの方を振り向くと、母さんは泣きそうな顔で俯き、シーツを握っていた。
そういえば最近母さんはよくこんな顔を浮かべていた気がする。
全然気にしてなかったけど。
「何が?」
「私…親なのに、全然考えてなかった…シンちゃんの気持ちとか」
「んー」
思わず唸ってしまった。
返すべき言葉が見つからない。
でも、とりあえず可哀想なので、僕はベッドに腰掛けると母さんの頭を撫でて言った。
「まあ過ぎた事グチグチ言っても仕方ないじゃん!」
何でこんな事しか言えないのかというと。
「父さんも母さんもいなかったけど、僕は大丈夫だったよ」
だって僕には、皆がなんでここまで色々と気にするのか分からない。
「親からすれば立場ねえよ!ってなるのかもしれないけどさ、でも本人が気にするなってんだから」
実は母さんが何で謝ってるのかもよく分からない。
「気にせず楽しくやるのがよいでしょう!」
皆過ぎた事なのにやたらと気にするよね。
先の事考えた方が楽しいと思うんだけどなぁ。
そんな事を思いながら母さんの顔を見たら、何だか遠いものを見るような表情を浮かべていた。
最近やたらとこんな感じでみられるなぁ…
そして母さんは寂しそうに笑って呟いた。
「シンちゃん…大人になっちゃったのねえ」
「そうかなあ?14歳ど真ん中だと思うけど」
やっぱり母親だからなのか。
さすがにそういう表情を見ると、なんだかなあって気持ちになった。
正直な所僕は誰がどうなってもそれに対して何かを思う事なんて無い。
リツコさんは大好きだけど、もしも突然「出て行きなさい」と家を追い出されたとしても僕は一言はいと言って家を出て、次の住処を探すだろう。
でもこの人は違う。
DNAに刻み込まれたものなのか。
どうも僕の琴線に触れる何かがあるんだ。
何時の間にか僕は口を開いていた。
「あ、母さん」
まあ、完全な同情からなのだけど。
「僕はね、今までの人生で誰かを恨んだり嫌ったりした事なんてない」
思ってもいない事を言ってみる。
「母さんも恨んでないよ」
恨んでるも何もあるものか。
無い物ねだりが無意味なように。
無い者を恨む事など出来はしない。
だが、母さんはどうやら僕の予想を超える人だったらしい。
「シンちゃん」
呟いた母さんの、その目を見た瞬間、ビクッっとした。
優しい目。
生まれて初めてこんな目で見られた。
何だか怖い。
そして母さんは溜息のような深呼吸のような、そんな吐息を吐き出して改めて口を開いた。
「私の事を母さんって呼ぶの、やめて」
「え?」
「多分だけど、シンちゃんから見たら今の私は【血が繋がってるらしい女の人】とかその程度でしょ?」
怖いね。
僕にとって母親っていうのは未知の生物なんだけど、全ての母親がこうなのか…それとも碇ユイという人間特有のステータスなのか…
何でそんな事を思うのかって、今まで生きてきた中で、此処まで的確に僕の考えを言い当てた人は初めてだったからだ。
思わず素で呟いていた。
「よく分かるね」
それを聞いて母さんはニコッと笑う。
「だから私の事を本当に母親だって思えるまで、母さんって呼ぶのはやめて」
そんな事を言われたって…
「ぶっちゃけさ、一生思わないかもよ」
本当の意味で貴女の事を母親だと思う日が、僕が誰かの事を心の底から信用するなんて日が来るとでも?
すると母さんはグッと拳を握って答えた。
「うん!」
「頑張るねっ!」
その時の母さんの生気に溢れた笑顔を見て。
何となく何だけど。
女の人ってのは強いなぁって、そう思った。
ちょっとかっこいいよね。
そして、また考えなきゃいけない事が増えてしまった。
「ユイたんだと被るしなぁ…ぽん?」
「…え?」
初めて未知の生物に出会った、そんな昼下がり。
第三話 ハハキタク、スグカエレ その3
「んん~」
ユイぽん(仮)が悩んでいる。
ミサトさんの顔を超至近距離でまじまじと見つめながら、悩んでいる。
対するミサトさんとそれに着いて来たマヤさんは悟りを開いたような表情で…なんか最近この表情よく見るな…
よし、この表情を今日から悟り顔と命名する。
ともかく悟り顔で虚空を見つめていた。
まぁそりゃそうだろう、珍しく仕事をしに来たのに、仕事相手と開幕で行ったやりとりが。
「あ!なんか見た事ある!」
「あ、お久しぶりですユイさん、私かt「ちょっと待ったァー!」
という訳で名前当てゲーム。
既に10分経過。
さすがにユイぽんも諦めたのか、ミサトさんに一本指を突きつけると悔しそうにこう言った。
「第1ひんと!」
「え…じゃあ…南極?」
完全にミサトさんはお疲れムードだ。
全く、変人の相手ばっかり、ミサトさんも大変ですね。
そして、南極という単語を聞いたユイぽんはハッと目を見開いて叫ぶ。
「みさにゃん!」
「「「は?」」」
思わず僕もミサトさんもマヤさんも、大口を空けて呆けてしまった。
…みさにゃん?
え?
みさにゃん?
冗談だろ?
やっと意味を理解して当の本人に目を向けると、みさにゃんは床に崩れ落ちていた。
「そう言えばそんな呼び名だった…」
へぇ…
葛城ミサト。
幼少期のあだ名。
みさにゃん。
クスッ。
「笑うなぁー!」
涙目の29歳に殴られました。
そんな中でもユイぽんはマイペースで、懐かしそうに口を開く。
まぁ、気分は浦島太郎だろうしね。
「みさにゃんももう私より年上なのねえ」
よーし、僕も真似してみよう。
「みさにゃんももうすぐ三十路だしねぇ」
「にこ」
笑顔の29歳に銃を向けられました。
「マジすいませんでした」
パワハラってレベルじゃねえぞksg。
でも考えるより先に土下座することが出来る僕は正直格好良いと思う。
格好悪い?
そう思った君はまだ坊やなのさ…
そんなやり取りの中、凄く投げやりな感じでマヤさんが呟く。
「あだ名のセンスが…親子ですよね」
「…そう?」
苦笑いを浮かべるミサトさん。
そうだよ。
僕はみさにゃんなんて謎過ぎるあだ名を付けたりはしない!
でもマヤさんは確信を持った表情で断言した。
「いえ、確実です」
「何で?」
そしてミサトさんが聞き返したその瞬間、ユイぽんが口を開く。
「あ、私の新しい戸籍ってどうなったのかしら?マヤたん何か聞いてる?」
「…ほらね」
アッー。
SIDE-リツコ
何事にも揺らいだ事がないであろう少年。
その彼をしても。
血の繋がり、母と子の繋がりだけは断ち切る事が出来ない。
それが私は、悔しい。
母親の車椅子を押してきたシンジ君を見て、私はそう思った。
確かに見舞いに行くよう言ったのはこの私だ。
だがしかしだ。
何だろう。
うーん…
結局もやもやと考えていたまま、実験は始まった。
今回の実験はエヴァンゲリオン初号機とシンジ君によるシンクロ実験である。
なぜ安定してシンクロ率400%を誇る彼に対して特別実験を行うのかと言えば理由は簡単だ。
本来エヴァとチルドレンをA10神経で繋ぐ役となる碇ユイ。
彼女をエヴァからサルベージしてしまったからである。
サルベージ前から碇ユイのサルベージによるシンクロの不能は指摘されていたが、それでもそれを決行したのはシンジ君のこの一言があったからだ。
「エレクトラがよゆーよゆーってさー」
私達にはエレクトラの声は聞こえない。
と言うより、シンジ君にも聞こえていない。
彼が感じ取っているのは言うなれば私達には想像も出来ない程高レベルのアイコンタクトのようなもので、厳密な語感までが伝わるわけではないのだ。
つまり彼女の言葉を彼が感じ取り、それを私達に向けて翻訳する。
そう、彼の言葉で、だ。
だからなのだが。
どうも信頼度に欠ける…
本来ならば、今日この場所でレイの零号機起動実験が行われるはずだった。
起動実験を先送りにしてまでこの特別実験を行ったのは、やはり初号機とシンジ君の組み合わせによる戦闘能力が圧倒的だからである。
データを確認するまでもなく、現在世界でエヴァを起動できる人間、ドイツのセカンドチルドレンとは比べ物にならない程の能力を彼らは持っているのだ。
起動できるか分からない零号機よりも…と言う訳である。
尚、この実験は極秘実験だ。
何故ならば碇ユイをサルベージした、という記録すらNERVには存在しないからである。
だからこの実験に参加しているのは副司令・私・マヤ・ミサト・シンジ君・ユイさん。
その他に信頼が置ける作業員が数名。
それだけである。
本来ならユイさんも参加出来ない、と言うよりもまだ新しい戸籍も出来ていないこの状況で外に出すのは危険過ぎたのだが、それでもここにいるのはエヴァの中にいた彼女なりの責任なのか。
簡単に言えばトップ二人が逆らえなかっただけなのだが…
まあそれはともかく、実験の準備は着々と進んでいった。
シンジ君はテストプラグに乗り込み、ユイさんや私達は観測室でそれを見守る。
正直な話。
…本当に起動するのだろうか。
そんな不安の中、特別起動実験は始まった。
いつも通りのシークエンスが進み、次々とシンクロまでの手順が完了していく。
「シンクロスタート」
そして、マヤの合図でシンクロが始まった。
始まった瞬間、モニターに映るシンジ君の眉間が一瞬歪む。
おいおい…
まさかね。
その場にいた全員の視線がシンクログラフに移る。
そして次の瞬間。
シンクロ率は0から跳ね上がり…
100%のラインを超えた。
観測室にいたメンバーが歓声を上げる。
思わず私も溜息を吐いた。
あんな表情をするから何かと思えば、きちんと出来ているじゃないか。
シンジ君がシンクロ出来ず、\使徒戦詰んだ!/となったらどうしようと事情を知る誰もがそう思っていただけに、皆の安堵は大きい。
それなのに当の本人は未だテストプラグの中で首を傾げていた。
「あれ?変だなぁ」
一体何がおかしいと言うのだろうか。
「どうしたの?」
「いや、何て言うんだろ」
そしてまたシンジ君はう~んと首を傾げながら腕を組み、口を開いた。
「なんかこう、いつもと違うんですけど…」
対して、ユイさんが首を傾げながら答える。
「それはやっぱり私が居ないから、微妙に感覚も違うんじゃないかしら~?」
まあ十中八九そうだろう。
シンクロ率に影響が出なかったのは行幸、むしろ何も影響が出ないはずがないのである。
それが感覚の差異程度ならば儲けだとしか言いようがない。
そんな事を考えていたら、だ。
「あのー…」
マヤが申し訳なさそうに口を開いた。
全員の視線がマヤに集まる。
何やらとても言いづらそうに私を見て、ちょいちょいと手元のコンソールを指差した。
不思議に思いつつ、近づいてそれを眺める。
「シンクロ率…100%です…」
「え?凄いじゃないの、と言うよりもはやいつもの事よね」
400%なんて冷静に考えてみれば科学的におかしい数値なのだが、エヴァとの対話すら可能なこの少年の前に、私の今までの価値観や常識などとうに吹き飛んでしまっている。
周りの面子もうんうんと首を縦に振っている、碇司令でさえもだ。
唯一ユイさんだけが話には聞いていたものの、実際にその数値を目にすると驚くのか、あら~と声を洩らしながらコンソールを眺めていた。
しかし、それでもマヤは態度を変えずに口を開く。
「えっと…あの…」
「どうしたって言うのマヤ、400%だと何か悪い事でもあるの?」
「いや、だから」
そして、言いづらそうにまた呟く。
「四百じゃなくて、唯の百です…四分の一…」
…え?
改めてモニターを見る。
いや、どう見てもMAX・・・あ。
この予備実験室、シンクログラフは100%までの表示なんだった。
…
改めて皆集まってマヤの手元のコンソールモニタを見てみる。
あ…
100%…
「「「「「…」」」」」
全員が押し黙り、なんだか微妙な空気が場を支配する。
まあ100%でも異常な数値なのだが…でも今までが理論値だったし…
…オワタ?
そう思っていたら、どうやら他にもそう思っている人間はいたらしい。
どこからか悲鳴が上がる。
「もうだめだぁー!!!!!」
何だか、白髪の老人が叫んでいたような気がしたが気のせいだろう。
ユイさんが苦笑いを浮かべて呟く。
「これって…やっぱり私が出ちゃった所為かしら?…あ、あはは」
いや、正しくその通りだと思うのだが…
全員の視線が答えをものがたっていた。
「も、戻ったほうがいいの~?」
「あぁー!ユイさん泣かないで!」
マヤに慰められるユイさん。
うーん…正直な所ユイさんが戻るのが一番手っ取り早いと思うのだが…
シンジ君ならいつでもユイさんをサルベージ出来るのだろうし。
しかしまあ、折角出てきたというのにそれはあまりにも外道だろう。
司令も認めないだろうし。
そんな事を考えていたら、徐にシンジ君が呟いた。
「よし」
全員の視線が集まる。
そしてシンジ君はユイさんを指差し、にこりと笑ってこう言った。
「戻れば解決」
まさに外道。
「うぅ~」
もはやユイさんは涙目で唸る事しか出来ない。
「さあ!」
「追い詰めんな!」
ミサトがツッコミ気味に制止しているが、思うにこの二人も正直な所混乱気味のようだ。
まあ単純計算で戦力四分の一とも言えるわけだし、実戦に関わるこの二人からすれば堪らないのだろう。
とりあえずフォローしておく。
「大丈夫よ、100%でも十分チートだわ」
「お、俺TUEEEE出来ます?」
「ええ、通報されたらBANだけどね」
「オワタ!」
シンジ君が両手を振り上げると共に、\(^o^)/の顔文字が移った大量のウィンドウがプラグ内で乱舞する。
妙な小技を覚えたわね…
そして、次の瞬間。
乱舞するウィンドウ、マヤのコンソール、予備実験室のモニター、全てが真っ赤に染まった。
「え?」
思わず間抜けな言葉が口から洩れる。
赤く染まったモニター、そこに映っていた文字。
警報。
素早くミサトさんが発令所へと回線を繋ぐ。
「青葉君、この警報は何?」
そしてその声は、プラグ内の僕にでも簡単に聞き取れるほど、絶望的な言葉だった。
「パターン青出ました!使徒です!」
おーけーおーけー。
一言だけ言わせて。
「このタイミングでかよ!」
あとがき
あばばばばばばばばばばばばばばっばばばば!
MASAKAKONNNANIOKURERUNANNTE!
本当に申し訳ないです。
まあ卒論と発表の準備も一区切りついたのでまた更新はし直せるかと思います。
まったり急いで?がんばります。